タイトル: | 公開特許公報(A)_香味豊かな濃縮ブドウ果汁およびその製造方法 |
出願番号: | 2015024419 |
年次: | 2015 |
IPC分類: | C12G 1/02 |
安 井 孝 鈴 木 克 彦 JP 2015192652 公開特許公報(A) 20151105 2015024419 20150210 香味豊かな濃縮ブドウ果汁およびその製造方法 メルシャン株式会社 000001915 勝沼 宏仁 100117787 反町 洋 100126099 安 井 孝 鈴 木 克 彦 JP 2014064780 20140326 C12G 1/02 20060101AFI20151009BHJP JPC12G1/02 10 OL 17発明の背景技術分野 本発明は、香味豊かな濃縮ブドウ果汁およびその製造方法に関する。背景技術 ワインの原料となるブドウを濃縮ブドウ果汁の形で輸送することは、輸送コストを大幅に低減できるというメリットを有する。しかし、濃縮ブドウ果汁には、ブドウ果汁を濃縮する工程で香気成分が変質し、あるいは香気成分が揮散するため、香りが低下するというデメリットが存在する。 モノテルペンアルコールは、マスカットワインを特徴づける重要な香気成分であることが知られている。ブドウ果実中では、モノテルペンアルコールは、遊離型と結合型の2つの形で存在する。結合型モノテルペンアルコールは、モノテルペンアルコール配糖体とも称される。 モノテルペンアルコール配糖体は、モノテルペンアルコールにグルコースが結合した配糖体であり、不揮発性のモノテルペンアルコールである。モノテルペンアルコール配糖体は、それ自体は香りを有さないが、ワイン製造時に酵素や酵母の持つβ−グルコシダーゼによって遊離型へと変換され、マスカットワインの特徴香に寄与する。モノテルペンアルコール配糖体は、モノグリコシド型とジグリコシド型のいずれかの状態で存在することが知られている。このモノグリコシド型は、モノテルペンアルコールに1つのグルコースだけが結合したものである。一方で、ジグリコシド型は、モノテルペンアルコールに1つのグルコースが結合し、このグルコースに、さらにアラビノース、ラムノースおよびアピオースのいずれか1つが結合したものである。 マスカット様の好ましい香気を有する発酵アルコール飲料を製造する試みとして、特開2002−238572号公報(特許文献1)には、モノテルペンアルコールを生産する酵母変異株を用いた清酒の製造方法が記載されている。 濃縮ブドウ果汁の香りを改善する試みとして、特開2005−110556号公報(特許文献2)には、ブドウ果汁の安定化のために添加される亜硫酸に起因する不快臭を低減するための方法が記載されている。 しかしながら、発酵に酵母変異株を用いることなく、マスカット様香気を増強した発酵アルコール飲料または濃縮ブドウ果汁を製造した例はない。特開2002−238572号公報特開2005−110556号公報 本発明の目的は、豊かなマスカット香気を有するワインの製造を可能とするブドウ果汁、およびその製造方法を提供することにある。 本発明者らは、ブドウ果汁の製造過程において、ブドウ果実からの果皮または果皮含有果汁を、所定の条件下で加温処理することにより、モノテルペンアルコール配糖体の含有量を増加させることができ、これにより製造されたブドウ果汁のマスカット香気が増強され、かつマスカット香気の質が向上することを見出した。さらに、本発明者らは、こうして製造されたブドウ果汁を原料としてワインを製造することにより、製造されたワインに豊かなマスカット香気を付与し得ることを見出した。本発明は、これらの知見に基づくものである。 本発明は、以下の発明を包含する。(1)モノテルペンアルコール配糖体を含んでなるブドウ果汁であって、モノテルペンアルコール配糖体の総和量が、Brix20度換算で7nM以上である、ブドウ果汁。(2)モノテルペンアルコール配糖体のうち、モノグリコシドの総和量が、Brix20度換算で2nM以上である、前記(1)のブドウ果汁。(3)モノグリコシドのうち、Brix20度換算で、ゲラニル配糖体が0.9nM以上の濃度で存在し、かつリナリル配糖体が0.4nM以上の濃度で存在し、かつβ−シトロネリル配糖体が0.2nM以上の濃度で存在する、前記(2)のブドウ果汁。(4)マスカット香気を強調したブドウ果汁を製造する方法であって、 (a)ブドウ果実を破砕して搾汁することにより、果皮または果皮を含む果汁を得る工程、 (b)前記工程(a)によって得られた果皮に水を加えたもの、または果皮を含む果汁を加温して、品温を45〜95℃に到達させる工程、および (c)前記工程(b)によって得られた混合物を放冷した後、該混合物に、ジグリコシドに対するグリコシダーゼ活性を有する酵素を添加する工程、のうち、工程(a)および工程(b)を含んでなるか、あるいは、工程(a)、工程(b)および工程(c)を含んでなる、方法。(5)前記(4)の方法によって製造される、ブドウ果汁。(6)前記(1)〜(3)のいずれかのブドウ果汁、または前記(5)のブドウ果汁から製造される、飲料。(7)発酵アルコール飲料である、前記(6)の飲料。(8)前記(1)〜(3)のいずれかのブドウ果汁、または前記(5)のブドウ果汁を含んでなる、マスカット香気を付与するための風味付与剤。(9)前記(1)〜(3)のいずれかのブドウ果汁、前記(5)のブドウ果汁、または前記(8)の風味付与剤を含んでなる、飲料。(10)発酵アルコール飲料である、前記(9)の飲料。 本発明によれば、マスカット香気を強調したブドウ果汁が提供される。このブドウ果汁を原料として用いることにより、豊かなマスカット香気を有するワインの製造が可能となる。こうして製造されたワインは、複雑みのあるマスカット様香気を有する。さらに、本発明によるブドウ果汁を添加することにより、飲料(発酵アルコール飲料やノンアルコールの飲料など)に豊かなマスカット香気を付与することができる。発明の具体的説明 本発明によるブドウ果汁の製造法では、(a)破砕・搾汁工程および(b)加温処理工程を行うことにより、果汁に含まれるモノテルペンアルコール配糖体の濃度を増加させ、これにより好ましいマスカット香気が顕著に増強されたブドウ果汁が得られる。上記工程(b)の後に、(c)酵素処理工程を行ってもよい。 本明細書において「モノテルペンアルコール」とは、特に示した場合を除き、遊離型モノテルペンアルコールを意味する。遊離型モノテルペンアルコールは、ブドウ糖が結合しておらず、揮発性である。遊離型モノテルペンアルコールとしては、ゲラニオール、リナロール、α-テルピネオール、β-シトロネロール、ネロール等が挙げられる。これに対し、「モノテルペンアルコール配糖体」とは、遊離型モノテルペンアルコールにブドウ糖が結合した配糖体を意味する。このモノテルペンアルコール配糖体は、不揮発性である。 本明細書において「モノグリコシド(型)」とは、モノテルペンアルコール配糖体のうち、モノテルペンアルコールに1つのグルコースだけが結合したものを意味する。これに対し、「ジグリコシド(型)」とは、モノテルペンアルコール配糖体のうち、モノテルペンアルコールに1つのグルコースが結合し、このグルコースに、さらにアラビノース、ラムノースおよびアピオースのいずれか1つが結合したものを意味する。 本明細書において「モノテルペンアルコール配糖体の総和量」とは、リナリル配糖体、α−テルピニル配糖体、β-シトロネリル配糖体、ネリル配糖体およびゲラニル配糖体の合計量を意味する。 本明細書において「モノグリコシドの総和量」とは、モノグリコシド型のリナリル配糖体、α−テルピニル配糖体、β-シトロネリル配糖体、ネリル配糖体およびゲラニル配糖体の合計量を意味する。すなわち、モノグリコシドの総和量は、リナリルグルコシド、α−テルピニルグルコシド、β-シトロネリルグルコシド、ネリルグルコシドおよびゲラニルグルコシドの合計量である。 本明細書において「Brix」は、Brix糖度計(屈折計)による液体の測定値であり、ショ糖濃度を基準として表される数値である。つまり、Brixは、その液体中の溶質がショ糖のみであると仮定した場合のショ糖濃度を表す数値である。Brixは、液体の糖度を示す指標として最も一般的に用いられる数値の一つであり、特に、アルコール発酵の原料である糖含有液の糖度を表す場合によく用いられている。 本明細書において「Brix20換算値」とは、サンプルの糖度がBrix20度となるように調整した濃度における定量値を意味する。 本明細書に用いられる「ppb」は、質量/容量(w/v)の濃度を表す。 本明細書において「発酵アルコール飲料」とは、微生物によるアルコール発酵によって製造されるアルコール(エタノール)含有飲料をいう。発酵アルコール飲料としては、穀物を原料とする醸造酒および蒸留酒、果実酒およびこれを蒸留して得られる蒸留酒など、様々なものを挙げることができる。本発明の好ましい実施態様によれば、本発明による発酵アルコール飲料は果実酒とされ、より好ましくはブドウ酒(ワイン)とされる。 工程(a)における破砕・搾汁工程では、ブドウ果実を破砕して搾汁することにより、果皮を得るか、または果皮を含む果汁(果皮と果汁の混合物)を得、好ましくは果皮のみを得る。ブドウ果実としては、マスカット樣の香気を有するブドウが好適に用いられる。このようなブドウとしては、例えば、マスカットアレキサンドリア種、ネオマスカット種などが挙げられ、好ましくはマスカットアレキサンドリア種が用いられる。ブドウの収穫時期などは特に制限されるものではなく、ワインの製造に用いられる通常の時期、例えば、果実が十分な糖度および香気を有する時期に収穫したブドウ果実を用いることができる。 工程(b)における加温処理は、果皮と水の混合物、または果皮を含む果汁(果皮と果汁の混合物)を、室温よりも高い所定の温度まで加温することにより行われる。本明細書では、この加温処理によってブドウ果皮から抽出されるモノテルペンアルコール配糖体は、45〜95℃、特に65〜95℃まで加温した場合に十分な量となることが確認されている。また、本明細書では、得られたブドウ果汁を用いて醸造したワインの官能評価結果は、45〜95℃、特に65〜85℃まで加温した場合に良好であることが確認されている。よって、この加温処理では、果皮と水の混合物または果皮を含む果汁の品温は45〜95℃まで加温され、好ましくは65〜95℃まで、より好ましくは65〜85℃まで加温される。果皮と水の混合物または果皮を含む果汁の品温を上記の温度まで加温した後、すぐに加温を停止する。 任意の工程である工程(c)における酵素処理は、工程(b)の後に、果皮と水の混合物、または果皮を含む果汁(果皮と果汁の混合物)を、ジグリコシドに対するグリコシダーゼ活性を有する酵素で処理することにより行われる。この酵素処理では、果皮と水の混合物または果皮を含む果汁を放冷した後に酵素が添加され、好ましくは、品温が10〜55℃、より好ましくは約50℃のときに酵素が添加される。酵素処理に用いられる酵素は、ジグリコシドに対するグリコシダーゼ活性を有する酵素であればよいが、好ましくは食品としての安全性が確認されているものとされる。このような酵素は、当技術分野において様々なものが知られており、例えば、AR2000(DSM社製)、Rapidase(登録商標) Expression (DSM社製)、Lallzyme Cuvee Blanc(登録商標)、Lallzyme Beta(登録商標) (LALLEMAND社製)、Rohapect(登録商標) MAX、ROHALASE(登録商標) BXL、ROHALASE(登録商標) BX、ROHAVIN(登録商標) MX、ROHAVIN(登録商標) VR-X (AB enzym社製)、Ultrazym EX-L (Novozymes社製)などが挙げられ、好ましくはAR2000が用いられる。酵素処理の時間は、果汁中のモノテルペンアルコール配糖体の濃度が好ましい範囲となるように当業者が適宜決定することができる。 工程(b)または工程(c)の終了後は、スキンコンタクト、搾汁、清澄化、濃縮などの操作を適宜行い、ブドウ果汁を得ることができる。工程(b)または工程(c)により得られる混合物は果皮を含んでいるため、少なくとも搾汁の操作を行うことが望ましい。 本発明の製造法によって製造されるブドウ果汁は、増強された好ましいマスカット香気を有するものであり、該ブドウ果汁は、本発明の一つの側面をなす。 さらに、本明細書では、上記の製造法により製造されたブドウ果汁の香気成分の定量により、モノテルペンアルコール配糖体の総和量、さらにはモノグリコシド型のモノテルペンアルコール配糖体の総和量、さらには、モノグリコシド型モノテルペンアルコール配糖体のうち、ゲラニル配糖体、リナリル配糖体およびβ−シトロネリル配糖体の含有量が、上述の好ましいマスカット香気に寄与することが見いだされている。 従って、本発明の他の側面によれば、モノテルペンアルコール配糖体を含んでなるブドウ果汁であって、モノテルペンアルコール配糖体の総和量が、Brix20度換算で7nM以上、好ましくは11nM以上、より好ましくは15nM以上、さらに好ましくは25nM以上であるブドウ果汁が提供される。このモノテルペンアルコール配糖体の総和量の上限値は特に無いが、好ましくは200nM、より好ましくは100nMとされる。さらに、本発明の好ましい実施態様によれば、このブドウ果汁中のモノテルペンアルコール配糖体のうち、モノグリコシドの総和量は、Brix20度換算で2nM以上、より好ましくは5nM以上である。このモノグリコシドの総和量の上限値は特に無いが、好ましくは60nM、より好ましくは30nMとされる。本発明のさらに好ましい実施態様によれば、このブドウ果汁中のモノグリコシドのうち、Brix20度換算で、ゲラニル配糖体は0.9nM以上の濃度で存在し、かつリナリル配糖体は0.4nM以上の濃度で存在し、かつβ−シトロネリル配糖体は0.2nM以上の濃度で存在する。特に、モノグリコシド型リナリル配糖体の含有量は、Brix20度換算で、1.0nM以上であることがさらに好ましく、1.5nM以上であることがさらに好ましく、2.0nM以上であることがさらに好ましい。これらのモノグリコシドの含有量の上限値は特に無いが、ゲラニル配糖体の上限値は50nMとすることが好ましく、リナリル配糖体の上限値は30nMとすることが好ましく、β−シトロネリル配糖体の上限値は10nMとすることが好ましい。 液体中の遊離型モノテルペンアルコールの含有量(各モノテルペンアルコールまたはそれらの総量)は、質量分析計付きガスクロマトグラフィー(GC/MS)により測定することができる。例えば、モノテルペンアルコールは、ジクロロメタンを用いて抽出し、GC/MSにて定量を行うことができる。内部標準物質としては、4−ノナノールを用いることができる。GC/MS分析条件は下記の表1に示す通りである。 液体中のモノテルペンアルコール配糖体の定量は、J. Inst. Brew. 116(1),77-70,2010に記載の方法に基づいて行うことができる。例えば、Sep-Pak plus (Waters社製)を用いて遊離型モノテルペンアルコールとモノテルペンアルコール配糖体とを分離し、得られたモノテルペンアルコール配糖体を酵素AR2000(DSM社製)またはβ-Glucosidase from almonds(SIGMA社製)にて遊離型モノテルペンアルコールへと変換し、この遊離型モノテルペンアルコールを上述のGC/MSで定量することができる。ここで、モノテルペンアルコール配糖体をβ-Glucosidase from almonds(SIGMA社製)にて遊離型モノテルペンアルコールへと変換したものをモノグリコシド型モノテルペンの値とし、酵素AR2000(DSM社製)にて遊離型モノテルペンアルコールへ変換したものをモノグリコシド型とジグリコシド型の総和とし、AR2000にて遊離型モノテルペンとしたものからβ-Glucosidaseにより遊離型モノテルペンとしたものを引いた値をジグリコシド型とし、これにより、モノグリコシド型とジグリコシド型のそれぞれを定量することができる。 本発明の所定の濃度のモノテルペンアルコール配糖体を有するブドウ果汁は、本発明の製造法によって製造してもよいし、あるいは、モノテルペンアルコール配糖体、特にモノグリコシド型モノテルペンアルコール配糖体、例えば、モノグリコシド型のゲラニル配糖体、リナリル配糖体、およびβ−シトロネリル配糖体の濃度が上記の範囲となるように、これらをブドウ果汁に添加することによって製造してもよい。 ブドウ果汁は、そのまま、あるいは希釈または濃縮した後に、飲料の製造に用いることができる。従って、本発明の他の側面によれば、本発明の製造法によって得られるブドウ果汁、または本発明の所定の濃度のモノテルペンアルコール配糖体を有するブドウ果汁から製造される飲料が提供される。飲料の種類は特に制限されるものではなく、ブドウ果汁を原料として製造される飲料であればいずれのものでもよい。また、このような飲料は、その種類に応じて、当業者であれば適宜製造することができる。 本発明の好ましい実施態様によれば、前記飲料は発酵アルコール飲料とされる。本発明の製造法によって得られるブドウ果汁、および本発明の所定の濃度のモノテルペンアルコール配糖体を有するブドウ果汁は、そのまま、あるいは希釈または濃縮することにより糖度を調整した上で、発酵アルコール飲料の製造に用いることができる。例えば、ブドウ酒(ワイン)の製造は、当技術分野において公知の方法に従って行うことができ、発酵に用いられる酵母は、工業的ワイン製造に用いられている酵母、例えば、VIN13、EC1118、BM45、285、DV10等とすることができる。 本発明の製造法によって得られるブドウ果汁、および本発明の所定の濃度のモノテルペンアルコール配糖体を有するブドウ果汁は、他の食品や飲料にマスカット香気を付与するために用いることができる。従って、本発明の他の側面によれば、これらのブドウ果汁を含んでなる、マスカット香気を付与するための風味付与剤が提供される。本発明による風味付与剤は、様々な食品や飲料に添加することが可能である。 本発明の製造法によって得られるブドウ果汁、本発明の所定の濃度のモノテルペンアルコール配糖体を有するブドウ果汁、および本発明による風味付与剤は、飲料に添加することにより、該飲料に好ましいマスカット香気を付与することができる。従って、本発明の他の側面によれば、これらのブドウ果汁または風味付与剤を含んでなる飲料が提供される。この飲料は、好ましくは発酵アルコール飲料とされる。分析プロトコール1:遊離型モノテルペンアルコールの定量 遊離型モノテルペンアルコールは、ジクロロメタンを用いて抽出し、GC/MSにて定量を行った。 具体的には、まず、サンプル5mlに内部標準物質105ppm-4-nonanolを50μl添加し、さらにジクロロメタン500μlを添加してよく攪拌(Vortex 1min)した後、ジクロロメタン画分を回収した。さらに、残された水相にジクロロメタン500μlを添加してよく攪拌(Vortex 1min)した後、ジクロロメタン画分を回収した。得られた2つのジクロロメタン画分を混合することにより、約1mlのジクロロメタン画分を得た。得られたジクロロメタン画分に無水硫酸ナトリウムを加えて脱水し、GC/MS分析に供した。内部標準物質との比較より、サンプル中の遊離型モノテルペンアルコールの量を算出した。GC/MS分析条件は下記の表1に示す通りである。分析プロトコール2:モノテルペンアルコール配糖体の定量 モノテルペンアルコール配糖体は、モノテルペンアルコールにブドウ糖が結合した配糖体であり、不揮発性のモノテルペンアルコールである。モノテルペンアルコール配糖体は、モノグリコシド型とジグリコシド型のいずれかの状態で存在することが知られている。このモノグリコシド型は、モノテルペンアルコールに1つのグルコースだけが結合したものである。一方で、ジグリコシド型は、モノテルペンアルコールに1つのグルコースが結合し、このグルコースに、さらにアラビノース、ラムノースおよびアピオースのいずれか1つが結合したものである。 モノテルペンアルコール配糖体の定量は、J. Inst. Brew. 116(1),77-70,2010を参考に行った。すなわち、Sep-Pak plus (Waters社製)を用いて遊離型モノテルペンアルコールとモノテルペンアルコール配糖体を分離し、得られたモノテルペンアルコール配糖体を酵素AR2000(DSM社製)またはβ-Glucosidase from almonds(SIGMA社製)にて遊離型モノテルペンアルコールへと変換し、この遊離型モノテルペンアルコールを上述の条件を用いるGC/MSで定量した。ここで、モノテルペンアルコール配糖体をβ-Glucosidase from almonds(SIGMA社製)にて遊離型モノテルペンアルコールへと変換したものをモノグリコシド型モノテルペンの値とし、酵素AR2000(DSM社製)にて遊離型モノテルペンアルコールへ変換したものをモノグリコシド型とジグリコシド型の総和とし、AR2000にて遊離型モノテルペンとしたものからβ-Glucosidaseにより遊離型モノテルペンとしたものを引いた値をジグリコシド型とした。これにより、モノグリコシド型とジグリコシド型のそれぞれを定量した。具体的な手順は、以下の(1)〜(3)に示す通りである。(1)モノテルペンアルコール配糖体の分離 Sep-Pak C18 Plus Cartridge(以下「Sep-Pak」という)を用いてモノテルペンアルコール配糖体の分離行った。Sep-Pakでの処理は、VisiprepTM DL型SPEバキュームマニホールドを用いて行った。(a)Sep-Pak前処理として、MeOH 10 mLを流し、その後蒸留水を20 mL流し、平衡化を行った。(b)サンプル(果汁)は、8,000 rpm、10 minで遠心を行い、その上清5 mLをSep-Pakに供した。(c)Sep-Pakに蒸留水20 mLを流し、その後ペンタン10 mLを流し、遊離型モノテルペンアルコールを溶出させた。(d)再びSep-Pakに蒸留水10 mLを流し、水をできるだけ取り除くため、Sep-Pakを50 mLチューブに入れて遠心を行った。(e)Sep-Pakにメタノール10 mLを流し、モノテルペンアルコール配糖体を溶出させたメタノール画分を得た。(2)酵素反応によるモノテルペンアルコール配糖体から遊離型モノテルペンアルコールへの変換(f)上記(e)で得られたメタノール画分に窒素の吹き込みを行い、容量が数百μl程度となるまでメタノールを濃縮させた。(g)メタノール濃縮液を、β-Glucosidase from almonds(SIGMA社製) を1.0g/l含む0.1Mクエン酸バッファー(pH3.5)を用いて5.0 mLにフィルアップした(モノグリコシド型定量用)。これとは別に、メタノール濃縮液を、AR2000を1.0g/l含む0.1Mクエン酸バッファー(pH3.5)を用いて5.0 mLにフィルアップした(モノテルペンアルコール配糖体の総和量の定量用)。上記の0.1Mクエン酸バッファー(pH3.5)は、0.1Mクエン酸一水和物500mlと0.1Mクエン酸三ナトリウム二水和物220mlを混和し、pH3.5となっていることを確認することにより調製した。(h)上記(g)で得られた液体を密閉容器に入れ、40℃の恒温槽にて13〜20時間酵素反応をさせ、モノテルペンアルコール配糖体を遊離型モノテルペンアルコールへと分解した。(3)酵素反応液の遊離型モノテルペンアルコールの定量(i)酵素反応が終了した上記(h)の溶液に、内部標準物質として、105 ppmの4-nonanolを50μl加えた。(j)上記(i)にジクロロメタン 500μlを加え、よく攪拌(Vortex 1 min)した後、ジクロロメタン画分を回収した。この作業をもう一度行い、約1 mLのジクロロメタン画分を得た。(k)ジクロロメタン画分に無水硫酸ナトリウムを加えて脱水し、GC/MS分析に供した。(l)内部標準物質との比較により、酵素反応液中の遊離型モノテルペンアルコール量を算出した。(m)サンプルの結合型テルペン濃度(nM)は、サンプル5 mLより得られた酵素反応液5 mLのテルペン濃度 (nM) を置き換えた。分析プロトコール3:官能評価 官能評価は、専門パネラー5名によって行った。実施例1:サンプルの調製 マスカットアレキサンドリア種のブドウ果実を用いて、ブドウ濃縮果汁サンプルを調製した。具体的な手順は以下の通りである。(1) ブドウ果汁と果皮を利用する方法試験区1:ブドウ果実を破砕し、果皮を含む果汁を85℃達温まで加温後、温度を50℃まで冷却し、5時間スキンコンタクトし、搾汁し、清澄化した後、濃縮した。試験区2:ブドウ果実を破砕し、果皮を含む果汁を85℃達温まで加温後、温度を50℃まで冷却し、酵素AR2000を30mg/Lの濃度で添加して5時間スキンコンタクトし、搾汁し、清澄化した後、濃縮した。(2) 果皮を利用する方法(水抽出)試験区3:ブドウ果皮に2.5倍量(重量比)の水を添加し、85℃達温まで加温後、温度を50℃まで冷却し、5時間スキンコンタクトし、搾汁し、清澄化した後、濃縮した。試験区4:ブドウ果皮に2.5倍量(重量比)の水を添加し、85℃達温まで加温後、温度を50℃まで冷却し、酵素AR2000を30mg/Lの濃度で添加して5時間スキンコンタクトし、搾汁し、清澄化した後、濃縮した。(3) 比較区 さらに、比較区として、2種類の市販品を用意した(比較区1および比較区2)。(4) 発酵試験 さらに、試験区1〜4ならびに比較区1および2のブドウ濃縮果汁サンプルのそれぞれを用いて、ワインを調製した。発酵は、次のようにして行った。上記の果汁サンプルを希釈してその糖度をBrix20度に調整し、栄養源としてチアミン 1mg/L、リン酸アンモニウム 750mg/L、Fermaid K(Lallemand社)250mg/Lを添加した。酵母は、リハイドレートした後、250mg/Lとなるよう添加した。発酵温度は20℃とした。実施例2:ブドウ濃縮果汁の製造過程における処理条件とモノテルペンアルコール配糖体の含有量との関連 実施例1で得られた試験区1〜4ならびに比較区1および2のブドウ濃縮果汁サンプルについて、モノテルペンアルコール配糖体(結合型モノテルペンアルコール)を定量した。 下記の表2には、ブドウ濃縮果汁の製造過程における処理条件とともに、リナロール、α−テルピネオール、β-シトロネロール、ネロールおよびゲラニオールの配糖体の合計量を、モノテルペンアルコール配糖体の合計量(nM)として記載した。また、表2には、モノテルペンアルコール配糖体の合計量に含まれるモノグリコシド型とジグリコシド型のそれぞれの総和量(nM)も記載した。さらに、ブドウ濃縮果汁サンプルを発酵させて得られたワインの官能評価の結果も記載した。濃度の異なるサンプル間での比較を可能とするため、含有量を示す数値は、サンプルの糖度がワイン醸造に用いられる標準的な糖度であるBrix20度となる濃度における数値に換算した(Brix20換算値)。 表2によれば、比較区(市販濃縮果汁)に比べ、試験区ではモノテルペンアルコール配糖体の総和量が増加していることが明らかとなった。例えば、比較区と比べて、試験区1および2では約5倍量、試験区3では約10倍量、試験区4では約8倍量であった。果汁と果皮をまぜた試験区1および2と、果皮のみを利用した試験区3および4の比較では、果皮のみを利用する方法によって約2倍量のモノテルペンアルコール配糖体が抽出されることが明らかとなった。モノテルペンアルコール配糖体の総和量は試験区3(果皮を利用し、酵素を使用しないもの)が最大となった。 試験区では、果皮を含む液体を加温することによりモノテルペンアルコール配糖体の量が増加した。これはマスカットの果皮には結合型テルペンが多く含まれることを示している。 ワインの官能評価の結果によれば、比較区1および2では常法で製造したものと同程度のマスカット香が感じられるに過ぎなかったが、試験区1〜4ではマスカット香が強く感じられ、特に試験区2〜4においてマスカット香が強く感じられた。 この官能評価結果と各定量値とを照らし合わせると、ブドウ濃縮果汁におけるモノテルペンアルコール配糖体の総和量は、Brix20度換算で、7nM以上であることが好ましく、15nM以上であることがさらに好ましく、25nM以上であることがさらに好ましいものと考えられる。また、ブドウ濃縮果汁におけるモノグリコシド型のモノテルペンアルコール配糖体の量は、Brix20度換算で、2nM以上であることが好ましく、5nM以上であることがさらに好ましいものと考えられる。実施例3:ブドウ濃縮果汁の製造過程における処理条件とモノグリコシド型のモノテルペンアルコール配糖体の含有量との関連 実施例1で得られた試験区1〜4ならびに比較区1および2のブドウ濃縮果汁サンプルについて、モノグリコシド型のモノテルペンアルコール配糖体(結合型モノテルペンアルコール)を定量した。 下記の表3には、ブドウ濃縮果汁の製造過程における処理条件とともに、リナロール、α−テルピネオール、β-シトロネロール、ネロールおよびゲラニオールのモノグリコシド配糖体のそれぞれの含有量(nM)および合計量(nM)を記載した。濃度の異なるサンプル間での比較を可能とするため、含有量を示す数値は、サンプルの糖度がワイン醸造に用いられる標準的な糖度であるBrix20度となる濃度における数値に換算した(Brix20換算値)。 表3によれば、比較区(市販濃縮果汁)に比べ、試験区のモノグリコシド型モノテルペンアルコールの合計量が多く、特に試験区2、3および4において顕著に多いことが明らかとなった。例えば、比較区1と比べて、試験区2では約5倍量、試験区3では約3倍量、試験区4では約8倍量となった。比較区2と比べて、試験区2では約12倍量、試験区3では約9倍量、試験区4では約20倍量となった。製法別に見ると、果汁と果皮を利用する製法において酵素処理を行う試験区2が、酵素を使用しない試験区1と比較してゲラニオールとネロールの量が3倍量抽出される結果となった。果皮を利用する製法において酵素処理を行う試験区4が、酵素を使用しない試験区3と比較してゲラニオールとネロールの量が2.5倍量抽出される結果となった。このことから、ゲラニオールとネロールの量は酵素処理により増加させることが可能であると考えられる。 さらに、表3においてモル濃度として表されている数値を質量濃度として表した数値を表4に示す。表4では、モノテルペンアルコールの配糖体としての質量ではなく、モノテルペンアルコールそのものの質量に基づく質量濃度を示している。 人間の味覚によって感じることのできる最小限の濃度である閾値は、リナロールでは50ppb、α−テルピネオールでは400ppb、β−シトロネロールでは18ppb、ネロールでは400ppb、ゲラニオールでは130ppbであることが知られている。表4によれば、試験区においてこれらの閾値を超えているのは、リナロール、β−シトロネロールおよびゲラニオールの3つであることが明らかとなる。よって、試験区のブドウ濃縮果汁サンプルの強いマスカット香に寄与しているのは、リナリル配糖体、β−シトロネリル配糖体およびゲラニル配糖体の3つであると考えられる。 そこで、表2に記載の官能評価結果と、表3に記載のリナリル配糖体、β−シトロネリル配糖体およびゲラニル配糖体の定量値とを照らし合わせると、ブドウ濃縮果汁におけるモノグリコシド型モノテルペンアルコールの含有量として、Brix20度換算で、ゲラニル配糖体が0.9nM以上であり、リナリル配糖体が0.4nM以上であり、かつ、β−シトロネリル配糖体が0.2nM以上であることが好ましいものと考えられる。さらに、ブドウ濃縮果汁におけるモノグリコシド型リナリル配糖体の含有量は、Brix20度換算で、1.0nM以上であることがさらに好ましく、1.5nM以上であることがさらに好ましく、2.0nM以上であることがさらに好ましいものと考えられる。実施例4:ブドウ濃縮果汁の製造過程における加温条件とモノテルペンアルコール配糖体の含有量との関連 加温設定温度を室温、45℃、65℃、85℃、95℃の5試験区に分けて試験を設定した。65℃、85℃および95℃の各試験区では、ブドウを破砕し、搾汁し、果皮を含む果汁を設定温度達温後、50℃まで冷却した後、6時間スキンコンタクトをした。45℃試験区では、ブドウを破砕し、搾汁し、果皮を含む果汁を設定温度達温後、6時間スキンコンタクトをした。室温試験区では、ブドウを破砕し、搾汁し、果皮を含む果汁をそのまま6時間スキンコンタクトをした。全ての試験区でスキンコンタクト後、搾汁し、果汁を得た。この果汁を遠心し、分析に用いた。 下記の表5には、ブドウ濃縮果汁の製造過程における加温処理の設定温度とともに、リナロール、α−テルピネオール、β-シトロネロール、ネロールおよびゲラニオールの配糖体の合計量を、モノテルペンアルコール配糖体(結合型モノテルペンアルコール)の合計量(nM)として記載した。含有量を示す数値は、サンプルの糖度がワイン醸造に用いられる標準的な糖度であるBrix20度となる濃度における数値に換算した(Brix20換算値)。さらに、ブドウ濃縮果汁サンプルを発酵させて得られたワインの官能評価の結果も記載した。 表5によれば、加温温度を高くすると、果汁中のモノテルペンアルコール配糖体の量は増加することが明らかとなった。モノテルペンアルコール配糖体の量は、85℃試験区において最大値を示した。85℃試験区は、室温試験区に比べ、モノテルペンアルコール配糖体の量が約3.5倍量となった。 表5によれば、ブドウ濃縮果汁の製造過程における加温処理の設定温度は、45〜95℃であることが好ましく、65〜95℃であることがさらに好ましく、約85℃であることが最も好ましいものと考えられる。 さらに、表5中のワインの官能評価の結果において、室温試験区では常法で製造したものと同程度のマスカット香が感じられるに過ぎなかったが、他の試験区ではマスカット香が強く感じられ、特に65℃試験区および85℃試験区においてマスカット香が強く感じられた。この結果から、ブドウ濃縮果汁の製造過程における加温処理の設定温度は、45〜95℃であることが好ましく、65〜85℃であることがさらに好ましいものと考えられる。また、この官能評価結果と各定量値とを照らし合わせると、ブドウ濃縮果汁におけるモノテルペンアルコール配糖体の総和量は、Brix20度換算で、7nM以上であることが好ましく、11nM以上であることがさらに好ましいものと考えられる。 モノテルペンアルコール配糖体を含んでなるブドウ果汁であって、モノテルペンアルコール配糖体の総和量が、Brix20度換算で7nM以上である、ブドウ果汁。 モノテルペンアルコール配糖体のうち、モノグリコシドの総和量が、Brix20度換算で2nM以上である、請求項1に記載のブドウ果汁。 モノグリコシドのうち、Brix20度換算で、ゲラニル配糖体が0.9nM以上の濃度で存在し、かつリナリル配糖体が0.4nM以上の濃度で存在し、かつβ−シトロネリル配糖体が0.2nM以上の濃度で存在する、請求項2に記載のブドウ果汁。 マスカット香気を強調したブドウ果汁を製造する方法であって、(a)ブドウ果実を破砕して搾汁することにより、果皮または果皮を含む果汁を得る工程、(b)前記工程(a)によって得られた果皮に水を加えたもの、または果皮を含む果汁を加温して、品温を45〜95℃に到達させる工程、および(c)前記工程(b)によって得られた混合物を放冷した後、該混合物に、ジグリコシドに対するグリコシダーゼ活性を有する酵素を添加する工程、のうち、工程(a)および工程(b)を含んでなるか、あるいは、工程(a)、工程(b)および工程(c)を含んでなる、方法。 請求項4に記載の方法によって製造される、ブドウ果汁。 請求項1〜3のいずれか一項に記載のブドウ果汁、または請求項5に記載のブドウ果汁から製造される、飲料。 発酵アルコール飲料である、請求項6に記載の飲料。 請求項1〜3のいずれか一項に記載のブドウ果汁、または請求項5に記載のブドウ果汁を含んでなる、マスカット香気を付与するための風味付与剤。 請求項1〜3のいずれか一項に記載のブドウ果汁、請求項5に記載のブドウ果汁、または請求項8に記載の風味付与剤を含んでなる、飲料。 発酵アルコール飲料である、請求項9に記載の飲料。 【課題】豊かなマスカット香気を有するワインの製造を可能とするブドウ果汁の製造方法の提供。【解決手段】マスカット香気を強調したブドウ果汁を製造する方法であり、該方法は、(a)ブドウ果実を破砕して搾汁することにより、果皮または果皮を含む果汁を得る工程、(b)前記工程(a)によって得られた果皮に水を加えたもの、または果皮を含む果汁を加温して、品温を45〜95℃に到達させる工程、および(c)前記工程(b)によって得られた混合物を放冷した後、該混合物に、ジグリコシドに対するグリコシダーゼ活性を有する酵素を添加する工程、のうち、工程(a)および工程(b)を含んでなるか、あるいは、工程(a)、工程(b)および工程(c)を含んでなる。【選択図】なし