タイトル: | 公開特許公報(A)_ギ酸の製造方法 |
出願番号: | 2012053179 |
年次: | 2013 |
IPC分類: | C07C 51/00,C07C 53/02 |
中原 勝 JP 2013184950 公開特許公報(A) 20130919 2012053179 20120309 ギ酸の製造方法 蟻酸・水素エネルギー開発株式会社 509289777 旭硝子株式会社 000000044 櫻井 健一 100112438 中原 勝 C07C 51/00 20060101AFI20130827BHJP C07C 53/02 20060101ALI20130827BHJP JPC07C51/00C07C53/02 7 OL 16 4H006 4H006AA02 4H006AC46 4H006BA90 4H006BB31 4H006BC10 4H006BC11 4H006BD10 4H006BD21 4H006BD31 4H006BD52 4H006BE20 4H006BE41 4H006BS10 本発明は、ギ酸の製造方法に関する。具体的には、本発明は、加圧系において水の存在下に、水素と二酸化炭素から、触媒の非存在下にギ酸を生成させることを特徴とするギ酸の製造方法に関する。 近年地球の環境破壊の懸念からクリーンなエネルギー源が求められており、さらに2011年3月11日の東日本大地震による福島原子力発電所における原子力発電事故により、クリーンで再生可能なエネルギー資源の開発が焦眉の社会問題である。化石燃料への依存は資源の枯渇および気候変動に結びつく危険性のある二酸化炭素の排出を避けることができない。 したがって、二酸化炭素を排出しない究極的にクリーンなエネルギー資源として水素が注目されている。水素エネルギー社会を実現するためのエネルギー環境技術の開発が切望されている。具体的には、燃料電池だけでなく、水素エンジンやタービン、さらにはガソリンエンジンやディーゼルエンジンの助燃剤として、或いはバイフューエルとしての利用が考えられる。 水素は常温常圧で低密度気体であるため、大量の貯蔵・輸送に問題があり、高圧ボンベを用いる方法が提案されているが、貯蔵量の限界や爆発の危険性を解決することができない。貯蔵・輸送の問題を解決する手段として、反応による水素の貯蔵・放出が可能なギ酸は水のように液体状態(8〜100.5℃)で存在する。 一方、水素社会の水素源として期待されたメタノールは、高価な白金触媒を必要とし、触媒が水素以外に発生する一酸化炭素によって劣化するため、技術化に至らなかった。次世代の水素源としてギ酸が期待される背景はここにある。 他方、ギ酸は、その分解により水素ガスと二酸化炭素ガスを生じることからクリーンなエネルギー源と考えられている。さらに、ギ酸は、その分解時に生じる二酸化炭素、大気中の二酸化炭素または化石燃料を燃やして熱源を得る際に生じる二酸化炭素を利用して製造できるために、二酸化炭素のマスバランスを崩すことなく再利用できる特徴を有している。これはカーボンニュートラルによる方法である。 従来より、ギ酸はエネルギー資源としての用途ではなく、有機化学工業における基礎原料等として各種化成品、プラスチック、医薬品、農薬等の諸分野に広く使用されてきた。さらに、液体のギ酸構造の特徴を活かして、水素結合性極性溶媒としての用途がある(例えば、Morrison and Boyd、6巻、261ページ、1992年)。 このギ酸の合成については、従来、強い塩基触媒であって、深刻な公害問題につながる苛性ソーダと一酸化炭素あるいは石灰と一酸化炭素(CO)を原料として製造されている。従来のギ酸製造方法は、毒性の高い一酸化炭素を用いるため好ましくなく、新たな製造方法の開発が進められていた。 そこで、一酸化炭素(CO)を用いることなく、原料として二酸化炭素(CO2 )を用いる方法が近年注目されている。すなわち従来より、二酸化炭素(CO2 )と水素(H2 )とから触媒の存在下でギ酸を製造する方法が知られている。 たとえば二酸化炭素と水素とからギ酸を製造する方法としては:J. Organometal. Chem.、80、C27(1974)に記載されている四塩化チタンとマグネシウムおよびテトラヒドロフラン系で、二酸化炭素と水素から製造したギ酸をギ酸マグネシウムとして固定化を行う方法(非特許文献1);Chemistry Letters、863(1976)頁に記載されている二酸化炭素と水素とをベンゼン溶媒中、パラジウム触媒あるいは、ルテニウム、イリジウム、ロジウム触媒としてトリエチルアミンのごとき有機アミンの存在下、ギ酸を製造する方法(非特許文献2);J. Chem.Soc. Commun.、623(1992)およびJ. Chem.Soc. Commun.、1465(1993)に記載されているロジウム錯体を用いたジメチルスルフォキシドおよび水溶媒中二酸化炭素と水素から水とトリエチルアミンの存在下ギ酸を製造する方法等が知られている(非特許文献3および4)。 また、特許文献としては:特開昭56−140948に記載されているルテニウム触媒を用いて二酸化炭素と水素とを水と金属塩の存在下ギ酸を製造する方法(特許文献1);特開平7−173098に記載されている超臨界状態にある二酸化炭素と水素とを第VIII族遷移金属錯体および塩基性物質の存在下に反応させるギ酸の製造方法(特許文献2);特開2001−192676に記載されている水素ガスと二酸化炭素ガスを温度20〜250℃、圧力2〜35MPaの条件に維持し触媒存在下でギ酸を製造する方法(特許文献3);特開2009−78200に記載されているロジウム単核金属錯体の存在下に水素および二酸化炭素を反応させるギ酸製造方法等が知られている(特許文献4)。特開昭56−140948号公報特開平7−173098号公報特開2001−192676号公報特開2009−78200号公報J. Organometal Chem.、80、C27(1974)Chemistry Letters、863(1976)J. Chem.Soc. Commun.、623(1992)J. Chem.Soc. Commun.、1465(1993) しかしながら、これら従来公知の方法の場合には、高価な触媒が必須であり、生成物であるギ酸と触媒および溶媒との分離に煩雑な操作が避けられない。また、触媒は取り扱いが難しく、原料物質に不純物が混入するだけで触媒能が低下したり、反応により触媒が劣化するなど、反応制御が難しいという深刻な問題を有している。さらに、触媒を頻繁に取り換えることはコストアップ・工程増に繋がりメリットが少ない。 このため、より簡便な操作で、安全にかつ生産性に優れる新しいギ酸の製造方法の実現が求められていた。 本発明者は、驚くべきことに、加圧系でかつ触媒の非存在下に水、水素および二酸化炭素からギ酸を生成させることを見出した。この不思議な現象が起こる理由は、疎水効果によって反応が起こりやすくなるからである。すなわち、水素は疎水性分子であり、加圧下でより低温にすればするほど水の構造性による疎水効果によって触媒の周りに集まるのではなく、分子同士が集まる。この力によって無触媒で水に固有な特異反応としてギ酸合成反応が生じることを看破した。これが不思議な反応の背景である。詳しくは実験例2に記載している。 さらに、本発明者は、水に少量のギ酸が存在することにより、水素および二酸化炭素から触媒の非存在下に、比較的低温でギ酸を生成させることを見出し、本発明を完成するに至った。 しかるに、本発明によれば、加圧系で、水を反応媒体として触媒の非存在下に水素と二酸化炭素を反応させてギ酸を生成させるギ酸の製造方法が提供される。 また、本発明によれば、ギ酸の生成温度を、100℃以上の温度から、100℃未満の温度に温度シフトさせることにより合成される、ギ酸の製造方法が提供される。 また、本発明によれば、前記100℃以上の温度が、100〜200℃の温度範囲であり、前記100℃未満の温度が、0〜100℃までの温度範囲である、ギ酸の製造方法が提供される。 また、本発明によれば、ギ酸が、反応系に添加される、ギ酸の製造方法が提供される。 また、本発明によれば、前記ギ酸が、使用する水に対して1〜10mMの濃度となるように添加される、ギ酸の製造方法が提供される。 また、本発明によれば、前記加圧系が、0.1〜100MPaの範囲の圧力である、ギ酸の製造方法が提供される。 さらに、本発明によれば、前記加圧系が、0.5〜20MPaである、ギ酸の製造方法が提供される。 本発明によるギ酸の製造方法は、触媒を使用せずにギ酸を効率的に生成できるため、従来例のような高価な触媒を使用する必要が無い。すなわち、資源の少ない国にとってレアメタルのような高価な金属を確保する必要が無く、合成コストを下げることができる。 さらに、ギ酸製造後の触媒の分離、および触媒の処理を必要としない。また、0〜200℃の範囲の緩和な温度条件でギ酸を製造できるので、合成工程を少なくすることができる。また、無毒で引火性の無い水の中での合成であるため、毒性で引火性のある有機溶媒の処理や分離も不要である。 水の中での有機反応は極めて稀であって、グリーンケミストリーとして重要な合成反応であると考えられ、産業上有利なギ酸製造方法として利用できる。公害問題となりうる毒性有機廃液の処理を必要としない本合成法は数段優れた合成法である。サンプル管のNMR測定概念図を示す図である。140℃の水熱条件下におけるギ酸平衡濃度の圧力依存性を示す図である。水熱条件下におけるギ酸平衡濃度の温度依存性を示す図である。合成開始に必要な誘導時間による初期添加ギ酸の効果を示す図である。130℃の無触媒水熱条件下におけるギ酸合成に必要な誘導時間と反応初期に添加されたギ酸量の関係を示す図である。ギ酸合成の圧力効果、温度効果、初期添加ギ酸効果を応用した、多段階合成温度法による無触媒水熱ギ酸合成のギ酸濃度経時変化を示す図である。ギ酸の製造に用いた装置の模式図である。 以下に示す形態は一例であって、本発明が以下の形態に限定されるものではない。 本発明において使用される水素の供給源としては、水素ガスボンベおよび液体水素のいずれをも利用できる。水素供給源としては、工業的な応用例として、曹達製造過程で発生する水素や製鉄の製錬過程で発生する水素が利用できる。小規模であれば水の電気分解から発生する水素を活用することができる。 また、本発明において使用される二酸化炭素の供給源としては、二酸化炭素ガスボンベ、液体二酸化炭素、超臨界二酸化炭素およびドライアイスのいずれをも利用できる。 本発明で用いられる水素と二酸化炭素との使用割合は、二酸化炭素が過剰の方が好ましい。 本発明において媒体として使用される水は、水道水、イオン交換水、イオン交換樹脂処理した蒸留水、純水またはミリQ水を用いるのが好ましい。しかしながら、ミリQ(登録商標)水と同等またはそれよりグレードが高い水、すなわち市販の蒸留水および純水等も当然のことながら用いることができる。 したがって、本発明によるギ酸の製造に用いられる「水」とは、上記のミリQ(登録商標)水、市販の蒸留水または純水のいずれをも意味する。 本発明によるギ酸の製造に用いられる水の量としては、加圧系容器の容量の20〜90%の範囲の量が好ましい。 本発明によるギ酸の製造に用いられる水素として、水素ボンベを用いる場合にその圧力は0.1〜100MPa、好ましくは0.5〜20MPaが好ましい。 また、本発明によるギ酸の製造に用いられる二酸化炭素の圧力は0.1〜100MPa、好ましくは0.5〜20MPaが好ましい。 また、上記の水素および/または二酸化炭素を加圧系容器に注入する際には、該容器を冷却してから注入することもできる。 本発明によるギ酸の製造に用いられ得る耐圧密閉式反応容器としては、ギ酸が腐食性化合物であることから、ごく少量の試験時には、内径0.7mm外径1.0mmの市販の石英製キャピラリー、内径1.5mm外径3.0mmの市販の石英管を使用できる。 また、反応容器の内面をPTFE等のフッ素樹脂でライニングしたもの、GL製のもの、またはハステロイ、インコネル等の適宜選択した各種グレードの耐腐食金属製の耐圧密閉式反応容器を利用できる。 本発明によるギ酸の製造に用いられる耐圧密閉式反応容器は、1つの反応容器を用いるバッチ式または遮閉弁を備える連結管で連結した2つ以上の耐圧密閉式反応容器を用いる連続式反応容器を用いることができる。 本発明によるギ酸の製造に上記の耐圧密閉式反応容器を1つ用いてギ酸を製造する場合には、ギ酸の生成または残存する水素ガスもしくは二酸化炭素ガス量をモニタリングしながらギ酸生成反応終了時に当該耐圧密閉式反応容器から他の移動用容器またはギ酸精製装置に移してギ酸を精製する間に次のギ酸製造に当該耐圧密閉式反応容器を用いることができる。 また、本発明によるギ酸の製造を行うために、反応温度シフト製造法を用いてギ酸収量を効率的に上げるために、上記の遮閉弁を備える連結管で連結した2つ以上の耐圧密閉式反応容器を用いる場合、ギ酸の生成または残存する水素ガスもしくは二酸化炭素ガス量をモニタリングしながらギ酸生成反応終了時に、反応物を次の耐圧密閉式反応容器に移し再度水素ガスおよび二酸化炭素ガスを圧入してギ酸の製造に付すことができる。この操作は、連結した耐圧密閉式反応容器の数だけ順次繰り返すことができる。 ギ酸の製造において、電気伝導度、赤外、ガスクロマトグラフィ等の方法により生成したギ酸、残存する水素ガスまたは二酸化炭素量ガス量を、反応中または反応停止時にサンプリングすることによりモニタリングして反応の進行を確認できる。 本発明によるギ酸の製造時における反応温度は、0〜200℃が好ましいが、この温度範囲に限定されない。 本発明によるギ酸の製造において、ギ酸を全く含まない水を使用する場合には、反応初期の温度は100〜200℃が好ましいが、これらの温度範囲に限定されない。 本発明者は、上記の温度で最初に例えば3〜24時間反応することにより、水素および二酸化炭素からギ酸が少量生成され、この少量のギ酸の存在により、これに続くギ酸の製造反応温度を低下させてもギ酸を製造できることを見出した。 したがって、ギ酸の製造時に水が少量のギ酸を含むことにより、水素と二酸化炭素との反応温度を低下できることも本発明の一部をなすものである。 すなわち、本発明によるギ酸の製造によれば、ギ酸を全く含まない水を使用する場合には、水素ガスおよび二酸化炭素ガスを導入後の反応開始時に150〜200℃、その後140℃、130℃、120℃、110℃、100℃、90℃、80℃、70℃、60℃、50℃、40℃、30℃、20℃、10℃または0℃に反応温度を維持することにより、ギ酸を製造できる。 また、本発明によるギ酸の製造において、ギ酸が、使用する水に対して濃度が1〜10mMとなるように添加されている場合には、水素および二酸化炭素の導入後の反応開始時に100℃、その後90℃、80℃、70℃、60℃、50℃、40℃、30℃、20℃、10℃または0℃に反応温度を維持することにより、ギ酸を製造できる。 本発明によるギ酸の製造方法により製造されたギ酸は、ギ酸水溶液として得られる。 一方、本発明において合成されたギ酸を用いて、次の反応工程でホルムアルデヒドやアセトアルデヒドと無触媒水熱条件下で反応させてメタノールや乳酸を生成させることに応用することができる。無毒で処理も簡単な水を使ってメタノールや乳酸を比較的温和な条件下で合成することができる。ギ酸はホルムアルデヒドと200℃から400℃の無触媒水熱条件下で交差不均化反応を起こしメタノールと二酸化炭素を生成することが知られている。さらに、ギ酸はアセトアルデヒドと225℃の無触媒水熱条件下で反応して、C−C結合を起こし乳酸を生成することが知られている。(具体的な実験例については、例えば、The Jornal of Physical Chemistry A,Vol.109,No.29,p6610−6619,(2005)、The Jornal of Physical Chemistry A,Vol.111,No.14,p2697−2705,(2007)、或いは、The Jornal of Physical Chemistry A,Vol.112,No.30,p6950−6959,(2008)に記載されている。)ここでは、加圧系で、水を反応媒体として触媒の非存在下に水素と二酸化炭素を反応させてギ酸を生成させ、前記生成したギ酸とホルムアルデヒドを触媒の非存在下で水熱合成させてメタノールを製造することを特徴とするメタノール製造方法である。また、加圧系で、水を反応媒体として触媒の非存在下に水素と二酸化炭素を反応させてギ酸を生成させ、前記生成したギ酸とアセトアルデヒドを触媒の非存在下で水熱合成させて乳酸を製造することを特徴とする乳酸製造方法である。 このギ酸水溶液からギ酸を分離する方法としては、例えば以下に示す種々の方法がある。(1) 得られるギ酸水溶液をアニオン性イオン交換樹脂に吸着させた後に、塩酸または硫酸水溶液で溶出してギ酸を得る方法;(2) 得られるギ酸水溶液を水酸化ナトリウムで処理してギ酸ナトリウムとし、これを塩酸または硫酸で分解してギ酸を得る方法;(3) ギ酸水溶液を強冷してギ酸の結晶を析出させる方法;(4) ギ酸水溶液を理論段数の高い精留塔を用いて蒸留精製する方法;(5) ギ酸水溶液にギ酸プロピルエステエルを使用した水と同量または少な目に加えて蒸留し、得られた二層のうちギ酸プロピルエステル層を再蒸留してギ酸を得る方法;および(6) ギ酸水溶液を常法により減圧濃縮する方法;などを必要に応じて、またギ酸の製造スケールに応じて適宜選択して用いることができる。 以下の実験例において、水素ガスおよび二酸化炭素ガスの原料として用いたギ酸の濃度が4.0モル(モル/dm3)以下の場合は市販の内径1.5mm、外径3.0mmの石英管を使用し、ギ酸の濃度が4モル以上では市販の内径0.7mm、外径1.0mmの石英管を使用した。 上記石英管の気相および液相は、日本電子株式会社製核磁気共鳴スペクトル測定装置(JEOL製、ECA600、500または400)を用いて1H−および/または13C−NMRを測定して水素ガス、二酸化炭素ガスおよびギ酸濃度を測定した。 一酸化炭素と二酸化炭素を13C−NMRで精度よく定量化するために、13Cで99%標識したギ酸(ISOTEC社製)を用いた。水はMilli-Q Labo (Millipore)フィルターシステムを用いて蒸留したミリQ水を使用した。所望の濃度に調製した13Cギ酸水溶液を石英製キャピラリー(石英管、またはサンプルチューブ)に注入し、アルゴンガスで脱気後に封入した。 ギ酸水溶液量は室温でキャピラリー容積の50%を占めるようにした。これは気相および液相を室温にて精度よくNMR観測し易くするためである(図1参照)。 反応は所望の温度に設定された温度誤差が1℃の電気炉内で進行させた。 所望の反応時間経過後、サンプルチューブを電気炉から取り出し、水冷した。反応が停止したサンプルチューブは気相および液相を含み、開封することなくそのままNMRスペクトルを測定した。 反応後のギ酸および生成物濃度は、重量により決定された既知濃度のギ酸ピーク面積と、反応後のギ酸および生成物ピーク面積の相対値から決定した。 気相および液相に分配された気体生成物の濃度は、各相を1H−、13C−NMRを測定し、和をとって決定した。 プロトン、カーボンのマスバランスを各反応時間チェックした。 気相をNMR測定するときは、キャピラリーを逆さまにして、キャピラリー内の気相部分が観測中心に来るようにして測定した。その時、液相は溶液の表面張力によりキャピラリーの上端に留まったままである。 本研究において、石英管中に水素、二酸化炭素、水を仕込むために、水性ガスシフト反応を含むギ酸分解の可逆性を活用した。具体的には次の操作を行った。 始めにギ酸水溶液をキャピラリーに封入した。そのサンプルチューブを300℃以上の電気炉中で数時間から数週間にかけて加熱し、ギ酸を水素と二酸化炭素に分解させた。 ギ酸の分解後のキャピラリーは、気相・液相の1H、13C−NMRにより水素、二酸化炭素、一酸化炭素の生成量を確認して、ギ酸合成前にキャピラリー中に存在する物質をチェックした。 ギ酸の水熱分解の一例として、4モルのギ酸水溶液では、一旦、250℃で68時間一酸化炭素と水に分解反応を進行させた後に、さらに360℃で水熱分解させた。 分解温度を一旦低温で行い、その後、高温に昇温する理由は次のとおりである。これまでの基礎研究から、ギ酸の水熱分解は、反応初期に速度論的支配により一酸化炭素と水に分解し、その後、熱力学的支配により一酸化炭素と水からギ酸を経て二酸化炭素、水素に水性ガスシフト反応を起こすことを明らかにしている(特開2005−289742号公報参照)。 この基本反応を基に、ギ酸分解により生成する気体の一酸化炭素、二酸化炭素、水素が急激に生成することによるキャピラリーの破裂を防いだ。 この基礎反応を利用して、250℃において90%程度一酸化炭素に分解したギ酸水溶液を360℃の電気炉に入れて分解させた。 2時間後、ギ酸は完全に消滅し、一酸化炭素の減少に代わって二酸化炭素と水素が増加し、二酸化炭素の変換率は30%を超えた。その後、時間の経過とともに一酸化炭素は減少し、二酸化炭素、水素は増加した。 20時間後、二酸化炭素の変換率は95%を超えた。 二酸化炭素と水素は等量生成しなかったが、それは生成した水素が石英製キャピラリーから漏れ出たためである。 以上の操作により、ギ酸水溶液から出発し、水熱分解により水素、二酸化炭素および水をキャピラリー内に仕込み、150℃付近の低温ギ酸合成を行った。実験例1 図2に、140℃におけるギ酸水熱合成に関する仕込みガスの圧力(濃度)効果を示す。 仕込みガスが9.9MPaの場合、ギ酸の平衡濃度は13mMであるが、仕込みガスの圧力を約2倍の18.6MPaに上昇させたとき、ギ酸の平衡濃度は3倍以上の43mMまで上昇した。これは、水素と二酸化炭素からのギ酸合成は平衡反応(反応式(1)、ギ酸反応(1)に関する平衡式(2)、その式変形により得られる平衡式(3)、更なる式変形によりギ酸濃度と二酸化炭素および水素濃度の関係式(4))[式中、[X]aq(ここで、XはHCOOH、CO2またはH2である)は水相におけるXの濃度、[X]gは気相におけるXの濃度、αCO2およびαH2は気体のヘンリー定数を意味する)であることから、仕込みガスの水素[H2]gあるいは二酸化炭素圧[CO2]gを上昇させる(濃度を上げる)と、[CO2]aqおよび[H2]aqが上昇する。よって平衡がギ酸側に偏るため、ギ酸収率が上昇するからである。仕込みガスの圧力を約2倍に上昇させたため(本実験ではCO2、H2ともに約2倍に上昇させた)、ギ酸の平衡濃度が4倍近くまで上昇した。さらに仕込み圧を3倍弱の24.3MPaに上昇させたところ、ギ酸の平衡濃度は約6倍の70mMにまで達した。厳密には、平衡反応(1)は水溶液内で成り立つ式であるため、水溶液内に溶解する水素、二酸化炭素、およびギ酸が関係する。ギ酸は水中に無限に溶解するが、気体の溶解度はヘンリー則により支配されており、水素および二酸化炭素の溶解度は低い。特に水素の水への溶解度は極めて低く、二酸化炭素のそれの100分の1(室温)である。従って、水素および二酸化炭素の圧力を単純に上げただけではギ酸の平衡濃度は上昇しない。今回の実験では水素および二酸化炭素の両方の圧力を上昇させたが、原理原則に従えば水素の圧力を上昇させることがギ酸の平衡濃度を上げる、すなわちギ酸収率を向上させることに対してより効果的である。 本発明は一見驚きであるが、請求項1における「加圧系で、水を反応媒体として触媒の非存在下に水素と二酸化炭素を反応させてギ酸を生成させることを特徴」は、式(4)より正しく理解される。式(4)において、水素および/または二酸化炭素を加圧する、言い換えると水素および/または二酸化炭素の濃度を上げることでギ酸の平衡濃度が上昇することがわかる。実験例2 図3は水素および二酸化炭素の仕込み圧を一定とし、合成温度を変化させた場合のギ酸の平衡濃度の変化を表したグラフである。これまでの研究から上記の反応式(1)は発熱反応であることがわかり、低温ほどギ酸の平衡濃度が上昇することが期待される。実際に、ギ酸の平衡濃度は150℃では37mMであるが、温度を10℃下げた140℃では70mMであった。さらに10℃下げた130℃では82mMであった。これは2005年の論文(J. Chem. Phys.、2005、122、074509)で報告した計算結果と傾向(低温ほどギ酸濃度が上昇する)が良く対応している。水素と二酸化炭素からのギ酸水熱合成は発熱反応であることを活用すると、より低温でギ酸合成させることがポイントである。式(5)および(6)のファントフォッフ式、ギブズの自由エネルギー変化と平衡定数の関係式(7)から温度変化による平衡定数の変化がわかる。反応式(1)は発熱反応であることから、温度低下により平衡定数が大きくなるため、ギ酸合成にはより低温にすることが熱力学的に有利である。反応式(1)は発熱反応であるため、反応により自ら熱を放出する。従って、一度反応が開始されれば、自発的に進行するため、低温であってもギ酸が生成できる。発熱反応であることは、式(5)における反応熱ΔHの符号が負であることである。これによって式(1)の平衡定数Kは低温になるほど大きくなる。これが低温になるほど生成収率が上がるゆえんである。 Kが低温になるほど大きくなる分子レベルでの理由は、式(8)に含まれる化学ポテンシャルの温度依存性から理解することができる。言い換えると、親水性の溶媒和による化学ポテンシャルは低温になるほど安定化し小さくなる。よって、ΔGがより大きな負の値となり、平衡定数を大きくする。ギ酸の水和による安定化エネルギーの違いをギ酸合成に利用することができる。水和エネルギー差による自由エネルギー変化は式(8)から理解することができる。このような着想によるギ酸合成はこれまでに全く見られていない新規なものである。これらの原理を深く解読することによって、水和効果によりギ酸が安定化されることを発明者は見出し、式(7)、(8)からギ酸の安定化による自由エネルギー変化がギ酸生成(反応式(1)参照)に有利になることがわかった。さらに低温ではその安定化が顕著であることから、水中において低温でのギ酸合成がより有利である。この現象は無触媒でギ酸が低温でも合成される理由のひとつである。単に触媒に依存した有機化学的な合成方法ではない。特許文献2では、アミンを用いてギ酸塩とし、反応系外にギ酸を追い出すことにより反応を促進させる技術が開示されているが、本発明はそのような特別な操作なく、かつ物質を用いることなく、物理化学の原理原則を最大限活用してギ酸の生成効率を向上させた。 ギ酸合成を低温で行った場合、反応温度が低いため合成に時間がかかることになる。実際、図3から150℃において平衡濃度に到達する時間は約50時間であったのに対して、20℃低い130℃では約3倍の140時間かかった。 水熱条件下における無触媒ギ酸合成を実用化において、合成時間がより短時間化することが望ましい。 短時間化へのヒントが図2、3に隠されている。図2および3において、異なる温度、仕込み圧力であってもギ酸濃度が上昇するトレンドは非常によく似ている。反応の初期段階ではギ酸の濃度変化は僅かに(〜数mM)増加する。 ギ酸濃度が5mMを超えたあたりから、ギ酸は急激に増加する。ラインシェープは滴定曲線に似て引き伸ばされたS字型をしており、微小な変化から始まり、急激で直線的な濃度上昇期間を経て、逆反応のスイッチが入り平衡濃度に達する。 化学反応は速度論的な予測から、温度上昇と共に反応速度が加速されるが(一般に、10℃反応温度が上昇することで、反応速度が約2倍上昇する)、図3からはその傾向は見られない。 反応開始から平衡濃度まで達するトレンドとその時間の温度依存性が少ないことから、自触媒的反応のように見える。反応が速度論的支配ではなく全体的には平衡論的支配であることが解明された。これまでの研究から、ステンレスやハステロイ製の反応容器は金属表面により触媒効果があり、石英製キャピラリーは触媒作用が無いことを明らかにした。金属表面の影響の無い今回の実験からギ酸の濃度増加に伴ってギ酸の変化量が急激になることを発見し、それはギ酸それ自身の存在により自触媒的なギ酸の濃度上昇を見出すことができた。実験例3 ギ酸の急激な上昇について解析した結果を図4に示す。 図4は、140℃において一旦平衡濃度に達してから130℃に温度を降温させた場合と、そうではなく130℃一定の温度でギ酸合成させて平衡濃度にまで到達させた場合のギ酸合成における経時変化をプロットしたものである。 温度を130℃に固定させた場合、約60時間経過した時点でギ酸がようやく立ち上がった。ギ酸生成において、130℃では約60時間の初期誘導時間を要する。ギ酸の増加は急激となり、約140時間で平衡に到達した。 一方、140℃においてギ酸合成させた場合、約20時間でギ酸の増加が始まり、約70時間で140℃における平衡濃度に到達した。さらに130℃に温度を降下させたところ、約15時間程度のタイムラグはあったもののギ酸の増加が始まり、約40時間で130℃の平衡濃度に達した。 ギ酸が存在する場合とそうでない場合ではギ酸の立ち上がり時間に大きな差があることが分かり、この実験の場合、ギ酸の初期誘導時間は約4分の1に短縮した。ギ酸の生成が水中の反応場に影響を与えると考えられ、水和したギ酸まわりの水の構造が影響され、溶媒和した二酸化炭素および水素の反応を促進させると考えられる。ギ酸合成の効率(収率と速さ)向上は、段階的に合成温度を低下させ、ギ酸の存在による初期誘導時間の短縮を図ることがポイントとなる。実験例4 図5に130℃におけるギ酸合成開始に必要な誘導時間による初期添加ギ酸の効果を示す。仕込みの水素・二酸化炭素圧(量)が少ないにもかかわらず、残存ギ酸量が増えるに従って、ギ酸生成の初期誘導時間は短くなっていることがわかる。 初期のギ酸存在がギ酸合成の効率化に本質的であることを示している。この発見はギ酸合成の時間短縮に絶大な効果を発揮する。無触媒で温度をより下げれば、合成反応が速度論支配であれば、時間のかかる合成反応を強いられる運命にあるからである。伸ばされたS字型時間変化の最初(S字尻)部分と最後(S字頭)部分は論文データには意義深いが、技術化には無用である。これは詳細な新実験により初めて明らかにすることができた。実験例5 図6に、これまでに述べたギ酸合成の圧力効果、温度効果、初期添加ギ酸効果を応用し、多段階合成温度法による無触媒水熱ギ酸合成のギ酸濃度経時変化を示す(図6(a)を参照)。 110℃の平衡濃度までに達する時間はギ酸存在下では短縮されていることが判明した(8日で平衡となったが、初期の150℃での実験では7日かかった)。 段階的な合成温度の降下が如何に早く大量にギ酸を合成できるかを示す結果であると思われる。 また、同じ10モルMギ酸溶液からの分解であっても CO2変換率の違いにより、仕込みの水素・二酸化炭素圧が異なり、 結果として平衡濃度に差が生じていることがわかる。 CO2変換が65%のサンプル(16.2MPa)よりもCO2変換が91%のサンプル(22.7MPa)の方が平衡濃度が高い(図6(b)を参照)。 効率よくギ酸合成を行うには、ギ酸の存在、合成温度、さらには仕込み圧力のコントロールが重要であることが判った。 原理的には、これまでに述べたように液相中のCO2、H2の濃度を上げることがギ酸収率を上昇させるポイントであるものと考えられる。 トータル圧を制御しただけでなく水中への水素溶解量を増加させることがポイントであるものと考えられる。 反応時間の短縮には上述のとおり多段階温度合成法が有効である。 更なる反応時間の短縮は図6(a)に示すように、数十度の温度降下が効果的である。各合成温度で平衡濃度を確認しながら約900時間かけて90℃において130mM生成した。さらに80℃まで温度低下させると約2000時間で210 mMに到達した。無触媒にもかかわらず、触媒やアミンを用いることなく特許文献2で得られた収率を超えることに成功した。一方、120℃で平衡に達した後に80℃に温度降下させた場合は360時間で112mM生成した。さらに40℃まで温度降下させることにより、約1000時間で150mMに達した。 ギ酸生成は熱力学的支配により進行するため、高い温度でギ酸を合成させた後に低温に反応温度を低下させることで効率よくギ酸を合成することが可能である。 図6(b)は仕込み圧力を22.7MPaに上昇させ、多段階温度合成法かつ平衡濃度に達する前に温度降下させた場合とそうでない場合を比較したグラフである。 平衡濃度に達する前に温度降下させることが効率よくギ酸を生成するポイントであることが分かる。また、仕込み圧が高いことにより各反応温度におけるギ酸生成量が図6(a)の場合よりも多い。 図6(c)は、仕込み圧を23.5MPaとした場合のギ酸濃度の経時変化である。この実験において、仕込み圧を上げ、温度降下をより急激に行った。80時間にもかかわらずギ酸を60mM生成させることに成功した。実施例1 Swagelok社製の耐圧容器5(ステンレス製、容量:40 mL、ダブルエンドボンベ、Swagelok製HNシリーズ、耐熱:300℃、耐圧:47MPa程度)を使用した。反応容器に配管を接続し、真空ポンプ1を接続した。バルブを介して水タンク2、水素ボンベ3、二酸化炭素ボンベ4を接続した(図7参照)。 配管は1/16インチSUS管を用いた。 始めに、反応容器5中を真空ポンプ1を用いて真空脱気しバルブを閉じた。以降、番号順に注入した。(1)水タンク2から水を20mL注入し、バルブを閉じた;(2)水素ボンベ3から反応容器5内の圧力が0.5MPaとなるように注入しバルブを閉じた。(3)二酸化炭素ボンベ4から反応容器5内の圧力(全圧)が1.0MPaとなるように注入しバルブを閉じた。バルブを閉じて反応容器5を縁切った。 反応容器5を所定温度(150℃)に設定された電気炉に仕込み、所定時間(168時間)反応させた。反応時間後、冷却してからバルブを開放し、溶液を取り出して、ギ酸濃度分析を行った。 この反応温度、時間では、ギ酸は18mM(mmol/L)生成した。 本発明によるギ酸の製造方法は、触媒を使用する必要がないので、ギ酸製造後の触媒の分離を必要とせず、さらに緩和な温度条件でギ酸を製造できるので、産業上有利なギ酸製造方法として利用できる。加えて、ギ酸から水素を発生させれば、用途として燃料電池、水素エンジン等、水素を必要とするエネルギー手段に好適である。 1 ポンプ 2 水タンク 3 水素ボンベ 4 二酸化炭素ボンベ 5 反応容器 6 ギ酸取り出し口 加圧系で、水を反応媒体として触媒の非存在下に水素と二酸化炭素を反応させてギ酸を生成させることを特徴とするギ酸の製造方法。 ギ酸の生成温度を、100℃以上の温度から、100℃未満の温度に温度シフトさせることにより合成される、請求項1に記載のギ酸の製造方法。 前記100℃以上の温度が、100〜200℃の温度範囲であり、前記100℃未満の温度が、0〜100℃までの温度範囲である、請求項1または2に記載のギ酸の製造方法。 ギ酸が、反応系に添加される、請求項1〜3のいずれか1つに記載のギ酸の製造方法。 前記ギ酸が、使用する水に対して1〜10mMの濃度となるように添加される、請求項1〜4のいずれか1つに記載のギ酸の製造方法。 前記加圧系が、0.1〜100MPaの範囲の圧力である、請求項1〜5のいずれか1つに記載のギ酸の製造方法。 前記加圧系が、0.5〜20MPaである、請求項1〜6のいずれか1つに記載のギ酸の製造方法。 【課題】工程数が少なく、安全にかつ緩和な反応条件で、生産性に優れる新しいギ酸の製造方法を提供することを課題とする。【解決手段】加圧系で、水を反応媒体として触媒の非存在下に水素と二酸化炭素を反応させてギ酸を生成させることを特徴とするギ酸の製造方法により、上記課題を解決する。【選択図】なし