タイトル: | 公開特許公報(A)_転移因子の転移が抑制された納豆菌、該納豆菌を用いて製造された納豆 |
出願番号: | 2008223990 |
年次: | 2010 |
IPC分類: | C12N 15/09,A23L 1/20,C12N 1/20,C12R 1/125 |
吉川 博文 高橋 究 関根 靖彦 加田 茂樹 JP 2010057388 公開特許公報(A) 20100318 2008223990 20080901 転移因子の転移が抑制された納豆菌、該納豆菌を用いて製造された納豆 株式会社ミツカングループ本社 398065531 松本 久紀 100097825 松本 紀一郎 100137925 水野 基樹 100158698 吉川 博文 高橋 究 関根 靖彦 加田 茂樹 C12N 15/09 20060101AFI20100219BHJP A23L 1/20 20060101ALI20100219BHJP C12N 1/20 20060101ALI20100219BHJP C12R 1/125 20060101ALN20100219BHJP JPC12N15/00 AA23L1/20 109ZC12N1/20 AC12N1/20 AC12R1:125 5 OL 13 4B020 4B024 4B065 4B020LB14 4B020LC04 4B020LG01 4B020LK17 4B020LP18 4B020LY04 4B024AA05 4B024CA04 4B024CA09 4B024DA07 4B024EA04 4B024GA11 4B024GA25 4B024HA12 4B065AA19X 4B065AB01 4B065AC10 4B065AC14 4B065BA02 4B065BA18 4B065CA16 4B065CA42本発明は、転移因子の転移が抑制された納豆菌及び該納豆菌を用いて製造された納豆に関する。さらに詳細には、recA遺伝子を欠損させることにより、転移因子の転移が抑制された納豆菌、comP遺伝子への転移因子の転移が抑制された納豆菌、及び、ポリグルタミン酸の非生産性株の出現が抑制された納豆菌、及び該納豆菌を用いて製造された納豆に関する。 納豆を製造する際に使用される納豆菌はバシラス・サチリス(Bacillus subtilis)に分類されるグラム陽性の細菌であるが、同じバシラス・サチリスに分類されている枯草菌とは異なる性質を持つことが知られている。 例えば、納豆菌は納豆の大きな特徴である糸引物質(粘物質)をつくり出すことができ、また生育にビオチンを要求するなどの実験室で使用されている枯草菌、特に168株とは異なる特徴を有しており、また最近では、枯草菌168株は転移因子を持たないのに対して、納豆菌は少なくとも2種以上の転移因子をその染色体上に保持していることが知られてきた(例えば、非特許文献1及び2参照)。 転移因子としては、トランスポゾン(以下、Tnと称する場合もある)や挿入配列(以下、ISと称する場合もある)などが一般に知られている。 このうちISは比較的単純な遺伝子構造であり、IS自身を染色体の別の位置に転移させる酵素(トランスポザーゼ)をコードするトランスポザーゼ遺伝子と、それが逆方向反復塩基配列によって挟まれた構造を有しており、染色体上の別の位置に転移して、転移先に元々存在していた遺伝子を破壊したりする特性を持っている。 従来から納豆菌は自然に変異しやすい性質を有しているとされており、普通に培養しているだけで納豆菌の性質が大きく変化する場合があるが、このような自然変異に関して納豆菌の転移因子が関与している場合のあることが知られてきた。 例えば、納豆菌ISの1種であるIS4Bsu1は、納豆の大きな特徴である糸引物質の主成分であるポリグルタミン酸(以下、γ−PGAと称する場合もある)の合成に関わる遺伝子群の一つ(comP遺伝子)に高頻度で転移し、comP遺伝子を破壊してしまう結果、γ−PGAの合成が停止して糸引物質を生産できない納豆菌が出現することが知られている(例えば、非特許文献1参照)。 また、転移因子IS4Bsu1とは別に、comP遺伝子中に転移してγ−PGAの合成を停止させる転移因子IS256Bsu1も同定されており(例えば、非特許文献2参照)、これらのISは染色体上に複数、そして散在していることが知られている。 このように、納豆菌中に存在するISが染色体上を転移することにより、納豆菌の性質が大きく変化し、例えば、納豆菌を特徴付ける重要な性質である糸引物質を生産できない納豆菌が出現したりする結果、種菌を調製する際や納豆の発酵工程において重大な支障が生じる場合があった。 そこで、納豆菌からISを除去する方法や、納豆菌中でのISの転移を抑制する方法などの開発が求められていたが、未だ有効な方法は全く開発されていなかった。ジャーナル・オブ・バクテリオロジー(J. Bacteriol.)、182巻、p.2387−2392、2000年バイオサイエンス・バイオテクノロジー・アンド・バイオケミストリー(Biosci. Biotechnol. Biochem.)、71巻、p.2458−2464、2007年 本発明は、転移因子の転移が抑制されていることにより、植え継ぎを繰り返した場合でも、γ−PGA生産性などの納豆製造に重要な性質が安定に保持された納豆菌を育種、開発し、該納豆菌を用いて製造された品質の良い納豆を安定して提供することを目的とするものである。 本発明者らは、納豆菌の転移因子の転移機構について鋭意検討を重ねた結果、納豆菌の組換え酵素(以下、RecAと称する場合も有る)が、転移因子の転移を促進していることを見出した。 そこで、納豆菌のRecAをコードする遺伝子(以下、recA遺伝子と称する場合もある)を欠損させた結果、植え継ぎを繰り返した場合でも、転移因子の転移が抑制されることを見出した。 さらに、このようなrecA遺伝子を欠損させた納豆菌においては、通常の納豆菌ではcomP遺伝子中に高頻度で転移する従来既知の2種類の転移因子(IS4Bsu1、IS256Bsu1)転移因子が転移しなくなることを確認し、その結果、γ−PGAの生産性が安定して維持できることも確認して目的の納豆菌を開発しうることを見出して本発明を完成した。 すなわち、本発明は以下の納豆菌及び納豆に関する。(1)recA遺伝子を欠損させることにより、転移因子の転移が抑制されたことを特徴とする納豆菌。(2)comP遺伝子への転移因子の転移が抑制されたことを特徴とする(1)に記載の納豆菌。(3)12世代培養後もγ−PGA非生産株が出現しないことを特徴とする(1)又は(2)に記載の納豆菌。(4)バシラス・サチリス REC7(Bacillus subtilis REC7)株(FERM ABP−10994)であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1つに記載の納豆菌。(5)(1)〜(4)のいずれか1つに記載の納豆菌を用いて製造されたことを特徴とする納豆。 本発明により、recA遺伝子を欠損させて挿入因子の転移を抑制することにより、γ−PGA非生産性株の出現頻度が低下した納豆菌を育種開発することが可能となり、該納豆菌を用いて納豆を製造することにより、品質の良い納豆を安定して製造することが可能となる。 以下、本発明を詳細に説明する。 本発明で育種改良に用いる元の納豆菌には特に制限はないが、納豆工業で使用されている発酵能力に優れた納豆菌、自然界から分離取得された納豆菌や、さらに改良を重ねた優れた納豆菌を用いるのが望ましい。 納豆菌は、枯草菌が属するバシラス・サチリス(Bacillus subtilis)に分類されているが、糸引物質(粘質物)などの納豆としての特徴をつくり出すことができ、納豆発酵での主体をなす細菌であって、また生育にビオチンを要求するとされるなどの特性を有していることなどから、バシラス・ナットウ(Bacillus natto)として分類されたり、枯草菌の変種としてBacillus subtilis var. nattoあるいはBacillus subtilis(natto)などと、枯草菌と区別して分類する場合もある。 本発明で用いる納豆菌としては、Bacillus natto IFO3009株、Bacillus subtilis IFO3335株、同IFO3336株、同IFO3936株、同IFO13169株などがあるほか、各種の納豆菌が広く使用できる。 具体的には、市販納豆から分離したO−2株や、該株の形質転換効率を向上させた変異株であるr22株(例えば、特開2000−224982号公報参照)が挙げられ、また市販の納豆用種菌である高橋菌(T3株、東京農業大学菌株保存室)や宮城野菌(宮城野納豆製作所)など各種の納豆菌が適宜使用可能である。 本発明では、納豆菌recA遺伝子の機能を欠損させた株を取得するものである。 育種の方法のひとつとしては、recA遺伝子を遺伝子組換え法により欠損させ、その機能を欠損させる方法がある。 例えば、pUC19などの多コピー数プラスミドベクターに対して当該recA遺伝子中に薬剤耐性遺伝子を挿入した遺伝子破壊用プラスミドを作製し、該プラスミドを適当な制限酵素により直線化した後、既存のコンピテンス形質転換法(例えば、フェムス・マイクロバイオロジカル・レター(FEMS Microbiol. Lett.)、236巻、p.13−20、2004年参照)を利用して納豆菌に導入して相同組換えを行わせ、当該recA遺伝子を欠損させる方法が採用される。 さらに、本発明においては、recA遺伝子の上流域にあるプロモーター領域を遺伝子組換え法や突然変異法などにより変異させて、recA遺伝子の発現を欠損させる方法も有効である。 また、既にrecA遺伝子が欠損している納豆菌を自然界から選抜するいわゆるスクリーニング法や、変異剤や紫外線、放射線などの人工的な手段により、recA遺伝子を欠損させる突然変異法などの、従来から実施されているような方法によっても育種が可能である。 なお、人工的な突然変異には物理的方法と化学的方法が用いられる。物理的方法としては、紫外線照射、放射線照射などがあり、化学的方法としては、例えばエチルメタンスルホン酸(EMS)やN−メチル−N´−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)などの変異剤の溶液に菌体を懸濁させる方法などがあり、これらの方法を単独または組み合わせて適宜実施することができる。このような化学的方法でrecA遺伝子を欠損させる場合は、recA遺伝子の内部に点突然変異が導入されることによりrecA遺伝子の機能が欠損した株を選択すればよい。 例えば、一晩37℃で培養した納豆菌を、遠心分離して集菌し、滅菌生理食塩水で洗浄して洗浄菌体を得る。この約107cfu/mlの濃度の洗浄菌体に、160mg/lとなるようにN−メチル−N´−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)を添加し、60分間振とうして、変異処理を行う。なお、この時の生存率は約1%程度である。 変異処理した菌体を培養して形質を発現させ、その後に滅菌生理食塩水で洗浄して、平板培地に塗沫し、37℃で1〜2日間培養してコロニーを形成させる。 recA遺伝子の機能を欠損するとDNA複製阻害剤であるナリジキシン酸やマイトマイシンCに感受性を示すことから、例えばナリジキシン酸またはマイトマイシンCを含む培地と含まない培地に変異処理したコロニーを植菌し、ナリジキシン酸またはマイトマイシンCに感受性を示すコロニーを選択することによって、recA遺伝子が欠損した納豆菌を取得可能である。また、recA遺伝子を欠損すると運動性も喪失するので、0.7%寒天を含む軟寒天培地に植菌した場合において、形成されるコロニーが小さく運動性が阻害されたと見られる納豆菌を選択することによっても、recA遺伝子の機能が欠損した納豆菌を取得可能である。 このようにしてrecA遺伝子の機能が欠損した納豆菌を取得することにより、転移因子の転移が抑制された納豆菌が開発できるが、開発された転移因子の転移が抑制された納豆菌と従来から利用されている通常の納豆菌の植え継ぎを繰り返した後、それぞれの納豆菌を用いて製造した納豆の糸引性を比較すると、転移因子の転移が抑制された納豆菌を用いて製造した納豆では十分な糸引きが確認され、植え継ぎによる糸引きの低下がほとんどないことが確認される。 本発明は、このような目的を達成するためになされたものであり、recA遺伝子を欠損させることにより、転移因子の転移が抑制され、特にcomP遺伝子への転移因子の転移が抑制された納豆菌が取得でき、その結果、12世代植え継いでもγ−PGA非生産性株の出現頻度が0%である新規納豆菌を開発することができたのであって、そのうちの1株をバシラス・サチリス REC7(Bacillus subtilis REC7)株と命名した。バシラス・サチリス REC7(Bacillus subtilis REC7)株は、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305−8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に、2008年(平成20年)8月12日付けで受領されており、その受領番号はFERM ABP−10994である。 なお、本発明における世代とγ−PGA非生産性株の出現頻度とは、以下の方法によって測定したものであると定義できる。 すなわち、納豆菌をLB培地に濁度が0.05となるように接種し、37℃で12時間振とう培養し、これを第1世代とする。そして、第1世代で培養された納豆菌を再びLB培地に濁度が0.05となるように接種し、同様にして12時間培養する。これを第2世代とする。 さらに、同様にして第3世代から第12世代まで植継ぎを継代して、各世代の納豆菌の培養液を適当な希釈倍率にて希釈後、γ−PGA生産培地であるGSP寒天培地に塗抹培養し、全コロニーに占めるγ−PGA非生産性コロニーの割合(%)をγ−PGA非生産性株出現頻度とする。なお、γ−PGA非生産性株は、上記のGSP寒天培地で培養すると、γ−PGAが生産されたことによる盛り上がった納豆菌特有のコロニーを形成せず、扁平で乾いたコロニーを形成することを指標にして、目視により区別した。 このようにして開発された納豆菌を用いた納豆の製造方法は、従来から実施されている方法を採用すれば良く、何ら制限がない。 納豆は丸大豆を原料として製造されたいわゆる丸大豆納豆が一般的であるが、一部には予め挽割った大豆を原料とする挽割り納豆もある。 丸大豆納豆の製造方法は、一般に原料である丸大豆を冷水に十数時間浸漬した後、蒸煮釜で加圧蒸気を用いて加圧蒸煮(1.5〜2.0Kg/cm2、128〜133℃)して得られた蒸煮大豆に対して、高温状態(70〜100℃)で納豆菌を接種し混合した後、所定の容器に充填してから発酵室に搬入して比較的高温度(40〜55℃程度)で所定時間(12〜48時間程度)発酵させた後、5℃前後で冷蔵熟成(12〜72時間程度)して完成させるのが一般的である。 また、挽割り納豆の場合は、予め挽割った大豆を水に浸漬する以外は、通常の丸大豆納豆の場合と同様の方法で製造される。 このような従来の納豆の製造方法において、本発明では発酵工程で用いる納豆菌を、前記方法によって育種改良したrecA遺伝子を欠損させた納豆菌に代えて使用することによって製造される。 このようにして、recA遺伝子を欠損させて転移因子の転移頻度を抑制した納豆菌を用いて納豆を製造すると、γ−PGAの生産量が多く、糸引き性が強い高品質の納豆を安定して製造することが可能となる。 以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。(実施例1:recA欠損株の調製)(1)使用菌株等 使用した納豆菌r22株は、市販納豆から分離された親株O−2株の形質転換能を高めた変異株であり、親株O−2株をニトロソグアニジン(NTG)を用いて化学変異処理することにより取得された株である(例えば、特開2000−224982号公報参照)。 培地は、納豆試験法(例えば、「納豆試験法」、光琳出版、p.85−97、1990年参照)に記載の肉汁培地(1% ポリペプトン、0.5% NaCl、0.3% 肉エキス)、LB培地(1% ポリペプトン、0.5% 酵母エキス、1% 塩化ナトリウム)、胞子形成培地(0.068% KH2PO4、0.0535% NH4Cl、0.0106% Na2SO4、0.00006% FeCl2・4H2O、0.00126% MnCl2・4H2O、0.934% MgSO4・7H2O、0.238% グルタミン酸ナトリウム一水和物、0.025% CaCl2、0.152% 酵母エキス、1mg/ml ビオチン)、Spizizenらの形質転換培地(0.5% グルコース、5mM MgSO4・7H2O、0.05% 酵母エキス、0.6% KH2PO4、1.4% K2HPO4、0.1% クエン酸ナトリウム二水和物、0.2% 硫安、0.1μg/ml ビオチン)、GSP寒天培地(1.5% グルコース、1.5% グルタミン酸ナトリウム、1.5% フィトンペプトン、2.0% 寒天)を用いた。ただし、必要な場合は各培地にスペクチノマイシン(100μg/ml)を添加した。 なお、スペクチノマイシン耐性遺伝子(GenBank ACCNo.X02588)はトランスポゾンTn554から、PCRにより増幅して用いた。PCRは、マニュアルに従い、サーマルサイクラーを用いて実施した。(2)recA欠損株の作製 以下に記載のごとく、まずrecA遺伝子を欠損させるために必要なDNA断片(recA欠損用断片)を、PCRを組み合わせた方法(例えば、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Research)30巻、p.1−5、2002年参照)で構築し、納豆菌にコンピテンス法により導入して、相同組換えを起こさせることによってrecA欠損株を作製した。i)recA遺伝子欠損用DNA断片の調製 染色体上のrecA遺伝子をスペクチノマイシン耐性遺伝子と置換してrecA遺伝子を欠損させるために、recA遺伝子欠損用DNA断片を、図1に示すごとく、PCRを組み合わせた以下の方法により作製した。 まず、置換に用いたスペクチノマイシン耐性遺伝子を含むDNA断片は、以下のように調製した。すなわち、GenBankに登録されているスペクチノマイシン耐性遺伝子の塩基配列(GenBank登録番号X02588)を基に、プライマー1(5´−GTATAATAAAGAATAATTATTAATC−3´、図4及び配列表の配列番号1参照)及びプライマー2(5´−TAAATTAAAGTAATAAAGCGTTCTC−3´、図5及び配列表の配列番号2参照)の2種のオリゴDNAを調製した。 これらのプライマー1及びプライマー2を用い、トランスポゾンTn554を鋳型にしてPCRを行い、スペクチノマイシン耐性遺伝子を含むDNA断片(1077塩基)を増幅した。 続いて、recA遺伝子の上流域を増幅するために、GenBankに登録されているBacillus subtilis subsp.subtilis str.168株の塩基配列(登録番号NC000964)を基に、プライマー3(5´−TCACACTAGCTAGAATCGC−3´、図6及び配列表の配列番号3参照)及びプライマー4(5´−TACAGATTAATAATTATTCTTTATTATATCTAGATAAGGCTGCCTGACGATCACTC−3´、図7及び配列表の配列番号4参照)の2種のオリゴDNAを調製した。 これらのプライマー3及び4を用い、r22株の全DNAを鋳型にしてPCRを行い、recA遺伝子の上流域(2058塩基)を含むDNA断片を増幅した。 さらに、recA遺伝子の下流域についても、GenBankに登録されているBacillus subtilis subsp.subtilis str.168株の塩基配列(登録番号NC000964)を基に、プライマー5(5´−TTAGAGAACGCTTTATTACTTTAATTTAGGATCCCAAGAAGAAGAACTCGAATTTGAAG−3´、図8及び配列表の配列番号5参照)及びプライマー6(5´−AATATGTTGTTGTCGTTCATTC−3´、図9及び配列表の配列番号6に記載)の2種のオリゴDNAを調製した。 これらのプライマー5及び6を用い、上流域と同様に、r22株の全DNAを鋳型にしてPCRを行い、recA遺伝子の下流域(2061塩基)を含むDNA断片を増幅した。 これらの増幅した、スペクチノマイシン耐性遺伝子を含むDNA断片(1077塩基)、recA遺伝子の上流域を含むDNA断片(2058塩基)、及び、recA遺伝子の下流域を含むDNA断片(2061塩基)、を回収した後、これら3つの断片を鋳型として、プライマー3及びプライマー6を再び用いて、上流域を含むDNA断片及び下流域を含むDNA断片がスペクチノマイシン耐性遺伝子を含むDNA断片の両端にアニールされるのと同時にPCRを行うことで3断片を連結し、recA遺伝子がスペクチノマイシン耐性遺伝子に置換されたrecA遺伝子欠損用DNA断片を得た。ii)形質転換 上記のようにして調製したrecA遺伝子欠損用DNA断片を用いて、コンピテンス法によりr22株を形質転換した。形質転換株の選択は、スペクチノマイシン耐性を指標に行った。 多数得られた形質転換株のうちの8株からゲノムDNAを回収して、スペクチノマイシン耐性遺伝子と置換されて、recA遺伝子が欠損していることが電気泳動により確認できた5株のうち、さらにrecA遺伝子(1044塩基)中のN末端の24塩基とC末端の23塩基以外の997塩基が欠損して、スペクチノマイシン耐性遺伝子に置換されていることをシーケンスにより確認できた1株をバシラス・サチリス REC7(Bacillus subtilis REC7)株と命名し、FERM ABP−10994として、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(日本国〒305−8566 茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター 中央第6)に寄託した。(実施例2:γ−PGA非生産株の出現頻度の測定) 納豆菌r22株およびREC7株を、5mlのLB培地を入れた試験管中で、37℃で12時間振とう培養し、これを第1世代とした。第1世代の培養液中の納豆菌を、濁度が0.05となるように新たなLB培地に植菌し、再び37℃で12時間振とう培養し、これを第2世代とした。以下、同様にして、第12世代まで培養を継続した。 このようにして培養を継続する中で、24時間ごと、すなわち2世代毎に、培養液を3枚のGSP寒天培地に100μl塗抹し、全コロニー数と、γ−PGA非生産コロニー数をそれぞれ測定した。 得られた全コロニー数とγ−PGA非生産コロニー数とから、全コロニー数に占めるγ−PGA非生産コロニーの割合を算出し、これを非γ−PGA生産株の出現頻度(%)とした。表1に、結果を示した。その結果、対照としたr22株では第8世代で27%がγ−PGA非生産性株となっており、さらに第12世代では91%もがγ−PGA非生産性株となっていた。 これに対して、REC7株では第12世代まで植え継いでも、γ−PGA非生産株の出現頻度は常に0%である事が確認され、recA遺伝子を欠損させることにより、γ−PGA非生産性株の出現を抑制させることが出来ることが確認できた。(実施例3:recA遺伝子欠損により転移が抑制されたISの確認)i)comP遺伝子へのIS転移の確認 実施例2における第3世代〜第12世代の各世代において、納豆菌r22株およびREC7株について、IS4Bsu1及びIS256Bsu1が高頻度に転移することが報告されているcomP遺伝子への転移をPCRを用いて以下のように確認した。 すなわち、第3世代〜第12世代の各世代のr22株及びREC7株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、GenBankに登録されている納豆菌Bacillus subtilis NAF4のcomP遺伝子の塩基配列(登録番号AB031552)を基にして作製したプライマー7(5´−ATGTACAGATATATTAACGTCTATA−3’、図10及び配列表の配列番号7参照)及びプライマー8(5’−TTACAATTCGATTTCAATATCAGCC−3´、図11及び配列表の配列番号8参照)を用いてPCRを行い、各々のcomP遺伝子を含むDNA断片を増幅した。 このようにして増幅された各世代ごとのDNA断片を電気泳動して、分子量を測定した。結果を、図2に示す。 その結果、対照としたr22株では、第8世代以降において、正常なcomP遺伝子を含むDNA断片(約2.3kb)よりも長くなっていて、comP遺伝子中にISが転移したと予想される長さのDNA断片(約3.7kb)の存在が確認された。 これに対して、REC7株では第8世代以降も正常なcomP遺伝子を含むDNA断片(約2.3kb)のみが増幅したことが確認され、REC7株ではcomP遺伝子へのISの転移は確認されなかった。ii)comP遺伝子へ転移するIS種の同定 上記i)における第12世代のr22株で検出されたcomP遺伝子にISが転移したと予想される約3.7kbのDNA断片、及び、PCR操作の対照としてr22株のゲノムDNAを鋳型にして、IS4Bsu1とIS256Bsu1が有する各トランスポザーゼ遺伝子をPCRにより増幅した。 なお、IS4Bsu1のトランスポザーゼ遺伝子の増幅にはプライマー9(5´−ATGGATAAGTTTACACGA−3´、図12及び配列表の配列番号9参照)及びプライマー10(5´−GCTTTCTTGTTTTTGCTCATGAA−3´、図13及び配列表の配列番号10参照)を用い、また、IS256Bsu1のトランスポザーゼ遺伝子の増幅にはプライマー11(5´−TGGGGAAATTGAAAAGAG−3´、図14及び配列表の配列番号11参照)及びプライマー12(5´−TTATTCTAGATATTTCTTCACACG−3´、図15及び配列表の配列番号12参照)を用いた。 その結果、図3に示した通り、対照として用いたr22株のゲノムDNAを鋳型とした場合、両ISのトランスポザーゼ遺伝子が増幅されたDNA断片が検出され、PCRは適切に実施できたことが確認できた。一方、comP遺伝子にISが転移したと予想される約3.7kbのDNA断片においても、同様に、両ISのトランスポザーゼ遺伝子の存在が確認され、comP遺伝子中に高頻度で転移するとされているIS4Bsu1とIS256Bsu1がr22株でもcomP遺伝子中に転移していることが確認された。 以上の結果から、recA遺伝子を欠損させていない通常の納豆菌では、IS4Bsu1及びIS256Bsu1がcomP遺伝子に高頻度で転移するのに対して、recA遺伝子を欠損させることにより、これらのISのcomP遺伝子への転移を完全に抑制できることが確認された。(実施例4:納豆製造) 12世代培養後のr22株及びREC7株から、それぞれ、常法により調製した胞子を用いて納豆を製造した。 製造された納豆について、糸引性を官能的に評価する一方、納豆1g当たりのγ−PGA量を測定した。 なお、γ−PGAは、納豆10gからトリクロロ酢酸により抽出後、エタノールにより回収し、菅野らの方法(例えば、日本食品工学会誌、42巻、p.878−886、1995年参照)に従い、γ−PGAが臭化セチルトリメチルアンモニウムに結合する性質を利用して分光学的に定量した。表2に結果を示した。その結果、第12世代培養後のr22株を用いて製造した納豆は、recA遺伝子を欠損させたREC7株を用いて製造した納豆と比較して、γ−PGA量は約5%程度と少なく、その結果、ほとんど糸を引かなくて納豆としての品質をなしていなかった。 これに対して、REC7株を用いて製造した場合は、納豆のγ−PGA量は十分であり、良好な糸引きが見られ、品質のよい納豆が安定して製造できることが確認できた。recA遺伝子破壊用のDNA断片作製の概略を示した図である。comP遺伝子へのISの転移を確認した結果を示す電気泳動図である(図面代用写真)。comP遺伝子へ転移したISを確認した電気泳動図である(図面代用写真)。 図3中のレーン1は鋳型として3.7kbのDNA断片を使用した場合の結果を示す。 図3中のレーン2は鋳型として全ゲノムを使用した場合の結果を示す。プライマー1の塩基配列を示す図である。プライマー2の塩基配列を示す図である。プライマー3の塩基配列を示す図である。プライマー4の塩基配列を示す図である。プライマー5の塩基配列を示す図である。プライマー6の塩基配列を示す図である。プライマー7の塩基配列を示す図である。プライマー8の塩基配列を示す図である。プライマー9の塩基配列を示す図である。プライマー10の塩基配列を示す図である。プライマー11の塩基配列を示す図である。プライマー12の塩基配列を示す図である。 recA遺伝子を欠損させることにより、転移因子の転移が抑制されたことを特徴とする納豆菌。 comP遺伝子への転移因子の転移が抑制されたことを特徴とする請求項1に記載の納豆菌。 12世代培養後もγ−PGA非生産株が出現しないことを特徴とする請求項1又は2に記載の納豆菌。 バシラス・サチリス REC7(Bacillus subtilis REC7)株(FERM ABP−10994)であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の納豆菌。 請求項1〜4のいずれか1項に記載の納豆菌を用いて製造されたことを特徴とする納豆。 【課題】転移因子の転移が抑制されていることにより、植え継ぎを繰り返した場合でも、γ−PGA生産性などの納豆製造に重要な性質が安定に保持された納豆菌を育種、開発し、該納豆菌を用いて製造された品質の良い納豆を安定して提供する。【解決手段】recA遺伝子を欠損させて、comP遺伝子への転移因子の転移を抑制することにより、植え継ぎを繰り返した場合でもγ−PGA非生産性株の出現頻度が低い納豆菌を得る。また、該納豆菌を用いて納豆を製造する。【選択図】なし配列表