生命科学関連特許情報

タイトル:公開特許公報(A)_幹細胞の培養方法
出願番号:2007118183
年次:2008
IPC分類:C12N 5/06


特許情報キャッシュ

笹井 芳樹 渡辺 毅一 JP 2008099662 公開特許公報(A) 20080501 2007118183 20070427 幹細胞の培養方法 独立行政法人理化学研究所 503359821 高島 一 100080791 笹井 芳樹 渡辺 毅一 JP 2006257780 20060922 C12N 5/06 20060101AFI20080404BHJP JPC12N5/00 E 19 OL 13 4B065 4B065AA90 4B065AC12 4B065BA30 4B065BB40 4B065CA44 本発明は、ROCK阻害剤を用いた、胚性幹細胞(ES細胞)等の幹細胞の培養方法などを提供する。 ES細胞は、パーキンソン病等の中枢神経疾患や糖尿病に対する細胞移植における細胞ソースとして有力な候補である。ES細胞の研究では、現在のところ、マウスES細胞が用いられているが、臨床応用を視野に入れると、マウスES細胞ではなくヒトES細胞を用いて研究及び開発を行うことが必要である。しかしながら、ヒトES細胞は、細胞培養における種々のプロセスにおいて、マウスES細胞よりも細胞死を起こし易いため、その培養は、マウスES細胞の培養に比し難度が非常に高いという問題がある。 例えば、ヒトES細胞の維持培養での植え継ぎでは、フィーダー細胞又は基質から細胞塊を酵素処理又は機械的剥離によって一旦浮遊させ、それをピペッティングにより小塊に分離した後、新しい培養皿に植えるのが一般的である。しかし、ヒトES細胞は、通常の細胞株やマウスES細胞に比し、浮遊や分散の過程に弱く、多くの細胞が細胞死を起こすことが知られている。ヒトES細胞は分裂が非常に遅く、分化しやすいことから、未分化性を維持しつつ培養するためには多くの時間的、人的労力を必要とする上、再現性を得るには技術的修練が必要とされる。その上、植え継ぎにおいて細胞死によるロスのために回収率が低下することは、ヒトES細胞を用いた開発研究での重大なネックになっている。さらに、遺伝子操作(遺伝子導入や遺伝子改変)などの際には単一細胞からヒトES細胞をクローン化(コロニー形成)する必要があるが、ヒトES細胞を単一細胞に分散させた場合、細胞死や増殖停止が非常に起こりやすくなるため、ヒトES細胞におけるクローン化効率は1%以下とされている。 また、一般的に、ヒトES細胞の分化誘導では、ヒトES細胞をフィーダー細胞などから剥離し、小塊又は単一細胞に分散した後、基質又は特殊なフィーダー細胞などの上に蒔き、次いで、分化誘導培地で培養する。この過程でも、ヒトES細胞は細胞死を高頻度に起こすことが知られている。さらに、胚様体培養法、並びにES細胞の分化誘導法である本発明者らが開発したSFEB(Serum-free Floating culture of EmbryoidBodies-like aggregates)法(特許文献1及び非特許文献1)などでは、一旦細胞を単一細胞に分散させてから細胞塊を形成させることを要するが、このような方法論をヒトES細胞に適用すると多数の細胞が細胞死を起こす。また、ヒトES細胞の場合、完全に単一分散させない場合(小細胞塊から培養する場合)であっても高頻度で細胞死が起こるという問題がある。 このような細胞死はアノイキスと呼ばれており、ES細胞の浮遊や分散の過程において引き起こされ易いことが報告されている(非特許文献2)。従って、ヒトES細胞の培養で引き起こされ得るこのような細胞死を抑制し得る方法論の開発が切望されている。 ところで、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK:GenBankアクセッション番号:NM_005406)は、Rho GTPaseの主たるエフェクター分子の1つであり、血管収縮、神経軸索伸展等の多様な生理現象を制御していることが知られている(非特許文献3)。ROCK阻害剤としては幾つかの化合物が知られている(例、非特許文献4及び5)。ROCKの阻害により細胞死が制御されるという少数の報告(非特許文献6及び7)があるものの、ROCKの阻害が細胞死を促進するという報告(非特許文献8及び9)もあり、アポトーシス制御におけるRho/ROCKの役割は未だ確立されていない(非特許文献3)。また、ROCK阻害剤を含む培地中でのES細胞等の幹細胞の培養については何ら報告されていない。国際公開第2005/123902号Watanabeら, Nature Neuroscience 8, 288-296 (2005)Frischら, Curr. Opin. Cell Biol. 13, 555-562 (2001)Rientoら, Nat. Rev. Mol. Cell. Biol. 4, 446-456 (2003)Ishizakiら, Mol. Pharmacol. 57,976-983 (2000)Narumiyaら, Methods Enzymol. 325,273-284 (2000)Minambresら, J. Cell Sci. 119, 271-282 (2006)Kobayashiら, J. Neurosci. 24, 3480-3488 (2004)Rattanら, J. Neurosci Res. 83, 243-255 (2006)Svobodaら, Dev Dyn. 229, 579-590 (2004) 本発明は、ES細胞等の幹細胞の培養に有用な新規方法論を提供することを目的とする。 本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、ROCK阻害剤を含む培地中で、ES細胞等の幹細胞を培養することにより、その生存率、増殖能及び/又は分化効率を改善できることなどを見出し、本発明を完成するに至った。 即ち、本発明は、下記の通りである:〔1〕培地中で幹細胞をROCK阻害剤で処理することを含む、幹細胞の培養方法。〔2〕幹細胞がES細胞である、上記〔1〕の方法;〔3〕幹細胞が霊長類由来幹細胞である、上記〔1〕又は〔2〕の方法。〔4〕霊長類がヒトである、上記〔3〕の方法;〔5〕幹細胞が分散した幹細胞である、上記〔1〕〜〔4〕のいずれかの方法;〔6〕分散した幹細胞が、単一細胞であるか、又は細胞塊を形成している細胞である、上記〔5〕の方法;〔7〕幹細胞を分散させることをさらに含み、かつ該分散の前又は後の少なくとも一方で、幹細胞がROCK阻害剤で処理される、上記〔1〕〜〔6〕のいずれかの方法;〔8〕ROCK阻害剤が、Y−27632、Fasudil又はH−1152である、上記〔1〕〜〔7〕のいずれかの方法;〔9〕培養方法が接着培養法又は浮遊培養法である、上記〔1〕〜〔8〕のいずれかの方法;〔10〕培養方法が継代培養法又は分化誘導培養法である、上記〔1〕〜〔9〕のいずれかの方法;〔11〕(a)幹細胞の純化又はクローン化、(b)幹細胞の遺伝子組換え株の製造、あるいは(c)浮遊培養による神経細胞の製造のために用いられる、上記〔1〕〜〔10〕のいずれかの方法;〔12〕神経細胞が前脳神経細胞である、上記〔11〕の方法;〔13〕ROCK阻害剤の存在下において幹細胞を培養することを含む、生存率及び/又は増殖能が改善された幹細胞あるいは分化効率が向上した幹細胞の分化細胞の製造方法;〔14〕ROCK阻害剤による幹細胞の処理方法;〔15〕幹細胞及びROCK阻害剤を含む、細胞調製物;〔16〕幹細胞が分散した幹細胞である、上記〔15〕の細胞調製物;〔17〕ROCK阻害剤を含む、幹細胞の培養剤;〔18〕ROCK阻害剤を含む無血清培地;〔19〕幹細胞及びROCK阻害剤を培地中に含む、培養系。 本発明の培養方法は、幹細胞、特にヒトES細胞等のES細胞の生存率、増殖能及び/又は分化効率を改善し得る。本発明の培養方法は、例えば、幹細胞の分散処理を含む培養方法、分散した幹細胞の接着又は浮遊培養などにおいて特にその利点を発揮し得る。このような利点を有する本発明の培養方法は、幹細胞の継代培養、幹細胞の分化誘導(例、神経細胞への分化誘導)、幹細胞の純化又はクローン化、幹細胞の遺伝子組換え株の製造などに好適に用いられ得る。 本発明の細胞調製物、培養剤、組合せ物(例、組成物、キット)、無血清培地及び培養系などは、例えば、本発明の培養方法に好適に用いられ得る。 本発明は、幹細胞をROCK阻害剤で処理することを含む幹細胞の培養方法、並びに当該培養方法により得られる幹細胞及びその分化細胞を提供する。本発明はまた、ROCK阻害剤による幹細胞の処理方法自体も提供する。 幹細胞とは、多分化能を有する未分化細胞をいい、胚性幹細胞(ES細胞)及び成体幹細胞の双方を含む。ES細胞としては、例えば、着床以前の初期胚を培養することによって樹立されたES細胞、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立されたES幹細胞、及びそれらのES細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学の手法を用いて改変したES細胞が挙げられる。このようなES細胞は、例えば、自体公知の方法によって作製することができる(例、Wilmutら, Nature, 385, 810 (1997);Cibelliら, Science, 280, 1256 (1998); Baguisiら, Nature Biotechnology, 17, 456 (1999);Wakayamaら, Nature, 394, 369 (1998);Wakayamaら, Nature Genetics, 22, 127 (1999); Wakayamaら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999);Rideoutら, Nature Genetics, 24, 109 (2000);Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press (1994);Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1993);国際公開第01/088100号などを参照)。また、胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、さらには市販品を購入することもできる。例えば、ヒトES細胞であるKhES−1、KhES−2及びKhES−3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。成体幹細胞としては、例えば、後述する分化細胞に分化し得る任意の幹細胞が挙げられるが、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞もまた好ましい。 幹細胞は、温血動物、例えば哺乳動物(例、霊長類、げっ歯類)に由来する細胞であり得る。詳細には、哺乳動物としては、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギが挙げられる。好ましくは、幹細胞は、ヒト等の霊長類に由来し得る。 本発明の方法においてROCK阻害剤により処理され得る幹細胞は、分散細胞又は非分散細胞であり得る。分散細胞とは、細胞分散処理(例、後述の分散処理)が施された細胞をいう。例えば、分散細胞としては、単一細胞、及び数個(例、約2〜20個)の細胞からなる小さな細胞塊を形成している細胞が挙げられる。分散細胞はまた、浮遊(懸濁)細胞、又は接着細胞であり得る。例えば、幹細胞としてヒトES細胞等のES細胞は、分散(及び/又は分散後の浮遊培養)等の所定の条件に弱く、このような条件下では多くの細胞が細胞死を起こすことが知られている。本発明の方法は、細胞死がより生じ易い条件下の幹細胞を対象とする場合に、よりメリットがある。 ROCK阻害剤は、Rho−キナーゼ(ROCK)の機能を抑制できるものである限り特に限定されず、例えば、Y−27632(例、Ishizakiら, Mol. Pharmacol. 57, 976-983 (2000);Narumiyaら, Methods Enzymol. 325,273-284 (2000)参照)、Fasudil/HA1077(例、Uenataら, Nature 389: 990-994 (1997)参照)、H−1152(例、Sasakiら, Pharmacol. Ther. 93: 225-232 (2002)参照)、Wf−536(例、Nakajimaら, Cancer Chemother Pharmacol. 52(4): 319-324 (2003)参照)及びそれらの誘導体、並びにROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例、siRNA)、ドミナントネガティブ変異体、及びそれらの発現ベクターが挙げられる。また、ROCK阻害剤としては他の低分子化合物も知られているので、本発明においてはこのような化合物又はそれらの誘導体もまた使用できる(例えば、米国特許出願公開第20050209261号、同第20050192304号、同第20040014755号、同第20040002508号、同第20040002507号、同第20030125344号、同第20030087919号、及び国際公開第2003/062227号、同第2003/059913号、同第2003/062225号、同第2002/076976号、同第2004/039796号参照)。本発明では、1種又は2種以上のROCK阻害剤が使用され得る。 本発明の方法では、幹細胞は、培地中にてROCK阻害剤で処理され得る。従って、本発明の方法で用いられる培地は、ROCK阻害剤を含むものであり得、また、本発明の方法は、ROCK阻害剤を培地中に添加することを含んでいてもよい。培地中におけるROCK阻害剤の濃度は、幹細胞の生存率の向上等の所望の効果を達成し得るような濃度である限り特に限定されないが、例えば、ROCK阻害剤としてY−27632を用いる場合、好ましくは約0.01〜約1000μM、より好ましくは約0.1〜約100μM、さらにより好ましくは約1.0〜約30μM、最も好ましくは約2.0〜約20μMの濃度で用いられ得る。また、ROCK阻害剤としてFasudil/HA1077を用いる場合、目安としてY−27632の上記濃度の約2倍の濃度で用いることができ、ROCK阻害剤としてH−1152を用いる場合には、目安としてY−27632の上記濃度の約1/50倍の濃度で用いることができる。 ROCK阻害剤による処理時間は、幹細胞の生存率の向上等の所望の効果を達成し得るような長さの時間である限り特に限定されないが、例えば、ヒトES細胞の場合、このような時間は、分散等の処理前であれば約30分から数時間(例、約1時間)であり得る。また、分散等の処理後であれば、例えば約12時間以上の時間においてヒトES細胞をROCK阻害剤で処理すれば所望の効果を十分に得ることができる。 ROCK阻害剤により幹細胞が処理される際の幹細胞の密度は、幹細胞の生存率の向上等の所望の効果を達成し得るような密度である限り特に限定されないが、好ましくは約1.0×101〜1.0×107細胞/ml、より好ましくは約1.0×102〜1.0×107細胞/ml、さらにより好ましくは約1.0×103〜1.0×107細胞/ml、最も好ましくは約3.0×104〜1.0×106細胞/mlであり得る。 本発明の方法は、幹細胞を分散させることをさらに含み得る。幹細胞の分散は、自体公知の方法により行われ得る。例えば、このような方法としては、キレート剤(例、EDTA)、酵素(例、トリプシン、コラゲナーゼ)等による処理、機械的な剥離(例、ピペッティング)などの操作が挙げられる。幹細胞は、その分散の前及び/又は後にROCK阻害剤で処理され得るが、例えば、幹細胞の分散後のみ処理されてもよい。ROCK阻害剤による幹細胞の処理は、上述した通りであり得る。 本発明の方法における培養条件はまた、用いられる培地により適宜設定できる。本発明はまた、本発明の方法で用いられ得るこのような培地を提供する。 本発明の培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。 本発明の培地は、血清含有培地又は無血清培地であり得る。無血清培地とは、無調製又は未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。異種動物由来成分の混入防止の観点から、血清は、幹細胞と同種動物由来のものであってもよい。 本発明の培地はまた、血清代替物を含んでいても含んでいなくともよい。血清代替物は、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、国際公開第98/30679号記載の方法により調製できる。また、本発明の方法をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、knockout Serum Replacement(KSR)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。 本発明の培地はまた、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有できる。例えば、2−メルカプトエタノールは、幹細胞の培養に適する濃度で使用される限り限定されないが、例えば約0.05〜1.0mM、好ましくは約0.1〜0.5mMの濃度で使用できる。 幹細胞の培養に用いられる培養器は、幹細胞の培養が可能なものであれば特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。 培養器は、細胞非接着性であっても細胞接着性であってもよく、目的に応じて適宜選ばれる。細胞接着性の培養器は、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で、細胞外マトリックス(ECM)等による細胞支持用基質でコーティングされたものであり得る。細胞支持用基質は、幹細胞又はフィーダー細胞(用いられる場合)の接着を目的とするものであり得る。このような細胞支持用基質としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、ポリ−L−リジン、ポリ−D−リジン、ラミニン、フィブロネクチンが挙げられる。 その他の培養条件は、適宜設定できる。例えば、培養温度は、特に限定されるものではないが約30〜40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約2〜5%である。 本発明の方法は、例えば、幹細胞の接着培養に用いられ得る。このような場合、培養は、フィーダー細胞の存在下で行われてもよい。本発明の方法でフィーダー細胞が用いられる場合、フィーダー細胞としては、胎児線維芽細胞等のストローマ細胞を用いることができる(例えば、Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1994);Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1993);Martin, Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 78, 7634 (1981);Evansら, Nature, 292, 154 (1981);Jainchillら, J. Virol., 4, 549 (1969);Nakanoら, Science, 272, 722 (1996);Kodamaら, J. Cell. Physiol., 112, 89 (1982);国際公開第01/088100号;同第2005/080554号を参照)。 本発明の方法はまた、幹細胞の浮遊培養に用いられ得る。幹細胞の浮遊培養とは、培地中において、培養器又はフィーダー細胞(用いられる場合)に対して非接着性の条件下で幹細胞を培養することをいう。幹細胞の浮遊培養としては、例えば、幹細胞の分散培養、幹細胞の凝集浮遊培養が挙げられる。幹細胞の分散培養とは、懸濁された幹細胞を培養することをいい、例えば、単一細胞の分散培養、数個(例、約2〜20個)の細胞からなる小さな細胞塊の分散培養が挙げられる。上述した分散培養を継続した場合、培養された分散細胞がより大きな細胞塊を形成することで、幹細胞の凝集浮遊培養に移行し得る。このような凝集浮遊培養としては、例えば、胚様体培養法(Kellerら, Curr. Opin. Cell Biol. 7, 862-869 (1995))、SFEB法(例、Watanabeら, Nature Neuroscience 8, 288-296 (2005);国際公開第2005/123902号参照)が挙げられる。本発明の方法は、幹細胞の浮遊培養において、その生存率及び/又は分化効率を著しく改善し得る。 本発明の方法は、幹細胞の継代培養法として有用であり得る。従って、本発明の方法は、幹細胞を回収/播種することを含み得る。本発明の方法によれば、高い生存率の達成、及び増殖能の改善が可能である。例えば、従来、分散処理に供されたヒトES細胞の生存率は極めて低く、また十分に増殖し得なかったが、本発明の方法により、ヒトES細胞の高い生存率が達成され、また増殖能が改善された。従って、本発明の方法により、従来困難であったヒトES細胞の大量培養が容易になるのみならず、効率的な単一細胞(又は小さな細胞塊)の分散培養もまた可能となり、さらには幹細胞を用いる創薬・安全性試験(例、ハイスループットスクリーニング)を効率化することができる。本発明の方法はまた、遺伝子改変幹細胞(例、ノックイン及び/又は相同組換え細胞)の選別/サブクローン化を容易にし得、また、治療応用のためのより安全かつ均一な幹細胞株の選別にも役立ち得る。本発明の方法はさらに、幹細胞の未分化性を保持し得る、幹細胞の分化能を損なうことがないなどの利点を有する。 本発明の方法はまた、幹細胞の分化誘導法として有用であり得る。従って、本発明の方法は、幹細胞を分化誘導することを含み得る。幹細胞の分化誘導法としては、自体公知の方法を用いることができる。幹細胞の分化により生成する細胞としては、例えば、内胚葉系細胞(例、Sox17、AFP等のマーカー陽性)、中胚葉系細胞(例、Brachyury、Flk1、Mox等のマーカー陽性)、外胚葉系細胞が挙げられる。外胚葉系細胞としては、例えば、神経系細胞(例、NCAM、TuJ1、チロシン水酸化酵素(TH)、セロトニン、ネスチン、MAP2、MAP2ab、NeuN、GABA、グルタメート、ChAT、Sox1等のマーカー陽性)、表皮系細胞(例、サイトケラチン等のマーカー陽性)、感覚器系細胞(例、RPE、ロドプシン等のマーカー陽性)、色素細胞(例、TRP−1等のマーカー陽性)、神経堤由来間葉細胞(例、SMA等のマーカー陽性)が挙げられる。例えば、SFEB法(例、Nature Neuroscience 8, 288-296, 2005;国際公開第2005/123902号参照)を用いることにより、神経細胞(例、大脳神経細胞)又はその前駆細胞等の神経系細胞がES細胞より好適に誘導され得る。この場合、例えば、Nodal阻害剤(例、Lefty−A、Lefty−B、Lefty−1、Lefty−2、可溶型Nodal受容体、Nodal抗体、Nodal受容体阻害剤)、Wnt阻害剤(例、Dkk1、Cerberusタンパク質、Wnt受容体阻害剤、可溶型Wnt受容体、Wnt抗体、カゼインキナーゼ阻害剤、ドミナントネガティブWntタンパク質)、BMP阻害剤(例、抗BMP抗体、可溶型BMP受容体、BMP受容体阻害剤)などの因子が使用され得る。本発明の方法により、幹細胞(例、ヒトES細胞)が効率良く所定の細胞に分化し得る。本発明の方法はまた、幹細胞の神経細胞(例、前脳神経細胞、及び/又は大脳背側(皮質領域)細胞、大脳腹側(規定核領域)細胞)への分化を可能にする、幹細胞の神経細胞への分化を可能にする他の方法(例、SDIA法、AMED法、PA6細胞を用いる方法)においても好適に用いられ得るなどの利点を有する。 本発明は、本発明の方法及び/又は上述の分散処理により得られる細胞調製物を提供する。本発明の細胞調製物は、幹細胞及びROCK阻害剤を含み得る。本発明の細胞調製物は、単一細胞、数個の細胞からなる小さな細胞塊のような分散した細胞を含む調製物であり得る。従来、分散処理に供されたヒトES細胞の生存率は極めて低かったが、このような細胞調製物は、ヒトES細胞等の幹細胞の生存率又は分化効率を改善し得る。本発明の細胞調製物は、例えば、幹細胞の保存(例、凍結保存)、幹細胞の植え継ぎに用いられ得る。本発明の細胞調製物が幹細胞の凍結保存等の保存に用いられる場合、細胞調製物は、上述したような血清又はその代替物、有機溶剤(例、DMSO)をさらに含んでいてもよい。この場合、血清又はその代替物の濃度は、特に限定されるものではないが約1〜50%(v/v)、好ましくは約5〜20%(v/v)であり得る。有機溶剤の濃度は、特に限定されるものではないが約0〜50%(v/v)、好ましくは約5〜20%(v/v)であり得る。 本発明は、ROCK阻害剤を含む幹細胞の培養剤を提供する。本発明の培養剤は、本発明の培養方法において好適に使用され得る。 本発明はまた、ROCK阻害剤及び他の成分等を含む組合せ物を提供する。本発明の組合せ物は、例えば、上述した幹細胞の培養(例、継代培養、分化誘導培養)に有用であり得る。 本発明の組合せ物は、例えば組成物であり得る。本発明の組成物は、ROCK阻害剤及び他の成分が共に混合した形態で提供され得る。本発明の組成物に含まれ得る他の成分としては、例えば、幹細胞の分化抑制剤(例、血清、FGF、LIF、BMP、Wnt、細胞外マトリクス、TGF−β、フィーダー細胞)、及び幹細胞の分化誘導剤(例、BMP阻害剤、Wnt阻害剤、Nodal阻害剤、レチノイン酸、血清、細胞外マトリクス、間葉系細胞等のフィーダー細胞)などの幹細胞の分化調節剤、並びに培養添加物(例、KSR、2−メルカプトエタノール、アミノ酸、脂肪酸、及び上述したその他の因子)が挙げられる。 本発明の組合せ物はまた、キットであり得る。本発明のキットは、ROCK阻害剤及び他の成分を個別に(即ち、非混合様式で)含むものであり得る。例えば、本発明のキットは、各成分を個別の容器に格納した形態で提供され得る。本発明のキットに含まれ得る他の成分としては、例えば、本発明の組成物に含まれ得る上述の他の成分、並びに幹細胞又はその分化細胞の同定又は測定(検出又は定量)用物質(例、細胞マーカーに対する抗体)、細胞培養液、細胞外マトリクス等で処理された培養用容器、遺伝子組換えのためのプラスミド及びその選択薬剤が挙げられる。 本発明は、幹細胞及びROCK阻害剤を培地中に含む培養系を提供する。本発明の培養系は、幹細胞を本発明の培地中に含むものであり得る。本発明の培養系は、本発明の方法で詳述した構成要素、例えば、フィーダー細胞、細胞支持用基質、ROCK阻害剤以外の細胞培養因子などを培地中にさらに含んでいてもよい。 本明細書中で挙げられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。 以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。実施例1: ROCK阻害剤Y-27632による、維持培養におけるヒトES細胞のコロニー形成効率の向上(方法) ヒトES細胞は、京都大学再生医科学研究所中辻憲夫研究室で樹立したヒト胚盤胞由来の胚性幹細胞(KhES-1、KhES-2及びKhES-3)を、ヒトES細胞に関する政府指針に従い分与を受け、実験に供した(主にKhES-1を使用)。中辻研究室の方法(Suemoriら, Biochem Biophys Res Commun. 345, 926-32 (2006))に従い、フィーダー細胞としてマウス胎児線維芽細胞(マイトマイシン処理で不活化;MEF)を蒔いたプラスチック培養皿の上で未分化ヒトES細胞を維持培養した。具体的には、培養液は、D-MEM F12(Sigma D6421)に最終濃度20%のKSR(Invitrogen/Gibco-BRL)、1×NEAA(非必須アミノ酸;Invitrogen/Gibco BRL)、2 mM L-グルタミン酸、0.1 mM 2-メルカプトエタノールを添加したものを用いて、37℃、5% CO2下で培養した。植え継ぎは3-4日毎に行い、解離液(リン酸バッファー緩衝生理学的食塩水に0.25%トリプシン、1 mg/mlコラゲナーゼIV液、1 mM CaCl2を添加したもの:全てInvtrogen/Gibco-BRL)を用いて、ES細胞をフィーダー細胞から解離し、ピペット操作で50-100個程度の小塊にした後、前日にMEFを播種し形成させたフィーダー層の上に蒔いた。 単一細胞分散後のヒトES細胞培養に対するROCK阻害剤の細胞死抑制効果及びコロニー形成効率への影響は、下記のように検討した。上記のように維持培養を行ったヒトES細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として分離し、さらに混入するフィーダー細胞を細胞接着性の培養プレート(0.1%ゼラチンコート)の底に吸着させることで除去した(維持培養液中で37℃、1時間静置;ES細胞塊はこの間に強くプレートに吸着しないため、強く吸着する混入するフィーダー細胞と分離できる)。ES細胞塊はトリプシン処理(0.25%トリプシン-EDTA、37℃5分間)によって単一細胞に分散し、96ウェル培養プレートを用いて、MEFフィーダー細胞上に低密度(500個/0.32cm2,培地容量0.15 ml)で播種した。維持培養液中で6日間培養後に、形成されたコロニー形成数を計測した。ROCK阻害剤Y-27632は、10μMの濃度で細胞をフィーダーから分離する1時間前より処理し、分散後の培養でも培養液に同量添加した。 また、96ウェル培養プレートを用いて、一ウェルあたり単一のヒトES細胞を植えて培養することにより同様の実験(コロニー形成の促進がヒトES細胞自身のオートクライン因子によるものであるか否かを検証するための実験)を行い、コロニー形成率を測定した。(結果) 6日間培養後、ROCK阻害剤を使用しなかった場合、コロニー形成率(播種したヒトES細胞推移に対する形成コロニー数の割合)は1%であったのに対し、ROCK阻害剤処理をしたものは27%であった。ROCK阻害剤処理によって形成されたコロニー中の細胞は、ES細胞の未分化マーカーであるアルカリフォスファターゼやOct3/4を発現していた。コロニー形成率に対するROCK阻害剤の優れた効果は、ヒトES細胞としてKhES-1を用いた場合のみならず、KhES-2及びKhES-3を用いた場合においても確認された。 また、96ウェルプレートを用いて、一ウェルあたり単一のヒトES細胞からのコロニー形成率を測定した場合も、ROCK阻害剤未処理の場合は1%未満、ROCK阻害剤処理をしたものでは25%であった。従って、コロニー形成率に対するROCK阻害剤の優れた効果は、ヒトES細胞自身のオートクライン因子によるものではないと考えられる。 以上より、ROCK阻害剤Y-27632はヒトES細胞の生存率を著しく向上させることが明らかとなった。実施例2: 分散したヒトES細胞におけるRhoの活性化(方法) ヒトES細胞は実施例1のように細胞小塊の植え継ぎで維持培養した。ヒトES細胞は実施例1と同様にトリプシン処理で単一細胞に分散し、維持培養用の培養液に浮遊させ、37℃で静置した。細胞は、静置0分、15分、30分、60分、120分後に遠心分離により回収し、次いでThe small GTPase activation kit (Cytoskeleton社, Denver, CO)を用いて、マニュアルに従って処理し、Pull down法によって解析した。ウエスタンブロットでの活性型Rho(GTP結合型Rho)のRho全体に対する割合の増加によってRhoの活性化を判断した。なお、10 cm培養プレート1枚(約1x106細胞)から1サンプル分の細胞を得た。(結果) ヒトES細胞を分散・静置後、15-30分の間に顕著なRhoの活性化が認められた。Rhoの活性化は、30分以降では徐々に減少した。 以上より、ヒトES細胞に対するY-27632の優れた効果は、Y-27632のROCK阻害作用によるRho活性化の抑制に起因するものである可能性が示された。実施例3: 各種キナーゼ阻害剤による、維持培養におけるヒトES細胞のコロニー形成効率(方法) 維持培養におけるヒトES細胞のコロニー形成効率に対する他のROCK阻害剤の効果を、実施例1と同様の方法により検証した。他のROCK阻害剤としては、Fasudil/HA1077(10μM)及びH-1152(200 nM)を用いた。また、比較実験のため、他のキナーゼに対する阻害剤を用いて同様の実験を行った。他のキナーゼに対する阻害剤としては、プロテインキナーゼA阻害剤であるcAMP-Rp(1-100μM)及びKT5720(5-500 nM)、プロテインキナーゼC阻害剤であるビスインドリルマレイミド(0.01-5μM)及びスタウロスポリン(1-50 nM)、MAPK阻害剤であるPD98059(0.5-50μM)、PI3K阻害剤であるLY294002(1-50μM)、並びにMLCK阻害剤であるML-7(0.3-30μM)を用いた。(結果) 他のROCK阻害剤(Fasudil/HA1077及びH-1152)を用いた場合は、試験化合物を用いなかった場合に比し、コロニー形成における有意な増強が観察されたが、他のキナーゼに対する阻害剤を用いた場合には、そのような増強は観察されなかった。 以上より、ROCK阻害剤はヒトES細胞の生存率を特異的に向上し得ることが明らかとなった。実施例4:分散/再凝集したヒトES細胞の浮遊培養におけるROCK阻害剤による細胞死の抑制(方法) 実施例1と同様に、維持培養されたヒトES細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として分離し、さらに残存フィーダー細胞を除去後に、トリプシン処理によって単一細胞に分散した。遠心分離後に2×105細胞を分化誘導後用の無血清培養液(Watanabeら,Nature Neuroscience 8,288-296,2005;G-MEM、KSR、2-メルカプトエタノールを添加したもの。KSRは20%の濃度で添加。)に分散した。単一分散したヒトES細胞(1.0×105細胞/ml)を、非細胞接着性の35 mm培養プレートにおいて浮遊培養させることで、凝集塊を形成させ、同培養液で2-6日間培養した(SFEB法;上記のWatanabeらを参照)。2日間培養後に、TUNEL法(MEBSTAIN Apoptosis kit Direct,MBL社)により細胞死の割合を測定した。ROCK阻害剤Y-27632は、実施例1と同様に、細胞を分離する1時間前から処理し、分散後も維持培養液に添加した。比較として、細胞死抑制効果の報告のあるカスパーゼ阻害剤(ZVAD;10μM)とBDNF/NT-3/NT-4(各50 ng/mlの混合)を用いて実験を行った。また、それぞれの場合の6日後の生存細胞数を計測した。(結果) 2日間培養後、無添加対照の場合、TUNEL法で80%の細胞において細胞死が認められた。ROCK阻害剤処理した細胞では、9%の細胞においてのみTUNEL陽性であった。一方、カスパーゼ阻害剤(ZVAD;10μM)あるいはBDNF/NT-3/NT-4(各50 ng/ml)の添加でTUNEL陽性細胞がそれぞれ72%、69%であった。これらの結果は、ROCK阻害剤が強い細胞死抑制活性を有することを示す。それに呼応して、6日後の生存細胞数については、無添加群では分散培養開始時の8%であったが、ROCK阻害剤処理したものでは70%であり、多くの細胞が生存していた。カスパーゼ阻害剤処理、あるいはBDNF/NT-3/NT-4処理では、生存細胞はいずれも、播種した細胞数の10%未満であった。 以上より、ROCK阻害剤はヒトES細胞の生存率を著しく向上させることが明らかとなった。実施例5:単一分散させたヒトES細胞を用いたSFEB法による神経前駆細胞及び大脳前駆細胞の分化誘導(方法) 実施例4と同様に、維持培養を行ったヒトES細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として分離し、さらに残存フィーダー細胞を除去後に、トリプシン処理によって単一細胞に分散した。遠心分離後に分化誘導培養液に2×105細胞/mlで分散し、非細胞接着性の培養プレートを用いて浮遊培養させることで、浮遊凝集塊の無血清培養(SFEB法)を行った。さらに分化誘導培養開始後の最初10日間はNodal阻害剤のLeftyA(1μg/ml,R&D社)、Wnt阻害剤のDkk1(500 ng/ml,R&D社)、BMP阻害剤の可溶性BMPR1A-Fc(1.5μg/ml,R&D社)を添加した。16-35日間の無血清浮遊培養後、細胞塊を固定し、蛍光抗体法で免疫染色を行った。ROCK阻害剤Y-27632は実施例1と同様に、細胞を分離する1時間前から処理し、分散後も維持培養液に最初の6日間添加した。 大脳前駆細胞への分化は、浮遊細胞塊をSFEB培養25日後にポリ-D-リジン/ラミニン/フィブロネクチンでコートした培養スライドに移し、さらに10日間接着培養を行った。接着培養では、Neurobasal培地にB27(ビタミンA不含)、2 mM L-グルタミン(全てGibco-BRL)を添加したものを培養液に用いた。(結果) 分化培養開始20日後に、ROCK阻害剤処理したほぼ全ての細胞塊で神経前駆細胞マーカーのネスチン及びPax6陽性細胞が出現し始めた。分化培養24日後には、これらの陽性細胞数は増加し、約8割の細胞がPax6陽性細胞となった。一方、未分化ES細胞マーカーであるOct3/4陽性細胞は1割未満であった。分化培養35日後では、約6割の細胞塊で大脳前駆細胞であるマーカーBf1陽性が多数存在していた。このことは、ヒトES細胞から大脳神経組織が産生されたことを示す。ROCK阻害剤処理しなかった場合、分化培養7日後では生存細胞は殆ど存在しなかった。 一方、ROCK阻害剤で処理しなかったものでは、7日以降まで生存する細胞は稀であり、有意な浮遊細胞塊形成は認められなかった。 以上より、ROCK阻害剤はヒトES細胞の分化能を損なわないこと、及びROCK阻害剤により処理されたヒトES細胞は非常に効率良く分化し得ることが明らかとなった。実施例6:ROCK阻害剤添加による無フィーダー細胞培養による単一分散ヒトES細胞の培養(方法) マウス胎児線維芽細胞(MEF)などのフィーダー細胞を用いない無フィーダー細胞培養でも、ROCK阻害剤処理によりヒトES細胞の単一分散培養が可能かを実証するために、既知の文献(Xu C-H et al., Nature Biotechnol.19, 971-974 (2001))の方法に従って、MEFにより調製した細胞外マトリクス上でヒトES細胞を培養した。具体的には、上記文献に従い、コンフルエントに培養したMEFを培養ディッシュ上でデオキシコール酸法により溶解し、細胞外マトリクスのみ残した。その上に、単一分散したヒトES細胞(96ウェルの1ウェルあたり500個)を通常のMEF上での培養と同様の手法(前記の実施例)でY−27632処理下(10μM、または0μM)に播種した。培養液には、ヒトES細胞維持培地をMEFと予め一日間培養した馴化培地(conditioned medium)を用いた。5日後に形成したヒトES細胞コロニー数を計測した。(結果) Y−27632処理群では播種したヒトES細胞あたり10.2%と高いコロニー形成率を認めた。一方、Y−27632未処理群では、0.2%未満のコロニー形成率であった。また、Y−27632処理群で形成されたコロニーは未分化マーカーであるアルカリフォスファターゼ強陽性であった。これらの所見は、ROCK阻害剤がフィーダー細胞ではなく、直接ヒトES細胞に作用しコロニー形成を促進したことを示す。さらに、フィーダー細胞との共培養を用いなくとも、適切に調製した細胞外マトリクス上で、液性因子(例、馴化培地に含まれるもの)の存在下にヒトES細胞を培養する場合、ROCK阻害剤によりヒトES細胞の単一分散培養が可能であることが実証された。実施例7:ROCK阻害剤の短時間処理による単一分散ヒトES細胞の維持培養(方法) 単一分散ヒトES細胞の維持培養に関し、Y−27632が分散培養早期の細胞生存を促進するかを検討するために、Y−27632の処理時間を下記の3つの群に分けて、維持培養における細胞生存の促進効果を比較した。 第1群:ヒトES細胞の分散培養過程でY−27632処理(10μM、以下同様)を前処理1時間および分散後の培養の最初12時間のみ行ったもの。 第2群:ヒトES細胞の分散培養過程でY−27632処理を前処理1時間および分散後の培養の全期間行ったもの。 第3群:Y−27632処理を全く行わなかったもの。 これらの群について、MEF上での維持培養の系を用いて、播種した細胞数(6ウェルプレート1ウェルあたり5×104細胞)あたりの3日後の生存細胞数を計測した。(結果) Y−27632未処理の第3群は、3日後には、播種した全細胞数のうち1%未満の細胞しか生存しなかった。一方、Y−27632を分散後12時間処理した第1群では、播種細胞数の270%の細胞数を計測し、Y−27632を持続処理した第2群では、播種細胞数の290%の細胞数を計測した。これらの結果は、接着培養によるヒトES細胞の維持培養では、Y−27632処理は分散培養開始の半日程度で十分高い促進効果を有することを示す。実施例8:ヒトES細胞維持培養におけるROCK阻害剤処理による細胞増殖促進活性(方法) 上記の実施例7と同様の実験で、第1群、第2群について、培養期間を6日間に延長し、分散培養開始後6日間の細胞増殖に対するY−27632の効果を調べた。(結果) 6日後における細胞数は、第1群で当初の播種細胞数の670%に、第2群では860%に増加していた。分散培養開始後2日から6日間の間の細胞数をもとにしたpopulation doubling timeは第1群で49.0時間、第2群で41.5時間であり、第2群で倍加にかかる時間が短縮していた。なお、第1群、第2群の双方において、3日、5日の段階での細胞死の比率(活性型カスパーゼ3陽性細胞率)は全体の1%未満であった。これらの結果は、Y−27632が、分散培養開始直後に細胞生存支持活性を有することに加え、その後生存した細胞に対する細胞増殖促進活性をも有することを示す。 培地中で幹細胞をROCK阻害剤で処理することを含む、幹細胞の培養方法。 幹細胞がES細胞である、請求項1記載の方法。 幹細胞が霊長類由来幹細胞である、請求項1又は2記載の方法。 霊長類がヒトである、請求項3記載の方法。 幹細胞が分散した幹細胞である、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。 分散した幹細胞が、単一細胞であるか、又は細胞塊を形成している細胞である、請求項5記載の方法。 幹細胞を分散させることをさらに含み、かつ該分散の前又は後の少なくとも一方で、幹細胞がROCK阻害剤で処理される、請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。 ROCK阻害剤が、Y−27632、Fasudil又はH−1152である、請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。 培養方法が接着培養法又は浮遊培養法である、請求項1〜8のいずれか1項記載の方法。 培養方法が継代培養法又は分化誘導培養法である、請求項1〜9のいずれか1項記載の方法。 (a)幹細胞の純化又はクローン化、(b)幹細胞の遺伝子組換え株の製造、あるいは(c)浮遊培養による神経細胞の製造のために用いられる、請求項1〜10のいずれか1項記載の方法。 神経細胞が前脳神経細胞である、請求項11記載の方法。 ROCK阻害剤の存在下において幹細胞を培養することを含む、生存率及び/又は増殖能が改善された幹細胞あるいは分化効率が向上した幹細胞の分化細胞の製造方法。 ROCK阻害剤による幹細胞の処理方法。 幹細胞及びROCK阻害剤を含む、細胞調製物。 幹細胞が分散した幹細胞である、請求項15記載の細胞調製物。 ROCK阻害剤を含む、幹細胞の培養剤。 ROCK阻害剤を含む無血清培地。 幹細胞及びROCK阻害剤を培地中に含む、培養系。 【課題】胚性幹細胞(ES細胞)等の幹細胞の培養に有用な新規方法を提供する。【解決手段】培地中で幹細胞をROCK阻害剤で処理することを含む、幹細胞の培養方法;分散した幹細胞及びROCK阻害剤を含む、細胞調製物;ROCK阻害剤を含む、幹細胞の培養剤;ROCK阻害剤及びその他の構成要素を含む、組合せ物(例、組成物、キット);ROCK阻害剤を含む無血清培地;幹細胞及びROCK阻害剤を培地中に含む、培養系。幹細胞としては、例えばヒト由来細胞(例、ヒトES細胞)が好適に用いられ得る。【選択図】なし


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