タイトル: | 公開特許公報(A)_高酸型酵母の育種方法、該育種方法で育種された高酸型酵母、及び該高酸型酵母を用いたアルコール飲料の製造方法 |
出願番号: | 2012023117 |
年次: | 2013 |
IPC分類: | C12N 1/16,C12N 15/00,C12G 3/02 |
小高 敦史 中村 幸宏 榊原 舞子 JP 2013158301 公開特許公報(A) 20130819 2012023117 20120206 高酸型酵母の育種方法、該育種方法で育種された高酸型酵母、及び該高酸型酵母を用いたアルコール飲料の製造方法 月桂冠株式会社 000165251 沖中 仁 100141586 田中 信治 100165685 小高 敦史 中村 幸宏 榊原 舞子 C12N 1/16 20060101AFI20130723BHJP C12N 15/00 20060101ALI20130723BHJP C12G 3/02 20060101ALI20130723BHJP JPC12N1/16 AC12N15/00 ZC12G3/02 119G 6 3 OL 15 4B065 4B065AA80X 4B065AC14 4B065BA23 4B065BA25 4B065BB40 4B065CA10 4B065CA42 本発明は、高酸型酵母の育種方法、該育種方法で育種された高酸型酵母、及び該高酸型酵母を用いたアルコール飲料の製造方法に関する。 清酒は、麹の糖化と、酵母によるアルコール発酵とを同時に行う並行複発酵を行っている。これにより、清酒は、醸造酒としては非常に珍しい20%以上という高いアルコール度数を実現している。しかし、最近の消費者の低アルコール飲料への嗜好の変化により、清酒の生産量は減少傾向にある。そこで、消費者の嗜好に適した低アルコールで、飲みやすい清酒の開発が必要とされている。 低アルコールの清酒としては、例えば、醸造した原酒を割水して低アルコール飲料としたものが挙げられる。しかし、原酒を割水して製造した清酒は、清酒独特の風味や、旨みが薄れてしまう。そこで、原酒を割水したとしても、清酒独特の風味が薄れることなく、濃厚芳醇な清酒(原酒)が必要となる。低アルコールの清酒に用いる原酒としては、特に爽やかな酸味を与えるリンゴ酸や、コクのある酸味を与えるコハク酸の含有量が高く、酸味と旨みとのバランスに優れていることが要求される。この目標を達成するために、これまで有機酸を多量に生産する清酒酵母の育種が行われてきた。 特許文献1においては、TCAサイクルの中間物質である2−オキソグルタル酸に耐性を示す酵母を分離し、有機酸を高生産する酵母を取得している。 特許文献2においては、TCAサイクルに関与する酵素群の発現を促進する制御遺伝子であるHAP4遺伝子を高発現させて、有機酸を高生産する遺伝子組み換え酵母を構築している。 特許文献3においては、酵母にプロリン細胞内蓄積量を増加させることを目的として、遺伝子組換えによりプロリン合成系の酵素に変異導入を行い、プロリンだけでなく、有機酸の含量も増加させることができる遺伝子組み換え酵母を構築している。 特許文献4においては、変異処理することなく、従来の清酒酵母よりもリンゴ酸、コハク酸、及び乳酸を多く生産し、酢酸の生産能の低い酵母を見出している。 特許文献5においては、コハク酸デヒドロゲナーゼ阻害剤であるジメチルサクシネートに感受性を示す酵母を分離し、有機酸を高生産する酵母を取得している。 非特許文献1においては、シクロヘキシミド耐性株を分離し、リンゴ酸を高生産する酵母を取得している。特開2001−103958号公報特開2004−113004号公報特開2007−060902号公報特開2008−099627号公報特開平03−175975号公報吉田清、稲橋正明、中村欽一、野白喜久雄:日本醸造協会誌、第88巻、第8号、第645頁(1993) 特許文献1に記載されるように、TCAサイクルの中間物質でもある2−オキソグルタル酸に耐性を示す変異株を取得する場合、または、特許文献5に記載されるように、コハク酸デヒドロゲナーゼ阻害剤であるジメチルサクシネートに感受性を示す変異株を取得する場合、メタンスルホン酸エチル(以下、EMSと称す)等の変異処理を行うのが一般的である。このような変異処理は、親株のアルコール耐性等の形質に影響を及ぼす可能性がある。また、当該文献で得られた有機酸生産株は、親株と比較して有機酸生産量は高くなっているが、低アルコールの清酒製造に使用するには十分な有機酸量ではない。従って、原酒を割水して低アルコール飲料を製造した場合、清酒独特の風味や、旨みが薄くなるといった問題がある。 特許文献2及び3は、遺伝子組換えにより有機酸の生産量を高めた酵母を構築している。しかしながら、消費者は、遺伝子組換えによる飲食物に関して非常に敏感であり、遺伝子組換え酵母を用いたアルコール飲料が、消費者に受け入れられない場合が多いといった問題がある。また、当該文献で取得された菌株もまた、低アルコールの清酒製造に使用するには有機酸の生産量が十分ではなく、原酒を割水して低アルコール飲料を製造した場合、清酒独特の風味や、旨みが薄くなるといった問題がある。 特許文献4は、変異処理することなく、有機酸の生産量を高めた酵母を取得している。しかしながら、当該文献で取得された菌株もまた、低アルコールの清酒製造に使用するには有機酸の生産量が十分ではなく、原酒を割水して低アルコール飲料を製造した場合、清酒独特の風味や、旨みが薄くなるといった問題がある。 非特許文献1は、抗生物質であるシクロヘキシミドに耐性を備える酵母から、リンゴ酸の生産量を高めた菌株を取得している。しかしながら、当該文献で取得された菌株もまた、低アルコールの清酒製造に使用するには有機酸の生産量が十分ではなく、原酒を割水して低アルコール飲料を製造した場合、清酒独特の風味や、旨みが薄くなるといった問題がある。 このように、現状では、低アルコールの清酒製造に最適な酵母が見つかっていないため、原酒を割水しても、清酒独特の風味や旨みが薄まらない清酒(原酒)、及びその製造方法は確立されていない。本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、親株のアルコール発酵及びアルコール耐性に与える影響を低減するとともに、有機酸をさらに高生産することができる高酸型酵母、及びその育種方法を提供することを目的とする。さらに、当該高酸型酵母を用いて、清酒独特の風味や、旨みが薄まることのない低アルコール飲料及び低アルコールの清酒の製造方法を提供することを目的とする。 上記課題を解決するための本発明に係る高酸型酵母の育種方法の特徴構成は、 シクロヘキシミド耐性である清酒酵母を親株として、変異処理することなく、L−アゼチジン−2−カルボン酸(以下、AZCと称す)を含有する選択培地で生育した菌株から、前記親株より多く有機酸を生産することができる酵母を選択分離することである。 上記説明したように、従来の有機酸を高生産する酵母は、低アルコール飲料を製造するには十分な有機酸量を生産することができなかった。この点、本構成の高酸型酵母の育種方法では、シクロヘキシミド耐性である清酒酵母を親株として、AZCを含有する選択培地で生育する菌株を選択することから、より多くの有機酸を生産することができる清酒酵母を取得することが可能となる。さらに、本構成の高酸型酵母の育種方法では、AZCを含有する選択培地で生育する菌株に対して変異処理をしていないので、親株が備えているアルコール耐性等の形質に与える影響を低減することが可能となる。 上記課題を解決するための本発明に係る高酸型酵母の育種方法の特徴構成は、 シクロヘキシミド耐性である清酒酵母を親株として、下記(a)及び(b)の工程を施した菌株から、前記親株より多く有機酸を生産することができる酵母を選択分離することである。(a)ウレア非生産形質を付与する工程、(b)変異処理することなく、AZCを含有する選択培地で生育する菌株を選択する工程。 本構成の高酸型酵母の育種方法によれば、さらにより多くの有機酸を生産することが可能な清酒酵母を取得することができる。なお、(a)の工程、及び(b)の工程の順序は、どちらを先に実行しても構わない。 本発明に係る高酸型酵母の育種方法において、前記清酒酵母が協会酵母No.77株であることが好ましい。 本構成の高酸型酵母の育種方法では、育種に用いる親株として協会酵母No.77株を用いることから、より多くの有機酸を生産することができる清酒酵母を容易に取得し得る。また、変異処理することなく、AZCを含有する選択培地で生育する菌株を選択することから、協会酵母No.77株が備えているアルコール耐性等の形質に与える影響を低減することが可能となり、アルコール飲料及び清酒の製造への適応が容易となる。 上記課題を解決するための本発明に係る高酸型酵母の特徴構成は、上記何れかの育種方法を用いて育種された高酸型酵母である。 上記説明したように、従来の有機酸を高生産する酵母は、低アルコール飲料を製造するための十分な有機酸量を生産することができなかった。この点、本構成の高酸型酵母は、上記何れかの育種方法を用いて育種された高酸型酵母であることから、より多くの有機酸を生産することができる。また、本構成の高酸型酵母は、親株を変異処理することなく、AZCを含有する選択培地で生育する菌株を選択することから、親株に由来するアルコール耐性等の形質の変化を低減することが可能である。 上記課題を解決するための本発明に係るアルコール飲料の製造方法の特徴構成は、 上記高酸型酵母を用いてアルコール飲料を製造することである。また、アルコール飲料は清酒であることが好ましい。 上記説明したように、従来の有機酸を高生産する酵母は、低アルコール飲料(低アルコールの清酒)を製造するための十分な有機酸量を生産することができなかった。この点、本構成のアルコール飲料の製造方法は、上記高酸型酵母を用いることから、原酒を割水して低アルコール飲料を製造する場合においても、清酒独特の風味や、旨みが薄まることのないアルコール飲料を製造することが可能となる。図1は、本発明に係る育種に用いる親株の生育不可能なAZCの濃度を示したプレート試験の写真である。図2は、本発明に係る高酸型酵母の発酵経過に伴う炭酸ガス減量を示すグラフである。図3は、本発明に係る高酸型酵母の発酵試験及び官能試験に用いる試料の調製方法を説明するフローチャートである。 以下、本発明に係る高酸型酵母の育種方法、該育種方法で育種された高酸型酵母、及び該高酸型酵母を用いたアルコール飲料の製造方法に関する実施形態について、以下に具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施形態や図面に記載される構成に限定されることを意図しない。[高酸型酵母の育種方法](育種方法に用いる親株) 初めに、本明細書中に記載される「高酸型酵母」とは、本発明で用いられる親株よりも有機酸を多く生産することができる酵母を意味する。本発明の高酸型酵母の育種方法に用いる親株としては、シクロヘキシミド耐性であるサッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する清酒酵母を好適に利用することができる。シクロヘキシミド耐性を備える清酒酵母は、公益財団法人日本醸造協会より頒布されている協会酵母No.77株等を購入することにより取得することができ、清酒酵母に対して細胞融合、形質転換、及び変異処理等を行うことによりシクロヘキシミド耐性株を分離することができる。清酒酵母を変異処理する方法としては、紫外線、放射線、N−メチル−N´−ニトロ−N−ニトロソグアジニン(NTG)、又はEMS等を用いて清酒酵母に対して適宜変異処理を行えばよいが、好ましくはEMSを用いた変異処理である。これにより、清酒酵母のシクロヘキシミド耐性株を容易に選択分離することができる。 シクロヘキシミド耐性株の取得方法の例としては、非特許文献1に記載されている方法に従い、親株である清酒酵母をYM培地(2%グルコース、0.5%ペプトン、0.3%酵母エキス、0.3%麦芽エキス)にて28℃、2日間培養後、菌体を遠心分離にて集菌する。10mlの2%グルコース−0.2Mリン酸緩衝液(pH8.0)に懸濁後、0.6mlのEMSを加えて、30℃で、15〜30分変異処理した後、集菌洗浄したものを選択培地(2%グルコース、0.5%ペプトン、0.3%酵母エキス、0.3%麦芽エキス、0.5〜1mg/Lシクロヘキシミド、2%寒天)に塗布し、30℃で静置培養して生育したコロニーを選択する方法が挙げられる。(ウレア非生産株の取得) ウレア非生産形質を備える清酒酵母は、公益財団法人日本醸造協会より頒布されている協会酵母KArg−701号等を購入することにより取得することができ、清酒酵母に対して細胞融合、形質転換、変異処理、及び選択培地によるポジティブセレクション等を行うことによりウレア非生産株を分離することができる。清酒酵母を変異処理する方法としては、紫外線、放射線、NTG、又はEMS等を用いて清酒酵母に対して適宜変異処理を行えばよいが、好ましくはEMSを用いた変異処理である。これにより、清酒酵母のウレア非生産株を容易に選択分離することができる。 ウレア非生産株の取得方法の例としては、日本醸造協会誌第87巻第8号第598頁(1992)に記載されている方法に従い、親株である清酒酵母をYPD(2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)培地にて30℃で振とう培養し、対数増殖期の細胞を集菌洗浄したものをCAO培地(0.17%イーストナイトロジェンベース(N源を含まないもの)、10mg/Lカナバニン、5mMオルニチン、1mMアルギニン、2%グルコース、2%寒天)に4〜10×106個/プレートになるように塗布し、30℃で培養し、生育してきたシングルコロニーのうち、Arg培地(0.17%イーストナイトロジェンベース(N源を含まないもの)(Difco社)、5mMアルギニン、2%グルコース、2%寒天)に生育できず、Orn培地(0.17%イーストナイトロジェンベース(N源を含まないもの)、5mMオルニチン、2%グルコース、2%寒天)で生育するウレア非生産株を選択する方法が挙げられる。(GH−1R株の取得) 協会酵母No.77株(以下、GH−1株と称す)をYPD培地にて30℃で振とう培養し、対数増殖機の細胞を集菌洗浄したものをCAO培地(0.17%イーストナイトロジェンベース(N源を含まないもの)、10mg/Lカナバニン、5mMオルニチン、1mMアルギニン、2%グルコース、2%寒天)に4〜10×106個/プレートになるように塗布した。当該プレートを30℃で10日間培養し、生育してきたシングルコロニー10株をArg培地及びOrn培地にレプリカし、Arg培地で生育できずにOrn培地で生育した株のうち1株をGH−1ウレア非生産株(以下、GH−1R株と称す)とした。(AZC耐性株の取得) 以下、シクロヘキシミド耐性である清酒酵母からAZC耐性株を取得する方法について説明する。AZC耐性株の取得に使用する親株としては、GH−1株、及びGH−1R株を使用した。図1は、育種に用いる親株の生育不可能なAZCの濃度を示したプレート試験の写真であり、耐性株の取得に用いる親株の生育に不可能なAZCの最低濃度を検討した結果を示している。0、100、500、1000mg/LのAZCを含むSDプレート(2%グルコース、0.67%イーストナイトロジェンベース(アミノ酸を含まないもの)、2%寒天)に、GH−1株、GH−1R株、協会酵母K701号(以下、K−701と称す)、及びK−701のウレア非生産株であるK−701R株をスポットした。各菌株は、段階希釈(10倍希釈を四段)して其々のAZC濃度のSDプレートにスポットした。 図1に示されるように、AZC濃度500mg/L以上で各菌株ともAZCに対して感受性を示した。従って、親株の生育不可能なAZCの最低濃度を500mg/Lとし、以下のAZC耐性変異株の取得試験に用いた。 AZC耐性株の取得は、以下の方法による。先ず、GH−1株及びGH−1R株を5mlのYPD培地(2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)で3日間培養後、菌体を遠心分離にて集菌し、洗浄した。10倍に濃縮した109細胞/mlの酵母懸濁液100μlを、500mg/LのAZC含有SDプレートに塗布した。30℃で約2週間インキュベーションした後、生育したコロニーをAZC耐性株として釣菌した。GH−1株より2株(AZC01株及びAZC02株)、及びGH−1R株より2株(AZC03株及びAZC04株)の合計4株のAZC耐性株を取得した。AZC耐性株の取得には、変異処理を行うことなく、自然誘発による方法を採用した。当該AZC04株は、受託番号FERM P−22209として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託している。[小仕込み試験] 得られたAZC耐性株の4菌株(AZC01株、AZC02株、AZC03株、AZC04株)と、親株であるGH−1株及びGH−1R株とを用いて総米約200gの小仕込み試験を行い、製成酒の成分、及び有機酸組成について検討した。小仕込み試験の配合量としては、掛米にはα化米(精米歩合70%)160g、麹米には乾燥麹40g、汲水370ml、乳酸50μl、及び酵母添加量5×109細胞で実施した。発酵温度は、15℃の一定で行い、22日後に上槽した。上槽液の成分の分析結果を以下の表1に示す。 表1の結果をみると、AZC耐性株であるAZC01株及びAZC02株と、当該親株であるGH−1株とを比較すると、日本酒度に関してAZC耐性株は親株より何れも高い値を示し、さらに酸度に関しては親株より1.3倍〜1.4倍の高い値を示した。また、AZC耐性株であるAZC03株及びAZC04株と、親株であるGH−1R株とを比較すると、日本酒度に関してAZC耐性株は親株より何れも低い値を示し、さらに酸度に関しては親株より1.6倍以上の高い値を示した。各菌株の上槽液の有機酸組成の分析結果を以下の表2に示す。 表2に示されているように、有機酸組成に関しては、何れのAZC耐性株も親株と比較して、リンゴ酸及びコハク酸の高い生産性が確認された。GH−1株を親株とするAZC01株及びAZC02株の場合、リンゴ酸の生産量は、何れも2000mg/Lを超え、親株であるGH−1株と比較して、AZC01株が約1.4倍、AZC02株が約1.3倍のリンゴ酸を生産した。また、コハク酸の生産量においても、何れの菌株も500mg/Lの生産量を超え、親株であるGH−1株と比較して、AZC01株が約1.6倍、AZC02株が約1.3倍のコハク酸を生産した。 ウレア非生産株であるGH−1R株を親株とするAZC03株及びAZC04株の場合は、リンゴ酸の生産量は、何れも4500mg/Lを超えており、親株であるGH−1R株と比較して、AZC03株が約1.8倍、AZC02株が約1.7倍のリンゴ酸を生産した。また、コハク酸の生産量においても、何れの菌株も1400mg/Lを超え、親株であるGH−1R株と比較して、AZC03株が約1.3倍、AZC04株が約1.4倍のコハク酸を生産した。清酒の中に含まれる有機酸の中で、リンゴ酸は爽やかな酸味を、コハク酸はコクのある酸味を与えるものとして非常に重要な有機酸である。つまり、GH−1株及びGH−1R株の親株から得られたAZC01株〜AZC04株の全ての菌株は、高酸型酵母であるだけでなく、その有機酸組成に関しても清酒に独特な風味を与えることができることが示された。 ここで、AZC耐性の4菌株の発酵能力を検証する。図2は、高酸型酵母の発酵経過に伴う炭酸ガス減量を示すグラフであり、得られたAZC耐性の4菌株及び当該菌株の親株であるGH−1株及びGH−1R株の発酵経過に伴う炭酸ガス減量が示されている。図2からも明らかなように、GH−1株を親株とするAZC耐性であるAZC01株及びAZC02株の炭酸ガス減量の経過は、親株と比較して、炭酸ガス減量における差異は認められなかった。従って、AZC01株及びAZC02株は、清酒の製造に十分利用できる酵母であることが認められた。しかし、GH−1R株を親株とするAZC耐性を備えるAZC03株及びAZC04株の炭酸ガス減量の経過は、親株と比較して発酵速度が遅いことが分かった。[シクロヘキシミド耐性を有さない親株から取得したAZC耐性株による有機酸生産] シクロヘキシミド耐性を有さない清酒酵母から取得されるAZC耐性株と、シクロヘキシミド耐性を備えるGH−1株及びGH−1R株から得られたAZC耐性であるAZC01株〜AZC04株の菌株との有機酸の生産量について検討した。(K−901HR株の取得) 協会酵母K901を親株として、特許文献5記載の方法に従い、K901株をYM培地で一日培養した後、菌体を集菌、洗浄した。この洗浄菌体に0.2Mリン酸緩衝液(pH8.0)5ml、40%グルコース液0.25ml、EMS0.25mlを加え、30℃で1時間ゆっくり撹拌した後、菌体を滅菌水で洗浄し、YM寒天培地に塗布して30℃、3日間培養してコロニーを形成させた。このコロニーをYM寒天培地及び1.5%ジメチルサクシネートを含むYM寒天培地に移して、30℃で培養し、ジメチルサクシネートを含むYM寒天培地で生育できなかった株を選択し、K−901H株とした。K−901H株をYPD培地にて30℃で振とう培養し、対数増殖期の細胞を集菌洗浄したものをCAO培地(0.17%イーストナイトロジェンベース(N源を含まないもの)、10mg/Lカナバニン、5mMオルニチン、1mMアルギニン、2%グルコース、2%寒天)に4〜10×106個/プレートになるように塗布した。当該プレートを30℃で10日間培養し、生育してきたシングルコロニー10株をArg培地及びOrn培地にレプリカし、Arg培地で生育できずにOrn培地で生育した株のうち1株をK−901Hウレア非生産株(以下、K−901HR株と称す)とした。 シクロヘキシミド耐性を有さないK−701株及びK−901HR株を用いて上記と同様の操作を行い、其々のAZC耐性株を取得した。これにより、K−701株より13株、及びK−901HR株より11株の合計24株のAZC耐性株を取得した。 シクロヘキシミド耐性を有さない清酒酵母であるK−701株及びK−901HR株から得られたAZC耐性を備える24菌株と、其々の親株とを用いて総米約100gの小仕込み試験を行い、製成酒の成分について分析した。 小仕込み試験の配合量としては、掛米にはα化米(精米歩合70%)72g、麹米には乾燥麹18g、汲水182ml、乳酸15μl、及び酵母添加量2×109細胞で実施した。発酵温度は、15℃の一定で行い、15日後に上槽して、上槽液の成分を分析した。この結果、シクロヘキシミド耐性を有さない親株であるK−701株及びK−901HR株から得られたAZC耐性の全ての菌株が、其々の親株より酸度の値が低いか、あるいは同等の値しか示さなかった(データ示さず)。上記結果からは、高酸型酵母の育種としては、親株である清酒酵母にAZC耐性を付与するだけでは、高酸型酵母を取得するには十分ではなく、親株がシクロヘキシミド耐性を備えていることが必要であることが明確となった。[試験醸造] 得られた高酸型酵母であるAZC04株を用いて清酒の試験醸造を行い、製造された原酒を低アルコールの清酒に調整し、官能試験を実施した。試験醸造には、高酸型酵母であるAZC04株と比較するために、AZC04株の親株であるGH−1R株及びジメチルサクシネート感受性、ウレア非生産株であるK−901HR株を用いて行った。 試験醸造の配合量は、以下の表3及び表4に示すとおりである。表3はAZC04株の醸造の仕込み配合量であり、表4はGH−1R株及びK−901HR株の仕込み配合量である。 この試験醸造では、掛米には精米歩合78%の米を使用し、麹米には乾燥麹(精米歩合72%)を用いた。酒母には乳酸0.1mlを添加し、酵母の添加量としては、酵母密度が約1×107細胞/mlとなるように添加した。発酵温度は、酒母が20℃で、主発酵を15℃の一定で行った。留添後、15日目で上槽した。AZC04株による醸造は、発酵終了時点でグルコース濃度が高かったため、四段添加を行わなかった。 この試験醸造では、掛米には精米歩合78%の米を使用し、麹米には乾燥麹(精米歩合72%)を用いた。酒母には乳酸0.1mlを添加し、酵母の添加量としては、酵母密度が約1×107細胞/mlとなるように添加した。発酵温度は、酒母が20℃で、主発酵を15℃の一定で行った。GH−1R株及びK−901HR株による醸造においては、蒸米糖化四段を添加している。留添後、15日目で四段添加し、四段添加後、5日目で上槽した。[原酒の成分分析] 図3は、高酸型酵母の発酵試験及び官能試験に用いる試料の調製方法を説明するフローチャートであり、試験醸造後の原酒製造の流れと、官能試験に用いる低アルコール清酒を原酒から調製する流れとを示している。先ず、原酒製造の流れを以下に説明する。試験醸造した其々の醪を上槽し(ステップ1)、15℃の一定で3〜4日間、後発酵を行う(ステップ2)。後発酵による熟成後、生酒を濾過し(ステップ3)、67℃を最高温度とするビン燗殺菌による火入れを行い(ステップ4)、15℃で原酒(アルコール度数:約15%)として貯蔵した(ステップ5)。原酒は、成分分析及び低アルコール清酒の試験に使用した。其々の菌株を用いた原酒の成分分析結果を表5に、其々の菌株の有機酸組成を表6に示した。さらに、表7には、AZC04株、GH−1R株、及びK−901HR株を用いて醸造した清酒の生産性を示した。 表5に示されるように、AZC04株、GH−1R株、及びK−901HR株の何れで仕込んだ清酒においても日本酒度と、アルコール度数に関しては略同等の値であったが、酸度に関しては、AZC04株が、GH−1R株の約1.9倍、K−901HR株の約2.7倍の値を示した。 表6に示されるように、AZC04株で仕込んだ清酒はリンゴ酸の濃度が非常に高く、GH−1R株の約1.9倍のリンゴ酸を生産し、K−901HR株との比較に至っては、約4.5倍ものリンゴ酸の生産量となった。AZC04株は、コハク酸の生産量も多く、GH−1R株の約1.4倍のコハク酸を生産した。 表7に示されるように、AZC04株、GH−1R株、及びK−901HR株の何れで仕込んだ清酒においても、使用した白米に対する製成清酒の割合である酒化率は、略同等の値を示した。従って、AZC04株は、一般の醸造に用いても十分に実用性のある酵母であることが示された。また、他の高酸型酵母であるAZC01株〜AZC03株に関しても、親株に対して略同等の生産性を示した(データ示さず)。[低アルコール清酒の官能試験] 図3に示されるように、AZC04株、GH−1R株、及びK−901HR株で醸造したアルコール度数約15%の原酒を、割水(ステップ6)によりアルコール度数を10.9%に調整して、低アルコール清酒として官能試験に供した。アルコール度数7.5%の試験では、活性炭処理(ステップ7)、濾過(ステップ8)、割水(ステップ9)を行ったものについて低アルコール清酒として官能試験を実施した。 アルコール度数10.9%の試験では、AZC04株、GH−1R株、及びK−901HR株を割水してアルコール度数を10.9%としたサンプルの他に、月桂冠社製純米原酒、A社製純米酒、B社製全麹清酒を割水してアルコール度数を約10.9%としたサンプルも使用した。官能試験は、3点法で嗜好(好い:3点、普通:2点、嫌い:1点)及びアルコール度数(高い:3点、適度:2点、低い:1点)について実施し、6人のパネラーの平均値を示した。以下の表8に、各試験清酒の成分分析結果及び官能試験結果を示す。 表8に示されるように、各サンプルをアルコール度数が10.9%となるように割水した。酸度は、AZC04株が高く、他のサンプルと比較すると、AZC04株の親株であるGH−1R株に対して約1.8倍の値を示し、それ以外のサンプルに対しては、2.8〜4.1倍の値を示した。 官能試験に関しては、AZC04株の嗜好の数値は1.8であり、月桂冠社製純米原酒、及びB社製全麹清酒より高い値となった。一方、アルコール度数の数値は2.5であり、他の全てのサンプルと比較して高い値を示した。当該試験におけるパネラーのAZC04株の評価としては、薄さを感じさせず、強い酸味と、味に力強さが感じられたとの評価が得られた。AZC04株は酸味が強いため、パネラーの嗜好に若干の違いが出たが、全体的には、味に力強さが感じられ、アルコール度数が10.9%の清酒は低アルコール清酒として十分に利用できる結果となった。 アルコール度数10.9%での官能試験の結果から、AZC04株で醸造した清酒は、さらに低アルコールであっても十分清酒として製造できる可能性が示唆された。従って、アルコール度数を7.5%に調整して、再度評価を行った。 アルコール度数7.5%の調整は、AZC04株、GH−1R株、及びK−901HR株を割水してアルコール度数を7.5%とした。ここで、AZC04株を用いたサンプルについては、清酒タイプ及びにごりタイプの2種類を使用した。にごりタイプのサンプルは、醪の一部を遠心分離せず、ミキサーで粉砕後、荒濾しして火入れを行った。官能試験では、7人のパネラーが低アルコール清酒として最適なものを各自選択し、投票した。以下の表9に、各試験清酒の成分分析結果及び官能試験結果を示す。 表9に示されるように、各サンプルをアルコール度数が7.5%となるように割水した。酸度は、清酒タイプ及びにごりタイプの何れのAZC04株も高い値を示した。他のサンプルと比較すると、AZC04株の親株であるGH−1R株に対して約1.8倍の値を示し、K−901HR株に対しては約2.8倍の値を示した。 官能試験では、7人のパネラーの内4人がAZC04株を用いて醸造した清酒タイプのサンプルを選択した。当該パネラーの評価としては、AZC04株の清酒タイプは、酸味及びコクが強く、どっしりとした感じがあるとの評価を得た。この結果から、AZC04株で醸造した清酒は、割水によりさらに低アルコール化しても、清酒としての商品価値は十分にあると判断し、アルコール度数5%と、アルコール度数3%においても同様の官能試験を行った。この結果、アルコール度数5%では、低アルコール清酒として十分に利用できる結果となり、アルコール度数3%においても、若干味が薄まる傾向が見られたが、低アルコール清酒として利用できる結果となった(データ示さず)。 本発明に係る高酸型酵母の育種方法、該育種方法で育種された高酸型酵母、及び該高酸型酵母を用いたアルコール飲料の製造方法は、有機酸を大量に生成する酵母の育種、並びに該酵母を用いた低アルコールの飲料及び低アルコールの清酒の製造に利用することができる。 シクロヘキシミド耐性である清酒酵母を親株として、変異処理することなく、L−アゼチジン−2−カルボン酸を含有する選択培地で生育した菌株から、前記親株より多く有機酸を生産することができる酵母を選択分離することを特徴とする高酸型酵母の育種方法。 シクロヘキシミド耐性である清酒酵母を親株として、下記(a)及び(b)の工程を施した菌株から、前記親株より多く有機酸を生産することができる酵母を選択分離することを特徴とする高酸型酵母の育種方法。(a)ウレア非生産形質を付与する工程、(b)変異処理することなく、L−アゼチジン−2−カルボン酸を含有する選択培地で生育する菌株を選択する工程。 前記清酒酵母が協会酵母No.77であることを特徴とする請求項1又は2に記載の高酸型酵母の育種方法。 請求項1乃至3の何れか一項に記載の高酸型酵母の育種方法で育種された高酸型酵母。 請求項4に記載の高酸型酵母を用いることを特徴とするアルコール飲料の製造方法。 前記アルコール飲料が清酒であることを特徴とする請求項5に記載のアルコール飲料の製造方法。 【課題】親株のアルコール発酵及びアルコール耐性に与える影響を低減するとともに、有機酸をさらに高生産することができる高酸型酵母、及びその育種方法を提供する。さらに、当該高酸型酵母を用いて、清酒独特の風味や、旨みが薄まることのない低アルコール飲料及び低アルコールの清酒の製造方法を提供する。【解決手段】シクロヘキシミド耐性である清酒酵母を親株として、変異処理することなく、L−アゼチジン−2−カルボン酸を含有する選択培地で生育した菌株から、前記親株より多く有機酸を生産することができる酵母を選択分離し、低アルコール飲料及び低アルコールの清酒を製造する。【選択図】図3