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タイトル:特許公報(B2)_眼疾患モデル用非ヒト動物
出願番号:2008555002
年次:2012
IPC分類:A01K 67/027,C12N 15/09,G01N 33/50,G01N 33/15


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井上 馨 藤川 恵子 JP 5087011 特許公報(B2) 20120914 2008555002 20080123 眼疾患モデル用非ヒト動物 井上 馨 509198561 藤川 恵子 509198930 佐伯 憲生 100102668 井上 馨 藤川 恵子 JP 2007012458 20070123 20121128 A01K 67/027 20060101AFI20121108BHJP C12N 15/09 20060101ALI20121108BHJP G01N 33/50 20060101ALI20121108BHJP G01N 33/15 20060101ALI20121108BHJP JPA01K67/027C12N15/00 AG01N33/50 XG01N33/15 Z A01K 67/027 C12N 15/09 G01N 33/15 G01N 33/50 CA/BIOSIS/MEDLINE/WPIDS(STN) JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII) GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq CiNii 日本免疫学会総会・学術集会記録,2004年11月 5日,Vol. 34,p. 333, 3-I-W45-19-O/P The Journal of Experimental Medicine,2003年,Vol. 198, No. 10,pp. 1595-1608 Nature Immunology,2001年,Vol. 2, No. 6,pp. 542-547 Experimental Cell Research,2005年11月 1日,Vol. 310, No. 2,pp. 303-310 6 JP2008000069 20080123 WO2008090742 20080731 19 20101202 太田 雄三 本発明は、眼疾患のモデル非ヒト動物の提供に関し、より詳しくはVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させた眼疾患モデル用非ヒト動物に関する。 人間が外部から得る情報の約80%は視覚であると言われているように、眼はヒトにとって最も重要な感覚器官の一つである。そのため、眼疾患の多くは致死性ではないものの、最終的に失明に至るおそれのある眼疾患は日常生活に重大な支障をもたらすため、その治療法の開発は、人類にとって極めて重要な意義を有する。 最終的に失明に至るおそれのある眼疾患として特に重要視されているのが、網膜神経が傷害を受けて視力を失う網膜変性や視神経変性を伴う疾患である。このような変性は、視力低下や視野狭窄、視野欠損、眼循環障害などの症状を惹起し、最終的には失明に至る。 特に、高い眼圧が原因となって網膜が損傷する緑内障は、高齢化に伴う大きな問題となっている。そのため、緑内障をはじめとする眼疾患の有効な薬物療法を開発するに当たって、高眼圧及び/又は網膜変性を呈する眼疾患モデル動物の作製は極めて重要な課題である。 これまでに、眼疾患症状を呈する種々のモデル動物が作製されてきた。その多くは、特定の化合物ないし薬物を投与して癌疾患と同様の症状を生じさせたモデル動物である。例えば、先天性糖尿病動物であるGKラットにローズベンガルを投与することで網膜血管傷害を併発させた網膜症モデル動物(特許文献1)、架橋ポリマー含有液を前房内に注入することによって高眼圧および視神経損傷を誘発させた実験動物(特許文献2)などが挙げられる。一方、内在性GLAST遺伝子の機能を欠損させた正常眼圧緑内障のモデルとしてのGLASTノックアウトマウス(特許文献3)は、特定の遺伝子の機能を抑制することで癌疾患症状を誘発させたモデル動物の例である。 しかし、前者の特定の化合物ないし薬物を投与して癌疾患と同様の症状を生じさせたモデル動物には、再現性の問題や、誘発させた症状と実際の疾患原因との関係が必ずしも直接的に反映されているとは限らないなどの問題が指摘されている。また、後者のGLASTノックアウトマウスは、正常眼圧緑内障のモデルにその用途が限定されている。国際公開第WO2004/080166号パンフレット特開2003−149236号公報国際公開第WO2004/092371号パンフレット 本発明は、自然発生的に眼疾患、特に高眼圧及び/又は網膜症を呈するモデル動物の提供を目的とする。 本発明者らは、眼疾患モデル動物の提供とは異なる、免疫応答の機能解明を目的とした研究において、Vavファミリー遺伝子の一種であるVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させたノックアウトマウスを作製したが、全く意外なことに、当該マウスが自然発生的に高眼圧を初めとする種々の眼疾患症状を呈することを新たに見いだし、以下の各発明を完成させた。(1)Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させた眼疾患モデル用非ヒト動物。(2)Vav2遺伝子及びVav3遺伝子の機能を欠損させた(1)に記載の眼疾患モデル用非ヒト動物。(3) 眼疾患が網膜変性、視神経変性、眼圧上昇、高眼圧、視力低下、視野狭窄、視野欠損の少なくとも1以上の症状を伴う疾患である、(1)又は(2)に記載の眼疾患モデル用非ヒト動物。(4)眼疾患が緑内障である、(2)又は(3)に記載の眼疾患モデル用非ヒト動物。(5)非ヒト動物がマウスである、(1)〜(4)の何れかに記載の眼疾患モデル用非ヒト動物。(6)Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させた非ヒト動物に化合物を投与する工程、及び該化合物の眼疾患に対する治療作用を確認する工程を含む、眼疾患治療作用を有する化合物のスクリーニング方法。(7)非ヒト動物がVav2遺伝子及びVav3遺伝子の機能を欠損させた非ヒト動物である、(6)に記載のスクリーニング方法。(8)眼疾患が網膜変性を伴う疾患であり、眼圧を測定することで化合物の治療作用を確認する、(6)又は(7)に記載のスクリーニング方法。(9)眼疾患が網膜変性を伴う疾患であり、眼組織の病理学的検査によって化合物の治療作用を確認する、(6)又は(7)に記載のスクリーニング方法。(10)眼疾患が緑内障である、(7)〜(9)の何れかに記載のスクリーニング方法。(11)眼疾患が網膜症、黄斑変性症、又は黄斑浮腫である、(7)〜(9)の何れかに記載のスクリーニング方法。正常マウスとVav2koの眼圧の変化を示す。縦軸は眼圧(mmHg)を、横軸は生後週齢数を、それぞれ示す。正常マウスとVav3koの眼圧の変化を示す。縦軸は眼圧(mmHg)を、横軸は生後週齢数を、それぞれ示す。正常マウスとVav2/3koの眼圧の変化を示す。縦軸は眼圧(mmHg)を、横軸は生後週齢数を、それぞれ示す。21週齢のコントロールマウス(B6マウス)の、線維柱帯及びシュレム管の光学顕微鏡観察写真を示す。9週齢のVav2/3koの線維柱帯及び強膜静脈洞の光学顕微鏡観察写真を示す。Vav2/3koの線維柱帯及び強膜静脈洞の光学顕微鏡観察写真を示す。Vav2/3koにおける水晶体の変性の例を示す。Vav2/3koにおける角膜の肥厚と血管新生の例を示す。Vav2/3koにおける視神経の血管拡張の例を示す。Vav2/3koにおける硝子体の好酸球浸潤の例を示す。Vav2/3koにおける眼球網膜の萎縮変性の例を示す。Vav2/3koにおける眼球の開放性の隅角の例を示す。3週齢のコントロールマウス(上段)及びVav2/3ko(下段)における眼球(eye ball)、視神経乳頭(Optic nerve head)及び網膜(Retina)の様子を示す。10週齢のコントロールマウス(1段目)、10週齢のVav2/3ko(2段目)、15週齢のVav2/3ko(3段目)、30週齢のVav2/3ko(4段目)における眼球(eye ball)、視神経乳頭(Optic nerve head)及び網膜(Retina)の様子を示す。Vav2/3koに対してラタノプラストを投与したときの眼圧低下を示す。左の2つのグラフがラタノプラストの投与を、右の2つのグラフがコントロールの投与をそれぞれ示す。Vav2/3koに対してラタノプラスト又はコントロール溶液を投与したときの眼圧低下を示す。グラフ左のバーが投与前の、グラフ右のバーが投与3時間後の眼圧をそれぞれ示す。Vav2koに対してラタノプラスト又はコントロール溶液を投与したときの眼圧低下を示す。グラフ左のバーが投与前の、グラフ右のバーが投与3時間後の眼圧をそれぞれ示す。Vav2/3koに対してラタノプラスト、塩酸ドルゾラミド又はマレイン酸チモロールを投与したときの眼圧低下を示す。グラフ左のバーがラタノプラスト、グラフ中央のバーが塩酸ドルゾラミド、グラフ右のバーがマレイン酸チモロールである。正常マウスの眼球を構成する各組織におけるVav2遺伝子及びVav3遺伝子の発現をリアルタイムPCRで確認した結果を示す。正常マウスの眼球の前房隅角におけるVav2遺伝子及びVav3遺伝子の発現を、in situハイブリダイゼーションで確認した結果を示す顕微鏡写真である。コントロールマウス、Vav2/3ko、Vav2ko、及びVav3koに対してY−27632又はコントロール溶液を投与したときの眼圧低下を示す。バー1がコントロールマウス、バー2がVav2/3ko、バー3がVav2ko、バー4がVav3koである。 本発明において、Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させた非ヒト動物とは、染色体上の内在性Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子において、遺伝子中のアミノ酸配列をコードする領域に変異を導入することにより、あるいは当該遺伝子の発現調節領域、例えばプロモーター領域やイントロン領域中に変異を導入することにより、あるいは当該遺伝子の一部又は全部が他の遺伝子、典型的には外来性マーカー遺伝子によって置き換えられており、機能的なVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子が発現しないあるいは恒常的に抑制されている非ヒト動物を意味する。本発明において、Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させた非ヒト動物は、内在性Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子がそれぞれ2つ欠損しているホモ接合型及び内在性Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子がそれぞれ1つ欠損しているヘテロ接合型を包含するが、ホモ接合型非ヒト動物の利用が好ましい。また動物種としては、マウスが特に好ましい。 Vav2及びVav3は、vavファミリータンパク質に属するオンコジーンの一種であり、Rho/Rac smallGタンパクのGDP/GTP交換反応を促進する酵素タンパクの一群である。Vav2はRac1やCdc42を活性化し(Betty P.ら、Mol.Cell.Biol.、2000年、第20巻、第19号、第7160−7169頁)、Vav3はRac1を介したホスホイノシチド3キナーゼ(phosphoinositide 3 kinase)の活性化ならびにB細胞リセプター応答に関与すると報告されている(Inabeら、J. Exp.Med.、2002年、第195巻、第2号、第189−200頁)。 本発明におけるVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させた非ヒト動物の代表例は、Fujikawa K.ら(J.Exp.Med.、2003年、第198巻、第10号、第1595−1608頁)の研究において使用され、あるいは作製された、Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させたノックアウトマウスである。同研究では、Vav2遺伝子の機能を欠損させたマウス(前記文献図2にVav2koと表記されており、以下本明細書でもこの表記を使用する)、Vav3遺伝子の機能を欠損させたマウス(前記文献図2にVav3koと表記されており、以下本明細書でもこの表記を使用する)、Vav2遺伝子及びVav3遺伝子がノックアウトされ、Vav1遺伝子を正常に有するマウス(前記文献図2にVav2/3koと表記されており、以下本明細書でもこの表記を使用する)、さらにVav2及びVav3に加えてVav1遺伝子もノックアウトされたマウス(前記文献図2にVav1/2/3koと表記されており、以下本明細書でもこの表記を使用する)が使用されている。 Vav2遺伝子の機能を欠損させたマウスの作製は、Doody G.M.ら(Nature Immunology、2001年、第2巻、第6号、第542−547頁)において報告されている。またVav3koの作製は、前記Fujikawa K.ら(J.Exp.Med.)において報告されている。Vav2/3koは、Vav2koとVav3koとを繰り返し交配させて作製することができる、Vav2遺伝子及びVav3遺伝子の機能を欠損させたホモ型マウスである。またVav1/2/3koは、Tarakhovsky A.らの報告(Nature、1995年、第374巻、第467−470頁)を元にVav1遺伝子を欠損させたマウスとVav2遺伝子を欠損させたマウス(Doody G.M.ら、Nature Immunology)とを繰り返し交配させてVav1遺伝子及びVav2遺伝子の機能を欠損させたマウスを作製し、さらにこのマウスとVav3koとを繰り返し交配させて作製することができる、Vav1遺伝子、Vav2遺伝子及びVav3遺伝子の全ての機能を欠損させたホモ型マウスである。なお、Vav1遺伝子、Vav2遺伝子及びVav3遺伝子およびそれらの塩基配列はいずれも公知であり、Genbankにaccession No.NM_011691(Vav1)、accession No.NM_009500(Vav2)及びaccession No.NM_020505(Vav3)として、それぞれ登録されている。 Vav3ko、Vav2/3ko及びVav1/2/3koは、いずれも米国マサチューセッツ州にあるハーバード大学のFrederick W. Alt博士の研究室、及び米国ミズーリ州にあるワシントン大学のSwat W.博士の研究室によって、現在もその系統が維持され、供給体制が確立されている。しかしながら、これらマウスにおいては眼疾患モデルとして樹立されたものではなく、また眼疾患評価のための非ヒト動物としては利用されていない。本発明は、これらVav2ko、Vav3ko、Vav2/3ko及びVav1/2/3koの眼疾患モデル非ヒト動物としての使用を提供するものである。以下、Vav2ko、Vav3ko、Vav2/3ko及びVav1/2/3koを包含して表す場合には、Vav2−3KOマウスと表すことにする。 前記Fujikawaらの研究は、Vav1、Vav2及びVav3のリンパ系免疫細胞の分化における機能解明を目的として、Vav1、Vav2、Vav3の各遺伝子及びそれらの遺伝子を組み合わせて欠損させたマウスを使用している。しかし、Vav遺伝子と眼疾患との関係、特にVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の欠損がマウスに眼疾患症状をもたらすことについては、何ら記載されていない。 驚くべきことに、Vav2/3koでは、生後数週齢で眼圧の上昇が始まり、6週齢以降はコントロールマウスに比べて40%以上も高い眼圧を呈する様になる。さらに解剖学的観察では、隅角線維柱帯(Trabecular Meshwork)の形成阻害、及びシュレム管(Schlemm’s canal)の狭窄が確認される。 さらに、網膜の萎縮変性、水晶体の変性、角膜の肥厚、角膜における血管新生、視神経における血管拡張、硝子体の好酸球浸潤なども観察される。この様な角膜、隅角、水晶体、硝子体、網膜、視神経の変性は、臨床的には視力低下、視野狭窄、視野欠損、網膜剥離、失明などの症状を裏付ける所見である。Vav2/3koではこのような組織変化が出世後、漸次に病態が進行するため、緑内障や網膜症などにかかわらず、いわゆる加齢性の眼疾患の評価にも広く用いることができる。 この様に、Vav2/3koにおいては、Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠くことに起因して、自然発生的に眼疾患症状、特に顕著な高眼圧及び/又は網膜変性が発症する。一般に、高眼圧及び/又は網膜変性は、何らかの眼疾患を伴っている場合が多いとされる。高眼圧及び/又は網膜変性をもたらす疾患としては、眼底疾患、視野傷害、開放隅角緑内障、原発閉塞隅角緑内障、原発開放隅角緑内障、単性緑内障、高眼圧症、低眼圧症、先天性緑内障、外傷性緑内障、出血性緑内障、新生血管緑内障、ポスナー・シュロスマン症候群、ステロイド緑内障、スタージ・ウェーバー症候群、プラトー虹彩悪性緑内障、本能性虹彩萎縮症による閉塞隅角緑内障、チャンドラー症候群、絶対緑内症(硝子体の疾患)、生理的飛蚊症、後部硝子体剥離、光視症、糖尿病網膜症 、網膜動脈閉塞症、網膜静脈閉塞症、黄斑変性症、黄斑浮腫、未熟児網膜症等が知られている。 従って、本発明にかかるVav2−3KOマウスに化合物を投与する工程、及び該化合物の眼疾患に対する治療作用を確認する工程を含む、眼疾患治療作用を有する化合物のスクリーニング方法は、上記何れかの疾患に対する治療薬の評価、あるいは探索を可能にする。治療薬の評価或いは探索は、好ましくはVav2−3KOマウスに化合物を投与し、その化合物が同マウスの眼圧を低下させるか、あるいは網膜変性の発症を抑制するか、によって行うことができる。眼圧の測定は、市販されている眼圧測定機器、例えばTonolab rebound tonometer(フィンランド、Tiolat社製)、電子電圧計その他の装置を利用することで簡便に行うことができる。また網膜変性の発症抑制は、モデル非ヒト動物の眼球に対する組織病理学的観察によって確認することができる。あるいは、眼疾患それぞれに特徴的な外観やマーカー蛋白質或いは遺伝子の発現を確認することによっても、スクリーニングを行うことができる。 後に詳しく説明する実施例に示されるようにVav2/3koとVav2koでは、ヒトに対して緑内障治療薬として眼圧を下げるために用いられている公知の薬物に反応し、眼圧の降下が確認される。従って、上記マウスを用いることによって、ヒトに対して有効な眼圧降下作用を有する物質を直接的に探索、あるいは評価することができる。 また、本発明で使用されるVav2−3KOマウスは、Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠くことで高眼圧や網膜症等の眼疾患症状を呈することから、Vav2−3KOマウスの眼疾患モデル動物の使用は、Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子と関連して発現が亢進或いは抑制される眼疾患関連遺伝子又は蛋白質の探索、同定を可能にする。例えば、コントロールマウスと比較してVav2−3KOマウス内で発現が亢進あるいは抑制されている遺伝子又は蛋白質を、ディファレンシャルディスプレイ法やDNAマイクロアレイ、電気泳動、質量分析等の種々の方法を利用して、眼疾患関連遺伝子あるいは蛋白質として探索、同定することができる。この様にして同定された眼疾患関連遺伝子又は蛋白質、あるいはこれらを通じて解明された眼疾患の発症メカニズムは、当該疾患に対するさらなる治療の可能性を広げるものとなる。従って、Vav2−3KOマウスの眼疾患モデル動物としての使用は、産業的にも多大な貢献をなし得るものである。 なお、前記Fujikawa K.らに開示されているVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させたノックアウトマウスは、本発明にいうVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させた非ヒト動物の代表例であるが、本発明で使用される非ヒト動物はこの具体的な代表例には限定されない。例えば、Fujikawa K.らによって作製されたマウスはC57BL/6マウス系統のマウスであるが、かかる系統とは異なる他の系統マウスも利用可能である。かかる他の系統マウスからのVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させたマウスの作製は、Vav2koに関する前記Doody G. M.ら(Nature Immunology、2001年)、Vav3欠損マウスに関する前記Fujikawa K.ら(J.Exp.Med.、2003年)、さらにはVav1欠損マウスに関する前記Tarakhovskyら(Nature、1995年)にそれぞれ記載されている方法を参考に行うことができる。また、異なるマウス系統あるいはマウス以外の非ヒト動物のVav2遺伝子又はVav3遺伝子が、前記Fujikawa K.らが利用したVav2遺伝子及びVav3遺伝子とは異なる塩基配列からなる場合もあり得るが、この様な場合も前記Fujikawa K.ら(J.Exp. Med.、2003年)、さらにはVav1及びVav2欠損マウスに関する前記前記Doody G. M.ら(Nature Immunology、2001年)にそれぞれ記載されている方法を参考に、各非ヒト動物においてVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させることは、当業者にとって通常の技術能力の範囲内の作業である。この様な遺伝子の機能の欠損は、公知のノックアウト動物の作製方法、例えばジーンターゲッティング法により達成することができる。 以下、非限定的な実施例を示して本発明をさらに詳細に説明する。<実施例1> ワシントン大学のSwat W.博士の研究室から分与されたVav2ko、米国マサチューセッツ州ハーバード大学のFrederick W.Alt博士の研究室から分与されたVav3koをそれぞれC57BL/6マウスにバッククロスした後、Vav2koとVav3koをかけ合わせてVav2/3koを得た。Vav2ko、Vav3ko及びVav2/3ko各4匹を、北海道大学医学研究科でのSPFレベルでのバリアフリーという条件下で動物委員会の指針に沿い通常に飼育した。Tonolab rebound tonometer(フィンランド、Tiolat社製)を用い、マニュアルに推奨された条件下で午前10時から12時の間に眼圧を週齡別に測定した。この実験を別々のマウスを用いて4回繰り返し、各種計16匹について行った。得られたデータをtwo−tailed Student’s t−test検定を用いて解析して標準偏差を算出した(P<0.01)。またコントロールとしてC57BL/6マウスを用意し、眼圧を同時に測定した。この結果を図1(Vav2ko)、図2(Vav3ko)及び図3に(Vav2/3ko)にそれぞれ示す。 Vav2ko及びVav3koにおいて、コントロールに対して約5〜20%程度の眼圧上昇が確認された。また、Vav2/3koでは眼圧の上昇は著しく、6週齢のVav2/3koにおける眼圧は、コントロールマウスに対して約40%上昇していた。<実施例2> コントロールマウス(B6マウス)22例(表1)、及びVav2/3ko18例(表2)から左右の眼球を取り出し、包埋、薄切の後、ヘマトキシンーエオシン(HE)染色(Sigma)を施した病理組織標本を作製した。標本を光学顕微鏡により検査した。観察結果を下記のグレーディングによりまとめた。 その結果、コントロールマウスでは16日群の4眼中の1眼に軽微な所見がみられたが、その他の4週例群の8眼、9週例群の4眼、11週例群の2眼及び21週例群の4眼に異常はみられなかった。コントロールマウス(21週齢)の顕微鏡観察写真(図4)をその代表例として示す。一方、Vav2/3koマウスでは、20日群及び4週例群には軽微、軽度又は中等度の強膜静脈洞の狭窄と線維柱帯の退縮が認められ、9週例群〜26週例群の中には高度の強膜静脈洞の狭窄と線維柱帯の退縮が認められた。前記中等度の強膜静脈洞の狭窄と線維柱帯の退縮(図5)、強度の強膜静脈洞の狭窄と線維柱帯の退縮(図6)を、それぞれ代表例として示す。 また、水晶体の変性(図7)、角膜の肥厚と血管新生(図8)、視神経の血管拡張(図9)、硝子体の好酸球浸潤(図10)、網膜の萎縮変性(図11)を呈するVav2/3koもそれぞれ確認された。これらは臨床的に視力低下、視野狭窄、視野欠損、網膜剥離、失明などの症状を裏付ける所見であり、角膜、隅角、水晶体、硝子体、網膜、視神経の変性などの組織学的変化が顕著に生じていることが確認された。 さらに、Tonometerを用いた眼圧測定を6回行って眼圧が有意に高かった7週齢のVav2/3ko6匹の眼球を、6回目の眼圧測定後すぐに摘出し、10%ホルマリンを含む脱イオン化中和メタノール溶液にて希釈した電顕用2.5%グルタルアルデヒド(TAAB社)にて固定し、組織切片を作製して隅角を観察したところ、6匹中2匹において開放性の隅角が観察された(図12)。<実施例3> 本発明に係るVav2/3koとそのバックグランドであるC57BL/6野生型(コントロール)の2種類のマウスを実施例1と同条件で3週、10週、15週、30週まで飼育した。各マウスをペントバルビタールナトリウム溶液にて深麻酔した後、眼球を素早く摘出し、前眼房組織の観察用に、10%ホルマリンを含む脱イオン化中和メタノール溶液にて希釈した電顕用2.5%グルタルアルデヒド(TAAB社)にて一方の眼球を固定した。もう一方の眼球は、網膜の観察用に、デビットソン溶液を用いて12時間固定した。固定後の組織をパラフィン包埋し、ミクロトームにて矢状断に5μmの切片とした。その後脱パラフィン化し、脱水処理した後、切片をHE染色した。このHE染色の結果を図13及び図14に示す。 図13に示されるように、生後3週齢では、Vav2/3koの視神経乳頭は野生型に比べて組織学的に見て異常はなく、視神経節細胞の減少などの異常も認められなかったが、Vav2/3koで、生後7週齢を過ぎて眼圧の上昇が認められてきたあとでは、図14で示すように、10週齢のVav2/3koにて、視神経乳頭の陥凹所見と網膜視神経節細胞数の減少が観察された。その上、15週齢、30週齢のVav2/3koの網膜では、視神経層構造までもが破壊されていることが確認された。<実施例4> 8〜9週齢のVav2/3ko(12例)について、午前10〜12時にTonometerを用いて眼圧を測定した後、緑内障治療薬であるプロスタグランジン誘導体のラタノプラスト(Latanoplast、Cayman Chemical社、0.01%/PBS)3μLを点眼し、3時間後に再び眼圧を測定した。コントロールとしてPBSのみを投与した群を同時に用意し、Student’s t−testで検定を行った(P<0.05)。その結果、Latanoprost投与によるVav2/3koの眼圧の低下が認められた(図15)。すなわち、該マウスが緑内障治療薬の有用な評価モデルとなることが確認された。<実施例5> 7週齢のVav2/3koとVav2ko各20例対して、午前10〜12時にTonometerを用いて眼圧を測定した後、0.02%塩化ベンザルコニウム、0.5%NaH2PO4、0.6%Na2HPO4、0.4%塩化ナトリウム、及び0.005%ラタノプロスト(Cayman Chemical社)を含む溶液3μL、又はラタノプラストを含まない上記組成のコントロール溶液を、盲検定方法にて点眼投与し、3時間後に再び眼圧を測定した。また、Vav2/3koに対しては、ラタノプロストとは眼圧降下作用機序が異なるとされているマレイン酸チモロール点眼液(商品名チモプトール、米メルク社、0.5%溶液)3μL又は塩酸ドルゾラミド点眼液(商品名トルソプト、米メルク社、1%溶液)3μLを、上記ラタノプロストを含む溶液に代えて点眼投与し、点眼から2時間後の眼圧変化を測定した。 ラタノプロストは、図16に示されるように、Vav2/3koの眼圧を26.3±5.0mmHgから15.8±5.1mmHgへと著明に降下させた(P<0.01)。また、ラタノプロスト点眼投与24時間後に再び眼圧を測定したところ、眼圧はラタノプロスト投与前の高い値に戻っていた。同様に、ラタノプラストは、図17に示されるように、Vav2koの眼圧を17.4± mmHgから14.5± mmHgへと有意に低下させた(P<0.01)。 さらに、図18に示されるように、マレイン酸チモロールと塩酸ドルゾラミドのいずれも、Vav2/3koに対して眼圧作用を示した。マレイン酸チモロールと塩酸ドルゾラミドの眼圧効果率は、それぞれ15%及び20%であった(ラタノプロストの眼圧効果率は約40%)。<試験例1> 10週齢のC57BL/6マウスから眼球を摘出し、隅角線維柱帯(Trabecular Meshwork)、光彩、毛様体、角膜、網膜、レンズをそれぞれ分離回収した。各組織からTRIzol試薬(Invitrogen社)を用いて全RNAを調製し、AMV Reverse Transcriptase(Invitrogen社)を用い、ABi7500リアルタイムPCR装置(アプライドバイオシステム社)の推奨マニュアルに従って、リアルタイムPCRを行った。Vav2及びVav3に対するプローブはApplied Biosystems INC.からTaqman probe(Vav2:Mm00437287、Vav3:Mm00445082)として購入した。またコントロールとして、グリセロアルデヒド3リン酸脱水素酵素(GAPDH、Applied Biosystems INC.の製造番号:4352339E)のTaqman probeを用いた。 この結果、Vav2、Vav3のいずれも各組織において発現していることが確認された(図19)。<試験例2> 下記の塩基配列からなるプローブを化学合成し、[33P]dATPを用いてラベリングした。 Vav2検出用プローブ:5’−AGCTGGAGACCGGCTTGAGGCCCTGCTGGTGGTTCGCTCCCGAGA−3’ Vav3検出用プローブ:5’-GTTGCCTGTTCTATTACCCCTCTGTCCAGCTGGCTGTTCTGGCTC−3’ Vav2検出用プローブは、GenBankにaccession No.NM_009500として登録されているVav2遺伝子の塩基配列のうち、2275−2319番目の塩基に相当する45対の塩基配列である。またVav3検出用プローブは、GenBankにaccession No.NM_020505として登録されているVav3遺伝子の塩基配列のうち、2346−2302番目の塩基に相当する45対の塩基配列である。 10週齢のC57BL/6マウスから摘出した眼球を凍結後、厚さ20mmの切片とし、3−アミノプロピルトリエトキシシランでコーティングしたスライドグラス上に置いた。Fukayaらの方法(Eur.J.Neuroscience、2005年、第21巻、第1432−1436頁)に基づき、4%パラホルムアルデヒドを含む0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液pH7.2で10分及び2mg/mLグリシン−リン酸緩衝化生理食塩水pH7.2で10分固定化し、次に0.25%無水酢酸を含む0.1Mトリエタノールアミン塩酸pH8.0でアセチル化し、さらに50%ホルムアミド、50mMTris塩酸緩衝液pH7.5)、0.02%Ficol、0.02%ポリビニルピロリドン、0.02%BSA、0.6MNaCl、0.25%SDS、200mg/mLtRNA、1mM EDTA及び10%デキストラン硫酸を含む緩衝液で1時間プレハイブリダイゼーションを行なった。ここに[33P]dATPを用いてラベリングされたオリゴヌクレオチド10000cpm/mLを加え、42℃で12時間ハイブリダイズさせた。スライドに対して、0.1%サルコシンを含む0.1×SSCによる55℃で40分の洗浄を2回行った。スライドをNuclear Track emulsion(NTB−2、コダック社)に5週間当て、メチルグリーンピロニンで染色した。 その結果、Vav2及びVav3は、いずれも隅角線維柱帯(Trabecular Meshwork)において発現していることが確認された(図20)。<試験例3> 7週齢のVav2/3ko、Vav2ko及びVav3ko各20例に対して、午前10〜12時にTonometerを用いて眼圧を測定した後、眼房水の流出路に作用して眼圧降下作用をもつことが報告されている、Rho−associatedプロテインカイネース阻害剤であるY−27632(カルビオケム社)の1mM/PBS溶液3μL又はPBS溶液3μLを点眼し、投与1時間後に再び眼圧を測定した。その結果、図21で示すように、Vav2/3ko、Vav2ko及びVav3koのいずれに対しても、Y−27632は眼圧降下作用を示さなかった。 本発明に関するVav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させた非ヒト動物は、特別な薬物の投与を必要とせずに、自然発症的に高眼圧、一部組織の退縮等の眼疾患症状を呈することから、当該非ヒト動物に試験化合物を投与することを含む眼疾患の治療効果を有する化合物の評価は、眼疾患を誘発するために投与される別の薬物の影響を受けないという利点を有する。また、当該眼疾患モデル用非ヒト動物は、眼疾患、特に網膜変性や視神経変性をもたらす緑内障、網膜症、黄斑変性症、黄斑浮腫などの眼疾患の原因又は発症メカニズムの解明に大きく貢献するものとなる。 Vav2遺伝子及び/又はVav3遺伝子の機能を欠損させた非ヒト動物に化合物を投与する工程、及び該化合物の眼疾患に対する治療作用を確認する工程を含む、眼疾患治療作用を有する化合物のスクリーニング方法。 非ヒト動物がVav2遺伝子及びVav3遺伝子の機能を欠損させた非ヒト動物である、請求項1に記載のスクリーニング方法。 眼疾患が網膜変性を伴う疾患であり、眼圧を測定することで化合物の治療作用を確認する、請求項1又は2に記載のスクリーニング方法。 眼疾患が網膜変性を伴う疾患であり、眼組織の病理学的検査によって化合物の治療作用を確認する、請求項1又は2に記載のスクリーニング方法。 眼疾患が緑内障である、請求項1〜4の何れかに記載のスクリーニング方法。 眼疾患が網膜症、黄斑変性症、又は黄斑浮腫である、請求項1〜4の何れかに記載のスクリーニング方法。配列表


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