タイトル: | 公開特許公報(A)_電気泳動で分離されたタンパク質を膜フィルターに転写し質量分析する方法 |
出願番号: | 2010112156 |
年次: | 2011 |
IPC分類: | G01N 27/62,G01N 27/64,G01N 27/447 |
平野 久 井野 洋子 JP 2011242159 公開特許公報(A) 20111201 2010112156 20100514 電気泳動で分離されたタンパク質を膜フィルターに転写し質量分析する方法 公立大学法人横浜市立大学 505155528 間山 世津子 100098121 野村 健一 100107870 平野 久 井野 洋子 G01N 27/62 20060101AFI20111104BHJP G01N 27/64 20060101ALI20111104BHJP G01N 27/447 20060101ALI20111104BHJP JPG01N27/62 FG01N27/64 BG01N27/26 315J 7 3 OL 17 2G041 2G041CA01 2G041DA04 2G041GA03 2G041GA05 2G041GA06 2G041GA08 2G041GA12 2G041GA16 2G041JA06 本発明は、質量分析用膜フィルター及びそれを用いた質量分析方法、より詳細には、孔径が0.2 μm以下であり、疎水的性質を有する多孔質材料からなることを特徴とする、質量分析用膜フィルター及びそれを用いた質量分析方法に関する。 Strupat らは、SDS-PAGE で分離したタンパク質を各種PVDF膜に転写し、IR-MALDI-TOF MSを用いて膜フィルター上でタンパク質を検出することに成功した(非特許文献1)。 Gharahdaghiらは、SDS-PAGEで分離し、PVDF膜に転写したタンパク質をプロテアーゼで消化し、膜フィルターをMALDI-TOF MSに設置して質量分析することに成功した(非特許文献2)。 中西らは、膜フィルターにタンパク質を転写後、抗体を用いてリン酸化修飾タンパク質を検出し、そのタンパク質を膜フィルター上で直接同定した(非特許文献3)。 上記の研究で用いられた方法によって分析を行っても、PVDF膜上のタンパク質のイオン化効率が低いため、再現性よく明瞭な質量スペクトルを得ることができなかった。そのため、これまで報告された方法は実用化には至らなかった。イオン化効率の高い膜フィルターの開発が課題として残されていた。 本発明は、イオン化効率の高い膜フィルターを提供することを目的とする。 また、本発明は、前記膜フィルターを用いて、質量分析を行う方法を提供することも目的とする。 本発明者らは、多種類の膜フィルターについてブロッティング効率と質量分析装置におけるイオン化効率を調べた。その結果、従来のPVDF膜(孔径0.22μm)より孔径の小さなPVDF膜を使う、つまり、0.2μm以下の孔径、例えば、0.1μmの孔径のPVDF膜を用いると質量分析装置においてイオン収量が従来の方法より約10倍高くなることがわかった。そこで、0.2μm以下の孔径のPVDF膜を用いた質量分析装置によるタンパク質同定法を開発した。 本発明の要旨は以下の通りである。(1)孔径が0.2 μm以下であり、疎水的性質を有する多孔質材料からなることを特徴とする、質量分析用膜フィルター。(2)ゲル電気泳動で分離された試料を転写及び固定するために使用される(1)記載の膜フィルター。(3)疎水的性質を有する多孔質材料がポリフッ化ビニリデンである(1)又は(2)記載の膜フィルター。(4)孔径が0.1 μmである(3)記載の膜フィルター。(5)質量分析がマトリクス支援レーザー脱離イオン化質量分析法による(1)〜(4)のいずれかに記載の膜フィルター。(6)(1)記載の膜フィルターと基板とを含む質量分析用サンプルプレート。(7)ゲル電気泳動で分離された試料を(1)記載の膜フィルターに転写及び固定することを含む、質量分析方法。 本発明の膜フィルターを用いると、従来の膜フィルターよりも高いイオン収量を得ることができる。それによって、高感度で再現性よくタンパク質を同定できるようになった。電気泳動で分離したタンパク質の異なる7種類のメンブレンへの転写効率。(A) 6つのタンパク質の電気泳動パターン。タンパク質をSDS-PAGEで分離してセミドライブロッティング装置を使って様々なメンブレンへ転写した。(B)電気泳動前にCy3で標識したタンパク質の蛍光強度を測定することで転写効率を算出した。(G,ゲル; 1,PVDF; 2,ニトロセルロース; 3,ポリプロピレン;4,PTEE; 5,ナイロン; 6,ポリカーボネイト; 7,PES.)様々な孔径のPVDFメンブレンに固定したペプチドのMSスペクトル。(A)メンブレンに固定されたペプチドのMSスペクトル(1, des Arg-bradykinin; 2, angiotensinI; 3, neurotensin; 4, ACTH 18-39; 5, insulin βchain)(B)ゲル分離後PVDFメンブレンに転写してポンソーSで染色したcarbonic anhydrase の電気泳動パターン(C)PVDFメンブレン上のcarbonicanhydraseのトリプシン消化物(ペプチド)のMSスペクトル。ペプチドマスフィンガープリンティング法のMASCOTデータベース検索は以下の条件で行った:database,SWISSPROT; enzyme, trypsin; peptide mass tolerance, ± 1.2 Da; peptide chargestate, 1+; max missed cleavages, 1.二次元電気泳動で分離後、各孔径PVDFメンブレンに転写した酵母タンパク質のMSスペクトル。(A)PVDFメンブレン上の酵母タンパク質の電気泳動パターン。ゲルとPVDFメンブレンはそれぞれCBBとポンソーSで染色した。(B) 転写されたタンパク質のMSスペクトル。(A)のスポット1から4はMALDI-TOF MSで解析した。ペプチドマスフィンガープリンティング法のMASCOTデータベース検索は以下の条件で行った:database,SWISSPROT; enzyme, trypsin; peptide mass tolerance, ± 1.2 Da; peptide chargestate, 1+; max missed cleavages, 1.ゲルとPVDFメンブレン上の酵母タンパク質の二次元電気泳動パターン。酵母タンパク質を二次元電気泳動で分離してPVDFMSメンブレン(0.1 μm)に転写して19スポットをトリプシンで消化した。消化物(ペプチド)はMALDI-QIT/TOF MSで解析した。データベース検索は以下の条件で行った:database, MSDB; enzyme, trypsin; fix modifications,carbamidomethyl (C); variable modifications, oxidation (M); peptide masstolerance, ± 0.6 Da; peptide charge state, 1+; max missed cleavages, 1. 以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。 本発明は、孔径が0.2 μm以下であり、疎水的性質を有する多孔質材料からなることを特徴とする、質量分析用膜フィルターを提供する。 本発明の膜フィルターは、ゲル電気泳動で分離された試料を転写及び固定するために使用することができる。ゲル電気泳動で分離された試料を本発明の膜フィルターに転写及び固定した後、質量分析にかけることができる。試料としては、タンパク質、ペプチド、核酸などを例示することができる。ゲル電気泳動としては、ドデシル硫酸ナトリウム・ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)、二次元電気泳動、Native−PAGEなどを例示することができる。質量分析は、マトリクス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI:Matrix Assisted Laser Desorption Ionization)によることが好ましい。MALDIには、飛行時間型質量分析計(TOF MS)、フーリエ変換型イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FT MS)、二重収束型質量分析計、四重極型イオントラップ質量分析計(QIT MS)などを使用することができる。 疎水的性質を有する多孔質材料としては、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリプロピレンを例示することができるが、このうち、ポリフッ化ビニリデンが好ましい。 本発明の膜フィルターの孔径は、0.2 μm以下であり、好ましくは、0.1 μm程度である。 また、本発明は、上記の膜フィルターと基板とを含む質量分析用サンプルプレートを提供する。 基板は、金属プレートであるとよく、ステンレス板などを例示することができる。 膜フィルターは、導電性両面テープなどの導電性材料を用いて、基板に貼り付けるとよい。 さらに、本発明は、ゲル電気泳動で分離された試料を上記の膜フィルターに転写及び固定することを含む、質量分析方法も提供する。 ゲル電気泳動で分離された試料を膜フィルターに転写及び固定するには、キャピラリー式ブロッティング、バキュームブロッティング、エレクトロブロッティングなどいかなる方法を用いてもよく、例えば、タンパク質やペプチドを転写及び固定するには、エレクトロブロッティングを使用することが好ましく、タンク式、セミドライ式、セミウェット式などのエレクトロブロッティング装置が市販されている。 試料を膜フィルターに転写及び固定した後、マトリクスを添加するとよい。マトリクスは、レーザー光によってイオン化されやすい物質であればよく、α-cyano-4-hydoxycinnamic acid、シナピン酸、2,5-Dihydroxybenzoic Acidなどを例示することができる。マトリクスは、アセトニトリルなどの溶液にして、添加するとよい。マトリクス溶液は、さらに、トリフルオロ酢酸を含有するとよい。マトリクスを用いることにより、マトリクスがレーザーのエネルギーを効果的に吸収して、そのエネルギーが間接的に試料に伝わり、イオン化が起こる。 また、試料がタンパク質のように分子量の大きいものである場合、膜フィルターに転写及び固定した後、プロテアーゼを用いて断片化するとよい。プロテアーゼとしては、トリプシン、Lys-Cエンドペプチダーゼなどを例示することができる。タンパク質の断片化は、マトリクスを添加する前に行うとよい。 ケミカルプリンター(島津製作所)を用いると、膜状のペプチドやタンパク質にプロテアーゼやマトリクスを自動的に添加できる。 その後、試料を転写及び固定した膜フィルターを基板(例えば、MALDI試料ターゲット)に貼り付け、質量分析装置に設置し、質量分析を開始するとよい。得られた質量スペクトルデータはペプチドマスフィンガープリント法による解析や、MS/MS解析に用いることができる。 ペプチドマスフィンガープリント法を用いれば、ペプチドや断片化したタンパク質試料を同定することができる。すなわち、ペプチドや多数のタンパク質消化断片に由来するイオンの質量を測定し、既知のデータベースと比較することにより、試料を同定することができる。さらに、タンパク質の断片化などの低分子化処理により、MALDI特有のポストソースディケイ(PSD)解析ができるようになるためMS/MS解析で容易にアミノ酸配列等を決定できる。このため、データベースサーチにMS/MS解析のデータを使ったデータベース検索ができる。 ペプチドを同定するためのデータベースとしては、例えば、Mascot、MS−Tag、Peptide Search、PepFrag、SEQUESTなどが挙げられる(実験医学別冊、ポストゲノム時代の実験講座2、プロテオーム解析法、羊土社(2000))。 本発明は以下のような応用が可能である。1. SDS-PAGEまたは二次元電気泳動で分離されたペプチドを本発明の膜フィルターに転写し、転写されたペプチドにマトリクス溶液を添加した後、直接膜をMALDI試料ターゲットに貼り付け、ペプチドの質量分析を行い、ペプチドを同定する。2. SDS-PAGEまたは二次元電気泳動で分離されたタンパク質を本発明の膜フィルターに転写し、転写されたタンパク質にプロテアーゼ溶液を添加して消化する。その後、膜上のタンパク質部分にマトリクス溶液を添加し、直接膜をMALDI試料ターゲットに貼り付け、質量分析を行い、タンパク質を同定する。3. SDS-PAGEまたは二次元電気泳動で分離されたタンパク質を本発明の膜フィルターに転写した後、タンパク質の翻訳後修飾を検出する。修飾されたタンパク質にプロテアーゼ溶液を添加して消化する。その後、膜上のタンパク質部分にマトリクス溶液を添加し、直接膜をMALDI試料ターゲットに貼り付け、質量分析を行い、修飾されているタンパク質を同定する。4. SDS-PAGEまたは二次元電気泳動で分離されたタンパク質を本発明の膜フィルターに転写した後、特異抗体を利用して抗原タンパク質を検出する。検出されたタンパク質にプロテアーゼ溶液を添加して消化する。その後、膜上のタンパク質部分にマトリクス溶液を添加し、直接膜をMALDI試料ターゲットに貼り付け、質量分析を行い、特異抗体と反応する抗原タンパク質を同定する。 3のタンパク質の翻訳後修飾としては、アセチル化、アミド化、脱アミド化、プレニル化、ホルミル化、グリコシル化、ヒドロキシル化、メチル化、ミリストイル化、リン酸化、ユビキチン化 、リボシル化、硫酸化、カルボキシル化、SUMO化、ニトロ化などを例示することができる。 タンパク質の翻訳後修飾を検出するには、翻訳後修飾を受けたタンパク質を特異的に認識して結合できる物質と接触させ、その特異的な結合を検出すればよい。翻訳後修飾を受けたタンパク質を特異的に認識して結合できる物質としては、レクチン、修飾を特異的に認識して結合するペプチド、抗体(特にアセチル化、アミド化、脱アミド化、プレニル化、ホルミル化、グリコシル化、ヒドロキシル化、メチル化、ミリストイル化、リン酸化、ユビキチン化 、リボシル化、硫酸化、カルボキシル化、SUMO化を認識する抗体)などを例示することができる。レクチンは、タンパク質に付加している糖鎖を認識して特異的に結合する。例えば、コンカナバリンAは、α結合型マンノースと末端グルコース基を認識して特異的に結合する。コムギ胚芽凝集素は、N−アセチルグルコサミン(GlcNAc)及びシアル酸を認識して特異的に結合する。修飾を特異的に認識して結合するペプチドについては、例えばユビキチン化修飾を特異的に認識する26SプロテアソームのRPN10サブユニット(Ref,Mol Cell Proteomics. 2005 Jun;4(6):741-51.)、ユビキチン結合ドメインを含むペプチド(Ref, Mol Cell Proteomics. 2007 Apr;6(4):601-10.)があげられる。抗体とは、抗原刺激の結果、免疫反応によって生体内に誘導されるタンパク質で、抗原と特異的に結合する活性をもつものを指し、修飾を特異的に認識して結合する抗体とは修飾残基ならびにその修飾残基を含む誘導体を抗原として産出された抗体をいう。修飾を特異的に認識して結合する抗体としては、抗アセチル化抗体Anti-acetyl-Histone H4(Upstate, cat#06-866), 抗グリコシル化抗体CTD110.6(Pierce, cat#1858781), 抗メチル化アルギニン抗体(Abcam, cat#ab49197), 抗リン酸化トレオニン抗体 p-Thr (BDI141) (Santa Cruz, cat#sc-57562), 抗リン酸化トレオニン抗体 p-Thr (4D11) (Santa Cruz, cat#sc-65490), 抗リン酸化チロシン抗体 p-Tyr (PY99) (Santa Cruz, cat#sc-7020), 抗リン酸化チロシン抗体p-Tyr (PY20) (Santa Cruz, cat#sc-508), 抗リン酸化チロシン抗体p-Tyr (PY350) (Santa Cruz, cat#sc-18182) , 抗リン酸化セリン抗体(Chemicon, cat#AB1603)、抗ユビキチン化抗体(Biomol, UW8995-0001), SUMO化(Biomol, UW8955-0001), 抗ニトロチロシン抗体(Sigma, N0409)などが知られている。 翻訳後修飾を受けたタンパク質を特異的に認識して結合することができる物質が標識されていると、前記物質と翻訳後修飾を受けたタンパク質との特異的な結合の検出が容易となり、迅速な検出が可能となる。様々な種類の修飾を受けたタンパク質を特異的に認識して結合することができる2種類以上の物質を、それぞれ、異なる試薬(例えば、異なる励起波長の蛍光標識試薬)で標識をすれば、MALDI試料ターゲット上で同時に前記物質と翻訳後修飾を受けたタンパク質との間の相互作用を検出できるため、迅速に様々な種類の修飾を検出することができる。標識試薬としては、シアニン誘導体、好ましくはシアニンのスルホン化誘導体、特にCy5 もしくはCy3 化合物、ナノ結晶、ナノ粒子(Anal Chem. 2006 Aug 15;78(16):5925-32.)などを例示することができる。 4の抗原タンパク質の検出は、以下のようにして行うことができる。抗原タンパク質を特異的に認識して結合できる抗体(一次抗体)と接触させ、特異的に結合させる。その結合した抗体を何らかの方法で検出することで抗原タンパク質を検出することができる。この抗体と特異的に結合する抗体(二次抗体)をあらかじめHorseradish Peroxidase(HRP)やAlkaline Phosphatase(AP)などの酵素で標識しておき、一次抗体と二次抗体の結合後に標識している酵素活性を検出することで抗原タンパク質は検出される。また、二次抗体をRIや蛍光物質で標識しておき、それらを検出することも可能である。 以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。〔実施例1〕 1990年代、ゲル中のタンパク質をPVDFメンブレンに転写する技術が発展し、これら新しいプロテインチップ(またはメンブレンチップ)はMALDI MSによるチップ上でのダイレクトなタンパク質解析を可能にした。しかしながら、メンブレン上でのタンパク質やペプチドのイオン化効率が低いためにこの技術は実用化されていない。それゆえ、タンパク質やペプチドをメンブレン上でMS解析する際の効率的なイオン化を可能にする必要がある。 本研究において、我々は孔径0.1μmのPVDFメンブレンを使うことで転写とMS解析でのイオン化の効率を上げることができることを見出した。このメンブレン(ここでは、PVDFMSメンブレンとよぶ)は一般的なPVDFメンブレンに比べて5-10倍のイオン化収率を得ることができた。このPVDFMSメンブレンに転写された様々な特徴(分子量や等電点)を持つ19個の酵母タンパク質はMALDI MSで解析することですべて同定することができた。 プロテインチップは疾患関連タンパク質などの解明や翻訳後修飾解析やタンパク質間相互作用解析に大変有用である。我々は以前、N-ヒドロキシスクシンイミドエステルで化学修飾されたダイヤモンド様炭素被膜ステンレス板(DLC基板)を開発した[1]。この基板は導電性であり、ゲル電気泳動により分離されたタンパク質をエレクトロブロットにより転写ができるため、タンパク質の一級アミンがこのエステルと反応することでDLC基板表面に共有結合させることができる。さらに、この基板はMALDI-TOF MSのターゲットプレートとしても使用可能である。このDLC基板を使用して、我々はチップ(基板)上でタンパク質の酵素消化とペプチドマスフィンガープリンティング解析を行い、タンパク質の同定を行った。チップに固定されたタンパク質と相互作用するリガンドタンパク質の検出を行うことができ、こうして検出されたタンパク質をチップ上でのMS解析によって同定することもできる。さらに、チップ上に固定された翻訳後修飾タンパク質もMS解析によって同定できる。 そのため、DLC基板はタンパク質間相互作用や翻訳後修飾やタンパク質の同定などのプロテオーム解析をハイスループットに行うことができる。しかし、この基板は製造にコストがかかり、一般的な使用はできない。ほとんどの研究者はこのような基板を簡単に作ることはできないため、PVDFメンブレンのようなメンブレンフィルターがDLC基板の代わりとして使用できれば理想的である。 ウェスタンブロッティング法は電気泳動後のゲルからメンブレンに転写する必要のある技術としてよく知られている。研究者たちはニトロセルロースやテフロン(登録商標)やPVDFのメンブレンにタンパク質を効率よく転写することができる。ゲルで分離されたタンパク質はエレクトロブロッティングによりPVDFメンブレンに固定してMSにより同定できるが[2-8]、この技術はメンブレン上でのペプチドのイオン化効率が低いという大きな問題を抱えている。そのため、我々はエレクトロブロッティングとMS解析に適したメンブレン探索を行った。 まず、我々はPVDF、ニトロセルロース、PES、PTFE、ポリカーボネイト、ポリプロピレンを含む23種類のメンブレンの転写効率を調べた。低分子量マーカータンパク質(rabbitmuscle phosphorylase b、bovine serum albumin、bovine carbonic anhydrase、soybeantrypsin inhibitor、αlactalbumin)を蛍光試薬で標識し、SDS-PAGE[9]で分離して、セミドライエレクトロブロッティング装置[10]でメンブレンに転写した。そして、メンブレン上のタンパク質を蛍光イメージアナライザーで検出(励起波長580nm、吸収波長532nm)して、その蛍光強度を計測した。 図1のAはメンブレン上に転写されたタンパク質の泳動パターンを、Bは転写されたタンパク質の相対的な蛍光強度を示した。PVDFメンブレンはタンパク質の種類に関係なく、他のメンブレンよりも高い転写効率であった。ニトロセルロースメンブレンの転写効率も高かったが、タンパク質の種類によってはそうでもなかった。 我々は、様々な孔径のPVDFメンブレンについても転写効率を調査したが、それらのメンブレン間で特に大きな差は見られなかった。孔径0.1と0.22μmのメンブレンの場合、転写中タンパク質のメンブレン裏への突き抜けは見られないが0.45μmのものでは部分的に見られるために、転写時間が長いと固定されるタンパク質が減ってしまう。そこで、孔径0.1と0.22μmのメンブレンが様々なタンパク質を最も効率的に転写できると判断した。 孔径とMS解析での効率との関連を調べるために、我々は孔径0.1と0.22と0.45μmのPVDFメンブレンにペプチド混合物(des Arg-bradykinin、angiotensin I、neurotensin、ACTH 18-38、insulin βchain)をスポットし、そこにマトリクス溶液(α-cyano-4-hydroxycinnamic acid in 0.1%(v/v)TFA/30%(v/v)ACN)を乗せて、PVDFメンブレンをMALDI-TOF MSターゲットプレートに導電性両面テープで貼り付け、MALDI-TOF MSで解析した。この実験において、より孔径の小さいPVDFメンブレンでより強いシグナルが得られることがわかった(図2A)。 次に、我々はSDS-PAGEによってcarbonic anhydraseをSDS-PAGEによって分離(図 2B)、また、酵母細胞から抽出したタンパク質を二次元電気泳動により分離し(図3A)、孔径0.1と0.22μmのPVDFメンブレンに転写した。そのメンブレンを導電性両面テープでMALDI-TOF MSターゲットプレートに貼り付けた。25 mM NH4HCO3(pH 8.0) / 40%(v/v)ACN に溶かしたトリプシン溶液(100 μg/mL)を0.5μlずつタンパク質の部分に滴下して37℃の湿潤環境下で一晩消化後、そこに0.1%(v/v)TFA / 30%(v/v)ACNにα-cyano-4- hydroxycinnamic acidを飽和させたマトリクス溶液0.5μlを滴下した。消化物(ペプチド)をMALDI-TOF MSで測定してタンパク質が同定できるかどうか確かめた。この実験において、孔径0.1μmのPVDFメンブレンでより強いシグナルを得ることができた(Tables 2、3、図 2C、3)。 一方、我々はYPD培地・30℃で育てた酵母細胞からタンパク質を抽出し、それを二次元電気泳動によって分離し[11]、孔径0.1μmのPVDFメンブレンに転写した(図4)。そこから様々な特徴のタンパク質スポット(高分子や低分子、塩基性や酸性、量の多いものや少ないもの等)を19個選び、それらをトリプシン消化した。消化物に、0.1% TFA / 30% ACNに2,5-dihydroxy benzoic acidを溶かした(10mg/ml)マトリクス溶液を0.5μl滴下してMALDI-QIT/TOF MSで測定して19タンパク質全てを同定することができた(Table 4)。 また、我々は二次元電気泳動で分離したタンパク質を孔径0.1μmのPVDFメンブレンに転写したものをMALDI-TOF/TOF MSによっても解析を行った。PVDFメンブレンに転写後、ポンソーSでタンパク質を染色し、メンブレンを蒸留水で洗浄してMALDI-TOF MSターゲットプレートに貼り付けた。トリプシン溶液を滴下して消化後、0.1%(v/v)TFA / 30%(v/v)ACNにα-cyano-4-hydroxycinnamic acidを飽和させたマトリクス溶液0.5μl を滴下してMALDI-TOF/TOF MSで測定した。MALDI-TOF/TOF MSを使用した場合でも孔径0.1μmのPVDFメンブレン上でタンパク質を同定することができた。 プロテオーム解析において、タンパク質を同定するために主に2つの方法が用いられる。一つは2-DE/MS/MS法である。この方法では、タンパク質を二次元電気泳動で分離し、トリプシンなどの酵素で消化して消化物をMSで解析する。もう一つはショットガン解析と呼ばれ、タンパク質の混合物をトリプシンなどの酵素で消化してその消化物を液体クロマトグラフィで分離してMS解析する。両方の方法で同じサンプルを解析した場合、通常ショットガン解析のほうが2-DE/MS/MSよりも多く同定数が得られる。しかし、ショットガン解析で同定できないタンパク質が、2-DE/MS/MSにおいて同定できることがある。タンパク質にはたくさんのアイソフォームと翻訳後修飾タンパク質があるからである。Jungblutらはプロテオームという分野の下の階層を概念化するために「タンパク質種」を提唱した[12]。アイソフォームや翻訳後修飾タンパク質を探し出す場合、2-DE/MS/MS解析は時としてショットガン解析よりも優れているのである。 二次元電気泳動で分離されたタンパク質を同定するために、まずゲル内のタンパク質を消化し、その消化物をゲルから溶出して脱塩を行ってLC-MS/MSで測定する。しかし、このゲル内消化法は手間と時間がかかりスキルを必要とするため、ゲルで分離されたタンパク質を簡単で効率的に解析する技術の開発が取り組まれている。 電気泳動で分離されたタンパク質は電気的にメンブレンに転写することができる。また、固定されたタンパク質にたいして、抗体を用いることでそれに特異的な抗原や翻訳後修飾タンパク質(糖鎖修飾やリン酸化)を検出することができる。また、別の方法によりタンパク質のN末端アミノ酸を決めて配列を読むことができる。 メンブレンに転写されたタンパク質をMS解析することが可能になれば、メンブレン上のタンパク質は容易に脱塩可能(S/N比が低くなる)であるため、研究者は簡単にタンパク質を同定することができる。 ゲル電気泳動で分離されたタンパク質のエレクトロブロッティングとMS解析の研究は1990年代から行われてきた。たとえば、StrupatらはTransblotやImmobilonPSQやFluorotransやWestarnやImmobilonPの5つのPVDFメンブレンにSDS-PAGEで分離した6つのタンパク質を転写した[2]。そしてマトリクス溶液を滴下後、IR-MALDI−TOF MSで測定した。彼らによると、表面の目が細かく孔径の小さいもので良好な結果が得られたらしい。Eckerskornらは後にこの技術を二次元電気泳動で分離したタンパク質に応用した[5]。 GharahdaghiらはSDS-PAGEによってヒトのトランスフェリンを分離してPVDFメンブレンに転写して、それをメンブレン上でLys-Cエンドペプチダーゼで消化した[3]。消化物をMALDI-TOF MSで測定し、ペプチドマスフィンガープリンティング法で解析してタンパク質の同定に成功した。 翻訳後修飾タンパク質と抗原を同定するために、Sloaneらはゲル電気泳動で分離したタンパク質をPVDFメンブレンに転写してケミカルプリンターを用いて酵素消化を行った[4]。この技術はレクチンブロッティングとウェスタンブロッティングで検出された抗原と糖タンパク質の同定に使用された[6]。また、タンパク質の糖鎖[7]及びリン酸化タンパク質[13]の同定にも使用された。 ChangらはSDS-PAGEで分離したグラム陰性バクテリアタンパク質をPVDFメンブレンに転写して導電性両面テープでターゲットプレートに固定した後、マトリクスを滴下してMS解析した[8]。彼らは、分子量28,000から35,000のタンパク質の測定に成功し、MS解析の結果、28kDaのタンパク質がアセチル化していることを明らかにした。さらに35 kDaのタンパク質はキモトリプシンで消化してデノボシーケンシング法によりタンパク質を同定した。 これら興味深い多くの技術が開発された。この技術を使うことで研究者はゲル電気泳動で分離したたくさんのタンパク質をPVDFメンブレンに転写してそれらを酵素で消化してペプチドマスフィンガープリンティング法またはMSMS解析法で同定することができる。しかし、彼らは必ずしも常に良い結果が得られたわけではない。その理由のひとつが、PVDFメンブレン上でのタンパク質またはペプチドのイオン化効率が低いことである。そのため、固定されたタンパク質またはペプチドのイオン化効率の良い新規なメンブレンの開発が必要であった。 本研究ではゲル電気泳動で分離されたタンパク質の転写とMS解析両方が可能なメンブレンの中で、PVDFMSと呼んでいる孔径0.1μmのPVDFメンブレンだけがMS解析と転写両方を効率よく行えることを示した。 我々は孔径0.1と0.22と0.45μmのPVDFメンブレンで試験を行い、より孔径の小さいもので高いイオン化効率が得られた。この小さい孔径のものは転写中にタンパク質が突き抜けることもなく、孔径0.1μmの場合はメンブレン表面にタンパク質が残りやすい。表面のペプチドやタンパク質はレーザー照射によりイオン化しやすく、その結果イオン化効率が増す。また、サンプルに滴下したマトリクスの拡散を防ぐことも可能である。しかし、孔径0.1μm以下のPVDFメンブレンはまだなく、もしそれがあればより高いイオン化効率が可能になるだろう。ただし、孔径があまりに小さいと転写の効率が下がるだろう。 我々は以前プロテインチップとして化学修飾されたDLC基板を開発した[1]。ゲル電気泳動で分離したタンパク質をDLC基板に転写して酵素消化し、その基板をダイレクトにMSターゲットプレートとしてMS解析することが可能である。しかし、DLC基板へのゲルからのタンパク質の転写は、転写効率を上げるために0.3mm厚のゲルでSDS-PAGEしたり注意深くゲルを基板に乗せたり、特殊な装置などが必要である。それに、DLC基板は表面を研磨したり活性基の化学修飾などを行う必要があり、非常に高価である。 しかし、PVDFMSメンブレンには通常の1mm厚ゲルから転写することができ、DLC基板ほど高価ではないため、PVDFMSメンブレンはDLC基板に比べて実用的である。 本研究は、二次元電気泳動により分離した様々なタンパク質が解析可能であることを示した。ゲルで分離されたタンパク質のMS解析に特別なスキルは必要ない。MSの精度と感度が改良されているため、近い将来MSにより二次元電気泳動で分離されたすべてのタンパク質または翻訳後修飾タンパク質を解析することが可能になることを期待している。 セミドライブロッティング装置[14]へのゲル移送システムやケミカルプリンター[4]などの様々な自動化装置を組み合わせることで、ゲルで分離されたタンパク質や翻訳後修飾タンパク質の同定の自動化が可能になるかもしれない。References[1] Iwafune, Y., Tan, J.Z., Ino, Y., Okayama, A. et al., On-chip identification and interaction analysis of gel-resolved proteins using a diamond-like carbon-coated plate. 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Life Sci. 2007, 847, 24-29.孔径が0.2 μm以下であり、疎水的性質を有する多孔質材料からなることを特徴とする、質量分析用膜フィルター。ゲル電気泳動で分離された試料を転写及び固定するために使用される請求項1記載の膜フィルター。疎水的性質を有する多孔質材料がポリフッ化ビニリデンである請求項1又は2記載の膜フィルター。孔径が0.1 μmである請求項3記載の膜フィルター。質量分析がマトリクス支援レーザー脱離イオン化質量分析法による請求項1〜4のいずれかに記載の膜フィルター。請求項1記載の膜フィルターと基板とを含む質量分析用サンプルプレート。ゲル電気泳動で分離された試料を請求項1記載の膜フィルターに転写及び固定することを含む、質量分析方法。 【課題】 イオン化効率の高い膜フィルターを提供すること。また、前記膜フィルターを用いて、質量分析を行う方法を提供すること。【解決手段】 孔径が0.2 μm以下であり、疎水的性質を有する多孔質材料からなることを特徴とする、質量分析用膜フィルター。前記膜フィルターと基板とを含む質量分析用サンプルプレート。ゲル電気泳動で分離された試料を前記膜フィルターに転写及び固定することを含む、質量分析方法も提供される。【選択図】 図3