タイトル: | 公開特許公報(A)_心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤のスクリーニング方法 |
出願番号: | 2007148435 |
年次: | 2008 |
IPC分類: | G01N 33/50,A61P 25/00,G01N 33/15,A61K 45/00 |
米田 幸雄 玉置 啓祐 JP 2008298752 公開特許公報(A) 20081211 2007148435 20070604 心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤のスクリーニング方法 国立大学法人金沢大学 504160781 平木 祐輔 100091096 石井 貞次 100096183 藤田 節 100118773 遠藤 真治 100130443 米田 幸雄 玉置 啓祐 G01N 33/50 20060101AFI20081114BHJP A61P 25/00 20060101ALI20081114BHJP G01N 33/15 20060101ALI20081114BHJP A61K 45/00 20060101ALN20081114BHJP JPG01N33/50 ZA61P25/00 101G01N33/15 ZA61K45/00 9 OL 18 2G045 4C084 2G045AA40 2G045BA14 2G045BB14 2G045BB22 2G045BB24 2G045BB41 2G045BB46 2G045BB50 2G045BB51 2G045CB01 2G045DA36 2G045FA16 2G045FB03 2G045FB05 2G045FB12 2G045GC15 2G045JA01 4C084AA17 4C084NA14 4C084ZA022 本発明は、心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤をスクリーニングする方法、心的外傷後ストレス障害を診断する方法、並びに、心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤に関する。 心的外傷後ストレス障害(PTSD; Post-traumatic stress disorder)は、一般的に通常の体験を凌駕するような心的外傷体験に伴って生じる特徴的な症状である。PTSDの治療剤として満足できるものは未だ提供されていない。PTSDの機構が明らかとなれば、その機構に基づいてPTSDの治療剤のスクリーニングが容易になると期待される。しかしながらPTSDの機構は未だ解明されていない。 一方、ミオシン-6 (myo-6)はアクチンベースの分子モーター蛋白質であり、細胞内小胞と細胞小器官の輸送に関わるいわゆる非筋ミオシンの1つである。ミオシンのスーパーファミリーは18のクラスから成り立っており、そのほとんどがアクチンフィラメントの+側に移動するが、myo6は−側に移動するミオシンとして知られる(非特許文献1, 2)。このような特徴を有するために、myo6はメンブラントラフィックに関与する遺伝子としても注目されている。他方、myo6変異マウスであるSnell’s waltzer (myo6sv/sv)マウスを用いた解析から、myo6の変異により聴力異常を来たすことが明らかとなっている。また、myo6sv/svマウス海馬においてはアストログリオーシスが起こっており、さらにシナプスの数が減少しているという報告もなされている。しかしながら、myo6とストレスとの関連を論じた報告は未だなされていない。Reed BC et al., Mol. Biol. Cell 16 (2005) 4183-4201Weels et al., Nature 401 (1999) 505-508 本発明は、PTSDの治療又は予防剤をスクリーニングするための手段、PTSDを診断する方法、並びにPTSDの治療又は予防剤を提供することを目的とする。 本発明者らは、PTSDを有するモデル動物の脳組織においてミオシン-6の発現量が増大することを見出した(例えば図10〜12参照)。本発明者らはまたモデル動物に対するMK-801の投与によりPTSDが抑制されることを見出した(例えば図7〜9参照)。更に、MK-801の投与により脳組織におけるミオシン-6の発現量が抑制されることを見出した(例えば図13参照)。これらの知見に基づいて本発明者らは以下の発明を完成させた。(1) 心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤をスクリーニングする方法であって、心的外傷後ストレス障害を有し且つ候補物質が投与された非ヒト動物を得る工程と、前記動物の脳組織におけるミオシン-6の発現量を測定する工程とを含む前記方法。(2) 前記心的外傷後ストレス障害を有し且つ候補物質が投与された非ヒト動物の脳組織におけるミオシン-6の発現量が、心的外傷後ストレス障害を有し且つ前記候補物質が投与されていない非ヒト動物の脳組織におけるミオシン-6の発現量と比較して少ないときに、前記候補物質を心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤と判定する、(1) 記載の方法。(3) 脳組織が海馬である、(1)又は(2)記載の方法。(4) 被検体の脳組織におけるミオシン-6の発現量を測定することを特徴とする心的外傷後ストレス障害の診断方法。(5) 被検体の脳組織におけるミオシン-6の発現量が、健常体の脳組織におけるミオシン-6の発現量と比較して多いときに、該被検体が心的外傷後ストレス障害を有すると判定する、(4)記載の方法。(6) MK-801を有効成分として含有する、心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤。(7) ミオシン-6遺伝子が遺伝子導入された、ミオシン-6を過剰発現する、神経細胞に分化し得る細胞。(8) 心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤をスクリーニングする方法であって、候補物質の存在下における(7)記載の細胞の増殖活性を測定する工程を含む前記方法。(9) 前記増殖活性が、前記候補物質の非存在下における(7)記載の細胞の増殖活性と比較して高いときに、前記候補物質を心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤と判定する、(8)記載の方法。 本発明により、PTSDの治療又は予防剤をスクリーニングするための手段、PTSDを診断する方法、並びにPTSDの治療又は予防剤が提供される。1. モデル動物を用いたPTSDの治療又は予防剤のスクリーニング法 本発明は第一に、PTSDの治療又は予防剤をスクリーニングする方法であって、PTSDを有し且つ候補物質が投与された非ヒト動物を得る工程と、前記動物の脳組織におけるミオシン-6の量を測定する工程とを含む前記方法に関する。この方法では、PTSDを有し且つ候補物質が投与された非ヒト動物の脳組織におけるミオシン-6の発現量が、前記候補物質が投与されていない点を除いては同条件の非ヒト動物(対照群)の脳組織におけるミオシン-6の発現量と比較して少ないときに(好ましくは統計学的に有意に少ないときに)、前記候補物質をPTSDの治療又は予防剤と判定することができる。 本発明の方法に使用できる非ヒトモデル動物としては、ヒト以外の哺乳動物が挙げられ、なかでもマウス、ラット等のげっ歯類に属する哺乳動物が好ましく、マウスが最も好ましい。 本方法ではまず、PTSDを有し且つ候補物質が投与された非ヒト動物を得る。この工程は、PTSDを有する非ヒト動物に候補物質を投与するか、非ヒト動物に候補物質を投与した後に該動物にストレスを負荷してPTSDを与えるか、或いはこれらを組み合わせて行うことにより実施することができる。 ストレス負荷の方法としては、PTSDを与えることができる方法であれば物理的ストレス、心理的ストレス等のいかなるストレスを負荷する方法であってもよいが、強制水泳、強い光や音の照射、拘束、水浸拘束、過密飼育、電気ショック、低温、高温等のストレス負荷法が例示でき、水浸拘束が最も好ましい。水浸拘束の条件としては、金属製のストレス用ケージに動物を拘束したのち、23-25℃の水浴中に鎖骨下まで3時間浸すことが挙げられる。 また、ストレス負荷時に音などで恐怖条件付けをすることもできる。恐怖条件付けがされたPTSDモデル動物は、条件刺激を与えることによりPTSDの症状を発症するため、このようなPTSDモデル動物に対して、ミオシン-6の定量を行う前の適当な時点で条件刺激を与えることにより安定したスクリーニング実験が可能となる。 候補物質の投与方法としては特に限定されないが、腹腔内投与等の非経口投与や、経口投与が挙げられる。候補物質の投与方法は、スクリーニングしようとする薬剤の望ましい投与形態に応じて決定してもよい。 本方法では次に、上記手順で得られた、候補物質が投与されたPTSD動物の脳組織におけるミオシン-6の量を測定する。 脳組織としては、海馬、扁桃体、縫線核、青斑核等が挙げられ、なかでも海馬が好ましい。海馬のなかでも海馬歯状回が好ましい。脳組織試料は素早くグアニジンチオシアネート中でホモジネートしたのち、酢酸ナトリウム、フェノールおよびクロロホルムを用いて全RNAを抽出後に用いるか、あるいは、試料をタンパク質分解酵素阻害剤を含んだトリス塩酸緩衝液中でホモジネートしてタンパク質を抽出して用いることができる。 ミオシン-6の発現量としては、ミオシン-6の遺伝子発現量を測定してもよいし、タンパク質発現量を測定してもよい。 ミオシン-6遺伝子発現量は、例えば、上述の脳組織試料からRNAを調製してミオシン-6の遺伝子を測定するか、cDNAを調製してミオシン-6の遺伝子量を測定することにより行うことができる。遺伝子発現量の測定はRT-PCR法、リアルタイムPCR法、ノーザンブロット法、DNAマイクロアレイ解析法、in situハイブリダイゼーション解析法などの公知の方法により行うことができる。このとき公知の技術に基づいて作製されたミオシン-6遺伝子検出用プローブやプライマーを適宜使用することができる。例えば配列番号1及び2に示す塩基配列からなるプライマーセットや市販のミオシン-6遺伝子検出用プライマーセットを使用することができる。 ミオシン-6タンパク質発現量は、例えば、上述の脳組織試料からタンパク質を調製し、その後、例えば、ウエスタンブロット法、ELISA法、蛍光抗体法など公知の検出方法に基づいてミオシン-6タンパク質の発現量を測定することができる。 ミオシン-6発現量は、ストレス負荷(又は条件刺激)から一定時間経過した時点で最大になる。例えば水浸拘束ストレスから遺伝子レベルであれば12時間〜24時間、およびタンパク質レベルでは24時間経過後にそれぞれミオシン-6発現量は最大になる。ミオシン-6発現量が最大になる時点において測定を行うことが好ましい。2. PTSDの診断方法 本発明は第二に、被検体の脳組織におけるミオシン-6の発現量を測定することを特徴とするPTSDの診断方法に関する。本方法では、被検体の脳組織におけるミオシン-6の発現量が、健常体の脳組織におけるミオシン-6の発現量と比較して多いときに(好ましくは統計学的に有意に多いときに)、該被検体が心的外傷後ストレス障害を有すると判定する。 本方法における被検体としてはヒト等の哺乳動物が挙げられる。ミオシン-6の発現量の測定方法は上記の「1. モデル動物を用いたPTSDの治療又は予防剤のスクリーニング法」と同様である。脳組織試料は被検体に対する負荷の少ない方法で被検体から単離されたものである必要がある。例えば、被検体の脳脊髄液を採取、あるいはミオシン-6に特異的に結合する化合物(プローブ)をポジトロン放出核種で標識し、ポジトロン断層撮影法(PET)でその空間分布を体外計測することが考えられる。3. PTSDの治療又は予防剤 本発明は第三に、MK-801を有効成分として含有する、PTSDの治療又は予防剤に関する。本治療又は予防剤の投与対象は好ましくはヒトのPTSD患者である。 MK-801、すなわち(+)-5-methyl-10,11-dihydro-5H-dibenzo[a,d]cyclohepten-5,10-iminehydrogen maleate、はNMDAレセプターアンタゴニストとして周知の化合物である。 MK-801は医薬的に許容される担体又は賦形剤とともに製剤化することができる。MK-801の投与経路としては経口投与、静脈内投与や皮下投与が採用できる。4. ミオシン-6過剰発現細胞 本発明は第四に、ミオシン-6遺伝子が遺伝子導入された、ミオシン-6を過剰発現する、神経細胞に分化し得る細胞に関する。本細胞をPTSDモデル細胞として用いることで、PTSDの治療又は予防剤のスクリーニングが、動物個体レベルだけでなく培養細胞レベルにおいても可能となる。具体的には、候補物質の存在下における本細胞の増殖活性を測定し、測定された活性を、候補物質の非存在下での本細胞の増殖活性と比較し、前者が高いときにこの候補物質をPTSDの治療又は予防剤として判定することができる。 神経細胞に分化し得る細胞としては、マウス胚性腫瘍細胞であるP19細胞や、ヒト胚性幹細胞(ES細胞=万能細胞)のような多分化能を有する細胞や、神経系前駆細胞等が挙げられる。このような細胞へのミオシン-6遺伝子の導入はプラスミドベクター等のベクターを用いて行うことができる。1.実験方法1.1. 使用動物種、系統、性:マウス(使用時6週齢)、Std/ddY、雄性購入先:三協ラボサービス株式会社 飼育条件:温度25±1℃、相対湿度60±10%の動物飼育室で、固形飼料および水道水を与え、自由摂食・摂水条件下において、12時間ごとの明暗リズム条件下で飼育した。1週間以上の予備飼育ののち、健康な動物を実験に使用した。予備飼育時には、入荷当日から各マウスについて、体重および外的所見の異常の有無を記録して、正常なもののみを使用した。1.2. 水浸拘束ストレス (WIRS) 負荷 金属製のストレス用ケージに動物を拘束したのち、25℃の水浴中に鎖骨下まで3時間浸すことによってストレスを負荷した(図1)。3時間後に動物をケージによる拘束から解放して、次回使用時までホームケージ内で通常に飼育した。1.3. 薬物投与 新規DNA合成能の指標となる5-bromo-2’-deoxyuridine(BrdU: 50 mg/kg)は、成熟マウスにストレスを3時間負荷してから異なる日数経過後に腹腔内投与した。その後、12時間経過後に再度同用量のBrdUを腹腔内投与した。2回目の投与から12時間後(ストレス負荷後各日数経過時)に、動物の左心室から4% paraformaldehyde(PA)液を灌流して組織固定を行った。 また、グルタミン酸レセプターのうちNMDA型サブタイプの特異的アンタゴニストであるMK-801 (1 mg/kg)は、ストレスを負荷する30分前に腹腔内投与した。1.4. 抗BrdU抗体に対する免疫組織化学法 マウスを灌流固定後、全脳を摘出し、クライオスタットを用いて厚さ40 μmの凍結海馬冠状切片を作製した。作製した切片を50% formamideにより65℃で2時間インキュベートした。続いて、切片を洗浄後、2 N HClにより37℃で30分間処理したのち、0.1M boric acidにより25℃で10分間リンスした。Phosphate-buffered saline (PBS)により切片を洗浄後、ブロッキング反応を行った。ブロッキング溶液は、二次抗体を作成した免疫動物の正常血清とTriton X-100を、それぞれ最終濃度5%および0.5%となるようPBSにより希釈して用いた。続いて、抗BrdU抗体(Lab Vision社)を一次抗体として、4℃で一晩、抗原抗体反応を行ったのち、切片を洗浄し、ビオチン化二次抗体(Vector社)を用いて4℃で一晩、抗原抗体反応を行った。さらに、VECTASTAIN(登録商標) Kit(Vector社)を用いてビオチン化peroxydaseとAvidin DHの複合体を、室温で1時間反応させた。このperoxydase標識された切片を洗浄後、0.01% hydrogen peroxideを含む3,3’-diaminobenzidine tetrahydrochloride(DAB)液により発色させた。1.5. 定量分析 抗BrdU抗体を用いて免疫染色した海馬冠状切片を顕微鏡下で観察し、両側の海馬におけるgranular cell layerおよびhilus内のBrdU陽性細胞数およびクラスター形成細胞数、クラスター数をそれぞれ計測した。また、取り込んだ画像から画像解析ソフトを用いて海馬歯状回の面積を算出し、単位面積当たりの陽性細胞の個数を定量化した。1.6. Nissl染色法 ストレス負荷後のマウスより摘出した全脳を固定後、スライス切片(厚さ10 μm)を作製し、0.1%クレシル紫用溶液(0.05%炭酸リチウム溶液)に15分間浸してNissl染色をおこなった。Nissl染色は、神経細胞内に存在するNissl小体を特異的に染色する方法であり、生細胞を可視化する染色法なので、ストレス負荷に伴う神経細胞死誘発の有無について確認が可能である。1.7. TdT-mediated dUTP nick end labeling (TUNEL) 染色法 ストレス負荷後のマウスより摘出した全脳を用いて、スライス切片(厚さ10 μm)を作製し、4% PA液中、室温で60分間浸漬固定した。続いて、これらスライドグラスを0.1% Triton X-100を含む10mM Tris-HCl(pH 7.5)緩衝液中で氷上2分間浸漬させて可溶化した。さらに、In Situ Cell Death Detection Kit, Fluorescein(Roche Diagnostics社)を用いて、37℃、60分間遮光条件で反応させて発色させた。TUNEL染色は、DNAの断片化を検出することにより、細胞のアポトーシスによる細胞死の有無について確認が可能である。1.8. 恐怖条件付け試験 動物をテストケージ(縦160 mm、横260 mm、高さ140 mm)内で5分間馴化させたのち、条件刺激としてメトロノーム(YAMAHA)による音刺激下で水浸拘束ストレスを3時間負荷した(図4上)。ストレス負荷終了と同時にメトロノームによる音刺激を停止し、動物を飼育ケージに戻して回復させた。 このようにして、恐怖条件付けストレス (Conditioned-fear stress) を負荷した動物を異なる日数経過後に、再度テストケージに移した。テストケージ内で5分間の行動観察後、15分間条件刺激であるメトロノーム音刺激を与えて、そのときの条件反応として「すくみ行動(freezing)」を5分間毎に観察した。動物は行動観察後、再び飼育ケージに移し、最終的に28日経過後まで観察した(図4下)。なお、対照群には条件刺激のみを与えた。10秒間を1 periodとして、15分間合計90 periodsの測定期間中に動物が示したすくみ行動の割合を、「% freezing」として計算して定量化した。1.9. 強制水泳試験 (forced swimming test: FST) 水温25±1℃に保った水を2Lビーカー(深さ20 cm、直径15 cm)に満たして、実験動物を10分間強制水泳させた。強制水泳試験(forced swimming test: FST)は、ストレス負荷前日の前試験とストレス負荷後14日目の本試験の、合計2つのセッションにより行い、前試験および本試験において観察された無動時間(immobility time)を解析して定量化した。なお「無動」とは動物が水面に浮くために必要な最低限の行動以外に、全く運動をしない状態として定義した。また、水浸拘束ストレス(WIRS)群に対する対照群として、無ストレス(non-stress; NS)群と拘束ストレス(restraint stress; RS)群を用意した。1.10. 自発運動量測定 赤外線センサー(Neuroscience Idea社)を用いて新奇環境下における動物の自発運動量を5分間毎に30分間測定した。1.11. ディファレンシャル・ディスプレイ法 ストレス負荷翌日のマウス脳海馬からtotal RNAを抽出し、逆転写反応させてcDNAを作製した。得られたcDNAをFluorescence Differential Display Kit Fluorescence version(TaKaRa社)を用いてディファレンシャル・ディスプレイ法をおこなった。得られたPCR産物をクローニングしたのち、ABI PrismTM(Applied Biosystems社)によりシークエンスして同定した。1.12. リアルタイムPCR法 ストレス負荷後、一定時間経過時のマウス海馬からcDNAを調製して、SYBR(登録商標) Premix Ex TaqTM (TaKaRa社)を用いてリアルタイムPCR法をおこなった。解析はApplied Biosystems 7500 Real-Time PCR System(Applied Biosystems社)を用いた。1.13. ウエスタンブロッティング法 ストレス負荷後、一定時間経過時のマウス海馬からタンパク質を調製してSDS-PAGEを行った。SDS-PAGE後のゲルをPVDF膜に転写後、同膜を5% skim milk中でブロッキングしたのち、抗myosin VI抗体(Santa Cruz社)あるいは内部標準として抗b-tubulin抗体(Sigma社)を一次抗体として、室温で2時間反応させた。反応終了後、ペルオキシダーゼ標識された二次抗体(Santa Cruz社)と室温で1時間反応させて、ECLTM検出用試薬により検出した。1.14. 一過性遺伝子導入法 マウス胚性腫瘍細胞であるP19細胞を含んだαMEM/ 5% fetal bovine serum (FBS)/ 0.5 μM retinoic acid (RA)培養液中に、0.25 M CaCl2、プラスミドDNA(pEGFP-C1; Clonetech社、pEGFP-porcine myo6コンストラクト; Hasson博士より提供、図14)および2× N,N-bis(2-hydroxyethyl)-2-aminoethanesulfonic acid (BES)-buffered solutionの混合液を滴下し、インキュベーター(3% CO2、35℃)内に静置した。24時間後に細胞を0.2%アガロースでコーティングしたディッシュに継代して、αMEM/ 10% FBS培養液中、浮遊状態で5% CO2、37℃の条件下で培養した。1.15. RT-PCR法 プラスミドDNAを導入した細胞を回収し、逆転写反応によりcDNAを調製した。Porcine myo6に特異的なprimer set (up: 5’-ATGCAAAGACTGTCCGCAAC-3’(配列番号1), down: 5’-AGAAGCACCAGCACACAACC-3’ (配列番号2))を用いてPCR反応をおこない、得られたPCR産物を電気泳動したのちエチジウムブロマイドにより染色して、UV照射によりDNAを検出した。1.16. 面積測定 蛍光顕微鏡を用いて、遺伝子導入によりGFP蛍光を発する細胞塊のみを選び、画像解析ソフトにより面積を測定した。2.結果2.1. BrdU陽性細胞数に対するストレス負荷の影響 マウス脳海馬に存在する神経系前駆細胞の増殖能を可視化する目的で、BrdUに対する抗体を用いた免疫組織化学法を行った。その結果、海馬歯状回のSGZおよび脳室周囲のSVZに限局して、BrdU陽性細胞が観察されたが、海馬CA領域錐体細胞層では、著明なBrdU陽性細胞の発現は認められなかった。 海馬歯状回のSGZでのBrdU取り込み活性に対するストレスの影響を検討した(図2)。「A」ではBrdU陽性細胞の総数を、「B」では陽性クラスター総数、「C」ではクラスターを形成する陽性細胞の個数、そして「D」ではクラスターを形成しない単一の陽性細胞数の、経時的変化をそれぞれ示した。ストレス負荷後2日目から3日目の動物では、BrdU陽性細胞数、クラスター数、およびクラスター形成細胞数のいずれにも有意な減少が認められたが、これらの減少はいずれもストレス負荷後5日目の動物で最も顕著となり、その後7日目の動物でもBrdU取り込み能の減少が持続したが、負荷後14日目の動物では対照群動物と同一レベルにまで取り込み能は回復した。しかしながら、クラスター形成に関与しない単一の陽性細胞数は、負荷後5日目の動物においてのみ有意な減少が見られたが、他の時点での有意な変化は認められなかった。2.2. 細胞死の検討 上記BrdU取り込み能の減少が、海馬における神経細胞死に起因するかどうかを検討する目的で、最も顕著な減少が認められた負荷後5日目の動物について、海馬における細胞死の有無をNissl染色およびTUNEL染色法を用いて評価した。その結果、Nissl染色では両群において海馬CA1-Ca4領域錐体細胞層および海馬歯状回顆粒細胞層がともに染色されたが、いずれの神経細胞層においても神経細胞脱落は認められなかった(図3)。また、TUNEL染色を用いてアポトーシス性細胞死出現の有無を検討したが、両群において海馬内にTUNEL染色陽性を示す細胞は観察されなかった。2.3. フラッシュバック行動 恐怖条件付けを行った動物について、翌日のすくみ行動を測定したところ、音刺激を与えない場合にはすくみ行動はほとんど観察されなかったのに対して、音刺激を合計15分間与えた場合には、いずれの5分間測定においても、すくみ行動の割合は対照動物の約6倍に増加した(図5、左図)。同様のすくみ行動頻度の上昇が、少なくともストレス負荷後28日目の動物においても観察された(図5、右図)。2.4. 強制水泳試験 音刺激を条件刺激として用いた場合には、行動学的には音刺激によるすくみ行動頻度上昇が観察されたが、この時にはBrdU取り込み能には著明な変動は誘発されなかった(未発表)。したがって、より強烈な水に対する条件刺激として強制水泳試験を行うこととした。 ストレス負荷前日に行った前試験では、各動物群との間に水泳能力差による無動時間 (immobility time) に変化はみられなかったのに対して、ストレス負荷後14日目の本試験では、NSおよびRS群と比べて、WIRS群では著明な無動時間の延長が認められた(図6)。2.5. MK-801事前投与の影響 脳内グルタミン酸レセプターのうちNMDA型サブタイプの特異的アンタゴニストであるMK-801の影響を検討した。恐怖条件付け動物におけるすくみ行動への影響を評価するために、動物にMK-801を負荷30分前に腹腔内投与したところ、MK-801を前処置した動物においても、ストレス群とほぼ同程度のすくみ行動の割合が認められた(図7、左図)。 一方、水に対するトラウマの想起による影響を検討するために強制水泳試験をおこなったところ、MK-801の前処置によりこのすくみ行動の増加は対照群とほぼ同程度まで改善された(図7、右図)。 また、PTSDの主症状の一つである過覚醒症状の有無を確認する目的で、新奇環境下における動物の自発運動量を30分間測定したところ、ストレス負荷後14日目の動物において、測定した30分間はいずれの時間でも自発運動量 (locomotion) の増加が認められた(図8、左図)。この結果は30分間の全運動量として計算しても同様の結果が得られた(図8、右図)。しかしながらこの覚醒亢進症状に対して、MK-801の前処置により、ストレス負荷後14日目の動物で観察された覚醒亢進症状は改善傾向を示した。 続いて、海馬歯状回へのBrdU取り込みに対するMK-801前処置の影響を検討したところ、ストレス負荷群で認められたBrdU陽性細胞数の減少が、MK-801を事前に単回投与することにより、対照群とほぼ同程度まで有意に回復した(図9)。2.6. 遺伝子発現量解析 ストレス負荷に伴うBrdU取り込み能の低下を誘引する遺伝子の同定を目的としてディファレンシャル・ディスプレイ法をおこなったところ、ストレス負荷翌日のマウス脳海馬サンプルを用いて、downstream primer #8 (5’-TnGC-3’, n=13-15 (配列番号3-5))、とupstream primer #19 (5’-TACAACGAGG-3’ (配列番号6))を用いてPCR増幅を行ったところ、ストレス負荷により発現の増加が認められる遺伝子が検出された(図10)。このPCR産物をクローニングしてシークエンスを行ったところ、myosin VI (myo6)が同定された。 次いで、これらの遺伝子の発現量を再検証する目的で、myo6に特異的なprimer set(MA026373, TaKaRa社)および内部標準としてGAPDHに特異的なprimer set(MA050371, TaKaRa社)を用いて、ストレス負荷直後から24時間後まで経時的に海馬サンプルを回収してリアルタイム PCR解析をおこなった。その結果、負荷12時間および24時間後に約2倍のmyo6の発現量の増加が認められた(図11)。2.7. 蛋白質発現量解析 ストレス負荷後の経時的なmyo6蛋白質の発現をウエスタンブロッティング法により検討したところ、ストレス負荷翌日に最も高い発現が認められた(図12)。 次いで、MK-801の事前投与により、ストレス負荷に伴うBrdU取り込み能の低下の改善、および強制水泳試験における無動時間 (immobility time) の延長に対する改善が認められたことから、MK-801事前投与によるmyo6への影響をウエスタンブロット法により検討した。その結果、MK-801を事前投与することによりストレス負荷に伴い増加したmyo6発現は、対照群とほぼ同程度まで改善した(図13)。2.8. 遺伝子導入解析 マウス胚性腫瘍細胞であるP19細胞は多分化能を有することが知られており、さらに数日間のRA処理により、神経細胞への分化誘導が可能であり培養を継続することで、アストログリアやミクログリアなどのグリア細胞へも分化誘導が可能である。そのためP19細胞では、神経系前駆細胞に遺伝子導入するのと同様の結果を得ることができると考えられる。そこで、前駆細胞におけるmyo6遺伝子の機能を検討する目的で、P19細胞に一過的にmyo6を過剰発現させた。遺伝子導入24時間後の時点でmyo6が確実に遺伝子導入されていることをGFP蛍光 (GFP fluorescence) およびRT-PCR法により確認した(図15)。 また遺伝子導入72時間後の時点で細胞塊をGFP蛍光により観察した。Myo6の過剰発現がP19細胞の増殖能に与える影響を検討するために、遺伝子が導入されているP19細胞塊の面積を測定して定量化したところ、myo6を過剰発現させた細胞塊の面積は対照群と比べて明らかに減少した(図16)。2.9. Myo6の脳内発現分布 参考のため、正常なマウスにおけるmyo6の脳内発現分布を調べた。マウス全脳を摘出し、大脳皮質 (cortex) 、小脳 (cerebellum)、橋・延髄 (medulla-pons)、視床下部 (hypothalamus)、中脳 (midbrain)、線条体 (striatum)、海馬 (hippocampus)、嗅球 (olfactory bulb) に分画した。得られたサンプルから蛋白質を抽出し、myo6に対する抗体を用いてウエスタンブロット法を行ったところ、嗅球に特に強い発現が観察され、また嗅球以外の脳部位ではほぼ同程度の発現が認められた(図17)。 次いで、myo6の発現分布に対するより詳細な検討を行うために、myo6に対する抗体を用いて正常なマウスの大脳皮質、海馬、線条体、小脳、嗅球における免疫組織化学的解析をおこなった。その結果、myo6は大脳皮質、海馬、線条体、小脳、嗅球において複数の層にわたり発現が観察された(図18、19)。海馬においては、CA1, CA2, CA3そして歯状回に幅広く発現が認められ、一方、小脳においては分子層に、嗅球においては網状層に特に高い発現が認められた。水浸拘束ストレス (Water-immersion restraint stress: WIRS) 負荷実験の手順を模式的に示す図である。海馬歯状回のSGZでのBrdU取り込み活性に対するストレスの影響を示す図である。ストレス負荷後5日目の動物について、海馬における細胞死の有無をNissl染色およびTUNEL染色法を用いて評価した結果を示す図である。恐怖条件付け試験の手順を模式的に示す図である。恐怖条件付けを行った動物に音による刺激を与えた場合のすくみ行動の観察結果を示す図である。恐怖条件付けを行った動物に水による刺激を与えた場合のすくみ行動の観察結果を示す図である。恐怖条件付け動物におけるすくみ行動に対する、MK-801の影響を検討した結果を示す図である。新奇環境下における動物の自発運動量を測定した結果を示す図である。海馬歯状回へのBrdU取り込みに対するMK-801前処置の影響を検討した結果を示す図である。ストレス負荷により発現の増加が認められる遺伝子のPCRのディファレンシャル・ディスプレイ法による検出結果を示す図である。ストレス負荷直後から24時間後まで経時的に海馬サンプルを回収してリアルタイム PCR解析によりmyo6発現量を測定した結果を示す図である。ストレス負荷後の経時的なmyo6蛋白質の発現量をウエスタンブロッティング法により測定した結果を示す図である。MK-801事前投与によるmyo6蛋白質発現量への影響をウエスタンブロット法により検討した結果を示す図である。P19細胞へのMyo6遺伝子の一過性遺伝子導入法に用いたpEGFP-Myo6コンストラクトの制限酵素マップである。P19細胞に一過的にmyo6を過剰発現させたときに、myo6が確実に遺伝子導入されていることを、遺伝子導入24時間後にGFP蛍光およびRT-PCR法により確認した結果を示す図である。myo6を過剰発現させた細胞塊の面積を対照群と比較した結果を示す図である。正常マウスの脳内の各部位におけるmyo-6の発現量を示す図である。正常マウスの脳内の各部位におけるmyo-6の発現の免疫組織化学的解析の結果を示す図である。正常マウスの脳内の各部位におけるmyo-6の発現の免疫組織化学的解析の結果を示す図である。 心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤をスクリーニングする方法であって、心的外傷後ストレス障害を有し且つ候補物質が投与された非ヒト動物を得る工程と、前記動物の脳組織におけるミオシン-6の発現量を測定する工程とを含む前記方法。 前記心的外傷後ストレス障害を有し且つ候補物質が投与された非ヒト動物の脳組織におけるミオシン-6の発現量が、心的外傷後ストレス障害を有し且つ前記候補物質が投与されていない非ヒト動物の脳組織におけるミオシン-6の発現量と比較して少ないときに、前記候補物質を心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤と判定する、請求項1記載の方法。 脳組織が海馬である、請求項1又は2記載の方法。 被検体の脳組織におけるミオシン-6の発現量を測定することを特徴とする心的外傷後ストレス障害の診断方法。 被検体の脳組織におけるミオシン-6の発現量が、健常体の脳組織におけるミオシン-6の発現量と比較して多いときに、該被検体が心的外傷後ストレス障害を有すると判定する、請求項4記載の方法。 MK-801を有効成分として含有する、心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤。 ミオシン-6遺伝子が遺伝子導入された、ミオシン-6を過剰発現する、神経細胞に分化し得る細胞。 心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤をスクリーニングする方法であって、候補物質の存在下における請求項7記載の細胞の増殖活性を測定する工程を含む前記方法。 前記増殖活性が、前記候補物質の非存在下における請求項7記載の細胞の増殖活性と比較して高いときに、前記候補物質を心的外傷後ストレス障害の治療又は予防剤と判定する、請求項8記載の方法。 【課題】本発明は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療又は予防剤をスクリーニングするための手段、PTSDを診断する方法、並びにPTSDの治療又は予防剤を提供することを目的とする。【解決手段】本発明は、PTSDの治療又は予防剤をスクリーニングする方法であって、PTSDを有し且つ候補物質が投与された非ヒト動物を得る工程と、前記動物の脳組織におけるミオシン-6の発現量を測定する工程とを含む前記方法に関する。本発明はまたPTSD発現量を指標にしたPTSDの診断方法に関する。本発明はまたMK-801を有効成分として含有するPTSDの治療又は予防剤に関する。【選択図】なし配列表