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タイトル:特許公報(B2)_球脊髄性筋萎縮症の病態を再現する非ヒト動物、及び球脊髄性筋萎縮症治療剤
出願番号:2004528895
年次:2006
IPC分類:A01K 67/027,G01N 33/15,G01N 33/50


特許情報キャッシュ

祖父江 元 勝野 雅央 足立 弘明 JP 3777481 特許公報(B2) 20060310 2004528895 20030818 球脊髄性筋萎縮症の病態を再現する非ヒト動物、及び球脊髄性筋萎縮症治療剤 財団法人名古屋産業科学研究所 598091860 小西 富雅 100095577 萩野 幹治 100114362 祖父江 元 勝野 雅央 足立 弘明 JP 2002238599 20020819 20060524 A01K 67/027 20060101AFI20060427BHJP G01N 33/15 20060101ALI20060427BHJP G01N 33/50 20060101ALI20060427BHJP JPA01K67/027G01N33/15 ZG01N33/50 Z A01K 67/027 BIOSIS(DIALOG) JICSTファイル(JOIS) SwissProt/PIR/GeneSeq GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq PubMed Am. J. Hum. Genet., (2000), 67 [4], suppl.2, p.A51 Hum. Mol. Gen., (2001), 10, [10], p1039-1048 4 JP2003010423 20030818 WO2004016083 20040226 32 20050620 内藤 伸一 本発明は遺伝子の改変が施された非ヒト動物に関する。詳しくは球脊髄性筋萎縮症に特徴的な症状及び病理所見を呈する非ヒト動物及びその利用、並びに球脊髄性筋萎縮症の治療剤及び治療方法に関する。 球脊髄性筋萎縮症(SBMA)は、伴性劣性遺伝形式を呈し、成人期に発症する緩徐進行性の下位運動ニューロン疾患である(Sobue et al.,1989;Kennedy et al.,1968)。主症状は四肢近位部の筋力低下・筋萎縮と球麻痺であるが、深部感覚障害を主体とする感覚神経障害も認められる。随伴症状として、女性化乳房を高率に認めるほか、肝機能障害、耐糖能異常、高脂血症、高血圧症などがしばしばみられる。女性様皮膚、睾丸萎縮、不妊、陰萎を認めることもある。女性保因者は通常無症状だが、手指の振戦や、有痛性筋痙攣、軽度の血清CK値上昇などを認めることもある(Sobue et al.,1993)。根本的治療は存在せず、対症療法としてテストステロンが使用されることがあるが、効果は乏しく長期間の有効性は認められていない。 SBMAの病態は脊髄前角細胞や顔面神経核、舌下神経核の変性、脱落であり、その原因はアンドロゲン受容体(AR)第1エクソン内のCAGリピートの異常延長である(La Spada et al.,1991)。ARのCAGリピート数は、正常では12〜34程度であるが患者では40〜62程度に延長している。このためSBMAは、ハンチントン病や脊髄小脳変性症などと並んで、ポリグルタミン病と呼ばれ、これらの疾患においては表現促進現象(anticipation)やCAGリピート数のばらつき(体細胞モザイク)(Tanaka et al.,1999)、主に神経組織が選択的に障害されるという、共通の病態が観察される。また、他のポリグルタミン病と同様SBMAにおいても、CAGリピート数は筋力低下の発症年齢と負の相関を示し、年齢補正した重症度とは正の相関を示す(Doyu et al.,1992)。 病理学的には、抗ポリグルタミン抗体および抗アンドロゲン受容体抗体で染色される核内封入体を、脊髄前角細胞や下位脳神経運動核、腎、精巣、皮膚などで認める(Li et al.,1998a;Li et al.,1998b)。核内封入体はポリグルタミン病の病理学的特徴でもあり、病態に関与していると考えられている(Zoghbi and Orr,2000,Paulson,2000)。しかし、ポリグルタミン病の病態生理における核内封入体の重要性についてはいまだ議論が絶えず、核内封入体はポリグルタミン鎖の毒性から神経細胞を保護する細胞側の防御メカニズムを反映しているとの見方もある。一方、殆どのポリグルタミン病において、ポリグルタミン鎖を含む変異タンパクの核内移行が病態形成に必要不可欠であることが、多くの研究により示唆されている(Klement et al.,1998,Saudou et al.,1998)。他のポリグルタミン病と異なりSBMAにおいては、特異的リガンドの影響で変異タンパクの細胞内分布が変化する点がユニークである。すなわち、SBMAの原因タンパクであるARは、通常細胞質に複合体として不活化された状態で存在しており、リガンドであるテストステロンと結合することで核内に移行することが知られている(Zhou et al.,1994)。 ポリグルタミン病の病態には、原因蛋白の機能障害も関わっている可能性があるが、ポリグルタミン鎖自体が持つ毒性、すなわちtoxic gain of functionが主な病因であると考えられている(Zoghbi and Orr,2000,Rubinsztein 2002)。異常延長したポリグルタミンがARの転写活性を低下させ、他の転写因子などとの結合を阻害することは培養細胞レベルで報告されているが(Mhatre et al.,1993,Kazemi−Esfarjani et al.,1995,Chamberlain et al.,1994,Nakajima et al.,1996)、SBMAにおける神経障害はARの機能低下では説明困難である(Maclean et al.,1995,McPhaul et al.,1993)。テストステロンを投与してもSBMAの症状が改善しないのは、こうした理由によるものと考えられる(Danek et al.,1994,Goldenberg et al.,1996,Neuschmid−Kaspar et al.,1996)。 現在、ポリグルタミン病に対しては効果的な治療戦略はない。マウスレベルでは、ハンチントン病の遺伝子導入(Tg)モデルにおいてcaspase−1のdominant−negative変異が生存を延長し核内封入体の形成を抑制することが報告されている(Ona et al,,1999)。また、導入遺伝子の発現を抑制することで、症状や病理所見が可逆的に改善されることが、他のハンチントン病のTgモデルでは示されている(Yamamoto et al,,2000)。しかし、こうした遺伝子の修飾は直接臨床応用することが困難である。一方、トランスグルタミナーゼ阻害剤がDRPLAの細胞モデルにおいて凝集体形成やアポトーシスを抑制し(Igarashi et al.,1998)、ハンチントン病のTgモデルでも生存を延長することが報告されている(Karpuj et al.,2002)。またハンチントン病の細胞モデルでは特異抗体や小分子によるハンチンチンの凝集を抑制することが(Heiser et al.,2000)、Tgモデルではクレアチンが生存を延長し運動障害の発症を遅らせることも報告されている(Andreassen et al.,2001)。分子シャペロンであるHSP70の過剰発現はMachado−Joseph病のショウジョウバエモデル(Warrick et al.,1999)やSCA1の細胞およびマウスモデルにおいて、障害の予防効果を示している(Cummings et al.,1998,Cummings et al.,2001)。HSP70とHSP40の組み合わせは、SBMAの細胞モデルでも治療効果を発揮している(Kobayashi et al.,2000)。しかしながら、これらの治療的アプローチは障害の予防・遅延に関してその効果は不十分であると言わざるを得ない。最近になり、ヒストン脱アセチル酵素阻害剤の効果がハンチントン病のショウジョウバエモデルで示され、今後ポリグルタミン病の治療として期待される(Steffan et al.,2001)が、マウスでの治療効果は未だ報告されていない。 一方SBMAのモデルマウスの作出及びそれを用いた治療法の開発が試みられており、これまでにもいくつかの報告がなされている。SBMAと同程度の45又は66CAGリピート、を有するヒトアンドロゲン受容体遺伝子(AR遺伝子)を導入したマウスでは表現型は認められなかったため(Bingham et al.,1995,La Spada et al.,1998,Merry et al.,1996)、症状を有するマウスを得る目的でtruncationされたAR遺伝子や強力なプロモーターを有するTgマウスが開発された。AR遺伝子のプロモーター下で239CAGリピートのみを発現するマウス(Adachi et al.,2001)および112CAGリピートを有するtruncated AR遺伝子を導入したマウス(Abel et al.,2001)では、歩行障害や体重減少、寿命短縮などの症状に加え、脊髄運動ニューロンなどに核内封入体が認められた。 先に述べた通り、SBMAにおいては患者の殆どは男性であり、女性では遺伝子異常を有する保因者であっても症状が殆どみられないという、性差が著明である。しかし、これまで報告された、切断されたAR遺伝子を導入したトランスジェニックマウスにおいては、このような症状の性差はみられていない(Adachi et al.,2001,Abel et al.,2001)。症状の性差が認められない理由は、これらのマウスにおける導入遺伝子が全長のものではなく、リガンド(テストステロン)の結合部位を有していないためと考えられる。全長のヒトARを導入したSBMAのTgモデルは過去に1つだけ報告があり、運動障害を呈するとされているが、症状の性差などは報告されていない(Morrison et al.,2000)。 以上の背景の下、本発明はポリグルタミン病(中でも特に球脊髄性筋萎縮症)の治療法の確立を最終目標とするものであって、その具体的な課題はヒト球脊髄性筋萎縮症の病態を忠実に再現するモデル動物を提供すること、当該モデル動物を用いたポリグルタミン病の治療剤のスクリーニング方法ないし評価方法を提供すること、並びにポリグルタミン病の治療剤及び治療方法を提供することである。 以上の課題に鑑みて鋭意検討を行ったところ、本発明者らはヒト球脊髄性筋萎縮症(SBMA)の病態を忠実に再現する遺伝子導入マウスの作製に成功した。即ち、まずその繰返し数が24又は97のCAGリピート配列を有するヒトアンドロゲン受容体(AR)遺伝子を含むDNAコンストラクトを用いて遺伝子導入マウス(Tgマウス)の作製を試みた。得られたTgマウスにおいてその症状及び病理所見を検討したところ、繰返し数が97のCAGリピート配列を有するヒトARを発現するTgマウスにおいてSBMAの病態が忠実に再現されていた。特に、従来報告されている各種のSBMAモデルマウスとは異なり、症状の性差が顕著であるというヒトSBMAの特徴が再現されていた。 次にこのTgマウスを用いて種々の実験を行ったところ、雄において去勢を行って生体内のテストステロン量を減少させることによりSBMA様の症状及び病理所見が著しく改善することが判明し、これとは逆に雌においてテストステロンの投与を行えばSBMA様の症状等の著しい悪化が引き起こされることが判明した。一方、下垂体の黄体形成ホルモン放出ホルモン(LHRH)受容体を減少させ、下垂体からの性腺刺激ホルモン(LHやFSHなど)の分泌を抑制し、それによってテストステロン分泌を抑制する作用を有するLHRHアナログを雄Tgマウスに投与してその効果を観察したところ、去勢した場合と同様に症状の著明な改善が認められた。これらの事実から、生体内のテストステロン濃度を低下させることがSBMAの治療に有効な手段となるとの知見が得られた。 本発明は以上の検討の結果に基づいて完成されたものであって、次の各構成を提供する。 [1] 症状又は病理所見についての以下の(1)〜(5)の特徴を備える非ヒト動物、 (1)進行性筋萎縮が認められる、 (2)筋力低下が認められる、 (3)抗ポリグルタミン抗体を用いた免疫染色によって核のびまん性染色及び核内封入体が認められる、 (4)抗アンドロゲン受容体抗体を用いた免疫染色によって核のびまん性染色及び核内封入体が認められる、及び (5)神経原性変化が認められる。 [2] 雌である場合は前記(1)〜(5)が認められないか、又は雄である場合に比較して軽症ないし軽度である、[1]に記載の非ヒト動物。 [3] 前記非ヒト動物が齧歯目動物である、ことを特徴とする[1]又は[2]に記載の非ヒト動物。 [4] 前記非ヒト動物がマウスである、ことを特徴とする[1]又は[2]に記載の非ヒト動物。 [5] 以下の工程(a)及び(b)を含む、ポリグルタミン病治療剤のスクリーニング方法、 (a)[1]〜[4]のいずれかに記載の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、 (b)投与後の前記非ヒト動物において、次の(1)〜(9)の少なくとも一つについて改善されるか否かを調べる工程、 (1)進行性筋萎縮、 (2)筋力低下、 (3)抗ポリグルタミン抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、 (4)抗アンドロゲン受容体抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、 (5)神経原性変化、 (6)進行性運動障害、 (7)体格の縮小、 (8)寿命短縮、及び (9)活動低下。 [6] 以下の工程(A)及び(B)を含む、ポリグルタミン病治療剤のスクリーニング方法、 (A)[1]〜[4]のいずれかに記載の非ヒト動物及びその野生型にそれぞれ被験物質を投与する工程、 (b)投与後の前記非ヒト動物と前記野生型との間で、次の(1)〜(9)の少なくとも一つについての程度を比較評価する工程、 (1)進行性筋萎縮、 (2)筋力低下、 (3)抗ポリグルタミン抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、 (4)抗アンドロゲン受容体抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、 (5)神経原性変化、 (6)進行性運動障害、 (7)体格の縮小、 (8)寿命短縮、及び (9)活動低下。 [7] 前記被験物質が、テストステロンの分泌を抑制する作用を有する化合物の中から選択される、[5]又は[6]に記載のスクリーニング方法。 [8] [5]〜[7]のいずれかに記載のスクリーニング方法によって選択される化合物を有効成分として含んでなるポリグルタミン病治療剤。 [9] テストステロンの分泌を抑制する作用を有する化合物を有効成分として含んでなる球脊髄性筋萎縮症治療剤。 [10] 下垂体からの性腺刺激ホルモンの分泌を抑制する作用を有する化合物を有効成分として含んでなる球脊髄性筋萎縮症治療剤。 [11] 下垂体に作用して黄体形成ホルモン放出ホルモン受容体を減少させる作用を有する化合物を有効成分として含んでなる球脊髄性筋萎縮症治療剤。 [12] 黄体形成ホルモン放出ホルモンのアナログを有効成分として含んでなる球脊髄性筋萎縮症治療剤。 [13] リュープロレリン又はその誘導体を有効成分として含んでなる球脊髄性筋萎縮症治療剤。 図1は実施例において使用したDNAコンストラクトの模式的構造、Tgマウスの症状についての実験結果をまとめたグラフ、及び導入遺伝子の発現についての実験結果をまとめたグラフを示した図である。Aは導入用DNAコンストラクトの構造を模式的に示す。DNAコンストラクトはサイトメガロウイルスエンハンサー(E)、チキンβアクチンプロモーター(Pro)、繰返し数が24又は97のCAGリピートを有するヒトAR遺伝子、およびラビットβグロビンのポリアデニル化シグナル配列(polyA)からなる。B、C、D、及びEではTgマウスの症状についての性差が示される。体重(B、#2−6)、rotarod task(C、#7−8)、cage activity(D、#2−6)、累積生存曲線(E、#7−8)のいずれにおいても、雄(●、n=8)は優位に雌(○、n=8)よりも重篤であった(それぞれp=0.001,p=0.003,p=0.005,p=0.001)。FはAR−97Q、AR−24Qおよび正常マウス(12週齢)の雄(M)と雌(F)から得られた筋のtotal homogenateを用い、ARに対する抗体(N−20)で行ったウエスタンブロットを示す。マウス内在性のARはほとんど検出されなかった。正常マウスと比較すると、低分子量のバンドのほとんどが切断された変異ARであることがわかる。24CAGリピート及び97CAGリピートを有するARを導入したNeuro2a細胞から抽出した蛋白(AR24及びAR97)を比較のために示してある。GはAR−97Qマウスの雄(M)と雌(F)から得た筋を核分画(N)と細胞質分画(Cy)とに分けてウエスタンブロットを行った結果を示す(#7−8、14週齢)。抗体はN−20を用いた。 図2はTgマウスの病理所見についてまとめた図である。AはAR−97Qマウスの雄雌を延長ポリグルタミン鎖に対する特異的抗体(1C2)で免疫染色した結果を示す(#7−8、14週齢)。B、C、D、及びEは脊髄運動ニューロンの1C2免疫染色の電子顕微鏡所見を示す(#4−6、24週齢)。光学顕微鏡下で核内封入体を示したニューロンでは高密度の顆粒状凝集体を認めた(B:低倍率、C:高倍率)。別のニューロン(D、矢印)では、光学顕微鏡下では核のびまん性染色がみられ、電顕では微細凝集体が認められた(E)。雄のAR−97Qマウスの筋H.E.染色(F)では、群集萎縮と小角化線維が明らかであった。Gは雄のAR−97Qマウスおよび正常マウスの第5腰髄前根のトルイジンブルー染色および前根有髄線維径のヒストグラムを示す。雄AR−97Qマウス(■,n=3)では、正常マウス(□,n=3)に比べ、大径線維の軸索萎縮が認められた(#7−8、13週齢)。 図3は雄AR−97Qマウスの症状に対する去勢の効果を示す図である。A、B、C、及びDは去勢マウスと対照群(sham operation群)の体重(A、#7−8)、rotarod task(B、#7−8)、cage activity(C、#7−8)および累積生存曲線(D、#2−6)を示す。すべての観察項目において、去勢AR−97Qマウス(●、n=6)および去勢した正常マウス(■、n=2)と、対照群(○、n=6)との差は有意であった(それぞれp=0.0001、p<0.0001、p=0.006、p=0.0006)。去勢したAR−97Qマウス(E、上)の体格は正常であったが、対照群(E、下)では著しい筋萎縮が認められた(#2−6、12週齢)。Fは12週齢の去勢AR−97Qマウス(C)および対照群(S)の足跡を示す(#2−6)。前脚は赤、後脚は青で着色してある。 図4は雄AR−97Qマウスの導入遺伝子発現および病理所見に対する去勢の効果を示す図である。Aは去勢AR−97Qマウス(C)および対照群(S)の脊髄および筋のtotal homogenateを用いたウエスタンブロットの結果である(#7−8、13週齢)。抗体はN−20を使用した。Bは去勢AR−97Qマウス(C)および対照群(S)の筋の核分画(N)および細胞質分画(Cy)のウエスタンブロットの結果である(#7−8、13週齢)。抗体はN−20を使用した。1C2を用いた脊髄と筋の免疫染色でみられた核のびまん性染色や核内封入体は、去勢AR−97Qマウスと対照群との間で著しい差が認められた(C)。 図5は雄AR−97Qマウスの症状に対するLeuprorelinの効果を示す図である。A、B、C、及びDはLeuprorelin投与群と対照群(vehicle投与群)の体重(A、#7−8)、rotarod task(B、#7−8)、cage activity(C、#7−8)および累積生存曲線(D、#7−8)を示す。すべての観察項目において、Leuprorelin投与群(●、n=6)と対照群(○、n=6)との差は有意であった。Leuprorelin投与群(E、上)の体格は正常であったが、対照群(E、下)では著しい筋萎縮が認められた(#4−6、12週齢)。Fは12週齢のLeuprorelin投与群(L)および対照群(V)の足跡を示す(#4−6)。前脚は赤、後脚は青で着色してある。 図6は雌AR−97Qマウスの症状に対するテストステロンの効果を示す図である。A、B、C、及びDはテストステロン投与群と対照群(オイル投与群)の体重(A、#7−8)、rotarod task(B、#7−8)、cage activity(C、#2−6)および累積生存曲線(D、#7−8)を示す。すべての観察項目において、テストステロン投与群(●、n=6)およびテストステロンを投与した正常マウス(■、n=4)と、対照群(○、n=6)との差は有意であった(p<0.0001)。テストステロン投与群(E、上)では著しい筋萎縮が認められたが、対照群(E、下)の体格は正常であった(#2−6、14週齢)。Fは14週齢のテストステロン投与群(T)および対照群(O)の足跡を示す(#2−6)。前脚は赤、後脚は青で着色してある。 図7は雄AR−97Qマウスの導入遺伝子発現および病理所見に対するテストステロンの効果を示す図である。Aはテストステロン投与群(T)および対照群(O)の脊髄および筋のtotal homogenateを用いたウエスタンブロットの結果である(#2−6、12週齢)。抗体はN−20を使用した。Bはテストステロン投与群(T)および対照群(O)の筋の核分画(N)および細胞質分画(Cy)のウエスタンブロットの結果である(#2−6、12週齢)。抗体はN−20を使用した。1C2を用いた脊髄と筋の免疫染色でみられた核のびまん性染色や核内封入体は、テストステロン投与群と対照群との間で著しい差が認められた(C)。 図8は実施例で作製したTgマウスの表現型をまとめた表である。各データは雄/雌で表示した。表中の−は検出されず、+は軽度のびまん性核染色及び核内封入体を検出、++は高度のびまん性核染色及び核内封入体を検出、及びNDはデータなし、をそれぞれ表す。 図9は1C2抗体を用いた実験結果をまとめた表である。表中の−は検出されず、+は軽度の検出、++は中等度の検出、+++は高度の検出、をそれぞれ表す。所見が系統によって異なる場合は「〜」により程度の範囲を示した。マウス3系統、#2−6、#4−6、及び#7−8はそれぞれ12、18、及び15周齢で病理解析を行った。 本発明の第1の局面は、以下の症状及び病理所見が認められるという特徴を少なくとも備えた非ヒト動物を提供する。 症状としては、(1)進行性筋萎縮、及び(2)筋力低下である。典型的にはこれらの症状の結果として或はこれらの症状に関連して進行性の運動障害、体格の縮小、寿命短縮、活動低下などの症状も認められる。ここで進行性筋萎縮の有無やその程度については、例えば後脚などの特定の部位を肉眼で観察して経時的な変化を調べることにより確認することができる。一方、筋力低下の有無やその程度については、例えば運動障害の有無やその程度から或は活動低下の有無やその程度から間接的に確認することができる。尚、運動障害の有無やその程度は例えばRotarod taskテスト(Crawley JN.What’s wrong with my mouse.Wiley−Liss,New York,Pp48−52.)によって、また活動低下の有無やその程度は例えばCage activityテスト(Crawley JN.What’s wrong with my mouse.Wiley−Liss,New York,Pp48−52.)によってそれぞれ確認することができる。その他の症状については、体格の縮小であれば肉眼的観察又は体重の測定などによって、寿命短縮であれば累積生存数を調べることなどよってそれぞれ確認することができる。 本発明の非ヒト動物の更なる特徴の一つは、症状についての性差が顕著であることである。即ち、上記の各症状は雄である場合に重篤かつ急速に進行する一方で、雌の場合には症状が認められないか又は認められたとしても雄の場合に比較して軽症である。このような性差と関連した症状の相違は球脊髄性筋萎縮症に特異的な特徴であり、このような特徴を備える点において本発明の非ヒト動物は球脊髄性筋萎縮症のモデル動物として極めて有用であるといえる。 本発明の非ヒト動物では、典型的には初期症状として体幹及び後脚の筋萎縮が観察される。また、典型的にはこの初期症状に続いて体重減少や運動機能低下が認められる。 本発明の非ヒト動物に認められる病理所見は次の(3)〜(5)である。(3)抗ポリグルタミン抗体を用いた免疫染色によって核のびまん性染色及び核内封入体が認められる。(4)抗アンドロゲン受容体抗体を用いた免疫染色によって核のびまん性染色及び核内封入体が認められる。(5)神経原性変化が認められる。ここでの免疫染色は例えば脊髄、大脳、小脳などの神経細胞や筋肉、心臓、膵臓などの非神経組織細胞に対して行うことができる。本発明の非ヒト動物では、典型的にはこれらの核のびまん性染色及び核内封入体の存在が約4周齢から認められ、加齢とともにそれらの量は増大する。尚、電子顕微鏡下の観察によれば上記のびまん性染色及び核内封入体にそれぞれ対応する顆粒状凝集体及び微細凝集体を認めることができる。 神経原性変化は筋組織のHE(ヘマトキシリン−エオシン)染色像を観察すること等によって確認することができる。ここでの神経原性変化は、典型的には群集萎縮と小角化繊維の発生である。 本発明の非ヒト動物では、上述の症状の場合と同様に病理所見についても性によって顕著に異なる。即ち上掲の各病理所見は雄の場合に顕著に認められ、典型的には雌では特に神経原性変化が認められない。 本発明における非ヒト動物にはマウス、ラット等の齧歯目動物が含まれるがこれらに限定されるものではない。本発明の非ヒト動物はその発生段階で特定の遺伝子を染色体に組込むことにより遺伝子導入動物として作製される。遺伝子導入動物の作製方法としては、受精卵の前核に直接DNAの注入を行うマイクロインジェクション法、レトロウイルスベクターを利用する方法、ES細胞を利用する方法などを用いることができる。以下では、本発明の非ヒト動物の作製方法として、マウスを用いたマイクロインジェクション法を具体例として説明する。 マイクロインジェクション法では、まず交尾が確認された雌マウスの卵管より受精卵を採取し、そして培養した後にその前核に所望のDNAコンストラクトの注入を行う。DNAコンストラクトとしては多数のCAGリピートを含むヒトアンドロゲン受容体(以下、「AR」ともいう)遺伝子の全長をコードする配列(以下、「導入遺伝子」という)を含むものが使用される。ここでCAGリピートの繰返し数は作製されるトランスジェニックマウスがSBMAの特徴を忠実に再現できるのに十分である必要があり、一般にSBMA患者におけるCAGリピートの繰返し数が40以上であることを考慮すれば、少なくとも40、好ましくは70以上、更に好ましくは80以上、更に更に好ましくは90以上にすることが好ましい。使用するDNAコンストラクトには導入遺伝子の効率的な発現を可能とするプロモーター配列が含まれていることが好ましい。このようなプロモーターとしては例えばチキンβ−アクチンプロモータ、プリオン蛋白プロモーター、ヒトARプロモーター、ニューロフィラメントL鎖プロモーター、L7プロモーター、サイトメガロウイルスプロモーターなどを用いることができる。 注入操作を終了した受精卵を偽妊娠マウスの卵管に移植し、移植後のマウスを所定期間飼育して仔マウス(FO)を得る。仔マウスの染色体に導入遺伝子が適切に組込まれていることを確認するために、仔マウスの尾などからDNAを抽出し、導入遺伝子に特異的なプライマーを用いたPCR法や導入遺伝子に特異的なプローブを用いたドットハイブリダイゼーション法等を行う。 本発明の非ヒト動物は上述の通り球脊髄性筋萎縮症の特徴を忠実に再現しているがその特徴の多くはポリグルタミン病に共通する。従って本発明の非ヒト動物は球脊髄性筋萎縮症のモデルとしてのみならず、広くポリグルタミン病のモデルとして有用であると考えられる。そこで本発明の第2の局面は、以下に示すように、本発明の非ヒト動物を用いたポリグルタミン病治療剤のスクリーニング方法を提供する。 本発明のスクリーニング方法は、(a)上記本発明の非ヒト動物に被験物質を投与する工程と、(b)投与後の前記非ヒト動物において、ポリグルタミン病に特徴的な症状又は病理所見が改善されるか否かを調べる工程とを含む。この(b)の工程において検査対象となる症状等の改善が認められれば被験物質はポリグルタミン病の治療剤の有力な候補であると判定される。 尚、本明細書において「ポリグルタミン病治療剤」とは、ポリグルタミン病を発症している患者に対してその症状の改善などを目的として使用される薬剤はもとより、ポリグルタミン病を発症するおそれのある者に対して予防的に使用される薬剤をも含む用語として用いられる。また本明細書において「ポリグルタミン病」とは、遺伝子のコード領域においてCAGリピートの伸長が認められる疾患の総称であって、ハンチントン病、脊髄小脳変性症、球脊髄性筋萎縮症などがこれに分類される。ポリグルタミン病の患者には表現促進現象(anticipation)やCAGリピート数のばらつき(体細胞モザイク)、主に神経組織が選択的に障害されるという共通の病態が観察される。 工程(a)における被験物質の投与方法としては経口投与や静脈内、動脈内、皮下、筋肉、又は腹腔内注射等を例示することができる。 被験物質としてはペプチド、非ペプチド性低分子化合物、タンパク質、糖タンパク質、脂質、糖脂質、糖等を用いることができる。これらは自然界に存在する天然のものであっても或は合成したものであってもよい。その他、ヒト細胞又は非ヒト動物細胞等の抽出液又は培養上清などを被験物質として用いてもよい。 ポリグルタミン病の中でも球脊髄性筋萎縮症の治療薬をスクリーニングする場合には、テストステロンの分泌を抑制する作用を有する化合物の中から被験物質を選択することが好ましい。効率的なスクリーニングが可能となるからである。このような化合物としては、例えば下垂体からの性腺刺激ホルモンの分泌を抑制する作用を有するもの(例えば下垂体に作用して黄体形成ホルモン放出ホルモン受容体を減少させる作用を有する化合物)を用いることができる。さらに具体的な被験物質としては、黄体形成ホルモン放出ホルモンのアナログ又はその誘導体を例示することができる。 工程(b)におけるポリグルタミン病に特徴的な症状又は病理所見とは例えば(1)進行性筋萎縮、(2)筋力低下、(3)抗ポリグルタミン抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、(4)抗アンドロゲン受容体抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、(5)神経原性変化、(6)進行性運動障害、(7)体格の縮小、(8)寿命短縮、及び(9)活動低下であって、工程(b)ではこれらの中から少なくとも一つについてその変化が調べられる。複数の症状等について調べる場合にはその組合わせは任意であって、例えば(1)と(2)の組合わせ、(1)、(2)及び(3)の組合わせ、(1)、(2)、(3)及び(4)の組合わせ、(1)、(2)、及び(5)の組合わせ、(3)、(4)、(9)の組合わせなどを採用できる。一般的には改善される症状等が多くなればそれだけ被験物質の有効性が高まると考えられることから、工程(b)において上掲の症状等についてより多くのものを調べることが好ましい。但し、二つの症状等の間で一定以上の相関が認められる場合には、いずれかの症状等のみを調べることとしてもよい。 本発明の非ヒト動物に被験物質を投与するのに並行して野生型の非ヒト動物にも被験物質を投与し、投与後の両者との間でポリグルタミン病に特徴的な症状等の程度を比較、評価することが好ましい。このように野生型を比較対照として用いることにより、各被験物質の有効性の比較を容易且つ正確に行うことが可能となる。 本発明のスクリーニング方法によって選択された化合物はポリグルタミン病に対する治療剤として使用できる可能性を十分に期待できる。選択された化合物がポリグルタミン病に対して十分な薬効を有する場合にはそのまま薬剤の有効成分として使用することができる。一方で十分な薬効を有しない場合には化学的修飾などの改変を施してその薬効を高めた上で薬剤の有効成分としての使用に供することができる。勿論、十分な薬効を有する場合であっても、更なる薬効の増大を目的として同様の改変を施してもよい。 本発明の第3の局面は球脊髄性筋萎縮症に対する薬剤に関し、テストステロンの分泌を抑制する作用を有する化合物を含んで構成される。ここでのテストステロンの分泌抑制作用は本発明の薬剤を投与した結果として奏されればよく、本発明の薬剤が直接的に当該作用を有しなくともよい。従って本発明の薬剤は、例えば下垂体からの性腺刺激ホルモンの分泌を抑え、その結果として性腺刺激ホルモンによるテストステロンの放出が抑制され、もってテストステロンの分泌量が減少するように作用する成分を含むものであってもよい。このような成分としては例えば下垂体に作用して黄体形成ホルモン放出ホルモン(以下、「LHRH」ともいう)受容体の発現量を低下させる作用をするものを例示することができる。例えばLHRHアナログはそれによる持続的な刺激によって下垂体のLHRH受容体量を減少させることができる。従って、本発明における有効成分としてLHRHアナログを使用することができる。LHRHアナログとしては例えばリュープロレリン、ゴセレリン、ブセレリン、及びナファレリン等を使用することが可能であるが、これらに限定されるものではない。尚、リュープロレリンについては医薬品名「リュープリン(登録商標)」(有効成分の一般名:酢酸リュープロレリン)として武田薬品工業株式会社より販売されている。同様にゴセレリンについては医薬品名「ゾラデックス(登録商標)」(有効成分の一般名;酢酸ゴセレリン)としてアストラゼネカ株式会社より販売されている。同様にブセレリンについては医薬品名「スプレキュア(登録商標)」(有効成分の一般名称:酢酸ブセレリン)としてアベンティスファーマ株式会社より販売されている。同様にナファレリンについては医薬品名「ナサニール」(有効成分の一般名称:酢酸ナファレリン)として日本モンサント株式会社より販売されている。 尚、LHRHアナログにその作用を損なわない程度に(作用を高める場合を含む)改変を施した各種誘導体を本発明の有効成分として用いることもできる。 本発明の薬剤の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D−マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。 製剤化する場合の形態も特に限定されず、例えば錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、及び座剤などとして調製できる。 このように製剤化した本発明の治療様薬剤はその形態に応じて、経口投与又は非経口投与(静脈内、動脈内、皮下、筋肉、腹腔内注射など)によって患者に適用することができる。 本発明の更なる他の局面では以上の薬剤を利用した球脊髄性筋萎縮症の治療方法が提供される。本発明の治療方法は、テストステロンの分泌を抑制する作用を有する化合物を有効成分として含む薬剤を生体に投与するステップを含む。上述のようにここでの「テストステロンの分泌を抑制する作用を有する化合物」とは、例えば下垂体からの性腺刺激ホルモンの分泌を抑制する作用を有する化合物(例えば下垂体に作用してLHRH受容体量を減少させる化合物)であり、具体例としてはLHRHアナログとして知られるリュープロレリン、ゴセレリン、ブセレリン、及びナファレリン等、或はこれらの誘導体を挙げることができる。 薬剤の投与量は症状、患者の年齢、性別、及び体重などによって異なるが、当業者であれば適宜適当な投与量を設定することが可能である。例えば薬剤としてリュープロレリンを有効成分として含むものを用いる場合には、成人を対象として一日当たりのリュープロレリン量が約1.5mg〜約4.0mg(例えば3.0mg又は3.5mg)となるように4週毎に投与することができる。 以下の実施例における各実験方法は特に記載しない限り次の通りとした。 (導入遺伝子(transgene)) チキンβ−アクチンプロモーター調節下に繰返し数24のCAGリピート(24CAG)又は繰返し数97のCAGリピート(97CAG)を有するヒトAR遺伝子(順に配列番号1、及び配列番号2)を組み込んだ導入用DNAコンストラクト(図1Aを参照)を以下のように作製した。pCAGGSベクター(Niwa et al.,1991)を制限酵素HindIIIで処理し、filI inの後に接合することで、新たにNheI処理可能部位を作製し(pCAGGS−NheI)、24CAGないし97CAGを有する全長のヒトAR遺伝子(Kobayashi et al.,1998)をこのpCAGGS−NheIにサブクローニングした。5.3kb及び5.5kb挿入配列において、直接DNAシークエンス法によって24CAGリピート及び97CAGリピートを確認した。 (Tgマウスの作製と維持) プラスミドをSalI−NheIで処理し、AR断片を切り出した。この断片をBDF1受精卵(日本エスエルシー、静岡、日本)に注入(microinjection)し、3匹のAR−24Qおよび5匹のAR−97Qマウスを得た。これらFOマウスをC57BL/6J(日本エスエルシー、静岡、日本)に交配することで維持を行った。導入遺伝子の存在はマウス尾組織から抽出したDNAをPCRにかけてスクリーニングした。この際用いたプライマーは5’−CTTCTGGCGTGTGACCGGCG−3’(配列番号3)および5’−TGAGCTTGGCTGAATCTTCC−3’(配列番号4)であり、CAG繰り返し数の確認には5’−CCAGAGCGTGCGCGAAGTG−3’(配列番号5)と5’−TGTGAAGGTTGCTGTTCCTC−3’(配列番号6)のプライマーを用いた。それぞれの系における導入遺伝子のコピー数は、制限酵素SaclIを用いたサザンブロットにより輝度を解析することで算定した。CAGリピート数の決定にあたっては、テキサスレッド標識プライマーで増幅したPCR産物を、6%ポリアクリルアミドゲルで電気泳動し、5500DNAシークエンサー(日立、日本)で解析した。 (神経学的行動解析) マウスのrotarod taskにはEconomex Rotarod(Colombus Instruments、アメリカ)を用い、毎週12時間ごとの明暗サイクルの明時に、以前の報告と同様に行った(Adachi et al.,2001)。試行は3回行い、各々のマウスが回転バーにもっとも長く乗ることのできた時間を記録した。マウスがバーから落下した時ないし180秒に達した時にタイマーを停止し、その時間を記録した。 マウスの1日の行動量であるcage activityは、マウスを透明なケージ(16x30x14cm)に入れ、AB system(ニューロサイエンス、日本)を用い、赤外線センサーを使って測定した。測定は10分間隔で24時間行った。 (ホルモン介入試験とテストステロン測定) 雄AR−97Qマウスと正常雄マウスの去勢およびsham operationは、4週齢のマウスに対し、ケタミン−キシラジン麻酔下(50mg/kgケタミンおよび10mg/kgキシラジンを腹腔内注射)で、経腹腔的アプローチで行った。雌AR−97Qマウスと雌正常マウスには、20μgのエナン酸テストステロンを、20μlのsesame oilに溶解し皮下注射した。投与は4週齢から開始し、解析終了まで毎週施行した。対照群には、同量のsesame oilのみを投与した。 血清テストステロン測定には、Coat−A−Count Total Testosterone radioimmunoassay(Diagnostic Products Corporation、アメリカ)を用いた。 (RNAおよび蛋白レベルの発現解析) ケタミン−キシラジン麻酔下でマウスより臓器を摘出し、ドライアイスアセトンにて凍結した。凍結組織からTrizol(Life Technologies/Gibco BRL、アメリカ)を用いtotal RNAを抽出した。このRNAにSUPERSCRIPT II逆転写酵素(Life Technologies/Gibco BRL)処理を行った。導入遺伝子に特異的なプライマーである5’−TTCCACACCCAGTGAAGC−3’(配列番号7)および5’−GGCATTGGCCACACCAAGCC−3’(配列番号8)を用いてRT−PCRを行い、アガロースゲル電気泳動を行った。バンドの輝度を、別の反応系で増幅したβアクチンのmRNAレベルと比較した。 蛋白の抽出にあたっては、凍結組織(湿重量0.1g)を1000μlの50mM Tris pH8.0、150mM NaCl、1% NP−40、0.5% deoxycholate、0.1% SDSおよび1mM 2−mercaptoethanolの溶液で1mM PMSFとaprotinine 6μg/mlとともにhomogenateし、4℃で2500g、15分間遠心した。神経組織では200μg、筋は80μgのサンプルを、5−20% SDS−PAGEゲルで泳動し、25mM Tris、192mM glycine、0.1% SDSおよび10% methanol溶液で、Hybond−P(Amersham Pharmacia Biotechイギリス)にtransferした。1次抗体であるラビット抗AR抗体N−20(1:1000)(Santa Cruz Biotechnology、アメリカ)に反応させ、2次光体に反応させた後、ECL+plus kit(Amersham Pharmacia Biotech)にて発色、現像した。核および細胞質分画はNE−PER nuclear and cytoplasmic extraction reagents(Pierceアリカ)を用い分離、抽出した。 (免疫組織化学) ケタミン−キシラジン麻酔下のマウス左心室から、20mlの4% paraformaldehyde−リン酸バッファー(pH7.4)を環流し、摘出した臓器を10%ホルマリン−リン酸バッファーで固定し、その後パラフィン包埋した。4−μm厚の切片を切り出し、脱パラフィン処理し、アルコールにて脱水後、ギ酸にて室温5分間処理した。1次抗体は1C2(1:10000)(Chemicon、アメリカ)を用い、以前の報告(Adachi et al.,2001)と同様に染色した。即ちギ酸にて処理後、5%ウマ血清を室温にて30分間反応させ、1次抗体1C2(1:10000)(Chemicon、アメリカ)を4℃、オーバーナイトで反応させたのち、ABC法にて免疫染色を行った。ABC法による染色はビオチン化2次抗体(Vector Laboratories、アメリカ)を4℃、オーバーナイトで反応させ、0.02M PBSで洗浄後、HRP標識ストレプトアビジンで反応させ、DABを用いて発色した。 電子顕微鏡標本もパラフィン固定のものを使用し、1C2(1:10000)(Chemicon)で同様に(Adachi et al.,2001)染色した。 (筋病理および脊髄前角細胞と前根の形態解析) マウス腓腹筋の6μm厚凍結切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色を行った。脊髄運動ニューロンの数および形態の解析には、各々の群のマウス3匹ずつから、5μm厚の連続20切片を第5腰髄(#7−8、13週齢)から切り出した。1つおきの切片をNissl染色し、前角にある核小体の明瞭なニューロンを、Luzex FS image analyzer(Nireco、日本)を用い、以前の報告(Terao et al.,1996)の通り解析した。即ち、計10切片における全ニューロンの断面積を測定した。前根有髄線維の直径はトルイジンブルー染色標本を用い、以前の報告(Terao et al.,1996)の通り解析した。即ち、各線維の断面積を測定し、それと同じ面積の円の直径を計算した。 (統計解析) 統計処理にはunpaired t−testを用い、p値0.05未満を有意とした。<実施例1> 97CAGリピートを有するAR遺伝子を発現する遺伝子導入マウス(Tgマウス)の作製、及び得られたTgマウスの症状等の検討 サイトメガロウイルスエンハンサーおよびチキンβ−アクチンプロモーターの調節下に、繰返し数が24又は97のCAGリピート(24CAGリピート、97CAGリピート)を有するヒトアンドロゲン受容体(AR)を発現するTgマウスの作製を試み(図1A)、24CAGリピートを使用したマウス(AR−24Q)3系統と、97CAGリピートを使用したマウス(AR−97Q)5系統とを得た。導入遺伝子のコピー数はAR−24Qでは1〜5、AR−97Qでは1〜3であった(図8)。導入したヒトAR遺伝子におけるCAGの繰り返し数は、PCRおよびポリアクリルアミドゲル電気泳動により確認した。世代間のCAG繰り返し数の変動は明らかでなかった。AR−24Qのマウスはいずれも無症状であったが、AR−97Qの5系統の内3系統では(#2−6、#4−6、#7−8)、進行性の運動障害が認められた。運動障害がみられた3系統のマウスはいずれも体格の縮小、寿命短縮、進行性筋萎縮、筋力低下および活動低下を示した。これらすべての症状は雄のAR−97Qマウスにおいて重篤かつ急速に進行したが、雌では症状が認められないか、あっても雄より遥かに軽症であった(図1B、C、D、E)。初発症状は体幹および後脚の筋萎縮であり、それに続いて体重減少やrotarodによる運動機能低下が明らかとなった。rotarodにおける運動障害が発症するのは雄では8から9週齢であったが、雌では15週齢ないしそれ以降であった(図8)。運動障害のあるマウスは活動性が低下し、後脚を引きずって歩行した。前脚の障害は後脚の萎縮が高度となった後に認められた。雄では雌にくらべ運動機能は急速かつより早期に障害され、寿命もより短縮していた。AR−97Qの全3系統のマウスにおいて、寿命の中央値は雄では66から135日齢であったが、雌では210日齢においても10から30%程度のマウスが死亡したにすぎなかった。死因は低栄養および脱水による悪液質と考えられた。 次に、ウエスタンブロットによるタンパク質の検出、及びRT−PCR法を用いたmRNAの検出によって導入遺伝子の発現を調べた。その結果、ウエスタンブロットでは、変異ARの高発現が認められ、変異ARのモノマーのバンドに加え、スタッキングゲルに留まるものと切断された変異ARの断片も認められた。これらの変異蛋白は脊髄、脳、心、筋および膵などに認められた。スタッキングゲルに留まる変異蛋白の発現は雄で大量に認められたが、雌ではこれは少なく、むしろARのモノマーが多く認められた(図1F)。AR−24Qマウスでは変異ARのモノマーのバンドは認められたがスタッキングゲルに留まる変異蛋白は認められなかった(図1F)。スタッキングゲルに留まる変異ARの殆どは核分画に存在していた(図1G)。雄雌における導入遺伝子mRNAレベルでの発現の差は明らかでなかった。これらの結果より明らかとなったことは、導入遺伝子の発現は主にスタッキングゲルに留まる変異AR蛋白という形で認められ、この変異蛋白の核内局在は雄において雌より著明であることである。導入遺伝子の発現はmRNAレベルでは性差が認められなかった。 一方、免疫組織化学、並びに筋病理及び脊髄前角細胞と前根の形態解析による組織学検討を各Tgマウスに対して行った。その結果、AR−24Qマウスでは病理所見は認められなかった。一方、AR−97Qマウスにおいては、異常延長したポリグルタミンに対する特異的抗体(1C2)(Trottier,et al.,1995)による免疫染色で、核のびまん性染色や核内封入体が脊髄、大脳、小脳、脳幹や後根神経節の神経細胞および心や筋、膵などの非神経組織に認められた(図9)。神経組織では運動ニューロンの核に最も著明な核のびまん性染色や核内封入体が認められた。後根神経節以外ではグリア細胞にも顕著な染色が認められた。1C2により核のびまん性染色や核内封入体を示した細胞の核は、ARに対する抗体(N−20)でも染色された。細胞質は1C2とN−20のいずれによっても染色されることはなかった。核のびまん性染色や核内封入体は4週齢から認められ、加齢とともに増加したが、雄では雌より高頻度に認められ、症状やウエスタンブロットの性差に一致する結果が得られた(図9、図2A)。電子顕微鏡による1C2の免疫染色では核内封入体に対応する顆粒状凝集体と、びまん性染色に対応する微細凝集体とが観察された(図2B、C、D、E)。 筋病理では、雄AR−97Qマウスにおいて著明な群集萎縮と小角化繊維といった神経原性変化が認められ、筋繊維の大小不同軽度などの軽度の筋原性変化も認められた(図2F)。第5腰髄レベルの脊髄運動ニューロンの数は正常マウスでは10切片あたり543±28、AR−97Qマウスでは452±10であり、正常マウスに比べAR−97Qマウスにおいて減少している傾向がみられたが、有意差は認められなかった(p=0.10)。しかし、個々の脊髄運動ニューロンの断面積は雄のAR−97Qマウスにおいて著明に減少していた(正常マウスでは195.6±12.1μm2、AR−97Qマウスでは130.6±4.0μm2、p=0.006)。さらに、第5腰髄脊髄前根の大径繊維(>6.0μm)の軸索径は雄AR−97Qマウスにおいて有意に縮小していた。すなわち、大径繊維径は、正常マウスでは10.29±1.08μm、AR−97Qマウスでは8.49±0.27μm(p=0.05)、小径線維径は正常マウスでは2.86±0.11μm、AR−97Qマウスでは3.11±0.23μm(p=0.16)であった。雌マウスで神経原性変化は認められなかった。著明な核内封入体にも関わらず、大脳、小脳および後根神経節における神経細胞脱落は明らかでなかった。<実施例2> 雄AR−97Qマウスの去勢による治療 症状や病理所見の性差が、男性ホルモンであるテストステロン分泌の性差によるものと仮説をたて、まず雄のAR−97Qマウスに去勢を施行した。去勢された雄AR−97Qマウスでは症状、病理所見および変異蛋白の核内局在について、対照群(sham operation群)に比べ劇的な改善が認められた。すなわち、対照群では著しい体重減少を認めたが、去勢されたAR−97Qマウスの体重は去勢された正常マウスと同等で、体重減少はほとんど認められなかった(図3A)。rotarodやcage activityによる運動機能評価では、去勢マウスにおける運動機能低下は対照群に比べはるかに軽度であり、運動機能障害は去勢マウスではほとんどみられなかった(図3B、C)。去勢マウスにおける運動機能は雌のTgマウスとほぼ同様であった。去勢マウスでは寿命も著しく延長し(図3D)、筋萎縮やそれに伴う体格の縮小も著明に改善した(図3E)。マウスの足跡を観察し歩行機能を評価したところ、対照群は後脚をひきずって歩くのに対し、去勢マウスでは正常な歩行がみられた(図3F)。N−20によるウエスタンブロットでは、スタッキングゲルに留まる変異AR蛋白は、対照群に比べ去勢マウスにおいて著明に減少し(図4A)、核分画における変異ARもまた、去勢マウスにおいて著明に減少した(図4B)。1C2免疫染色における核のびまん性染色や核内封入体は、去勢により劇的に改善した(図4C)。これらの結果は、去勢により変異ARの核内移行を抑制したことを意味する。血清テストステロン値は去勢マウスでは測定感度以下であったが、対照群では27.7±1.2ng/dl(#7−8,n=4)であり、去勢によりテストステロンが著明に低下することが示された。 去勢は雄AR−97Qマウスの表現型、すなわち症状や病理所見を著しく改善した。ウエスタンブロットや1C2免疫染色では、核内に局在する変異ARが去勢によって劇的に減少した。血清テストステロン濃度は去勢により減少することが確認された。ARの核内移行が主にテストステロンのみに依存している(Stenoien et al.,1999,Simeoni et al.,2000)ことを考えると、雄において去勢が治療効果を示すのは、変異ARの核内移行を抑えるためと考えられる。異常延長したポリグルタミンを有する変異蛋白の核内移行は、大多数のポリグルタミン病において神経機能障害や変性に関わる重要な因子とされている。一例として、核外移行シグナルを変異ハンチンチンに付加すると、凝集体形成や細胞死が抑制されることが、ハンチントン病のモデルにおいて確かめられている(Saudou et al.,1998,Peters et al.,1999)。また、核内移行シグナルを用いると全く逆の効果が得られることも報告されている(Peters et al.,1999)。脊髄小脳変性症1型(SCA1)のTgマウスにおいて、導入遺伝子の核内移行シグナルに変異を加えると、原因蛋白であるataxin−1は細胞質に分布し、マウスは神経障害を示さなくなる(Klement et al.,1998)。こうした報告を考慮すると、テストステロンを減少させることで変異ARの核内移行は抑制することが、SBMAの症状改善に繋がると考えられる。こうした内分泌学的介入はヒトの治療に十分応用可能と考えられる。 去勢された雄AR−97Qマウスは雌AR−97Qマウスと同等の表現型を示した。これは、SBMA患者においても、テストステロンを低下させることで女性保因者と同等のレベルまで改善させうることを意味する。SBMA女性保因者のうち半数は軽度の筋電図異常を呈するものの、臨床症状が明らかとなる例はほとんどない(Sobue et al.,1993,Mariotti et al.,2000)。X染色体の不活化による変異AR発現の低下が、女性保因者の症状回避に関与していることは想像に難くないが、以上の実験結果からは、低テストステロン濃度による変異ARの核内移行抑制が、女性保因者において症状が出現しにくいことと密接に関係していることが示唆される。<実施例3> 雄AR−97Qマウスに対するリュープロレリン(Leuprorelin)投与 次に、テストステロン分泌抑制による本マウスの治療を薬剤で再現する目的で、LHRHアナログであるLeuprorelinを雄AR−97Qマウスに投与する実験を行った。Leuprorelinの投与は次のように行った。Leuprorelin acetate 100μgをD−マンニトールを含む溶液に懸濁し、2週間ごとに皮下注射した。投与は5週齢から開始し、解析終了まで行った。対照群には懸濁液のみを投与した。Leuprorelinを投与した雄AR−97Qマウスでは、去勢マウスと同様に、症状の著明な改善が認められた。すなわち、rotarodやcage activityによる運動機能評価では、Leuprorelin投与群における運動機能低下は対照群に比べはるかに軽度であり、運動機能障害はLeuprorelin投与群ではほとんどみられなかった(図5A、B、C、D)。Leuprorelin投与群では体格の縮小も著しく改善し(図5E)、歩行障害も改善した(図5F)。Leuprorelin投与群の血清テストステロン値は測定感度以下であった(#4−6,n=4)。 Leuprorelinは、LHRHアナログであり、持続的に下垂体を刺激することで、下垂体のLHRH受容体を減少(downregulation)させ、下垂体からのLHやFSHの分泌を抑制し、それによりテストステロン分泌を抑制する薬剤である。そのテストステロン分泌抑制効果は去勢と同等とされており(The Leuproride Study Group 1984)、侵襲の高い去勢術に代わって前立腺癌のホルモン治療の代表的薬剤となっている。さらに、長期効果が確認されているのみならず、中止によるテストステロン分泌の回復も確認されており(Hall et al,,1999)、倫理的見地からも臨床応用に適した薬剤といえる。SBMA患者の治療にあたっても、侵襲が高く不可逆性の去勢よりは、LHRHアナログの投与がより実際的と考えられる。AR−97Qマウスにおいても、Leuprorelinのテストステロン分泌抑制効果は明らかであり、かつ、ポリグルタミンによる神経障害にたいしても治療効果が認められた。すなわち、LHRHアナログはSBMAの治療として最も期待される薬剤と考えられる。<実施例4> 雌AR−97Qマウスに対するテストステロン投与 次に雄AR−97Qマウスにおける去勢の治療的効果が、テストステロンの分泌抑制であることを明らかにするため、元来症状の乏しい雌AR−97Qマウスにテストステロンを投与する実験を行った。テストステロンを投与した雌AR−97Qマウスでは症状、病理所見および変異蛋白の核内局在が、対照群(sesame oil投与群)に比べ劇的に悪化した。すなわち、対照群では体重減少はほとんど認めなかったが、テストステロン投与群の体重は著明に減少した(図6A)。rotarodやcage activityによる運動機能評価では、テストステロン投与群における運動機能低下は対照群に比べ著しく高度であった(図6B、C)。テストステロン投与群における運動機能は雄のAR−97Qマウスとほぼ同様であった。テストステロン投与群では寿命も著しく短縮し(図6D)、筋萎縮やそれに伴う体格の縮小も著明に増悪した(図6E)。足跡の観察では、対照群はほぼ正常であるのに対し、テストステロン投与群では後脚をひきずる歩行障害が明らかであった(図6F)。N−20によるウエスタンブロットでは、スタッキングゲルに留まる変異AR蛋白は、対照群に比べテストステロン投与群において著明に増加し(図7A)、核分画における変異ARもまた同様であった(図7B)。対照群ではほとんど認められなかった核のびまん性染色や核内封入体は、テストステロン投与により著明に増加した(図7C)。これらの結果は、テストステロン投与により変異ARの核内移行が促進したことを意味する。血清テストステロン値は対照群では測定感度以下であったが、テストステロン投与群では158.0±70.7ng/dl(#2−6,n=3)ないし305.3±182.3ng/dl(#7−8,n=4)であった。 以上の結果によって明らかなように、軽微であった雌AR−97Qの症状はテストステロン投与により著明に増悪した。ウエスタンブロットや1C2免疫染色では、核内に局在する変異ARがテストステロン投与によって著明に増加した。血清テストステロン濃度はテストステロン投与により増加することが確認された。ARの核内移行が主にテストステロンのみに依存している(Stenoien et al.,1999,Simeoni et al.,2000)ことを考えると、テストステロンが雌AR−97Qマウスにおいて毒性を示すのは、変異ARの核内移行を促進するためと考えられる。 以上の各実施例によって示されたように、97CAGリピートを有するヒトAR遺伝子が導入されたTgマウスは、進行性の運動障害と神経病理所見を呈し、これらの所見はヒトSBMAのそれと同等であった。ウエスタンブロットでは、切断された変異ARの断片も認められたが、他の研究で変異蛋白の切断(truncation)がSBMAをはじめとするポリグルタミン病の病態生理において重要な役割を果たしていることが報告されており(Li et al.,1998b,Kobayashi et al.,1998,Wellington et al.,1998,Mende−Mueller et al.2001)、本マウスにおいてもこうした変異ARのtruncationが病態に関わっていることが予想される。1C2免疫染色の電子顕微鏡による観察では、顆粒状凝集体と微細凝集体とがみられ、脊髄運動ニューロンにおいて種々の段階の病理変化が観察された。電子顕微鏡下の顆粒状凝集はヒトSBMAにおいても認められる重要な所見である(Li et al.,1998b)。本実施例におけるAR−97Qマウスでは、神経原性変化は筋病理において明らかであり、神経細胞脱落は明らかでないものの脊髄運動ニューロンやその軸索は著明な萎縮を呈した。こうした所見が示唆するものは、脊髄運動ニューロンの変性というよりはむしろ神経機能障害こそがAR−97Qマウスにおける主たる病理所見であるということである。こうした病態は他のポリグルタミン病のマウスモデルにおいても数多く報告されている(Zoghbi and Orr,2000,Rubinsztein,2002)。AR−97Qマウスにおける症状は少なくとも21週齢までには出現しているが、AR−24Qマウスでは変異ARの高発現がみられるにも関わらず、この時点でも全く症状が出現しなかった。また、核のびまん性染色や核内封入体はAR−97Qマウスでは性差は著しいものの4週齢から認められるのに対し、AR−24Qマウスでは12週齢になっても認めなかった。こうした所見は、AR−97Qマウスにおける症状や病理所見が、ヒトARの過剰発現によるものではなく、ポリグルタミン鎖の発現によるものであることを示している。さらに、これまで発表された全長ヒトARを導入したSBMAのTgでは、発現レベルは十分であるにも関わらず症状がみられなかった。これは、CAG繰り返し数が、症状を出現させるには十分でなかったためと考えられている(Bingham et al,1995,La Spada et al.,1998)。つまり、AR−97QマウスはSBMAの病態を忠実に再現しており、SBMAのみならずポリグルタミン病の動物モデルとして極めて優れたものと考えらる。 一方、AR−97Qマウスの症状、病理所見および変異ARの核内局在には著しい性差があり、去勢やLeuprorelin投与、テストステロン投与といった内分泌学的介入により著明に修飾された。ARの転写はアンドロゲンにより促進(upregulate)されることが知られているが(Syms et al 1985,Kemppainen et al 1992,Zhou et al 1995)、AR−97QマウスではRT−PCRによる解析では導入遺伝子のmRNAレベルの発現に性差は認められなかった。これは、導入した変異ARが、内在性のプロモーターでなくチキンβアクチンプロモーターの調節を受けていることが原因と考えられる。すなわち、テストステロン濃度が症状や病理所見の性差に深く関与しているのは、ARの転写を変化させているのではなく、転写後の段階、すなわち蛋白レベルでARを修飾することが機序として考えられる。 SBMAと異なり他のポリグルタミン病では原因蛋白の特異的リガンドは発見されていないが、上記の実施例におけるTgマウスの去勢による劇的な治療効果は、変異蛋白の核内移行を抑制することでポリグルタミン病が治療され得ることを示唆している。 この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。 本明細書における引用文献を以下に列挙する。 以下、次の事項を開示する。 11.症状又は病理所見についての以下の(1)〜(9)の特徴を備える非ヒト動物、 (1)進行性筋萎縮が認められる、 (2)筋力低下が認められる、 (3)抗ポリグルタミン抗体を用いた免疫染色によって核のびまん性染色及び核内封入体が認められる、 (4)抗アンドロゲン受容体抗体を用いた免疫染色によって核のびまん性染色及び核内封入体が認められる、 (5)神経原性変化が認められる、 (6)進行性運動障害が認められる、 (7)体格の縮小が認められる、 (8)寿命短縮が認められる、及び (9)活動低下が認められる。 12.約8〜9周齢で運動障害が発症する、11.に記載の非ヒト動物。 13.雌である場合は前記(1)〜(9)が認められないか、又は雄である場合に比較して軽症ないし軽度である、11.又は12.記載の非ヒト動物。 14.前記非ヒト動物が齧歯目動物である、ことを特徴とする11.〜13.ずれか記載の非ヒト動物。 15.前記非ヒト動物がマウスである、ことを特徴とする11.〜13.いずれか記載の非ヒト動物。 21.以下のステップ(i)を含む、球脊髄性筋萎縮症の治療方法、 (i)テストステロンの分泌を抑制する作用を有する化合物を有効成分として含む薬剤を生体に投与するステップ。 22.前記化合物が、下垂体からの性腺刺激ホルモンの分泌を抑制する作用を有する、21.に記載の治療方法。 23.前記化合物が、下垂体に作用して黄体形成ホルモン放出ホルモン受容体を減少させる作用を有する、21.に記載の治療方法。 24.前記化合物が黄体形成ホルモン放出ホルモンのアナログである、21.に記載の治療方法。 25.前記化合物がリュープロレリン又はその誘導体である、21.に記載の治療方法。 31.球脊髄性筋萎縮症治療剤を製造するための、テストステロンの分泌を抑制する作用を有する化合物の使用。 32.球脊髄性筋萎縮症治療剤を製造するための、下垂体からの性腺刺激ホルモンの分泌を抑制する作用を有する化合物の使用。 33.球脊髄性筋萎縮症治療剤を製造するための、下垂体に作用して黄体形成ホルモン放出ホルモン受容体を減少させる作用を有する化合物の使用。 34.球脊髄性筋萎縮症治療剤を製造するための、黄体形成ホルモン放出ホルモンのアナログの使用。 35.球脊髄性筋萎縮症治療剤を製造するための、リュープロレリン又はその誘導体の使用。 産業上の利用の可能性 本発明の非ヒト動物は球脊髄性筋萎縮症(SBMA)の病態を忠実に再現しており、SBMAのモデルとして治療薬の開発、SBMAの発症メカニズムの解明などに利用することができる。また、本発明の非ヒト動物はポリグルタミン病に共通する病態を呈することから、SBMAのみならず広くポリグルタミンの治療薬の開発などにも利用され得る。 一方、本発明の治療薬は球脊髄性筋萎縮症の発症メカニズムに基づいて構成されたものであり、かつ球脊髄性筋萎縮症の病態を忠実に再現するモデル動物においてその効果が実証されたものであるから、球脊髄性筋萎縮症の治療薬として極めて有効であると考えられる。 繰返し数97のCAGリピートを有するヒトアンドロゲン受容体遺伝子が導入された遺伝子導入マウスであって、 症状又は病理所見についての以下の(1)〜(5)の特徴を備える(但し、雌である場合は以下の(1)〜(5)が認められないか、又は雄である場合に比較して軽症ないし軽度である)遺伝子導入マウス、 (1)進行性筋萎縮が認められる、 (2)筋力低下が認められる、 (3)抗ポリグルタミン抗体を用いた免疫染色によって核のびまん性染色及び核内封入体が認められる、 (4)抗アンドロゲン受容体抗体を用いた免疫染色によって核のびまん性染色及び核内封入体が認められる、及び (5)神経原性変化が認められる。 以下の工程(a)及び(b)を含む、ポリグルタミン病治療剤のスクリーニング方法、 (a)請求項1に記載の遺伝子導入マウスに被験物質を投与する工程、 (b)投与後の前記遺伝子導入マウスにおいて、次の(1)〜(9)の少なくとも一つについて改善されるか否かを調べる工程、 (1)進行性筋萎縮、 (2)筋力低下、 (3)抗ポリグルタミン抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、 (4)抗アンドロゲン受容体抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、 (5)神経原性変化、 (6)進行性運動障害、 (7)体格の縮小、 (8)寿命短縮、及び (9)活動低下。 以下の工程(A)及び(B)を含む、ポリグルタミン病治療剤のスクリーニング方法、 (A)請求項1に記載の遺伝子導入マウス及びその野生型にそれぞれ被験物質を投与する工程、 (B)投与後の前記遺伝子導入マウスと前記野生型との間で、次の(1)〜(9)の少なくとも一つについての程度を比較評価する工程、 (1)進行性筋萎縮、 (2)筋力低下、 (3)抗ポリグルタミン抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、 (4)抗アンドロゲン受容体抗体を用いた免疫染色によって認められる核のびまん性染色及び核内封入体の量、 (5)神経原性変化、 (6)進行性運動障害、 (7)体格の縮小、 (8)寿命短縮、及び (9)活動低下。 前記被験物質が、テストステロンの分泌を抑制する作用を有する化合物の中から選択される、請求項2又は3に記載のスクリーニング方法。配列表


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