タイトル: | 公開特許公報(A)_線虫用培地およびそれを用いた被検物質の評価方法 |
出願番号: | 2013080689 |
年次: | 2014 |
IPC分類: | A01K 67/033,G01N 33/50,G01N 33/15 |
冨永 伸明 JP 2014200216 公開特許公報(A) 20141027 2013080689 20130408 線虫用培地およびそれを用いた被検物質の評価方法 独立行政法人国立高等専門学校機構 504237050 平井 安雄 100099634 冨永 伸明 A01K 67/033 20060101AFI20140930BHJP G01N 33/50 20060101ALI20140930BHJP G01N 33/15 20060101ALN20140930BHJP JPA01K67/033G01N33/50 PG01N33/50 ZG01N33/15 Z 8 2 OL 17 2G045 2G045BB20 2G045CB21 2G045DA14 本発明は、生物を培養するための培地に関する技術分野に属し、特に、新規な線虫用培地およびそれを用いた被検物質の評価方法に関する。 化学物質をはじめとする被検物質の生物影響評価は、新規の加工食品や医薬品を開発する際の安全性確認として必要であり、その評価精度を向上させるために、生物材料を用いて生物学的応答を分析するバイオアッセイの重要性が高まっている。特にin vivoバイオアッセイは、生体内で起こる複合的な影響を見ることができるという点で、有効な手段である。 in vivoバイオアッセイを実現するための生物材料の要件としては、ヒトと類似性のある神経系や生殖器官を有するものが必要である。より好ましくは、ラットのような高等動物よりも、簡素に試験が行える生物材料である。このような生物材料として、近年、線虫(線形動物:Nematoda)が注目されている。線虫は、全ゲノム配列や全体細胞の発生、分化過程も明らかにされていることから、線虫を培地で飼育することによる各種被検物質の評価方法が提案されている。 例えば、従来の被検物質の評価方法としては、線虫のCaenorhabditis elegans(C.エレガンス)およびその新規な高感受性bis−1変異体NX3のほか、線虫表皮(コラーゲン等)の変異体を、環境化学物質を含有する培地で飼育し、その産子数を数えると共に生育状況および行動を観察することにより、前記環境化学物質の生物機能に対する毒性を評価するものがある(特許文献1参照)。また、被検物質を封入したマイクロカプセルを含有する培地中で線虫を飼育し、経口摂取した被検物質の生物機能に対する効果を評価するものもある(特許文献2参照)。また、線虫の培地に関しては、クエルセチンを添加した培地が線虫を長寿化させ得るという報告もある(非特許文献1参照)。特開2005−10110号公報特開2009−145087号公報Nadine Saul, Kerstin Pietsch, Ralph Menzel, Christian E.W. Steinberg, Mechanisms of Ageing and Development, 129, 611-613 (2008) 従来の線虫を飼育する培地では、線虫の生命維持活動に必要不可欠なものとして、線虫の餌(例えば、大腸菌)が給餌されている。すなわち、餌としてあらかじめ大腸菌を培養したNematode Growth Medium(NGM)培地による培養が一般的である。しかし,このような培地では、大腸菌に含まれる物質が明らかでないために、線虫を用いた被検物質の評価をする際には、線虫への経口摂取物の影響を見積もることが難しい。さらに、線虫に与える影響を継続的に観測する場合には、培養系を評価系として用いると、試験物質の培養系に含まれる線虫の餌(例えば、大腸菌)の代謝による干渉は無視できない。そのため、線虫を用いた従来の被検物質の評価方法は、培地中に線虫の餌が存在することによって、その評価精度が不安定なものになっているという課題がある。 本発明の目的は、上記課題を解決すべく、線虫の餌による影響を抑えた線虫を培養するための線虫用培地、およびその線虫用培地で培養された線虫を用いた評価精度の高い被検物質の評価方法を提供することにある。 本発明者らは、鋭意研究の結果、フラボノイド化合物を含有する新しいタイプの合成培地を構築することによって、線虫に対する給餌を必要としない線虫用培地を新たに見出した。さらに、その線虫を含む線虫用培地に被検物質を投与することにより、従来よりも評価精度の高い被検物質の評価方法も新たに見出した。 かくして、本発明に従えば、炭素源、アミノ酸、脂質、核酸源、ビタミン類、及び必須微量金属を有効成分として含む基材に、フラボノイド化合物を含有していることを特徴とする線虫を培養するための線虫用培地が提供される。本発明の実施形態に係る液体合成培地の栄養物組成を示す。本発明に係る液体合成培地で培養したC.エレガンスの個体の体長の説明図、および経時的なC.エレガンスの体長変化を示す。(a)本発明に係る液体合成培地で培養したC.エレガンスの1か月間培養後の成長速度とコントロールの成長速度の比を示す。(b)比較例としてトコフェロールを用いた場合のC.エレガンスの体長(μm)の経過時間(日)による推移結果を示す。本発明に係る液体合成培地で培養したC.エレガンスの経時的な体長変化を示す。(a)本発明に係る液体合成培地で、異なる亜鉛濃度で培養した各々のC.エレガンスの体長の時間変化を示す(図中、*:亜鉛濃度0mg/l、有意差有り(p<0.05)、**:亜鉛濃度0mg/l、有意差有り(p<0.01))(b)本発明に係る液体合成培地において異なる亜鉛濃度で培養したC.エレガンスについて、C.エレガンスの体長と亜鉛濃度との関連を示す(図中、a:亜鉛濃度0mg/l、有意差有り(p<0.01)、b:亜鉛濃度10mg/l、有意差有り(p<0.01)、c:亜鉛濃度50mg/l、有意差有り(p<0.01)、N.S.:有意差無し(p<0.01))本発明に係る液体合成培地において、金属バナジウム及びインスリンを、DNAマイクロアレイを用いて評価した結果を示す。 本実施形態に係る線虫用培地は、炭素源、アミノ酸、脂質、核酸源、ビタミン類、必須微量金属を有効成分として含む基材に、フラボノイド化合物を含有していることを特徴とする。線虫としては、Caenorhabditis elegans、Caenorhabditis briggsae、Caenorhabditis vulgaris、Neoaplectana glaseri、Neoaplectana carpocapsae、またはPanagrellus redivivusなどを用いることができ、例えば、Caenorhabditis elegans (C.エレガンス)を用いることができる。C.エレガンスは、雌雄同体で一個体約1000個の体細胞を有する多細胞生物で、基本的な器官(神経・筋肉・消化器官・生殖器官など)を有しており、全ゲノム解読済みで、ヒト疾患原因遺伝子と相同性の高い遺伝子群が多数報告されている。さらに、ライフスパンが短く(約3日で成虫、約5日で世代交代)、体長約1mmで小スペースで大量培養可能であり、体長が小さいため細胞を培養するのと同じような取扱いで細胞より手軽に培養できるという利点がある。本実施形態に係る線虫用培地の基となる基剤としては、特に限定されないが、例えば、市販のヨウトガ細胞用のグレース昆虫培地(Grace’s Insect Cell Culture Medium;Grace‘s ICCM)、ショウジョウバエ細胞用の昆虫細胞培養用基本培地(Schneider’s Drosophila Medium;Schneider’s DM)などの昆虫用培地;D-MEM (Dulbecco's Modified Eagle Medium) 、α-MEM (Minimum Essential Medium) 、D-MEM/F-12 (Dulbecco’s Modified Eagle Medium: Nutrient Mixture F-12)1:1 Mixture、Media 199などの哺乳類細胞培養基本培地を用いることができる。 ここでいうフラボノイド化合物とは、植物に含まれる色素成分でポリフェノール化合物の一群の総称であり、好ましくは、クエルセチン、ルチン、レスベラトロール、およびカテキンのうち少なくとも1つが含まれ、例えば、クエルセチンを用いることができる。培地に添加されるクエルセチンの濃度については、線虫の発育を良好に促進させる点から、0.05mM〜0.1mMであることが好ましい。線虫の炭素源(エネルギー源)としては、少なくともグルコースが含まれ、この他、クエン酸カリウムが含まれていてもよい。アミノ酸としては、少なくともアスパラギン(Asn)、アルギニン (Arg)、ヒスチジン(His)、ロイシン(Leu)、イロソイシン(Ile)、リシン(Lys)、メチオニン(Met)、フェニルアラニン(Phe)、トレオニン (Thr)、トリプトファン(Trp)、バリン(Val)が含まれ、この他、アラニン (Ala)、アスパラギン酸 (Asp)、シスチン、グルタミン(Glu)、グルタミン酸 、グリシン (Gly)、プロリン (Pro)、セリン (Ser)、チロシン (Tyr)が含まれていてもよい。脂質としては、少なくともコレステロールが含まれており、この他、アラキドン酸、トコフェノール、リノレイン酸、リノレン酸、オレイン酸、パルミトレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸が含まれていてもよい。核酸源としては、少なくともシチジン-3'-モノリン酸が含まれ、この他、ウリジル酸、グアニル酸ナトリウム、およびアデノシン-2'(3')-モノリン酸が含まれてもよく、さらに、チミン、チミジンが含まれていてもよい。ビタミン類としては、コリンクロリド、ミオ−イノシトールが含まれ、この他にも、p−アミノ安息香酸、ビオチン、ナイアシン、ナイアシンアミド、パンテチン、塩酸ピリドキシン(ビタミンB6)、シアノコバラミン(ビタミンB12)、ピリドキサール-5'-リン酸(ビタミンB6)、リポ酸が含まれていてもよい。 必須微量金属としては、銅、亜鉛が含まれる。銅の濃度については、後述の実施例に示されるように、線虫の成長を有意に促進する(線虫に投与される被検物質の評価精度を高める)という観点から、好ましくは、培地における濃度が1.3〜6.5 mg/lであり,より好ましくは、濃度3.25〜6.5mg/lであり、例えば、銅の濃度を3.25mg/lとすることができる。亜鉛の濃度については、線虫の成長を有意に促進するという観点から、少なくとも1 mg/lであればよい。必須微量金属以外の金属としては、必要に応じて、準必須微量金属が含まれていてもよく、この準必須微量金属としては、鉄、マグネシウム、マンガン、及びニッケルが含まれる。鉄の濃度については、後述の実施例に示されるように、線虫の成長を有意に促進するという観点から、好ましくは、培地における濃度が11.8〜118mg/lであり,より好ましくは、29.4〜118mg/lであり,118mg/lを超える場合には、培養を開始してから早い段階で鉄の毒性影響によりC.エレガンスの成長が抑制されることが考えられる.また、培地に含まれる栄養素に応じて、培地中の鉄の濃度は0mg/l(鉄フリー)であってもよい(例えば、ヘモグロビン,カタラーゼ,チトクロームc等の生体反応に関与する鉄含有タンパク質が培地に含まれている場合など)。 このように、本実施形態に係る線虫用培地は、線虫を無給餌で飼育することができるという従来に無い合成培地であり、その優れたメカニズムは、詳細には未だ解明されていないが、前記フラボノイド化合物が、上述した炭素源、アミノ酸、脂質、核酸源、ビタミン類、必須微量金属と組み合わせて使用されることによって、線虫の生命維持に必要となる栄養分が、絶えず線虫に供給されているものと推察される。なお、この培地は、ゲル状(寒天培地)であってもよいし、液体状(液体合成培地)であってもよい。 なお、本実施形態に係る線虫用培地は、必要に応じて、上記の他に、ヘムタンパク質、クチクラ源、抗酸化剤が含まれていてもよい。線虫は、δ-アミノレブリン酸からヘムを合成するために必要なδ-アミノレブリン酸脱水酵素,ポルフィリノーゲン脱アミノ酵素,ウロポルフィリノーゲンIII合成酵素,ウロポルフィリノーゲン脱カルボキシル酵素,コプロポルフィノーゲン酸化酵素,プロトポルフィノーゲン酸化酵素,フェロケラターゼを持っていないことからヘムタンパク質の合成系統が弱く、ヘムタンパク質を経口摂取に依存している傾向があるため、ヘムタンパク質を補うことが好ましく、このようなヘムタンパク質としては、例えば、ヘモグロビン、チトクロームcが挙げられる。また、クチクラ源とは、線虫の体表を覆うクチクラ(cuticle)を形成する構成要素のことであり、例えば、N−アセチルグルコサミンが挙げられる。また、抗酸化剤(還元剤)としては、例えば、グルタシオンが挙げられる。 また、本線虫用培地中では栄養が豊富に含まれることから、必要に応じて、微生物による汚染を防ぐために、培養する線虫に害を与えない抗生剤を添加することが好ましく、例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン、アンフォテリシンBが挙げられる。 上述した本発明に係る線虫用培地は、特にフラボノイド化合物が含有されていることによって、無給餌であっても、培養された線虫が充分に成長する(後述の実施例参照)。このように、当該培養された線虫は、成長の度合いが充分に高いことから、培地中に他の物質(被検物質)が添加された場合に、その物質の影響が、線虫の成長の度合いとして鋭敏に示される。このため、この本発明に係る線虫用培地で培養された線虫を用いて、本発明に係る線虫用培地に添加された被検物質の評価(影響評価)を、線虫に含まれる各遺伝子の発現変化に基づいて実施することも可能である。 以下に、本発明の特徴をさらに具体的に示すために実施例を記すが、本発明は以下の実施例によって制限されるものではない。なお、実施例にて使用した試薬及び装置を以下に示す。(試薬) ヨウトガ細胞用のグレース昆虫培地(Grace’s Insect Cell Culture Medium)、MEMアミノ酸溶液(MEM Amino Acids Solution)、MEM非必須アミノ酸溶液(MEM Non-Essential Amino Acids Solution)、MEM Vitamin Solution、化学的に限定された脂質混合物(Chemically-Defined Lipid Concentrate)、抗生物質溶液(Antibiotic-Antimycotic溶液)(100×)、ファンギゾン(FUNGIZONE溶液)(以上、インビトロジェン社製): D-(+)グルコース、酢酸カリウム、クエン酸三カリウム一水和物、塩化銅二水和物、塩化亜鉛、硫酸マンガン五水和物、硫酸アンモニウム鉄(II)六水和物、チトクロームc(TypeIII)、ヘモグロビン,ウシ血液由来、酵母由来DNA、酵母由来RNA、ニコチン酸、ニコチンアミド、(+)-ビオチン、シアノコバラミン、p-アミノ安息香酸、myo-イノシトール、α-リポ酸、N-アセチル-D-(+)-グルコサミン、塩化コリン、コレステロール(以上、和光純薬工業社製): チミジン、チミン、アデノシン2’-(3’-)リン酸、グルタシオン、パンテチン、ピリドキシン一塩酸塩、ピリドキサミン二塩酸塩、ピリドキサル一リン酸(以上、シグマアルドリッチ社製): シチジン3’-リン酸、グアニン酸ナトリウム、ウリジル酸(以上、東京化成社製):アンピシリンナトリウム(ナカライテスク社製): バクト(登録商標) トリプトン、バクト(登録商標) イーストエキス、塩化ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム十二水和物、寒天粉末、2%コレステロール、次亜塩素酸ナトリウム溶液、5N水酸化カリウム水溶液、1M硫酸マグネシウム水溶液、1M塩化カルシウム水溶液、1Mリン酸カリウム緩衝液(以上、和光純薬工業社製)(装置)保管培養用インキュベータ:エスペック社製, LOW TEMP. CHAMBER BNC110孵化用振とうインキュベータ:Bastead|Lab-Line, MaxQ4000飼育実験用インキュベータ:EYELA社製, LTI-400角運動振とう機:アズワン社製, ROCKING MIXER RM-300冷却遠心機:トミー精工社製, MULTIRURPOS RERIGERATED CENTRIFUGE LX-120クリーンベンチ:サンヨー社製,, CLEAN BENCH MCV-711ATS高圧蒸気滅菌器:平山製作所社製, HICLAVE HV-50冷蔵庫:日本フリーザー社製, KGT-4056HC顕微鏡カメラ:キーエンス社製, HIGH SENSIVITY COOLED CCD CAMERA VB-7010培養容器:ファルコン社製, MULTIWELL 24 well生物顕微鏡:オリンパス社製 DP2-BSW(実施例1)(1)合成培地の作製 固形(粉末)の試薬は,滅菌水(SW:sterile water)、超純水(UPW:ultra pure water)、またはジメチルスルホキシド(DMSO)に溶かし、以下の表に示す濃度の保存液を調製した。培地は、市販の昆虫培養用基本培地(グレース昆虫培地;Grace’s Insect Cell Culture Medium)(ライフテクノロジーズジャパン製)を基剤として用い、この培地に、当該保存液を濾過滅菌しながら添加し、図1に示す栄養物組成を有する液体合成培地を作製した。(2)合成培地中の線虫の培養 受精卵を持った成虫のC.エレガンスを次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)と水酸化カリウム(KOH)の混合溶液で処理し、受精卵を回収した。エタノールで消毒済みのクリーンベンチ内で,上記作製した液体合成培地50mlに100mg/mlアンピシリンナトリウム50μl,ファンギゾン500μlを添加し,24連結セルの1穴に液体合成培地2mLと受精卵約100個をそれぞれ入れた。(3)フラボノイド化合物の添加(−1)クエルセチン及びルチン 上記作製した液体合成培地に、フラボノイド化合物のクエルセチンまたはルチンを添加し、C.エレガンスの成長に与える影響を評価した。フラボノイド化合物のクエルセチンまたはルチンを添加後、セルに蓋をし,倒立顕微鏡で成長による内臓の形成変化や,卵巣や卵細胞の形成変化を観察した.さらに,顕微鏡カメラにて拡大率175倍で1条件12匹のC.エレガンスをランダムに選んで画像を撮影し,0日後の画像とした.その後,20℃で1日インキュベートし,再び同条件で画像を撮影し,1日後の画像とした.以後,1日または2日置きに顕微鏡カメラで撮影し,生物顕微鏡(オリンパス社製DP2-BSW)を用いて画像解析し,図2(a)に示すようにC.エレガンスの体の中心線をとり,C.エレガンス個体の体長を測定した。得られたC.エレガンスの体長のデータ(n=12)の数平均と標準偏差を求めた.また,各微量金属0mg/lのデータに対して他の濃度のデータをt検定分析によって統計的に解析し,危険率0.05未満(p<0.05),0.01未満(p<0.01)で有意差検定を行った. このような手順により、上記作製した液体合成培地に、濃度0.01mM、0.05mM、0.1mMのクエルセチン、濃度0.01mM、0.1mM、1mMのルチンを添加した各場合、及び、クエルセチン及びルチンを全く添加しない場合(コントロール)におけるC.エレガンスの体長変化を図2(b)に示す。 図2(b)の結果から、フラボノイド化合物であるクエルセチン及びルチンを液体合成培地に添加した場合では、いずれの場合でも、経過時間が進むにつれて、コントロールの結果よりもC.エレガンスの成長が促進され、とりわけクエルセチンを添加した場合の成長が顕著であった。特に濃度0.05mM〜0.1mMのクエルセチンを液体合成培地に添加した場合のC.エレガンスの成長が顕著であることが示された。(−2)カテキン さらに、クエルセチンと同じフラボノイド系化合物であるカテキンについても確認した。それぞれの抗酸化物質を添加し1か月間培養後の成長速度とコントロールの成長速度の比を図3(a)に示す。 C.エレガンスは、すべての培地で成長が確認された。コントロールとの成長速度の比は0.01、0.05、0.1 mMの濃度それぞれで、クエルセチンでは1.29、1.25、1.31となり、0.1 mM時の成長速度が一番速く、全ての濃度でコントロールよりも成長速度は速かったが、濃度による大きな成長速度の変化は見られなかった。ルチンでは1.16、1.09、1.11となり、0.01 mM時の成長速度が一番速く、すべての濃度でコントロールの成長速度を上回っていたが、濃度による大きな成長速度の変化は見られなかった。カテキンでは、1.20、1.14、1.24となり、0.1 mM時の成長速度が一番速く、すべての濃度でコントロールに比べ成長速度が速くなっており、高濃度の培地が低濃度の培地に比べ成長速度の上昇がみられた。しかし、これらの3物質は、高濃度の方が早くから成虫や卵を持ったC.エレガンスが現れ、中には二世代目の幼虫も見られた。 以上の結果からフラボノイド化合物を添加することで、C.エレガンスの成長を促進させる働きがあることがわかり、成長速度の点からは、クエルセチンが特に好ましいことがわかった。(4)他の抗酸化物質との比較 フラボノイド化合物と同様に抗酸化能を有する他の抗酸化物質に対して、比較実験を行った。このような他の抗酸化物質として、トコフェロール群があり、このトコフェロール群のうち、生体への作用が最も高いことが知られているα型トコフェロールを用いた。C.エレガンスの体長(μm)の経過時間(日)による推移結果を図3(b)に示す。トコフェロール群は、成長速度及び体長においてコントロールとの差は確認できなかった。また、濃度の違いによる成長の差も見られなかった。成長速度はコントロールが4.62、0.02 mMトコフェロールが5.57、0.1 mMトコフェロールが5.22、0.2 mMトコフェロールが4.31となった。成長速度においても、コントロールと大きな差はなく、濃度の違いによる成長の変化も見られなかった。この結果から、トコフェロールはC.エレガンスの成長に効果を及ぼさないと考えられた。(5)微量金属の添加(−1)銅について 上記液体合成培地において、銅の含有量について、銅の濃度0mg/l(銅フリー)、0.65mg/l,1.3mg/l,3.25mg/l,6.5mg/l,13mg/lとした各々の合成培地を用いて、C.エレガンスを培養した結果を図4(a)に示す。各条件でのC.エレガンスの成長を比較した結果,銅フリーの場合では,11日目以降体長約350μmで止まっており,L2/L3幼虫のままであった。銅を加えているが濃度が薄い0.65mg/lで銅フリーよりも有に体長が長く,成長が促進された。銅の濃度3.25mg/lおよび6.5mg/lの場合においては、C.エレガンスは約550μmと最も大きく成長した.一方,銅の濃度13mg/lでは14日目から22日目において銅の濃度が6.5mg/lの場合よりも体長が小さく成長が抑制された。また,銅の濃度が0.65, 1.3, 3.25, 6.5 mg/lの各場合では、14日目以降成虫まで成長し産卵したC.エレガンスの個体も観察された.以上の結果より,銅はC.エレガンスの成長及び繁殖に必須な元素(必須微量金属)であり、銅の濃度1.3〜6.5 mg/lが有効量であり,銅の濃度3.25〜6.5mg/lが最適量であることが分かった.(−2)鉄について 上記液体合成培地において、鉄の含有量について、鉄の濃度0mg/l(鉄フリー)、11.8mg/l,29.4mg/l,58.8mg/l,118mg/l,294mg/lとした各々の合成培地を用いて、C.エレガンスを培養した結果を図4(b)に示す。 各条件でのC.エレガンスの成長を比較した結果,鉄フリーの上記液体合成培地では体長の平均が約480μmと小さかった。鉄の濃度が11.8mg/lの場合では、約520μmと鉄フリーよりも成長が促進された。鉄の濃度が29.4,58.8,118mg/lの場合では、約580μmとさらに体長が大きく、濃度の上昇に従い成長が促進された。一方,鉄の濃度294mg/lの場合には、3日目から16日目までは鉄フリーよりも体長が小さく有意に差があり、18日目以降は鉄フリーと変わらない成長速度であった。培養期間全体を通して鉄の濃度が294mg/lの場合は、他の条件のものより体長が小さかった。しかし、すべての条件において約一週間で成虫まで成長し、産卵する個体が現れた。上記銅を添加した場合には成長速度に明確な差が生じたが、鉄を添加した場合には、銅の添加の場合のように明確な差は見られなかった。鉄の濃度を118mg/l、294mg/lと高濃度にした2つの上記液体合成培地に褐色の沈殿が見られたが、これは鉄が培地中の他の成分と錯体を形成し析出したことが推察される。以上の結果より,上記液体合成培地において、鉄の濃度は11.8−118 mg/lが有効量であり,最適量は29.4−118mg/lであるが,鉄フリーの場合でもC.エレガンスの培養が可能であることが示された。(−3)亜鉛について 上記液体合成培地において、亜鉛の含有量について、亜鉛フリーおよび各種亜鉛濃度2,5,10,20,50mg/lの合成培地でC.エレガンスを培養した結果を図5(a)及び(b)に示す。図5(a)は、本発明に係る液体合成培地で、異なる亜鉛濃度で培養した各々のC.エレガンスの体長の時間変化を示す。図5(b)は、本発明に係る液体合成培地において異なる亜鉛濃度で培養したC.エレガンスについて、C.エレガンスの体長と亜鉛濃度との関連を示す。各条件でのC.エレガンスの成長を比較した結果、2,5,10mg/lで用量依存的に成長の促進が見られたが,10から20mg/lでは差がなかった。また,50mg/lでは成長の抑制が見られたが、これは高濃度による毒性の発現が原因と考えられる。(6)本発明に係る線虫用培地とグレース培地とのDNAマイクロアレイ解析による比較 本発明に係る線虫用培地とグレース培地に対して各々、線虫(C. エレガンス)を培養し、各々の線虫に含まれる遺伝子の発現変化に基づいて、本発明に係る線虫用培地とグレース培地とを比較した。以下、本発明に係る線虫用培地とグレース培地で、各々96時間培養した線虫に対するDNAマイクロアレイ解析の結果を示す。 グレース培地のみによる培養では,ストレス応答タンパク質であるhsp-12.3の遺伝子発現が上昇していたが、本発明に係る線虫用培地では、hsp-12.3の遺伝子発現が減少していた。この結果から、本発明に係る線虫用培地は、グレース培地よりも、Cエレガンスに与えるストレスが減少していると考えられる。(7)本発明に係る線虫用培地とフラボノイド化合物未添加の線虫用培地(コントロール)とのDNAマイクロアレイ解析による比較 本発明に係るフラボノイド化合物を含む線虫用培地と、当該線虫用培地と比べてフラボノイド化合物のみ未添加の線虫用培地(コントロール)とを、DNAマイクロアレイ解析を用いて比較した。(−1)クエルセチンの場合 対象のフラボノイド化合物がクエルセチンの場合について、本発明に係る線虫用培地と、線虫用培地(コントロール)とで、各々線虫を2時間培養した場合のDNAマイクロアレイ解析の結果を以下に示す。(−2)クエルセチンの場合 対象のフラボノイド化合物がルチンの場合について、本発明に係る線虫用培地と、線虫用培地(コントロール)とで、各々線虫を72時間培養した場合のDNAマイクロアレイ解析の結果を以下に示す。 本発明に係る線虫用培地において、同濃度のクエルセチン含有培地とルチン含有培地で培養した各々の線虫(C. エレガンス)の遺伝子発現の変動を比較すると、ルチンよりもクエルセチンを含有する場合に、より多くの遺伝子の発現が変動(遺伝子発現が大幅に変化)していたことから、線虫(C. エレガンス)の成長がより促進されたものと推察される。また、ルチン含有培地で変動を示した遺伝子は、クエルセチン含有培地で変動を示した遺伝子とほぼ共通していた。このようなことから、クエルセチンやルチン等のフラボノイド化合物を含有する本発明に係る線虫用培地は、線虫(C.エレガンス)の成長を有意に促進させており、線虫(C.エレガンス)の成長をより促進し得るという点から、特にクエルセチンを含有することが好ましいことが確認された。このように、上述した本発明に係る線虫用培地は、特にフラボノイド化合物が含有されていることによって、無給餌であっても、培養された線虫が充分に成長することが示された。(8)被検物質の評価 本発明に係る線虫用培地及びその培地で培養された線虫を用いて、被検物質の評価(影響評価)を行った。この評価(影響評価)は、被検物質を、本発明に係る線虫用培地に添加し、その培地で培養された線虫の遺伝子の発現変化に基づいて実施した。被検物質として金属バナジウムとインスリンを対象とした。微量金属バナジウムは、培養細胞等におけるin vitro試験系でインスリン様作用があるとされているが、動物を用いたin vivo系においては充分に確認されてはいない。そこで、本線虫用培地を用いて金属バナジウムとインスリンとの比較を行った。 実施したケースは、金属バナジウムの濃度が3μM及び30μMの各場合、インスリンの濃度が1mU/ml、10mU/ml及び100mU/mlの各場合、及び、金属バナジウムとインスリンを含まない場合(コントロール)の6つである。これら各濃度で本発明に係る合成培地に添加して線虫(C.エレガンス)の成長を観察したところ、図6(a)に示すように、金属バナジウムとインスリンの両物質とも、線虫(C.エレガンス)の成長に与える影響は見られなかった。 さらに、高濃度(300μM、500μM)の金属バナジウムを本発明に係る線虫用培地に添加した。図6(b)に示すように、金属バナジウムの濃度が、300μMまでの場合では影響は無かったが、500μMまで高濃度になった場合に線虫(C.エレガンス)に対する成長阻害が起きた。 また、30mMの金属バナジウムと、100mU/mlのインスリンを添加した各場合について、各々72時間経過後の線虫(C.エレガンス)の遺伝子の発現状況について確認を行った。72時間経過後でも線虫(C.エレガンス)の成長には影響しなかったが、以下の表に示すように、バナジウムを添加した場合で4個の遺伝子の発現の上昇、及びインスリンを添加した場合で1個の遺伝子の発現の減少が観察されたことから、両物質が線虫の遺伝子に与える影響には幾分違いが有ることがわかった。このように、本発明に係る線虫用培地を用いることによって、被検物質に対して、毒性発現及び遺伝子発現レベルに関する影響を詳細に評価できることがわかった。 炭素源、アミノ酸、脂質、核酸源、ビタミン類、及び必須微量金属を有効成分として含む基材に、フラボノイド化合物を含有していることを特徴とする線虫を培養するための線虫用培地。 フラボノイド化合物がクエルセチン、ルチン、レスベラトロール、およびカテキンのうち少なくとも1つであることを特徴とする請求項1に記載の線虫用培地。 フラボノイド化合物がクエルセチンまたはルチンであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の線虫用培地。 フラボノイド化合物が濃度0.05mM〜0.1mMのクエルセチンであることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の線虫用培地。 基材が、ヘムタンパク質、クチクラ源、及び抗酸化剤の少なくとも1つを有効成分としてさらに含むことを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれかに記載の線虫用培地。 前記線虫が、Caenorhabditis elegans(C.エレガンス)、Caenorhabditis briggsae、Caenorhabditis vulgaris、Neoaplectana glaseri、Neoaplectana carpocapsae、Panagrellus redivivusのいずれかである請求項1〜5のいずれかに記載の線虫用培地。 培地が、ゲル状または液体状であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の線虫用培地。 線虫用培地に被検物質を添加し、当該線虫用培地で線虫を培養し、当該線虫に含まれる遺伝子の発現変化に基づいて、被検物質を評価することを特徴とする線虫用培地を用いた被検物質の評価方法。 【課題】線虫の餌による影響を抑えた線虫を培養するための線虫用培地を提供する。【解決手段】線虫用培地は、炭素源、アミノ酸、脂質、核酸源、ビタミン類、及び必須微量金属を有効成分として含む基材に、フラボノイド化合物を含有して構成される。【選択図】 図2