タイトル: | 公開特許公報(A)_脳梗塞後うつ病モデル動物及びその使用並びにうつ状態に対する被検薬物及び移植細胞の有効性のスクリーニング方法 |
出願番号: | 2012053456 |
年次: | 2013 |
IPC分類: | A01K 67/027,G01N 33/15,G01N 33/50 |
松山 知弘 土江 伸誉 田口 明彦 JP 2013183720 公開特許公報(A) 20130919 2012053456 20120309 脳梗塞後うつ病モデル動物及びその使用並びにうつ状態に対する被検薬物及び移植細胞の有効性のスクリーニング方法 公益財団法人先端医療振興財団 300061835 特許業務法人前田特許事務所 110001427 松山 知弘 土江 伸誉 田口 明彦 A01K 67/027 20060101AFI20130827BHJP G01N 33/15 20060101ALI20130827BHJP G01N 33/50 20060101ALI20130827BHJP JPA01K67/027G01N33/15 ZG01N33/50 Z 8 1 OL 13 2G045 2G045AA29 2G045FA19 2G045GC30 本発明は、脳梗塞後うつ病モデル動物及びその使用方法に関する。また、脳梗塞後のうつ状態に対する被検薬物及び移植細胞の有効性のスクリーニング方法に関する。 うつ病は、原因からみて内因性、心因性あるいは外因性(身体因性)に分けられる。内因性うつ病は典型的なうつ病であり、心因性うつ病は性格や環境がうつ状態に強く関係しているとされている。身体因性うつ病は脳傷害や内分泌疾患、副腎皮質ステロイド等の薬剤等により誘発されるとの報告もある。脳梗塞後うつ病は脳梗塞を契機として、それまでうつ状態が見られなかったヒトがうつ状態に陥ったり、気分障害を発症したりするものであり、狭心症等の心血管病患者に多く見られるうつ病(血管性うつ病)の一つとしてとらえられることもある。 内因性や心因性うつ病は抗うつ薬が有効で、自然治癒もありうるが、脳梗塞後うつ病は通常のうつ病とは病態が異なり、死亡率が高いとの報告もみられる。その発症原因としては大脳皮質や視床、延髄等脳傷害部位に関係するとの報告もあるが、その詳細は不明である。 近年、我が国では、急速な高齢化とともに重篤な疾患を抱えた要介護者が増加しており、その原因疾患の約3分の1が脳血管障害(脳卒中)であると推定されている。また、脳梗塞患者の30〜70%にうつ状態が認められ(非特許文献1)、本人のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)を著しく低下させているのみならず、介護する側の精神的健康をも損ない疲弊させる要因となっている。 脳梗塞後うつ病に対する治療薬については種々の薬剤が使用されており、例えば特許文献1にはアミノアルコキシビベンジル類からなる脳梗塞後うつ病の治療薬が記載されている。しかしながら、脳梗塞病変作製後にうつ状態が発現するモデル動物が存在しなかったため、これらの治療薬は適切なモデル動物を用いて前臨床的に有効性が検討されたものではない。脳梗塞後うつ病の治療薬開発にあたり、精神機能障害の発症メカニズムの解明や治療法の前臨床的スクリーニングは極めて困難な状況にある。 従来の脳梗塞モデル動物は、一過性の脳虚血処置によって作製されるものが多く、形成される梗塞病変の個体差、神経脱落症状の永続性、長期生存率等に問題があった。また、脳動脈の永久閉塞により作製される脳梗塞も再現性が極めて不良で、脳梗塞慢性期の病態検討に適したモデル動物とはいえない。更に、比較的再現性よく作製される脳低灌流モデルマウスも報告されているものの、脳梗塞後うつ病として解釈可能な行動学的表現型は確認されていない(非特許文献2)。 また、抗うつ薬スクリーニングモデルとして確立されている強制水泳試験(非特許文献3)は、ストレス処置によって被験動物にうつ状態を誘発することを想定しており、当然のことながら脳梗塞後うつ病のモデルとはいえない。 また、齧歯類に外科的な処置を施して作製するうつモデル動物の一つに嗅球摘出(olfactory bulbectomy)モデルがある(非特許文献4)。同モデル動物は、自発活動性の亢進、攻撃行動、過敏な驚愕反射等を示し、学習・記憶機能の障害を指摘する報告もある。しかし、このうつモデル動物は、抗うつ薬全般に感受性がある点で優れるものの、嗅球を摘出するという操作の理論的必然性がなく、行動学的表現型においてうつ病患者の臨床像と乖離した点が多いこともあり、やはり脳梗塞後うつ病のモデル動物とはいえない。特開2008−273954号公報Santos, M., Gold, G., Kovari, E., Herrmann, F. R., Bozikas, V. P., Bouras, C., & Giannakopoulos, P. (2009). Differential impact of lacunes and microvascular lesions on poststroke depression. Stroke, 40, 3557-3562.Shibata, M., Yamasaki, N., Miyakawa, T., Kalaria, R. N., Fujita, Y., Ohtani, R., Ihara, M., Takahashi, R., & Tomimoto, H.(2007). Selective impairment of working memory in a mouse model of chronic cerebral hypoperfusion. Stroke, 38, 2826-2832.Porsolt, R. D., Le Pichon, M., & Jalfre, M. (1977). Depression: a new animal model sensitive to antidepressant treatments. Nature, 266, 730-732.Kelly, J. P., Wrynn, A. S., & Leonard, B. E. (1997). The olfactory bulbectomized rat as a model of depression: an update. Pharmacology & Therapeutics, 74, 299-316. 本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、脳梗塞後うつ病に対する薬剤の有効性の評価、治療法の確立に有益なツールとなる脳梗塞後うつ病モデル動物を提供することを目的とする。即ち、上記のように脳梗塞後うつ病の発症メカニズムの前臨床的検討は殆どなされておらず、現在使用されている脳梗塞後うつ病の治療薬はその発症メカニズムが十分に解明されていないにもかかわらず投与されるいわば対症療法のための薬剤であり、脳梗塞後うつ病に対する特効的且つ本質的な治療法がないことを鑑み、脳梗塞後うつ病の発症メカニズムを十分に解明させ、脳梗塞後うつ病を抜本的に治癒させる新規治療薬の開発に資する脳梗塞後うつ病モデル動物を提供することを目的とする。また、本発明はこのような脳梗塞後うつ病モデル動物の使用に関する。また、脳梗塞後うつ病の回復に対する被検薬物及び移植細胞の有効性のスクリーニング方法を提供することを目的とする。 本発明にかかる脳梗塞後うつ病モデル動物は、CB-17系統マウスの脳の血管を結紮することにより、うつ状態にしたことを特徴とする。 また、本発明は、CB-17系統マウスの脳の血管を結紮することによりうつ状態にしてなるCB-17系統マウスの脳梗塞後うつ病モデル動物としての使用に関する。 また、本発明にかかるスクリーニング方法は、上記の脳梗塞後うつ病モデル動物に、被検薬物を投与し、当該被検薬物のうつ状態に対する有効性を評価する。 また、本発明にかかるスクリーニング方法は、上記の脳梗塞後うつ病モデル動物に、神経幹細胞並びに血管形成能、血管保護能及び炎症抑制作用を有する細胞からなる群から選ばれる1種以上の細胞を移植し、当該移植のうつ状態に対する有効性を評価する。 また、本発明にかかるスクリーニング方法は、上記の脳梗塞後うつ病モデル動物に、被検薬物、並びに、神経幹細胞、血管形成能、血管保護能及び炎症抑制作用を有する細胞からなる群から選ばれる1種以上の細胞を投与及び移植し、当該投与及び移植のうつ状態に対する有効性を評価する。 本発明によれば、従来は存在しなかった脳梗塞病変作製後にうつ状態が発現するモデル動物が得られるため、これまでは殆ど解明されていない脳梗塞後うつ病の発症メカニズムの検討が可能となる。また、本発明は、脳梗塞後うつ病の発症メカニズムの解明手段に適しているだけでなく、脳梗塞後うつ病に対する薬剤の評価系としても極めて有効である。本発明の脳梗塞後うつ病モデル動物を用いることにより、脳梗塞後うつ病の治療薬だけでなく、脳梗塞後のうつ状態からの回復に関与する薬剤を簡便にスクリーニングすることが可能となる。更に、本発明の脳梗塞後うつ病モデル動物を用いることにより、脳神経機能再生に必要な神経幹細胞や血管形成細胞等の成熟脳における動態を検討することができ、これらの細胞の移植による有効性を簡便にスクリーニングすることが可能となる。脳梗塞後うつ病には、興味や喜びの喪失、思考力の極度の低下、自殺念慮、不眠、不安、食欲低下等が見られ、その治癒には薬物治療のみならず家族の適切な接し方を含めた総合的なサポートが必要とされる。そして脳梗塞後うつ病で十分に注意しなければならないのは、うつ状態がしばしばリハビリテーションに対する患者のやる気を損ない社会復帰の阻害要因となることである。だからこそ、脳梗塞後うつ病の治療法の開発に極めて有益なモデル動物が切望されているのであり、本発明によれば、このモデル動物を使用して脳梗塞後うつ病の治療法の確立及び薬剤の効果判定が可能となるので、多くの患者の早期社会復帰及び重症化予防が実現され、QOLを大きく向上させることができる。また、患者本人のみならず患者家族の肉体的・精神的・経済的負担を軽減させることにも寄与し、本発明により得られる社会的利益は計り知れない。被検薬物としてイミプラミンを使用し、MCOマウスを用いて実施したオープンスペース水泳試験の結果を示す図である。被検薬物としてエダラボンを使用し、MCOマウスを用いて実施したオープンスペース水泳試験の結果を示す図である。骨髄単核球を投与したMCOマウスを用いて実施したオープンスペース水泳試験の結果を示す図である。MCOマウスを用いて実施した尾懸垂試験の結果を示す図である。MCOマウスを用いて実施した水迷路学習試験の結果を示す図である。MCOマウスの脳の形態学的解析の結果を示す図である。 以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。 本発明者らは、CB-17系統マウス(本発明において、CB-17系統マウスにはSCID:Severe Combined Immunodeficientマウスを含むものとする。)において、中大脳動脈の血流遮断処置が大脳皮質に限局した梗塞病変を再現性よく形成することを見出し、脳梗塞モデルマウス(以下、「MCOマウス」とする。)として提案しており(特許第4481706号)、その作製方法、脳梗塞体積の再現性、高い生存率に関しては既に国際誌に掲載されている(Taguchi et al., J Exp Stroke Transl Med 2010; 3: 28-33)。本発明者らは、このMCOマウスの行動学的表現型を解析したところ、特定の行動実験課題において脳梗塞後うつ病(post-stroke depression)を模し得た行動態様が見られること、更に、そのうつ様行動が抗うつ処置によって緩和されることを見出し、この新知見に基づいて本発明を完成させた。 MCOマウスは、脳梗塞病変を形成する血流遮断処置により、神経脱落症状に加え、脳梗塞患者にしばしば観察されるうつ状態を彷彿とさせるうつ様行動を呈するに至る。つまり、モデル作製のための実験的操作とその結果誘発される行動態様の間に臨床知見と整合する病因論的妥当性を容易に読み取ることができる。即ち、MCOマウスを用いれば、脳血管障害の後遺症の一つである脳梗塞後うつ病の発症機序やその治療法の検討において妥当性の高いアプローチが可能となる。また、このマウスを被験体とすることで、脳梗塞治療薬の精神機能障害を含めた包括的な治療評価が可能となる。 SCIDマウスとしては、末梢血中の機能的なT細胞及びB細胞が欠失し、血清中には免疫グロブリンが殆ど見出されない重度の複合免疫不全を呈するマウスであればよく、現在市販されている(例えば、FOX Chase Cancer Center等参照のこと)SCIDマウスであってもよいし、また、この改良型のマウスであってもよい。 本実施形態における脳梗塞後うつ病モデル動物の脳の血管としては、脳内の脳梗塞を発症させることができる血管であれば、いずれの血管であっても特に制限はないが、発症例の多い血管や、また実験の行い易い表皮側の血管が好ましい。好ましい血管としては、中大脳動脈、内頚動脈、椎骨脳底動脈等が例示される。 また、結紮する部位としても特に制限はないが、結紮部位によっては、虚血領域の選択性が悪くなることもあることから、選択性を確保できる部位を設定することも必要である。例えば、結紮部位として、中大脳動脈が嗅索を通過した直後、即ち遠位側M1部位(distal M1 portion)を選択することにより、中大脳動脈の皮質枝の血流を選択的に途絶させることが可能である。 本実施形態における脳梗塞後うつ病モデル動物の脳の血管を結紮する手法としては、脳梗塞が実現できる結紮方法であれば特に制限はなく、例えば、クリップ法、血管の凝固・切断法、血管内栓子法等の各種の手法を使用することができる。虚血を一過性にするか、永久的にするかにより、結紮方法を選定することも必要である。例えば、凝固用ピンセットにて電気凝固後に切断する永久結紮法、動脈瘤結紮用クリップ等を用いた一過性結紮法等が挙げられる。 具体的な結紮方法としては、例えば、ハロセン等でマウスを麻酔し、マウスの左頬骨を切除し、頭蓋底を露出させ、中大脳動脈走行部位に直径1〜5mm程度の骨窓を歯科用ドリルで作製し、硬膜、クモ膜を剥離し、中大脳動脈を分離して結紮を行うことができる。 本発明の脳梗塞後うつ病モデル動物は、前記したCB-17系統マウスの脳の血管を前記した手法により結紮することにより、一過性又は永久的モデルとして作製することができる。 また、本発明は、脳の血管が結紮されたCB-17系統マウス(SCIDマウスを含む)を、脳梗塞後うつ病モデル動物として使用する方法を提供するものであり、本発明の脳梗塞後うつ病モデル動物は、永続性のあるうつ状態を再現性よく示し、且つ長期生存可能なモデル動物であり、脳梗塞後うつ病のモデル動物として薬物のスクリーニング、治療や予防方法の開発、また脳梗塞後うつ病からの回復方法の開発等のために使用することができる。 また、本発明は、本実施形態にかかる脳梗塞後うつ病モデル動物に、被検薬物を投与し、当該被検薬物のうつ状態に対する有効性をスクリーニングする方法を提供するものである。例えば、本発明の脳梗塞後うつ病モデル動物に、被検薬物を投与し、オープンスペース水泳試験や尾懸垂試験等によりモデル動物の行動態様を測定し、これを対照群と比較してうつ状態からの回復等の程度を評価する方法が挙げられる。 本発明は、これらのスクリーニング方法によって脳梗塞後うつ病に対する有効性が評価された薬剤、及び製薬上許容される担体を含有してなる脳梗塞後うつ病の治療・予防・処置のための医薬組成物、当該組成物の有効量を脳梗塞後うつ病の患者に投与することからなる脳梗塞を治療・予防・処置する方法、及びこれらのスクリーニング方法によって脳梗塞後うつ病に対する有効性が評価された物質の治療・予防・処置のための医薬組成物の製造のための使用を提供する。 このような医薬組成物における製薬上許容される担体としては、医薬製剤を製造する際に使用される、賦形剤、希釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等が挙げられる。そのような担体の1種以上を用いることにより、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、注射剤、液剤、カプセル剤、トロー剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤あるいはシロップ剤等の形態の医薬組成物を調製することができる。これらの医薬組成物は、経口あるいは非経口的に投与することができる。 また、本発明は、本実施形態にかかる脳梗塞後うつ病モデル動物に、神経幹細胞並びに血管形成能、血管保護能及び炎症抑制作用を有する細胞からなる群から選ばれる1種以上の細胞を移植し、当該移植のうつ状態に対する有効性をスクリーニングする方法を提供するものである。例えば、本発明の脳梗塞後うつ病モデル動物に、神経幹細胞を投与し、オープンスペース水泳試験や尾懸垂試験等によりモデル動物の行動態様を測定し、これを対照群と比較して脳梗塞後うつ病の状態に適した移植すべき神経幹細胞の種類や移植部位や移植手法をスクリーニングする方法が挙げられる。 本発明のこのスクリーニング方法において使用される神経幹細胞としては、胎児脳由来の神経幹細胞、成熟脳由来の神経幹細胞、成熟脳の脳室下帯組織(subventricular zone;SVZ)由来の神経幹細胞、骨髄成体多能性幹細胞(multipotent adult progenitor cell:MAPC)、ES/iPS由来神経幹細胞等が挙げられる。また、血管形成能を有する細胞としては、血管内皮前駆細胞(EPC)等が挙げられる。血管保護能を有する細胞として、骨髄単核球細胞、CD34陽性細胞、造血系幹細胞等が挙げられる。炎症抑制作用を有する細胞としては間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)等が挙げられる。このような神経幹細胞や血管形成能を有する細胞の移植は、これらの中の1種であってもよいし、2種以上を移植してもよく、またこれらの細胞はマウス由来のものであってもよいが、ヒト由来のものであってもよい。 〈実施例1〜MCOマウスの作製〉 1.5%ハロセンの吸入麻酔下で、半右側臥位にCB-17マウスを固定した。左耳と左目の間の皮膚を切開後、左頬骨を切除し、頭蓋骨脳底部を露出させ、歯科用ドリルを用いて2mm程度の穴を頭蓋骨脳底部に開け、硬膜を慎重に除去した。そして、嗅索を通過した直後(嗅索交差部の遠位側)において、バイポーラ電気メスにより左中大脳動脈を結紮した。 〈実施例2〜オープンスペース水泳試験・イミプラミン投与〉 次に、上述のようにして作製したMCOマウスがうつ状態を有していることを示すために、オープンスペース水泳試験(Sun & Alkon, 2003, 2004)を行った。同試験は、抗うつ薬スクリーニングモデルである強制水泳試験(Porsolt et al., 1977)の変法である。水迷路学習試験用の大きなプールで被験体を水泳させ、水泳反応の減弱をうつ的な行動変化として、更に、活発な水泳反応の維持を被験薬物の抗うつ効果として解釈する。 MCOマウスのオープンスペース水泳試験は、脳梗塞病変作製処置4週間後に実施した。被験体群として、(i)溶媒のみを投与したMCOマウス群(MCO-Vehi)、(ii)イミプラミン(三環系抗うつ薬)を投与したMCOマウス群(MCO-Imi)、(iii)比較対照のためのSham手術マウス群(Sham-Vehi)を用いた。実験装置として、内径95cm、深さ35cmの円型プールを使用し、深さ20cmまで水(22±1℃)を張った。初日に15分間、2・3日目に5分間、被験体にオープンスペース水泳試行を与えた。各試行回においては、被験体をプール内に放って自由に水泳させ、規定の時間が経過したら速やかに回収した。MCO-Imi群の被験体には、各試行開始の30分前にイミプラミン(25mg/kg)を腹腔内投与した。被験体の水泳反応はビデオ撮影し、画像解析ソフト(Noldus EthoVision(登録商標))を利用して水泳距離を1分間毎に算出した。 図1は、被検薬物としてイミプラミンを使用し、MCOマウスを用いて実施したオープンスペース水泳試験の結果を示す図である。図1に示されるように、全被験体群の水泳距離が時間経過と共に短縮したが、MCOマウス群の水泳距離はSham手術マウス群より一貫して短かった。この差は、初回試行時の前半において顕著に表れた。このように、MCOマウスのうつ状態は、Sham手術マウスに対する相対的な水泳距離の短さによって示された。一方で、イミプラミンを投与したMCOマウス群の水泳距離はMCOマウス群より一貫して長かった。各試行回の最初の5分間の水泳距離について群(3)×試行(3)×経過時間(5)の分散分析を行ったところ、群(F(2, 17)= 8.14, p < .01)、試行(F(2, 34)= 32.18, p < .0001)、及び経過時間(F(4, 68)= 163.27, p < .0001)の主効果が全て有意であった。更に、下位検定としてLSD検定を行ったところ、イミプラミンを投与したMCOマウス群とMCOマウス群の間に有意差が認められた(p < .01)。イミプラミンがMCOマウスのうつ状態を緩和させたことが明確に理解される。 〈実施例3〜オープンスペース水泳試験・エダラボン投与〉 次に、被検薬物としてエダラボン(急性期脳保護薬)を使用し、実施例2と同様の方法でオープンスペース水泳試験を行った。被験体群として、(i)リン酸緩衝生理食塩水のみを投与したMCOマウス群(MCO-PBS)、(ii)エダラボンを投与したMCOマウス群(MCO-Eda)、(iii)比較対照のためのSham手術マウス群(Sham-PBS)を用いた。MCO-Eda群の被験体には、脳梗塞病変作製処置3時間後にエダラボン(3mg/kg)を静脈内投与、更に、翌日から3日間は同薬剤(10mg/kg)を1日2回皮下投与した。 図2は、被検薬物としてエダラボンを使用し、MCOマウスを用いて実施したオープンスペース水泳試験の結果を示す図である。図2に示されるように、全被験体群の水泳距離が時間経過と共に短縮したが、MCOマウス群の水泳距離はSham手術マウス群より一貫して短かった。実施例2と同様に、MCOマウスのうつ状態は、Sham手術マウスに対する相対的な水泳距離の短さによって示された。一方で、エダラボンを投与したMCOマウス群の水泳距離はMCOマウス群より一貫して長かった。各試行回の最初の5分間の水泳距離について群(3)×試行(3)×経過時間(5)の分散分析を行ったところ、群(F(2, 19)= 16.55, p < .0001)、試行(F(2, 38)= 38.79, p < .0001)、及び経過時間(F(4, 76)= 318.82, p < .0001)の主効果が全て有意であった。下位検定としてLSD検定を行ったところ、エダラボンを投与したMCOマウス群とMCOマウス群の間に有意差が認められた(p < .05)。エダラボンがイミプラミンと同様にMCOマウスのうつ状態を緩和させたことが明確に理解される。 〈実施例4〜オープンスペース水泳試験・骨髄単核球投与〉 次に、CB-17系統のSCIDマウスに実施例1の処置を施して作製したMCOマウスを用い、実施例2及び3における被検薬物の代わりに骨髄単核球を投与してオープンスペース水泳試験を行った。被験体群として、(i)リン酸緩衝生理食塩水のみを投与したMCOマウス群(MCO-PBS)、(ii)骨髄単核球を投与したMCOマウス群(MCO-BMMC)、(iii)比較対照のためのSham手術マウス群(Sham-PBS)を用いた。MCO-BMMC群の被験体には、脳梗塞病変作製処置2日後に50万個の骨髄単核球を静脈内投与した。 図3は、骨髄単核球を投与したMCOマウスを用いて実施したオープンスペース水泳試験の結果を示す図である。図3に示されるように、全被験体群の水泳距離が時間経過と共に短縮したが、MCOマウス群の水泳距離はSham手術マウス群より一貫して短かった。実施例2及び3と同様に、MCOマウスのうつ状態は、Sham手術マウスに対する相対的な水泳距離の短さによって示された。一方で、骨髄単核球を投与したMCOマウス群の水泳距離はMCOマウス群より一貫して長かった。各試行回の最初の5分間の水泳距離について群(3)×試行(3)×経過時間(5)の分散分析を行ったところ、群(F(2, 25)= 3.49, p < .05)、試行(F(2, 50)= 42.12, p < .0001)、及び経過時間(F(4, 100)= 351.01, p < .0001)の主効果が全て有意であった。更に、下位検定としてLSD検定を行ったところ、骨髄単核球を投与したMCOマウス群とMCOマウス群の間に有意差が認められた(p < .05)。骨髄単核球がイミプラミン及びエダラボンと同様にMCOマウスのうつ状態を緩和させたことが明確に理解される。 〈実施例5〜尾懸垂試験〉 次に、上述のようにして作製したMCOマウスがうつ状態を有していることを示すために、尾懸垂試験(Steru et al., 1985)を行った。同試験は、マウスを用いた抗うつ薬スクリーニングモデルである。マウスの尾を持ち上げ、頭が下になるように吊るした状態で放置する。徐々に減少する活動量ないしは徐々に延長する不動反応時間がうつを模した行動変化と見なされ、こうした変化が緩和されるか否かで被験薬物の抗うつ効果が判定される。 MCOマウスの尾懸垂試験は、脳梗塞病変作製処置4週間後に実施した。被験体として、(i)MCOマウス群(MCO)と(ii)比較対照のためのSham手術マウス群(Sham)を用いた。実験装置として、赤外線センサを利用した実験動物運動量測定システム(スーパーメックス MUROMACHI KIKAI CO., LTD)を用いた。尾懸垂処置は、被験体の尾の先端をビニールテープで固定し、実験箱の天井部よりフックで吊り下げ、頭部が床面から10cmの高さに位置するよう10分間維持し、その間の活動性を測定した。被験体の活動量は1分間毎に数値化した。 図4は、MCOマウスを用いて実施した尾懸垂試験の結果を示す図である。図4に示されるように、尾懸垂処置を施された被験体の活動量は時間経過と共に減少したが、MCOマウス群の活動量はSham手術マウス群と比較して一貫して少なかった。特に、同処置の前半において両群の差は顕著に表れた。このように、MCOマウスのうつ状態は、Sham手術マウスに対する相対的な活動量の少なさによって示された。活動量について群(2)×経過時間(10)の分散分析を行ったところ、群(F(1, 13) = 5.63, p < .05)と経過時間(F(9, 117)= 13.83, p < .0001)の主効果、及びこれらの交互作用(F(9, 117)= 2.58, p < .01)の全てが有意であった。 〈実施例6〜水迷路学習試験〉 次に、上述のようにして作製したMCOマウスがうつ状態を有していることを示すために、水迷路学習試験(Morris, 1981, 1984)を行った。同試験は、ラットやマウスの海馬機能ないしは空間認知機能の評価系とされているが、うつ状態にある被験体では、同試験の成績が著しく低下することが報告されている(Doe et al., 2010)。同試験の訓練試行では、被験体を不可視逃避台が設置されたプールに放つ。被験体は、プール内を自由に探索し、やがて偶然に逃避台へ到達する。被験体が逃避台へ到達したら、実験者は被験体をそこに一定時間留める。また、予め定めた制限時間内に被験体が逃避台へ到達しなかった場合は、実験者が被験体を逃避台へ誘導し、一定時間その上で休息させる。このような訓練試行を繰り返すと、プールに放たれた被験体は、逃避台へいち早く逃避するという適応的対処行動を獲得する。 MCOマウスの水迷路学習試験は、脳梗塞病変作製処置4週間後に実施した。被験体として、(i)MCOマウス群(MCO)と(ii)比較対照のためのSham手術マウス群(Sham)を用いた。内径95cmの円型水槽に酸化チタンを添加して白濁させた水(22±1℃)を深さ22cmまで満たし、直径10cmの円盤型逃避台を水面下0.5cmに設置した。逃避訓練は1日5試行ずつ5日間連続で与えた。各試行回において、被験体が水槽へ放たれてから逃避台へ到達するまでに要した時間(逃避潜時)を測定した。 図5は、MCOマウスを用いて実施した水迷路学習試験の結果を示す図である。図5に示されるように、Sham手術群の逃避潜時は訓練日の関数として短縮したが、MCOマウス群の逃避潜時はSham手術群と比較して一貫して長く、5日間の訓練を施しても殆ど短縮しなかった。このように、MCOマウスのうつ状態は、水迷路学習課題の獲得困難によって示された。逃避潜時について群(2)×訓練日(5)の分散分析を行ったところ、群(F(2, 33)= 10.28, p < .001)と訓練日(F(4, 132)= 2.76, p < .05)の主効果が有意であった。 〈実施例7〜MCOマウスの脳の形態学的特徴〉 実施例7では、MCOマウスの脳の形態学的特徴を調べて、ヒト脳梗塞後うつ病脳との類似性を検討した。パラフォルムアルデヒドを含む固定液でMCOマウス脳を灌流固定し、摘出脳の切片を作製後、免疫組織化学にて梗塞脳を組織化学的に検討した。 図6は、MCOマウスの脳の形態学的解析を示す図である。図6に示されるように、MCOマウスには、脳梗塞作製後30日目に片側大脳皮質梗塞と同側視床後腹側核の二次性変性が見られた。即ち、脳切片上、左大脳皮質の体性感覚野(Somatosensory cortex)の選択的な脱落(脳梗塞の結果)が見られ、患側(梗塞側)大脳半球の萎縮が観察された。神経脱落に鋭敏なMAP2 (microtubule-associated protein 2)染色で観察すると、患側の視床後腹側核の選択的な神経細胞脱落が観察された。反対側(正常側)視床の神経脱落は観察されなかった。これは、視床・大脳皮質神経回路を介した視床神経の二次性変性と考えられる。脳梗塞後うつ病の患者脳ではしばしば視床病変(小梗塞巣、ラクナ梗塞等)が見られるが、MCOマウスが、ヒト脳梗塞後うつ病脳との類似性をもつことを示す形態学的所見と考えられる。 脳梗塞後うつ病に対して有効な治療・予防又は発症後の速やかな回復方法を開発するための極めて有効なツールが提供されるので、製薬産業を始めとする各種の医療関連産業において有用である。 CB-17系統マウスの脳の血管を結紮することにより、うつ状態にしたことを特徴とする脳梗塞後うつ病モデル動物。 前記CB-17系統マウスの脳の血管が中大脳動脈である請求項1記載の脳梗塞後うつ病モデル動物。 前記CB-17系統マウスの脳の血管が中大脳動脈であり、該中大脳動脈における嗅索との交差部よりも心臓遠位側の部位を結紮してなる請求項1又は2記載の脳梗塞後うつ病モデル動物。 前記結紮は、クリップ法、血管の凝固切断法、又は血管内栓子法に基づく結紮である請求項1乃至3の何れか1項に記載の脳梗塞後うつ病モデル動物。 CB-17系統マウスの脳の血管を結紮することにより、うつ状態にしてなるCB-17系統マウスの脳梗塞後うつ病モデル動物としての使用。 請求項1乃至4の何れか1項に記載の脳梗塞後うつ病モデル動物に、被検薬物を投与し、当該被検薬物のうつ状態に対する有効性をスクリーニングする方法。 請求項1乃至4の何れか1項に記載の脳梗塞後うつ病モデル動物に、神経幹細胞並びに血管形成能、血管保護能及び炎症抑制作用を有する細胞からなる群から選ばれる1種以上の細胞を移植し、当該移植のうつ状態に対する有効性をスクリーニングする方法。 請求項1乃至4の何れか1項に記載の脳梗塞後うつ病モデル動物に、被検薬物、並びに、神経幹細胞、血管形成能、血管保護能及び炎症抑制作用を有する細胞からなる群から選ばれる1種以上の細胞を投与及び移植し、当該投与及び移植のうつ状態に対する有効性をスクリーニングする方法。 【課題】脳梗塞後うつ病の治療法の確立、薬剤の効果判定や有効性の評価に有益なツールである脳梗塞後うつ病モデル動物を提供する。【解決手段】CB-17系統マウスの脳の血管を結紮することにより、うつ状態にする。CB-17系統マウスの脳の血管は中大脳動脈であり、その中大脳動脈における嗅索との交差部よりも心臓遠位側の部位を結紮する。結紮は、クリップ法、血管の凝固切断法、又は血管内栓子法に基づく結紮である。この脳梗塞後うつ病モデル動物に被検薬物を投与し、被検薬物のうつ状態に対する有効性をスクリーニングすることができる。【選択図】図1