タイトル: | 公開特許公報(A)_細胞培養方法 |
出願番号: | 2006224464 |
年次: | 2008 |
IPC分類: | C12N 5/06,C12N 1/00,C12M 1/00,C12M 3/00 |
渋谷 啓介 難波 勝 芳賀 良一 JP 2008043301 公開特許公報(A) 20080228 2006224464 20060821 細胞培養方法 株式会社日立プラントテクノロジー 000005452 平木 祐輔 100091096 渋谷 啓介 難波 勝 芳賀 良一 C12N 5/06 20060101AFI20080201BHJP C12N 1/00 20060101ALI20080201BHJP C12M 1/00 20060101ALI20080201BHJP C12M 3/00 20060101ALI20080201BHJP JPC12N5/00 EC12N1/00 AC12M1/00 CC12M3/00 Z 14 OL 15 4B029 4B065 4B029AA02 4B029BB11 4B029CC01 4B029DA01 4B029DF03 4B029DF05 4B065AA90X 4B065BB03 4B065BB10 4B065BB11 4B065BB12 4B065BB15 4B065BB19 4B065BC11 4B065BC13 4B065CA24 4B065CA25 本発明は、例えば、医薬品等の主原料となる物質を生産する細胞を培養する際に適用される細胞培養方法に関する。 抗体医薬をはじめとする医薬品は、細胞が産生する物質を主成分として含有している。このような物質は、例えば動物細胞により分泌生産されるため、動物細胞を培養し、培養液中に分泌された目的物質を分離精製することで得ることができる。 細胞培養における培養方式は、種細胞を摂取してから培養終了時まで何も加えない回分培養方式、培養中に制限基質を加えるが培養終了時まで培養液は抜き取らない流加培養方式、培地を連続的に加えると共に等量の培地を抜いていく連続培養法式の3種類に分類できる。工業的な大量培養にはバリデーションの容易さから回分培養法が現在多く用いられている。 細胞を用いた有用物質の生産方法においては、大量に使用する培地にかかるコストが高く、有用物質を低コストに提供することが困難である。したがって、細胞による有用物質の生産方法においては、より効率のよい培養方式が望まれている。現在主流の回分培養方式では、細胞の増殖と共に培地中の栄養源が減少し、乳酸、アンモニアなどの有害代謝産物が蓄積するため、細胞増殖期間を長く保つことができず、結果として有用物質の収率は低い。 この問題を解決するために、近年、流加培養方式が検討されている。この方式では、流加培養と流加方法を工夫する方式が提案されている。具体的には、エネルギー源の一つであるグルコースの利用と、主として乳酸代謝からTCAサイクルによる完全酸化とによってエネルギー源を効率的に利用させる方式である。これにより、有害代謝産物の蓄積を防いで高密度で細胞培養を達成することができる。また、流加培養方式は、回分培養方式で使用した既存の微生物培養装置の設備、ノウハウが応用できるメリットもある。しかしながら、流加培養においては、有害代謝産物の蓄積を抑えるために栄養成分を低濃度で使用せねばならず、培養初期の細胞増殖速度が低くなってしまう。その結果、流加培養方式では、有用物質の生産が長期に亘ってしまう結果、投入エネルギーが増大し、低コストに有用物質を生産できないといった問題がった。なお、動物細胞の流加培養方式を開示する文献として特許文献1を挙げることができる。 また、例えば、植物細胞を用いた有用物質の生産方法を開示する文献として特許文献2を挙げることができる。特許文献2には、培養開始時における糖濃度及び硝酸イオン濃度を比較的高い値に設定し、培養開始から所定の速度で糖及び硝酸イオンを添加することによって、植物細胞の高密度培養が可能となることが記載されている。しかし、特許文献2は、植物細胞を用いた特定の物質を生産する方法を開示するものであり、広く一般的に適用できる技術的思想を開示するものではない。また、特許文献1に開示された物質生産方法は、有害代謝産物の蓄積による細胞死といった問題を解決するものではなく、上述した流加培養方式における問題を解決するものではなかった。特表2004−532642号公報特開平08−154693号公報 そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、細胞培養による物質生産方法において高密度培養を可能とし、効率的に物質生産を可能とする細胞培養方法を提供することを目的とする。 上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討した結果、培養初期における特定の成分を高濃度として培養を開始し、所定のタイミングで培地を希釈し、その後、比較的低濃度の培地組成で流加培養を行うことによって、細胞増殖速度を高く維持しつつ有害物質の蓄積を抑えることできることを見いだし、本発明を完成するに至った。 すなわち本発明に係る細胞培養方法は、アミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より高くし、及び/又は炭素源濃度を当該炭素源が自己分解を起こす濃度より高くした培地を用いて初期培養を行い、上記培地中の細胞数密度変化の時間積分値が設定値に達した後に上記培地を希釈し、アミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より低くし、及び/又は炭素源濃度を上記炭素源が自己分解を起こす濃度より低くした培地を用いて流加培養を行う。 本発明に係る細胞培養方法において、上記アミノ酸又は炭素源が自己分解を起こす濃度は、培養対象の細胞に由来するアミノ酸分解酵素によりアンモニアが生成される濃度、培養対象の細胞に由来する炭素源分解酵素により乳酸が生成される濃度であることが好ましい。また、本発明に係る細胞培養方法において、上記流加培養の際には、上記アミノ酸濃度又は上記炭素源濃度を上記細胞が増殖可能な濃度より高くすることが好ましい。 ここで、アミノ酸としてグルタミンを対象とする場合、グルタミンが自己分解を起こす濃度としては例えば1.8mMとすることができる。また、炭素源としてグルコースを対象とする場合、グルコースが自己分解を起こす濃度としては例えば2mMとすることができる。 また、本発明に係る細胞培養方法において上記設定値は、培養対象の細胞の比増殖速度の最大値の半値を超える比増殖速度を維持するような細胞数密度変化の時間積分値の範囲内に設定されることが好ましい。 本発明により、細胞が分泌する有害物質の蓄積を低く抑えることができ、細胞を高密度で培養することができる優れた細胞培養法を提供することができる。本発明に係る細胞培養方法によれば、細胞が産生する物質を低コストに製造することができる。これにより、例えば医薬品の主成分となる有用物質を低コストに生産することができる。 以下、本発明に係る細胞培養方法を図面を参照して詳細に説明する。本発明に係る細胞培養方法は、医薬品等の主原料となる物質を生産する細胞を培養する際に適用することができる。本発明において、生産対象の物質としては、何ら限定されるものではなく、例えば抗体や酵素等のタンパク質、低分子化合物及び高分子化合物等の生理活性物質を挙げることができる。また、培養対象の細胞としては、何ら限定されるものではなく、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、細菌、酵母、真菌及び藻類等を挙げることができる。特に、本発明に係る細胞培養方法は、抗体や酵素等のタンパク質を生産する動物細胞を培養対象とすることが好ましい。 本発明に係る細胞培養方法では、先ず、アミノ酸濃度及び/又は炭素源濃度を所定の値に調整した初期培地を準備する。ここで、アミノ酸とは、天然タンパク質を構成する20種類のアミノ酸、シスチン、ヒドロキシリジン、ヒドロキシプロリン、チロキシン、O-ホスホセリン、デスモシン等を挙げることがでる。特に、初期培地において濃度を規定するアミノ酸としては、培養対象の細胞に由来するアミノ酸分解酵素の作用によりアンモニアに代謝されるアミノ酸であることが好ましい。具体的に、初期培地において濃度を規定するアミノ酸としてはグルタミンであることが好ましい。 また、濃度を規定する炭素源としては、特に限定されないが、細胞培養に一般的に使用される炭素源を挙げることができる。例えば、グルコース、ラクトース、ガラクトース、ラフィノース、マンノース、セロビオース、アラビノース、キシロース、ソルビトール、フルクトース、スクロース及びマルトース等の糖類を挙げることができる。また、炭素源としては、糖類以外にもアルコールを使用しても良い。 本発明に係る細胞培養方法においては、初期培地におけるアミノ酸濃度及び/又は炭素源濃度は、アミノ酸及び炭素源が自己分解を受ける濃度よりも高くなるように調整される。このような濃度範囲とすることによって、培養対象の細胞は初期培地において非常に優れた比増殖速度を維持して増殖することとなる。また、初期培養においては、アミノ酸及び/又は炭素源に由来する有害代謝物質の蓄積が低く抑えられるので、培養対象の細胞を死滅させることはない。 ここで、アミノ酸及び炭素源が自己分解を受ける濃度とは、培養対象の細胞が産生する分解酵素によってアミノ酸及び炭素源が代謝される過程で有害代謝物質が生産され始める濃度である。有害代謝物質の蓄積量は、培地中のアミノ酸濃度及び炭素源濃度に依存して増加する。したがって、培地中の有害代謝物質の蓄積量を定量することによって、アミノ酸及び炭素源について自己分解を受ける濃度をそれぞれ一義的に決定することができる。なお、自己分解を受ける濃度は、アミノ酸の種類、炭素源の種類、細胞の種類及び培養条件によって異なる値となるが、特定のアミノ酸、炭素源、細胞及び培養条件とすることによって一意に決定することができ。例えば、アミノ酸としてグルタミン、細胞として結腸直腸癌由来のTH29細胞株を使用した場合、以下のように有害代謝物質であるアンモニアの蓄積量とグルタミン濃度との関係を決定することができる。すなわち、TH29細胞をトリスバッファーで洗浄後、23G注射針に5回出し入れすることにより細胞を破砕する。この液に所定濃度のグルタミンを含んだK2HPO4液(pH8.0)を加え30分間インキュベーションを行い、氷冷したトリクロロ酢酸を添加することによって反応を停止する。その後、溶液中のアンモニア濃度をアンモニア分析計(例えばBioProfileTM;nova社)で測定する。各グルタミン濃度でのアンモニア量をグラフにプロットすることで、その細胞でのグルタミナーゼの活性に由来する、アンモニアの蓄積量とグルタミン濃度との関係を決定することができる(参考:Turner A, McGivan JD. "Glutaminase isoform expression in cell lines derived from human colorectal adenomas and carcinomas." Biochem J. 2003 Mar 1;370(Pt 2):403-408)。 また、本発明に係る細胞培養方法では、上述した初期培地で細胞培養を開始してから所定の間隔で培地中の細胞数密度変化の時間積分値を計算する。細胞数密度の時間積分値は、培地の一部をサンプリングして細胞数をカウントし、細胞数と培地容量と培養時間とから計算される値である。細胞数密度の時間積分値は、cells・day/Lの単位で与えられる。 本発明に係る細胞培養方法においては、細胞数密度の時間積分値が設定値となった後、初期培地を希釈して、アミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より低くし、及び/又は炭素源を上記炭素源が自己分解を起こす濃度より低くした培地組成とする。ここで、設定値とは、培養対象の細胞が高い比増殖速度を維持する時の細胞数密度の時間積分値として設定される。具体的に設定値は、細胞数密度の時間積分値と比増殖速度との関係をプロットした時に、比増殖速度の最大値の半値を維持する細胞数密度変化の時間積分値の範囲として定義される。 細胞数密度変化の時間積分値が設定値となった後に初期培地を希釈する際には、所定の組成比とした希釈用培地や、所定の塩濃度に規定した緩衝液を使用することができる。希釈する際には、希釈の結果、培地中のアミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より低くし、及び/又は炭素源濃度を上記炭素源が自己分解を起こす濃度より低くする。なお、希釈後の培地において、アミノ酸濃度及び炭素源濃度は、細胞の増殖に必要な濃度を超える値とすることが好ましい。また、希釈後の培養は、細胞の増殖によって消費された成分を適宜の間隔で添加する流加培養とする。流加培養の際に添加する培地(フィード培地)は、培養体積を増大させないように高濃度培地とすることが好ましい。 フィード培地の添加量及び添加時期は、培養中の培地をモニタリングして適宜、決定しても良いし、培養対象の細胞及び培地の組合せから予め決定されていてもよい。培地をモニタリングする際には、細胞数、生細胞数、生存率、アミノ酸濃度、炭素源濃度からなる群から選ばれる1つ以上の値を測定する。これらの数値は、通常の培養槽に備わっている培地成分測定装置を使用して測定することができる。 以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。〔実施例1〕無血清培地による流加培養(培地の設計) 本実施例においては、初期培地と栄養成分補助添加培地(フィード培地)の2種を準備した。通常細胞の培養では、動物から抽出された血清を基本培地に添加した培養を行うが、例えば医薬品製造の際にはBSE等の感染症のリスク、精製での支障、コストの問題があるため、血清の代替品として合成した培地を使用することが好ましい。本実施例で調整した培地の組成を表1に示す。 初期培地は、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、血清代替成分からなり、アミノ酸の各成分は細胞の成長に必要な最低限の濃度で構成した。フィード培地に関しては増殖の際、細胞1個が増えるために使われる各栄養素の量を細胞内の代謝反応式から求め、培地の成分比を決定した。よって、増殖細胞数がわかればそれに必要なフィード培地の量が決定する。フィード培地を添加した際の培養培地の体積が大きく変化しないように可能な限り高濃度の培地を調製した。その為、本実験では添加培地により増加した培養体積の影響は無視できる。(フィード培地の添加制御) フィード培地の添加の制御は、以下の2通りが考えられる。一つは、次回添加時までに増殖する細胞数を予測し、それに応じてフィード培地を添加する方法。もう一つは、培地成分が所定の濃度幅に保たれるように制御する方法で、細胞により消費され減少した差分だけフィード培地を添加する方法である。ただし、栄養分の枯渇が起こらないように、細胞増殖が大きい場合には短い間隔でモニターしてフィード培地を添加する必要がある。モニタリングする成分はフィード培地の構成成分の中の少なくとも1成分測定すれば充分であり、精度を向上させるために2成分以上の項目を測定しても構わない。本実験では、後者の栄養素の減少分をフィード培地で補う方法をとった。本実験で指標としたのはアンモニアの蓄積に最も影響するグルタミン量とした。 フィード培地の供給は、12時間ごとに培養液中のグルタミン濃度を測定し、グルタミン濃度が0.2 mMから1.8 mMの範囲になるように制御を行った(図1参照)。また、そのときのグルコース濃度は0.2 mMから2 mMの範囲であり(図2参照)、目標の制御幅に収まっていた。この濃度範囲は、細胞の生育が最低限維持できる濃度を下限とし、自己分解等で余分な有害代謝物質がほとんど産生しない濃度を上限濃度とした。これらの濃度幅は細胞により異なるものであり、使用する細胞ごとで適切な濃度範囲を設定すればよい。(1Lバイオリアクターによる流加培養) 本実施例ではマウス/マウスハイブリドーマであるCRL-1606細胞を用いた。この細胞は抗フィブロネクチン抗体を分泌する浮遊系の細胞である。 1L培養槽に上記設計した初期培地を750mL張り込み、CRL-1606細胞の懸濁液を50mL添加することにより、最終細胞数密度1.5×105個/mLで800mLとした。培養では、溶存酸素60%飽和空気、pH7.2、温度37℃と一定になるように制御を行った。 12時間に一度、培養槽から無菌的にサンプリングを行い、そのサンプル中のグルタミン、グルコース、細胞数、生存率、アンモニア、乳酸、抗体を測定した。グルタミン、グルコース、乳酸の測定はバイオセンサBF-4(王子計測機器)を用いて測定した。細胞数はコールターカウンタを用い、生存率は細胞をトリパンブルーで染色し、血球計算盤を用いて計数した。アンモニアの定量では、アンモニア定量キットであるアンモニアテストワコー(和光純薬)を用いて定量した。抗体の定量では、ELISA法を用いて定量を行った。 サンプリング毎に即座にグルタミンの濃度測定を行い、設定値(1.8mM)になるように細胞により消費された減少分をフィード培地を添加することで補った。フィード培地は、天秤の上に置かれており、フィード培地を添加する際には、ペリスタポンプを駆動させ、天秤上の培地量の減少を測定することにより添加量を制御した。 実験は培養方式、培地を変え、以下の4種類の実験条件で行った。培養1:血清培地、回分培養培養2:無血清培地、回分培養培養3:無血清培地、流加培養培養4:無血清培養、流加培養 培養1で使用した血清培地は、IMDM培地に5%FBSを添加した培地である。培養2で使用した無血清培地はハイブリドーマ用無血清培地IBL MediaIII培地(免疫科学研究所)である。培養3、及び培養4は、表1に示した組成の無血清培地を使用しており、初期培地中の血清代替成分の濃度を変え、培養3では血清代替成分は通常用いられる濃度、培養4ではその10倍濃度を添加している。ともに流加培養方式で培養した。 図3にそれぞれの培養条件で培養したときの増殖曲線を示す。回分方式と流加培養方式を比べると、到達細胞数密度は流加培養方式の方が大きかった。培養3と培養4を比較すると、培養3では細胞は1×106個/mLで生細胞数密度が維持されるのに対し、培養4では3×106個/mLまで増殖し続け、血清代替成分が高濃度(10倍)である方が、流加培養に適していることがわかる。 培養培地中のアンモニア濃度の経時変化を図4Aに示す。回分方式で培養した場合、アンモニアの最大蓄積濃度は5mMであり、流加方式で培養した場合には、9mMであった。回分方式でアンモニアの最大蓄積濃度が小さいのは、栄養素の枯渇や乳酸等の影響でアンモニア蓄積が最大限に達する前に細胞の増殖が止まったためと考えられる。図4Bに生細胞数変化の時間積分とアンモニア量との関係を示す。単位細胞、単位時間あたりのアンモニアの生成量はグラフの傾きで表される。グラフの傾きは流加培養の培養3、培養4はいずれも回分培養である培養1、培養2より小さく、流加培養方式をとることによりアンモニアの生成量を抑制できることがわかる。また、培養3と培養4を比較すると、培養4の方が若干アンモニア生成速度が小さい。これにより、培養4の方が培養3に比べ生細胞数を高密度に培養できたと考えられる。このように高濃度血清代替成分はアンモニア生成速度を低くする効果がある。 培養培地中の乳酸濃度の経時変化を図5Aに示す。血清培地で培養した場合、乳酸の最大蓄積濃度は30mMであり、無血清培地で培養した場合には、回分培養、流加培養に関わらず20mMであった。このように、無血清培地で培養することにより、乳酸の最大濃度を減少させることが可能であることがわかる。また、回分培養では、乳酸濃度は最大に達した後はそのまま一定の濃度に維持されるが、流加培養ではその後、乳酸濃度は減少に転じる。特に培養4の条件では乳酸は5mMまで大きく減少した。図5Bに生細胞数変化の時間積分と乳酸量との関係を示す。単位細胞、単位時間あたりの乳酸の生成量はグラフの傾きで表される。グラフの傾きは流加培養の培養3、培養4はいずれも回分培養である培養1、培養2より小さく、流加培養方式をとることにより乳酸の生成量を抑制できることがわかる。 抗体濃度の経時変化を図6に示す。培養1、培養2、培養3、培養4それぞれ、最終抗体濃度は、50mg/mL(培養期間4日)、8mg/mL(培養期間5日)、173mg/mL(培養期間23日)、437mg/mL(培養期間23日)となり、流加培養を行うことで、高濃度の抗体を得ることができた。抗体の精製では高濃度の抗体の方が高い収率を得られるため、高濃度の抗体を得ることができるのは大きなメリットである。流加培養において、乳酸濃度と抗体産生速度の関係(図7)をみると乳酸濃度が低くなるにつれ抗体産生速度が高まることがわかる。培養4では、培養途中で乳酸濃度が下がることより、効率よく抗体産生がなされた。〔実施例2〕 実施例1で行った流加培養では、播種直後から細胞が増殖を始めるまでが回分方式に比べて非常に長い。流加培養では有害代謝物質であるアンモニア及び乳酸の分泌を効果的に抑えるため、アミノ酸及び炭素源の濃度を低濃度に抑えている。この濃度でも細胞は増殖するのは可能であるが、増殖速度を回分培養並に維持するには不十分な濃度である為、増殖し始めるのに時間がかかったと考えられる。 実施例1の培養において比増殖速度と生細胞数密度変化の時間積分との関係(図8)をみると、培養2と培養3では生細胞数密度変化の時間積分が同じ値で比増殖速度が最大となっている。これは、細胞が分泌する増殖に関与する成分が存在し、初期の培地中には増殖に必要な成分が含んでいないが、培養中に細胞自ら増殖に必要な成分を作り出し、一定濃度に達すると細胞の増殖が効率よくおこなわれるためである。回分培養では、播種直後でも比較的早い増殖速度をもっているが、流加培養ではきわめて遅いことが図7のグラフからわかる。そこで、流加培養の播種直後の増殖の悪さを改善するために、以下に示す流加培養法を検討し、シミュレーションを行った。データは実施例1で培養した実験データを用いた。 初期培地は、グルタミン濃度を自己分解によりアンモニアが生成する濃度を超える範囲とし、グルコース濃度を自己分解により乳酸が生成する濃度を超える範囲とした。初期培地による培養に際してカウントした生細胞数から生細胞数密度変化の時間積分を計算した。生細胞数密度変化の時間積分が2×108 cells・day/L(図8よりわかるように1×108 cells・day/Lから5×108 cells・day/Lの範囲でも、効率よく培養できる。これは、細胞種、使用する培地によって変わるものであり、適切な値の範囲を使用すればよい。)になった時点で、希釈用培地を加えて希釈していった。この希釈培地は細胞の浸透圧を保つため塩濃度を調整した緩衝液を使用する。培養液の希釈では、細胞の増殖に有効な成分の濃度が低くならないよう、細胞の増殖の割合にあわせて希釈を行う。すなわち、細胞数密度が一定を保つように希釈すればよい。希釈により初期の培地体積の5倍(この倍率は初期の培地濃度とアミノ酸最低必要量との比で決まる。細胞種によっても異なるので、細胞種に合わせて適切な倍率を決定する。)まで体積が増加したところで、希釈を停止する。その後、培地中の栄養成分の減少量をモニターし、培地中の栄養成分が枯渇しないよう、高濃度栄養成分であるフィード培地を適量添加していく。 このような制御を行った際の培地体積の経時変化と細胞数密度の経時変化を図9に示す。この培養制御をとることにより、培養日数25日で、細胞数は播種時の細胞数から150倍まで増殖させることができる。実施例1の培養日数23日で30倍という結果と比較すると培養期間が2日伸びるものの5倍の抗体収率が可能である。このときの培地中のアンモニア濃度と乳酸濃度の経時変化は図10の通りであり、有害物質の蓄積を効率よく抑制できていることわかる。また、乳酸に関しても、長期間の培養によって減少させることができており、更なる抗体産生の効率化が実現できることがわかる。 本実施例2に示した流加培養制御を用いることで、少ない細胞数で播種することが可能となる。通常、播種する際の細胞は最終体積の10分の1の体積で増殖培養させた細胞が用意される。産業用の培養槽では10m3を超す培養槽で培養するため、播種するための種細胞を準備するには、時間と培地等のコストが莫大にかかる。しかし、本制御法を用いることで種細胞の時間、コストが大幅に削減できる。 〔実施例3〕流加培養装置 実施例2で示した流加培養方式を実現する培養装置を示す。ただし、ここで示す流加培養装置は上記培養方式を可能にする一つの形態であり、これに限られるものではない。 本流加培養装置は、培養槽に加温用ヒーター11、攪拌翼9、焼結金属製液中通気散気管(焼結スパージャー)10、温度測定電極、pH電極、DO電極、生細胞計、及びこれらを計測して調節する制御装置5から構成されている。 温度の制御は、温度測定電極によりモニターし、加温用ヒーター11を制御することで目的の温度に制御される。pHの制御は、pH電極により培養液中のpHを測定し、培養槽気相部に供給するガス中の炭酸ガスの濃度を増減させることにより調節する。また、細胞が増殖して細胞数密度が高くなるとpHは酸性側にいき、炭酸ガスの調整だけでは制御できなくなため、水酸化ナトリウム等のアルカリ溶液を適量添加することでpHの制御を行う。DO電極により培養液中の溶存酸素濃度をモニタリングすることで、培養中に消費した酸素を適量補う。溶存酸素の調節は液中通気用散気管及び気相部に酸素含有ガス(DOを上げる場合)及び窒素含有ガス(DOを下げる場合)を供給することで行われる。 本流加培養方式では、生細胞数をモニタリングすることで制御できる。実施例2に示したように、希釈の開始は生細胞数変化の時間積分が設定値に達した際に行う。希釈液は希釈用バッファータンクからポンプを用いて培養槽に添加することにより行う。生細胞数密度が出来るだけ一定となるように適時生細胞をモニタリングしながら、流量を調整し添加する。培養槽内の培地量が目的の体積に達したら希釈を停止し、フィード培地の添加を始める。生細胞数をモニタリングし、生細胞数の増加分だけフィード培地を添加する。本装置では、生細胞数を指標としたフィード培地の添加制御を行っているが、フィード培地の設計方法からわかるように、添加に必要な成分(例えばグルタミン、グルコース)を指標としてフィード培地の添加量を決めてもよい。本流加培養装置において以上の制御を行うことにより、本流加培養制御が可能となる。培養液中のグルタミン濃度の経時変化を示す図である。培養液中のグルコース濃度の経時変化を示す図である。生細胞数の経時変化を示す図である。図Aは培養液中のアンモニア濃度の経時変化を示す図であり、図Bはアンモニア量と(生細胞数)×(培養時間)との関係を示す図である。図Aは培養液中の乳酸濃度の経時変化を示す図であり、図Bは乳酸量と(生細胞数)×(培養時間)との関係を示す図である。培養液中の生産された抗体濃度の経時変化を示す図である。抗体産生速度と乳酸濃度との関係を示す図である。比増殖速度と(生細胞数)×(培養時間)との関係を示した図である。流加培養制御を行った際の培地体積変化とその時の細胞数密度の経時変化をシミュレーションにより示した図である。図9の流加培養制御により蓄積されるアンモニア及び乳酸の濃度の経時変化をシミュレーションによって示した図である。図9の流加培養制御を実現する流加培養装置である。符号の説明1…ポンプ、2…排ガス口、3…フィード培地添加口、4…希釈用液添加口、5…培養コントローラー、6…フィード培地、7…希釈用液、8…培地成分分析計、9…攪拌翼、10…焼結スパージャー、11…ヒーター アミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より高くし、及び/又は炭素源濃度を当該炭素源が自己分解を起こす濃度より高くした培地を用いて初期培養を行い、 上記培地中の細胞数密度変化の時間積分値が設定値に達した後に上記培地を希釈し、アミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より低くし、及び/又は炭素源濃度を上記炭素源が自己分解を起こす濃度より低くした培地を用いて流加培養を行う、細胞培養方法。 上記アミノ酸又は炭素源が自己分解を起こす濃度は、培養対象の細胞に由来するアミノ酸分解酵素によりアンモニアが生成される濃度、培養対象の細胞に由来する炭素源分解酵素により乳酸が生成される濃度であることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。 上記流加培養の際には、上記アミノ酸濃度又は上記炭素源濃度を上記細胞が増殖可能な濃度より高くすることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。 上記アミノ酸はグルタミンであり、グルタミンが自己分解を起こす濃度が1.8mMであることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。 上記炭素源はグルコースであり、グルコースが自己分解を起こす濃度が2mMであることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。 上記設定値は、培養対象の細胞の比増殖速度の最大値の半値を超える比増殖速度となる細胞数密度変化の時間積分値の範囲内に設定されることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。 上記設定値は、1×108 cells・day/Lから5×108 cells・day/Lの範囲であることを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。 上記流加培養する工程では、細胞により消費された培地成分を添加することを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。 上記流加培養する工程では、細胞数、生細胞数、生存率、アミノ酸濃度、炭素源濃度からなる群から選ばれる1以上の値に基づいて培地成分の添加量が決定される請求項8記載の細胞培養方法。 培養槽と、当該培養槽に接続され当該培養槽内に希釈液を供給する希釈液供給装置と、当該培養槽内に培地成分を供給する培地供給装置と、当該培養槽、当該希釈液供給装置及び当該培地供給装置を制御する制御装置を備え、 上記培養槽は、アミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より高くし及び/又は炭素源濃度を当該炭素源が自己分解を起こす濃度より高くした初期培地により初期培養を行い、上記制御装置は、初期培地中の細胞数密度変化の時間積分値が設定値に達した後に上記希釈液供給装置を制御して初期培地を希釈液で希釈し、アミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より低くし、及び/又は炭素源濃度を上記炭素源が自己分解を起こす濃度より低くした培地とし、その後、上記培地供給装置を制御して所定量の培地成分を上記培養槽に添加して培地流加培養を行う細胞培養装置。 上記培養槽中の培地をサンプリングして生細胞数をカウントするカウンタ装置を更に備えることを特徴とする請求項10記載の細胞培養装置。 上記培養槽中の培地をサンプリングして、培地成分中に含まれるアミノ酸濃度及び/又は炭素源濃度を測定する成分分析装置を更に備えることを特徴とする請求項10記載の細胞培養装置。 上記制御装置は、培地中の細胞数、生細胞数、生存率、アミノ酸濃度、炭素源濃度からなる群から選ばれる1つ以上の値に基づいて培地成分の添加量を決定することを特徴とする請求項10記載の細胞培養装置。 上記制御装置は、上記設定値として培養対象の細胞の比増殖速度の最大値の半値を超える比増殖速度となる細胞数密度変化の時間積分値の範囲を上記設定値として予め記憶しており、培地中の生細胞数をカウントした値に基づいて細胞数密度変化の時間積分値を計算し、上記希釈液供給装置を制御することを特徴とする請求項10記載の細胞培養装置。 【課題】細胞培養による物質生産方法において高密度培養を可能とし、効率的に物質生産を可能とする。【解決手段】アミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より高くし、及び/又は炭素源濃度を当該炭素源が自己分解を起こす濃度より高くした培地を用いて初期培養を行い、上記培地中の細胞数密度変化の時間積分値が設定値に達した後に上記培地を希釈し、アミノ酸濃度を当該アミノ酸が自己分解を起こす濃度より低くし、及び/又は炭素源濃度を上記炭素源が自己分解を起こす濃度より低くした培地を用いて流加培養を行う。【選択図】なし