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タイトル:特許公報(B2)_トレハロース含有肺塞栓形成予防用哺乳動物細胞懸濁液
出願番号:2012106866
年次:2014
IPC分類:C12N 5/0775,C12N 5/0735,A61K 35/12,A61K 9/10,A61P 9/00


特許情報キャッシュ

和田 圭樹 土居 雅子 菊地 健志 小林 英司 JP 5432322 特許公報(B2) 20131213 2012106866 20120508 トレハロース含有肺塞栓形成予防用哺乳動物細胞懸濁液 株式会社大塚製薬工場 000149435 廣田 雅紀 100107984 小澤 誠次 100102255 東海 裕作 100096482 大▲高▼ とし子 100123168 ▲高▼津 一也 100120086 堀内 真 100131093 和田 圭樹 土居 雅子 菊地 健志 小林 英司 20140305 C12N 5/0775 20100101AFI20140213BHJP C12N 5/0735 20100101ALI20140213BHJP A61K 35/12 20060101ALI20140213BHJP A61K 9/10 20060101ALI20140213BHJP A61P 9/00 20060101ALI20140213BHJP JPC12N5/00 202HC12N5/00 202CA61K35/12A61K9/10A61P9/00 C12N 5/00−5/02 JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII) PubMed 特開平11−004682(JP,A) 特表2012−500021(JP,A) 特開2009−296889(JP,A) 特表2009−521931(JP,A) 特開2010−239963(JP,A) Journal of Cellular Physiology,14.12.2011, Vol.227, pp.879-884 10 2013233102 20131121 13 20130513 伊達 利奈 本発明は、哺乳動物細胞及びトレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩を含む、哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成を予防するための哺乳動物細胞懸濁液や、トレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩を有効成分として含む、哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成の予防剤等に関する。 近年、幹細胞研究の急速な発展によって再生医療への気運は高まっており、その知識や理解は、研究者のみならず、一般にも広く普及してきている。幹細胞を用いた再生医療は、幹細胞が有する自己複製能と多分化能や、幹細胞が分泌する因子を利用して、様々な疾患で損傷を受けた細胞や組織の機能を回復させることを目的とした医療である。白血病や再生不良性貧血などの血液難病の患者に骨髄移植すると、造血系幹細胞が患者体内に生着し、ほぼ一生にわたって造血能の維持が可能となる。また、最近では多くの研究者が造血幹細胞以外の幹細胞を用いた臨床応用を目指し、中枢神経、末梢神経、骨髄、小腸などにおける幹細胞を同定し、外傷性疾患や組織変性疾患に対する組織幹細胞の移植治療が実践され始めている(非特許文献1〜3)。 哺乳動物幹細胞が目的の損傷部位(患部)に効率良く移植されるためには、幹細胞の移植方法(移植ルート)の最適化を図ることが、重要であると考えられている。現在までのところ、幹細胞の移植方法として、主に4種類の方法、すなわち、定位的[直接]移植法、髄腔内[脳脊髄内]移植法、経静脈的移植法、及び経動脈的移植法が知られている。このうち、定位的移植法は、幹細胞を直接患部へ移入する方法である。定位的移植法を用いると、侵襲がやや大きいが、直接患部に投与するため、生着するドナー幹細胞が多く、このため投与する幹細胞数を少なくすることができる。また、髄腔内移植法は、脳室穿刺により幹細胞を髄腔内に移入する方法である。髄腔内移植法は、主に脳梗塞、脳挫傷、脊髄損傷などの脳疾患を治療するために検討されている方法であるが、脳室穿刺が新たな脳損傷を招くリスクが潜在するなど、臨床応用する上でまだ多くの課題が残っている。 経静脈的移植法及び経動脈的移植法は、幹細胞等の細胞をそれぞれ静脈及び動脈内へ移入する方法(血管経由投与法)である。血管経由投与法を用いると、生着するドナー肝細胞の数が定位的移植法を用いた場合と比べ少ないものの、低侵襲であるとともに、全身に幹細胞等の細胞や幹細胞等の細胞が分泌する因子を循環させることができる。現在のところ、臨床で行われている血管経由投与法として、脳梗塞疾患に対して間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cells;MSC)を経静脈的に移植する方法や脳梗塞疾患に対して単核球を経静脈的に移植する方法や、I型糖尿病患者に膵島細胞を経静脈的に移植する方法などが知られている。 血管経由投与法を用いて幹細胞等の細胞を移植した場合のリスクとして、経動脈又は経静脈投与した細胞が、肺を通過する際に肺動脈の毛細血管で詰まった状態(肺塞栓)になり、その結果、肺機能や心機能の低下(肺塞栓症)を招き、場合によっては死に至る危険性があることが指摘されている。肺塞栓形成や肺塞栓症を未然に防ぐために、臨床の現場では幹細胞投与中の末梢血酸素分圧をパルスオキシメータでモニターしながら、幹細胞の移植が行われている。 他方、トレハロース(trehalose)はグルコースが1,1−グリコシド結合してできた二糖の一種である。トレハロースは甘味を呈し、高い保水力を持つため、種々の食品や化粧品に用いられている。また、トレハロースは細胞膜を安定化し、細胞傷害を抑制する性質を有するため、臓器を移植する際の臓器保護液の有効成分として用いられている。ET−Kyoto液やNew ET−Kyoto液等のトレハロースを含有する優れた臓器保存液が開発されている(特許文献1及び2、非特許文献4)。しかしながら、トレハロースを含有する溶液に幹細胞等の細胞を懸濁し、細胞懸濁液を血管経由で投与した場合、細胞による肺塞栓形成のリスクが低減することや肺塞栓症が予防されるかどうかは不明であった。特許第3253131号公報国際公開第2007/043698号パンフレットGage, F.H. Science 287: 1433-1438 (2000)Morrison, S.J. et al., Cell 96: 737-749 (1999)Batle, E. et al., Cell 111: 251-263 (2002)Chem, F. et al., Yonsei Med. J. 45: 1107-1114 (2004) 本発明の課題は、哺乳動物幹細胞等の哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成を予防することができる哺乳動物細胞懸濁液や、哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成の予防剤を提供することにある。 本発明者らは、トレハロースを含有する溶液に哺乳動物幹細胞を懸濁すると、哺乳動物幹細胞の凝集が抑制されることや生存率の低下が抑制されることを見いだしている(特願2010−251273)。幹細胞移植による肺塞栓形成の原因として、幹細胞が凝集した細胞塊が肺動脈の毛細血管を塞いでいることが考えられるが、幹細胞、例えば、間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cells;MSC)の大きさは10〜50μmであるのに対して、肺動脈の毛細血管は内径が10μmであり、MSCの方が肺動脈の毛細血管よりも大きいので、単純に細胞の凝集を阻害しただけでは、幹細胞による肺塞栓形成を阻害しないことも十分考えられた。本発明者らは、トレハロースを含有する乳酸リンゲル溶液にMSCを懸濁し、MSC懸濁トレハロース含有乳酸リンゲル溶液をラットに静脈投与したところ、投与中又は投与後における血中酸素分圧の低下が認められず、また、肺におけるMSC集団の集積が、コントロールのトレハロース不含乳酸リンゲル溶液や生理食塩液を懸濁液として用いた場合と比べ減少していることを見いだし、本発明を完成するに至った。 すなわち本発明は、(1)哺乳動物細胞と、肺塞栓形成の予防の有効成分としてのトレハロース又はその塩とを含む、哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成を予防するための移植用哺乳動物細胞懸濁液や、(2)哺乳動物細胞が哺乳動物幹細胞である、上記(1)記載の移植用哺乳動物細胞懸濁液や、(3)哺乳動物幹細胞が哺乳動物間葉系幹細胞又は哺乳動物多能性幹細胞である、上記(2)記載の移植用哺乳動物細胞懸濁液や、(4)哺乳動物細胞が単一細胞の状態にある哺乳動物細胞を含む、上記(1)〜(3)のいずれか記載の移植用哺乳動物細胞懸濁液や、(5)トレハロース又はその塩の濃度が0.1〜20%の範囲内である、上記(1)〜(4)のいずれか記載の移植用哺乳動物細胞懸濁液に関する。 また本発明は、(6)トレハロース又はその塩を有効成分として含む、哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成の予防剤や、(7)哺乳動物細胞が哺乳動物幹細胞である、上記(6)記載の予防剤や、(8)哺乳動物幹細胞が哺乳動物間葉系幹細胞又は哺乳動物多能性幹細胞である、上記(7)記載の予防剤に関する。 さらに本発明は、(9)哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成の予防剤を調製するためのトレハロース又はその塩の、肺塞栓形成の予防の有効成分としての使用や、(10)哺乳動物細胞が哺乳動物幹細胞である、上記(9)記載の使用に関する。 本発明によると、哺乳動物幹細胞等の哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成のリスクを低減することができ、肺塞栓症を発症するリスクを低下することができる。3種類のMSC懸濁液(MSC懸濁生理食塩液[…▲…]、MSC懸濁乳酸リンゲル溶液[…●…]、及びMSC懸濁トレハロース含有乳酸リンゲル溶液[―■―])をそれぞれ投与したラットにおける血中酸素分圧(pO2)を測定した結果を示す図である。縦軸は、血中酸素分圧を示す。なお、血中酸素分圧は、MSC懸濁液投与前(0分)のものを1とした場合の相対値として表す。また、横軸は、MSC懸濁液投与開始後の時間を示す。3種類のMSC懸濁液(MSC懸濁生理食塩液、MSC懸濁乳酸リンゲル溶液、及びMSC懸濁トレハロース含有乳酸リンゲル溶液)をそれぞれ投与したラット(それぞれ図中の左、中央、及び右)におけるMSCの生体内分布をイメージング解析した結果を示す図である。 本発明の哺乳動物幹細胞等の哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成を予防するための哺乳動物細胞懸濁液としては、哺乳動物幹細胞等の哺乳動物細胞及びトレハロース若しくはその誘導体又はそれらの塩(以下、トレハロース類という)を含む懸濁液であれば特に制限されず、また、本発明の哺乳動物幹細胞等の哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成の予防剤としては、トレハロース類を有効成分として含む組成物であれば特に制限されず、上記哺乳動物としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等を例示することが、中でも、マウス、ブタ、ヒトを好適に例示することができ、また上記哺乳動物細胞としては、再生医療等に血管経由で投与される哺乳動物幹細胞の他に、I型糖尿病患者に経静脈投与される哺乳動物の膵島細胞、がん患者に経静脈投与される哺乳動物の樹状細胞、ナチュラルキラー細胞、アルファ・ベータ(αβ)T細胞、ガンマ・デルタ(γδ)T細胞、細胞障害性T細胞(cytotoxic T lymphocyte;CTL)等を例示することができる。 また上記「幹細胞」とは、自己複製能及び分化・増殖能を有する未熟な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem ce11)、複能性幹細胞(multipotent stem ce11)、単能性幹細胞(unipotent stem ce11)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、それ自体では個体になることができないが、生体を構成する全ての組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。 多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、EG細胞、iPS細胞等を挙げることができる。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIFを含む培地中で培養することにより製造することができる。ES細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することにより製造することができる(Ce11,70:841-847,1992)。iPS細胞は、体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞等)にOct3/4、Sox2及びKlf4(必要に応じて更にc−Myc又はn−Myc)等のリプログラミング因子を導入することにより製造することができる(Ce11,126:p.663-676,2006;Nature,448:p.313-317,2007;Nat Biotechno1,26;p,101-106,2008;Cel1 131:p.861‐872,2007;Science,318:p.1917-1920,2007;Ce11 Stem Cells 1:p.55-70,2007;Nat Biotechnol,25:p.1177-1181,2007;Nature,448:p.318-324,2007;Cell Stem Cells 2:p.10-12,2008;Nature 451:p.141-146,2008;Science,318:p.1917-1920,2007)。体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立した幹細胞も、多能性幹細胞としてまた好ましい(Nature,385,810(1997);Science,280,1256(1998);Nature Biotechnology,17,456(1999);Nature,394,369(1998);Nature Genetics,22,127(1999);Proc. Nat1. Acad.Sci.USA,96,14984(1999))、Rideout IIIら(Nature Genetics,24,109(2000))。 複能性幹細胞としては、脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞等の細胞に分化可能な間葉系幹細胞、白血球、赤血球、血小板等の血球系細胞に分化可能な造血系幹細胞、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイト等の細胞に分化可能な神経系幹細胞、骨髄幹細胞、生殖幹細胞等の体性幹細胞等を挙げることができる。複能性幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞である。間葉系幹細胞とは、骨芽細胞、軟骨芽細胞及び脂肪芽細胞の全て又はいくつかへの分化が可能な幹細胞を意味する。機能性幹細胞は、自体公知の方法により、生体から単離することができる。例えば、間葉系幹細胞は、哺乳動物の骨髄、脂肪組織、末梢血、臍帯血等から公知の一般的な方法で採取することができる。例えば、骨髄穿刺後の造血幹細胞等の培養、継代によりヒト間葉系幹細胞を単離することができる(Journal of Autoimmunity,30(2008)163-171)。複能性幹細胞は、上記多能性幹細胞を適切な誘導条件下で培養することによっても得ることができる。 本発明の哺乳動物細胞懸濁液中に含まれる幹細胞等の細胞として、付着性の細胞を例示することができる。付着性の細胞は懸濁液中で凝集しやすいが、本発明の懸濁液にはトレハロース類が含まれるため、この凝集を効果的に抑制することができる。本明細書中、「付着性」細胞とは、足場に接着することで生存、増殖、物質の生産を行なうことができる足場依存性の細胞を意味する。付着性幹細胞としては、多能性幹細胞、間葉系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞、生殖幹細胞等を挙げることができる。付着性幹細胞は、好ましくは、間葉系幹細胞又は多能性幹細胞である。 哺乳動物細胞は生体内から分離されたものであっても、インビトロで継代培養されたものであってもよい。また、本発明の哺乳動物細胞懸濁液に含まれる哺乳動物細胞(集団)は、単離又は精製されていることが好ましい。本明細書中、「単離または精製」とは、目的とする成分以外の成分を除去する操作が施されていることを意味する。単離または精製された哺乳動物細胞の純度(全細胞数に対する、哺乳動物幹細胞数等の目的とする細胞の割合)は、通常30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは90%以上(例えば100%)である。 本発明の懸濁液に含まれる哺乳動物細胞(集団)は、単一細胞(シングルセル)の状態の哺乳動物細胞を含むことが好ましい。本明細書において、「単一細胞の状態」とは、他の細胞と寄り集まって塊を形成していないこと(即ち、凝集していない状態)を意味する。単一細胞の状態の哺乳動物細胞は、インビトロで培養した哺乳動物細胞をトリプシン/EDTA等で酵素処理することにより調製することができる。哺乳動物細胞中に含まれる単一細胞の状態の哺乳動物細胞の割合は、通常70%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上(例えば100%)である。単一細胞の状態の細胞の割合は、哺乳動物細胞をPBSに分散し、これを顕微鏡下で観察し、無作為に選択された複数個(例、1000個)の細胞について凝集の有無を調べることにより決定することができる。 本発明の懸濁液において、哺乳動物細胞は好ましくは浮遊している。本明細書において、「浮遊」とは、細胞が、懸濁液を収容した容器の内壁に接触することなく、懸濁液中に保持されていることをいう。 本発明において用いられるトレハロース類におけるトレハロースとしては、2つのα-グルコースが1,1−グリコシド結合した二糖類であるα,α−トレハロースの他に、α-グルコースとβ−グルコースとが1,1−グリコシド結合した二糖類であるα,β−トレハロースや、2つのβ−グルコースが1,1−グリコシド結合した二糖類であるβ,β−トレハロースも挙げることが、これらの中でもα,α−トレハロースが好ましい。これらトレハロースは、化学合成、微生物による生産、酵素による生産等のいずれの公知の方法によっても製造することができるが、市販品を用いることもできる。例えば、α,α−トレハロース(林原商事販売社製)、α,α−トレハロース(和光純薬社製)などの市販品を挙げることができる。 本発明において用いられるトレハロース類におけるトレハロース誘導体としては、二糖類のトレハロースに1又は複数の糖単位が結合したグリコシルトレハロース類であれば特に制限されず、グリコシルトレハロース類には、グルコシルトレハロース、マルトシルトレハロース、マルトトリオシルトレハロースなどが含まれる。 本発明において用いられるトレハロース類におけるトレハロース又はその誘導体の塩としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、トルエンスルホン酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、グリコール酸塩、メタンスルホン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩等の酸付加塩や、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等の金属塩や、アンモニウム塩、アルキルアンモニウム塩などを挙げることができる。なお、これらの塩は使用時において溶液として用いられ、その作用は、トレハロースの場合と同効なものが好ましい。これらの塩類は、水和物又は溶媒和物を形成していてもよく、またいずれかを単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。 本発明の哺乳動物細胞懸濁液や肺塞栓形成予防剤に適用されるトレハロース類濃度としては、幹細胞等の細胞による肺塞栓形成を予防できる濃度であればよく、懸濁する細胞数や細胞濃度に応じて適宜選択することができるが、哺乳動物細胞の凝集や生存率低下を抑制するのに十分な濃度が好ましい。トレハロース類の濃度が高いほど肺塞栓形成を予防できる効果の他、凝集や生存率低下を抑制する効果は高くなるが、トレハロース類濃度が高すぎると、細胞の生存率に悪影響を及ぼす可能性がある。例えば、本発明の哺乳動物細胞懸濁液や肺塞栓形成予防剤に適用されるトレハロース類濃度は、通常、0.1%以上、好ましくは、0.5%以上、より好ましくは1.0%以上であり、また、幹細胞の生存率への悪影響を回避する観点から、通常20%以下、好ましくは15%以下、より好ましくは5.0%以下である。従って、懸濁液中のトレハロース類の濃度としては、0.1〜20%、好ましくは、0.5〜15%、より好ましくは1.0〜5.0%である。 本発明において、血管経由で投与する際の「肺塞栓形成」とは、経動脈又は経静脈移植(投与)された哺乳動物細胞が肺の末梢の動脈系、例えば1又は2以上の肺動脈の毛細血管を塞いだ状態を形成することを意味する。前記移植された哺乳動物細胞が肺の末梢の動脈系を「塞いだ状態」とは、必ずしも細胞は肺の末梢の動脈系中で停止している必要はなく、当該箇所での血流を妨害していれば十分である。また、この場合の血流は完全に停止している必要はなく、広い意味で肺機能の低下を生じさせる程度の血流の低下が生じていれば十分である。前記「肺機能」とは、第一義的には大気からの酸素の血中への取り込みを意味するが、二酸化炭素やその他のガスの排出も含む。細胞による肺塞栓形成が起こると、肺動脈の毛細血管における血流が低下し、頻呼吸(呼吸数の増加)や頻脈(心拍数の増加)が生じたり、肺動脈圧などの血圧が上昇したり、あるいは血中酸素分圧が低下する。このため、細胞移植による肺塞栓の形成を予防することにより、肺塞栓による頻呼吸や頻脈や血圧上昇や血中酸素分圧低下等のリスクを低減することができる。また細胞移植により肺塞栓が形成されると、場合によっては、肺機能の低下や、心機能(血液を動脈の内部に移動させる機能や心臓が血液を静脈の外に移動させる機能等)の低下などの肺塞栓症を発症する。さらに、本発明における肺塞栓形成には、哺乳動物細胞が肺の末梢の動脈系に加えてそれ以外の血管を塞いだ状態を形成する場合も含まれる。 本発明の哺乳動物細胞懸濁液においては、哺乳動物細胞がふつうトレハロース類を有効成分として含む生理的水溶液中に懸濁されている。他方、本発明の肺塞栓形成の予防剤は、液体タイプと非液体タイプとに大別される。液体タイプ予防剤においては、ふつうトレハロース類を有効成分として含む生理的水溶液として構成され、かかる液体タイプ予防剤に哺乳動物細胞を懸濁すると、本発明の哺乳動物細胞懸濁液を調製することができる。また、非液体タイプ予防剤においては、ふつう哺乳動物細胞が懸濁された生理的水溶液に添加される粉体等のトレハロース類含有物として構成され、かかる非液体タイプ予防剤を哺乳動物細胞が懸濁された生理的水溶液に添加すると、本発明の哺乳動物細胞懸濁液を調製することができる。 さらに、本発明の哺乳動物細胞懸濁液の異なる態様としては、哺乳動物細胞及びトレハロース類を含む哺乳動物細胞懸濁液を血管経由で投与する幹細胞等の細胞移植における、肺塞栓形成を予防する方法を挙げることができ、また、本発明の肺塞栓形成の予防剤の異なる態様としては、哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成の予防剤を調製するためのトレハロース類の使用を挙げることができる。 上記生理的水溶液としては、例えば、生理食塩水、リン酸緩衝化生理食塩水、トリス緩衝化生理食塩水、HEPES緩衝化生理食塩水、リンゲル液(乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液等)、5%グルコース水溶液、哺乳動物培養用の液体培地、等張剤(ブドウ糖、D−ソルビトール、D−マンニトール、ラクトース、塩化ナトリウム等)の水溶液などの等張水溶液を挙げることができ、これらの中でもリンゲル液が好ましく、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液又は重炭酸リンゲル液がより好ましく、乳酸リンゲル液がさらに好ましい。本明細書において「等張」とは、浸透圧が250〜380mOsm/lの範囲内であることを意味する。生理的水溶液は、更に安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、キレート剤(例えば、EDTA、EGTA、クエン酸、サリチレート)、溶解補助剤、保存剤、酸化防止剤等を含むことができる。 本発明者らにより、トレハロース類同様に、肺塞栓形成の予防作用を有することが明らかにされているデキストラン類をトレハロース類と併用することができる。また、トレハロース類同様に肺塞栓形成の予防作用が期待できるマルトース、グルコース、スクロース、ラクトース、アロース、ガラクトース、ソルビトール、キシリトール、デキストリン、シクロデキストリン等をトレハロース類に代えて或いはトレハロース類とともに用いることもできる。 本発明の細胞懸濁液に含まれる幹細胞等の細胞は、浮遊した状態で存在し、通常浮遊した状態の細胞は凝集しやすいが、本発明のトレハロース類による効果により、細胞凝集が抑制され、単一細胞の状態を長時間維持することができる。 哺乳動物細胞のトレハロース類を含む生理的水溶液中への懸濁は、ピペッティングやタッピング等の当該技術分野における周知の方法により実施することができる。本発明の哺乳動物細胞懸濁液の温度は、通常0〜37℃、好ましくは0〜25℃の範囲内である。本発明の懸濁液中の哺乳動物細胞の密度は、幹細胞等の細胞による肺塞栓形成を予防できる密度であればよいが、トレハロース類による哺乳動物細胞の凝集や生存率の低下を抑制する効果が達成される密度がより好ましく、通常103〜1010個/mlの範囲内である。 本発明の哺乳動物細胞懸濁液では、トレハロース類により哺乳動物細胞の凝集が抑制されているので、これを用いて細胞移植を実施することにより、細胞の凝集物が、カニューレ中に詰まってしまうリスクを低減することができる。また、本発明の哺乳動物細胞懸濁液では、トレハロース類により、懸濁液中の哺乳動物細胞の生存率の低下が抑制されるので、本発明の懸濁液を用いれば、より状態のよい細胞により細胞移植を実施することができ、治療効果の向上が期待できる。 本発明の哺乳動物細胞懸濁液や肺塞栓形成の予防剤は、適切な滅菌容器内に収容することにより、哺乳動物細胞懸濁液製剤や肺塞栓形成の予防製剤として製造することができる。かかる容器としては、ボトル、バイアル、シリンジ、輸液バッグ等の可塑性のバッグ、試験管などを挙げることができる。これらの容器は、ガラス又はプラスチックのような各種の材料から形成し得る。また、哺乳動物細胞懸濁液製剤用の容器には、容器内の本発明の哺乳動物細胞懸濁液を患者に点滴注入可能とするように、カニューレ及び/又は注射針を接続することができる。 以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。1.本発明の幹細胞懸濁用溶液が幹細胞による肺塞栓形成を予防するため用いることができることの確認1−1 方法1−1−1 ラット静脈投与に用いるMSC懸濁液の調製〔1〕Lew/SsN Slc系、雌性ラット脂肪由来MSCをトリプシン消化処理により剥離した後、200×gで3分間遠心して細胞を回収した。〔2〕MSCを、ダルベッコリン酸緩衝食塩水(D−PBS)(Invitrogen社製)で2×106細胞/mlになるように調製した後、1×107細胞(5ml)を3つのチューブに分注し、それぞれに8.3mg/mlXenoLight DiR蛍光試薬(Caliper社製、製品番号125964)を13μl添加し、37℃で30分間、MSCの標識を行った。〔3〕200×gで3分間遠心して標識溶液を除去した後、5mlD−PBSを加え再度200×gで3分間遠心を行い、上清を除いた。沈殿した細胞を生理食塩液(大塚製薬工場社製「大塚生食注」)、乳酸リンゲル溶液(大塚製薬工場社製「ラクテック注」)、及び3%(30mg/ml)トレハロース(和光純薬社製)含有乳酸リンゲル溶液にMSC濃度が2×106細胞/mlになるようにそれぞれ懸濁し、MSC懸濁生理食塩液、MSC懸濁乳酸リンゲル溶液及びMSC懸濁トレハロース含有乳酸リンゲル溶液を作製した。1−1−2 MSC懸濁液のラットへの静脈投与〔1〕ラットは、Lew/SsN Slc系、雌性10週齢のものを用いた。なお、MSC懸濁液を投与する24時間前に絶食を施した。〔2〕ラットへの投与ルート確保のために、保定器でラットを保定し、24Gのサーフロー留置針を尾静脈内へ挿入した。〔3〕50mg/kgソムノペンチル(共立製薬株式会社製)を尾静脈内へ急速投与し、麻酔処理した。維持麻酔のため、1時間後に25mg/kgソムノペンチル(共立製薬株式会社製)の追加投与を行った。〔4〕血液凝固防止のために、尾静脈投与ルートから100IU/kgヘパリン(持田製薬株式会社製)を投与した。〔5〕頸部切開により左頸動脈を露出し、ビニールチュ-ブを挿入・固定した。〔6〕体温維持装置(株式会社ニューロサイエンス製直腸温プローブを3.5cm挿入)を用いて体温を37℃に保持した。〔7〕気管内に16Gのプラスチック製留置針を挿管し、留置針の他端はレスピレーターと接続し人工呼吸管理下(空気による換気、換気量:10ml/kg/回、換気回数:約70ストローク/分)においた。〔8〕自発呼吸の発現を回避するために、尾静脈投与ルートから筋弛緩薬(2又は4mg/kgミオブロック静注;MSD株式会社製)を投与した。〔9〕MSC懸濁液投与前の血液ガス分圧(酸素分圧[pO2]及び二酸化炭素分圧)(mmHg)を測定するために、頸動脈ラインから300μl採血を行った。〔10〕上記「1−1−1 ラット静脈投与に用いるMSC懸濁液の調製」に記載の方法により作製した3種類のMSC懸濁液(MSC懸濁生理食塩液、MSC懸濁乳酸リンゲル溶液及びMSC懸濁トレハロース含有乳酸リンゲル溶液)を、それぞれのラットへ尾静脈より40分間投与した。なお、MSC懸濁生理食塩液、MSC懸濁乳酸リンゲル溶液及びMSC懸濁トレハロース含有乳酸リンゲル溶液のそれぞれをラットに静脈投与する群を、それぞれMSC懸濁生理食塩液投与群(n=4)、MSC懸濁乳酸リンゲル溶液投与群(n=4)、及びMSC懸濁トレハロース含有乳酸リンゲル溶液投与群(n=4)とした。1−1−3 MSC懸濁液を投与したラットにおける血中酸素分圧及びMSCイメージング解析〔1〕MSC懸濁液投与から10分ごとに60分後まで、頸動脈ラインから300μlの採血を行い、血液ガス分圧(酸素分圧[pO2]及び二酸化炭素分圧)(mmHg)をカイロン348(シーメンス社製)により測定した。 なお、コントロールとして上記「1−1−2 MSC懸濁液のラットへの静脈投与」の工程〔8〕で調製したMSC懸濁液投与前に採血したものを用いた。〔2〕MSC懸濁液投与から60分経過後、頸動脈からの放血を行い安楽死させた。〔3〕肺を摘出し、IVIS Spectrum (キャリパーライフサイエンス社製)を用いたイメージング解析により蛍光及び発光強度を測定した(励起波長710nm、吸収波長780nm)。1−2 結果1−2−1 MSC懸濁液を投与したラットにおける血中酸素分圧解析 MSC懸濁液として生理食塩液及び乳酸リンゲル溶液を用いた場合、MSC懸濁液投与開始から血中酸素分圧の低下が認められ、少なくとも投与終了後20分経過した時点(投与後60分)まで血中酸素分圧は低下していたことが明らかとなった(図1、表1)。他方、MSC懸濁液としてトレハロース含有乳酸リンゲル溶液を用いた場合、投与中(投与開始0〜40分後)や投与後(投与開始40〜60分後)の少なくとも20分間は血中酸素分圧の低下は認められなかった(図1、表1)。これらの結果から、MSCをトレハロース不含溶液(生理食塩液や乳酸リンゲル溶液)で懸濁したものを投与(移植)すると、肺塞栓形成が生じたと考えられるのに対して、MSCをトレハロース含有乳酸リンゲル溶液で懸濁したものを投与(移植)すると、肺塞栓形成が予防されたと考えられる。1−2−2 MSC懸濁液を投与したラットにおけるMSCのイメージング解析 イメージング解析によりラット生体における投与後のMSCの生体内分布を調べたところ、MSC懸濁液として生理食塩液を用いた場合、肺におけるMSC由来の蛍光量が最も高かったことが明らかとなった(図2、表2)。他方、MSC懸濁液としてトレハロース含有乳酸リンゲル溶液を用いた場合、MSC由来の蛍光量が最も低く、また、生理食塩液を用いた場合と比べ、統計学的に有意差(Tukey’s testでp<0.05)が認められた(図2、表2)。これらの結果は、MSCをトレハロース不含溶液(生理食塩液や乳酸リンゲル溶液)で懸濁したものを投与(移植)すると、MSCが肺、特に肺の毛細血管に集積したのに対して、MSCをトレハロース含有する溶液(乳酸リンゲル溶液)で懸濁したものを投与(移植)すると、かかるMSCの肺、特に肺の毛細血管における集積が減少したことを示している。 上記2つの結果から、トレハロース不含溶液を用いてMSCを移植すると、MSCが肺、特に肺の毛細血管に集積することにより肺塞栓が形成され、当該箇所での酸素取り込み能力が低下し、血中酸素分圧が低下すると考えられる。他方、トレハロース含有溶液を用いてMSCを移植すると、MSCの肺における集積(肺塞栓の形成)が抑制され、肺の酸素取り込み能力が低下せず、血中酸素分圧は低下しないと考えられる。 本発明によると、MSCなどの幹細胞等の細胞の移植時に、肺塞栓形成を予防したり、肺塞栓症の発症リスクを低減することができるので、再生医療等における移植医療分野やがん治療分野で有用である。 哺乳動物細胞と、肺塞栓形成の予防の有効成分としてのトレハロース又はその塩とを含む、哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成を予防するための移植用哺乳動物細胞懸濁液。 哺乳動物細胞が哺乳動物幹細胞である、請求項1記載の移植用哺乳動物細胞懸濁液。 哺乳動物幹細胞が哺乳動物間葉系幹細胞又は哺乳動物多能性幹細胞である、請求項2記載の移植用哺乳動物細胞懸濁液。 哺乳動物細胞が単一細胞の状態にある哺乳動物細胞を含む、請求項1〜3のいずれか記載の移植用哺乳動物細胞懸濁液。 トレハロース又はその塩の濃度が0.1〜20%の範囲内である、請求項1〜4のいずれか記載の移植用哺乳動物細胞懸濁液。 トレハロース又はその塩を有効成分として含む、哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成の予防剤。 哺乳動物細胞が哺乳動物幹細胞である、請求項6記載の予防剤。 哺乳動物幹細胞が哺乳動物間葉系幹細胞又は哺乳動物多能性幹細胞である、請求項7記載の予防剤。 哺乳動物細胞を血管経由で投与する際の肺塞栓形成の予防剤を調製するためのトレハロース又はその塩の、肺塞栓形成の予防の有効成分としての使用。 哺乳動物細胞が哺乳動物幹細胞である、請求項9記載の使用。


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