タイトル: | 公開特許公報(A)_エストロゲン様活性物質 |
出願番号: | 2013232321 |
年次: | 2015 |
IPC分類: | A61K 31/165,A61K 36/81,A61K 36/00,A61P 15/12,A61P 15/02,A61P 13/08,A61P 9/10,A61P 19/10,A61P 25/28,A61P 35/00,A61P 7/02,A61P 5/30,A23L 1/30 |
木山 亮一 朱 耘 JP 2015093836 公開特許公報(A) 20150518 2013232321 20131108 エストロゲン様活性物質 独立行政法人産業技術総合研究所 301021533 木山 亮一 朱 耘 A61K 31/165 20060101AFI20150421BHJP A61K 36/81 20060101ALI20150421BHJP A61K 36/00 20060101ALI20150421BHJP A61P 15/12 20060101ALI20150421BHJP A61P 15/02 20060101ALI20150421BHJP A61P 13/08 20060101ALI20150421BHJP A61P 9/10 20060101ALI20150421BHJP A61P 19/10 20060101ALI20150421BHJP A61P 25/28 20060101ALI20150421BHJP A61P 35/00 20060101ALI20150421BHJP A61P 7/02 20060101ALI20150421BHJP A61P 5/30 20060101ALI20150421BHJP A23L 1/30 20060101ALN20150421BHJP JPA61K31/165A61K35/78 RA61K35/78 XA61P15/12A61P15/02A61P13/08A61P9/10 101A61P19/10A61P25/28A61P35/00A61P7/02A61P5/30A23L1/30 B 7 OL 21 4B018 4C088 4C206 4B018MD61 4B018ME08 4B018ME14 4B018MF01 4C088AB50 4C088AC04 4C088BA08 4C088BA21 4C088NA06 4C088NA14 4C088ZA15 4C088ZA16 4C088ZA36 4C088ZA45 4C088ZA81 4C088ZA97 4C088ZB26 4C088ZC11 4C088ZC33 4C206AA01 4C206AA02 4C206GA03 4C206GA28 4C206MA01 4C206MA04 4C206NA06 4C206NA14 4C206ZA15 4C206ZA16 4C206ZA36 4C206ZA45 4C206ZA81 4C206ZA97 4C206ZB26 4C206ZC11 4C206ZC33 本発明は、カプサイシン類によるエストロゲン作用の利用法に関する。 エストロゲン(卵胞ホルモンまたは女性ホルモン)は、ヒトの生殖器官の発生や分化、あるいは妊娠や性行動などに関与するステロイドホルモンであり、従来から、エストロゲンの欠乏によって、女性の更年期障害や様々な疾患が引き起こされることが知られている。具体的には、例えば、萎縮性膣炎などの泌尿生殖器障害、前立腺癌、前立腺肥大症、骨粗鬆症、動脈硬化、記憶障害、アルツハイマー病、血栓性疾患などが挙げられる。 中でも、動脈硬化は心疾患や脳血管疾患の大きな原因のひとつであり、動脈硬化の進行は個人の体質や食生活を含めた生活習慣などさまざまな要因が関与するため、正確な診断や治療には関係する遺伝子レベルでの機能メカニズムの解明が必要である。また、女性は、閉経前はLDL(低比重リポタンパク質)コレステロールレベルが低いが、閉経後はLDLコレステロールレベルが上昇するとともに動脈硬化が進むことが知られており、エストロゲンの欠乏がこれの主要な原因であることがわかっている。 これらの状態を治療するために、エストロゲン補充療法が行われることが多いが、エストロゲンの投与によって乳癌及び子宮内膜癌のリスクが増大するなどの副作用が知られており、直接エストロゲンを投与することはむしろ危険であるとの指摘がなされている。 すなわち、エストロゲンがエストロゲン受容体に結合して引き起こす生理作用として、卵巣排卵制御、脂質代謝制御、インスリン作用、中枢神経(意識)女性化、動脈硬化抑制などの中枢神経系や循環器系などの機能の制御に関わる作用の他に、乳腺細胞や骨細胞などの増殖促進という細胞増殖活性機能を有している。後者の細胞増殖活性は、たとえば骨密度の改善につながり、骨粗鬆症の治療には必須の活性であるが、エストロゲン補充療法においては、乳癌および子宮内膜癌などのエストロゲン依存性の癌の発生促進を引き起こす負の作用として働くことになる。そこで、本発明においては、以下、前者の作用を正のエストロゲン作用、後者を負のエストロゲン作用ということもある。 エストロゲン活性は、従来から、様々な生化学的、分子生物学的、細胞生物学的及び生物学的指標により検定されており(非特許文献1)、具体的にはリガンド結合試験、レポーター遺伝子試験、ツーハイブリッド試験、遺伝子発現プロファイリング、酵素活性試験、ELISAや特異的抗体による抗体試験、細胞増殖試験、微生物・動植物試験などが知られている。これらの検定法によってエストロゲンと同様の変動が認められる化学物質が「エストロゲン活性化学物質」と称される。すなわち、「エストロゲン活性化学物質」はエストロゲンの生理作用や遺伝子に対する影響など、エストロゲンが示す作用のすべてまたは一部を示す化学物質のことであり、最も強力なエストロゲンである17β-エストラジオール(以下E2と表記)などの内在性エストロゲンの他、植物エストロゲン、合成エストロゲン、環境エストロゲンなど様々な化合物がこれに含まれる。なお、本発明においては、17β-エストラジオール(E2)の示す生理的な活性を「エストロゲン活性」、エストロゲンに類似の化合物の示すエストロゲンに似た活性を「エストロゲン様活性」ということもある。 強力な17β-エストラジオール(E2)のエストロゲン活性は、中枢神経系や循環器系の機能制御作用も大きいが細胞増殖活性機能に基づく副作用も大きいため、従来からエストロゲン補充療法にとって望ましいエストロゲン活性を維持しつつ、副作用を軽減できる化合物の探索は活発に行われており、E2の作用を模倣または阻止する多数の化合物が知られている。 エストロゲン受容体に結合し、E2と同じ生物学的作用を示す化合物は、「エストロゲン受容体アゴニスト」と呼ばれる。E2のエストロゲン受容体への結合を阻害する、またはエストロゲン受容体に結合したE2の作用を妨害する化合物は、「エストロゲン受容体アンタゴニスト」と呼ばれる。アゴニスト活性を有さない、いわゆるピュアアンタゴニストとして「ICI 182,780」が知られているが、副作用が多く、単独では治療薬として利用できない。エストロゲン受容体に結合して組織によってアゴニストやアンタゴニストとして異なる活性を示す化合物は、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)と呼ばれるが、副作用のないエストロゲン(E2)様治療薬の開発のためには、エストロゲン本来の中枢神経系や循環器系などの機能制御作用に対してはエストロゲン受容体アゴニストとして働き、細胞増殖作用についてのエストロゲン受容体アンタゴニストとして働くSERMの探索、開発が必要である。 このような背景のもとに、当分野では、以前から、乳癌および子宮内膜癌の発生促進を示さないが中枢神経系や循環器系の機能などエストロゲン本来のホルモン作用を示す非ステロイド性SERMを天然から探索し、得られた知見をもとに化学的に合成することを目指して研究開発が続けられている。 既知の非ステロイド性SERMとしては、タモキシフェンおよびラロキシフェンが知られており、骨粗鬆症、心血管疾患および乳癌の治療・予防ならびに様々な他の疾患状態の治療・予防のために利用されている。いずれの化合物も、血漿コレステロールレベルに対する正の効果および特定の型の癌の大幅な発生率低下と合わせて、骨ミネラル密度に対する骨保護効果を示すことが明らかにされており、またエストロゲン(E2)と比較して大幅に副作用が低減されている。しかし、タモキシフェンおよびラロキシフェンはいずれも、顔面潮紅などの副作用を誘導し、タモキシフェンは子宮内膜癌などの生命を脅かす障害を促進することが知られている。このような副作用の一部は、タモキシフェンおよびラロキシフェンなどのSERMが、E2の負の作用となる細胞増殖活性に対するアゴニスト活性を有しているために引き起こされると考えられる。 一方、エストロゲン様活性が報告されている天然化合物としては、フラボノイド(フラボノール、フラバノン、フラボン、イソフラボンなど)、カルコノイド(カルコン、ジヒドロカルコンなど)、フェニルプロパノイド(スチルベン、リグナンなど)、クメスタン(クメストロールなど)などの植物エストロゲンや、マイコトキシン(ゼアラレノン、ゼアララノンなど)、フェノール酸(クロロゲン酸など)、テルペノイド(グリセオリン、カルノソールなど)などのフェノール系あるいは非フェノール系の化合物がある(非特許文献2)。これらのうち、植物エストロゲン(フィトエストロゲン)と呼ばれる植物由来の化学物質は、エストロゲンと構造が類似しているためにエストロゲン受容体に結合し、エストロゲン受容体アゴニスト作用又はアンタゴニスト作用を示すと考えられる。たとえば、植物ポリフェノール類は、分子内に少なくとも1つのフェノール性ヒドロキシ基あるいは芳香環に結合したヒドロキシ基を有している点でエストロゲンと構造が類似しており、その多くは植物エストロゲンとしての作用を有する。しかし、植物エストロゲンがすべて解明されているわけではなく、植物ポリフェノールの中にはまだ解明されていない植物エストロゲンが存在している。植物ポリフェノールは、抗酸化作用、抗動脈硬化作用、脂質吸収阻害作用、抗菌・抗カビ作用、美白効果、アンチエイジング効果、抗癌作用など様々な効果が報告されており、様々な癌や感染症、肥満・メタボリック症候群、糖尿病、高脂血症、高血圧、動脈硬化などを予防あるいは治療するための医薬品や特定保健用食品・健康食品として利用されている。 しかし、これら植物ポリフェノール類などの植物エストロゲンの場合も、そのエストロゲン様活性により、タモキシフェンなどと同様に骨粗鬆症、心血管疾患などの治療効果が期待されるが、エストロゲン受容体に対するアゴニストもしくはアンタゴニスト作用が予想されるため、同時に細胞増殖活性もしくは細胞抑制活性に基づく副作用が予想される。 以上のことから、副作用のないホルモン補充療法用薬剤、抗動脈硬化剤、または血中酸化LDL抑制剤などのエストロゲン製剤を開発するために、エストロゲン(E2)様活性のうち、エストロゲン(E2)の負の作用となる癌細胞の細胞増殖活性を誘導することなく、エストロゲン製剤に必要とされる中枢神経系や循環器系の機能のみを誘発するエストロゲン活性化合物の提供が強く望まれている。 これまで、エストロゲン製剤の開発はSERMをはじめとしてエストロゲン受容体に結合することでその受容体の機能を変化させる化合物が中心であったが、本発明者らはエストロゲン受容体に結合することなくエストロゲン作用を示す化合物の中に従来法では開発が不可能であった新しいエストロゲン製剤の開発が可能になると考えた。そのような化合物の中で、癌細胞の細胞増殖活性を示さない化合物を「サイレントエストロゲン」と名付け、それに属する化合物の探索と作用メカニズムの解明を進めてきた。 ところで、カプサイシン(capsaicin)は唐辛子から抽出された辛味の主成分であり、唐辛子の学名Capcicumから命名された(図1)。カプサイシンは、カプサイシン受容体である一過性受容体の潜在的バニロイド1受容体(TRPV1)に結合することでその作用を伝える。TRPV1は、小径感覚ニューロン上に優先的に発現されるリガンド-ゲーテッド非選択的カチオンチャネルで、カプサイシンは、痛みなどの感覚に関与するAδおよびC繊維型知覚神経に対する高度に選択的なアゴニストである。カプサイシン感受性の神経は、侵害刺激、満腹、および温度に関する求心性シグナルを伝える知覚神経線維であり、痛覚と熱感受性に関与し、外因性のカプサイシン類に反応する。カプサイシンは、それ故、これらの神経の役割を研究するための薬理学的な手段として用いられてきた。TRPV1は、カプサイシンや、熱および酸性環境を含む刺激に応答し、これらの刺激に対する同時暴露刺激を統合する(非特許文献3)。TRPV1は、末梢の求心性知覚神経の膜および視床下部、海馬、および黒質のような種々の脳の領域など神経性細胞だけでなく、マスト細胞、ケラチン合成細胞、白血球、及び、マクロファージのような非神経性細胞に存在する。カプサイシンによるTRPV1活性化の初期効果は、燃えるような感覚、痛覚過敏、異なる胃痛症および紅斑であるが、低濃度のカプサイシンに対する長期の暴露または高濃度のカプサイシンまたは他のTRPV1アゴニストに対する暴露の後に、小径感覚ニューロンの軸索はカプサイシンまたは熱刺激を含む種々の刺激に対して感受性が低くなり、痛みに対する応答が低下する。このようなカプサイシンの効果は「脱感作」と言われ、神経痛など種々の疼痛症候群などの疾患の治療あるいは新規の鎮痛薬の開発に利用されている。 カプサイシン作用に対するエストロゲンの効果に関する論文はいくつか存在しており、エストロゲンがカプサイシンによって誘導される侵害応答(nociceptive response)を増大すること(非特許文献4)やカプサイシンによって誘導されるTRPV1シグナル伝達経路を阻害する(非特許文献5)などの例がある。また、魚類において、カプサイシンが温度刺激受容体(TRP)を介してストレスを与え、内在性エストロゲン産生を減少させて生殖腺雄化誘導することが知られている(特許文献4)。エストロゲン受容体もTRPV1も他の受容体とシグナルのクロストークを行うことが知られており、その一例は上皮成長因子受容体EGFR(epidermal growth factor receptor)である。したがって、EGFRなどの受容体を通してシグナルの増強や減弱が起こる可能性がある。しかし、カプサイシンが植物エストロゲンによって誘導される増毛効果に関する論文(非特許文献6)は、ねつ造であることがわかり、その作用はマスコミなどで喧伝され公知であるが信ぴょう性には疑いがある。経口育毛剤として唐辛子エキスが処方された例も知られている(特許文献5)が、その際の有効成分は唐辛子エキス中のエストラジオールであることが明示されている。 このように、従来はカプサイシンの作用とエストロゲン(E2)様活性との共通性に関する報告はなく、何らの信憑性のある知見も得られていなかった。特許第4832412号特許第5126644号特開2010−275294号公報特開2011−30562号公報特開2008−127382号公報Tanji M, Kiyama R. 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Administration of capsaicin and isoflavone promotes hair growth by increasing insulin-like growth factor-I production in mice and in humans with alopecia. Growth Horm IGF Res. 2007 Oct;17(5):408-15.Terasaka S, Aita Y, Inoue A, Hayashi S, Nishigaki M, Aoyagi K, Sasaki H, Wada-Kiyama Y, Sakuma Y, Akaba S, Tanaka J, Sone H, Yonemoto J, Tanji M, Kiyama R. Using a customized DNA microarray for expression profiling of the estrogen-responsive genes to evaluate estrogen activity among natural estrogens and industrial chemicals. Environ Health Perspect. 2004 May;112(7):773-81.Dong S, Inoue A, Zhu Y, Tanji M, Kiyama R. Activation of rapid signaling pathways and the subsequent transcriptional regulation for the proliferation of breast cancer MCF-7 cells by the treatment with an extract of Glycyrrhiza glabra root. Food Chem Toxicol. 2007 Dec;45(12):2470-8.Dong S, Furutani Y, Kimura S, Zhu Y, Kawabata K, Furutani M, Nishikawa T, Tanaka T, Masaki T, Matsuoka R, Kiyama R. Brefeldin A is an estrogenic, Erk1/2-activating component in the extract of Agaricus blazei mycelia. J Agric Food Chem. 2013 Jan 9;61(1):128-36. doi: 10.1021/jf304546a. 本発明の課題は、エストロゲン(E2)の細胞増殖活性を誘導することなく、ホルモン補充療法に必要とされる中枢神経系や循環器系などの機能に関するエストロゲン様活性のみを誘発するエストロゲン活性化合物(サイレントエストロゲン)を提供することであり、さらに当該化合物を用いて副作用のない心血管疾患および乳癌あるいは骨粗鬆症などのエストロゲン療法が適用される疾患の治療・予防方法を提供することである。 従来からエストロゲン活性評価法として広く用いられていた手法は、動物実験や細胞増殖試験などエストロゲンに依存した細胞増殖を指標にするものか、レポーター遺伝子など特定の遺伝子の発現様式や機能に基づいた試験法であり、これらの手法ではエストロゲン(E2)の細胞増殖活性を全く誘導せずに中枢神経系や循環器系の機能などのエストロゲン活性のみを誘導する物質の探索は極めて困難である。 本発明者らは最近、細胞増殖や酵素活性などの特定の指標を用いたり、エストロゲン受容体への結合をもとにした試験法などの従来の試験法とは全く異なる発想に基づき、多数のエストロゲン応答遺伝子を載せたDNAマイクロアレイを用いて得た遺伝子発現プロファイルを統計的に解析する試験法である「DNAチップを用いた遺伝子発現プロファイル解析によるエストロゲン活性評価法」(非特許文献7、特許文献1、特許文献2)を開発した。この試験法を用いることで、多数の遺伝子マーカーの発現結果を統計的に解析することが可能となり、信頼性や感度などが飛躍的に向上した。本発明者らは、当該DNAマイクロアレイに基づく試験法を用いて、多くの化学物質のエストロゲン活性を評価し、甘草抽出物(非特許文献8)やアガリクス抽出物(参考文献4)の中に新しいエストロゲン様活性を示す物質の存在を予見し、アガリクス抽出物の中から、細胞増殖活性を示さない新たなエストロゲン様化合物としてブレフェルディンA(brefeldin A)を同定した(非特許文献9、特許文献3)。また、これらの化合物は新しい化合物のグループを形成すると考えられることから、「サイレントエストロゲン」と命名した(非特許文献9)。 本発明者らは、さらなる「サイレントエストロゲン」を探索、研究を続ける中、「カプサイシン類」の構造式とエストロゲン(E2)の構造式と対比して、両者に緩い類似性があること(図1)に着目した。さらに、カプサイシン類はエストロゲン受容体には結合しないことから、もしカプサイシン類にエストロゲン様活性が認められる場合は、エストロゲン受容体を経由しない細胞内シグナル伝達経路を経由することが予想できた。このことから、カプサイシン類には、エストロゲンに応答する細胞ごとに異なるシグナル伝達を引き起こす「選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)」と同等あるいはそれより優位な作用を示す可能性があること、さらにエストロゲンの中枢神経系や循環器系器官などに対する作用を保持しかつ細胞増殖作用を持たない「サイレントエストロゲン」の候補となり得ることに思い至った。 そこで、4種類のカプサイシン類(capsaicin、dihydrocapsaicin、nordihydrocapsaicin、nonivamide;図1)に対して、本発明者らの開発した前記エストロゲン活性評価法を適用して、そのエストロゲン活性を評価した。 そして、エストロゲン応答遺伝子の発現プロファイルにおいて、各カプサイシン類とエストロゲン(E2)との間の相関を分析した結果、カプサイシン類はE2と異なりMCF-7細胞に対する増殖活性が欠けているが、E2との間に一定の相関(相関係数R=0.6-0.8)が認められた。さらに、エストロゲン応答遺伝子を酵素、シグナル伝達、細胞増殖、転写、細胞内輸送及びその他の6つの機能グループに分け解析したところ、一部の機能グループはカプサイシンとE2の間で共通の挙動を示すことがわかった。さらに、カプサイシンはEGFRおよびカプサイシン受容体(TRPV1)の両方の伝達経路を介してERKとPI3K/Aktの活性化を調節する結果が得られた。しかし、カプサイシン及びE2はCyclin D1やp27kip1のような細胞増殖に関係する因子による調節に関しては異なる結果を示し、カプサイシンは細胞増殖に特異的なシグナル伝達様式を示さないことが分かった。 これらの結果から、カプサイシン類にはエストロゲン様活性があり、エストロゲンと似た遺伝子に対する作用を示すが、細胞増殖に関しては異なるシグナル伝達様式をもつ物質、すなわちサイレントエストロゲンであることが示唆された。 以上の知見を得たことで本発明を完成するに至った。 即ち,本発明は以下の発明を包含する。〔1〕 カプサイシン類又はその誘導体を有効成分とするサイレントエストロゲンとしてのエストロゲン製剤。〔2〕 前記エストロゲン製剤が、エストロゲン療法に用いるための予防又は治療用組成物である,前記〔1〕に記載のエストロゲン製剤。〔3〕 エストロゲン療法における癌発生リスク低減のためのサイレントエストロゲンとしてのカプサイシン類又はその誘導体の使用法。〔4〕 カプサイシン類のいずれか1つからなる、サイレントエストロゲンを探索するためのシード又はリード化合物。〔5〕 カプサイシン類のいずれか1つをシード又はリード化合物とし、コンピューターを用いたドラッグデザインなどを経て、もしくは経ることなしにデザインされ、化学合成されたカプサイシン類似化合物群の中から、サイレントエストロゲンを探索する方法。〔6〕 サイレントエストロゲンを探索する方法であって、下記(1)及び(2)の工程を含む方法; (1)カプサイシン類のいずれか1つをシード又はリード化合物としてデザインされたカプサイシン類似化合物ライブラリーを製造する工程、 (2)工程(1)で得られたライブラリー内の任意の化合物からなる被検物質に対して、「DNAチップを用いた遺伝子発現プロファイル解析によるエストロゲン活性評価法」を適用し、エストロゲンとの相関の高い化合物を選択する工程。〔7〕 さらに、下記(3)の工程を含む、前記〔6〕に記載の方法; (3)前記被検物質のカプサイシン受容体への結合活性をカプサイシンの結合活性と比較し、カプサイシンと同等もしくはそれ以上に高い結合活性を有する化合物を選択する工程。 本発明によって、カプサイシン類が、エストロゲンとはその受容体が異なるものの、同様の遺伝子発現プロファイルを示し、かつエストロゲンと同様のシグナル伝達経路によってシグナルが伝達されることが解明されたことから、エストロゲン様活性物質として働くことが示された。同時に、細胞増殖に関わるシグナル伝達経路は異なっているため、乳癌細胞などへの増殖活性が回避できることも明らかとなった。したがって、カプサイシン類はエストロゲン補充療法やエストロゲン代替療法などのエストロゲン療法に利用することが期待できる。また、カプサイシン類は、エストロゲンと共通する芳香環からなる単純な骨格を有しているため、新しいエストロゲン製剤開発において優れたシード化合物あるいはリード化合物として利用することも期待できる。本解析で使用した4種のカプサイシン類、カプサイシン(capsaicin:CAP)、ジヒドロカプサイシン(dihydrocapsaicin:DHCAP)、ノルジヒドロカプサイシン(nordihydrocapsaicin:NDHCAP)、及び、ノニバミド(nonivamide:NV)と17β-エストラジオール(17β-estradiol:E2)の化学構造と略称を示す。カプサイシン類の細胞増殖活性。カプサイシン類の、それぞれMCF-7細胞(A,D)、MDA-MB-231細胞(B)、及びSKBR3細胞(C)に対する影響をSRBアッセイにより解析した。A〜Cは、それぞれの細胞に対して、カプサイシン類の濃度をそれぞれ10nM(1)、100nM(2)、1μM(3)、10μM(4)、100μM(5)にしたときの相対的細胞増殖活性(Relative ProliferationIndex)を示し、Dでは、MCF-7細胞に対して、E2の存在下(+E2と表示)あるいは非存在下で、エストロゲン受容体のアンタゴニストであるICI 182,780(ICI)あるいはカプサイシン(CAP)をそれぞれ10nM(1)、100nM(2)、1μM(3)、10μM(4)、100μM(5)の濃度で加えたときの相対的細胞増殖活性を示す。*:p < 0.01。DNAチップを用いた遺伝子発現プロファイリングの結果。E2(10nM)とカプサイシン類(10μM)それぞれについて得られたMCF-7細胞におけるエストロゲン応答遺伝子の発現変動のプロファイルを化学物質間で比較したときの散布図を示す。縦軸及び横軸は遺伝子発現の変動を2を底とするlog(log2)で示した。直線回帰による相関係数(R値)と変動の危険率(p値)を示した。E2とそれぞれのカプサイシン類との間でプロファイルを比較した結果(A〜D)と、それぞれのカプサイシン類の間(E〜J)の比較を示した。機能別クラスター解析と機能別相関解析の結果。DNAチップを用いた遺伝子発現プロファイリングの結果を機能別クラスター解析(A)と機能別相関解析(B)により解析した結果を示す。機能別クラスター解析では、148遺伝子(150プローブ)について化学物質間で遺伝子発現プロファイルを比較した結果を示す。機能別相関解析では、E2とそれぞれのカプサイシン類との間の遺伝子発現プロファイルの比較を遺伝子の機能ごとに行った結果を示した。機能別の遺伝子の詳細を図Aに示した。*:p < 0.01。カプサイシンによる細胞内シグナル伝達経路に対する影響。細胞内シグナル伝達経路に対する時間的な影響をE2(A,C,D)とカプサイシン(B,E,F)の間で比較した。それぞれの化学物質のシグナル伝達に対する影響をErk1/2、Akt、及び、P70S6Kタンパク質のリン酸化を、リン酸化タンパク質(P-Erk1/2、P-Akt、及び、P-P70S6K)とそれぞれのタンパク質全体(T-Erk1/2、T-Akt、及び、T-P70S6K)について、ウェスタンブロット法で解析した。また、受容体のアンタゴニストやシグナル伝達の阻害剤による影響も示す。用いたアンタゴニスト/阻害剤は、ICI 182,780(ICI:エストロゲン受容体のアンタゴニスト)、Capsazepine(カプサゼピン:カプサイシン受容体TRPV1のアンタゴニスト)、LY294002(PI3K阻害剤)、AG1478(EGFR阻害剤)、Rapamycin(ラパマイシン:mTOR阻害剤)である。カプサイシンによる細胞増殖シグナル伝達に対する影響。E2(10nM:A)とカプサイシン(10μM:B)刺激後の細胞増殖マーカータンパク質p27kip1及びCyclin D1の時間変化をウェスタンブロット法で解析した。対照としてβ-アクチンタンパク量を計測した。E2及びカプサイシン刺激後の細胞内シグナル伝達経路のまとめ。1.エストロゲン様物質について(1)エストロゲン及びエストロゲン療法 エストロゲン(卵胞ホルモンまたは女性ホルモン)は、ステロイドホルモンの一種で、卵巣の顆粒膜細胞、外卵胞膜細胞、胎盤、副腎皮質、精巣間質細胞でコレステロールから作られる。エストロゲンの生理機能は、乳腺細胞の増殖促進、卵巣排卵制御、脂質代謝制御、インスリン作用、血液凝固作用、中枢神経(意識)女性化、皮膚薄化、動脈硬化抑制などがあるが、まだすべては解明されていない。エストロゲンには主にエストロン(E1)、エストラジオール(17β-エストラジオール:E2)、エストリオール(E3)が含まれており、いずれも同様の生理作用を示すが、エストロン及びエストリオールの活性は、それぞれエストラジオール(E2)の1/2及び1/10程度であるため、エストラジオール(E2)により、エストロゲンを代表させる場合が多い。 医薬としては、これらの天然エストロゲンの他、17α-エチニルエストラジオール、17α-エチニルエストラジオール3-ジメチルアミノプロピオネート、17α-エチニルエストラジール3-シクロペンチルエーテル(クワイエンストロール:quienestrol)、17α-エチニルエストラジール3-メチルエーテル(メストラノール:mestranol)、又はそれらの誘導体(エステル体、エーテル体、塩、配糖体、混合物など)が用いられている。 エストロゲン療法は、エストロゲン欠乏により発症または誘発される疾患あるいは症状に対して、エストロゲン、あるいはエストロゲンの分泌や作用を促進または抑制する薬剤を用いる治療法であり、更年期の急激な女性ホルモン減少による更年期障害の緩和やホルモン低下による骨粗鬆症の予防、あるいは、性同一性障害に対する治療などのために、不足するエストロゲン分のエストロゲンを補充したり(エストロゲン補充療法)、別のエストロゲン活性化学物質を投与する(エストロゲン代替療法)ことで治療を行うことである。また、エストロゲン療法は、従来、卵巣機能不全または閉経、自律神経機能不全、睡眠周期の乱れ、認知障害、運動機能不全、気分障害、摂食障害または心血管障害、虚血誘導性神経死、頭部外傷、アルツハイマー病、顔面潮紅、パーキンソン病、晩発性ジスキネジア、うつ、統合失調症、神経性食欲不振、神経性過食症、心血管疾患、アテローム性動脈硬化症、QTL延長症候群、ロマノ-ワード症候群もしくはトルサード・ド・ポワンツ症候群、骨粗鬆症、慢性関節リウマチ、骨関節症、骨折、多発性硬化症、またはそれらの組み合わせからなる疾患あるいは症状などに対して幅広く適用されてきた。 一方、エストロゲン療法の副作用としては、虚血性発作、心筋梗塞、血栓塞栓症、脳血管疾患、並びに乳癌および子宮内膜癌のリスク増大などが知られている。(2)サイレントエストロゲン 本発明者らにより命名された「サイレントエストロゲン」とは、細胞増殖活性を持たないエストロゲン様活性物質を指す。詳細には、対象化合物が細胞表面の受容体などを介して細胞内で引き起こすシグナル伝達が、当該シグナル伝達により誘導される遺伝子発現プロファイルに関しては、エストロゲンがエストロゲン受容体を介してシグナル伝達によって誘導する遺伝子発現のプロファイルと統計的に高い相関がありながら、エストロゲンの場合には同時に活性化される細胞増殖に関るシグナル伝達は共有していない場合に、「サイレントエストロゲン」であるとする。サイレントエストロゲンは、SERMやエストロゲン受容体アンタゴニストなどとは異なり、必ずしもエストロゲン受容体に結合しその機能を変化させる必要はない。 本発明者らが以前に開発した「DNAチップを用いた遺伝子発現プロファイル解析によるエストロゲン活性評価法」(非特許文献7、特許文献1、特許文献2)においては、乳癌細胞由来MCF-7細胞におけるエストロゲン応答遺伝子として選択された148遺伝子の塩基配列情報を基に合成したオリゴヌクレオチド断片(150プローブ)を基板上に固定化したDNAマイクロアレイを用いる。当該148遺伝子を「enzyme」、「signaling」、「proliferation」、「transcription」、「transport」、及び「others」の6つの機能別の遺伝子グループに分け、被検化合物をMCF-7細胞の培地中に添加して遺伝子発現量の変動を調べて遺伝子発現プロファイルを作成し、上記6種類の機能別遺伝子グループごとにエストロゲン(E2)との間の遺伝子発現プロファイルの相関を統計的に解析して、対象となる被検化合物のエストロゲン様活性を正確に感度良く評価することができる。 本発明者らは、すでに当該評価法を用いたことにより、アガリクス抽出物中のブレフェルディンA(brefeldin A)が「サイレントエストロゲン」であることを同定することができ、実際に細胞実験及び動物実験によりその効果を実証している(非特許文献9、特許文献3)。2.カプサイシン類のエストロゲン様作用について(1)カプサイシン類について カプサイシンはアルカロイドの1種であり、唐辛子中の刺激性成分で、カプサイシン受容体である一過性受容体の潜在的バニロイド1受容体(TRPV1)に結合することで、痛覚と熱感受性に関与する知覚神経を刺激する。体内に摂取されたカプサイシンが脳に運ばれて内臓感覚神経に働き、副腎のアドレナリン分泌を活発化させ、発汗及び強心作用を促すことも知られている。 本発明において「カプサイシン類」というとき、カプサイシン(capsaicin:CAP)及びカプサイシンに類似の化学構造あるいは生理作用を示す化学物質を指す。カプサイシン類としては、具体的に、カプサイシノイド(capsaicinoid)、カプシノイド(capsinoids)、カプシコシド(capsicosides)、カプシジオール(capsidiols)、カプサキサンチン(capsaxanthin)などが知られている。カプサイシン様の作用を示す化学物質は、カプサイシンの他に、レシニフェラトキシン(resiniferatoxin)、N-バニリルノナンアミド(N-vanillylnonanamide)、N−バニリルスルホンアミド、N-バニリル尿素、N-バニリルカーバメート(N-vanillylcarbamate)、3-ヒドロキシアセトアニリド(3-acetanilide)、ヒドロキシフェニルアセトアミド(hydroxyphenylacetamide)、ジヒドロカプサイシン(dihydrocapsaicin:DHCAP)、ノルジヒドロカプサイシン(nordihydrocapsaicin:NDHCAP)、疑似カプサイシン(pseudocapsaicin)、アナンダミド(anandamide)、ピペリン(piperine)、ジンゲロン(zingerone)、ワーバーガナル(warburganal)、ポリゴジアール(polygodial)、アフラモジアール(aframodial)、シンナモジアール(cinnamodial)、シンナモライド(cinnamolide)、シバムド(civamde)、ノニバミド(nonivamide:NV)、イソベレラル(isovelleral)、スカララジアール(scalaradial)、アンシストロジアール(ancistrodial)、β-アカリジアール(β-acaridial)、メルリジアール(merulidial)、スクチゲラール(scutigeral)などが含まれる。本発明の実施例では、このうちのカプサイシン(capsaicin:CAP)、ジヒドロカプサイシン(dihydrocapsaicin:DHCAP)、ノルジヒドロカプサイシン(nordihydrocapsaicin:NDHCAP)、ノニバミド(nonivamide:NV)についてのエストロゲン様活性を検証した。特に、カプサイシンについてはそのシグナル伝達経路についても詳細に検討した。カプサイシン類は、いずれも芳香族部分が共通した類似構造を有しており、カプサイシン受容体(TRPV1)リガンドとしての性質も共通性が高いことから、本実施例でのカプサイシンなどで得られた知見は他のカプサイシン類一般に適用できるものと解される。(2)エストロゲン応答遺伝子の発現プロファイルによるエストロゲン様活性の評価 本発明において、カプサイシン類のエストロゲン様活性の評価は、本発明者らが以前に開発した「DNAチップを用いた遺伝子発現プロファイル解析によるエストロゲン活性評価法」(非特許文献7、特許文献1、特許文献2)によった。すなわち、148のエストロゲン応答遺伝子に基づく150プローブが固定化されたDNAマイクロアレイを用い、乳癌由来のMCF-7細胞の培地中に、17β-エストラジオール(E2)及びカプサイシン類それぞれ添加し、MCF-7細胞の遺伝子発現量の変動を調べ、E2とカプサイシン類との間、またはカプサイシン類同士について、全遺伝子についての遺伝子発現プロファイルと共に、上記6種類の機能別遺伝子グループごとの遺伝子発現プロファイルの相関を解析した。 その結果、E2もカプサイシン類も、MCF-7細胞の遺伝子発現レベルではほとんどの機能別遺伝子グループ群での相関が高く、4種類全てのカプサイシン類についてエストロゲン様活性があると解される。(3)カプサイシン類の示すエストロゲン様シグナル伝達回路 エストロゲンは、エストロゲン受容体を介して、Erk1/2やAktなどのシグナル伝達系タンパク質Erk1/2及びAktのリン酸化を誘導することで細胞内のシグナルの伝達を進め、さらにその先のP70S6Kなどのタンパク質の活性化を進めると考えられており、当該シグナル伝達経路は「PI3K/Akt/mTOR/P70S6K経路」と呼ぶことができる(Mita MM, Mita A, Rowinsky EK. Mammalian target of rapamycin: a new molecular target for breast cancer. Clin Breast Cancer. 2003 Jun;4(2):126-37.)。 乳癌由来のMCF-7細胞を用い、カプサイシン及びE2におけるErk1/2及びAkt、並びにその下流のP70S6K及びmTORタンパク質(P70S6K の活性化を制御)に対するリン酸化反応及びその阻害反応を比較することで、カプサイシンの場合は、エストロゲンと同じ「PI3K/Akt/mTOR/P70S6K経路」によりシグナル伝達が行われていることが明らかとなった。また、当該シグナル伝達は、エストロゲンの場合はエストロゲン受容体を介して、カプサイシンの場合は、カプサイシン受容体TRPV1を介して行われていることも明らかとなった。(4)カプサイシンの細胞増殖活性について エストロゲンのエストロゲン受容体を介した作用のうち、エストロゲン療法における重大な副作用を引き起こす作用として、乳癌および子宮内膜癌の発生促進がある。当該作用は、エストロゲンによる乳癌細胞など癌細胞の増殖作用に基づくものと考えられるので、カプサイシン類についても、乳癌細胞に対する細胞増殖試験を行った。具体的には、3種類のヒト乳癌由来細胞である、MCF-7細胞、MDA-MB-231細胞及び、SKBR3細胞の培地中に、17β-エストラジオール(E2)及びカプサイシン類を加えて培養し、Sulforhodamine B(SRB)法(非特許文献7、8)により細胞増殖試験を行い評価した。なお、MCF-7細胞ではエストロゲン受容体α及びβが発現し、MDA-MB-231細胞ではエストロゲン受容体βのみが発現し、SKBR3細胞は両方発現していないことが知られている(参考文献1)。 その結果、17β-エストラジオール(E2)には、MCF-7細胞のみに対する細胞増殖活性が観察されたが、カプサイシン類にはいずれの細胞に対しても細胞増殖活性が見いだせなかった。また、カプサイシン類をMCF-7細胞に対してE2と同時に作用させても、エストロゲンのピュアアンタゴニスト(ICI182,780)のような増殖抑制効果は観察されなかった。 以上のことから見て、カプサイシン類には、エストロゲンの負の作用である乳癌細胞の増殖活性化、すなわち乳癌細胞における細胞増殖導くシグナル伝達経路の活性化が起きない可能性が示唆される。このことは、カプサイシン類のエストロゲン様活性のうちの中枢神経系や循環器系などの機能制御作用を利用するエストロゲン療法において、副作用となる乳癌発生あるいは促進の可能性が低いことを意味する。 参考文献1: Dong S, Terasaka S, Kiyama R. Bisphenol A induces a rapid activation of Erk1/2 through GPR30 in human breast cancer cells. Environ Pollut. 2011 Jan;159(1):212-8. doi: 10.1016/j.envpol.2010.09.004. カプサイシン類が、細胞増殖誘導に導くシグナル伝達経路を活性化しないことは、カプサイシン類によるMCF-7細胞刺激による、細胞増殖及び抑制に関わるマーカータンパク質の挙動がエストロゲンの場合とは、全く異なることにより確認した。 具体的には、エストロゲン受容体のターゲット遺伝子であり、MCF-7細胞増殖時に転写活性が上昇するCyclin D1タンパク(CCND1遺伝子産物)はエストロゲンとは逆に時間と共に減少し、増殖抑制因子であるp27kip1は、Cyclin D1の減少に伴って増加しており、いずれのマーカータンパク質もエストロゲン刺激における挙動とは全く異なっている。3,エストロゲン様物質としてのカプサイシンの用途(1)エストロゲン製剤、サプリメント、食品 カプサイシン類は、通常の薬理的に許容される担体とともに投与経路に応じた製剤とすることで、従来のエストロゲン療法のための医薬組成物、サプリメント又は食品として用いることができる。これらをあわせて、「エストロゲン製剤」ということもある。 経口投与用の医薬組成物又はサプリメントでは錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、液剤等の形態に調剤される。経口投与用固形製剤を調製するに当たり、慣用の賦形剤、結合剤、滑沢剤、その他着色剤、崩壊剤等を用いることができ、錠剤は周知の方法によりコーティングしてもよい。さらに滑沢剤、湿潤剤、乳化剤、保存剤、甘味剤、芳香剤などを加えることができる。また、この分野でよく知られている方法を採用して、患者に投与した後、活性成分の放出が速く、持続して、または遅くなるように製剤化することもできる。 また、カプサイシンは、皮膚刺激が強いことに加え、水難溶性であるため、プロドラッグ化が有効である。体内に摂取後、速やかに代謝作用によりカプサイシン類に変換される修飾がなされることが好ましい。例えば、薬理学的に許容される塩、エステル化、エーテル化、アセチル化などの誘導体化、薬理学的に許容される担体との融合体化などが含まれる。これらを合わせて、「カプサイシン類誘導体」あるいは単に「カプサイシン類」と表現することもある。 さらに、カプサイシン類と同様に、骨粗鬆症治療などエストロゲン受容体アゴニスト作用が必要な場合には、その用途や用法に応じて「サイレントエストロゲン」に属するヒメマツタケ由来のブレフェルディンA(非特許文献9)やSERMなどを併用しても良い。 他に、薬理学的に許容される担体、pH調整剤、緩衝剤、安定化剤、等張剤、局所麻酔剤等を添加して、注射剤、坐剤、貼付剤など非経口投与製剤に調剤してもよい。 なお、カプサイシン類は、通常は化学合成又は唐辛子エキスなどから周知の方法で単離精製して製剤化する。しかし、カプサイシンを含む唐辛子エキスの場合は古くから食品、飲料用添加物、サプリメントなどとして広く食されていた抽出物であることから、安全性の面で問題はなく、唐辛子エキスをそのまま製剤化してもよい。 投与量としては、患者の症状、体重、年齢等によって異なるが、カプサイシン類の量として、通常成分1日当たり約10〜3000mgの範囲が好ましく、これを通常1日1〜4回に分けて投与するのが望ましい。 このように、カプサイシン類を有効成分とする本発明のエストロゲン製剤は、副作用が低減されたエストロゲン様の医薬組成物として、例えば、更年期障害の改善、萎縮性膣炎などの泌尿生殖器障害、前立腺癌、前立腺肥大症、骨粗鬆症、動脈硬化、記憶障害、アルツハイマー病、血栓性疾患などの疾患の予防、治療に対して顕著な効果を発揮することができる。 特に、更年期障害の改善などのホルモン補充療法においてエストロゲンに代替して用いることができ、抗動脈硬化剤、血中酸化LDL抑制剤としても有効性が高いと考えられる。 他に、動脈硬化の改善作用を有する、健康食品、サプリメントとして、又はエストロゲン作用を有する健康食品、サプリメントとしても有効である。 さらに、乳癌など、エストロゲン依存癌に対しての治療用組成物としての有効性も期待できる。(2)エストロゲン製剤作成のためのシード化合物又はリード化合物 一般に、シード化合物は、「ターゲットとするタンパク質に結合させる起源物質」であり、「リード化合物」は、「シード化合物を基に、ターゲットとなるタンパク質に最も結合しやすいよう、また薬としての機能を最大限発揮するよう加工した化合物」を指す。本発明において「シード化合物」というとき、カプサイシン受容体(TRPV1)又はカプサイシン受容体にクロストークする既知もしくは未知の受容体又はその下流のシグナル伝達系タンパク質に結合し、カプサイシン類と同様のシグナル伝達を行うことのできる化合物であって、かつエストロゲン様活性を有する化合物である。カプサイシン類自身は、いずれも「シード化合物」であるということができる。そして、そのシード化合物を基に探索された、より高いエストロゲン様活性を有し、かつ増殖活性のない化合物を「リード化合物」という。その場合、リード化合物をシード化合物として用いることで、さらによりステージアップしたエストロゲン製剤の探索に繋がる。 カプサイシン類は芳香族環を1つ有する極めて簡単な構造式を有していることから、官能基の置換又はアルキル鎖の長さもしくは分岐鎖を適宜変換した化合物を公知の合成方法により簡単に製造することができるので、リード化合物を得るためのシード化合物として最適である。すなわち、カプサイシン類から選択される少なくとも1つをシード化合物とすることによって、コンピューターを用いたドラッグデザインなどを経て,又は経ること無しに公知の合成手法を用い、多数のカプサイシン類似化合物を合成することができ、これらの化合物群(ライブラリー)から、エストロゲン様活性化合物(エストロゲン製剤)を探索することができる。なお、合成されたカプサイシン類似化合物が、天然由来のいわゆる「カプサイシン類」に属する場合があることから、「カプサイシン類」がリード化合物である場合もある。 具体的には、当該多数合成したカプサイシンから誘導された化合物のライブラリーに対して、本発明者らの開発した「DNAチップを用いた遺伝子発現プロファイル解析によるエストロゲン活性評価法」(非特許文献7、特許文献1、特許文献2)などを適用し、エストロゲンとの遺伝子プロファイルとの相関を調べることによって、より細胞増殖活性が低くエストロゲン様活性が高い化合物をスクリーニングすることができる。当該評価工程に先立ち、カプサイシン受容体へのカプサイシンとの競合能を調べるなどの、カプサイシン受容体への結合活性の高い化合物を検索する工程を設けることが好ましい。 以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。 なお、本明細書中に引用した技術文献、特許公報及び特許出願明細書中の記載内容は、本発明の記載内容として参照されるものとする。 本発明を実施するために使用する技術のうち主なものは以下に説明する。その他の様々な技術については、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。 本発明におけるその他の用語や概念は、当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものであり、各種の分析などは、使用した分析機器又は試薬、キットの取り扱い説明書、カタログなどに記載の方法を準用して行った。<実施例で用いた方法の説明>1.細胞増殖試験 ヒト乳癌由来MCF-7細胞、MDA-MB-231細胞、及び、SKBR3細胞はJCRB Cell Bank(国立医薬品食品衛生研究所、東京)から入手した細胞を利用し、5%の二酸化炭素の存在下、37℃で、MCF-7細胞とSKBR3細胞はRPMI 1640培地に、MDA-MB-231細胞はDMEM培地に10%の胎児のウシ血清(FBS)を補充した培地の中で継代培養した。細胞増殖試験の3日前に培地を10%のデキストランコートチャーコール処理をしたFBS(DCC-FBS)とフェノールレッドを含まないRPMI 1640あるいはDMEM培地に交換後、17β-エストラジオール(E2)またはそれぞれのカプサイシン類を培地に加えて72時間培養し、Sulforhodamine B(SRB)法により細胞増殖試験を行った。対照実験として、溶媒(DMSO)のみを加えて培養した細胞について同様に試験を行い、それぞれの化学物質について相対的な細胞増殖活性(Relative Proliferation Index)を計算した。SRB法は、Skehanらによる原報(参考文献2)に基づく既報のプロトコール(参考文献3)にしたがって行った。参考文献2:Skehan P, Storeng R, Scudiero D, Monks A, McMahon J, Vistica D, Warren JT, Bokesch H, Kenney S, Boyd MR. New colorimetric cytotoxicity assay for anticancer-drug screening. J Natl Cancer Inst. 1990 Jul 4;82(13):1107-12. doi: 10.1093/jnci/82.13.1107参考文献3:Parveen M, Inoue A, Ise R, Tanji M, Kiyama R. Evaluation of estrogenic activity of phthalate esters by gene expression profiling using a focused microarray (EstrArray). Environ Toxicol Chem. 2008 Jun;27(6):1416-25. doi: 10.1897/07-399.2.オリゴDNAマイクロアレイアッセイ 化学物質のエストロゲン様活性の評価は、オリゴDNAマイクロアレイを使用して得られたエストロゲン様遺伝子発現プロファイルを統計的に解析することにより行った。同オリゴDNAマイクロアレイは、非特許文献9に記載の148のエストロゲン応答遺伝子(重複があるので合計150プローブ)と28の補正用遺伝子の一部の塩基配列情報を基に合成したオリゴヌクレオチドをガラススライドに機械的にスポットすることにより作成し、参考文献4に記載のプロトコールに従ってアッセイを行った。また、これらの情報は特許文献2及び3にも記載されている。 具体的には、化学物質(10nM E2、あるいは、10μMカプサイシン類)により処理されたMCF-7細胞、あるいは対照(溶媒のDMSOのみを加えた)となるMCF-7細胞から、RNeasy Plus Mini kit(QIAGEN社)を用いて、製品の指示書に従って全RNAを単離した。アンチセンスRNA(aRNA)は、SuperScript RNA Amplification kit(Invitrogen社)を用いて、5μgの全RNAから精製した。antisense RNA (aRNA)はSuperScript RNA Amplification kit(Invitrogen社)を用いて調製した。相補的DNA(cDNA)の合成とCy3(GE Healthcare社)による標識はSuperScript Indirect cDNA Labeling kit(Invitrogen社)を用いて行った。ハイブリダイゼーションは非特許文献9に記載の方法で行い、スライド上の蛍光はFLA-8000(Fujifilm)を用いて検出した。ArrayGauge ソフトウェア(Fujifilm)により得られた蛍光イメージを定量解析し、Microsoft Excelソフトウェアを用いて統計解析を行った。オリゴDNAマイクロアレイアッセイは、異なる培養細胞を用いて3回の独立した実験を行い、平均値と標準偏差値を算出し、さらにt検定により統計的信頼性の評価を行った。 相関解析(散布図の作成と相関係数Rの算出)とt検定(危険率p値の算出)は、SPSS 12.0Jソフトウェアを使用して実行した(SPSS Japan;東京)。148の遺伝子(150プローブ)のUniGene名は、Entrez Geneデータベース(www.ncbi.nlm.nih.gov)登録名を用いた。また、これらの148の遺伝子は、再現性の極めて高いエストロゲンに応答する遺伝子として選択されたものである(非特許文献9)。参考文献4:Dong S, Furutani Y, Suto Y, Furutani M, Zhu Y, Yoneyama M, Kato T, Itabe H, Nishikawa T, Tomimatsu H, Tanaka T, Kasanuki H, Masaki T, Kiyama R, Matsuoka R. Estrogen-like activity and dual roles in cell signaling of an Agaricus blazei Murrill mycelia-dikaryon extract. Microbiol Res. 2012 Apr 20;167(4):231-7. doi: 10.1016/j.micres.2011.09.003.3.統計解析 オリゴDNAマイクロアレイアッセイによって得られたそれぞれの化学物質の遺伝子発現プロファイルは、統計解析により、それぞれの化学物質のエストロゲン様活性の評価と細胞の機能に与える影響について解析を行った。統計解析は、全部の遺伝子あるいは機能別にグループ化した遺伝子のセットを用いた相関解析とクラスター解析を行った。相関解析とクラスター解析は、参考文献5に記載の方法により行った。 統計解析は、148遺伝子(150プローブ) 、あるいは、機能別グループに属す遺伝子に関して、それぞれの化学物質あるいはエストロゲン(E2)との間で行い、得られた相関係数をグラフに表示した。相関係数は、148遺伝子(150プローブ)、あるいは、機能別グループに属す遺伝子に関して、散布図に示す回帰直線をもとに統計解析SPSS 12.0Jソフトウェア(SPSS Japan;東京)を用いて計算した。 遺伝子の機能別分類としては、148遺伝子(150プローブ)を「enzyme」、「signaling」、「proliferation」、「transcription」、「transport」、「others」の6グループに分類した。それぞれのグループに属する遺伝子名は非特許文献9に従って表記した。参考文献5:Terasaka S, Inoue A, Tanji M, Kiyama R. Expression profiling of estrogen-responsive genes in breast cancer cells treated with alkylphenols, chlorinated phenols, parabens, or bis- and benzoylphenols for evaluation of estrogenic activity. Toxicol Lett. 2006 May 25;163(2):130-41.4.ウェスタンブロット法 ウェスタンブロット法は非特許文献9に記載の方法で行った。MCF-7細胞をPhenol red free PRMI 1640培地(10% DCC-FBS含む)に48時間培養した後、FBSを含まないPRMI 1640培地を用いて更に24時間培養した。その後、各試料を添加した後、それぞれErk1/2、Akt、P70S6Kタンパク質のリン酸化の継時変化を解析した。SDSサンプルバッファーを用いて抽出したタンパク質試料各20μgを、5-20%勾配ポリアクリルアミドゲルを用いてSDS-PAGEを行い、ウェスタンブロット解析を行った。それぞれのタンパク質の検出は、一次抗体として、それぞれのタンパク質に対するウサギ抗リン酸化抗体とそれぞれの全タンパク質を検出するウサギ抗体を用い、二次抗体には抗ウサギIg抗体ホースディッラシュペルオシダーゼ複合体を用い、検出はImmobilon Western Chemiluminescent HRP Substrate(Millipore 社)を用いて化学発光検出器Cool Saver AE-6955(ATTO社)にて行った。阻害剤の実験は、細胞を100nM ICI 182,780(Tocris Bioscience社)で1時間、50μM LY 294002(Calbiochem/Merck社)、10μM AG1478(Calbiochem/Merck 社)、10μM capsazepine(Cayman社)、あるいは、10nM rapamycin(Sigma-Aldrich社)で30分間処理し、対照実験には10nM E2(ポジティブコントロール)かvehicle(0.1% v/v DMSO)(ネガティブコントロール)を用いた。(実施例1)カプサイシン類の細胞増殖活性 この実施例では、4種のカプサイシン類(カプサイシン、ジヒドロカプサイシン、ノルジヒドロカプサイシン、及び、ノニバミド:図1)について細胞増殖活性を評価した(図2)。検討に用いた細胞はいずれもヒトの乳癌由来の培養細胞であるが、エストロゲン受容体の発現が異なり、MCF-7細胞(図2Aと2D)ではエストロゲン受容体αとβの両方が発現しているのに対して、MDA-MB-231細胞(図2B)ではエストロゲン受容体βのみ発現しており、SKBR3細胞(図2C)では両方とも発現していない(参考文献1)。 10nMのE2を用いた細胞増殖試験(図2A〜C)では、エストロゲン受容体αとβのいずれもが発現しているMCF-7細胞(図2A)でのみ増殖活性が見られた。一方で、カプサイシン類については、4種のカプサイシン類は検討したすべての濃度(10nM〜100μM)において細胞増殖活性は示さなかった。なお、極めて高濃度のカプサイシン類を添加した場合(100μM)にはすべての細胞において細胞増殖を抑制する傾向が見られた。 このことからみて、カプサイシン類はエストロゲン受容体のアゴニストとして働かないと解される。 次いで、アンタゴニスト活性についての評価を行った。ピュアアンタゴニストとして知られるICI 182,780を培地に10nM E2に対して過剰量加えると、細胞増殖の抑制が見られ、そのIC50(50%抑制を示す濃度)は1μM程度であった(図2D)。一方で、カプサイシンの場合は、ほぼまったく細胞増殖の抑制は見られなかったことから、ICI 182,780のようなアンタゴニスト作用についても全くないと考えられる。なお、100μMカプサイシンを添加した場合には、カプサイシン単独の場合に観察される非特異的な細胞増殖抑制効果が、E2による細胞増殖活性に単純に相加された効果であると解される。 以上のことから、エストロゲン(E2)がMCF-7細胞において、エストロゲン受容体αを介するシグナル伝達を行った結果エストロゲン活性を呈しているのに対して、カプサイシン類は、エストロゲン受容体を介してシグナルの伝達はしないことが明らかになった。(実施例2)カプサイシン類の示すエストロゲン様遺伝子発現プロファイル 次に、カプサイシン類の細胞に対する影響を遺伝子発現レベルで解析するために、エストロゲン応答遺伝子を載せたオリゴDNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現プロファイル解析を行った(図3)。図3は、化学物質刺激による遺伝子発現の変動(log2値を表示)を150プローブ(148遺伝子)について調べた結果を示した図で、図3A〜図3DはE2とそれぞれのカプサイシン類との間の相関を、図3E〜図3Jはそれぞれのカプサイシン類の間の相関を示した図である。カプサイシン類はE2との間に高い(カプサイシン、ジヒドロカプサイシン、及び、ノニバミド;R=0.82〜0.83)あるいは中程度(ノルジヒドロカプサイシン;R=0.66)の相関が認められた。一方で、カプサイシン類の間の相関については、いずれも高い相関がみられた(R=0.80〜0.95)。 E2及び4種類のカプサイシン類の関係をクラスター解析で解析したところ、遺伝子発現プロファイルの相関はカプサイシン類の間で高く、中でもカプサイシン、ジヒドロカプサイシン、及び、ノニバミドの間が最も高いことがわかった(図4A)。150プローブの遺伝子のそれぞれの機能別に相関を調べたところ、「transport」、「proliferation」、あるいは「signaling」に関係する遺伝子の発現プロファイルの間の相関は高いが、「enzyme」に関係する遺伝子はやや低い相関を示した。これらの結果から、E2もカプサイシン類もMCF-7細胞に対して遺伝子発現レベルでは同様の影響を示すことが分かった。(実施例3)カプサイシン類の示すエストロゲン様シグナル伝達経路 この実施例では、カプサイシン類の細胞に対する影響を遺伝子機能レベルで調べるために、MCF-7細胞を用いて、シグナル伝達経路の様々なシグナルメディエイターについて調べた(図5)。エストロゲンは、エストロゲン受容体経由でErk1/2やAktなどのシグナル伝達系タンパク質のリン酸化を誘導することでシグナルの伝達を進め、さらにその先のP70S6Kなどのタンパク質の活性化を進めると考えられている。MCF-7細胞はエストロゲン刺激により、エストロゲン受容体に依存する急速な活性化(rapid activation)を示すことが知られており、この結果でも、E2刺激の15分後にErk1/2のリン酸化が見られた(図5A)。一方で、カプサイシンもErk1/2の急速な活性化が見られ、刺激15分後にErk1/2のリン酸化が見られた(図5B)。しかし、このリン酸化反応は、E2の場合はアンタゴニスト(ICI 182,780)の投与により阻害された(図5A、7レーン)が、カプサイシンの場合は阻害が見られなかった(図5B、7レーン)。また、E2によるErk1/2の急速な活性化は、EGFRの阻害剤AG1478(図5C、3レーン)やPI3Kの阻害剤であるLY294002(図5C、5レーン)で阻害されたが、カプサイシン受容体TRPV1のアンタゴニストであるCapsazepine(図5B、4レーン)では阻害されなかった。さらに、E2によって急速に活性化されるAktについても同様の結果が得られた(図5D)。一方で、カプサイシンによるErk1/2及びAktの急速な活性化はAG1478(図5E、4レーン)やLY294002(図5E、6レーン)だけでなく、Capsazepine(図5E、5レーン)でも阻害が見られた。また、カプサイシンによるAktの活性化は、下流のP70S6Kのリン酸化及びその阻害反応でも確認することができた(図5F)。すなわち、カプサイシンによるP70S6Kの急速なリン酸化(図5F、3レーン)は、AG1478(図5F、4レーン)、Capsazepine(図5F、5レーン)やLY294002(図5F、6レーン)、及び、P70S6K の活性化を制御するmTORタンパクの阻害剤Rapamycinでも阻害が見られた(図5F、7レーン)。 以上の結果から、カプサイシンもエストロゲンと同様に、「PI3K/Akt/mTOR/P70S6K経路」によりシグナルが伝達されていることが明らかになった。また、同時に、当該シグナル伝達は、エストロゲンの場合はエストロゲン受容体を介して行われているのに対して、カプサイシンの場合は、カプサイシン受容体TRPV1を介して行われていることも明らかとなった。(実施例4)カプサイシン類とエストロゲンのシグナル伝達経路の相違 実施例1の結果からみて、カプサイシン類はエストロゲン受容体には結合せず、両者の受容体は明らかに異なると解されるものの、実施例2及び3の結果によるとエストロゲンとカプサイシンとは、その下流のシグナル伝達経路がよく似ていて、遺伝子発現プロファイルの相関も高い。このことから、本発明者らは、両者がシグナル伝達経路の一部を共有しているが、細胞増殖活性を制御するシグナル伝達経路は異なるために、遺伝子発現プロファイルが似ているが、細胞増殖活性では明らかに異なる挙動を示したと推論した。 そこで、本実施例では、細胞周期に関するマーカータンパク質p27kip1及びCyclin D1について、エストロゲン(E2)とカプサイシンの影響を比較した(図6)。 Cyclin D1遺伝子(CCND1)はエストロゲン受容体のターゲット遺伝子であり、エストロゲンの投与後に転写活性が上昇することが知られているが、参考文献6によると、MCF-7細胞の増殖の際には、Cyclin D1タンパク量は細胞増殖刺激後増加し、6〜12時間でピークに達した後減少することが報告されている。 また、p27kip1はcyclin-dependent kinase(CDK)の活性を阻害し、その活性の低下によりCyclin EなどのCDKの活性が上がり、細胞周期がS期に進むことが知られており、増殖活性に対しては抑制的に働く(参考文献7)。同文献によると、p27kip1はMCF-7細胞において、エストロゲン投与後多少の増加を見せるが、12時間後には顕著な減少傾向を示している。 本実施例においても、MCF-7細胞を用いた実験では、エストロゲン(E2)処理後6時間でどちらのタンパク質も増加していることが確認できた(図6A、2レーン)。一方で、カプサイシン処理したMCF-7細胞では、処理後Cyclin D1の量は増加することなく時間を追うごとに減少している。p27kip1については、処理後の6〜12時間の間では増加が見られず、Cyclin D1の影響がなくなった24時間たってはじめて増加しており、エストロゲンでの転写活性の挙動とは全く異なっている(図6B)。 これらの結果は、MCF-7細胞では、エストロゲン刺激により細胞増殖が誘導されることと共に、カプサイシン処理では細胞増殖が誘導されなかったことがシグナル伝達経路においても確認されたと考えられる。すなわち、カプサイシン類はエストロゲンとは、MCF-7細胞における細胞増殖活性を制御するシグナル伝達経路は共有していないことを示している。この結果は、カプサイシン類が、従来から問題になっていた癌細胞に対する増殖活性を有さないエストロゲン製剤として利用することが可能であることを示唆しており、さらに、カプサイシン類をシードあるいはリード化合物として新たなエストロゲン製剤の開発が可能になることを示唆するものである。参考文献6:Caldon CE, Sergio CM, Schutte J, Boersma MN, Sutherland RL, Carroll JS, Musgrove EA. Estrogen regulation of cyclin E2 requires cyclin D1 but not c-Myc. Mol Cell Biol. 2009 Sep;29(17):4623-39. doi: 10.1128/MCB.00269-09.参考文献7:Foster JS, Fernando RI, Ishida N, Nakayama KI, Wimalasena J. Estrogens down-regulate p27Kip1 in breast cancer cells through Skp2 and through nuclear export mediated by the ERK pathway. J Biol Chem. 2003 Oct 17;278(42):41355-66. doi: 10.1074/jbc.M302830200.(実施例5)カプサイシン類のエストロゲン様活性 実施例1〜4により、カプサイシン類はエストロゲンとはその受容体が異なるものの、同様の遺伝子発現プロファイルを示し、かつエストロゲンと同様のシグナル伝達経路によりシグナルが伝達されるため、エストロゲン様活性物質として働くことが示された。また、細胞増殖に関わるシグナル伝達経路は異なっているため、乳癌細胞の増殖作用という副作用が回避できる蓋然性が高いことが明らかになった(図7)。すなわち、カプサイシンリガンドがエストロゲンとは異なる受容体に結合することでシグナルの伝達が開始される際に、他の受容体(例えばEGRFなど)との間のクロストークなどにより一部共通なシグナル伝達が起こり、エストロゲン様の影響を示すが、細胞増殖に関するシグナル伝達は異なるため、エストロゲンは細胞増殖活性を示すのに対して、カプサイシンは同活性を示さない。 以上の結果、カプサイシンはエストロゲン様の遺伝子発現プロファイルを示し、影響を与える遺伝子は細胞増殖、細胞内シグナル伝達系タンパク質、細胞内輸送、あるいは遺伝子の転写に関わる遺伝子など幅広い細胞機能に関係するエストロゲン応答遺伝子に影響を及ぼすことから、エストロゲン様の細胞影響を示すことが予測された。また、カプサイシンは細胞増殖(proliferation)に関係する遺伝子についてもエストロゲンと類似のプロファイルを示すことから、細胞増殖に関係する遺伝子の発現はエストロゲンに似ていることが示唆される。これらの知見は全く新しいものであり、今までに同様の報告はない。 これらの知見により、カプサイシン類の新たな利用法が明らかになった。すなわち、今までエストロゲンの代替物として利用されてきた化学物質に加えて、新たにカプサイシン類という大きな化学物質のグループが利用できる可能性が生まれた。本実施例及び過去の他の化学物質の解析により、カプサイシン類の示すエストロゲン様活性を担う構造としては、解析した4種のカプサイシン類に共通な芳香環(バニリル基)、特にその中のフェノール構造の寄与が大きいと考えられるが、カプサイシン類の中でフェノール構造を有する化合物は多いため、本実施例で示した4種のカプサイシン類に限らず、カプサイシンに似た多くの化学物質(例えばカプサイシノイド、カプシノイド、バニロイドなど)も同様の活性を示すものと考えられる。 また、カプサイシンはエストロゲン受容体に結合しないことから、カプサイシンがエストロゲン製剤として作用する場合は、従来のSERMなどによるエストロゲン受容体の機能を介するメカニズムとは異なる新しい作用メカニズムによるものと考えられ、本実施例はカプサイシンの新しい利用法を示すものと考えられる。カプサイシン受容体は6回膜貫通型のイオンチャネル型受容体であり、様々なリガンド結合型受容体とは異なり、カプサイシンを主体に結合する受容体ではない。カプサイシン受容体におけるカプサイシンの結合部位は細胞膜の内側にあり、カプサイシンが結合するためにはまず細胞膜を透過する必要があり、その作用も他のセカンドメッセンジャーなどと同様のメカニズムであり、特にカプサイシン受容体に限られる特別なメカニズムではない(参考文献8)。このことは、カプサイシンの作用がカプサイシン受容体に限定すべきものではなく、カプサイシンのエストロゲン様活性がカプサイシン受容体経由によるものとは限らないことを示唆している。 一方で、カプサイシンの抗癌作用はすでに多くの報告があり、その中には乳癌を対象にしたものもある(例えば参考文献9)。しかし、これらはいずれもカプサイシンをエストロゲン製剤(例えばエストロゲン受容体アンタゴニスト)として利用したものではなく、実施例1で示したように高濃度(例えば参考文献9では200μMで24時間処理)のカプサイシンを与えない限り細胞増殖抑制は見られない。 以上のことから、カプサイシン類は、本発明者らが以前にアガリクス抽出物の中から単離同定したブレフェルディンA(brefeldin A)(非特許文献9、特許文献3)と同様の細胞増殖活性を示さないエストロゲン様化合物である「サイレントエストロゲン」に属する化合物群であることを確認することができた。参考文献8:Tominaga M, Tominaga T.Structure and function of TRPV1. Pflugers Arch. 2005 Oct;451(1):143-50. Epub 2005 Jun 22.参考文献9:Chang HC, Chen ST, Chien SY, Kuo SJ, Tsai HT, Chen DR. Capsaicin may induce breast cancer cell death through apoptosis-inducing factor involving mitochondrial dysfunction. Hum Exp Toxicol. 2011 Oct;30(10):1657-65. doi: 10.1177/0960327110396530. カプサイシン類又はその誘導体を有効成分とするサイレントエストロゲンとしてのエストロゲン製剤。 前記エストロゲン製剤が、エストロゲン療法に用いるための予防又は治療用組成物である、請求項1に記載のエストロゲン製剤。 エストロゲン療法における癌発生リスク低減のためのサイレントエストロゲンとしてのカプサイシン類又はその誘導体の使用法。 カプサイシン類のいずれか1つからなる、サイレントエストロゲンを探索するためのシード又はリード化合物。 カプサイシン類のいずれか1つをシード又はリード化合物とし、コンピューターを用いたドラッグデザインなどを経て、もしくは経ることなしにデザインされ、化学合成されたカプサイシン類似化合物群の中から、サイレントエストロゲンを探索する方法。 サイレントエストロゲンを探索する方法であって、下記(1)及び(2)の工程を含む方法;(1)カプサイシン類のいずれか1つをシード又はリード化合物としてデザインされたカプサイシン類似化合物ライブラリーを製造する工程、(2)工程(1)で得られたライブラリー内の任意の化合物からなる被検物質に対して、「DNAチップを用いた遺伝子発現プロファイル解析によるエストロゲン活性評価法」を適用し、エストロゲンとの相関の高い化合物を選択する工程。 さらに、下記(3)の工程を含む、請求項5に記載の方法;(3)前記被検物質のカプサイシン受容体への結合活性をカプサイシンの結合活性と比較し、カプサイシンと同等もしくはそれ以上に高い結合活性を有する化合物を選択する工程。 【課題】エストロゲン(E2)の細胞増殖活性を誘導することなく、ホルモン療法に必要とされる中枢神経系や循環器系の機能に有効なエストロゲン作用のみを誘発する「サイレントエストロゲン」を提供することであり、さらに当該「サイレントエストロゲン」を用いて副作用のない心血管疾患および乳癌あるいは骨粗鬆症などのエストロゲン療法が適用される疾患の治療・予防方法を提供する。【解決手段】「DNAチップを用いた遺伝子発現プロファイル解析によるエストロゲン活性評価法」を利用して、カプサイシン類が「サイレントエストロゲン」であることを見出した。カプサイシン類又はそれをシードあるいはリード化合物として得た細胞増殖活性のないエストロゲン様活性化合物(エストロゲン製剤)を有効成分とした副作用のない心血管疾患および乳癌あるいは骨粗鬆症などのエストロゲン療法が適用される疾患の治療・予防方法。【選択図】なし