タイトル: | 公開特許公報(A)_質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法 |
出願番号: | 2014040303 |
年次: | 2015 |
IPC分類: | G01N 27/62,G01N 27/64 |
日置 雄策 谷村 里都子 岩本 慎一 JP 2015165208 公開特許公報(A) 20150917 2014040303 20140303 質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法 株式会社島津製作所 000001993 特許業務法人京都国際特許事務所 110001069 日置 雄策 谷村 里都子 岩本 慎一 G01N 27/62 20060101AFI20150821BHJP G01N 27/64 20060101ALI20150821BHJP JPG01N27/62 VG01N27/64 BG01N27/62 F 3 1 OL 10 2G041 2G041CA01 2G041DA04 2G041FA12 2G041GA06 2G041GA16 2G041JA02 2G041JA08 2G041LA07 本発明は、質量分析を用いて、糖鎖修飾を受けたタンパク質つまり糖タンパク質を同定したりその構造を解析したりするための分析方法に関する。 質量分析を利用したタンパク質の同定や構造解析を行う場合、一般に、目的のタンパク質を変性させ、還元アルキル化処理などを行ったあとに、トリプシンなどのプロテアーゼによる酵素消化処理が実施される。こうした一連の前処理によって、タンパク質の一部のペプチド結合が切断されてペプチド断片混合物が調製される。このペプチド断片混合物から例えばマトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)用のサンプルを調製し、マトリクス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置(MALDI−TOFMS)等により該サンプルを測定する。 多くのタンパク質は疎水性度が高いため、上記一連の前処理を実行する前には、可溶化剤を用いてタンパク質を溶媒に十分に溶かしておく必要がある。しかしながら、可溶化剤によって、消化処理の際のプロテアーゼ活性が阻害されたり質量分析における感度低下が生じたりすることは避けなければならない。そこで、適切な化合物を可溶化剤として選択するとともに、可溶化剤による悪影響のおそれがある場合には、そうした影響を抑えるような適切な処理を行うことが必要である。例えば尿素は優れた可溶化特性を有するが、酵素活性を低下させるおそれがある。そこで、尿素を可溶化剤として使用する場合には、酵素消化反応の前に、限外濾過によって尿素を除去するか、或いは、希釈によって尿素濃度を下げることで、酵素活性を高めるとともに、質量分析への影響を最小限に抑えることがよく行われている。 また最近は、より簡単な処理で以て、質量分析への影響を抑えることができるような可溶化剤も市販されている。例えば非特許文献1、2に記載の、ウォーターズ(Waters)社製の「RapiGest SF」と呼ばれる化合物(以下、単に「ラピジェスト」と称する)はその一つである。図2はラピジェストの化学構造及びその酸反応を示す図である。ラピジェストは、疎水性部と親水性部とが結合した両親媒性の化合物であり、酸によって疎水性部と親水性部との結合が切断される、酸分解性界面活性剤(ALS=Acid-Labile Surfactant)の一種である。なお、ラピジェストの正式な化合物名は、Sodium 3-[(2-methyl-2-undecyl-1,3-dioxolan-4-yl)methoxy]-1-propanesulfonateである。 ラピジェストは酵素活性を阻害せず、またタンパク質を修飾することもない。また、ラピジェストの水溶液に対し酸による処理を行うと、疎水性部と親水性部との結合が切れて疎水性部は沈殿するから、遠心分離などにより容易に除去することができる。一方、親水性部は逆相カラムなどにより容易に除去することができる。それによって、可溶化剤を実質的に含まないサンプルを調製することができ、質量分析への影響を抑えることができる。 ところで、生体を構成するタンパク質の半分以上は糖鎖修飾を受けていると言われており、糖鎖修飾はタンパク質の構造や機能の調節に重要な役割を果たしている。また、近年の研究により、免疫疾患などの各種疾患と糖鎖構造異常や糖化異常との関連性も明らかになってきている。こうしたことから、糖タンパク質の構造解析は、生命科学や医療、医薬品開発など様々な分野において非常に重要になっている。 糖タンパク質を質量分析する場合、分析の簡便さ等から、タンパク質と糖鎖部分とを分けてそれぞれ分析するのが従来一般的であった。しかしながら、そうした手法では、タンパク質における糖鎖の結合位置を特定することが難しい。そこで最近では、糖鎖を切断することなくタンパク質部分のみを酵素消化することにより糖ペプチドを生成し、その糖ペプチドの混合物を質量分析して糖鎖の結合位置を含めた構造解析が行われることが多くなっている。その場合、酵素消化によって得られるサンプルは、糖ペプチドと糖鎖修飾を受けていないペプチドとの混合物であり、このサンプルに対して質量分析を実施すると、糖ペプチド由来のイオンピークとペプチド由来のイオンピークとが混在したマススペクトルが得られる。 しかしながら、一般に、翻訳後修飾を受けていないペプチドは糖ペプチドに比べて容易にイオン化されるため、糖ペプチド由来のイオンの信号強度はペプチド由来のイオンの信号強度に比べて相対的に低くなり、場合によっては糖ペプチド由来のイオンが十分に観測されないこともある。その結果、糖鎖部分の構造解析や糖鎖の結合位置の特定などの正確性が、ペプチドの構造解析の正確性に比べて低くなるという問題がある。 こうした問題を回避するために、従来、多くの場合、前処理において次のいずれかの処理が行われる。 (1)酵素消化処理後に、セファロース、セルロース、グラファイトカーボンなどを用いて糖ペプチドを粗精製する。これにより、サンプル中の糖ペプチドの量の割合が増加するため、糖ペプチド由来のイオンの信号強度を相対的に高めることができる。 (2)酵素消化処理時に、複数種のプロテアーゼやプロナーゼを用い、糖ペプチドのペプチド鎖を細かく切断することで、より小さな糖ペプチドを生成する。一般に、分子量が小さな糖ペプチドのほうが分子量が大きな糖ペプチドに比べて検出感度が高いので、これによって糖ペプチド由来のイオンの信号強度を相対的に高めることができる。 上記手法はいずれも、糖ペプチド由来のイオンの信号強度を相対的に高める上で有効であるものの、前処理の作業が煩雑になり、作業に手間が掛かるとともに処理時間も掛かりスループットを低下させる。また、処理の過程で分析対象物(糖タンパク質、糖ペプチド)の損失が生じるので、試料量(試料中のタンパク質の量)が少ない場合には、上記手法を採用することは困難である。増田 豪、石濱 泰、「ショットガンプロテオミクスによる膜タンパク質の網羅的解析のための試料調製法」、ジャーナル・オブ・ザ・マス・スペクトロメトリー・ソサイエティ・オブ・ジャパン(Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan)、Vol.57、No.3、2009年、pp.145-151イン(Ying Qing Yu)、マーティン(Martin Gilar)、「ラピジェスト・エスエフ・サーファクタント:アン・イネーブリング・ツール・フォー・イン-ソリューション・エンジマティック・プロテイン・ディジェスションズ(RAPIGEST SF SURFACTANT: AN ENABLING TOOL FOR IN-SOLUTION ENZYMATIC PROTEIN DIGESTION)」、ウォーターズ(Waters)社、[平成25年12月12日検索]、インターネット<URL: http://www.waters.com/webassets/cms/library/docs/720003102en.pdf>ダニエル(Daniel J. Simpson)、ほか3名、「インプルーブド・イン-ジェル・ディジェスション・リザルツ・アンド・ワーク-フロー・スルー・ザ・ユース・オブ・ア・マス・スペクトロメトリー・コンパティブル・サーファクタント(Improved in-gel digestion results and work-flow through the use of a mass spectrometry compatible surfactant)」、プロメガ(Promega)社、[平成25年12月12日検索]、インターネット<URL: http://www.promega.jp/~/media/Files/Resources/Posters/ps094.pdf>「エクスペデオン ピーピーエス・サイレント・サーフェクタント(expedeon PPS SILENT SERFECTANT)」、エクスペデオン(Expedeon)社、[平成25年12月12日検索]、インターネット<URL: http://shop.expedeon.com/products/18-Protein-Solubility/129-PPS-Silent-Surfactant/>ジェレミー(Jeremy L. Norris)、ほか3名、「ノンアシッド・クリーバブル・デタージェンツ・アプライド・トゥー・マルディ・マス・スペクトロメトリー・プロファイリング・オブ・ホール・セルズ(Nonacid cleavable detergents applied to MALDI mass spectrometry profiling of whole cells)」、ジャーナル・オブ・マス・スペクトロメトリー(Journal of Mass Spectrometry)、2005年、Vol.40、pp.1319-1326 本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、前処理の手間を極力省きつつ、一般的にイオン化されにくい糖ペプチドを高い感度で検出できるようにすることで、糖タンパク質の同定や構造解析の正確性を向上させることができる、質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法を提供することである。 上記課題を解決するために成された本発明は、質量分析を用いて糖タンパク質を分析する方法であって、 a)分析対象である糖タンパク質に、疎水性部、親水性部、及び、該疎水性部と親水性部とを結合するとともに所定条件下で切断される結合部、を含む構造を有するタンパク質可溶化剤を混合した状態で、酵素消化処理を実施することにより糖タンパク質のペプチド結合を切断するペプチド断片化ステップと、 b)前記酵素消化処理がなされた溶液に対し前記所定条件による処理を実施することにより前記タンパク質可溶化剤の結合部を切断する結合切断ステップと、 c)前記結合部の切断処理がなされた後の沈殿物を除去し、その上清から質量分析用のサンプルを調製する調製ステップと、 を有し、前記調製ステップにより調製されたサンプルを質量分析に供することを特徴としている。 本発明に係る糖タンパク質の分析方法においては、分析対象である糖タンパク質は、疎水性部、親水性部、その両者を接続する結合部、を含むタンパク質可溶化剤を用いて可溶化される。それにより調製された溶液がペプチド断片化ステップにおける酵素消化処理に供されるが、酵素消化処理の前に、必要に応じて還元アルキル化処理など適宜の処理がなされるようにしてもよい。ペプチド断片化ステップでは、例えばトリプシンなどの酵素による消化が行われ、糖タンパク質のペプチド結合が切断されて糖ペプチドとペプチドとの混合物が生成される。酵素消化処理後の溶液中では、親和力による相互作用のために、ペプチドはタンパク質可溶化剤の疎水性部と、糖ペプチド、特に糖鎖部分が大きな糖ペプチドはタンパク質可溶化剤の親水性部と、それぞれ引き合う。 結合切断ステップでは、上記のような状態でペプチド、糖ペプチドが存在するタンパク質可溶化剤の疎水性部と親水性部との間の結合が切断される。このとき、疎水性部とペプチド及び親水性部と糖ペプチドのそれぞれの引力的相互作用は、そのまま維持される。そのため、疎水性部と引き合っているペプチドは、疎水性部とともに沈殿し、一方、親水性部と引き合っている糖ペプチドは溶液に溶解した状態で残る。次の調製ステップでは、沈殿した疎水性部と引き合っているペプチドを除去し、その溶液の上清を採取することで、その上清に含まれる親水性部と引き合っている糖ペプチドを回収する。そして、この糖ペプチドが含まれる溶液からサンプルを調製する。質量分析としてMALDI質量分析を行う場合には、この際にマトリクスを添加してサンプルを調製する。 以上のように、本発明に係る糖タンパク質の分析方法では、ペプチドを除去し、糖ペプチドが多く含まれるサンプルを調製することができるので、該サンプルを質量分析に供することで糖ペプチド由来のイオンの感度が向上する。 本発明に係る糖タンパク質の分析方法において、上記タンパク質可溶化剤としては、酸による処理により結合部が切断される酸分解性界面活性剤を用いることができる。具体的には、上述した「RapiGest SF」のほか、後述する「ProteaseMAX」、「PPS Silent」などの化合物をタンパク質可溶化剤として用いることができる。 こうしたタンパク質可溶化剤を用いることで、酸による処理という簡便な処理で以てタンパク質可溶化剤の結合部を切断することができる。 本発明に係る質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法によれば、簡便な前処理によってペプチドを除去することができ、糖ペプチドを高い感度で検出することができる。特に、糖鎖部分が大きな糖ペプチドほどサンプル中に残り易いので、複雑な糖ペプチドに関する質量情報が正確に得られるようになり、糖タンパク質の同定や構造解析の正確性が向上する。本発明に係る糖タンパク質の分析方法の一実施例である方法の処理手順を示すフローチャート。RapiGest SFの化学構造及びその酸反応を示す図。実験に用いた糖タンパク質のトリプシン消化物に含まれる糖ペプチドの詳細情報を示す図。トランスフェリン消化物から得られたサンプルに対して得られた実測のマススペクトルであり、(a)は酸処理及び沈殿物除去を行ったサンプルに対するマススペクトル、(b)は酸処理及び沈殿物除去を行わないサンプルに対するマススペクトル。フェチュイン消化物から得られたサンプルに対して得られた実測の低質量電荷比範囲(m/z 500-3500)のマススペクトルであり、(a)は酸処理及び沈殿物除去を行ったサンプルに対するマススペクトル、(b)は酸処理及び沈殿物除去を行わないサンプルに対するマススペクトル。フェチュイン消化物から得られたサンプルに対して得られた実測の高質量電荷比範囲(m/z 3500-8500)のマススペクトルであり、(a)は酸処理及び沈殿物除去を行ったサンプルに対するマススペクトル、(b)は酸処理及び沈殿物除去を行わないサンプルに対するマススペクトル。 以下、本発明に係る質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法の一実施例について、添付図面を参照して詳細に説明する。 図1は本実施例の分析方法における処理手順を示すフローチャートである。以下、図1に示した処理手順を、具体的な実験例を参照しつつ説明する。 実験では、タンパク質可溶化剤として、ウォーターズ社が市販しているRapiGest SFを用いた。上述したように、これは酸分解性界面活性剤の一種であり、その化学構造式及び酸化反応は図2に示したとおりである。また、分析対象である糖タンパク質としては、トランスフェリン(Transferrin)及びフェチュイン(Fetuin)の2種を用いた。図3は、実験に用いた糖タンパク質のトリプシン消化物に含まれる糖ペプチドの詳細情報を示す図である。 トランスフェリンの消化物については、質量電荷比がm/z 3683、m/z 4722である2種類の糖ペプチドを、Tf-GP1、Tf-GP2と称す。また、フェチュインの消化物については、質量電荷比がm/z 4604、m/z 6536、m/z 8279である3種類の糖ペプチドを、Fet-GP1、Fet-GP2、Fet-GP3と称す。図3には、それぞれの糖ペプチドの化学構造も示しているが、未知の糖タンパク質の構造解析の際には事前にこの構造が不明であることは当然である。 本実施例の分析方法では、分析対象である糖タンパク質(トランスフェリン又はフェチュイン)の水溶液(2ug/uL)に、タンパク質可溶化剤として1%(w/v)のRapiGest SF水溶液を混合し、さらに、100mMのジチオトレイトール(DTT)水溶液、100mMの重炭酸アンモニウムを、終濃度がそれぞれ0.1%(w/v)、10mM、及び10mMとなるように混合した(ステップS1)。そのあと、糖タンパク質を変性させるために、混合溶液を56℃の温度で45分間加熱することでジスルフィド結合の還元処理を実施した(ステップS2)。 次いで、上記混合溶液に150mMのヨードアセトアミド(IAA)を終濃度15mMとなるように添加し、室温の下で45分間暗所で振とうすることで、カルバミドメチル化を実施した(ステップS3)。さらに、この溶液にトリプシン溶液(200ng/uLのトリプシン、10mMの重炭酸アンモニウム)を添加し(トリプシン:基質タンパク質=1:50、w/w)、37℃の温度の下で一晩静置することで酵素消化処理を実施した(ステップS4)。この酵素消化によって、糖タンパク質のタンパク質部分にあるペプチド結合の一部が切断され、糖タンパク質に比べてアミノ酸配列長が短い糖ペプチドと、糖鎖修飾を受けていないペプチドとの混合物が生成される。溶液中にはラピジェストが存在するため、親和力による相互作用のために、主としてペプチドはタンパク質可溶化剤の疎水性部と、糖ペプチド、特に糖鎖部分が大きな糖ペプチドはタンパク質可溶化剤の親水性部と、それぞれ引き合う。 上記溶液に10%濃度のトリフルオロ酢酸(TFA)を終濃度0.1%(v/v)となるように加えることで消化反応を止め、そのあと、この溶液を4℃の低温下で所定時間(トランスフェリン消化物の場合には1時間、フェチュイン消化物の場合には6時間)静置することで、酸反応を促進させた(ステップS5)。添加されたトリフルオロ酢酸の作用により、ラピジェストの疎水性部と親水性部との結合が切断され、低温環境下での静置期間中に、疎水性部はそれと引き合っているペプチドとともに沈殿する。一方、ラピジェストの親水性部と引き合っている糖ペプチドはそのまま溶液中に残る。これにより、分析対象である糖タンパク質由来のペプチドと糖ペプチドとが分離される。 そのあと、遠心分離により溶液から沈殿物を除去し、上清部分を回収した(ステップS6)。回収された溶液中には、ラピジェストの親水性部と引き合っている糖ペプチドが多く含まれる。こうして回収した溶液を試料溶液としてMALDI用サンプルを調製した(ステップS7)。即ち、試料溶液と所定のマトリクスをMALDI用のサンプルプレート上に滴下して混合し、所定の条件の下で乾燥させることで、サンプルプレート上にサンプルを形成した。こうして調製されたサンプルをMALDI質量分析に供し、ポジティブイオンモードによる質量分析を実行してデータを収集した(ステップS8)。 実験では、マトリクスとして一般的なDHB(2,5-Dioxybenzoic Acid)を用いてサンプル調製を行い、MALDI質量分析装置として島津製作所製AXIMA-Resonanceを用いて質量分析を行った。図4は、トランスフェリンに対するトリプシン消化物から得られたサンプルに対して得られた実測のマススペクトルであり、(a)は酸処理及び沈殿物除去を行ったサンプルに対するマススペクトル、(b)は酸処理及び沈殿物除去を行わないサンプルに対するマススペクトルである。 図4(a)に示すマススペクトルでは、糖ペプチドTf-GP1、Tf-GP2のプロトン付加分子イオンのピーク(*印)、及び糖ペプチドTf-GP1、Tf-GP2からそれぞれシアル酸 (Sialic acid) が脱離したイオンピーク(シアル酸1個当たりの質量電荷比差:291)が観測されている。これに対し、図4(b)に示すマススペクトルでは、上述した糖ペプチドTf-GP1、Tf-GP2由来のイオンピークは殆ど観測されず、m/z 2500-2700、m/z 3900-4000前後にペプチド由来のイオンピークが高い強度で観測されている。このことから、上述した酸処理及び沈殿物除去により、糖鎖修飾されていない(又は糖鎖が脱離した)ペプチドが十分に除去され、それによって糖ペプチド由来のイオンが十分な信号強度で観測可能となったことが分かる。 図5及び図6は、フェチュインに対するトリプシン消化物から得られたサンプルに対して得られた実測のマススペクトルである。このうち、図5は相対的に低い質量電荷比範囲であるm/z 500-3500に対するマススペクトル、図6はそれよりも高い質量電荷比範囲であるm/z 3500-8500に対するマススペクトルであり、さらに図5、図6ともに、(a)は酸処理及び沈殿物除去を行ったサンプルに対するマススペクトル、(b)は酸処理及び沈殿物除去を行わないサンプルに対するマススペクトルである。 図6から分かるように、糖ペプチドFet-GP1(m/z 4604)のプロトン付加分子イオンは、酸処理及び沈殿物除去の有無に拘わらず高い信号強度で観測されている。一方、Fet-GP2(m/z 6536)由来のイオンピークは、酸処理及び沈殿物除去を行ったほうが行わない場合に比べてやや高い強度で観測されている。また、Fet-GP3(m/z 8279)由来のイオンピークではその差は顕著であり、酸処理及び沈殿物除去を行った場合には、幾つかの糖鎖が脱離したイオンピークを含め、複数のFet-GP3由来のイオンピークが観測されているが、酸処理及び沈殿物除去を行っていない場合には、Fet-GP3由来のイオンピークは殆ど観測されなかった。このことから、酸処理及び沈殿物除去によるペプチド除去の効果は、こうした処理を行わない場合に関連イオンを殆ど検出できない高質量電荷比の糖ペプチドに特に有効であることが分かる。 以上のように、上記ステップS1〜S7の前処理によって分析対象である糖タンパク質に由来する糖ペプチドが多く含まれるサンプルを調製することができるので、ステップS7における質量分析では、糖ペプチド、特に糖鎖部分が大きな糖ペプチドの質量情報を得ることができる。そこで、こうして得られた質量情報を例えば、マトリクスサイエンス(Matrix Science)社が提供するマスコット(Mascot)などのデータベース検索又はデノボーシケンシングなどに供することで糖ペプチドを同定し、糖タンパク質の構造を推定する(ステップS9)。 上記実施例では、タンパク質可溶化剤としてRapiGest SFを用いたが、分解性界面活性剤(Cleavable detergent、Cleavable surfactant)、又は酸分解性界面活性剤(Acid-labile surfactant)であれば、上記タンパク質可溶化剤として利用可能である。 酸分解性界面活性剤としては、親水性部と疎水性部とが酸分解性である構造又は結合を有するリンカーで結合された界面活性剤であればよく、その構造や結合様式は問わない。具体的には、RapiGest(Sodium 3-[(2-methyl-2-undecyl-1,3-dioxolan-4-yl)methoxy]-1-propanesulfonate)のほか、非特許文献3等に記載のProteaseMAX(正式な化合物名は、Sodium 3-((1-(furan-2-yl)undecyloxy)carbonylamino)propane-1-sulfonate)や、非特許文献4等に記載のPPS Silent(正式な化合物名は、Sodium 3-(4-(1,1-bis(hexyloxy)ethyl)pyridinium-1-yl)propane-1-sulfonate)、などを用いることができる。 また、タンパク質可溶化剤として、酸分解性界面活性剤のほか、フッ素イオンとの反応により分解する界面活性剤や、紫外光の照射により分解する界面活性剤などを用いることもできる。フッ素イオンとの反応により分解する界面活性剤としては、具体的には、シリルエステル基が親水性部と疎水性部とのリンカーとして含まれる界面活性剤、例えば非特許文献5に記載の、[2-(Dimethyloctylsilanyl)ethoxycarbonylmethyl]-trimethylammonium bromideや、[2-(Dimethyloctylsilanyl)ethoxycarbonylmethyl]-trimethylphosphonium bromide、などが挙げられる。一方、紫外光の照射により分解する界面活性剤としては、紫外光によって開裂する構造又は結合が親水性部と疎水性部とのリンカーに含まれる界面活性剤であればよく、例えば非特許文献5に記載の、(E)-3-(2,4,6-Trihydroxyphenyl)acrylic acid octyl esterなどが挙げられる。 もちろん、使用するタンパク質可溶化剤の種類や分析対象である糖タンパク質の種類などに応じて、上述した一連の前処理におけるパラメータ(温度や時間、使用する化合物の濃度など)が適宜に変更されることは当然である。 また、上記実施例では、調製されたサンプルをMALDI飛行時間型質量分析装置により質量分析していたが、ペプチドなどの測定に一般に利用される他のイオン化法を用いた質量分析装置を用いてもよい。例えば表面支援レーザ脱離イオン化(SALDI)法などの他のレーザ脱離イオン化法を用いた質量分析装置を利用することもできる。 さらにまた、上記実施例は本発明の一例にすぎず、上記記載の変形例以外でも、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。 質量分析を用いて糖タンパク質を分析する方法であって、 a)分析対象である糖タンパク質に、疎水性部、親水性部、及び、該疎水性部と親水性部とを結合するとともに所定条件下で切断される結合部、を含む構造を有するタンパク質可溶化剤を混合した状態で、酵素消化処理を実施することにより糖タンパク質のペプチド結合を切断するペプチド断片化ステップと、 b)前記酵素消化処理された溶液に対し前記所定条件による処理を実施することにより前記タンパク質可溶化剤の結合部を切断する結合切断ステップと、 c)前記結合切断ステップの実施後の沈殿物を除去し、その上清から質量分析用のサンプルを調製する調製ステップと、 を有し、前記調製ステップにより調製されたサンプルを質量分析に供することを特徴とする、質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法。 請求項1に記載の質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法であって、 前記タンパク質可溶化剤は、酸による処理により結合部が切断される酸分解性界面活性剤であることを特徴とする質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法。 請求項2に記載の質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法であって、 前記質量分析はマトリクス支援レーザ脱離イオン化法による質量分析であり、前記調製ステップでは所定のマトリクスを加えてサンプルを調製することを特徴とする質量分析を用いた糖タンパク質の分析方法。 【課題】糖タンパク質を酵素消化して得られる糖ペプチドとペプチドとの混合物からペプチドを簡便な処理で除去することで、糖ペプチドの分析感度を改善しその構造解析の精度を向上させる。【解決手段】分析対象である糖タンパク質水溶液に酸分解性界面活性剤をタンパク質可溶化剤として加え(S1)、変性、還元アルキル化処理、トリプシン消化処理などを実施する(S2〜S4)。溶液中の酸分解性界面活性剤は疎水性部と親水性部とを有し、親和力によって、それら各部には酵素消化で生成されたペプチドと糖ペプチドとがそれぞれ結合する。そのあとに、酸を加えて所定時間静置する(S5)と、疎水性部と親水性部との結合が切れて、親和力によりペプチドと引き合う疎水性部は沈殿する。そこで、沈殿物を除去し、糖ペプチドが主として残る上清からサンプルを調製し質量分析に供する(S6〜S8)。【選択図】図1