タイトル: | 公開特許公報(A)_GABAB受容体作動薬を用いた脊髄小脳変性症治療薬 |
出願番号: | 2014035793 |
年次: | 2015 |
IPC分類: | A61K 45/00,A61K 31/195,A61P 25/00 |
平井 宏和 JP 2015160819 公開特許公報(A) 20150907 2014035793 20140226 GABAB受容体作動薬を用いた脊髄小脳変性症治療薬 国立大学法人群馬大学 504145364 川口 嘉之 100100549 佐貫 伸一 100126505 平井 宏和 A61K 45/00 20060101AFI20150811BHJP A61K 31/195 20060101ALI20150811BHJP A61P 25/00 20060101ALI20150811BHJP JPA61K45/00A61K31/195A61P25/00 101 7 1 OL 11 4C084 4C206 4C084AA17 4C084MA52 4C084MA65 4C084NA14 4C084ZA03 4C206AA01 4C206AA02 4C206FA44 4C206MA01 4C206MA04 4C206MA72 4C206MA85 4C206NA14 4C206ZA03 本発明は、脊髄小脳変性症の治療薬に関する。 脊髄小脳変性症は、小脳を中心に中枢神経系が広く障害される疾患群で、運動失調を中心に、眼振、構音障害、嚥下障害などが認められ、進行すると著しく日常生活が障害される。日本には現在、25,000人を越える患者(特定疾患医療受給者)がいるが、そのうち約3分の1が遺伝性(脊髄小脳失調症, Spinocerebellar ataxia; SCA)であり、大部分が常染色体優性遺伝形式を示す。脊髄小脳失調症はこれまでに37のタイプが報告されている。脊髄小脳失調症1型(SCA1)は、米国ミネソタ大学のHarry T. Orrらにより原因遺伝子が最初に報告された。SCA1患者は欧米に多いのに対して、我が国の患者は比較的少なく、全SCA患者の約3.8%程度(約300人)である。 SCA1患者では、sca1遺伝子内のAtaxin-1タンパク質をコードする領域にCAGリピートの異常伸長が認められる。CAGはグルタミンをコードしていることから、SCA1患者では異常伸長したポリグルタミン鎖をもつ変異Ataxin-1が産生される。Ataxin-1は神経細胞の核内で、細胞機能に重要なタンパク質(転写因子など)と複合体を形成するが、異常伸長したポリグルタミン鎖をもつ変異Ataxin-1は、複合体形成に異常を来たす。その結果、神経細胞の機能が障害され、やがて細胞死に至ると考えられている。 マウスの小脳プルキンエ細胞では、Ataxin-1は転写因子Retinoid-related Orphan Receptorα(RORα)と複合体を形成し、プルキンエ細胞機能に重要な分子の産生を制御している。変異Ataxin-1はRORαと複合体を形成できないため、RORαによる転写が障害される(非特許文献1)。 本発明者らは、RORα遺伝子に欠損があり、RORα機能が消失している自然発生小脳失調マウス(Staggererマウス)の小脳を電気生理学的に解析し、平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおけるイオン透過型グルタミン酸受容体を介する早いシナプス伝達は比較的維持されているのに対し、代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1)を介するシナプス伝達が完全に消失していることを明らかにした(非特許文献2)。小脳皮質ではmGluR1はプルキンエ細胞のみに発現しており、平行線維-プルキンエ細胞シナプスのシナプス後部に局在する。mGluR1は小脳機能にきわめて重要であり、mGluR1欠損マウスは小脳皮質の形態に明らかな異常がないにもかかわらず顕著な運動失調を示した(非特許文献3)。また、mGluR1欠損マウスの小脳プルキンエ細胞だけにmGluR1を戻したレスキューマウスは、ほとんど運動失調を示さなかった(非特許文献4)。さらにマウスが成熟後に、薬剤誘導性にmGluR1をプルキンエ細胞から欠損させると、顕著な小脳失調が誘導された(非特許文献5)。ヒトでも、小脳失調を示すホジキンリンパ腫の患者にはmGluR1の機能阻害自己抗体が産生されており、血漿交換で自己抗体を取り除くことで小脳失調が軽減することが報告されている(非特許文献6)。すなわち、プルキンエ細胞のmGluR1は小脳機能にきわめて重要で、ヒトにおいてもmGluR1を介するシグナルが障害されると、著しい運動障害を引き起こすと考えられる。RORαを介する転写は、mGluR1活性化に続く複数の下流シグナル分子の産生を制御していることが報告されている(非特許文献7)。 脊髄小脳変性症の治療薬として、現在、TRH誘導体の経口製剤(商品名:セレジスト、田辺三菱製薬)、注射薬としてプロチレリン酒石酸塩水和物(商品名:ヒルトニン、武田薬品工業)が臨床使用されている。患者に投与した場合、両薬とも大きな運動機能の改善は認められていない。 γ−アミノ酪酸(GABA)誘導体のバクロフェンを主成分とするギャバロン(第一三共株式会社)は、脳血管障害や脳性麻痺(脊髄小脳失調症を含む)などによる痙性麻痺に適用されているが(非特許文献8)、痙性麻痺という症状を改善するために使用されるのみで、脊髄小脳変性症という疾患そのものには適用されていない。 特許文献1には、γ−アミノ酪酸モジュレータと5-HT1B受容体アンタゴニストとを組み合わせた医薬が開示されており、対象疾患として小脳性運動失調症が例示されている。特許文献2には、選択的セロトニン2A/2C受容体インバースアゴニストを有効成分とする脊髄小脳萎縮などの神経変性疾患用治療薬が開示されており、追加治療剤としてバクロフェンも併用できることが記載されている。 しかしながら、特許文献1,2には、バクロフェンが単独で、脊髄小脳変性症の治療に有効であることは記載されていない。特表2007−537151号公報特表2006−516284号公報Serra HG, Duvick L, Zu T, Carlson K, Stevens S, Jorgensen N, Lysholm A, Burright E, Zoghbi HY, Clark HB, Andresen JM, Orr HT. RORalpha-mediated Purkinje cell development determines disease severity in adult SCA1 mice. Cell. 2006 Nov 17;127(4):697-708.Mitsumura K, Hosoi N, Furuya N, Hirai H. Disruption of metabotropic glutamate receptor signalling is a major defect at cerebellar parallel fibre-Purkinje cell synapses in staggerer mutant mice. J Physiol. 2011 Jul 1;589(Pt 13):3191-209.Aiba A, Kano M, Chen C, Stanton ME, Fox GD, Herrup K, Zwingman TA, Tonegawa S. Deficient cerebellar long-term depression and impaired motor learning in mGluR1 mutant mice. Cell. 1994 Oct 21;79(2):377-88.Ichise T, Kano M, Hashimoto K, Yanagihara D, Nakao K, Shigemoto R, Katsuki M, Aiba A. mGluR1 in cerebellar Purkinje cells essential for long-term depression, synapse elimination, and motor coordination. Science. 2000 Jun 9;288(5472):1832-5.Nakao H, Nakao K, Kano M, Aiba A. Metabotropic glutamate receptor subtype-1 is essential for motor coordination in the adult cerebellum. Neurosci Res. 2007 Apr;57(4):538-43.Sillevis Smitt P, Kinoshita A, De Leeuw B, Moll W, Coesmans M, Jaarsma D, Henzen-Logmans S, Vecht C, De Zeeuw C, Sekiyama N, Nakanishi S, Shigemoto R. Paraneoplastic cerebellar ataxia due to autoantibodies against a glutamate receptor. N Engl J Med. 2000 Jan 6;342(1):21-7.Gold DA, Baek SH, Schork NJ, Rose DW, Larsen DD, Sachs BD, Rosenfeld MG, Hamilton BA. RORalpha coordinates reciprocal signaling in cerebellar development through sonic hedgehog and calcium-dependent pathways. Neuron. 2003 Dec 18;40(6):1119-31.ギャバロン添付文書Tabata T, Araishi K, Hashimoto K, Hashimotodani Y, van der Putten H, Bettler B, Kano M. Ca2+ activity at GABAB receptors constitutively promotes metabotropic glutamate signaling in the absence of GABA. Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Nov 30;101(48):16952-7.Hirono M, Yoshioka T, Konishi S. GABA(B) receptor activation enhances mGluR-mediated responses at cerebellar excitatory synapses. Nat Neurosci. 2001 Dec;4(12):1207-16.Kamikubo Y, Tabata T, Kakizawa S, Kawakami D, Watanabe M, Ogura A, Iino M, Kano M. Postsynaptic GABAB receptor signalling enhances LTD in mouse cerebellar Purkinje cells. J Physiol. 2007 Dec 1;585(Pt 2):549-63. 本発明の課題は、脊髄小脳変性症で見られる運動失調を改善し、患者の生活レベルを向上させる治療薬を提供することである。 RORαが機能的に欠損するstaggererマウスでは、プルキンエ細胞におけるmGluRシグナルが完全に欠損していること(非特許文献2)、SCA1モデルマウスにおいて変異Ataxin-1はRORαと複合体を形成できないため、RORαによる転写が障害されているという報告(非特許文献1)から、本発明者らは、SCA1患者においてもmGluR1活性化によって惹起される細胞内シグナル伝達が障害されているのではないかと考えた。そこでSCA1モデルマウスを電気生理学的に解析した結果、運動失調出現時期に一致してプルキンエ細胞のmGluR1を介するシナプス可塑性が障害されていることを見いだした。 小脳プルキンエ細胞には、代謝型GABA受容体であるGABAB受容体も存在し、プルキンエ細胞において、GABAB受容体はmGluR1と複合体を形成していると考えられている(非特許文献9)。GABAB受容体のアゴニストであるバクロフェンは、nMオーダーの低濃度で作用させると、通常のシナプス伝達への影響を最小限にしたまま、プルキンエ細胞のmGluR1シグナルを増強させることが報告されている(非特許文献10,11)。そこで、本発明者らは、低濃度バクロフェンによるmGluR1シグナル増強の作用を利用することにより、減弱しているmGluR1シグナルを回復させ、SCA1モデルマウスの運動失調を改善させることを試みた。その結果、SCA1モデルマウスのプルキンエ細胞でみられる、mGluRシグナルの障害が、GABAB受容体作動薬であるバクロフェンを投与することで回復し、運動失調を顕著に改善できることを見出し、その知見に基づいて本発明を完成させた。 本発明の要旨は以下のとおりである。(1)GABAB受容体作動薬を含み、単剤で投与される、脊髄小脳変性症(痙性麻痺を伴うものを除く)を治療するための医薬組成物。(2)GABAB受容体作動薬がバクロフェンである、(1)に記載の医薬組成物。(3)前記脊髄小脳変性症が核内転写因子RORαの機能障害に基づく脊髄小脳変性症である、(1)または(2)に記載の医薬組成物。(4)前記脊髄小脳変性症が1型脊髄小脳失調症である、(1)〜(3)のいずれかに記載の医薬組成物。(5)前記1型脊髄小脳失調症が運動失調を伴うものである、(4)に記載の医薬組成物。(6)GABAB受容体作動薬が一回当たり400 ng〜400 μg/kg体重で経口投与される、(1)〜(5)のいずれかに記載の医薬組成物。(7)GABAB受容体作動薬が1〜300 nMの濃度で小脳へ直接投与される、(1)〜(5)のいずれかに記載の医薬組成物。 本発明の医薬組成物によれば、脊髄小脳変性症を効率よく治療できる。例えば、1回の投与により、脊髄小脳失調症1型の運動失調を1〜2週間にわたって改善することができる。低濃度バクロフェンの経口投与により、SCA1モデルマウスのロタロッド試験成績が回復することを示す。SCA1モデルマウスにバクロフェンを33.7 ng/マウスの体重(g)を寒天に混ぜて1回だけ、経口投与した(黒線)。コントロール群ではバクロフェンを加えずリン酸緩衝液(PBS)のみを含む寒天を与えた(灰色線)。投与3時間後(Day 0)、翌日(Day 1)、1週後(Day 7)、2週後(Day 14)、3週後(Day 21)にロタロッド試験を行い、バクロフェンの効果を検討した。Acc: 回転棒が0回転/分から3分後に40回転/分まで加速。Stab: 定速20回転/分、または30回転/分。SLIP: マウスが最初に足を滑らせるまでの時間。FALL: マウスが回転棒から落下するまでの時間。両群とも9匹の結果である。*p<0.05, **p<0.01 (Tukey’s post hoc test after one-way ANOVA)。バクロフェン投与1週間後、SCA1モデルマウスのプルキンエ細胞において、mGluR1を介する短期シナプス可塑性であるsynaptically evoked suppression of excitation (SSE)が回復していることを示す。生後12週のSCA1モデルマウスの小脳に、バクロフェン(5 nM, 10 μl)またはリン酸緩衝液(10 μl)を注入した。1週間後に小脳スライスを作製し、高頻度平行線維刺激によるmGluR1活性化に続きSSEが観察されるのかを調べた。リン酸緩衝液を注入したSCA1モデルマウスより作製した小脳スライスでは、高頻度平行線維刺激(100 Hz、20発)後、刺激前と比べて有意な興奮性シナプス後電流(excitatory postsynaptic current; EPSC)振幅の減弱は見られず、SSEは観察されなかった(n=6プルキンエ細胞、マウス3匹、○)。PBSを注入したスライスでは、SSEは観察されなかったのに対し、バクロフェンを注入したSCA1モデルマウスから作製した小脳スライスでは、高頻度平行線維刺激後、EPSC振幅は刺激前のおよそ半分にまで減弱し、80秒程度で元の振幅に戻り、野生型のマウスと同様なSSEが観察された(n=10プルキンエ細胞、マウス4匹、●)。SCA1モデルマウスのプルキンエ細胞において、消失していたmGluR1依存性の長期抑圧現象(Long-Term Depression; LTD)が、バクロフェン投与1週間後に回復していることを示す。生後12週のSCA1モデルマウスの小脳に、バクロフェン(5 nM, 10 μl)またはリン酸緩衝液(10 μl)を注入した。1週間後に小脳スライスを作製し、平行線維刺激とプルキンエ細胞への脱分極を同期させて(ペアリング刺激)、LTDが起こるのかを観察した。PBSを注入したSCA1モデルマウスから作製した小脳スライスではLTDは誘導されなかった(n=2プルキンエ細胞、マウス2匹、○)。[生後12週の未処置のSCA1モデルマウスでLTDが誘導されないことは別の実験でも確認している(n=5プルキンエ細胞、マウス5匹)(データは示さず)。]これに対してバクロフェンを注入したSCA1モデルマウスから作製した小脳スライスでは、ペアリング刺激の30分後にEPSC振幅は刺激前の約70%にまで減弱し、野生型マウスと同様な顕著なLTDが誘導された(n=5プルキンエ細胞、マウス5匹、●)。SCA1モデルマウスのプルキンエ細胞において、減弱していたslow EPSC(mGluR1活性化により誘導される)が、バクロフェン投与1週間後に回復していることを示す。生後12週の野生型マウスから作製した小脳スライスにおいて、平行線維を高頻度(200 Hz, 10発あるいは25発)で刺激すると、ホールセルパッチクランプしたプルキンエ細胞においてslow EPSCが観察される。この現象はプルキンエ細胞のmGluR1の活性化によって惹起される。200 Hz、10発刺激の場合、slow EPSCの振幅は約250 pA、200 Hz、25発刺激では約350 pAであった(左図中の白カラム)。生後12週のB05マウスから作製した小脳スライスのプルキンエ細胞ではslow EPSCの振幅は、10発刺激で約40 pA、200 Hz、25発刺激では約65 pAと小さくなっていた(左図中の黒カラム)。生後12週のB05マウスの小脳にリン酸緩衝液を注入し、1週間後に小脳スライスを作製した群では、200 Hz、10発刺激で誘導されるslow EPSCの振幅は約35 pA、200 Hz、25発刺激では約60 pAであった(右図中の黒カラム)。バクロフェンを生後12週のB05マウスの小脳に投与し、1週間後に同様に実験を行った場合、slow EPSCの振幅は10発刺激で約120 pA、200 Hz、25発刺激では約220 pAと有意に大きくなっていた(右図中の灰色カラム)。*p<0.05, **p<0.01 (Unpaired t-test) 本発明の医薬組成物は、GABA(γ−アミノ酪酸)B受容体作動薬を含み、単剤で投与される、脊髄小脳変性症(痙性麻痺を伴うものを除く)を治療するための医薬組成物である。 本明細書中において、「GABAB受容体作動薬」とは、例えば、GABAB受容体アゴニスト、または、GABAB受容体に作用し、その作用を増強させるGABAB受容体増強物質を意味する。 本発明の医薬組成物に含まれる「GABAB受容体作動薬」は、好ましくは、下記式(I)で示されるバクロフェンである。バクロフェンを主成分とするギャバロンは、第一三共株式会社より、リオレサールはノバルティスファーマ株式会社より販売されている。 本発明の医薬組成物の対象疾患は、「痙性麻痺を伴う症例を除いた脊髄小脳変性症」であり、好ましくは、脊髄小脳失調症1型及び3型を含む核内転写因子RORαの機能障害に基づく脊髄小脳変性症が挙げられ、より好ましくは、運動失調を伴う脊髄小脳失調症1型である。本明細書中において、「痙性麻痺」とは、脳・脊髄の障害のために手足が突っ張るようになり、手足を曲げられない、関節が屈曲・伸展してしまい思うように動かせない状態を意味する。本明細書中において、「運動失調」とは、個々の筋肉の運動は正常であるが、関係する神経の協調がうまくいかないために、運動が円滑にできなくなる状態を意味する。 本発明の医薬は上記GABAB受容体作動薬を公知の薬学的に許容される担体と組み合わせることにより、製造することができる。本発明の医薬の投与単位形態は特に限定されず、治療目的に応じて適宜選択でき、具体的には、錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤等を例示できる。製剤化にあたっては製剤担体として通常の薬剤に汎用される賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、安定剤、矯味矯臭剤、希釈剤、界面活性剤、注射剤用溶剤等の添加剤を使用できる。 本発明の製剤中に含まれるGABAB受容体作動薬の量は特に限定されず適宜選択すればよいが、例えば製剤中に0.005〜50質量%、好ましくは0.05〜10質量%とするのがよい。 GABAB受容体作動薬を有効成分とする医薬を経口的、又は非経口的に患者に投与することにより、脊髄小脳変性症患者を治療することができる。ここで、患者とは、ヒトであってもよいが、ヒト以外の哺乳動物であってもよい。 本発明の医薬の投与方法は特に限定されず、疾患の種類、各種製剤形態、患者の年齢、性別、その他の条件、患者の症状の程度等に応じて決定され、経口投与、静脈投与、脳内投与などが例示されるが、経口投与が好ましい。GABAB受容体作動薬であるバクロフェンは、所定の濃度で患者に経口投与することにより、血液脳関門を通過し、小脳の神経細胞(プルキンエ細胞)に作用して、脊髄小脳変性症患者を治療することができる。 本発明の製剤の有効成分の投与量は、用法、患者の年齢、性別、疾患の程度、その他の条件等により適宜選択されるが、経口投与されるGABAB受容体作動薬の量は、1回あたり、好ましくは400 ng〜400 μg/kg体重、より好ましくは約33.7 μg/kg体重であり、これは痙性麻痺で使用される量の15分の1以下の量である。小脳へ直接投与される場合、好ましくは1〜300 nM、より好ましくは5 nMの濃度である。症状に応じて、1〜7日に1回、場合によっては1日に複数回投与することができる。 GABAB受容体作動薬は、所定の濃度で投与されることにより、GABAB受容体に結合し、GABAB受容体を活性化し、その結果、代謝型グルタミン酸受容体mGluR1(GABAB受容体とmGluR1受容体は免疫沈降により共沈する複合体を形成する)のシグナル伝達作用を増強して脊髄小脳変性症治療効果を発揮すると考えられる。より具体的には、GABAB受容体作動薬は、GABAB受容体への結合により、グルタミン酸を介するmGluR1受容体の活性化を増強し、脊髄小脳変性症において減弱、あるいは消失しているmGluR1の機能を回復させ、脊髄小脳変性症治療効果を発揮すると考えられる。 以下、実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は以下の態様には限定されない。実施例1:低濃度バクロフェンの投与による脊髄小脳失調症1型モデルマウスの運動失調の改善 脊髄小脳失調症1型マウスとして、プルキンエ細胞特異的L7/PCP2プロモーター制御下で変異Ataxin-1を発現するトランスジェニックマウス(B05マウス、Burright EN, Clark HB, Servadio A, Matilla T, Feddersen RM, Yunis WS, Duvick LA, Zoghbi HY, Orr HT. SCA1 transgenic mice: a model for neurodegeneration caused by an expanded CAG trinucleotide repeat. Cell. 1995 Sep 22;82(6):937-48.)を、ミネソタ大学のHarry T. Orr教授から譲り受けて使用した。 低濃度バクロフェンを、運動失調を示す生後12週のB05マウスの、1)小脳に直接投与(5 nM, 10 μl)または2)経口投与(33.7 ng/g体重)し、その効果を、ロタロッド試験により調査した。ロタロッド試験は、薬物投与3時間後(Day 0)、翌日(Day 1)、1週後(Day 7)、2週後(Day 14)、3週後(Day 21)にそれぞれ行った。詳細には、プラスチック製の棒にマウスを乗せ、落下するまでの時間を計測した。本実験において、プラスチック棒の回転速度は次の3種類を用いた。 ・停止状態から3分後に40回転/分の速度に加速 ・20回転/分の定速で回転 ・30回転/分の定速で回転 所定の濃度のバクロフェンを投与したバクロフェン投与群(黒線)では、溶媒であるリン酸緩衝液のみを投与した対照群(灰色線)と比較して、マウスが棒から落下するまでの時間が、経口投与の場合、投与翌日(Day1)から1週間(Day7)まで(ただし、20回転/分の定速、落下までの時間のみ2週間まで)(図1)、小脳への直接投与の場合、投与翌日から2週間まで(データを示さず)、有意に延長した。実施例2:バクロフェンの投与によるSCA1マウスプルキンエ細胞のmGluR1シグナルの回復(1) 生後12週のB05マウスは運動失調を示し、プルキンエ細胞のmGluR1シグナルの著しい障害が認められる。生後12週のB05マウス小脳に低濃度バクロフェン(5 nM, 10 μl)を投与し、投与1週間後に、小脳虫部からスライスを作製し、パッチクランプ法にてプルキンエ細胞のmGluRシグナルを調査した。詳細には、小脳皮質分子層に刺激電極を置き、平行線維に高頻度(100 Hz、20発)の電気刺激を与えてmGluR1を活性化した。平行線維を高頻度に刺激することで、平行線維終末よりグルタミン酸が大量に放出され、シナプス間隙から溢れ出たグルタミン酸が、シナプス後部(プルキンエ細胞側)の辺縁に存在するmGluR1に結合して活性化する。記録するプルキンエ細胞は-70 mVに電圧固定し、高頻度刺激の前後において、0.1 Hzで平行線維を刺激し、興奮性シナプス後電流(EPSC)の振幅を観察した。 野生型マウスでは平行線維の高頻度刺激(100 Hz, 20発)後、EPSCの振幅は3分の1程度まで減弱し、80秒程度でもとに戻った(データを示さず)。この現象はmGluR1活性化によってプルキンエ細胞内で産生される内在性カンナビノイドが、逆行性に平行線維終末のCB1受容体に作用した結果、平行線維終末からのグルタミン酸の放出が減弱するためで、synaptically evoked suppression of excitation (SSE)と呼ばれている。 生後12週のB05マウスではSSEは観察されなかった(○)。これに対して、バクロフェンを小脳に投与後1週間のマウスでは、平行線維高頻度刺激後のEPSC振幅は、減弱の程度は野生型マウスよりやや小さいものの、野生型マウスと同様の時間経過で減少した(●)。すなわちバクロフェン投与によりSSEが回復した(図2)。実施例3:バクロフェンの投与によるSCA1マウスプルキンエ細胞のmGluR1シグナルの回復(2) 平行線維-プルキンエ細胞シナプスで誘導される長期抑圧現象(Long-Term Depression; LTD)は、運動学習の小脳神経細胞レベルでの変化と考えられている。野生型マウスの小脳スライスにおいて、平行線維刺激と同期してプルキンエ細胞を脱分極させると、LTDが誘導される。生後12週のB05マウスの小脳にリン酸緩衝液を注入し、1週間後に小脳スライスを作製した対照群では、プルキンエ細胞にLTDは誘導されないが(○)、バクロフェンを小脳に投与し同様に実験を行った場合は、平行線維刺激と同期してプルキンエ細胞を脱分極させると、野生型マウスと同じようにLTDが誘導された(●)(図3)。実施例4:バクロフェンの投与によるSCA1マウスプルキンエ細胞のmGluR1シグナルの回復(3) 生後12週の野生型マウスから作製した小脳スライスにおいて、平行線維を高頻度(200 Hz, 10発あるいは25発)で刺激すると、ホールセルパッチクランプしたプルキンエ細胞でslow EPSCが観察される。200 Hz、10発刺激の場合、slow EPSCの振幅は251.2 ± 95.6 pA、200 Hz、25発刺激では350.5 ± 104.1 pAであった(ともに4匹のマウスから得られた10プルキンエ細胞の値の平均と標準誤差を示す)。これは、mGluR1活性化に続いてTransient receptor potential cation channel, subfamily C, member 3 (TRPC3)が開口し、陽イオンが流入するからである。生後12週のB05マウスから作製した小脳スライスのプルキンエ細胞ではslow EPSCの振幅は、10発刺激で42.6 ± 8.4 pA(n=プルキンエ11細胞、マウス5匹、**p<0.05)、200 Hz、25発刺激では65.7 ± 13.0 pA(n=11プルキンエ細胞、マウス5匹、**p<0.01)と有意に小さくなっていた(図4左図)。 生後12週のB05マウスの小脳にリン酸緩衝液を注入し、1週間後に小脳スライスを作製した対照群では、200 Hz、10発刺激で誘導されるslow EPSCの振幅は35.0 ± 9.8 pA(n=7プルキンエ細胞、マウス5匹)、200 Hz、25発刺激では63.2 ± 21.1 pA(n=7プルキンエ細胞、マウス5匹)であった。バクロフェンを生後12週のB05マウスの小脳に投与し、1週間後に同様に実験を行った場合、slow EPSCの振幅は10発刺激で123.1 ± 22.0 pA(n=10プルキンエ細胞、マウス5匹、**p<0.01)、200 Hz、25発刺激では218.8 ± 50.6 pA(n=10プルキンエ細胞、マウス5匹、**p<0.01)と有意に大きくなっていた(図4右図)。すなわち、バクロフェン投与1週間後のB05マウスの小脳において、mGluR1シグナルが有意に回復していた。 本発明は、脊髄小脳変性症の治療薬の分野で有用である。GABAB受容体作動薬を含み、単剤で投与される、脊髄小脳変性症(痙性麻痺を伴うものを除く)を治療するための医薬組成物。GABAB受容体作動薬がバクロフェンである、請求項1に記載の医薬組成物。前記脊髄小脳変性症が核内転写因子RORαの機能障害に基づく脊髄小脳変性症である、請求項1または2に記載の医薬組成物。前記脊髄小脳変性症が1型脊髄小脳失調症である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の医薬組成物。前記1型脊髄小脳失調症が運動失調を伴うものである、請求項4に記載の医薬組成物。GABAB受容体作動薬が一回当たり400 ng〜400 μg/kg体重で経口投与される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の医薬組成物。GABAB受容体作動薬が1〜300 nMの濃度で小脳へ直接投与される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の医薬組成物。 【課題】本発明の課題は、脊髄小脳変性症で見られる運動失調を改善し、患者の生活レベルを向上させる治療薬を提供することである。【解決手段】GABAB受容体作動薬を含み、単剤で投与される、脊髄小脳変性症(痙性麻痺を伴うものを除く)を治療するための医薬組成物を提供する。【選択図】 図1