タイトル: | 公開特許公報(A)_ジャガイモ原料の糖化方法及び液体燃料の製造方法 |
出願番号: | 2012037404 |
年次: | 2013 |
IPC分類: | C12P 19/04,C12P 7/02 |
高 旻天 矢野 伸一 井上 宏之 坂西 欣也 中田 龍彦 千葉 恭一 山本 淳一 岡田 正史 JP 2013172645 公開特許公報(A) 20130905 2012037404 20120223 ジャガイモ原料の糖化方法及び液体燃料の製造方法 独立行政法人産業技術総合研究所 301021533 双日株式会社 503398118 日立造船株式会社 000005119 平木 祐輔 100091096 藤田 節 100118773 小瀬村 暁子 100170221 高 旻天 矢野 伸一 井上 宏之 坂西 欣也 中田 龍彦 千葉 恭一 山本 淳一 岡田 正史 C12P 19/04 20060101AFI20130809BHJP C12P 7/02 20060101ALI20130809BHJP JPC12P19/04 ZC12P7/02 10 OL 13 4B064 4B064AC03 4B064AF02 4B064CA06 4B064CA21 4B064CB07 4B064CB30 4B064DA16 本発明は、酵素を利用したジャガイモ原料の糖化方法及びその方法に基づく液体燃料の製造方法に関する。 バイオマスから製造されるエタノール等の液体燃料は、石油を代替し、温室効果ガスの排出量削減に寄与できるため、その生産と利用が世界的に進展している。 ジャガイモの塊茎は水分以外はデンプンを主成分としており、このデンプンをアミラーゼ酵素で糖化し、これを発酵させてエタノールなどの液体燃料を製造することは比較的容易である。しかしジャガイモ塊茎はデンプン以外にもセルロース、ペクチン等の成分を含有しており、これらの成分を分解するのはデンプン分解に使用されるアミラーゼだけでは困難である。特にジャガイモ塊茎からデンプンを抽出した残渣(ポテトパルプ又はジャガイモデンプン抽出残渣とも呼ばれる)では、セルロース、ペクチン等の含有割合が相対的に増加して、これらを成分とする細胞壁内に残されたデンプンの利用が困難になっており、これが上記残渣の利用を制限する要因になっている。非特許文献1にはリゾプス・オリゼから分泌された酵素がポテトパルプ中のデンプンを分解して乳酸を生成することが記載されているが、リゾプス・オリゼの細胞壁分解能は低いこと(非特許文献1の表2)、また乳酸生成により糖の収率が低下してしまうことから、リゾプス・オリゼを用いた細胞壁内部のデンプンの糖化方法には依然として改良の余地がある。また、このポテトパルプの分解には複数の酵素の使用が必要であり、理想的には3種の酵素の使用が望ましいことが報告されている(非特許文献2)。しかし複数の酵素の使用はコストアップ要因であり、よりシンプルで低コストな糖化技術が求められている。Oda Y., et al., Curr Microbiol., (2002) 45(1): p.1-4Miyaji et al., J. Agric. Sci., Tokyo Univ. Agric., 52(3) 147-150 (2007) 本発明は、ジャガイモ塊茎由来原料を効率的に糖化する方法、及びジャガイモ塊茎由来原料を利用した液体燃料の製造法を提供することを課題とする。 本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、イモ類由来原料、とりわけポテトパルプをはじめとするジャガイモ塊茎由来原料の効率的な糖化に有効な酵素群を糸状菌が産生することを見出し、本発明を完成するに至った。 すなわち、本発明は以下を包含する。[1] ジャガイモ塊茎由来原料を、加水分解酵素を含有する細胞壁高分解性糸状菌の分泌酵素液で処理することを特徴とする、糖化物の製造方法。[2] ジャガイモ塊茎由来原料が、ポテトパルプである、上記[1]の方法。[3] 細胞壁高分解性糸状菌が、アクレモニウム属糸状菌又はペニシリウム属糸状菌である、上記[1]又は[2]に記載の方法。[4] 細胞壁高分解性糸状菌が、アクレモニウム・セルロリティカス(Acremonium cellulolyticus)である、上記[1]〜[3]のいずれかの方法。[5] 細胞壁高分解性糸状菌が、アクレモニウム・セルロリティカスTN株(受託番号FERM BP-11452)又はペニシリウムsp. NBRC 101300株である、上記[1]〜[3]のいずれかの方法。[6] ジャガイモ塊茎由来原料を含む培地で前記糸状菌を培養することにより前記分泌酵素液を調製し、それをジャガイモ塊茎由来原料の処理に用いることを含む、上記[1]〜[5]のいずれかの方法。[7] 上記[1]〜[6]の方法により得られた糖化物をアルコール発酵させることを特徴とする、アルコールの製造方法。[8] サッカロミセス属酵母を用いてアルコール発酵を行う、上記[7]の方法。[9] サッカロミセス属酵母を用いて前記糖化物をエタノール発酵させる、エタノールの製造方法である、上記[7]又は[8]の方法。[10] ジャガイモ塊茎由来原料の糖化物を含む培地で発酵微生物を前培養し、それを用いてアルコール発酵を行う、上記[7]〜[9]の方法。 本発明の方法によれば、ジャガイモ塊茎由来原料を効率的に加水分解し糖化することができる。図1は市販のセルラーゼ酵素によるポテトパルプの糖化によって得られた糖収量を示す図である。Aはグルコース、Bはガラクトースの収量(g/L)を示す。図2は粉末セルロース又はポテトパルプを炭素源にしたAcremonium cellulolyticusによるセルラーゼ生産量を示す図である。図3はセルラーゼ酵素生産に及ぼす粉末セルロース添加の影響を示した図である。「粉末セルロース」は5%粉末セルロース含有培地、「ポテトパルプのみ」は5%ポテトパルプ含有培地(粉末セルロース添加量0%)、「ポテトパルプ+0.5%」、「ポテトパルプ+1.5%」、「ポテトパルプ+5%」は、それぞれ、5%ポテトパルプ+粉末セルロース添加量:0.5%、1.5%、5%を含有する培地を用いた培養の結果を示す。図4は、Acremonium cellulolyticusにより生産された酵素を用いた糖化による糖収量を示す図である。A:グルコース量(g/L)、B:ガラクトース量(g/L)。各グラフは、左からアクレモニウムセルラーゼ製剤(市販セルラーゼ製剤)、粉末セルロース誘導酵素液(粉末セルロースを炭素源として用いて生産を誘導した酵素液)、ポテトパルプ誘導酵素液(ポテトパルプを炭素源として用いて生産を誘導した酵素液)である。白バーは24時間の糖化、黒バーは48時間の糖化の結果を示す。図5は、3種の糸状菌をポテトパルプを用いて培養して得られた酵素液を用いたポテトパルプの糖化による糖収量を示す図である。A:グルコース量(g/L)、B:ガラクトース量(g/L)。図中、ひし形はアクレモニウム属菌(Acremonium cellulolyticus TN株)、四角はトリコデルマ属菌(Trichoderma reesei RUT C-30株)、三角はペニシリウム属菌(Penicillium sp. NBRC 101300株)の結果を示す。図6は、培養の栄養源としてジャガイモ糖化液を使用した酵母の増殖を示す図である。各試料名に記載したパーセンテージは培地中の各成分の含有濃度を示す。図7は、ポテトパルプ及びセルロースを炭素源として糸状菌を培養することにより得られた酵素液を用い、ポテトパルプを糖化・発酵して得られたエタノールの濃度を示す図である。 以下、本発明を詳細に説明する。 本発明の方法では、原料としてジャガイモ塊茎由来原料を用いる。ジャガイモ塊茎由来原料とは、ジャガイモの塊茎又はその処理物であって酵素処理に適した状態に加工されているものをいう。ジャガイモ塊茎由来原料は、限定するものではないが、例えば、ジャガイモ塊茎そのままの形態に加え、スライス、乱切り、角切り、つぶしたもの、破砕物、粉砕物、又は粉砕懸濁物等の任意の形態のものであってよく、皮や芽が除去されていてもいなくてもよいが、ジャガイモ塊茎の含有成分(特に、デンプン、セルロース等)をなるべく保持した状態のものが好ましい。ジャガイモ塊茎由来原料はまた、ジャガイモ塊茎を加工した際に生じる残渣であってもよく、例えば、ポテトパルプが特に好適である。ポテトパルプとは、ジャガイモ塊茎を原料としてジャガイモデンプンの抽出を行う際にジャガイモデンプン分離後の残渣として残る産物を意味する。ポテトパルプは、ジャガイモ抽出残渣とも呼ばれる。ジャガイモ塊茎由来原料は、上記のジャガイモの塊茎若しくはその処理物であって酵素処理に適した状態に加工されているもの、又はジャガイモ塊茎を加工した際に生じる残渣を、他のバイオマス原料とともに混合したものであってもよい。ジャガイモ塊茎由来原料はまた、生の状態であってもよいし、加熱された状態であってもよい。ジャガイモ塊茎由来原料は、凍結された状態であってよく、乾燥された状態であってもよく、凍結乾燥物であってもよい。ジャガイモ塊茎由来原料は殺菌処理されていてもよい。一例として、ジャガイモ塊茎由来原料について、通常微生物培養での殺菌処理に用いられる121℃、10〜30分程度のオートクレーブ処理を行ってもよい。これにより当該原料は殺菌され、以後の糖化・発酵工程での雑菌汚染を防ぐと共に、原料の分解性を高める効果も期待できるので、これは有用な処理である。 本発明においてジャガイモ塊茎とは、一般的に食用に供するジャガイモ地下茎部分を指す。本発明で用いるジャガイモは、任意の品種のもの又はその変異種であってよいし、野生種であってもよい。 本発明で用いる糸状菌は、複数のバイオマス分解酵素を生産・分泌する能力を持つ真菌であって、その分泌酵素がジャガイモ塊茎の主要構成成分であるデンプン、セルロース、ペクチン等を構成糖に加水分解する能力を備えていることが好ましい。本発明で用いる糸状菌は、細胞壁高分解性糸状菌であることが好ましい。本発明において細胞壁高分解性糸状菌とは、セルロース、ペクチン等の細胞壁を構成する成分を効率良く分解することができ、それら細胞壁成分を含む例えばジャガイモ塊茎由来原料(ポテトパルプなど)を液状化するまで分解できる糸状菌をいう。例えばアナモルフであるアクレモニウム属又はペニシリウム属に属する糸状菌が、本発明で用いる好適な糸状菌として挙げられる。本発明で用いる糸状菌として好ましい例としては、アクレモニウム・セルロリティカス(Acremonium cellulolyticus)が挙げられる。本発明で用いる糸状菌の特に好ましい例は、アクレモニウム・セルロリティカス(Acremonium cellulolyticus)TN株、及びペニシリウム(Penicillium)sp. NBRC 101300株である。 各種糸状菌は、市販品、又はカルチャーコレクション若しくはブダペスト条約に基づく寄託機関から入手することができる。 Acremonium cellulolyticus TN株は、2012年1月12日付けで独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番1 中央第6)に、受託番号FERM BP-11452の下でブタペスト条約に基づき国際寄託されている。 Penicillium sp. NBRC 101300株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)のNBRC(NITE Biological Resource Center)(日本)のカタログ[NBRC Catalogue of Biological Resources, Microorganisms, Microorganism-Related DNA Resources, Human-Related DNA Resources, Second Edition (2010)]に収載されており、番号101300の下でNBRCから入手することができる。 本発明の方法では、ジャガイモ塊茎由来原料の処理に、前記糸状菌が産生する加水分解酵素を含有する分泌酵素液を用いる。本発明において糸状菌の分泌酵素液とは、糸状菌を培養することにより生産され培地中に分泌される分泌酵素群を含む液(酵素液)をいう。糸状菌のこの分泌酵素液は、デンプン、セルロース、ペクチン等のジャガイモが含有する多糖類を分解する能力を有する酵素(加水分解酵素)を一種又は複数種、好ましくは複数種含み、少なくともセルラーゼを含む。本発明に係る糸状菌の分泌酵素液は、典型的には、セルラーゼ(セルロース加水分解酵素)、ペクチナーゼ(ペクチン加水分解酵素)、及びアミラーゼ(デンプン加水分解酵素)を含む。本発明に係る糸状菌の分泌酵素液は、ガラクタン分解酵素をさらに含むことも好ましい。なお本明細書では、複数種の酵素を含む分泌酵素液を、酵素系と表現することがある。これらの酵素は糸状菌が細胞内で生産し、生産後細胞外に分泌される。この分泌酵素液は、糸状菌培養物又は培養上清でありうる。前記糸状菌の分泌酵素液は、一種以上(好ましくは1種)の糸状菌を炭素源の存在下で培養して加水分解酵素の生産を誘導し、その培養液中に当該酵素を分泌させることにより調製することができる。糸状菌を培養する培地は、糸状菌の培養に適した任意の培養培地に炭素源等を加えて調製することができる。糸状菌を培養するために必要な培地中の炭素源としては任意の有機物を使用することができるが、ジャガイモ塊茎由来原料(例えばポテトパルプ)又はその酵素分解物(例えば糖化物)を炭素源として用いることがセルラーゼ、ペクチナーゼ及びアミラーゼ等の加水分解酵素の生産を誘導する上でより好適である。後者の場合、他の炭素源を用いた場合と比べ、ジャガイモ塊茎に特に多く存在する成分(デンプン、セルロース、ペクチン等)に対する分解性が優れた酵素を生産できる。このため、糸状菌を培養する培地は、炭素源としてデンプン、セルロース及びペクチンのうち少なくとも1つ(好ましくは全部)を含むことが好ましい。糸状菌を培養する培地は、ジャガイモ塊茎由来原料(例えばポテトパルプ)に加えて、その酵素分解物(例えば糖化物)やジャガイモ塊茎由来原料以外の炭素源(例えば、粉末セルロース等の精製セルロースや精製デンプンなど)を含むことも好ましい。ジャガイモ塊茎由来原料以外の炭素源は、例えば0.5%以上、好ましくは1.5%以上、さらに好ましくは5%以上、例えば0.5〜30%の濃度でジャガイモ塊茎由来原料に添加することができる。ジャガイモ塊茎由来原料に加えて他の炭素源を添加することにより、セルラーゼ、ペクチナーゼ及びアミラーゼ等の加水分解酵素の生産をさらに効果的に誘導できる。 糸状菌の分泌酵素液は、そのような糸状菌の培養液から(例えば培養上清の形態で)採取、分離、又は精製して使用してもよいし、採取、分離、又は精製することなく培養液をそのまま、ジャガイモ塊茎由来原料の処理に使用することもできる。糸状菌の分泌酵素液として、工業的に生産され市販されている製品(例えば、アクレモニウムセルラーゼ(Meiji Seika ファルマ株式会社製))を使用してもよい。 本発明の方法では、ジャガイモ塊茎由来原料、又はジャガイモ塊茎由来原料を含む溶液又は液体培地に、糸状菌の分泌酵素液を添加して反応させることにより、酵素処理を行うことができる。 あるいは本発明の方法では、ジャガイモ塊茎由来原料、又はジャガイモ塊茎由来原料を含む液体培地中で、本発明の糸状菌を培養してセルラーゼ等の加水分解酵素の生産を誘導し、培地中に分泌させて分泌酵素液とし、そこにジャガイモ塊茎由来原料をさらに加えて反応させることにより、酵素処理を行ってもよい。 酵素処理は各酵素の至適温度、pHで行われることが好ましいが、例えばアクレモニウム・セルロリティカスが生産する酵素系の場合、40〜60℃、pH4〜6程度、好ましくは45〜55℃、pH4.5〜5.5で行われるのが適当である。 酵素処理は、ジャガイモ塊茎由来原料(好適には、ポテトパルプ)を5%以上、好ましくは7%以上、より好ましくは10%以上、さらに好ましくは20%以上、なお好ましくは30%以上、例えば50%以上100%以下の濃度、例えば5〜50%の濃度で含有する溶液又は培地を用いて行うことが好ましい。 以上のような酵素反応により、ジャガイモ塊茎を構成する多糖類(セルロース、デンプン、ペクチン等)が加水分解されて単糖類又は少糖類(例えば、グルコース、ガラクトース、マルトース、セロビオース等)が生成される(糖化反応)。本発明は、このような、ジャガイモ塊茎由来原料からの糖化物の製造方法も提供する。本発明はまた、このような糖化反応による、ジャガイモ塊茎由来原料の糖化方法も提供する。 このようにしてジャガイモ塊茎由来原料を糖化して得られる糖化物(典型的には、糖化液)は、発酵させることにより、様々な有用物質に変換することができる。特に、アルコール発酵により、糖化物中の単糖類又は少糖類からアルコールを生産することができる。得られるアルコールは例えば液体燃料や工業材料等として使用することができる。 アルコール発酵は、アルコール発酵を行う発酵微生物、例えば酵母を用いて行うことができる。酵母としては、限定するものではないが、例えば、サッカロミセス・セルビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロミセス・パストリアヌス(Saccharomyces pastorianus)等のサッカロミセス属(Saccharomyces)菌、シゾサッカロミセス・ポンベ(Saccharomyces pombe))等のシゾサッカロミセス属(Schizosaccharomyces)菌、クリュイベロミセス・マルシアヌス(Kluyveromyces marxianus)等のクリュイベロミセス属(Kluyveromyces)菌、イサトケンキア・オリエンタリス(Issatchenkia orientalis)等のイサトケンキア属(Issatchenkia)菌、等が挙げられる。 例えば酵母としてエタノール発酵能を有するサッカロミセス属酵母を用いることにより、上記糖化物をエタノール発酵させることができる。とりわけサッカロミセス・セルビシエが好ましく、これを糖化物に加えて培養することにより、グルコース等の単糖類からエタノールを生産(製造)することができる。このエタノールはガソリンに代替できる液体燃料として使用できる。サッカロミセス・セルビシエによる発酵実験により、ジャガイモ塊茎由来原料の糖化物は、酵母への阻害効果が見られず、良好な発酵原料として利用できることが示されている。本発明において「発酵微生物」とは発酵を行う能力を有する微生物をいう。 上記の発酵はサッカロミセス・セルビシエを用いてエタノールを生成するアルコール発酵に限定されるわけではなく、用いる発酵微生物に応じて、ブタノール等の他のアルコールを製造することもできる。そのような各種アルコールも液体燃料等に利用することができる。 ジャガイモ塊茎由来原料を糖化して得られる糖化物を発酵させることにより、アルコール以外の物質、例えば脂肪酸等の液体燃料成分となりうる有用物質も生産することができる。この発酵は、対応する発酵微生物を用いることにより達成される。 発酵微生物は、糖化物の発酵に用いる前に、一定の量まで増殖させて準備する工程(一般に前培養と呼ばれる)を行うことが好ましい。本発明の方法では、ジャガイモ塊茎由来原料の糖化物を含む培地で発酵微生物を前培養し、それを用いて糖化物の発酵(好ましくはアルコール発酵)を行うことが好ましい。発酵は当該発酵微生物の通常の発酵条件下で行えばよく、例えば嫌気性条件下で行っても好気性条件下で行ってもよい。サッカロミセス・セルビシエの場合には、嫌気性の発酵条件下で行うことが好ましい。 本発明における前培養では、ジャガイモ塊茎由来原料の糖化物を含む培地、例えば、ジャガイモ塊茎由来原料の糖化液それ自体であってもよいし、ジャガイモ塊茎由来原料の糖化物を培養培地等の他の培地に加えて調製してもよい。ジャガイモ塊茎由来原料の糖化物を用いることにより、一般的に用いられる栄養源である廃糖蜜を使用した場合と比べて微生物のより良好な増殖を得ることができる。このようにしてジャガイモ塊茎由来原料の糖化物で前培養した微生物を、本培養としての糖化物の発酵に用いることにより、アルコール発酵を非常に効率良く行うことができる。なおジャガイモ塊茎由来原料の糖化物で前培養した微生物は、ジャガイモ塊茎由来原料の糖化物の発酵だけでなく、他の各種原料を用いた発酵においても広く使用可能である。 従来、ジャガイモ塊茎由来原料、特にポテトパルプ等については、その成分を総合的に効率良く分解・糖化できる技術が存在せず、その利用に対する障害になっていた。本発明の方法では、糸状菌由来の酵素系を用いることにより、ジャガイモ塊茎由来原料に含まれるセルロース、デンプン、ペクチンの主要成分を効率良く分解でき、その結果、発酵によって液体燃料に変換可能である単糖類を、効率良く得ることが可能である。本発明の方法によって、従来困難であったジャガイモ塊茎に由来する原料の総合的な分解が容易にできるようになり、これを発酵させることでアルコールを始めとする液体燃料の製造が可能となることで、従来利用度の低かったバイオマス原料の有効活用法を提供することができる。 次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。[実施例1](1)ジャガイモデンプン搾り粕基本成分の分析 中国黒龍江省北大荒馬鈴薯集団有限公司のデンプン工場で採取されたポテトパルプ(ジャガイモデンプン搾り粕)を凍結乾燥したものを入手して後述の糖化試験に使用した。 そこでまず、使用したポテトパルプの成分組成を常法により分析した。その結果を表1に示す。 なお、表1の下部には上記ポテトパルプ中の多糖を完全分解した後の単糖組成を示した。この単糖組成は、ポテトパルプを硫酸で完全分解して得られた実測値である。グルコースはほとんどがデンプンとセルロースの分解から生成するため、デンプンとセルロースの量の合計が単糖組成中のグルコール含量とほぼ一致する。(2)酵素を用いた糖化 上記(1)の凍結乾燥ポテトパルプ(試料)に水を加え、濃度を10%、20%、30%(各w/v)とした。これに、市販セルラーゼ製剤アクレモニウムセルラーゼ(Meiji Seika ファルマ株式会社製;Acremonium cellulolyticusの生産するセルラーゼ)を10 Filter Paper Unit(FPU;濾紙分解活性)/g基質の割合で加えて、0.05Mのクエン酸バッファー中で、50℃にて24時間又は48時間反応を行い、生成したグルコース、ガラクトースの量を測定した。グルコース及びガラクトースの測定は、アミネックスHPX-87H(BioRad 社)カラムを装着した日本分光社製高速液体クロマトグラフィーシステム(検出器:示差屈折計2031Plus)を用いて、それぞれの標品を基準にして定量した。その結果を図1に示す。図1に示されるようにグルコース及びガラクトースの生成量は用いた試料の濃度に依存して増加した。酵素処理により当初ゲル状であったポテトパルプは分解して液状化し、グルコース、ガラクトースの単糖が生成された。 一方、同じく市販セルラーゼ製剤であるAccellerase 1000(Genencore社製;Trichoderma reesei由来)を用いて同様に(1)のポテトパルプを酵素処理する実験を行ったところ、10%濃度でも残渣が液状化せず、分解がみられなかった。 この結果から、イモ類、特にジャガイモ由来原料の糖化にアクレモニウム属菌の生産するセルラーゼは非常に適していることが示された。[実施例2](1)ポテトパルプを用いた酵素生産 セルラーゼ生産菌Acremonium cellulolyticus TN株(受託番号:FERM BP-11452)をポテトパルプを炭素源として培養して、酵素を生産させた。また対照として、通常セルラーゼ生産の炭素源として用いられる粉末セルロースを、ポテトパルプの代わりに炭素源として用いた培養も行った。 培養に用いた培地の組成は以下のとおり:24 g/L KH2PO4、1 g/L Tween 80、5 g/L (NH4)2SO4、1.2 g/L MgSO4・7H2O、0.01 g/L ZnSO4・7H2O、0.01 g/L MnSO4・6H2O、0.01 g/L CuSO47H2O、4 g/L 尿素、4.7 g/L 酒石酸カリウム一水和物、及び炭素源として粉末セルロース(Solka Floc(登録商標);対照)又は凍結乾燥ポテトパルプ(5%、7%、10%)。 培養は、反応温度30℃、撹拌速度200rpmで行った。前培養を粉末セルロースを炭素源として行い、前培養開始から72時間後、前培養液を5%になるように培地に添加して、本培養を行った。 本培養の培養開始から5日後、7日後、14日後の培地を採取し、培地中に分泌された酵素セルラーゼの活性を測定した。セルラーゼ活性の測定は、ろ紙(Whatman No.1)を基質に、50 mM クエン酸緩衝液(pH 5.0)中で50℃で60分間反応させ、生成した還元糖の量をジニトロサリチル酸法により比色して定量して行い、活性をFPUで表した(図2)。 図2に示すとおり、粉末セルロースを炭素源にした場合より活性の濃度は低いものの、ポテトパルプを炭素源とした培養によりセルラーゼ活性を持つ酵素を生産可能であった。 さらに、凍結乾燥ポテトパルプ(5%)に0.5%、1.5%、又は5%粉末セルロースを添加したものを炭素源として、上記と同様にAcremonium cellulolyticus (A. cellulolyticus)TN株の培養を行い、酵素を生産させた。培養後の培地について上記と同様にしてセルラーゼ活性(FPU活性)を測定したところ、ポテトパルプへのセルロース添加量に応じたFPU活性の向上が認められた(図3)。(2)ポテトパルプを炭素源として生産した酵素によるポテトパルプの糖化 本実施例の上記(1)においてポテトパルプを炭素源としてA. cellulolyticus TN株を培養して得られた培養物の培養上清を酵素液として採取し、これを限外濾過膜付チューブ(VIVASPIN 6、Sartorius社)を用いて限外濾過及び濃縮した。これを各5 FPU/gの割合で、30%(w/v)ポテトパルプに添加し、実施例1−(2)と同様にして糖化を24時間又は48時間にわたり行った。 同様に、本実施例の上記(1)において粉末セルロースを炭素源としてA. cellulolyticus TN株を培養して得られた培養物の培養上清を酵素液として採取し、上記と同様の反応条件で糖化試験を行った。また対照として、実施例1で使用した市販セルラーゼ製剤アクレモニウムセルラーゼを用いた糖化試験も同様の反応条件で実施した。 次いで、得られた糖化液についてグルコース及びガラクトースの量を実施例1と同様にしてそれぞれ測定した。 以上の結果を図4に示す。図4に示すとおり、ポテトパルプを炭素源としてA. cellulolyticus TN株により生産した酵素液を用いて、ポテトパルプからグルコース及びガラクトースを生産することができた。また粉末セルロースを炭素源として生産した酵素液又は市販セルラーゼ製剤アクレモニウムセルラーゼを用いた場合にもポテトパルプからグルコース及びガラクトースを生産することができた。特にポテトパルプを炭素源として生産した酵素液を用いた場合、粉末セルロースを炭素源として生産した酵素液又は市販セルラーゼ製剤アクレモニウムセルラーゼを用いた場合を上回る糖収量を得ることができた。ガラクトースについては、粉末セルロースを炭素源として生産した酵素液に比べてポテトパルプを炭素源として得た酵素液で顕著に高い収量が得られた。このことから、ポテトパルプを炭素源とした場合、ガラクタン分解酵素の生産が誘導され、得られた分泌酵素液中にガラクタン分解酵素が含まれていたと考えられる。[実施例3] A. cellulolyticus TN株の代わりに、糸状菌Penicillium sp. NBRC 101300株(独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)のNBRCのカタログ[NBRC Catalogue of Biological Resources, Microorganisms, Microorganism-Related DNA Resources, Human-Related DNA Resources, Second Edition (2010)]に収載されており、NBRCから入手した)、Trichoderma reesei RUT C-30株(the American Type Culture Collection (ATCC)no. 56765))を、実施例2と同様の条件で、ポテトパルプを炭素源として用いて培養し、得られた酵素液を使用してポテトパルプを糖化させた。糖化液についてグルコースとガラクトースの量を測定した結果を図5に示す。 この結果、3種の糸状菌はいずれもグルコースとガラクトースを生産したことが示された。図5に示すとおり、A. cellulolyticus由来酵素液を用いた場合のグルコース量が最も高く、糖化において特に好適であることが示された。しかしながらPenicillium sp.由来の酵素液についても、A. cellulolyticus由来酵素液の約75%のグルコース量が得られており、またガラクトース量については、A. cellulolyticusよりも高い収量が得られたことから、この菌も糖化に好適であることが示された。これらの菌は、特に、ポテトパルプの糖化用の酵素生産に有用である。 セルラーゼ生産菌として工業的に一般に使用されているT. reesei由来酵素液では、残渣が液状化して糖化が開始されるのに40時間以上を要し、その反応はA. cellulolyticus TN株及びPenicillium sp. NBRC 101300株よりも遅かった。[実施例4](1)ジャガイモ糖化液による発酵微生物の前培養 糖化液の発酵に用いる微生物を一定量まで増やしておくための前培養に、栄養源としてジャガイモ糖化液を使用できるかどうかを試験した。 酵母Saccharomyces cerevisiae IR-2株(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託。受託番号FERM BP-754)をYPD培地(1% 酵母エキス、1% ポリペプトン、2% グルコース)で一晩培養し、OD600値(Optical density:吸光度による菌体細胞数を表す指標)が0.1になるように培地に添加し、30℃、攪拌速度120 rpmで培養実験を行った。 培地はYPD培地をベースとし、ポテトパルプを実施例1−(2)で市販酵素アクレモニウムセルラーゼで処理して得た糖化液(ジャガイモ糖化液)、及び中国で入手したサトウダイコンの廃糖蜜を使用して調製した。対照の培地としてはYPD培地を用いた。培養時間は6時間、18時間、又は24時間とした。 一般に酵母の培養には廃糖蜜が好適な栄養源として使用されるが、ジャガイモ糖化液を使用することにより、廃糖蜜を上回る酵母の増殖量が得られた(図6)。 この結果は、ジャガイモ塊茎由来原料の糖化物が、炭素源だけでなく、窒素や他の無機成分を含めた総合的な栄養源として優れていることを示している。(2)エタノール発酵実験 実施例2−(1)で、凍結乾燥ポテトパルプ(5%)に0.5%、1.5%、又は5%粉末セルロースを添加したものを炭素源として、A. cellulolyticusTN株を培養して得られた酵素液に、酵母Saccharomyces cerevisiae IR-2株を加えて発酵を行った。この発酵においては、酵母を、OD600値が0.1になるように前記糖化液に添加した後、30℃、攪拌速度120 rpmで、24時間培養した。得られた培養後上清について、エタノール収量を測定した(図7)。エタノールの測定はアミネックスHPX-87H(BioRad 社)カラムを装着した日本分光社製高速液体クロマトグラフィーシステム(検出器:示差屈折計2031Plus)を用いて、行った。 この結果、糖化液中のグルコースが迅速に消費されてエタノールに変換され、その収量は理論値に対して97%に達した(図7、「ポテトパルプのみ」)。従ってこの方法で得られた糖化液には発酵阻害を起こす物質は含まれないことが示された。 本発明の方法は、ジャガイモ塊茎由来原料を酵素分解することで効率的利用を図り、かつそれが廃棄物の場合はその処理を行うために用いることができる。さらに、この糖化により得られる糖を発酵により変換することで、新規な液体燃料の製造も実施することができる。本発明による、ジャガイモ由来原料の分解・糖化技術は、その原料の有効利用、それが廃棄物である場合はその処理に広く適用できる。またこの技術によって得られる糖化物は、液体燃料を効率的に製造するのに有用である。 ジャガイモ塊茎由来原料を、加水分解酵素を含有する細胞壁高分解性糸状菌の分泌酵素液で処理することを特徴とする、糖化物の製造方法。 ジャガイモ塊茎由来原料が、ポテトパルプである、請求項1に記載の方法。 細胞壁高分解性糸状菌が、アクレモニウム属糸状菌又はペニシリウム属糸状菌である、請求項1又は2に記載の方法。 細胞壁高分解性糸状菌が、アクレモニウム・セルロリティカス(Acremonium cellulolyticus)である、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。 細胞壁高分解性糸状菌が、アクレモニウム・セルロリティカスTN株(受託番号FERM BP-11452)又はペニシリウムsp. NBRC 101300株である、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。 ジャガイモ塊茎由来原料を含む培地で前記糸状菌を培養して加水分解酵素の生産を誘導することにより、前記分泌酵素液を調製し、それをジャガイモ塊茎由来原料の処理に用いる、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。 請求項1〜6のいずれか1項記載の方法により得られた糖化物をアルコール発酵させることを特徴とする、アルコールの製造方法。 サッカロミセス属酵母を用いてアルコール発酵を行う、請求項7に記載の方法。 サッカロミセス属酵母を用いて前記糖化物をエタノール発酵させる、エタノールの製造方法である、請求項7又は8に記載の方法。 ジャガイモ塊茎由来原料の糖化物を含む培地で発酵微生物を前培養し、それを用いてアルコール発酵を行う、請求項7〜9のいずれか1項に記載の方法。 【課題】ジャガイモ塊茎由来原料を効率的に糖化する方法、及びジャガイモ塊茎由来原料を利用した液体燃料の製造法の提供。【解決手段】ジャガイモ塊茎由来原料を、加水分解酵素を含有する細胞壁高分解性糸状菌の分泌酵素液で処理することを特徴とする、糖化物の製造方法。【選択図】なし