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タイトル:特許公報(B2)_過酸化水素の電気化学的定量法
出願番号:2011500617
年次:2012
IPC分類:G01N 27/327,G01N 27/416,G01N 27/30


特許情報キャッシュ

盛満 正嗣 JP 4859003 特許公報(B2) 20111111 2011500617 20100217 過酸化水素の電気化学的定量法 学校法人同志社 503027931 特許業務法人みのり特許事務所 110000475 盛満 正嗣 JP 2009035181 20090218 20120118 G01N 27/327 20060101AFI20111221BHJP G01N 27/416 20060101ALI20111221BHJP G01N 27/30 20060101ALI20111221BHJP JPG01N27/30 353ZG01N27/46 311KG01N27/30 FG01N27/30 B G01N 27/327 G01N 27/30 G01N 27/416 JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII) 国際公開第2004/071294(WO,A1) 特表2004−512914(JP,A) 特開2006−234458(JP,A) 盛満正嗣(外1名),H2O2およびNaN3共存下におけるIrO2-Ta2O5/Ti電極上でのアノード反応の選択性,電気化学会第75回大会講演要旨集,2008年 3月29日,p. 216 7 JP2010052313 20100217 WO2010095630 20100826 20 20110520 大竹 秀紀 本発明は、尿、唾液、血液などの生体液や、食品の生成液、分解液、抽出液や、調理品、調理過程品とその抽出液や、医薬品などに含まれる標的物質を酵素反応で酸化した際に発生する過酸化水素の濃度を決定する電気化学的定量法に関し、また標的物質の酵素反応によって生じた過酸化水素の電気化学反応で流れる電流を測定することによって標的物質の濃度を決定する方法に利用可能な過酸化水素の電気化学的定量法に関する。 特定の標的物質を定量する技術として、標的物質の酵素反応と、酵素反応によって生成した過酸化水素の電気化学反応を連続して生じさせ、電気化学反応で流れる電流から標的物質の濃度を決定する方法が広く用いられている。例えば、標的物質がグルコースの場合、生体液などに含まれるグルコースをグルコース酸化酵素により酸化してグルコン酸と過酸化水素を生成させ、白金などを材料とする検知極でこの過酸化水素を電気化学的に酸化するときの電流からグルコースを定量する方法が知られている。このような方法では、電流の測定にクロノアンペロメトリーやポーラログラフィの原理がよく利用されており、これに基づく方法や装置などは例えば特許文献1〜6に開示されている。また、このような原理を応用して、最近では人尿中のグルコース濃度を測定するセンサや装置も開発され、携帯可能な小型のものや洋式トイレに連動して配設されているものがあり、例えば特許文献7〜9に開示されている。 一方、グルコース以外にも酵素反応によって過酸化水素を生成する標的物質がある。例えば、標的物質がコレステロールの場合には、遊離型コレステロールをコレステロール酸化酵素で酸化して過酸化水素を生成し、この過酸化水素をペルオキシダーゼの存在下で4アミノアンチピリンとN−エチル−N−(3−メチルフェニル)−N−アセチルエチレンジアミンと酸化縮合させて赤紫色キノン色素を生成し、このキノン色素による可視光の吸光度からコレステロールを定量する。これと同様に、酵素反応による過酸化水素の生成とそれにつづく化学反応に伴う光吸収の吸光度を用いて定量される標的物質には尿酸などがある。これら以外にも、酵素反応によって過酸化水素を生成する標的物質には、例えばグルタミン酸、L−アミノ酸、D−アミノ酸、アルコール、ビリルビン、アミン、コリン、キサンチン、ピルビン酸、乳酸などが挙げられる。特開平1−153952号公報特開2005−17183号公報特開2007−33459号公報特開2007−163224号公報特表2007−500336号公報特表2007−518984号公報特開2004−233294号公報特開2006−234458号公報特許3687789号公報特開2004−233302号公報特開2007−248342号公報 前述のように、酵素反応によって過酸化水素を生成する標的物質を定量する場合、過酸化水素の定量は、電気化学反応の電流を測定する電気化学分析か、または過酸化水素を反応させてキノン色素などのような光を吸収する物質を生成させ、その吸光度を測定するような分光分析が主に用いられている。ここで電気化学分析を利用している標的物質としては血液や尿に含まれるグルコースが代表的であるが、電気化学分析が利用可能な標的物質は比較的限定されている。その理由の一つは、過酸化水素を検知極で酸化する際に、共存する他の物質までも反応したり、また共存する他の物質によって過酸化水素の酸化が妨害されたりするためである。しかし、過酸化水素の定量で前述のような分光分析を用いると、電気化学分析に比べて、過酸化水素と反応させる物質が必要であり、その物質との反応に時間がかかるとともに、最終的には吸光度の測定が可能な大型の分光分析装置が必要になるという課題があった。すわなち、上記のように電気化学分析を用いるほうが、測定時間が短く、過酸化水素と反応させる物質や大型の分光分析装置も必要がないため、現状では分光分析を利用している標的物質に対して電気化学分析の利用が望まれているにも関わらず、電気化学分析における過酸化水素と共存する他の物質に対する選択性の問題などから、酵素反応によって過酸化水素を生成する標的物質について、いまだ多くの標的物質で電気化学分析による定量が困難であるという課題があった。 さらに、グルコースのようなすでに電気化学分析が利用されている標的物質についても、その過酸化水素の電気化学的定量法には解決すべき課題があった。その課題を標的物質としてグルコースを例に取り上げて以下に説明する。 第一に、従来の過酸化水素の電気化学的定量法は、定量の対象となる被検液中のグルコースをグルコース酸化酵素によって酸化し、その際に生じる過酸化水素を電気化学的に酸化することで流れる電流からグルコースの濃度を決定している。このような定量を可能とするセンサの構成としては、グルコース酸化酵素を含有する酵素膜と、グルコースの酸化で生じる過酸化水素のみを検知極へ向けて透過させる目的の選択透過膜と、過酸化水素を電気化学的に酸化する検知極とが一般的であり、検知極上に選択透過膜、酵素膜の順で積層して形成されている例が多い。この際、過酸化水素が検知極で電気化学的に酸化されると、生成物として酸素とプロトン(H+)が生じる。すなわち、検知極上に酸素ガスが発生して検知極の表面が酸素で覆われると検知極の過酸化水素に対する反応性が低下したり、また検知極上に形成されている酵素膜や選択透過膜を膨張させて酵素反応の効率低下や選択透過膜が過酸化水素のみを選択的に透過させる機能が低下するという課題があった。 第二に、従来の過酸化水素の電気化学的定量法では、上記に述べたセンサの検知極の材料には主に白金などの貴金属やその他の金属が用いられているが、過酸化水素を電気化学的に酸化する電位では、検知極材料自身の酸化も生じ、その酸化電流が過酸化水素の酸化電流とオーバーラップすることで過酸化水素の酸化のみに対する電流の正確な測定を妨害する要因となったり、検知極材料自身が酸化された結果、過酸化水素の酸化に対する触媒性が低下して感度が低下するという課題、また長時間や長期間の使用において一定の感度を維持できなくなるという課題があった。 第三に、標的物質であるグルコース以外の成分が被検液に含まれる場合であって、その成分が過酸化水素と同じ電位域で、検知極で電気化学的に酸化されるような物質である場合には、その影響で過酸化水素の酸化のみに対する電流を正確に測定することができないという課題があった。このような過酸化水素のみの酸化電流の測定を妨害する物質としては、標的物質がグルコースで被検液が人尿の場合には、一例としてアスコルビン酸や尿酸などが挙げられる。 第四に、上記のような過酸化水素のみの酸化電流の測定を妨害する物質が被検液自体に含まれていない場合にも、例えば被検液をセンサへ運ぶためのキャリア溶液に添加される防腐剤の成分が検知極で反応することによって、過酸化水素のみの酸化電流を正確に測定することが妨害される。これに対して、特許文献8には酸化イリジウムまたは酸化イリジウムを含む酸化物からなる検知極を用いると、グルコースの酵素反応で生じた過酸化水素を電気化学的に酸化する際に、防腐剤成分の反応を抑制して過酸化水素の酸化に対する妨害を抑制できる濃度測定装置が開示されているが、このような検知極を用いても、過酸化水素を電気化学的に酸化することで生成物として酸素が生じるため、すでに述べたような検知極を被覆する酸素による感度低下を解決することは困難であるという課題があった。 第五に、特許文献8には同じく非晶質の二酸化イリジウムまたは非晶質の二酸化イリジウムを含む酸化物からなる検知極を用いた濃度測定装置も開示されており、非晶質の二酸化イリジウムを検知極に用いると、白金を用いた場合に比べてグルコースに対する感度が高いことが示されている。ところが、非晶質の二酸化イリジウムまたはこれを含む酸化物からなる検知極は、結晶質の二酸化イリジウムを用いた場合に対して、同じ濃度の過酸化水素を含むキャリア溶液に対して流れる電気化学的な酸化電流は大きくなるが、この電流の増加分は過酸化水素の電気化学的な酸化と同時に生じる検知極界面での電気二重層の充電電流によるものであり、過酸化水素の酸化のみに対する電流については、過酸化水素の濃度を増加させた場合に検知極で流れる電流の増加は、結晶質の二酸化イリジウムに対して非晶質の二酸化イリジウムを検知極に用いたほうが小さく、したがって非晶質の二酸化イリジウムまたはこれを含む酸化物からなる検知極を用いて過酸化水素を電気化学的に酸化する方法では、過酸化水素の濃度が増加しても過酸化水素の酸化のみに対する電流の増加は小さく、高い感度が得られないという課題があった。また、非晶質の二酸化イリジウムまたはこれを含む酸化物からなる検知極を用いた場合にも、過酸化水素の酸化による電流を測定することから、検知極を被覆する酸素による感度低下を解決することは困難であるという課題があった。 第六に、従来の過酸化水素の電気化学的定量法では、上記のように過酸化水素の電気化学的な酸化による酸素の発生、検知極材料の化学的な変化、検知極での過酸化水素の電気化学的な酸化を妨害する成分の存在などのように、検知極材料自身や検知極での電気化学反応に起因して、酵素膜でのグルコース酸化酵素によるグルコースの酸化効率の低下や、選択透過膜における過酸化水素のみを透過させるという選択性の低下や、検知極で流れる電流が過酸化水素の酸化のみに依存しなかったり、過酸化水素の濃度に対する電流の変化量が小さい、すなわち過酸化水素に対する感度が低い、といった問題が生じることで、センサを短期間で交換することが必要であったり、正確に濃度規定されたグルコースまたは過酸化水素の標準液を用いて、検知極に流れる電流を較正する作業が頻繁に必要になるといった課題があった。 以上のような課題に対して、本発明は、検知極での過酸化水素の電気化学反応によって酸素を生成することがなく、また被検液やキャリア溶液に含まれる溶存酸素による反応も生じることがなく、検知極が過酸化水素の反応に対して化学的に安定であり、検知極材料自身が酸化または還元されることがなく、被検液やキャリア溶液に含まれていて過酸化水素の電気化学反応を直接妨害したり、過酸化水素の電気化学反応のみに依存する電流の測定を妨害するような妨害成分の影響が抑制され、高い感度を長期的に安定に維持することが可能で、センサの較正が頻繁に必要ではない過酸化水素の電気化学的定量法を提供することを目的とする。 本発明者は、上記の課題を解決するために種々検討した結果、非晶質の酸化イリジウム含む触媒層を形成した検知極を用いて過酸化水素を還元することで上記の課題が解決されることを見出し、本発明に至った。 すなわち、本発明の第1発明は、センサへ運ばれた標的物質を酵素反応によって酸化して過酸化水素を生成する工程と、その過酸化水素の電気化学反応で生じる電流を測定する工程とを含む過酸化水素の電気化学的定量法であって、非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した検知極で過酸化水素が還元される電流を測定することを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法である。ここで標的物質は酵素反応によって酸化されると過酸化水素を生成する物質であり、例えば、グルコース、コレステロール、尿酸、グルタミン酸、L−アミノ酸、D−アミノ酸、アルコール、ビリルビン、アミン、コリン、キサンチン、ピルビン酸、乳酸などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。 非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した検知極では、白金、金、パラジウム、イリジウムのような貴金属やその他の金属もしくは結晶質の酸化イリジウムを検知極に用いた場合には見られない過酸化水素の還元に対する高い触媒性が発現する。したがって、過酸化水素を高い感度で検出することが可能となる。また、従来の過酸化水素の電気化学的定量法では、過酸化水素を酸化する際の電流を検出しており、この場合は、1モルのH2O2の酸化に対しては1モルのO2と2モルのH+と2モルの電子を生じる。すなわち、検知極表面で酸素ガスが発生し、これが検知極上に形成されている酵素膜や選択透過膜を膨張させる原因となり、検知極の表面がO2で覆われると検知極の過酸化水素に対する反応性が低下したり、酵素膜や選択透過膜の膨張による酵素反応の効率低下や選択透過膜が過酸化水素のみを選択的に透過させる機能が低下する課題があったが、本発明においては過酸化水素の還元で生じる電流を測定するため、過酸化水素の電気化学反応によって酸素発生が起こらないという作用を有する。 また、非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を検知極に用いると、過酸化水素の還元が生じる電位域において、非晶質の酸化イリジウム自身の酸化や還元は起こらず化学的に非常に安定であることから、検知極材料としてよく知られている白金などの金属を検知極に用いた場合のような金属自身の酸化物の還元が生じることがなく、また非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層は酸素の還元に対する触媒性が非常に低いため、白金などの金属を検知極に用いた場合とは異なり、被検液やキャリア溶液に溶存する酸素の還元が生じないという作用を有する。すなわち、白金をはじめとする金属を検知極に用いると、その金属自身の酸化物が還元される際の電流や溶存酸素が還元される電流が、過酸化水素が還元される電流と同じ電位域で流れるため、過酸化水素の還元による電流のみを分離して測定することができない。このような理由から、従来の過酸化水素の電気化学的定量法においては、標的物質の酵素反応によって生じた過酸化水素の電気化学反応で生じる電流値から標的物質を定量する場合に、過酸化水素の還元電流を用いることは好ましくなく、実用化されているセンサや装置においても過酸化水素の還元反応は利用されていない。しかし、本発明によれば、過酸化水素の還元が生じる電位域で、検知極材料自身に由来する酸化物などの還元や溶存酸素の還元による電流を生じないため、検知極材料自身の反応や溶存酸素の還元による妨害を受けない。これは本発明において見いだされた非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層で過酸化水素を還元するという方法でのみ可能な特質的な挙動である。 また、キャリア溶液にアジ化ナトリウムのような防腐剤が含まれている場合にも、本発明によれば非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した検知極を用いていることで、過酸化水素が還元される電位域においてはアジ化物イオン(N3−)の還元は生じない。すなわち、本発明の過酸化水素の電気化学的定量法では、検知極はアジ化物イオンの還元に対する触媒性がないため、アジ化ナトリウムのような防腐剤を使用する場合も、過酸化水素の還元には全く影響がないという作用を有する。 本発明の過酸化水素の電気化学的定量法では、まず尿、唾液、血液などの生体液や、食品の生成液、分解液、抽出液や、調理品、調理過程品とその抽出液や、医薬品を含有する溶液などの標的物質を含む被検液が採取され、これがキャリア溶液に混合されてセンサへ運ばれる。なお、標的物質が固体であってもこれを含む溶液を調製することは可能であり、したがって、上記の「標的物質を含む被検液」とは、標的物質がそれ単体で液体でなければならないこと意味したり、標的物質があらかじめ被検液に溶解または混合されていなければならないことを意味するのではなく、標的物質それ自身がキャリア溶液に直接溶解または混合可能であってもよい。また、上記においては、被検液をキャリア溶液に混合する前に、標的物質の定量を妨害する成分をあらかじめ取り除くような前処理を行ってもよい。このような前処理についてはすでに公知となっている種々の方法が応用できる。キャリア溶液は通常緩衝液を用いる。これは過酸化水素の還元には過酸化水素が溶存する溶液のpHが影響するためである。このような緩衝液は公知である種々の組成の水溶液を用いることができるが、例えばりん酸二水素カリウムとりん酸水素二ナトリウムを等モル混合した水溶液はpHがほぼ中性の緩衝液となり、本発明において標的物質または標的物質を含む被検液をセンサへ運ぶ工程で用いられるキャリア溶液の一例として使用することができる。さらに、本発明では、検知極の電位を制御するための参照極を備えたセンサを用いる場合には、この参照極の反応に必要な成分をキャリア溶液に添加する。例えば、参照極として銀−塩化銀電極を用いる場合には、この電極の電位を規定する反応に塩化物イオンが関与することから、キャリア溶液に例えば塩化カリウムを添加する。このような塩化カリウムの添加は、被検液に塩化物イオンが含まれる場合においても、キャリア溶液中の塩化物イオン濃度が常に一定に保たれ、それによって銀−塩化銀電極の電位が常に一定に保たれるようにするために有効である。銀−塩化銀電極以外の電極を参照極に使用する場合も、同様にして参照極の電位を規定する反応に必要な成分をキャリア溶液に添加する。 次に、キャリア溶液によってセンサへ運ばれた標的物質は酵素反応によって酸化され、過酸化水素を生成し、さらに過酸化水素は検知極での電気化学反応によって還元される。これらの反応は、例えば、以下のようなセンサを構成することで可能である。センサには、基体上に検知極と対極、または検知極と対極と参照極が形成され、さらに少なくとも検知極上には過酸化水素を酸化する酵素を含んだ酵素膜が形成される。また、少なくとも検知極上に形成された酵素膜と検知極との間に、検知極での過酸化水素の還元電流の正確な測定を妨害する成分の透過を抑制し、過酸化水素のみが検知極に到達する目的で用いられる選択透過膜を配置してもよい。酵素膜や選択透過膜には、標的物質の定量を目的とするセンサに使用されているような種々の公知の材料や構成を用いることが可能であり、さらにそのような公知の材料や構成ではなくとも、酵素膜は標的物質の酸化酵素を備えるとともに、キャリア溶液が浸透し酵素反応で生成する過酸化水素が検知極へ到達することを可能とするような機能を有するものであればよく、またさらに選択透過膜は酵素膜で生成した過酸化水素のみが検知極へ至るように過酸化水素以外の物質の通過を抑制する機能を有するものであればよい。このような一例として、標的物質がグルコースである場合には、酵素膜としてはグルコース酸化酵素を牛血清アルブミンに担持させたものや、さらにグルタルアルデヒドのような架橋剤や緩衝液をこれに加えて酵素膜溶液とし、この溶液をドロップ法などで酵素膜として形成したものなどが用いられる。また、過酸化水素を選択的に検知極へ透過させるための選択透過膜には、例えば、酢酸セルロースやその誘導体、パーフルオロスルホン酸を含む陰イオン交換樹脂、牛血清アルブミンなどを材料とし、これを架橋剤とともに脱イオン水に混合した選択透過膜溶液を調製して、酵素膜と同様な方法で形成したものが用いられる。さらに、酵素膜や選択透過膜が容易に基体から剥離しないように、基体にシラン化処理のような表面処理を行ってもよい。また、標的物質以外の物質がキャリア溶液によって酵素膜内に浸透することを防止・抑制する機能を有する制限透過膜を酵素膜上に形成してもよい。 センサの基体としては、検知極と対極、もしくは検知極と対極と参照極が基体によって短絡しないような材質・形状のものを使用し、例えばアルミナ、窒化珪素などのセラミックスや、ガラス、石英、ダイアモンド、酸化シリコンを形成したシリコン、樹脂などが板状、円筒状、棒状などの形状で用いることができるが、特にこれらに限定されるものではない。 本発明のセンサには、非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した検知極が用いられる。この検知極は非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層単独か、または基体上に導電層を形成し、その上に非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成する構成などが利用できる。例えば、チタンや白金などからなる導電層をまず基体上に形成し、その導電層上に触媒層を形成して導電層を検知極の電位または検知極と対極の間の電圧を制御する装置へのリードとして用いることができる。また、例えば触媒層単独の場合には、酵素膜からはずれた触媒層の部分にキャリア溶液との接触を防止するような手段、例えば絶縁性物質によるマスキングを行うことなどによって、これを検知極の電位または検知極と対極の間の電圧を制御する装置へのリードとして用いることができる。非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層は、熱分解法、物理蒸着法、化学蒸着法、電気化学的酸化法、ゾル−ゲル法、電析法など種々の公知の方法によって作製することができる。この際、あらかじめ非晶質の酸化イリジウムを粒子状や粉末状に作製して、これを単独または他の成分とともに混合してから公知の方法により触媒層として基体上または導電層上に形成したり、熱分解法のようにイリジウム化合物を溶解した前駆体溶液を基体上または導電層上に塗布して加熱し、非晶質の酸化イリジウムまたは非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を直接基体上または導電層上に形成することができる。 ここで、アルミナ板を基体として熱分解法により非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を検知極として形成する方法を例としてさらに説明する。塩化イリジウム酸六水和物(H2IrCl6・6H2O)をイリジウムの金属換算で70g/Lとして1−ブタノールに溶解して前駆体溶液を調製し、これをアルミナ板上に塗布してから電気炉内で加熱して熱分解する。ここで、熱分解時の温度が、例えば340〜380℃であれば非晶質の二酸化イリジウムからなる触媒層がアルミナ板上に形成される。また、熱分解時の温度が、380℃よりも高く440℃よりも低い場合には、結晶質と非晶質の二酸化イリジウムが混在する触媒層がアルミナ上に形成される。一方、熱分解時の温度が、例えば440℃〜600℃であれば結晶質の二酸化イリジウムのみからなる触媒層がアルミナ上に形成され、600℃よりも高い温度で熱分解すると結晶質の二酸化イリジウムとともに金属イリジウムが共析した触媒層が形成される場合があり、このような結晶質のみの二酸化イリジウムからなる触媒層や結晶質の二酸化イリジウムに金属イリジウムが共析した触媒層が形成される温度は、本発明の過酸化水素の電気化学的定量法に使用する検知極の触媒層を作製する条件としては不適である。ただし、上記の熱分解法の場合、二酸化イリジウムが非晶質となる温度は、使用するイリジウム化合物の種類、前駆体溶液に用いる溶媒の種類、さらにイリジウム化合物の熱分解を促進または遅らせるような作用を有する添加剤が前駆体溶液に存在するかどうかや添加剤がある場合はその濃度などによって変化するため、上記温度は本発明を達成するための非晶質の酸化イリジウムからなる触媒層を形成した検知極の作製に関する一例である。 また、上記の例において、塩化イリジウム酸六水和物とともに五塩化タンタル(TaCl5)をイリジウムとタンタルのモル比が80:20となるように1−ブタノールに溶解し、これを前駆体溶液としてアルミナ板上に塗布してから熱分解すると、二酸化イリジウムと五酸化二タンタルから構成される触媒層がアルミナ板上に形成される。例えば、熱分解時の温度が400℃であれば結晶質と非晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルからなる触媒層がアルミナ板上に形成され、360℃であれば非晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルからなる触媒層がアルミナ板上に形成される。一方、熱分解時の温度が470℃であれば結晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルからなる触媒層がアルミナ上に形成されるため、本発明の過酸化水素の電気化学的定量法に使用する検知極の触媒層を作製する条件としては不適である。ただし、上記の場合にも、二酸化イリジウムが非晶質となる温度は、使用するイリジウム化合物やタンタル化合物の種類、前駆体溶液に用いる溶媒の種類、さらにイリジウム化合物の熱分解を促進または遅らせるような作用を有する添加剤が前駆体溶液に存在するかどうかや添加剤がある場合はその濃度などによって変化するため、上記温度は本発明を達成するための非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した検知極の作製に関する一例である。 基体上または導電層上に形成された触媒層中の非晶質の酸化イリジウムの存在は、一般的に知られたX線回折法によって知ることができる。例えば、触媒層のX線回折像において二酸化イリジウムの回折ピークが見られないか、または結晶質の二酸化イリジウムの回折ピークが生じるべき2θ値付近においてブロードな回折線が見られることによって、非晶質の酸化イリジウムの存在を知ることができる。また、このようなブロードな回折線と結晶質の二酸化イリジウムの回折ピークがオーバーラップしている場合には、非晶質と結晶質の二酸化イリジウムが混在していることを知ることができる。このようなX線回折法での分析とともに、X線光電子分光法(XPS)でイリジウムと酸素の各元素に関する結合エネルギーを測定し、各元素の化学状態を分析することは、二酸化イリジウムの化学組成を知るために有用である。 センサの基体上に形成される対極には、白金などをはじめ過酸化水素を電気化学的に定量するためのセンサに使用されている金属、導電性セラミックなど種々の公知の材料を用いることができる。また、対極に非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した対極を用いることもできる。検知極と対極と参照極を備えたセンサの場合、参照極には例えば銀−塩化銀電極が用いられる。銀−塩化銀電極は基体上または導電層上に銀を形成し、その後塩化物イオンを含む水溶液中で銀を電気化学的に酸化するか、または銀の上に塩化銀を担持させることなどによって作製することができる。ただし、参照極は銀−塩化銀電極だけに限定されるものではなく、検知極の電位を制御する目的に適した電極であればよい。 本発明の過酸化水素の電気化学的定量法では、非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した電極を検知極として、検知極の電位を過酸化水素の還元が生じるように制御して検知極の電流を測定する。例えば、センサが検知極と対極と参照極を備えている場合、これらの電極を一般に知られたポテンショガルバノスタットまたは類似の機能を有する装置に接続し、参照極に対する検知極の電位を制御して、検知極では過酸化水素の還元反応、対極では酸化反応を生じさせ、検知極に流れる電流を測定する。検知極の電位は参照極に対して過酸化水素の還元が生じる電位に制御される。例えば、りん酸二水素カリウムとりん酸水素二ナトリウムを0.033mol/Lずつ蒸留水に混合して調製したキャリア溶液に塩化カリウムを0.05mol/L添加し、参照極に銀−塩化銀電極を用いる場合、非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した検知極での過酸化水素の還元は参照極に対して0.35Vよりも卑な電位において生じる。これよりも高い電位に制御すると過酸化水素は還元ではなく、酸化される。また、過酸化水素の還元は電位が卑になるほど反応に必要な過電圧が増加して促進され電流も増加するのが一般的であるが、あまり電位を卑にしすぎると過酸化水素だけでなくキャリア溶液に含まれる他の成分の還元反応が生じるため、このような反応を生じさせない範囲において制御すればよい。ただし、上記した検知極の電位は、キャリア溶液の組成や検知極の触媒層における非晶質の酸化イリジウム以外の成分の有無とその割合などによって変化する可能性があるため、一例として示したものである。 また、センサが参照極はなく検知極と対極を備えている場合は、例えば、これらの電極を一般に知られたポテンショガルバノスタットまたは類似の機能を有する装置に接続し、検知極と対極の間に印加する電圧を制御して、検知極では過酸化水素の還元反応、対極では酸化反応を生じさせ、検知極に流れる電流を測定する。このような場合、検知極と対極に印加する電圧と、適当な参照極に対する検知極の電位の関係をあらかじめ明らかにしておき、これを利用してセンサでは参照極を用いることなく、検知極と対極の間に印加する電圧を制御することによって、検知極を過酸化水素の還元が生じる電位に制御することが可能である。すなわち、センサが参照極はなく検知極と対極を備えている場合も、検知極と対極の間に印加する電圧で検知極の電位を制御することによって、検知極で過酸化水素の還元を生じさせることができる。この場合の検知極と対極の間に印加すべき電圧は、先の例にも示したように、検知極で過酸化水素の酸化は生じることなく過酸化水素の還元が生じ、また検知極でキャリア溶液に含まれる他の成分の還元反応が生じないような範囲に制御される。検知極と対極の間に印加される電圧は、検知極で起こる反応に対する過電圧、対極で生じる反応に対する過電圧、検知極および対極それぞれ自身のオーム損、キャリア溶液におけるオーム損、検知極と対極それぞれと検知極と対極の電圧を制御し検知極に流れる電流を測定する装置との間の接続におけるオーム損が少なくとも含まれる。したがって、検知極と対極の間に印加する電圧の範囲は、これらに応じて適切に選ばれる。また、その電圧の範囲は、キャリア溶液の組成や検知極の触媒層における非晶質の酸化イリジウム以外の成分の有無とその割合などによって変化する可能性があるため、これらに応じて適切に選択される。 キャリア溶液によってセンサに運ばれた標的物質から生じる過酸化水素の反応による検知極での電流を測定する場合、検知極での電流はキャリア溶液の送液方法や検知極での電位制御方法または検知極と対極の間に印加する電圧の制御方法によって違いが生じる。このような方法の一例としてフローインジェクション方式を用いることができる。例えば、あらかじめセンサに一定の流量でキャリア溶液を流しておき、検知極の電位を過酸化水素の還元が生じる値に設定してから、一定量の標的物質を含む被検液をキャリア溶液に注入し、検知極に流れる還元電流を測定する。この場合、通常、電流は時間に対してピークを与えるように変化し、このピーク電流から過酸化水素の濃度または標的物質の濃度を算出することが可能となる。また、標的物質を含む被検液のキャリア溶液への注入量を増やすか、注入を連続的に行うか、またはキャリア溶液の流量を遅くしたような場合には、検知極で測定される電流は最初大きな値を示したのち、時間に対して減衰するように変化する。これは、通常、検知極で反応する過酸化水素の拡散律速による減衰であり、電流が流れ始めた時から一定時間経過した時点での電流は、キャリア溶液中の標的物質の濃度および標的物質の酵素反応で生成した過酸化水素の濃度に依存する。上記の例では、いずれも検知極で測定されたピーク電流または一定時間経過した時点での電流と過酸化水素の濃度または標的物質の濃度との関係を示す検量線をあらかじめ作製しておくことで、これを用いて例えば生体液のような実際の測定対象における標的物質の濃度を定量することができる。また、検知極の電位については、一定電位で常に保持する方法や、キャリア溶液へ標的物質または標的物質を含む被検液を注入した後に電位を一定に保持する方法や、注入前に保持していた電位よりも卑な電位に変えて測定を行う方法などがある。過酸化水素の還元が生じている状態で検知極の電位を変化させることは好ましくないが、あらかじめキャリア溶液に標的物質または標的物質を含む被検液がない状態で一定電位に保持しておき、その状態で検知極で生じる電気二重層形成の電流を十分に減衰させて最小化・安定化しておき、次により卑な電位で一定に保持して標的物質から生成した過酸化水素を還元するような2段階の電位制御は、電気二重層形成の電流の影響を抑制する目的において有効である。 また、本発明の第2発明は、検知極と対極と参照極を使用し、参照極を塩化カリウム飽和溶液の銀―塩化銀電極として定められる検知極の電位が+0.35V〜−0.6Vの範囲となるように検知極の電位を制御することを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法である。ここで、「参照極を塩化カリウム飽和溶液の銀―塩化銀電極として定められる検知極の電位が+0.35V〜−0.6Vの範囲」とは、センサで使用される参照極が塩化カリウム飽和溶液を用いる銀−塩化銀電極に限定されるということではない。塩化カリウム飽和溶液以外の塩化カリウム濃度の水溶液に接触している銀−塩化銀電極や、銀−塩化銀電極以外の電極を参照極に用いることが可能であり、その場合その参照極と塩化カリウム飽和溶液に浸漬した銀−塩化銀電極の電位の違いを+0.35Vおよび−0.6Vの値に補正すればよい。すなわち、電極反応の電位とは基準とする反応の電位に対して定められる相対的な値であることから、上記のように「参照極を塩化カリウム飽和溶液の銀−塩化銀電極として定められる検知極の電位」という表現は、実際に使用される参照極が塩化カリウム飽和溶液に接触している銀−塩化銀電極に限定されることを意味するものではない。 参照極を塩化カリウム飽和溶液の銀―塩化銀電極として定められる検知極の電位が、+0.35V〜−0.6Vの範囲となるように検知極の電位を制御することで、過酸化水素の酸化を防止し、かつキャリア溶液の分解を抑制するという作用を有する。この際、検知極の電位が+0.35Vよりも貴になると過酸化水素は還元ではなく、酸化される電位となるため不適であり、また検知極の電位が−0.6Vよりも卑になると、検知極と対極の間の電位差が大きくなるとともに、キャリア溶液の分解を生じるため好ましくない。また、検知極の電位は、塩化カリウム飽和溶液の銀―塩化銀電極を基準として+0.2V〜−0.4Vの範囲がより好適である。この範囲では、過酸化水素の濃度に対応した安定な還元電流が得られるとともに、被検液中に含まれる他の成分が反応して過酸化水素の還元に与える影響が極めて小さくなるという作用を有する。例えば、標的物質が生体液中のグルコースである場合、キャリア溶液にはグルコースとともに生体液にもともと含まれる尿酸やアスコルビン酸などの成分が共存する可能性がある。これらの成分は標的物質であるグルコースの正確な定量を妨害する妨害成分であり、通常このような成分が検知極に到達することを防ぐために、検知極と酵素膜の間に過酸化水素のみを透過させることを目的とした選択透過膜を配置したり、酵素膜上に標的物質以外の成分の透過を制限することを目的とした制限透過膜を配置したりする。本発明によれば、このような選択透過膜や制限透過膜の機能が低下した場合にも、本発明の過酸化水素の還元を生じさせる検知極の電位範囲では、妨害成分の還元反応による過酸化水素の還元電流への影響が効果的に抑制されるという作用を有する。 また、本発明の第3発明は、検知極と対極を使用し、検知極の電位が塩化カリウム飽和溶液の銀−塩化銀電極に対して+0.35V〜−0.6Vの範囲となるように検知極と対極の間の電圧を制御することを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法である。検知極と対極を使用し、参照極を使用しないため、センサにおける電極数が少なく、センサの構成が簡素化され、かつセンサをよりコンパクトにできるという作用を有する。検知極と対極を用いる場合においても、検知極の電位を塩化カリウム飽和溶液の銀−塩化銀電極を基準として+0.35V〜−0.6Vの範囲となるように検知極と対極の間に印加する電圧を制御することによって、過酸化水素の酸化を防止し、かつキャリア溶液の分解を抑制するという作用を有する。検知極と対極の間の電圧を制御した結果、検知極の電位が塩化カリウム飽和溶液の銀−塩化銀電極を基準として+0.35Vよりも貴になると過酸化水素は還元ではなく、酸化されるため不適である。また、同じく電圧制御の結果、塩化カリウム飽和溶液の銀−塩化銀電極を基準とした検知極の電位が−0.6Vよりも卑になると、検知極と対極の間の電位差が大きくなるとともに、キャリア溶液の分解を生じるため好ましくない。 なお、すでに述べたが、あらかじめ検知極と対極に間に印加する電圧と塩化カリウム飽和溶液の銀−塩化銀電極に対する検知極の電位との関係を明らかにしておくことによって、検知極と対極に間に印加する電圧を制御することで検知極の電位を制御することが可能である。検知極と対極の間には、検知極の電位が塩化カリウム飽和溶液の銀―塩化銀電極を基準として+0.2V〜−0.4Vの範囲となるような電圧を印加することがより好適である。この範囲では、過酸化水素の濃度に対応した安定な還元電流が得られるとともに、被検液中に含まれる他の成分が反応して過酸化水素の還元に与える影響が極めて小さくなるという作用を有する。例えば、標的物質が生体液中のグルコースである場合、キャリア溶液にはグルコースとともに生体液にもともと含まれる尿酸やアスコルビン酸などの成分が共存する可能性がある。これらの成分は標的物質であるグルコースの正確な定量を妨害する妨害成分であり、通常このような成分が検知極に到達するのを防ぐために、検知極と酵素膜の間に過酸化水素のみを透過させることを目的とした選択透過膜を配置したり、酵素膜上に標的物質以外の成分の透過を制限することを目的とした制限透過膜を配置したりする。本発明によれば、このような選択透過膜や制限透過膜の機能が低下した場合にも、本発明の過酸化水素の還元を生じさせる検知極の電位範囲となるように検知極と対極の間の電圧を制御することで、妨害成分の還元反応による過酸化水素の還元電流への影響が効果的に抑制されるという作用を有する。 また、本発明の第4発明は、触媒層が非晶質の二酸化イリジウム、または非晶質と結晶質の二酸化イリジウムから構成される検知極を用いることを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法である。熱分解法、物理蒸着法、化学蒸着法、電解法などの公知の様々な方法よって非晶質の二酸化イリジウム、または非晶質と結晶質の二酸化イリジウムから構成される触媒層を作製することが可能であるが、非晶質の二酸化イリジウムを含む触媒層は、過酸化水素の還元に対して特に触媒性が高く、過酸化水素に対する感度を向上できる作用を有する。さらに、非晶質と結晶質の二酸化イリジウムで触媒層を形成すると、結晶質の二酸化イリジウムは過酸化水素の還元に対する触媒性に劣るが、結晶質の二酸化イリジウムが非晶質の二酸化イリジウムを検知極の基体または導電層に強く固定するアンカー効果を有することで、触媒層と基体または導電層との密着性が向上するという作用を有する。 また、本発明の第5発明は、触媒層が非晶質の二酸化イリジウムまたは非晶質と結晶質の二酸化イリジウムと、タンタル、チタン、ニオブ、ジルコニウム、タングステンから選ばれた少なくとも1つ以上の金属の酸化物から構成される検知極を用いることを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法である。非晶質の二酸化イリジウムまたは非晶質と結晶質の二酸化イリジウムと、タンタル、チタン、ニオブ、ジルコニウム、タングステンから選ばれた少なくとも1つ以上の金属の酸化物が混合された触媒層を検知極に用いることで、混合された金属酸化物は過酸化水素や妨害成分の還元反応には関与せず、触媒層中で非晶質の二酸化イリジウムと検知極の基体または導電層を強く密着させ、かつ触媒層自体を緻密にするバインダーとしての役割を果たし、非晶質の二酸化イリジウムの消耗や触媒層からの剥離や脱落を抑制するという作用を有する。 また、本発明の第6発明は、触媒層が非晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタル、または非晶質と結晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルから構成される検知極を用いることを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法である。非晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルが混合された触媒層を検知極に用いると、非晶質の五酸化二タンタルは過酸化水素や妨害成分の還元反応には関与せず、触媒層中で非晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルは互いに偏析することなく平均的に混在する緻密な混合物を形成するため、触媒層を検知極の基体または導電層に特に強く密着させ、非晶質の二酸化イリジウムの消耗や触媒層からの剥離や脱落をより効果的に抑制することができるとともに、触媒層の量と厚みを低減することができるという作用を有する。また、非晶質と結晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルが混合された触媒層を検知極に用いると、結晶質の二酸化イリジウムによるアンカー効果と非晶質の五酸化二タンタルによる上記の効果によって、触媒層を検知極の基体または導電層に密着させる作用がより強力になり、二酸化イリジウムの消耗や触媒層からの剥離や脱落をさらに効果的に抑制することができるとともに、触媒層の量と厚みをさらに低減することができるという作用を有する。また、五酸化二タンタルは触媒層中における二酸化イリジウムの分散性を高めるとともに、二酸化イリジウムの非晶質化を促進する作用を有し、または二酸化イリジウムのナノ粒子を触媒層中に形成させる作用を有することから、過酸化水素の還元に対する感度を向上させ、かつ二酸化イリジウム単独の場合に比べてバインダー的な作用で触媒層の緻密性を向上させる。 また、本発明の第7発明は、非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した対極を用いることを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法である。検知極だけでなく、対極に非晶質の酸化イリジウムを用いることによって、対極に白金などの他の材料を用いた場合に生じるアジ化物イオンの酸化のような妨害成分の反応が抑制されることで、対極で通電を阻害する要因を排除できるという作用を有し、これによって対極が原因で検知極に流れる電流が過酸化水素の濃度に比例した値にならないといった問題を防止できるという作用を有する。 この他、本発明は、触媒層の二酸化イリジウムが40モル%から99モル%、五酸化二タンタルが60モル%から1モル%であることを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法とすることが好ましい。二酸化イリジウムが40モル%から99モル%、五酸化二タンタルが60モル%から1モル%の範囲である触媒層は、過酸化水素に対する感度が高く、妨害成分の反応が効果的に抑制されて過酸化水素の還元に対する影響がなく、また触媒層が検知極の基体または導電層に強く密着して、非晶質の二酸化イリジウムの消耗や剥離や脱落がより効果的に抑制されるという作用を有する。二酸化イリジウムが40モル%よりも小さく、五酸化二タンタルが60モル%よりも大きくなると、非晶質の二酸化イリジウムによる作用が十分に得られなくなるため好ましくなく、二酸化イリジウムが99モル%よりも大きく、五酸化二タンタルが1モル%よりも小さくなると、五酸化二タンタルによる作用が十分に得られなくなるため好ましくない。 また、本発明は、標的物質をセンサへ運ぶキャリア溶液に防腐剤が入っていることを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法とすることが好ましい。キャリア溶液はセンサに直接接触し、センサを構成している酵素膜内に浸透する。ここで標的物質を含む被検液を混合したキャリア溶液中の雑菌やカビを無くすことは実質的に不可能であるため、雑菌やカビは酵素などを餌として繁殖する可能性がある。これが原因となって、酵素膜で標的物質を酵素反応によって酸化し、過酸化水素を生成する効率が低下して検知極で測定される電流が小さくなったり、キャリア溶液の変質を生じて参照極の電位を一定に保つことができなくなるために過酸化水素の定量を正確に行うことができなくなることから、キャリア溶液に防腐剤を添加することによってこれらの問題を抑制することが可能となる。ここで防腐剤としては例えばアジ化ナトリウムが用いられる。アジ化ナトリウムは極めて低濃度でもキャリア溶液に必要とされる抗菌性や防カビ性が得られるとともに、安価であることから好ましい。また、本発明の過酸化水素の電気化学的定量法によれば、アジ化ナトリウムの添加によってキャリア溶液中に生じるアジ化物イオンは検知極で酸化、還元のいずれも反応を生じないことから好適である。なお、アジ化ナトリウムを防腐剤の一例として示したが、特にこれに限定されるものではない。そのような防腐剤は、例えば特許文献10や特許文献11に開示されている。 以上のように、本発明によれば、検知極での過酸化水素の電気化学反応によって酸素を生成することがないため、連続的にもしくは高濃度の過酸化水素を定量する場合も感度の低下がなく、また繰り返しの測定において以前の測定履歴による感度への影響がないことから、過酸化水素を高い感度で測定することが可能で、繰り返し測定しても結果に対する高い再現性や信頼性を維持できるという効果が得られる。 また、本発明によれば、被検液やキャリア溶液に含まれる溶存酸素による反応も生じることがなく、溶存酸素の濃度変化の影響がなく、また溶存酸素濃度を維持するために溶存酸素を生成するための補助電極をセンサに設ける必要もないことから、過酸化水素の定量に対する信頼性が向上し、かつ必要最小限の電極数でセンサを構成できるのでセンサの構造が簡単でその作製が複雑にならず、補助電極を用いる場合に対して製造コストも削減できるという効果が得られる。 また、本発明によれば、検知極が過酸化水素の反応に対して化学的に安定であり、検知極材料自身が酸化や還元されることがないため、検知極の交換、もしくはセンサ全体の交換が頻繁に必要ではなく、長期的な使用においても保守が簡単であるので使用者の負担が軽減され、かつ保守に係る費用も削減できるという効果が得られる。 また、本発明によれば、被検液中に含まれていて過酸化水素の電気化学反応を直接妨害したり、過酸化水素の電気化学反応のみに依存する電流の測定を妨害するような妨害成分の影響が抑制されることから、被検液からあらかじめ妨害成分を取り除く処理が不要または簡単になり、このような処理に係る時間と費用が削減されるとともに、従来使用されている安価で低濃度でも効果を発揮する防腐剤をそのまま使用することができ、標的物質の電気化学的定量を行うセンサや装置の大幅な仕様変更や改良が不要であり、高感度で安定に標的物質を定量することができるセンサや装置の開発が可能になるという効果が得られる。 また、本発明によれば、高い感度を長期的に安定に維持することが可能で、センサの煩雑な較正が必要ではないことから、使用者の負担を軽減し、より使いやすくまたよりメンテナンスコストの低い標的物質の定量が可能になるという効果が得られる。 また、本発明によれば、これまで過酸化水素を分光分析のような電気化学分析以外で定量して標的物質の濃度を決定していたような標的物質に対しても応用が可能となることで、分光分析のような大型の装置が不要となり、かつ過酸化水素の定量にかかる時間が大幅に短縮されるため、より簡便にかつより短時間で、酵素反応で過酸化水素を発生する標的物質の定量が可能になるという効果が得られる。検知極の電位が+0.1Vでの過酸化水素の還元電流密度と濃度の関係図である。検知極の電位が0Vでの過酸化水素の還元電流密度と濃度の関係図である。過酸化水素の感度を比較した図である。アスコルビン酸共存下での過酸化水素の還元電流密度を示す図である。尿酸共存下での過酸化水素の還元電流密度を示す図である。 まず、触媒層の材料を変えて過酸化水素を定量した結果について説明する(実施例1、実施例2、比較例1および比較例2)。[実施例1] 導電層を模擬したチタン板をアセトン中で超音波洗浄し、さらに10重量%しゅう酸溶液に90℃で60分間浸漬して、表面をエッチング処理した後、蒸留水で洗浄して乾燥した。次に、濃塩酸を6%添加した1−ブタノール溶液に、五塩化タンタルと塩化イリジウム(IV)酸六水和物を溶解して触媒層の前駆体溶液を調製した。前駆体溶液中のイリジウムとタンタルのモル比は80:20、イリジウムとタンタルの合計濃度が金属換算で70g/Lとした。この前駆体溶液をチタン板上に塗布し、その後電気炉で360℃、20分間加熱して前駆体溶液を熱分解した。この塗布と熱分解を5回繰り返してチタン板上に触媒層を形成した。得られた触媒層をX線回折装置で分析した結果、結晶質の二酸化イリジウムや結晶質の五酸化二タンタルに対して回折ピークを生じる2θ値にはピークは見られなかった。また、XPSによる分析の結果から、触媒層に二酸化イリジウムと五酸化二タンタルの存在が明らかとなり、得られた触媒層が非晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルの混合物からなることを確認した。このように触媒層を形成したチタン板を検知極とし、対極に白金板、参照極に塩化カリウム飽和溶液に浸漬した銀−塩化銀電極を用いた3電極式の測定セルを組み立てた。 次に、りん酸二水素カリウムとりん酸水素二ナトリウムを0.033mol/Lずつ蒸留水に混合してpHがほぼ中性の緩衝液を調製し、これに塩化カリウムを0.05mol/L添加した溶液をキャリア溶液の模擬液として、この溶液に検知極と対極を浸漬した。なお、このキャリア溶液と参照極の塩化カリウム飽和溶液は塩橋で接続した。また、検知極とキャリア溶液の接触面積は1cm×1cmとなるように規制した。 キャリア溶液中およびキャリア溶液に過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を1〜3mmol/Lとした溶液中で、走査速度5mV/sでサイクリックボルタモグラムを測定した。まず、キャリア溶液で得られたサイクリックボルタモグラムには電気二重層の充電に伴う電流のみが観察され、触媒層に起因する酸化反応や還元反応を示す酸化波や還元波は見られなかったことから、キャリア溶液中で触媒層の酸化や還元が生じていないことが判った。ただし、サイクリックボルタモグラムの電位走査範囲が−0.6Vよりも卑な値になると、キャリア溶液の分解による還元電流が見られたため、−0.6Vよりも卑な電位で過酸化水素の還元電流を測定することは好ましくないことも判った。次に、キャリア溶液に過酸化水素を添加した溶液では、キャリア溶液で得られたサイクリックボルタモグラムに対して、検知極の電位が+0.35Vから卑な電位域で過酸化水素の還元による電流の増加が見られた。また、+0.35Vよりも貴な電位域では過酸化水素の酸化による電流の増加も見られた。そこで、キャリア溶液と過酸化水素を添加したキャリア溶液のそれぞれで得られたサイクリックボルタモグラムについて、検知極の電位が+0.1Vと0Vでの還元電流密度を読み取り、過酸化水素を添加した溶液中での還元電流密度からキャリア溶液中での還元電流密度を差し引いてこれを過酸化水素の還元電流密度とした。 +0.1Vでの過酸化水素の還元電流密度と過酸化水素の濃度の関係を整理した結果、図1に示したように比例関係が得られ、0Vでの過酸化水素の還元電流密度と過酸化水素の濃度の関係を整理した結果、図2に示したように比例関係が得られた。なお、還元電流密度とは、検知極のキャリア溶液に対する接触面積あたりの還元電流である。このような測定を同時に作製した複数の検知極に対して行い、図1または図2に示したような比例関係を得て、その直線の傾きを算出して平均値を計算し、検知極の電位が+0.1Vと0Vのそれぞれの場合の平均値を過酸化水素に対する感度として図3に示した。後述する実施例2および比較例1との比較から、触媒層に非晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルとを含む実施例1での過酸化水素の感度は、実施例2に比べて高く、さらに比較例1に対しては検知極の電位が+0.1Vの場合に6.6倍、0Vの場合でも4倍高いことが判った。 さらに、キャリア溶液に過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を3mmol/Lとした溶液と、キャリア溶液に過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を3mmol/Lとし、かつアジ化ナトリウムを0.05%添加した溶液で、走査速度5mV/sでサイクリックボルタモグラムを測定した。これら2種類の溶液で得られたサイクリックボルタモグラムを比較した結果、アジ化ナトリウムを添加してもサイクリックボルタモグラムは一致し、アジ化ナトリウムが共存しても過酸化水素の還元電流密度には全く変化がないことが判った。[実施例2] 実施例1における熱分解温度を360℃から400℃に変えたことを除いて、実施例1と同じ方法で導電層を模擬したチタン板上に触媒層を形成した。得られた触媒層をX線回折装置で分析した結果、結晶質の五酸化二タンタルに対して回折ピークを生じる2θ値にはピークは見られなかったが、結晶質の二酸化イリジウムに対して回折ピークを生じる2θ値に弱い回折ピークとオーバーラップしたブロードな回折線が見られた。また、XPSによる分析の結果から、触媒層に二酸化イリジウムと五酸化二タンタルの存在が明らかとなり、得られた触媒層が非晶質と結晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルの混合物からなることを確認した。このように触媒層を形成したチタン板を検知極とし、実施例1に記した測定セル、キャリア溶液を用いて同じ条件で測定を行った。 キャリア溶液中およびキャリア溶液に過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を1〜3mmol/Lとした溶液中で、走査速度5mV/sでサイクリックボルタモグラムを測定した。まず、キャリア溶液で得られたサイクリックボルタモグラムには電気二重層の充電に伴う電流のみが観察され、触媒層に起因する酸化反応や還元反応を示す酸化波や還元波は見られなかったことから、キャリア溶液中で触媒層の酸化や還元が生じていないことが判った。次に、キャリア溶液に過酸化水素を添加した溶液では、キャリア溶液で得られたサイクリックボルタモグラムに対して、検知極の電位が+0.31Vから卑な電位域で過酸化水素の還元による電流の増加が見られた。そこで、キャリア溶液と過酸化水素を添加したキャリア溶液のそれぞれで得られたサイクリックボルタモグラムについて、検知極の電位が+0.1Vと0Vでの還元電流密度を読み取り、過酸化水素を添加した溶液中での還元電流密度からキャリア溶液中での還元電流密度を差し引いてこれを過酸化水素の還元電流密度とした。 +0.1Vでの過酸化水素の還元電流密度と過酸化水素の濃度の関係を整理した結果、図1に示したように比例関係が得られ、0Vでの過酸化水素の還元電流密度と過酸化水素の濃度の関係を整理した結果、図2に示したように比例関係が得られた。このような測定を同時に作製した複数の検知極に対して行い、図1または図2に示したような比例関係を得て、その直線の傾きを算出して平均値を計算し、検知極の電位が+0.1Vと0Vのそれぞれの場合の平均値を過酸化水素に対する感度として図3に示した。後述する比較例1との比較から、触媒層に非晶質と結晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルとを含む実施例2での過酸化水素の感度は、比較例1に対して検知極の電位が+0.1Vの場合に5.5倍、0Vの場合でも3.6倍高いことが判った。 さらに、キャリア溶液に過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を3mmol/Lとした溶液と、キャリア溶液に過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を3mmol/Lとし、かつアジ化ナトリウムを0.05%添加した溶液で、走査速度5mV/sでサイクリックボルタモグラムを測定した。これら2種類の溶液で得られたサイクリックボルタモグラムを比較した結果、アジ化ナトリウムを添加してもサイクリックボルタモグラムは一致し、アジ化ナトリウムが共存しても過酸化水素の還元電流密度には全く変化がないことが判った。(比較例1) 実施例1における熱分解温度を360℃から470℃に変えたことを除いて、実施例1と同じ方法で導電層を模擬したチタン板上に触媒層を形成した。得られた触媒層をX線回折装置で分析した結果、結晶質の五酸化二タンタルに対して回折ピークを生じる2θ値にはピークは見られなかったが、結晶質の二酸化イリジウムに対して回折ピークを生じる2θ値にシャープな回折ピークが見られた。また、XPSによる分析の結果から、触媒層に二酸化イリジウムと五酸化二タンタルの存在が明らかとなり、得られた触媒層が結晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルの混合物からなることを確認した。このように触媒層を形成したチタン板を検知極とし、実施例1に記した測定セル、キャリア溶液を用いて同じ条件で測定を行った。 まず、キャリア溶液中およびキャリア溶液に過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を1〜3mmol/Lとした溶液中で、走査速度5mV/sでサイクリックボルタモグラムを測定した。キャリア溶液で得られたサイクリックボルタモグラムには電気二重層の充電に伴う電流のみが観察され、触媒層に起因する酸化反応や還元反応を示す酸化波や還元波は見られなかったことから、キャリア溶液中で触媒層の酸化や還元が生じていないことが判った。次に、キャリア溶液に過酸化水素を添加した溶液では、キャリア溶液で得られたサイクリックボルタモグラムに対して、検知極の電位が+0.12Vから卑な電位域で還元電流が増加したが、この増加は実施例1や実施例2に比べて非常に小さかった。ただし、過酸化水素の濃度の増加とともに還元電流が増加したことから、この還元電流の増加は過酸化水素の還元と考えられた。そこで、キャリア溶液と過酸化水素を添加したキャリア溶液のそれぞれで得られたサイクリックボルタモグラムについて、検知極の電位が+0.1Vと0Vでの還元電流密度を読み取り、過酸化水素を添加した溶液中での還元電流密度からキャリア溶液中での還元電流密度を差し引いてこれを過酸化水素の還元電流密度とした。 +0.1Vでの過酸化水素の還元電流密度と過酸化水素の濃度の関係を整理した結果、図1に示したように比例関係が得られ、0Vでの過酸化水素の還元電流密度と過酸化水素の濃度の関係を整理した結果、図2に示したように比例関係が得られた。このような測定を同時に作製した複数の検知極に対して行い、図1または図2に示したような比例関係を得て、その直線の傾きを算出して平均値を計算し、その平均値を過酸化水素の感度として図3に示した。実施例1および実施例2でも述べたように、触媒層に結晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルとを含む比較例1での過酸化水素に対する還元電流密度および感度は実施例1および実施例2に比べて非常に小さかった。(比較例2) スクリーン印刷法によりアルミナ基板上に白金薄膜を形成し、アセトン中で超音波洗浄後、蒸留水で洗浄し、さらに0.5mol/Lの硫酸溶液に1分間浸漬してから、再度蒸留水で洗浄して乾燥させた。これを検知極とし、対極に白金板、参照極に塩化カリウム飽和溶液に浸漬した銀−塩化銀電極を用いた3電極式の測定セルを組み立てた。次に、りん酸二水素カリウムとりん酸水素二ナトリウムを0.033mol/Lずつ蒸留水に混合してpHがほぼ中性の緩衝液を調製し、これに塩化カリウムを0.05mol/L添加した溶液をキャリア溶液の模擬液として、この溶液に検知極と対極を浸漬した。なお、このキャリア溶液と参照極の塩化カリウム飽和溶液は塩橋で接続した。また、検知極とキャリア溶液の接触面積は1cm×1cmとなるように規制した。 キャリア溶液中で走査速度5mV/sでサイクリックボルタモグラムを測定した結果、検知極の電位が+0.35V付近からの還元電流の増加と+0.1V付近にピークを示す還元波が得られた。次に、キャリア溶液を窒素ガスでバブリングして十分に溶存酸素を除いてから走査速度5mV/sでサイクリックボルタモグラムを測定した結果、溶存酸素を除く前のサイクリックボルタモグラムに見られた還元電流の増加とピークを示す還元波がやはり見られたが、還元電流と還元波のピーク電流はともに溶存酸素を除く前のサイクリックボルタモグラムに比べて減少した。このような+0.35V付近からの還元電流の増加と+0.1V付近にピークを示す還元電流は、キャリア溶液に含まれる溶存酸素の還元と白金の酸化物の還元によるものであり、溶存酸素を除くとその還元電流が減少したことを示している。また、溶存酸素の還元電流は+0.35Vよりも卑な広い電位域で観察された。また、上記に示した+0.35Vよりも卑な電位で流れる還元電流は測定ごとに安定せず、キャリア溶液中の溶存酸素や白金上に形成されている白金の酸化物の量に依存して変化することが示された。 このように、検知極の材料を白金とした比較例2では、キャリア溶液中での還元電流が安定しないため、キャリア溶液に過酸化水素を添加した溶液で測定したサイクリックボルタモグラムでは、過酸化水素のみの還元に対する電流を分離することができず、過酸化水素の定量ができなかった。 続いて、妨害物質であるアスコルビン酸(実施例3)および尿酸(実施例4)を含むキャリア溶液を用いて過酸化水素を定量した結果について説明する。[実施例3] 実施例1と同じ方法で触媒層を形成したチタン板を検知極と対極に使用し、実施例1に記載の参照極を用いて3電極式測定セルを組み立てた。次に実施例1と同じキャリア溶液の模擬液に検知極と対極を浸漬した。また、実施例1と同じくキャリア溶液と参照極を塩橋で接続した。検知極とキャリア溶液の接触面積は1cm×1cmに規制した。キャリア溶液を撹拌子により回転数600rpmで撹拌する条件で、以下のようにしてクロノアンペロメトリーを行い、検知極の電位を−0.15Vに保持した条件で過酸化水素の還元電流を測定した。 まず、キャリア溶液のみの状態で電位を印加してから、時間約110sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を1mmol/Lとして電流を計測後、さらに時間約140sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を2mmol/Lとして再び電流を計測後、さらに時間約170sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を3mmol/Lとして再び電流を測定した。この結果、図4の波形1で示したように、過酸化水素の濃度に比例した還元電流密度が観察された。次に、10mmol/Lのアスコルビン酸を添加したキャリア溶液に電位を印加してから、時間約110sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を1mmol/Lとして電流を計測した結果、図4の波形2のように、アスコルビン酸を添加していない波形1の過酸化水素濃度が1mmol/Lでの還元電流密度と同じ値が得られた。次に、10mmol/Lのアスコルビン酸を添加したキャリア溶液に電位を印加してから、時間約140sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を2mmol/Lとして電流を計測した結果、図4の波形3のように、アスコルビン酸を添加していない波形1の過酸化水素濃度が2mmol/Lでの還元電流密度と同じ値が得られた。さらに、10mmol/Lのアスコルビン酸を添加したキャリア溶液に電位を印加してから、時間約170sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を3mmol/Lとして電流を計測した結果、図4の波形4のように、アスコルビン酸を添加していない波形1の過酸化水素濃度が3mmol/Lでの還元電流密度と同じ値が得られた。 このように本発明によれば、過酸化水素の検出を妨害するアスコルビン酸の影響を受けずに、過酸化水素を定量することができた。[実施例4] 実施例1と同じ方法で触媒層を形成したチタン板を検知極とし、実施例1に記載の3電極式測定セルを組み立てた。次に実施例1と同じキャリア溶液の模擬液に検知極と対極を浸漬した。また、実施例1と同じくキャリア溶液と参照極を塩橋で接続した。検知極とキャリア溶液の接触面積は1cm×1cmに規制した。キャリア溶液を撹拌子により回転数600rpmで撹拌する条件で、以下のようにしてクロノアンペロメトリーを行い、検知極の電位を−0.15Vに保持した条件で過酸化水素の還元電流を測定した。 まず、キャリア溶液のみの状態で電位を印加してから、時間約110sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を1mmol/Lとして電流を計測後、さらに時間約140sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を2mmol/Lとして再び電流を計測後、さらに時間約170sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を3mmol/Lとして再び電流を計測した。この結果、図5の波形5で示したように、過酸化水素の濃度に比例した還元電流密度が観察された。次に、1mmol/Lの尿酸を添加したキャリア溶液に電位を印加してから、時間約110sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を1mmol/Lとして電流を計測後、さらに時間約140sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を2mmol/Lとして再び電流を計測後、さらに時間約170sで過酸化水素水を添加して過酸化水素濃度を3mmol/Lとして再び電流を計測した結果、図5の波形6の結果が得られ、尿酸を添加していないとき(波形5)と同じ結果が得られた。 このように本発明によれば、過酸化水素の検出を妨害する尿酸の影響を受けずに、過酸化水素を定量することができた。 本発明は、尿、唾液、血液などの生体液や、食品の生成液、分解液、抽出液や、調理品、調理過程品とその抽出液や、医薬品などに含まれる標的物質を酸化酵素によって酸化した際に生成する過酸化水素の濃度およびこの過酸化水素の濃度から標的物質の濃度を決定する電気化学的定量法およびこれを用いるセンサや装置に利用することが可能である。また、尿、唾液、血液などの生体液や、食品の生成液、分解液、抽出液や、調理品、調理過程品とその抽出液や、医薬品などに含まれる標的物質を酸化酵素によって酸化した際に生成する過酸化水素を用いて、これを電気化学的に還元する以外の方法で過酸化水素または標的物質の定量を行う方法またはセンサや装置に替えて、電気化学的に過酸化水素を還元することで、過酸化水素の濃度や過酸化水素の濃度から標的物質の濃度を決定する電気化学的定量法として、またはこれを用いたセンサや装置に利用することが可能である。その利用用途には医療検査用、食品検査用、産業測定用、植物分析用、健康管理用などがあり、提供される形態としては携帯可能な小型用から病院・個別住宅・工場・研究所などに常設する中型または大型の装置に利用することが可能である。 センサへ運ばれた標的物質を酵素反応によって酸化して過酸化水素を生成する工程と、前記過酸化水素の電気化学反応で生じる電流を測定する工程とを含む過酸化水素の電気化学的定量法であって、 前記標的物質を運ぶ緩衝液を略中性とし、 非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した検知極で前記過酸化水素が還元される電流を測定することを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法。 検知極と対極と参照極を使用し、前記参照極を塩化カリウム飽和溶液の銀―塩化銀電極として定められる前記検知極の電位が+0.35V〜−0.6Vの範囲となるように前記検知極の電位を制御することを特徴とする請求項1に記載の過酸化水素の電気化学的定量法。 検知極と対極を使用し、前記検知極の電位が塩化カリウム飽和溶液の銀−塩化銀電極に対して+0.35V〜−0.6Vの範囲となるように前記検知極と前記対極の間の電圧を制御することを特徴とする請求項1に記載の過酸化水素の電気化学的定量法。 センサへ運ばれた標的物質を酵素反応によって酸化して過酸化水素を生成する工程と、前記過酸化水素の電気化学反応で生じる電流を測定する工程とを含む過酸化水素の電気化学的定量法であって、 前記標的物質を運ぶ緩衝液を略中性とし、 非晶質と結晶質の二酸化イリジウムを含む触媒層を形成した検知極で前記過酸化水素が還元される電流を測定することを特徴とする過酸化水素の電気化学的定量法。 前記触媒層が非晶質の二酸化イリジウムまたは非晶質と結晶質の二酸化イリジウムと、タンタル、チタン、ニオブ、ジルコニウム、タングステンから選ばれた少なくとも1つ以上の金属の酸化物から構成された検知極を用いることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の過酸化水素の電気化学的定量法。 前記触媒層が非晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタル、または非晶質と結晶質の二酸化イリジウムと非晶質の五酸化二タンタルから構成された検知極を用いることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の過酸化水素の電気化学的定量法。 非晶質の酸化イリジウムを含む触媒層を形成した対極を用いることを特徴とする請求項2または3に記載の過酸化水素の電気化学的定量法。


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