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タイトル:公開特許公報(A)_接合能を有する酵母のスクリーニング方法
出願番号:2013126804
年次:2015
IPC分類:C12N 1/19,C12N 15/09


特許情報キャッシュ

福田 展雄 本田 真也 JP 2015000046 公開特許公報(A) 20150105 2013126804 20130617 接合能を有する酵母のスクリーニング方法 独立行政法人産業技術総合研究所 301021533 福田 展雄 本田 真也 C12N 1/19 20060101AFI20141202BHJP C12N 15/09 20060101ALI20141202BHJP JPC12N1/19C12N15/00 A 13 OL 19 4B024 4B065 4B024AA05 4B024AA20 4B024CA01 4B024DA12 4B024EA04 4B024FA02 4B024FA10 4B024GA11 4B024GA27 4B024HA20 4B065AA80X 4B065AA80Y 4B065AB01 4B065BA02 4B065BA25 4B065BD14 4B065CA42 4B065CA60 本発明は、酵母の交雑を行なうための、酵母菌株を育種する方法に関する。 酵母は古来より人類の日常生活と密接に関わり合ってきた。清酒,ワイン,ビール等の酒精飲料、及びパン、味噌,醤油等の発酵食品の製造に加えて、近年のバイオテクノロジーの発達により医薬品の製造にも関わるに至っている。(以降、「飲料・食品・医薬品等の製品の製造などの産業上有用な用途に用い得る酵母」を「実用酵母」とも表示する)。 酵母の有効利用に際しては、優秀な酵母を育種することが不可欠である。これまでに様々な育種法が用いられて、実用酵母菌株の改良が行われてきた。とりわけ交雑育種法は古くから広く用いられてきた方法である。交雑育種法とは、異なる二つの菌株(親株)について人為的に交雑を行い、所望の形質を有する交雑株を選抜する方法であり、両親株の優良形質を併有する株を得るために有効な方法である。酵母の交雑には接合を利用するため、交雑の両親株として用いる二株は互いに接合する性質(以降「接合能」とも表示する)、すなわち、それぞれa型とα型の接合型を持つことが必要である。 なお酵母には、基本数の染色体を有する一倍体、基本数の2倍の染色体を有する二倍体、基本数のN倍(Nは自然数を表す)の染色体を有するN倍体のように、倍数性の異なる様々な細胞が存在する。ここで、酵母の接合型を決定する遺伝子座(以後、「MAT座」とも表記する)が、a/a/a/aのようにaのみから構成される場合をa型、α/α/αのようにαのみから構成される場合をα型、a/a/α/α/αのようにaとαを含んで構成される場合をa/α型と定義すると、いかなる倍数性を有する酵母の接合型も、上述のa型、α型、またはa/α型のいずれかに分類することができる。以下、倍数性を明示する場合を除き、「a型」、「α型」、および「a/α型」は、上述の定義に従って表記するものとする。また一倍体のa型、α型を明示する表記は、a型(一倍体)、α型(一倍体)とする。高次倍数体のa型、α型を明示する場合も、同様の形式で記載する。 実用酵母の多くは二倍体、あるいは四倍体などの高次倍数体であり、通常は接合能を持たないa/α型の接合型を持つ。そこでかかる酵母から減数分裂を経て胞子を形成させることで、接合能を有するa型もしくはα型の減数分裂分離体が取得される。ところが、実用酵母の中には胞子形成能が著しく低い菌株も多数存在するため、a型もしくはα型の酵母の製造には多大な労力を要する。 近年、酵母細胞内で接合型変換遺伝子(HO)を発現させることにより、酵母の接合型をa型(二倍体)もしくはα型(二倍体)酵母に変換し、接合能を持たない酵母に接合能を付与する技術(特許文献1)が開発された。しかし、この方法によると、a型(二倍体)及びα型(二倍体)酵母が同時に生成されるため、増殖の過程で両者が接合して自己倍数化が起こることが避けられない。その結果、所望の接合型を持つ目的酵母同士の交雑体の出現頻度は低くなる。 本発明者らは、最近、酵母の接合の制御機構に着目し、接合型変換遺伝子(HO)発現により変換されたa型(二倍体)細胞内ではα2遺伝子を、またα型(二倍体)細胞内ではa1遺伝子を強制的に発現させることで、a型(二倍体)酵母及びα型(二倍体)酵母それぞれの自己倍数化を抑制することに成功して自己倍数化抑制に基づく酵母育種法技術を確立し、特許出願をしている(非特許文献1,特願2013−014863)。これらの技術により、胞子形成のない酵母であっても、親株の接合型座位を除く全ての遺伝的背景を継承したa型(二倍体)又はα型(二倍体)型の酵母を自己倍数化することなく安定して提供することができ、交雑法を適用することで望みの交雑体を得ることが可能となった。しかしながら、本発明者らの自己倍数化抑制方法によってもHO遺伝子発現による接合能の付与工程は必須である。HOが作用するためには、対象とする酵母の接合型座位(以下、「MAT座位」とも表示する)に特定の配列が必要であり、わずか1塩基の変異がある場合においても、HOが作用できなくなることが知られている(非特許文献2)。すなわち、かかる手法は一定の限定された範囲の酵母にしか適用することができない。 一方、ヘテロ接合性の消失(Loss of Heterozygosity:以後、「LOH」とも表示する)を利用することで、a型もしくはα型の接合能を有する酵母を製造する技術(非特許文献3)も開発されている。LOHとは、二倍体もしくは高次倍数体細胞において染色体再配置が生じることで、特定の遺伝子座が異なった対立遺伝子(もしくは配列)からなる状態(以後、「ヘテロ接合型」とも表示する)から、同一の遺伝子配列を有する状態(以後、「ホモ接合型」とも表示する)へと変化する現象を指す。LOHは一般的に1/104以下の低頻度でしか生じないことが知られているが(非特許文献4)、非特許文献3の方法では酵母に対してUV照射を行うことで、LOHの頻度を1/10程度にまで上昇させることが可能であることを示している。 すなわち、この技術を用いれば、酵母のMAT座位に高頻度のLOHを生じさせることが可能であり、a/α型の酵母から、a型又はα型の酵母を容易に製造することが可能となる。 しかしながら、非特許文献5で指摘しているように、LOHの頻度を増加させるために利用したUV照射は、同時に他の遺伝子座に対して望まざる変異を惹起するリスクを有している。すなわち優良な形質を有する酵母を親株としたにもかかわらず、かかる形質が、製造したa型又はα型の酵母に継承されるとは限らない。したがって製造した交雑体の集団から所望の形質を有する酵母株を選別する作業が不可欠となる。 また、UV照射を用いずに、染色体中の特定の遺伝子座をホモ化させる技術(特許文献2)も開発されている。この技術では、相同組換え法により、酵母の相同染色体のいずれか一方の遺伝子座に選択マーカー遺伝子を導入したのち、LOHにより選択マーカー遺伝子が脱落した酵母を選抜することで、遺伝子座のホモ化が達成される。この技術を、a型(二倍体)もしくはα型(二倍体)の接合能を有する酵母製造に適用しようとすると、酵母の接合型を決定するMAT座位に選択マーカー遺伝子を導入する必要がある。 しかし、酵母の染色体上には、MAT座位の擬似遺伝子とも呼べるHMLおよびHMR座位と呼ばれるサイレント型の遺伝子座位が存在し、これらHMLおよびHMR座位は、MAT座位と数百塩基対にわたって同一の上流および下流配列を有している。そのため、MAT座位を標的として選択マーカー遺伝子を導入しても、MAT座位ではなくHML座位及び/又はHMR座位に導入されてしまう可能性がかなりの高確率で存在する。したがって、他の遺伝子座位を標的とする場合に比べてMAT座位への導入効率は大幅に低いことが予想され、さらに選抜工程後にはMAT座位に正しく導入されたか否かの煩雑な確認工程も必須になる。 以上のように、所望の形質を有する異なった実用酵母から、それぞれの形質を継承したa型とα型の酵母の組み合わせを獲得するには依然甚大な労力が必要である。特開2010−220481号公報特開2009−178104号公報Nobuo Fukuda, et. al., 2013. ACS Synth Biol, in press, DOI: 10.1021/sb400016jBryan L. Ray, et. al., 1991, Mol Cell Biol., Vol.11, 5372-5380.Shinji Hashimoto, et. al., 2006, Appl Microbiol Biotechnol., Vol.69, 689-696.Mina Hiraoka, et. al., 2000, Genetics. Vol.156, 1531-1548.Ryosuke Yamada, et. al., 2010, Appl Microbiol Biotechnol,Vol.88, 849-857. 本発明の課題は、接合型を持たないa/α型の酵母から、変異原を用いることなく、効率的かつ確実にa型又はα型の酵母を製造する方法を提供することにある。 本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、接合型に依存した酵母細胞の増殖制御技術を導入することで、a/α型の酵母からLOHによって自然に派生したa型又はα型の酵母を選択的に取得できることを見出した。所望の選択圧に対応した選択マーカー遺伝子を、酵母のa型細胞特異的又はα型細胞特異的な遺伝子発現ベクターに挿入したのち、かかるベクターを優秀な形質を有する酵母に対して予め導入しておくことで、低頻度のLOHにより生成したa型又はα型の酵母を選別することに成功し、本発明を完成するに到った。 すなわち、本発明は以下を包含する。〔1〕 接合型を有さない酵母から、接合能を有する酵母を製造する方法であって、選択マーカー遺伝子をプロモーターの下流に挿入した発現ベクターを用いて形質転換し、選択マーカー遺伝子に対応した選択圧のもとでa型又はα型酵母を選抜する工程を含む方法。〔2〕 前記酵母が、醸造用酵母又はパン酵母である、前記〔1〕に記載の方法。〔3〕 前記選択マーカー遺伝子が、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)属酵母由来のURA3遺伝子である、前記〔1〕又は〔2〕に記載の方法。〔4〕 前記発現ベクターが、YCp型のプラスミドである、前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の方法。〔5〕 前記a型酵母が選抜対象であるとき、前記プロモーターが、a型特異的に発現する遺伝子のプロモーターである、前記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載した方法。〔6〕前記プロモーターがPSTE2である、前記〔5〕に記載の方法。〔7〕 前記α型酵母が選抜対象であるとき、前記プロモーターが、α型特異的に発現する遺伝子のプロモーターである、前記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法。〔8〕 前記プロモーターがPSTE3である、前記〔7〕に記載の方法。〔9〕 前記選択マーカー遺伝子を含む発現ベクターと同一又は別異の発現ベクターを用いて、α2遺伝子又はa1遺伝子をa型又はα型酵母細胞内で発現させてa1−α2複合体を形成させることにより、自己倍数化を抑制する工程を設けることを特徴とする、前記〔1〕〜〔8〕のいずれかに記載の方法。〔10〕 前記選択マーカー遺伝子が制御下にあるプロモーターが、酵母の一倍体細胞特異的に発現する遺伝子のプロモーターである、前記〔9〕に記載の方法。〔11〕 前記プロモーターがPHOである、前記〔10〕に記載の方法。〔12〕 前記〔1〕〜〔11〕のいずれかに記載した方法により製造した接合能を有する酵母を、少なくとも片方の親株として、酵母の交雑株を製造する方法。〔13〕 前記〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載した方法により製造した酵母。 本発明によれば、優良な形質を有するa/α型の酵母から、望まざる変異のリスクを回避して、a型又はα型の酵母を簡便で効率良く、かつ確実に製造することができる。製造した酵母を用いて交雑育種を行えば、両親株の優良な形質を併有する交雑株を効率的に育種することが可能となると考えられる。すなわち、本発明の製造方法は、従来法では交雑育種ができなかった、又は困難であった実用酵母の交雑育種の効率性を著しく高めることを可能とするものである。接合能を有する酵母のスクリーニング方法の模式図 (A)a型酵母をスクリーニングする方法の模式図 (B)α型酵母をスクリーニングする方法の模式図マーカー遺伝子URA3を挿入したYEp型(マルチコピー型)ベクターを用いた場合の酵母の挙動 (A)a型特異的プロモーターPSTE2を用いたベクターpHY−2Uの遺伝子地図 (B)pHY−2Uを導入した各接合型の酵母細胞の増殖特性を示すグラフ (C)α型特異的プロモーターPSTE3を用いたベクターpLY−3Uの遺伝子地図 (D)pLY−3Uを導入した各接合型の酵母細胞の増殖特性を示すグラフマーカー遺伝子URA3を挿入したYCp型(シングルコピー型)ベクターを用いた場合の酵母の挙動 (A)a型特異的プロモーターPSTE2を用いたベクターpLS−2Uの遺伝子地図 (B)pLS−2Uを導入した各接合型の酵母細胞の増殖特性を示すグラフ (C)α型特異的プロモーターPSTE3を用いたベクターpHS−3Uの遺伝子地図 (D)pHS−3Uを導入した各接合型の酵母細胞の増殖特性を示すグラフ2種類のベクターを共用したα型特異的なURA3遺伝子発現手法、及びかかる手法を用いた場合の酵母の挙動 (A)PHOを用いたURA3遺伝子発現ベクターpHS−HoU、及びPSTE2を用いたα2遺伝子発現ベクターpL3G−2αの遺伝子地図 (B)pHS−HoU及びpL3G−2αを導入した各接合型の酵母細胞の増殖特性を示すグラフa型酵母、及びα型酵母のスクリーニングの実施結果 (A)a型(二倍体)酵母のスクリーニングにおいて、Ura欠損寒天プレート上でからa型(二倍体)酵母からなるコロニーの生育を示す写真(OD600=1に調整した酵母懸濁液1mlを塗布) (B)a型(二倍体)酵母として単離した酵母が発する蛍光強度を示すグラフ (C)α型(二倍体)酵母のスクリーニングにおいて、Ura欠損寒天プレート上でα型(二倍体)酵母からなるコロニーの生育を示す写真(OD600=0.1に調整した酵母懸濁液1mlを塗布) (D)α型(二倍体)酵母として単離した酵母が発する蛍光強度を示すグラフ (E)異なる栄養要求性を有する親株との接合により生成した交雑体酵母の生育を示す写真1.本発明の特徴について 本発明は、接合型を有さないa/α型の酵母から、a型又はα型の接合能を有する酵母を製造する方法に関する。本発明の製造方法は、接合型に依存した発現特性を有するプロモーターに連結した選択マーカー遺伝子を、酵母細胞にベクターを用いて導入して、a型又はα型の酵母を選抜する工程を含むことを特徴とし、この工程を含んでいる限り、当業者に公知のもののうち技術的に適用可能な全ての工程を包含することを排除しない。また、親株と本発明の製造方法により得られた酵母株の遺伝子型あるいは表現型は、接合型に関連する部分以外は不変であることが好適であるが、接合型に関連する部分以外の遺伝子型あるいは表現型が変化することを除外しない。 本発明の製造方法における「a型又はα型酵母を選抜する工程」としては、酵母の増殖に関与する選択マーカー遺伝子を、酵母の接合型によって制御されるプロモーター又は一倍体特異的な発現特性を有するプロモーターの下流に挿入して発現させる。特定の選択圧の存在下において、ベクターを用いて導入した選択マーカー遺伝子の発現の有無を利用して、所望の接合型の酵母のみを生育させる工程である限り特に制限されない。 上記の選択マーカー遺伝子としては、例えば、ブラストサイジン耐性遺伝子(BSR遺伝子)や、G418耐性遺伝子(kanMX4遺伝子)、又はヒスチジン合成遺伝子(HIS3遺伝子)やロイシン合成遺伝子(LEU2遺伝子)、ウラシル合成遺伝子(URA3遺伝子)を好適に例示することができる。本発明の実施態様では、例示のためにサッカロミセス・セレビシエ属酵母由来のURA3遺伝子を用いて説明しているが、これに限られるものではない。 サッカロミセス・セレビシエ属酵母由来のURA3遺伝子としては、配列番号1に示す塩基配列を有するURA3遺伝子を好適に例示することができる。なお、酵母細胞内で発現させることによって、かかる酵母にウラシル合成能を付与し得る遺伝子である限り、上記好適として例示した配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換、挿入又は付加された配列を有する変異体、あるいは改変体を用いることもできる。なお、本発明において「1もしくは数個」とは、1〜50個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個であり、全長の塩基配列の80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の同一性を有する範囲内での変異があるか、または改変が施されていることを表す。 したがって、本発明における好ましいURA3遺伝子は、例えば、酵母細胞内で発現させることによって、かかる酵母にウラシル合成能を付与し得る遺伝子であって、かつ下記の(1)〜(2)のいずれかから選択される塩基配列を有する遺伝子であると表すことができる。(1)配列番号1に示される塩基配列、(2)配列番号1に示される塩基配列の1個若しくは数個の塩基残基が欠失、置換、挿入又は付加された塩基配列、2.本発明の適用可能な「酵母」について 上記の「酵母」としては、飲料、食品、医薬品等の製品の製造などの産業上有用な用途に用い得る酵母(実用酵母)、具体的には、サッカロミセス(Saccharomyces)属、ピキア(Pichia)属、クリベロマイセス(Kluyveromyces)属に属する酵母を好適に例示することができ、飲料や食品の製造に用い得る酵母をさらに好適に用いることができ、飲料や食品の製造に用いることができ、かつ、サッカロミセス(Saccharomyces)属に属する酵母を特に好適に用いることができる。上記の「飲料や食品の製造に用い得る酵母」としては、下面発酵酵母、上面発酵酵母、ワイン酵母、清酒酵母、焼酎酵母、ウイスキー酵母などの醸造用酵母や、パン酵母などを好適に例示することができる。3.本発明における接合能を有する酵母の製造方法について(3−1)方法の概略 a/α型の酵母を培養して増殖を繰り返していくと、大部分の細胞は母細胞と同じくa/α型の接合型を維持しているが、MAT座位にLOHを生じることで、わずかにa型及びα型の酵母が出現する。しかしながらLOHの頻度の低さに加えて、出現したa型及びα型は接合して再びa/α型酵母を形成してしまうため、培養した細胞群におけるa型もしくはα型酵母の割合は、極めて低い水準に留まることとなる。 そこで、本発明では、a/α型の酵母からa型酵母のみを選択しようとする場合には、a型特異的プロモーターの制御下に選択マーカー遺伝子(例えばURA3遺伝子)を繋ぎ、反対にα型酵母のみを選択しようとする場合には、α型特異的プロモーターの制御下に選択マーカー遺伝子を繋いだベクターを酵母に導入し、かかる酵母を一晩以上培養したのち、選択培地(例えばウラシル欠損培地)に塗布することで、望みの接合型(a型又はα型)を持つ酵母のコロニーを取得することができる。その際に、さらにa型もしくはα型特異的プロモーターに標識遺伝子(例えばGFP遺伝子)を繋いだベクターも同時に挿入しておくと、標識強度を指標に、陽性又は偽陽性の判別が可能となる。(3−2)本発明で用いられるプロモーターについて 所望の接合型を持つ酵母の細胞内で選択マーカー遺伝子(例えばURA3遺伝子)を発現させ得るプロモーターである限り、特に制限されないが、一般に、a型特異的に発現させる場合においては、a型特異的な発現特性を有するプロモーター(以後、「a型特異的プロモーター」とも表示する)を、α型特異的に発現させる場合においては、α型特異的な発現特性を有するプロモーター(以後、「α型特異的プロモーター」とも表示する)が用いられる。 「a型特異的プロモーター」としては、PSTE2(非特許文献1参照)又はPSTE6(特許文献1参照)などを好適に例示することができ、「α型特異的プロモーター」としてはPSTE3(非特許文献1参照)、PMFA1(参考文献1参照)、又はPMFA2(参考文献1参照)などを好適に例示することができる。 そして、これらプロモーターを選択マーカー遺伝子の上流に連結した酵母用ベクター(好ましくは、酵母で自律複製可能なプラスミド)を用いて、常法により酵母細胞内に導入する。 さらに本発明において、下記の「自己倍数化抑制技術(非特許文献5)」を利用して、人為的にa1−α2複合体を形成する場合には、一倍体特異的な発現特性を有するプロモーター(以後、「一倍体特異的プロモーター」とも表示する)を用いることができる。「一倍体特異的プロモーター」としては、PSTE18(参考文献2参照)又はPHO(参考文献3参照)などを好適に例示することができる。 自己倍数化が抑制されている場合のa型酵母細胞内で選択マーカー遺伝子(例えばURA3遺伝子)を発現させる場合においては、a型特異的プロモーターの「PSTE2(配列番号2)」が特に好ましく、α型酵母細胞内で発現させる場合においては、一倍体特異的プロモーターの「PHO(配列番号3)」が特に好ましい。自己倍数化が抑制されていない場合のa型酵母細胞内で選択マーカー遺伝子(例えばURA3遺伝子)を発現させる場合においては、a型特異的プロモーターの「PSTE2」が特に好ましく、α型酵母細胞内で発現させる場合においては、一倍体特異的プロモーターの「PSTE3(配列番号4)」が特に好ましい。 なお、選択マーカー遺伝子を発現させ得る限り、上記好適として例示したプロモーター配列において1個若しくは数個の塩基が欠失、置換、挿入又は付加された塩基配列を有する改変型プロモーターを用いることもできる。 したがって、本発明における好ましいプロモーターは、例えば、下記の(1)〜(4)のいずれかから選択される塩基配列を有するものであると表すことができる。(1)配列番号2に示される塩基配列、(2)配列番号2に示される塩基配列の1個若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入又は付加された塩基配列。(3)配列番号3に示される塩基配列、(4)配列番号3に示される塩基配列の1個若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入又は付加された塩基配列。(5)配列番号4に示される塩基配列、(6)配列番号4に示される塩基配列の1個若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入又は付加された塩基配列。(3−3)a型もしくはα型酵母の選抜方法 前述のように、所望の接合型を持つ酵母に、選択マーカー遺伝子(例えばURA遺伝子)を発現させるベクターを導入して得られた形質転換体を培養し、選択圧をかける(例えばウラシルを欠損する寒天培地上に塗布する)ことで、a型もしくはα型酵母を単離することができる。本発明において、単離した酵母細胞が所望の接合型を持つか否かの確認は、標識を観察する(例えば、GFP蛍光の有無を観察する)ことによって、容易に確認することができる。 ここで、標識遺伝子としては、例えば、蛍光標識遺伝子、発色標識遺伝子、発光標識遺伝子を好適に例示することができる。蛍光標識遺伝子としては、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)、赤色蛍光タンパク質(DsRed)、シアン色蛍光タンパク質(CFP)などが挙げられる。発色標識遺伝子としては、例えば、βガラクトシダーゼ(lacZ)などが挙げられる。発光標識遺伝子としては、例えば、ルシフェラーゼ(luc)などが挙げられる。本発明の実施態様では、例示のためにGFP遺伝子(配列番号5)を用いて説明しているが、これに限られるものではない。 当該標識遺伝子は、a型酵母を単離する場合はa型特異的プロモーターの制御下に、またα型酵母を単離する場合はα型特異的プロモーターの制御下に組み込んだベクターを用いる。なお、自己倍数化が抑制されている場合は「一倍体特異的プロモーター」を用いることができる。 その際のベクターとしては、本発明の選択マーカー遺伝子を導入するためのベクターと同一のベクター(好ましくは、酵母で自律複製可能なプラスミド)に組み込まれていてもよい。(3−4)「自己倍数化抑制技術」について 本発明において、接合能を有する酵母を製造するにあたり、「接合を制御する遺伝子」を酵母細胞内で発現させる方法、具体的には本発明者らが先に開発した「自己倍数化抑制技術(非特許文献1)」を併用することが好ましい。 a型酵母はa1遺伝子を、α型酵母はα2遺伝子を、a/α型酵母はa1遺伝子とα2遺伝子を元来発現している。a/α型酵母の細胞内で共発現されたa1及びα2は、a1−α2複合体を形成して一倍体特異的プロモーターのリプレッサーとして機能する(参考文献1)。本発明者らが開発した自己倍数化抑制技術(非特許文献1)は、a型酵母及びα型酵母それぞれでα2遺伝子及びa1遺伝子を人為的に発現させてa1−α2複合体を形成させる技術である。一倍体特異的プロモーターの下流に存在し、a型又はα型の一倍体細胞内で特異的に発現する酵母の接合を誘起する遺伝子群(以降、「hsg」とも表示する)は、前記a1−α2複合体によって発現が抑制されるので、a型酵母又はα型酵母であるにもかかわらず、かかる酵母の接合能を抑制することが可能となる。 ここで典型的なa1遺伝子としては、サッカロミセス・セレビシエ酵母由来の配列番号6に示されるアミノ酸配列(GenBankアクセッション番号:CAA24622)をコードするa1遺伝子が、またα2遺伝子としては、サッカロミセス・セレビシエ酵母由来の配列番号7に示されるアミノ酸配列(GenBankアクセッション番号:DAA07518)をコードするα2遺伝子を示すことができる。なお、酵母の接合型変換の際に生成する対型酵母の接合能を欠失し得る限り、上記好適として例示した配列において1個若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入又は付加された配列を有する変異体、あるいは改変体を用いることもできる。なお、本発明において「1もしくは数個」とは、1〜50個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個であり、全長のアミノ酸配列の80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の同一性を有する範囲内での変異があるか、または改変が施されていることを表す。 したがって、本発明における好ましい接合を制御する遺伝子は、例えば、酵母細胞内で発現させることによって、かかる酵母の接合型変換の際に生成する対型酵母の接合能を欠失し得る遺伝子であって、かつ下記の(1)〜(4)のいずれかから選択されるアミノ酸配列をコードする遺伝子であると表すことができる。(1)配列番号6に示されるアミノ酸配列、(2)配列番号6に示されるアミノ酸配列の1個若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入又は付加されたアミノ酸配列、(3)配列番号7に示されるアミノ酸配列、(4)配列番号7に示されるアミノ酸配列の1個若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入又は付加されたアミノ酸配列。 その他の「接合を制御する遺伝子」としては、GPA1(GenBankアクセッション番号:NP_011868)、SST2(GenBankアクセッション番号:NP_013557)、DIG1(GenBankアクセッション番号:NP_015276)などをα2遺伝子、a1遺伝子などに代替して用いても良い。(3−5)a/α型酵母からa型又はα型酵母が出現する機構について 本発明において、a型又はα型酵母は、a/α型酵母の細胞分裂の過程で出現する。主な機構として、上述のLOHが挙げられるが、これに限られるものではない。例えば、母細胞と娘細胞の分裂時において、染色体が不均等分配されることによって生じる「染色体喪失」なども、a/α型酵母からa型又はα型酵母が出現する機構として含む。この場合、出現したa型又はα型酵母は、もとのa/α型酵母とは異なる倍数性をもつこともある。例えば、a/α型(二倍体)酵母からa型(一倍体)又はα型(一倍体)酵母が出現することもある。 上述のように、a/α型酵母(親株)と製造した酵母株の遺伝子型あるいは表現型(接合型に関連する部分以外)は不変であることが好適であるため、製造したa型又はα型酵母は親株と同じ倍数性を持つことが好ましいが、異なる倍数性をもつことを除外しない。(3−6)図1に示された本発明の実施の態様 具体的な本発明の態様として、図1を参照して説明する。(なお、図1では、a型特異的プロモーターとして「PSTE2」を、α型特異的プロモーターとして「PSTE3」を、一倍体特異的プロモーターとして「PHO」を用い、選択マーカー遺伝子としてURA3遺伝子を選択し、かつGFP遺伝子で標識する場合であり、非特許文献1の「自己倍数化抑制技術」を用いた場合を例示している。ただし、本発明は当該態様には限定されない。 図1Aのa型酵母のスクリーニングでは、a型特異的プロモーター(PSTE2)制御下でURA3遺伝子及びGFP遺伝子を発現させることにより、ウラシルを欠損する寒天培地上でa型酵母のコロニーを単離することが可能となる。また単離したコロニーはa型特異的プロモーターの作用によりGFPを発現するため、蛍光強度の高さが陽性細胞群であることを示す。一方、図1Bに示すα型酵母のスクリーニングでは、α型特異的プロモーター(PSTE3)制御下でURA3及びGFP遺伝子を発現させることにより、ウラシルを欠損する寒天培地上でα型酵母のコロニーを単離することができ、GFP蛍光強度を指標に、酵母の接合型を確認することができる。4.酵母の形質転換(4−1)酵母への導入方法 上記構築物の酵母への導入は、上記構築物をベクターに組み込んで、そのベクターを酵母へ導入する。ベクターの酵母への導入方法としては、エレクトロポレーション法、金属処理法、プロトプラスト法等の技術的に適用可能な当業者に公知の全ての方法を用いることができる。 その際、用いるベクターとしては、ゲノムDNAに組み込まれるタイプのプラスミドは適さず、酵母細胞内で自律複製可能なプラスミドを用いる。 本発明で用いる「酵母細胞内で自律複製可能なプラスミド」としては、YCpタイプ、YEpタイプ、YRpタイプのプラスミドを例示することができる。 YEpタイプ及びYRpタイプのプラスミドは多コピー型プラスミドであり、遺伝子の高発現が可能であるため、自己倍数化抑制のためのa1又はα2遺伝子の発現や、また接合型を評価するためのGFP遺伝子の発現に用いることが好ましい。 一方、単コピープラスミドであるYCpタイプは、遺伝子の発現量は制限されるが、同時に漏出性の遺伝子発現を低減することができるため、選択マーカー遺伝子(例えばURA3)の発現に用いることが特に好ましい。すなわち、YCpタイプのプラスミドを選択マーカー遺伝子の発現に用いることで、接合能を有する酵母をスクリーニングする際のバックグランドが大幅に低減できる。(4−2)不要なプラスミドの脱落方法 本発明の製造方法は、「所望の接合型を持つ酵母を選抜した後」、又は、「単離された酵母を他の酵母と接合させた後」に、不要となったプラスミド、すなわち、「URA3遺伝子を発現させるための構築物を組み込んだプラスミド」や、「GFP遺伝子を発現させるための構築物を組み込んだプラスミド」、又は「酵母細胞内でa1遺伝子又はα2遺伝子を発現させるための構築物を組み込んだプラスミド」を脱落させる工程をさらに含んでいることが好ましく、これらの構築物を全て脱落させる工程をさらに含んでいることがより好ましい。かくしてプラスミドを脱落させた株は、その酵母の染色体DNAに外来DNA(前述のプラスミド)の痕跡を全く残さないため、かかる株は上述のように、現行の法規制で規定するところの組換え体生物等には該当しないと解釈される。したがって、接合前のかかる酵母は、飲料や食品にも制限無く利用することができる交雑株を得るための交雑育種の母本として好適に用いることができ、接合後のかかる酵母は、飲料や食品にも制限無く利用することができる点で好ましい。 上記のプラスミドを酵母から脱落させる方法としては、特に制限されないが、そのプラスミドを保持させる方向の選択圧をかけない条件でその酵母を培養した後、そのプラスミドに含まれる選択マーカー遺伝子を持たなくなった細胞を選択することにより、プラスミドを脱落した株を容易に得ることができる。5.本発明の交雑株を製造する方法 本発明の交雑株を製造する方法としては、本発明の製造方法により製造された所望の接合型を持つ酵母(以降、「本発明による酵母」とも表示する)を、少なくとも片方の親株として交雑を行なう工程を含む。かかる酵母の交雑方法としては特に制限されず、両方の親株を混合して培養する等の公知の方法を用いることができる。なお、両方の親株のそれぞれに別個の選択マーカー遺伝子(好ましくは薬剤耐性遺伝子)を導入しておくと、それらの両方の選択マーカー遺伝子を併せ持つ株を選別することで、交雑株を容易に単離することが可能となる。上記のマーカー遺伝子としては、例えば、ブラストサイジン耐性遺伝子(BSR遺伝子)や、G418耐性遺伝子(kanMX4遺伝子)、又はヒスチジン合成遺伝子(HIS3遺伝子)やロイシン合成遺伝子(LEU2遺伝子)、ウラシル合成遺伝子(URA3遺伝子)を好適に例示することができる。上記の本発明の交雑株を製造する方法においては、本発明による酵母同士を両親株として交雑してもよいし、本発明による酵母でない方の親株として、元々a型もしくはα型の接合能を有している株を用いても良い。後記実施例では、同一の親株に別個のマーカー遺伝子を導入したのち、創製したa型(二倍体)及びα型(二倍体)酵母を接合させて四倍体酵母を作成したが、当業者に公知の形態の内、技術的に適用可能ないかなる形態も排除しない。 上記の本発明の交雑株を製造する方法を用いると、従来法では実用的な交雑育種ができなかった、又は困難であった酵母(例えば実用酵母)について、両親株の優良な形質を併有する交雑株(以降、「本発明による交雑株」とも表示する)を著しく効率的に育種することが可能となる。上記の本発明による交雑株として、例えば、醸造用酵母として優良な形質を2つ以上併有する交雑株や、パン酵母として優良な形質を2つ以上併有する交雑株を例示することができる。醸造用酵母として優良な形質としては、高発酵性、硫化水素低生産性、高度凝集性、亜硫酸高生産性、アルコール高耐性を好適に例示することができる。(参考文献) 参考文献1:Botstein D, et. al., 2004, Genetics, Vol.166, 653-660. 参考文献2:Kentaro Furukawa, et. al., 2011, PLoS One, Vol.6, e26584. 参考文献3:Brenda J. Andrews, et. al., 1989, Cell. Vol.57, 21-29. 以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。 本発明におけるその他の用語や概念は、当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものであり、本発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。また、各種の分析などは、使用した分析機器又は試薬、キットの取り扱い説明書、カタログなどに記載の方法を準用して行った。 なお、本明細書中に引用した技術文献、特許公報及び特許出願明細書中の記載内容は、本発明の記載内容として参照されるものとする。(実験方法)(1)培地の調製 1%(w/v)酵母エキストラクト、2%(w/v)ペプトンおよび2%(w/v)グルコースを含むYPD培地、0.67%(w/v)アミノ酸不含酵母ニトロゲンベース(Becton Dickinson社製)及び2%(w/v)グルコースを含むSD培地で酵母を培養した。SD培地には選択マーカー遺伝子に対応するアミノ酸および核酸を適宜添加した。2%(w/v)寒天をこれらの培地に添加してYPDおよびSDの固体培地を調製した。(2)酵母の調製 酵母サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のメチオニン要求性a型(一倍体)株BY4741(参考文献4参照)、リジン要求性α型(一倍体)株BY4742(参考文献4参照)、及び以下の実施例で作製した酵母株、並びに酵母株に導入したプラスミドの情報を表1に示す。(3)蛍光測定 図1に示すように、緑色蛍光タンパク質をコードするGFP遺伝子を酵母の接合型を示すためのレポーター遺伝子として用いた。酵母形質転換体を、SD培地を用いて30℃で18時間培養したのち、集菌および洗浄して滅菌水で再懸濁した。菌体濃度OD600=5.0となるように調整した酵母懸濁液100μLの蛍光強度をマイクロプレートリーダーInfinite200(Tecan Japan社製)を用いて測定した。励起フィルタセンター波長を485nm(フィルタ帯域幅20nm)に、蛍光フィルタセンター波長を535nm(フィルタ帯域幅25nm)に設定し、ゲインを50に固定して測定を行った。(4)増殖アッセイ a型、α型、およびa/α型の酵母を、ウラシル含有培地(+Ura)又はウラシル欠損培地(−Ura)を用いて、それぞれ初期菌体濃度OD600=0.03から、30℃にて培養した。各培養時間において酵母培養液のOD600を測定することで、各接合型の酵母の増殖特性を評価した。(5)接合アッセイ 酵母の接合能を評価するため、a型およびα型の酵母の栄養要求性の違いを利用して、接合体のみが生育可能となるよう作成した寒天培地を用いて増殖アッセイを実施した。a型及びα型酵母株をそれぞれ初期菌体濃度OD600=0.1で1mLのYPD培地に播種し、30℃にて1.5時間共培養した。菌体を回収して洗浄したのち、滅菌蒸留水に再懸濁した。OD600=1.0、0.1および0.001の酵母懸濁液を調製し、接合体のみが生育することができる寒天培地上に10μLずつスポットして、30℃で2日間培養したのち、コロニー形成の有無を調べた。(実施例1)YEp型プラスミドを用いたURA3遺伝子の発現例(1−1)a型細胞特異的URA3遺伝子発現プラスミドの構築 URA3遺伝子をプライマー1(配列番号8)及びプライマー2(配列番号9)を用いて、PCRによりプラスミドpRS316(文部科学省NBRP「酵母」より提供された)を鋳型として増幅し、プラスミドpHY−2GA(非特許文献1参照)のNotI−BamHI部位間に挿入し、プラスミドpHY−2Uとした。(1−2)α型細胞特異的URA3遺伝子発現プラスミドの構築 URA3遺伝子をプライマー3(配列番号10)及びプライマー2(配列番号9)を用いて、PCRによりプラスミドpRS316を鋳型として増幅し、プラスミドpLY−3GC(非特許文献1参照)のNotI−BamHI部位間に挿入し、プラスミドpLY−3Uとした。(1−3)YEp型URA3遺伝子発現プラスミドを有する各接合型の酵母細胞の増殖アッセイa型細胞としてBY4741を、α型細胞としてBY4742を、a/α型細胞としてBY4743を選択し、それぞれpHY−2U(図2A)あるいはpLY−3U(図2C)を酢酸リチウム法(参考文献5参照)により導入した形質転換体を創製した。各形質転換体を18時間培養した後のOD600の測定結果をそれぞれ図2BおよびDに示す。図中のエラーバーは、3度の独立した実験結果における標準偏差を示す。 この結果、プラスミドpHY−2Uを導入してSD−Ura培地で培養した場合、a型細胞はURA3遺伝子を発現して増殖することに成功したが、α型及びa/α型細胞も明らかにOD600の値が増大することを確認した(図2B)。一方で、プラスミドpLY−3Uを導入してSD−Ura培地で培養した場合、α型細胞のみならずα型及びa/α型細胞もURA3遺伝子を発現して増殖することを確認した(図2D)。以上のように、YEp型URA3発現プラスミドを酵母細胞に導入すると、所望しない接合型を持つ酵母細胞もSD−Ura培地で生育してしまうことが示された。YEp型プラスミドは、1細胞当たり数十コピー維持されるため、PSTE2およびPSTE3が有する遺伝子発現の漏出性が増長されたと推察される。そこで漏出性遺伝子発現の増長を回避するため、以下に示すように、1細胞当たり1コピーしか維持されないYCp型プラスミドの利用を試みた。(実施例2)YCp型プラスミドを用いたURA3遺伝子の発現例(2−1)a型細胞特異的URA3遺伝子発現プラスミドの構築 PSTE2−URA3を含むDNA断片をプライマー4(配列番号11)及びプライマー5(配列番号12)を用いて、PCRによりプラスミドpHY−2Uを鋳型として増幅し、プラスミドpRS315(文部科学省NBRP「酵母」より提供された)のSacII−XhoI部位間に挿入し、プラスミドpLS−2Uとした。(2−2)α型細胞特異的URA3遺伝子発現プラスミドの構築 PSTE3−URA3を含むDNA断片をプライマー4(配列番号11)及びプライマー5(配列番号12)を用いて、PCRによりプラスミドpLY−3Uを鋳型として増幅し、プラスミドpRS313(文部科学省NBRP「酵母」より提供された)のSacII−XhoI部位間に挿入し、プラスミドpHS−3Uとした。(2−3)YCp型URA3遺伝子発現プラスミドを有する各接合型の酵母細胞の増殖アッセイ 酢酸リチウム法により、pLS−2U(図3A)あるいはpHS−3U(図3C)を、それぞれBY4741、BY4742又はBY4743に導入した形質転換体を創製した。各形質転換体を24時間まで培養したときの、各培養時間におけるOD600の測定結果をそれぞれ図3BおよびDに示す。図中のエラーバーは、3度の独立した実験結果における標準偏差を示す。 この結果、プラスミドpLS−2Uを導入してSD−Ura培地で培養した場合には、a型細胞のみがURA3遺伝子を発現して増殖することに成功し、α型及びa/α型細胞のOD600の値は24時間後までほとんど変化しないことが確認された(図3B)。一方、プラスミドpHS−3Uを導入してSD−Ura培地で培養した場合には、α型細胞がURA3遺伝子を発現して増殖可能であることに対して、少なくとも培養18時間後まではα型及びa/α型細胞の増殖が抑制されていることを確認した(図3D)。しかしながら培養21時間後以降、α型及びa/α型細胞のOD600の値がわずかに上昇していくことが示された。以上のように、YCp型URA3発現プラスミドを酵母細胞に導入することで、漏出性の遺伝子発現を著しく低減することに成功した。 ただしPSTE3の漏出性は若干であるが明らかに残存していることから、α型酵母のスクリーニングにおいて偽陽性を生じることが予想される。なおPSTE2およびPSTE3の漏出性の差異については、参考文献1に示されるa型特異的プロモーターとα型特異的プロモーターの発現制御様式の差異に起因すると推察される。PSTE2はリプレッサーα2によって直接抑制されるが、PSTE3にはリプレッサーが存在せず、アクチベーターα1の発現量によって下流の遺伝子発現が調節される。またa1−α2複合体はα1のリプレッサーとして機能することが知られている(参考文献1参照)。図3Dでは、α型細胞に比べてa/α型酵母の方がPSTE3の漏出性が低いことが示されたが、これはa/α型細胞内のa1−α2複合体がα1の発現を抑制することにより、間接的にPSTE3の漏出性を低減したものと推察される。しかしながらa/α型細胞においても、やはり培養24時間後にはOD600の値に上昇傾向が見られることから、PSTE3の漏出性を完全に抑制することは困難であると予想される。そこで以下に示すように、a1−α2複合体が直接的にリプレッサーとして作用することが可能な、一倍体特異的プロモーターPHOをPSTE3の代替として用いる手法を試みた。(2−4)PHOを用いたURA3遺伝子発現プラスミドの構築 PHOをプライマー6(配列番号13)及びプライマー7(配列番号14)を用いて、PCRによりBY4741株の染色体DNAを鋳型として増幅し、プラスミドpHS−3UのSacII−NotI部位間に挿入して、プラスミドpHS−HoUとした。(2−5)PSTE2−α2発現プラスミドおよびPHO-URA3発現プラスミドを有する各接合型の酵母細胞の増殖アッセイ 酢酸リチウム法により、pL3G−2αおよびpHS−HoU(図4A)を、それぞれBY4741、BY4742又はBY4743に導入した形質転換体を創製した。各形質転換体を24時間まで培養したときの、各培養時間におけるOD600の測定結果をそれぞれ図4Bに示す。図中のエラーバーは、3度の独立した実験結果における標準偏差を示す。 a/α型細胞では元来有するa1−α2複合体がURA3遺伝子の発現を抑制し、a型細胞では元来有するa1に加えて、導入したα2遺伝子が発現して、a1−α2複合体を形成することで、URA3遺伝子の発現が抑制される。一方、α型細胞ではPHOが機能してURA3遺伝子を発現することで、SD−Ura培地での生育が可能となると期待される。図4Bが示すように、3種類の形質転換体の中で、SD−Ura培地で培養した場合、α型細胞のみが増殖可能であることが確認された。したがって、図1に示すように、a型細胞のスクリーニングにおいてはPSTE2を用いてURA3遺伝子を発現する方法を、α型細胞のスクリーニングにおいてはPHOを用いてURA3遺伝子を発現する方法を適用することが効果的である。(実施例3)a型もしくはα型酵母のスクリーニング実施例(3−1)a型酵母のスクリーニング a/α型酵母であるBY4743に対して、pH2G−Pa1およびpLS−2Uを、酢酸リチウム法により導入した形質転換体を創製した。得られた形質転換体をSD+Ura培地で24時間培養し、滅菌水で洗浄したのちSD−Ura寒天培地に塗布して、30℃で2日間培養することでコロニーを形成させた(図5A)。(3−2)接合型の確認(a型) a型酵母のスクリーニングにおいて得られたコロニー(図5A)を、SD−URA培地で一晩培養した後、蛍光強度の測定を行った結果を図5Bに示す。表1に示すようにpH2G−Pa1にコードされるGFP遺伝子はa型細胞で特異的に発現される。図5Bに示すように、得られたコロニーは全て緑色蛍光を発することが確認された。すなわちa/α型のBY4743からLOHにより派生したa型細胞を、選択的に取得することに成功した。このうち最も蛍光強度の高いコロニーを選択して、YPD培地で一晩培養したのち、酵母を回収し、洗浄後、蒸留水に再懸濁した。YPD固体培地上に希釈した酵母懸濁液を塗布して、30℃で2日間培養することにより形成したコロニーの中から、プラスミドpH2G−Pa1及びpLS−2Uが脱落したものを選択してBY4743A株(表1)とした。具体的には、ヒスチジンを含まない培地及びロイシンを含まない培地のどちらにおいても生育できないものを、両プラスミドが脱落したコロニーであると判別した。(3−3)α型酵母のスクリーニング a/α型酵母であるBY4743に対して、pL3G−2αおよびpHS−HoUを、酢酸リチウム法により導入した形質転換体を創製した。得られた形質転換体をSD+Ura培地で24時間培養し、滅菌水で洗浄したのちSD−Ura寒天培地に塗布して、30℃で2日間培養することでコロニーを形成させた(図5C)。(3−4)接合型の確認(α型) α型酵母のスクリーニングにおいて得られたコロニー(図5C)を、SD−URA培地で一晩培養した後、蛍光強度の測定を行った結果を図5Dに示す。表1に示すようにpL3G−2αにコードされるGFP遺伝子はa型細胞で特異的に発現される。図5Dに示すように、得られたコロニーは全て緑色蛍光を発することが確認された。すなわちa/α型のBY4743からLOHにより派生したα型細胞を、選択的に取得することに成功した。 このうち最も蛍光強度の高いコロニーを選択して、YPD培地で一晩培養したのち、酵母を回収し、洗浄後、蒸留水に再懸濁した。YPD固体培地上に希釈した酵母懸濁液を塗布して、30℃で2日間培養することにより形成したコロニーの中から、プラスミドpL3G−2α及びpHS−HoUが脱落したものを選択してBY4743AL株(表1)とした。具体的には、ヒスチジンを含まない培地及びロイシンを含まない培地のどちらにおいても生育できないものを、両プラスミドが脱落したコロニーであると判別した。(3−5)交雑体の作製 BY4743に対して、pH2G−Pa1またはpL3G−2αを、酢酸リチウム法により導入した形質転換体を創製した。同様に、BY4743Aに対してpH2G−Pa1導入した形質転換体、およびBY4743ALに対してpL3G−2αを導入した形質転換体を創製した。得られた形質転換体をSD+Ura培地で24時間培養したのち、2種類のBY4743形質転換体の組み合わせ、又はBY4743AおよびBY4743AL形質転換体の組み合わせを、YPD培地で混合培養したのち、ヒスチジン及びロイシンを含まず、20mg/Lのウラシル、20mg/Lのリジンを含む交雑体選択用SD固体培地(SD−His、Leuプレート)に酵母懸濁液を塗布して30℃で2日間培養した。SD−His、Leuプレート上でのコロニー生育の観察結果を図5Eに示す。この結果、接合能を有さないBY4743では交雑体が形成されなかったことに対して、本技術を用いて製造したBY4743A(a型)およびBY4743AL(α型)は交雑体を形成可能であることが確認された。(参考文献) 参考文献4:Brachmann CB, et. al., 1998, Yeast. Vol14:115-132. 参考文献5:Gietz D, et. al., 1992, Nucleic Acids Res. Vol20:1425. 本発明は、従来法では実用的な交雑育種ができなかった又は困難であった酵母の交雑育種の効率性を著しく高めることを可能とするものであり、飲料・食品等の製品の製造などの産業上有用な用途に用い得る酵母(実用酵母)の交雑育種の分野において非常に有効に利用することができる。[配列表フリーテキスト]配列番号1:URA3遺伝子(Saccharomyces cerevisiae)配列番号2:PSTE2(Saccharomyces cerevisiae)配列番号3:PHO(Saccharomyces cerevisiae)配列番号4:PSTE3(Saccharomyces cerevisiae)配列番号5:GFP遺伝子配列番号6:a1タンパク質(Saccharomyces cerevisiae)配列番号7:α2タンパク質(Saccharomyces cerevisiae)配列番号8:プライマー1(F)URA3遺伝子増幅配列番号9:プライマー2(R)URA3遺伝子増幅配列番号10:プライマー3(F)URA3遺伝子増幅配列番号11:プライマー4(F)pRSシリーズのプラスミドにおけるMCS増幅配列番号12:プライマー5(R)pRSシリーズのプラスミドにおけるMCS増幅配列番号13:プライマー6(F)PHO増幅配列番号14:プライマー7(R)PHO増幅 接合型を有さない酵母から、接合能を有する酵母を製造する方法であって、選択マーカー遺伝子をプロモーターの下流に挿入した発現ベクターを用いて形質転換し、選択マーカー遺伝子に対応した選択圧のもとでa型又はα型酵母を選抜する工程を含む方法。 前記酵母が、醸造用酵母又はパン酵母である、請求項1に記載の方法。 前記選択マーカー遺伝子が、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)属酵母由来のURA3遺伝子である、請求項1又は2に記載の方法。 前記発現ベクターが、YCp型のプラスミドである、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。 前記a型酵母が選抜対象であるとき、前記プロモーターが、a型特異的に発現する遺伝子のプロモーターである、請求項1〜4のいずれかに記載した方法。前記プロモーターがPSTE2である、請求項5に記載の方法。 前記α型酵母が選抜対象であるとき、前記プロモーターが、α型特異的に発現する遺伝子のプロモーターである、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。 前記プロモーターがPSTE3である、請求項7に記載の方法。 前記選択マーカー遺伝子を含む発現ベクターと同一又は別異の発現ベクターを用いて、α2遺伝子又はa1遺伝子をa型又はα型酵母細胞内で発現させてa1−α2複合体を形成させることにより、自己倍数化を抑制する工程を設けることを特徴とする、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。 前記選択マーカー遺伝子が制御下にあるプロモーターが、酵母の一倍体細胞特異的に発現する遺伝子のプロモーターである、請求項9に記載の方法。 前記プロモーターがPHOである、請求項10に記載の方法。 請求項1〜11のいずれかに記載した方法により製造した接合能を有する酵母を、少なくとも片方の親株として、酵母の交雑株を製造する方法。 請求項1〜12のいずれかに記載した方法により製造した酵母。 【課題】 接合型を有さないa/α型酵母から、変異原を用いることなく、簡便で効率的かつ確実にa型もしくはα型酵母を製造する方法を提供すること。【解決手段】 本発明の接合能を有する酵母のスクリーニング方法は、所望の選択圧に対応したマーカー遺伝子を、a型細胞特異的又はα型細胞特異的に発現させることで、優良な形質を有するa/α型の酵母からLOHにより派生したa型もしくはα型酵母を選抜する工程を含む。得られた形質転換株を少なくとも片方の親株として用いることで、優良な形質を有する任意の酵母との交雑株を効率的に製造することができる。【選択図】なし配列表


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