タイトル: | 公開特許公報(A)_発酵助成剤および微生物の発酵助成方法 |
出願番号: | 2014164461 |
年次: | 2015 |
IPC分類: | C12N 1/00,C12N 1/20,C12N 1/16 |
北垣 浩志 JP 2015061521 公開特許公報(A) 20150402 2014164461 20140812 発酵助成剤および微生物の発酵助成方法 国立大学法人佐賀大学 504209655 加藤 久 100099508 久保山 隆 100093285 遠坂 啓太 100182567 北垣 浩志 JP 2013170560 20130820 C12N 1/00 20060101AFI20150306BHJP C12N 1/20 20060101ALI20150306BHJP C12N 1/16 20060101ALI20150306BHJP JPC12N1/00 GC12N1/20 AC12N1/16 F 7 1 OL 13 4B065 4B065AA01X 4B065AA02X 4B065AA30X 4B065AA72X 4B065AA72Y 4B065AC06 4B065AC11 4B065BB10 4B065BC13 4B065CA41 4B065CA54 4B065CA60 本発明は、発酵助成剤および微生物の発酵助成方法に関する。より具体的には、麹菌由来等のスフィンゴ脂質を含有する発酵助成剤に関し、この発酵助成剤により酵母等の通常はアルカリ耐性を有さない微生物にアルカリ耐性を付与したり、より優れたアルコール耐性を付与することで発酵を助成する方法に関するものである。 人に有用な生産物を生成する微生物による同化、異化等を一般的に発酵と呼ぶが、これらの発酵を行う微生物の中には、アルカリ耐性を有さない微生物も多く存在し、その微生物の利用方法に制限が生じる場合がある。例えば、パンの製造のための炭酸ガスの発生や、アルコール飲料等の製造のためのアルコール発酵等を行う微生物として酵母が利用されているが、酵母はアルカリ耐性を有さないものが多いため、発酵を行わせるために原料を中和してから発酵させたり、長時間発酵させることが求められ、その利用範囲に制限があった。 このような、アルカリ耐性を求められる微生物にアルカリ耐性を付与する方法としては、そのような環境で馴養することも考えられるが、一般的に馴養には時間がかかり、必ずしも目的とする微生物自体の馴養が成功するとは限らないおそれがある。また、馴養の期間が長くなると、本来微生物が有していた発酵特性が変化してしまう場合もある。微生物自体のアルカリ耐性を意図的に変化させる他の方法として、例えば、特許文献1には、遺伝子組み換えを行う方法が開示されている。 また、非特許文献1には、遺伝学的にグルコシルセラミドの合成遺伝子を破壊した酵母と比較することで、酵母におけるグルコシルセラミドの機能についての研究がおこなわれ、微生物がグルコシルセラミド合成遺伝子を有することでアルカリ耐性を有し得ることが開示されている。 さらには、一般的に醸造酒と呼ばれ得るような酒類やバイオアルコール等の製造においては、その培養工程後のアルコール濃度は、約15%前後が限界であった。これは、アルコール発酵に使われる酵母がこれ以上のアルコール濃度では生育しにくいためであった。よって、より高い濃度のアルコール飲料や、バイオアルコール等を得るためには蒸留プロセスが必要となり、製造効率が低下する原因となっていた。特開2007−61025号公報Appl Microbiol Biotechnol Vol.71 No.4 Page.515-521 (2006)Casamayor A, Serrano R, Platara M, Casado C, Ruiz A, Arino J., 「The role of the Snf1 kinase in the adaptive response of Saccharomyces cerevisiae to alkaline pH stress.」, Biochem J. 2012 May 15;444(1):39-49 従来公知の微生物のアルカリ耐性に関する研究として、例えば特許文献1に開示の技術は、遺伝子組み換えを行った微生物に関するものである。このような遺伝子組み換えを行うと、実験や利用する際、遺伝子組み換え生物の封じ込めが必要になり、さらには菌の遺伝子を変化させてしまうことで醸造等の発酵特性さえも変化させてしまう可能性があった。 また、非特許文献1に開示の内容は、酵母自身のアルカリ耐性に関するものである。この開示からは、グルコシルセラミドを自ら生成することができる微生物の場合、アルカリ耐性を有し得ることを把握することができるものの、具体的なグルコシルセラミド生産能において、どのようなメカニズムでアルカリ耐性を発揮しているのかは明確になっておらず、アルカリ耐性を付与しようとする微生物ごとにその遺伝子的な変化を行わせ、検討する必要があるため、工業的には利用しにくい問題があった。 さらに、アルコール濃度が高いアルコール飲料や、バイオアルコールを効率よく製造するために微生物のアルコール耐性を簡易に高めることが求められていた。 本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、下記の発明が上記目的に合致することを見出し、本発明に至った。 すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。 <1>スフィンゴ脂質を含有してなる発酵助成剤。 <2>前記スフィンゴ脂質が、麹菌由来のスフィンゴ脂質である前記<1>記載の発酵助成剤。 <3>前記<1>または<2>記載の発酵助成剤を混合することによる微生物の発酵助成方法。 <4>前記発酵助成方法が、微生物へアルカリ耐性および/またはアルコール耐性を付与するものである前記<3>記載の発酵助成方法。 <5>前記発酵助成方法における、前記微生物の乾燥重量に対する前記スフィンゴ脂質の混合比率(スフィンゴ脂質の重量/微生物の乾燥重量)が、2以上30以下である前記<3>または<4>記載の発酵助成方法。 <6>前記発酵助成方法における、前記スフィンゴ脂質の混合量が、培養環境における濃度として5mg/L以上400mg/L以下である前記<3>または<4>記載の発酵助成方法。 <7>前記微生物が、酵母および乳酸菌、酢酸菌、メタン発酵菌、酵素産生菌から選択される少なくとも1以上の微生物である前記<3>〜<6>のいずれかに記載の発酵助成方法。 本発明の発酵助成剤および発酵助成方法によれば、微生物の発酵をより効率よく行うことができる。例えば、微生物に簡易な方法で必要に応じてアルカリ耐性やアルコール耐性を付与することができる。また、本発明の発酵助成剤は、脂質としての維持管理ができることから、その保管性にも優れている。さらに、本発明によってアルカリ耐性やアルコール耐性が付与された微生物は、遺伝子操作等を行っているものではないため、いわゆる遺伝子組み換え生物の隔離条件のような管理を行う必要が無く、取り扱い性に優れている。本発明の発酵助成剤を用いて、アルカリ性の環境下で酵母を培養したときの培養液の濁度の測定結果を示す図である。本発明の発酵助成剤を用いて、アルカリ性の環境下で酵母を培養したときの培養液の濁度の測定結果を示す他の図である。本発明の発酵助成剤を用いて、高アルコール濃度の環境下で酵母を培養したときの培養液の濁度の測定結果を示す他の図である。 以下に本発明の実施の形態を詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を超えない限り、以下の内容に限定されない。 本発明は、スフィンゴ脂質を含有してなる発酵助成剤である。また、本発明はこのスフィンゴ脂質の由来として、麹菌由来のスフィンゴ脂質を含有してなる発酵助成剤としても達成することができる。この発酵助成剤により、微生物にアルカリ耐性やアルコール耐性を付与することができ、従来、アルカリ性の環境下では十分に発酵反応をおこなうことができなかった微生物を簡易に有効利用することができる。また、従来よりも高濃度のアルコール環境下でも微生物による発酵を効率よく行うことができる。[スフィンゴ脂質] 本発明の発酵助成剤は、スフィンゴ脂質を含有してなる発酵助成剤である。このスフィンゴ脂質は、本発明に用いることができる麹菌由来の脂質に含まれる代表的な脂質である。このスフィンゴ脂質とは、長鎖状のアルコールであるスフィンゴイド塩基を有する脂質である。代表的なスフィンゴ脂質としては、セラミドなどが知られている。本発明の発酵助成剤に用いることができるスフィンゴ脂質には、スフィンゴ糖脂質やスフィンゴリン脂質等のスフィンゴイド塩基を有し、さらに他の様々な構造を有する脂質も含む。[スフィンゴ糖脂質] 本発明に用いることができるスフィンゴ脂質の一つとして、スフィンゴ糖脂質が挙げられる。スフィンゴ糖脂質とは、長鎖状のアルコールであるスフィンゴイド塩基を有する脂質である。スフィンゴ糖脂質としては、グルコースにセラミドが結合したグルコシルセラミドなどが知られている。 前述のように、本発明の発酵助成剤は、スフィンゴ脂質(特に、スフィンゴ糖脂質)を含有してなる発酵助成剤である。このスフィンゴ脂質(特に、スフィンゴ糖脂質)は、麹菌由来のもののほかに、牛脳等の動物由来のものや、植物、微生物由来のものを用いることができる。これら、複数の由来のスフィンゴ脂質を混合して用いても良いし、単独で用い、必要に応じて他の成分と併せて発酵助成剤として使用することもできる。植物由来のスフィンゴ糖脂質としては、イネやトウモロコシ、こんにゃく、マイタケ、タモギタケ、大豆、ビート、小麦由来のスフィンゴ糖脂質が挙げられる。[発酵助成剤] 発酵助成剤とは、微生物の発酵を助成するために加える物質である。本発明の発酵助成剤は、アルカリ性の環境に置かれた、通常、非アルカリ耐性の微生物にアルカリ耐性を与え、発酵をさせるために用いることができる。また、アルコール存在下で生育することができない微生物にアルコール耐性を付与したり、従来よりも高いアルコール濃度の環境下でも微生物が生育し発酵することができるようなアルコール耐性を付与することができる。また、アルカリ性やアルコール存在下以外の環境においても、対象となる微生物の生育を促進する発酵助成効果を奏する。 本発明の発酵助成剤は、その具体的な使用環境に併せて、適宜、乳酸、食塩、酸性リン酸カリウム、リン酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸アンモニウムなどを混合していてもよい。これらの中には、強アルカリ性の発酵対象を弱アルカリ性に中和するために添加するものや、酸性や中性のものをアルカリ性にするために添加されるもの、栄養成分を補助するために添加されるもの、微生物の増殖や発酵反応の補酵素的機能を有するものなどが挙げられる。[麹菌由来の脂質] 本発明の発酵助成剤は、スフィンゴ脂質の由来として、麹菌由来のスフィンゴ脂質を含有することができる。麹菌由来の脂質は、麹菌から脂質成分を抽出する、または、麹菌から水分等の脂質以外の成分を除去することなどによって得られる脂質成分を主としたものである。具体的には、アルコール等の有機溶媒に麹菌を混合することで麹菌の脂質成分を前記有機溶媒に抽出させたり、麹菌の細胞膜をホモジナイザー等で破砕し遠心分離することで成分を分離したり、水分を除去するために乾燥したり、これらの工程を組み合わせることで、麹菌の脂質成分を得る。この麹菌由来の脂質には、グルコシルセラミドなどのスフィンゴ糖脂質に代表されるようなスフィンゴ脂質等が含有される。この麹菌由来の脂質は、脂質のため、麹菌および麹そのもののように、生きたまま、または凍結乾燥等により仮死状態にして維持管理する必要がなく、常温や冷温等の通常の環境でも変性しにくく保存性に優れている。また、麹菌由来の脂質は、麹菌を培養したものから得ることができ、製造効率が高い。[麹菌] 麹菌とは、麹に用いられる菌である。麹とは、米、麦、大豆などの穀物に後述するアスペルギルス属の麹菌等の食品発酵に有効な菌等を繁殖させたものである。この麹は、日本酒、味噌、食酢、漬物、醤油、焼酎、泡盛など、発酵食品を製造するときに用いられている。ここで、本発明の麹菌はスフィンゴ糖脂質等の本発明の発酵助成剤として機能する脂質を有するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、アスペルギルス属に属する麹菌が使用できる。本発明においては、これら麹菌を含む産業廃棄物として処理されている焼酎粕等を用いることができ、本発明の発酵助成剤として利用することで、この麹菌を含む産業廃棄物の処理方法としても有用である。 より具体的に麹菌を例示するとアスペルギルス属の麹菌としては、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ナカザキ(Aspergillus nakazawai)、アスペルギルス・ウサミ(Aspergillus usamii)、アスペルギルス・ルーチェンシス(Aspergillus luchensis)、アスペリギルス・ニガー(Aspergillus niger)などが挙げられる。 また、本発明において使用できる麹菌は、アスペルギルス属に属する麹菌に限定されるものではなく、他の属、例えばRhizopus属に属する菌や、Monuscus属に属する菌およびPenicillium属に属する菌なども使用することができる。これらの属に属する菌を以下に例示する。 リゾプス(Rhizopus)属に属する菌:リゾプス・オリゼー(Rhizopus oryzae)、リゾプス・オリゴスポラス(Rhizopus oligosporus)、リゾプス・ニヴェウス(Rhizopusniveus)、 リゾプス・ミクロスポラス(Rhizopus microspores)、リゾプス・ストロニファー (Rhizopus stolonifer)など、モナスカス(Monuscus)属に属する菌:モナスカス・アンカ(Monuscus anka)、モナスカス・パープレウス(Monuscus purpureus)、 モナスカス・ルーバー(Monuscusruber)、モナスカス・ピロサス(Monuscus pilosus)、 モナスカス・オーランチアクス(Monuscus aurantiacus)、モナスカス・カオリアン(Monuscus kaoliang)など、ペニシリウム(Penicillium)属に属する菌:ペニシリウム・カマンベルティ(Penicillium camemberti)、ペニシリウム・ロックフォルティ(Penicillium roqueforti)、ペニシリウム・グラウカム(Penicillium glaucum)、ペニシリウム・カゼイコラム(Penicillium caseicolum)など、本発明においては、これらの麹菌を1種単独で、又は複数種を組み合わせて使用することができる。なかでも、焼酎等の酒類の発酵等に汎用されているアスペルギルス・カワチを含むことが好ましい。[発酵助成の対象となる微生物] 本発明の発酵助成剤は、非アルカリ耐性の微生物やアルコール耐性が低い微生物の発酵を助成するために用いられる。非アルカリ耐性の微生物とは、アルカリ性環境下で死滅したり、発酵をほとんどおこなわなかったり、発酵速度が低下する微生物を指す。多くの真菌類がアルカリ耐性を有さないこの非アルカリ耐性の微生物であることが知られていることからも、真菌類は本発明により発酵助成の対象となる微生物である。また、アルコール耐性が低い微生物とは、アルコール存在下あるいはアルコール濃度が高い環境では生育能や発酵能が低下する微生物であり、この観点からも前述のような真菌類は本発明の発酵助成の対象となる。本発明によって、これらの微生物にアルカリ耐性やアルコール耐性を簡易に付与することができる。より具体的なアルカリ耐性やアルコール耐性を付与することが求められる微生物としては、例えば、エタノール発酵を行うための酵母や、メタン発酵を行うメタン発酵菌、乳酸発酵を行う乳酸菌、酢酸発酵を行う酢酸菌、各種工業的に利用される酵素を産生する酵素産生菌などが挙げられる。本発明により、アルカリ性やアルコール耐性を付与される対象となる微生物をさらに詳しく例示すると、酵母として知られているSaccharomyces属や、Zygosaccharomyces属、Zymomonas属等が挙げられる。また、各種酵素産生菌としても広く利用されているBacillus属、乳酸菌であるLactobacillus属なども挙げられる。また、本発明の発酵助成を活用することで、バイオマスの改善や新たなバイオマスの創出、腸内細菌の改善にも寄与することができる。[アルカリ性] 本発明において、アルカリ性とは、液中の水素イオン(H+)濃度よりも水酸化物イオン(OH-)濃度が高い環境のことをいうが、一般的には、水溶液のpHで示し、pHが、7より大きい環境のことを指す。非アルカリ耐性の微生物の場合、このような環境で発酵に資さない場合がある。本発明の発酵助成剤が用いられるアルカリ性の環境としては、pHメータにより測定するpHが7.5以上であることが好ましく、8.5以上であることがより好ましい。一方、その上限は、13以下であることが好ましく、11以下であることがより好ましい。このようなpH範囲内において、本発明の発酵助成剤が特に有効に作用する。しかし、pHが高すぎるアルカリ性の環境下では、目的とする発酵を行わせることが難しい場合があり、本発明の発酵助成剤が有効に機能しない場合がある。[アルコール環境下] 本発明によって、微生物にアルコール耐性を付与することができる。すなわち、従来よりもアルコール濃度が高い環境下で微生物を培養し、発酵させることができる。例えば、本発明の対象となる微生物として酵母が挙げられる。酵母は、アルコール発酵を行うことができる微生物のためある程度のアルコール存在下でも発酵を行うことができるが、アルコール濃度が高くなると、発酵が遅くなったり、停止してしまうことがある。この具体的な数値としては、アルコール度数が5度(5体積%)程度から発酵が遅くなり、20度程度でほぼ停止してしまう。本発明により発酵を助成すれば、これらの濃度を超えても発酵速度の低下を抑制することができ、より高濃度のアルコール度数でもアルコール発酵をおこなうことができる。 ここで、微生物の細胞膜におけるアルカリ耐性とアルコール耐性とに寄与する因子として、膜の流動性の関与が示唆されている(例えば非特許文献2)。具体的には、膜の流動性が上がるとアルコール耐性、アルカリ耐性が上がるというものである。アルカリ耐性が低い、あるいはアルコール耐性が低い微生物は、それらの環境で、微生物の細胞膜の流動性が低いという点で共通していると考えられる。本発明によって、この共通する因子を有すると考えられるアルカリ耐性とアルコール耐性とを微生物に与えることができる。 本発明は、スフィンゴ脂質を混合することにより微生物の発酵を助成する方法とすることができる。特に、微生物にアルカリ耐性および/またはアルコール耐性を付与する方法として達成することができる。また、本発明は、このスフィンゴ脂質の由来として、麹菌由来の脂質を混合することにより微生物にアルカリ耐性および/またはアルコール耐性を付与する方法としても達成することができる。このような方法で、簡易に微生物にアルカリ耐性やアルコール耐性を付与することができる。また、アルカリ耐性を付与された微生物によって、通常よりも発酵環境の選択肢が広がり、pHの調整なしでの発酵工程とすることができたり、従来、発酵できないと考えられていたようなものを発酵させることができる。ここで、本発明のアルカリ耐性やアルコール耐性付与方法は、麹菌由来の脂質をそのまま使用することもできるし、麹菌由来の脂質を精製しスフィンゴ脂質濃度が高いものとして精製したものを使用することもできる。また、本発明のアルカリ耐性付与方法のスフィンゴ脂質には、麹菌由来のもの以外を用いてもよく、各種脂質成分からスフィンゴ脂質として精製されたものを混合して用いてもよい。[混合] 本発明の発酵助成方法においては、スフィンゴ脂質を微生物に混合することでアルカリ耐性やアルコール耐性を付与することができる。このアルカリ耐性と、アルコール耐性とは本発明のスフィンゴ脂質を含有する発酵助成剤により、多くの微生物で同時に付与されるものである。ただし、その耐性が付与される微生物を使用する用途によって、アルカリ耐性を付与することが目的となったり、アルコール耐性を付与することが目的となったり、これらの両方を付与することが目的となる場合があり、そもそも微生物に一定の耐性がある場合、欠けていた耐性のみが付与される場合がある。 ここで、本発明のスフィンゴ脂質と、微生物との混合は、それぞれを、微生物の培養環境となる水溶液中や、固形や高濃度の懸濁液に近い状態で混合してもよい。また、微生物と発酵助成剤とを混合しておくことで、事前に微生物にアルカリ耐性やアルコール耐性等を付与させてもよい。または、培養液等の発酵対象物に微生物を混合した状態に、スフィンゴ脂質を後から添加することで、アルカリ耐性やアルコール耐性等を付与してもよい。あるいは、培養液等の発酵対象物に事前にスフィンゴ脂質を混合しておき、ここに、後から微生物を添加することで微生物にアルカリ耐性やアルコール耐性等を付与させてもよい。これらの混合においては、適宜、本発明の発酵助成剤の成分である本発明の脂質が混合されやすいように界面活性剤等を用いることもできる。 発酵助成の対象となる微生物に対するスフィンゴ脂質の混合量は、発酵対象物のpHやアルコール濃度、微生物の耐性の程度、スフィンゴ脂質の種類等に応じて適宜設定される。具体的には、前記スフィンゴ脂質の混合比率が、前記微生物の乾燥重量に対して、すなわちスフィンゴ脂質の重量と微生物の乾燥重量の重量比(スフィンゴ脂質の重量/微生物の乾燥重量)が、2〜30が好ましく、より好ましくは5〜10である。本発明の脂質の量が少ない場合、アルカリ耐性付与効果等が発揮されにくかったり、発揮されるまでの時間が遅くなったり、その効果が短くなる場合がある。また、本発明の脂質の量が多すぎても、アルカリ耐性やアルコール耐性の付与効果の向上効果には限界があり、相対的に他の成分の量が低くなるため発酵や微生物の培養が遅くなる場合がある。なお、この比は、培養開始時または培養初期の値として管理されることが好ましい。 また、本発明の脂質中のスフィンゴ脂質と微生物との混合比率を、培養環境における脂質濃度として管理することもできる。この場合、この培養環境におけるスフィンゴ脂質濃度が、5mg/L以上であることが好ましく、10mg/L以上であることがより好ましく、20mg/L以上であることが特に好ましい。一方、その濃度は、400mg/L以下であることが好ましく、200mg/L以下であることがより好ましく、80mg/L以下であることが特に好ましい。この範囲で混合したとき、効率的に微生物にアルカリ耐性やアルコール耐性を付与しやすい。 このように本発明の発酵助成剤によって、アルカリ耐性を有しない微生物に、アルカリ耐性を付与することができる。このアルカリ耐性付与によって、アルカリ環境下でも、従来アルカリ耐性を有しない微生物による発酵を行うことが可能となる。同様にアルコール耐性が低い微生物等にアルコール耐性を付与し、従来以上のアルコール濃度とする発酵を行ったりすることができる。また、本発明の発酵助成剤および発酵助成方法を用いて、微生物を培養して、発酵を行うことで、発酵食品を良い香りにする成分であるエステル類が増えやすく、発酵対象の風味を良好なものとすることができるため、従来の発酵食品等への適用にも適しており発酵による風味改善剤としても機能する。 以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を変更しない限り以下の実施例に限定されるものではない。[評価項目][濁度(OD600)] 濁度計(株式会社島津製作所社製“UV−1800”:試験波長600nm、石英セル使用、光路長1cm)を用いて、発酵試験液の濁度を測定することで、菌の繁殖の程度を評価する指標とした。なお、濁度(OD600)が0となるブランクとして、蒸留水を用いた。<白麹脂質成分の抽出>(1)白麹(Aspergillus kawachiiで醗酵させた麹)10gを三角フラスコに量り取り、エタノール30mLを加え、5分間超音波処理をして白麹の細胞膜の破壊等を行い、白麹の脂質をエタノール中に抽出することで麹脂質抽出溶液を得た。(2)麹脂質抽出溶液をピペットで吸い取り、試験管に移した。(3)試験管に移した麹脂質抽出溶液を遠心式エバポレータを用いて、室温で乾燥濃縮することで、麹脂質抽出溶液から水分とエタノールとを揮発させ、脂質濃度が高い白麹由来の抽出物である麹脂質成分を得た。この麹脂質成分は、麹由来の脂質を含有するものであり、本発明の発酵助成剤として使用するこができるものである。なお、この麹脂質成分を分析すると少なくとも、麹菌に特異的なグルコシルセラミド(スフィンゴ糖脂質の一種)である「N−2´−ヒドロキシ−3´−オクタデカノイル−1−O−β−D−グルコピラノジル−9−メチル−4,8スフィンガヂアニン」が含まれることが確認された。<スフィンゴ脂質>・マイタケ由来スフィンゴ脂質 長良サイエンス(株)製 「NGRナガラサイエンス“NS170602”Glucosylceramide, from the Woods(maitake)」をマイタケ由来スフィンゴ脂質の精製品として使用した。なお、このスフィンゴ脂質は、9位にメチル基を持つスフィンゴシン塩基を持つスフィンゴ脂質である。・大豆由来スフィンゴ脂質 長良サイエンス(株)製 「NGRナガラサイエンス“NS170602”Glucosylceramide, from Soybean」を大豆由来スフィンゴ脂質の精製品として使用した。<Nonident溶液(界面活性剤溶液)の調整> 界面活性剤溶液を調製するために、NonidetP40を用い。クリーンベンチ内で1mLの滅菌水にNonidetP40を10μL加え、ピペッティングし、1vol%濃度のNonident溶液を調整した。<培養用CSM培地作製>(1)本培養用にCSM培地(2% (w/v) glucose (Wako, 041-00595), 790 mg/l of a complete supplement mixture (CSM complete) medium (Formedium, DCS0019), and a 0.67% (w/v) yeast nitrogen base without amino acids and ammonium sulphate (Becton Dickinson and Company, 233520)を用いた。なお、CSM培地は、必要に応じてNaOH(Wako製192-13763)を用いてpHが異なる培地を2種類準備し、それぞれpH6.5、pH8.0となるように調整した。(2)pH調整後のCSM培地を、オートクレーブ(121℃2気圧15分)で滅菌処理を行った。(3)滅菌処理後のCSM培地に、前述の1vol%のNonidet溶液を適宜添加したものを培養用CSM培地とした。 前述の培養用CSM培地を用いて、以下の7種の培地(培地(A)〜(G))を調製した。それぞれの特徴は以下の通りである。すなわち、培地(A)は本発明の発酵助成剤である麹脂質成分を混合したpH8.0のアルカリ性の培地である。また、培地(B)は、ほぼ中性であるpH6.5のスフィンゴ脂質を含まない培地である。また、培地(C)は、pH8.0のアルカリ性でありスフィンゴ脂質を含まない培地である。培地(D)は、本発明の発酵助成剤であるスフィンゴ脂質成分を混合したpH8.0のアルカリ性の培地である。培地(E)は、培地(D)とは異なる由来のスフィンゴ脂質を用いたものである。また、培地(F)、(G)はエタノールを添加したものである。「培地(A)」 pH8.0 麹脂質成分混合 前述の麹脂質成分10gをエタノール7.5mLに溶かし、そのうち15μLとNonidet溶液1.5μLとを混合して、培養用CSM培地に添加し、培養用CSM培地および麹脂質成分、Nonident溶液の合計量を1.5mLとした。「培地(B)」 pH6.5 エタノール(ブランク)混合 pH6.5に調整した培養用CSM培地を用いて、pHの影響と麹脂質成分の有無による差を評価するための培地として、麹脂質成分に代えエタノール150μLだけを加えた以外は、前述の培地(A)と同様の方法で作製した。「培地(C)」 pH8.0 エタノール(ブランク)混合 pH8.0に調整した培養用CSM培地を用いて、麹脂質成分の有無による差を評価するためのコントロールとして、麹脂質成分に代えエタノール150μLだけを加えた以外は、前述の培地(A)と同様の方法で作製した。「培地(D)」 pH8.0 マイタケ由来スフィンゴ脂質成分混合 前述のマイタケ由来スフィンゴ脂質をエタノールに溶かした脂質溶液と、Nonident溶液(培地中1.5μL)と、培養用CSM培地とを混合して、混合後の培地の全量が1.5mLとなるようにした。このとき、培地(D)中の培地中のマイタケ由来スフィンゴ脂質の濃度は、40mg/Lとなるように調製した。「培地(E)」 pH8.0 大豆由来スフィンゴ脂質成分・Nonitdent添加 前述の大豆由来スフィンゴ脂質をエタノールに溶かした脂質溶液と、Nonident溶液(培地中1.5μL)と、培養用CSM培地とを混合し、混合後の培地の全量が1.5mLとなるようにした。このとき、培地(E)中の培地中の大豆由来スフィンゴ脂質の濃度は、40mg/Lとなるように調製した。「培地(F)」 高アルコール濃度(ブランク) pH6.5に調整した培養用CSM培地を用いて、アルコール濃度の影響と麹脂質成分の有無による差を評価するための培地として、培地全量中のエタノール濃度が7%(v/v)となるようにエタノールを混合して、混合後の培地の全量が1.5mLとなるようにした。「培地(G)」 高アルコール濃度 大豆由来スフィンゴ脂質成分混合 前述の大豆由来スフィンゴ脂質をエタノールに溶かした脂質溶液と、Nonident溶液(培地中1.5μL)と、培養用CSM培地と、脂質溶液とは別に培地全量中のエタノール濃度が7%(v/v)となるようにエタノールを混合し、混合後の培地の全量が1.5mLとなるようにした。このとき、培地(G)中の培地中の大豆由来スフィンゴ脂質の濃度は、40mg/Lとなるように調製した。<酵母前培養液>(1)焼酎酵母Sacharomyces cerecisiae 1.5×106cellsを、培養用CSM培地1.5mL(短い試験管)に植菌。30℃にて、1日培養して、酵母前培養液とした。なお、この焼酎酵母は通常アルカリ耐性を有さず、アルカリ性の環境においては増殖、発酵能が低下する微生物である。[実施例1] 実施例1として、以下の酵母の本培養工程によって、白麹脂質成分を添加したpHがアルカリ性の培地(A)を用いたときの酵母の培養工程における増殖の程度を、濁度を指標に評価した。<酵母の本培養> 酵母の本培養にあたり、試験管に移した前述の培地(A)に、酵母前培養液を、培地中の酵母菌数の濁度(OD600)が0.1となるように添加した。なお、この酵母前培養液の添加量の調整を行うために、酵母前培養液は10倍希釈したときの濁度(OD600)を予め測定し、この結果から添加量を決定した。(1)培地(A)に、酵母前培養液を添加して本培養液とし、その濁度を測定し本培養直後の濁度を求めた。この本培養液をさらに30℃にて、継続して静置培養し、本培養を行った。(2)前述の本培養液を、培養開始から3時間毎に100μLずつ取り出し濁度を測定した。 この酵母の本培養経過における濁度の測定結果を図1に示す。[比較例1] 比較例1として、本発明の発酵助成剤を含まない培地である培地(C)を培地(A)に代え用いた以外は、前述の酵母の本培養と同様の工程により、本培養を行った。この培養経過における濁度の測定結果を図1に併せて示す。[参考例1] 参考例1として、本発明の発酵助成剤を含まずpHがほぼ中性である培地(B)を培地(A)に代え用いた以外は、前述の酵母の本培養と同様の工程により、本培養を行った。この培養経過における濁度の測定結果を図1に併せて示す。 図1に示すように、本発明の発酵助成剤である麹脂質成分を含む培地(A)を用いた実施例1においては、培地(C)を用いた比較例1に比し、明らかに酵母が培養しやすくなっていることが確認された。この実施例1の結果は、pHが中性である培地(B)を用いた参考例1と同等の濁度変化、すなわち酵母の増殖を示すものである。これらのことから、pHがアルカリ性の環境下においても、本発明の発酵助成剤により焼酎酵母が、中性の環境下と同等の増殖能を維持することが確認された。[実施例2] 実施例2として、本発明の発酵助成剤であるマイタケ由来のスフィンゴ脂質を含む培地である培地(D)を前述の酵母の本培養における培地(A)に代えて用いた。[実施例3] 実施例3として、本発明の発酵助成剤である大豆由来のスフィンゴ脂質を含む培地である培地(E)を前述の酵母の本培養における培地(A)に代えて用いた。[参考例2] 参考例2として、本発明の発酵助成剤を含まずpHがほぼ中性である培地(B)を前述の酵母の本培養における培地(A)に代えて用いた。なお、実施例2、実施例3および参考例2においては、酵母の本培養工程の(2)における培養液取り出し量を、培養開始から17時間後に100μLとした以外は、実施例1と同様に酵母の本培養を行った。本培養開始から17時間後の濁度の測定結果を図2に示す。 図2に示すように、本発明の発酵助成剤である麹脂質成分を含む培地(D)を用いた実施例2においては、培地(B)を用いた参考例2に比し、酵母が培養しやすくなっていることが確認された。さらに培地(E)を用いた実施例3においても培養しやすくなっていることを確認できた。ただし、実施例2に比べるとその効果はやや小さかった。これらのことから、pHがアルカリ性の環境下において、本発明の発酵助成剤により焼酎酵母が、中性の環境下と同等以上の増殖能を維持すること、そして麹やキノコ由来の9位にメチル基を持つスフィンゴシン塩基を持つスフィンゴ脂質が特に効果が高いことが確認された。[実施例4] 実施例4として、本発明の発酵助成剤である大豆由来のスフィンゴ脂質を含む培地である培地(G)を前述の酵母の本培養における培地(A)に代えて用いた。[比較例2] 比較例2として、本発明の発酵助成剤を含まずpHがほぼ中性である培地(F)を前述の酵母の本培養における培地(A)に代えて用いた。なお、実施例4、比較例2においては、酵母の本培養工程の(2)における培養液取り出し量を、培養開始から30時間後に100μLとした以外は、実施例1と同様に酵母の本培養を行った。実施例4、比較例2の本培養後の濁度測定結果を図3に示す。 図3に示すように、アルコール濃度が高い環境下でも、スフィンゴ脂質を添加した実施例4は、スフィンゴ脂質を添加していない比較例2よりも微生物の培養が進行し、濁度が高くなった。 本発明の発酵助成剤によれば、通常アルカリ耐性を有さない微生物に適宜アルカリ耐性を付与することができ、アルカリ環境下での発酵を助成することができるため有用である。 スフィンゴ脂質を含有してなる発酵助成剤。 前記スフィンゴ脂質が、麹菌由来のスフィンゴ脂質である請求項1記載の発酵助成剤。 請求項1または2記載の発酵助成剤を混合することによる微生物の発酵助成方法。 前記発酵助成方法が、微生物へアルカリ耐性および/またはアルコール耐性を付与するものである請求項3記載の発酵助成方法。 前記発酵助成方法における、前記微生物の乾燥重量に対する前記スフィンゴ脂質の混合比率(スフィンゴ脂質の重量/微生物の乾燥重量)が、2以上30以下である請求項3または4記載の発酵助成方法。 前記発酵助成方法における、前記スフィンゴ脂質の混合量が、培養環境における濃度として5mg/L以上400mg/L以下である請求項3または4記載の発酵助成方法。 前記微生物が、酵母および乳酸菌、酢酸菌、メタン発酵菌、酵素産生菌から選択される少なくとも1以上の微生物である請求項3〜6のいずれかに記載の発酵助成方法。 【課題】酵母や乳酸菌、酢酸菌、メタン発酵菌等の微生物に、アルカリ耐性およびアルコール耐性を付与するための発酵助成剤を提供する。また、微生物に、簡易な方法でアルカリ耐性およびアルコール耐性を付与する方法を提供する。【解決手段】スフィンゴ脂質を含有してなる発酵助成剤。特に麹菌由来のスフィンゴ脂質を用いることが好ましい。また、この発酵助成剤を用いた発酵助成。特に、微生物へのアルカリ耐性および/またはアルコール耐性を付与する方法に関する。【選択図】 図1