タイトル: | 公開特許公報(A)_悪臭抑制剤の探索方法 |
出願番号: | 2011126637 |
年次: | 2012 |
IPC分類: | C12Q 1/02,G01N 33/15,C12Q 1/66,C07K 14/705,C12N 15/09 |
加藤 綾 齋藤 菜穂子 JP 2012249614 公開特許公報(A) 20121220 2011126637 20110606 悪臭抑制剤の探索方法 花王株式会社 000000918 特許業務法人アルガ特許事務所 110000084 高野 登志雄 100077562 中嶋 俊夫 100096736 村田 正樹 100117156 山本 博人 100111028 加藤 綾 齋藤 菜穂子 C12Q 1/02 20060101AFI20121122BHJP G01N 33/15 20060101ALI20121122BHJP C12Q 1/66 20060101ALI20121122BHJP C07K 14/705 20060101ALN20121122BHJP C12N 15/09 20060101ALN20121122BHJP JPC12Q1/02G01N33/15 ZC12Q1/66C07K14/705C12N15/00 A 7 4 OL 14 4B024 4B063 4H045 4B024AA11 4B024BA63 4B024CA01 4B024DA02 4B024EA04 4B024GA11 4B024HA08 4B024HA11 4B063QA01 4B063QA05 4B063QA18 4B063QQ02 4B063QQ08 4B063QQ91 4B063QR41 4B063QR51 4B063QR77 4B063QR80 4B063QS28 4B063QS36 4B063QS39 4B063QX02 4H045AA10 4H045AA30 4H045BA09 4H045CA40 4H045DA50 4H045EA15 4H045EA60 4H045FA74 本発明は、悪臭抑制剤を探索する方法に関する。 我々の生活環境には、極性や分子量が異なる多数の悪臭分子が存在する。多様な悪臭分子を消臭するために、これまで様々な消臭方法が開発されてきた。一般的に消臭方法は、生物的方法、化学的方法、物理的方法、感覚的方法に大別される。悪臭分子の中で、極性の高い短鎖脂肪酸やアミン類については、化学的方法、すなわち中和反応による消臭が可能である。またチオールなどの硫黄化合物に関しては、物理的方法、すなわち吸着処理による消臭が可能である。しかし、中鎖・長鎖脂肪酸やスカトールなど、従来の消臭法では対応できない悪臭分子が数多く残されている。 日常生活において特に忌避される匂いとして糞便臭や口臭が挙げられる。これらの匂いの主な成分の1つはスカトールである。スカトール臭や糞便臭を消臭する手段としては、多孔質物質、アミノポリカルボン酸及び金属を含む組成物(特許文献1)、白金等の触媒を担持させた絹焼成体(特許文献2)、ならびにアリルヘプタノエート、エチルバニリン、メチルジヒドロジャスモネート、ラズベリーケトン又はオイゲノールを有効成分とする消臭剤(特許文献3)、アミルシンナミックアルデヒド、桂皮酸エチル、2-シクロヘキシルプロパナール(ポレナールII)、ゲラニルアセトン、ヘプタン酸シス-3-ヘキセニル、ヘキサン酸シス-3-ヘキセニル、2,2-ジメチルプロピオン酸 3-メチル-3-ブテニル(ロミラット)、メチルヘプテノン、バレンセン、ジメチルテトラヒドロベンズアルデヒド(トリプラール又はリグストラール)、シス−ジャスモン、アセチルセドレン、酢酸ベンジル、ゲラニオール、オレンジ回収フレーバー、及びフタバガキ科植物エキス等の芳香成分(特許文献3及び4)を使用する方法が知られている。 これらの従来の手段では、目的の悪臭物質を吸着・分解してその存在量を減少させるか又は芳香剤などにより消臭を行っている。しかし、悪臭物質を吸着・分解する方法は、悪臭物質減少までに時間を要するため即効性に欠ける。一方、芳香剤を使用する場合、芳香剤自体の匂いに対する不快感が生じたり、目的の悪臭物質以外の匂いも消されてしまう等の問題がある。 ヒト等の哺乳動物においては、匂いは、鼻腔上部の嗅上皮に存在する嗅神経細胞上の嗅覚受容体に匂い分子が結合し、それに対する受容体の応答が中枢神経系へと伝達されることにより認識されている。ヒトの場合、嗅覚受容体は387個存在することが報告されており、これらをコードする遺伝子はヒトの全遺伝子の約3%にあたる。 一般的に、嗅覚受容体と匂い分子は複数対複数の組み合わせで対応付けられている。すなわち、個々の嗅覚受容体は構造の類似した複数の匂い分子を異なる親和性で受容し、一方で、個々の匂い分子は複数の嗅覚受容体によって受容される。さらに、ある嗅覚受容体を活性化する匂い分子が、別の嗅覚受容体の活性化を阻害するアンタゴニストとして働くことも報告されている。これら複数の嗅覚受容体の応答の組み合わせが、個々の匂いの認識をもたらしている。 従って、同じ匂い分子が存在する場合でも、同時に他の匂い分子が存在すると、当該他の匂い分子によって受容体応答が阻害され、最終的に認識される匂いが全く異なることがある。このような仕組みを嗅覚受容体のアンタゴニズムと呼ぶ。この受容体アンタゴニズムによる匂いの変調は、香水や芳香剤等の別の匂いを付加することによる消臭方法と異なり、悪臭の認識を特異的に失くしてしまうことができ、また芳香剤の匂いによる不快感が生じることもないことから、好ましい消臭手段である。 嗅覚受容体アンタゴニズムのためには、目的の悪臭物質に対応する嗅覚受容体を同定し、且つ当該悪臭物質に対して有効な嗅覚受容体アンタゴニスト作用を示す物質を探索、同定しなければならないが、そのような探索は容易ではない。従来、匂いの評価は、専門家による官能試験によって行われてきた。しかし、官能試験には、匂いを評価できる専門家の育成が必要なことや、スループット性が低いなどの問題がある。特開2002-153545号公報国際公開第2005/007287号パンフレット特開2005-296169号公報特開2008-136841号公報 本発明は、嗅覚受容体の応答を指標として悪臭抑制剤を探索する方法を提供する。 本発明者は、スカトール等の悪臭原因物質に応答する嗅覚受容体を新たに同定することに成功した。さらに本発明者は、当該嗅覚受容体の応答を抑制する物質を、嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングにより悪臭を抑制する悪臭抑制剤として用いることができることを見出し、本発明を完成した。 すなわち、本発明は、以下を提供する。(1)以下の工程を含む悪臭抑制剤の探索方法: OR5P3、OR2W1、OR5K1及びOR8H1から選択される嗅覚受容体のいずれか1種に試験物質及び悪臭の原因物質を添加する工程; 当該悪臭の原因物質に対する当該嗅覚受容体の応答を測定する工程; 測定された応答に基づいて当該嗅覚受容体の応答を抑制する試験物質を同定する工程; 当該同定された試験物質を、悪臭抑制剤として選択する工程。(2)上記悪臭がスカトール臭又はインドール臭である、(1)記載の方法。(3)上記嗅覚受容体がOR5P3、OR5K1及びOR8H1から選択される(1)又は(2)記載の方法。(4)上記嗅覚受容体が、天然に嗅覚受容体を発現する細胞上又は嗅覚受容体を発現するように遺伝的に操作された組換え細胞上に発現された嗅覚受容体である、(1)〜(3)のいずれか1に記載の方法。(5)試験物質を添加しない嗅覚受容体の応答を測定する工程をさらに含む、(1)〜(4)のいずれか1に記載の方法。(6)上記試験物質を添加しない嗅覚受容体の応答に対して、試験物質を添加された嗅覚受容体の応答が80%以下に抑制されていれば、当該試験物質を悪臭抑制剤として選択する、(5)記載の方法。(7)上記受容体の応答を測定する工程が、レポータージーンアッセイによって行われる、(1)〜(6)のいずれか1に記載の方法。 本発明によれば、従来の消臭剤や芳香剤を用いる消臭方法において生じていた即効性の低さや芳香剤の匂いに基づく不快感等の問題を生じることがなく、悪臭を特異的に消臭することができる悪臭抑制剤を、効率よく探索することができる。嗅覚受容体のスカトールに対する応答。横軸は個々の嗅覚受容体、縦軸は応答強度を示す。種々の濃度のスカトールに対する嗅覚受容体の応答。エラーバー=±SE。スカトール及びインドールに対する嗅覚受容体の応答。試験物質によるスカトール臭抑制能の官能評価。n=4、エラーバー=±SE。試験物質による悪臭抑制効果の特異性。n=3、エラーバー=±SE。 本明細書において、匂いに関する用語「マスキング」とは、目的の匂いを認識させなくするか又は認識を弱めるための手段全般を指す。「マスキング」は、化学的手段、物理的手段、生物的手段、及び感覚的手段を含み得る。例えば、マスキングとしては、目的の匂いの原因となる匂い分子を環境から除去するための任意の手段(例えば、匂い分子の吸着及び化学的分解)、目的の匂いが環境に放出されないようにするための手段(例えば、封じ込め)、香料や芳香剤などの別の匂いを添加して目的の匂いを認識しにくくする方法、等が挙げられる。 本明細書における「嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキング」とは、上述の広義の「マスキング」の一形態であって、目的の匂い分子と他の匂い分子をともに適用することにより、当該他の匂い分子によって目的の匂い分子に対する受容体応答を阻害し結果的に個体に認識される匂いを変化させる手段である。嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングは、同様に他の匂い分子を用いる手段であっても、芳香剤等の、目的の匂いを別の強い匂いによって打ち消す手段とは区別される。嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングの一例は、アンタゴニスト(拮抗剤)等の嗅覚受容体の応答を阻害する物質を使用するケースである。特定の匂いをもたらす匂い分子の受容体にその応答を阻害する物質を適用すれば、当該受容体の当該匂い分子に対する応答が抑制されるため、最終的に個体に知覚される匂いを変化させることができる。 従って本発明は、悪臭抑制剤の探索方法を提供する。当該方法は、OR5P3、OR2W1、OR5K1及びOR8H1から選択される嗅覚受容体のいずれか1種に試験物質及び悪臭の原因物質を添加する工程;当該嗅覚受容体の応答を測定する工程;測定された応答に基づいて当該嗅覚受容体の応答を抑制する試験物質を同定する工程;及び、当該同定された試験物質を、悪臭抑制剤として選択する工程を含む。 本発明の方法においては、悪臭に応答する嗅覚受容体に、試験物質及び当該悪臭の原因物質が添加される。本発明の方法で使用される嗅覚受容体としては、OR2W1、OR5K1、OR5P3及びOR8H1から選択される嗅覚受容体のいずれか1が挙げられる。 OR2W1、OR5K1、OR5P3及びOR8H1は、ヒト嗅細胞で発現している嗅覚受容体であり、それぞれ、GenBankに GI:169234788、GI:115270955、GI:23592230、GI:52353290として登録されている。 OR2W1は、配列番号1で示される遺伝子配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。 OR5K1は、配列番号3で示される遺伝子配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。 OR5P3は、配列番号5で示される遺伝子配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。 OR8H1は、配列番号7で示される遺伝子配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号8で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。 また、本発明の方法に使用される嗅覚受容体としては、上記OR2W1、OR5K1、OR5P3及びOR8H1のアミノ酸配列に対して、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、スカトール、インドール等の悪臭に対する応答性を有するポリペプチドが挙げられる。本発明の方法では、当該嗅覚受容体のうちのいずれかを単独で使用してもよく、又は複数を組み合わせて使用してもよいが、OR5K1、OR5P3及びOR8H1から選択される嗅覚受容体を使用するのが好ましく、OR5P3を使用するのがより好ましい。 上記嗅覚受容体は、図1〜3に示すとおり、スカトール、インドール等の悪臭に対して応答を示すので、これらの受容体の応答を抑制する物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づくマスキングにより中枢における悪臭の認識に変化を生じさせ、結果としてスカトール、インドール等による悪臭を抑制することができる。このスカトール、インドールは、例えば糞便臭や口臭等として一般的に知られている匂い分子である。従って、本発明で使用される悪臭の原因物質としては、糞便臭及び口臭が好ましく、スカトール及びインドールがより好ましい。従って、本発明の方法で探索された悪臭抑制剤によって抑制される悪臭としては、糞便臭、口臭、スカトール臭、インドール臭等が挙げられる。 本発明の方法に使用される試験物質は、悪臭抑制剤として使用することを所望する物質であれば、特に制限されない。試験物質は、天然に存在する物質であっても、化学的又は生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよく、また化合物であっても、組成物若しくは混合物であってもよい。 本発明の方法において、試験物質と悪臭は同時に添加されても、任意の順序で添加されてもよい。 本発明の方法において、嗅覚受容体は、受容体の機能を失わない限り、任意の形態で使用され得る。例えば、嗅覚受容体は、生体から単離された嗅覚受容器若しくは嗅細胞等の天然に嗅覚受容体を発現する組織や細胞、又はそれらの培養物;当該嗅覚受容体を担持した嗅細胞の膜;当該嗅覚受容体を発現するように遺伝的に操作された組換え細胞又はその培養物;当該組換え細胞の膜;及び、当該嗅覚受容体を有する人工脂質二重膜、等の形態で使用され得る。これらの形態は全て、本発明で使用される嗅覚受容体の範囲に含まれる。 好ましい態様においては、嗅細胞等の天然に嗅覚受容体を発現する細胞、又は嗅覚受容体を発現するように遺伝的に操作された組換え細胞、あるいはそれらの培養物が使用される。当該組換え細胞は、嗅覚受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。 好適には、嗅覚受容体の細胞膜発現を促進するために、RTP1Sを受容体と共に遺伝子導入する。上記組換え細胞の作製に使用できるRTP1Sとしては、例えば、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sは、GenBankにGI:50234917として登録されている。ヒトRTP1Sは、配列番号9で示される遺伝子配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号10で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。また、ヒトRTP1Sの代わりに、ヒトRTP1Sのアミノ酸配列(配列番号10)に対して、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、ヒトRTP1Sと同様に、嗅覚受容体の膜における発現を促進するポリペプチドを使用してもよい。例えば、本明細書の実施例で使用されているRTP1S変異体は、配列番号11で示される遺伝子配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号12で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質であり、配列番号10で示されるアミノ酸配列と78.9%の配列同一性を有し、且つ嗅覚受容体の膜における発現を促進する機能を有し、上記組換え細胞の作製に使用することができる蛋白質である。あるいは、マウスRTP1S(Saito H., Chi Q., Zhuang H., Matsunami H., Mainland J.D. Sci Signal., 2009, 2:ra9)もまた、配列番号10で示されるアミノ酸配列と89%の配列同一性を有し、且つ嗅覚受容体の膜における発現を促進する機能を有し、上記組換え細胞の作製に使用することができる蛋白質である。 本明細書において、塩基配列及びアミノ酸配列の配列同一性は、リップマン−パーソン法(Lipman-Pearson法;Science, 227, 1435, (1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行なうことにより算出される。 本発明の方法によれば、試験物質及び悪臭の原因物質の添加に続いて、当該悪臭の原因物質に対する嗅覚受容体の応答が測定される。測定は嗅覚受容体の応答を測定する方法として当該分野で知られている任意の方法、例えば、カルシウムイメージング法等によって行えばよい。例えば、嗅覚受容体は、匂い分子によって活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させることが知られている(Mombaerts P. Nat Neurosci. 5. 263-278)。従って、匂い分子添加後の細胞内cAMP量を指標にすることで、嗅覚受容体の応答を測定することができる。cAMP量を測定する方法としては、ELISA法やレポータージーンアッセイ法等が挙げられる。 次いで、測定された嗅覚受容体の応答に基づいて、当該受容体の応答に対する試験物質の抑制効果を評価し、当該応答を抑制する試験物質を同定する。抑制効果の評価は、例えば、異なる濃度の試験物質を添加した場合に測定された悪臭原因物質に対する受容体の応答を比較することによって行うことができる。より具体的な例としては、より高濃度の試験物質添加群とより低濃度の試験物質添加群との間;試験物質添加群と非添加群との間;又は試験物質添加前後で、悪臭原因物質に対する受容体の応答を比較する。試験物質添加により、又はより高濃度の試験物質の添加により嗅覚受容体の応答が抑制される場合、当該試験物質を、当該嗅覚受容体の応答を抑制する物質として同定することができる。 例えば、試験物質添加群における受容体応答が対照群と比較して80%以下、好ましくは50%以下に抑制されていれば、当該試験物質を、悪臭抑制剤として選択することができる。本発明の方法に複数種の嗅覚受容体を用いた場合、用いた受容体のいずれか1つの応答が抑制されていればよいが、複数の受容体の応答が抑制されているのが好ましい。 上記の手順で同定された試験物質は、上記手順で使用された悪臭に対する嗅覚受容体の応答を抑制することによって、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づくマスキングにより中枢における当該悪臭の認識に変化を生じさせ、結果として当該悪臭を個体が認識できないようにすることができる物質である。従って、上記手順で同定された試験物質は、上記手順で使用された悪臭に対する悪臭抑制剤として選択される。 本発明の方法によって選択された悪臭抑制剤は、悪臭に対する嗅覚受容体の応答抑制に基づく嗅覚マスキングによって、当該悪臭を抑制するために使用することができ、また、当該悪臭を抑制するための化合物又は組成物の製造のために使用することができる。当該悪臭抑制用化合物又は組成物は、当該悪臭抑制剤に加えて、他の消臭効果を有する成分、又は消臭剤や防臭剤に使用される任意の成分、例えば、香料、粉末成分、液体油脂、固体油脂、ロウ、炭化水素、植物抽出物、漢方成分、高級アルコール類、低級アルコール類、エステル類、長鎖脂肪酸、界面活性剤(非イオン界面活性剤、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤等)、ステロール類、多価アルコール類、保湿剤、水溶性高分子化合物、増粘剤、皮膜剤、殺菌剤、防腐剤、紫外線吸収剤、保留剤、冷感剤、温感剤、刺激剤、金属イオン封鎖剤、糖分、アミノ酸類、有機アミン類、合成樹脂エマルジョン、pH調製剤、酸化防止剤、酸化防止助剤、油分、粉体、カプセル類、キレート剤、無機塩、有機塩色素、増粘剤、殺菌剤、防腐剤、防カビ剤、着色剤、消泡剤、増量剤、変調剤、有機酸、ポリマー、ポリマー分散剤、酵素、酵素安定剤等を、その目的に応じて適宜含有していてもよい。 上記悪臭抑制用化合物又は組成物に含有され得る消臭効果を有する他の成分としては、化学的又は物理的な消臭効果を有する公知の消臭剤が何れも使用できるが、例えば、植物の葉、葉柄、実、茎、根、樹皮等の各部位から抽出された消臭有効成分(例えば、緑茶抽出物);乳酸、グルコン酸、コハク酸、グルタン酸、アジピン酸、リンゴ酸、酒石酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、クエン酸、安息香酸、サリチル酸等の有機酸、各種アミノ酸およびこれらの塩、グリオキサール、酸化剤、フラボノイド類、カテキン類、ポリフェノール類;活性炭、ゼオライトなどの多孔性物質;シクロデキストリン類などの包接剤;光触媒;各種マスキング剤、等が挙げられる。 以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。実施例1 悪臭に応答する嗅覚受容体の同定(1)ヒト嗅覚受容体遺伝子のクローニング ヒト嗅覚受容体はGenBankに登録されている配列情報を基に、human genomic DNA female (G1521:Promega)を鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpENTRベクター(Invitrogen)にマニュアルに従って組込み、pENTRベクター上に存在するNot I、Asc Iサイトを利用して、pME18Sベクター上のFlag-Rhoタグ配列の下流に作成したNot I、Asc Iサイトへと組換えた。(2)pME18S-RTP1Sベクターの作製 ヒトRTP1Sはhuman RTP1遺伝子(MHS1010-9205862:Open Biosystems)を鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCRに用いるプライマーには、センス側にEcoR I、アンチセンス側にXho Iサイトを付加した。PCR法により増幅したhRTP1S遺伝子(配列番号9)をpME18SベクターのEcoR I、Xho Iサイトへ組込んだ。 同様の手順で、hRTP1S遺伝子(配列番号9)の代わりに、RTP1S変異体(配列番号12)をコードするRTP1S変異体遺伝子(配列番号11)をpME18SベクターのEcoR I、Xho Iサイトへ組込んだ。(3)嗅覚受容体発現細胞の作製 ヒト嗅覚受容体369種をそれぞれ発現させたHEK293細胞を作製した。表1に示す組成の反応液を調製しクリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(BD)の各ウェルに添加した。次いで、HEK293細胞(3×105細胞/cm2)を100μlずつ各ウェルに播種し、37℃、5%CO2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。(4)ルシフェラーゼアッセイ HEK293細胞に発現させた嗅覚受容体は、細胞内在性のGαsと共役しアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。本研究での匂い応答測定には、細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子(fluc2P-CRE-hygro)由来の発光値としてモニターするルシフェラーゼレポータージーンアッセイを用いた。また、CMVプロモータ下流にウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子を融合させたもの(hRluc-CMV)を同時に遺伝子導入し、遺伝子導入効率や細胞数の誤差を補正する内部標準として用いた。 上記(3)で作製した培養物から、培地をピペットマンで取り除き、CD293培地(Invitrogen)で調製した匂い物質(スカトール1mM)を含む溶液75μlを各ウェルに添加した。細胞をCO2インキュベータ内で4時間培養し、ルシフェラーゼ遺伝子を細胞内で十分に発現させた。ルシフェラーゼの活性測定には、Dual-GloTM luciferase assay system(promega)を用い、製品の操作マニュアルに従って測定を行った。匂い物質刺激により誘導されたホタルルシフェラーゼ由来の発光値を、匂い物質刺激を行わない細胞での発光値で割った値をfold increaseとして算出し、応答強度の指標とした。(5)結果 OR2W1、OR5K1、OR5P3及びOR8H1の4種類の嗅覚受容体がスカトールに対して応答を示した(図1)。これらはいずれも、スカトールに応答することが報告されていない新規のスカトール受容体である。 本実施例において、RTP1S変異体遺伝子(配列番号11)を導入した細胞においても、hRTP1S遺伝子(配列番号9)を導入した細胞と同様に良好な嗅覚受容体の発現が観察された。従って、RTP1S変異体(配列番号12)は、細胞膜における嗅覚受容体の発現を促進する働きを有するポリペプチドとして、hRTP1S(配列番号10)の代わりに使用することができる。実施例2 スカトール受容体の濃度依存性応答 実施例1と同様の手順で、嗅覚受容体OR2W1(配列番号2)、OR5K1(配列番号4)、OR5P3(配列番号6)及びOR8H1(配列番号8)をそれぞれRTP1S変異体(配列番号12)と共にHEK293細胞に発現させ、それらのスカトール(0、3、10、30、100、300、及び1000μM)に対する応答を調べた。その結果、いずれの嗅覚受容体もスカトールに対し濃度依存的な応答を示した(図2)。実施例3 受容体のスカトール及びインドール応答性 実施例2と同様の手順で、スカトール及びインドール(各々0、3、10、30、100、300、及び1000μM)に対する上記嗅覚受容体の応答を調べた。その結果、これらの受容体は、スカトールだけでなくインドールにも応答する傾向が見られた(図3)。実施例4 悪臭受容体アンタゴニストの同定 実施例1で同定されたスカトール受容体を対象としてアンタゴニストの探索を行った。 実施例2と同様の手順でHEK293細胞にそれぞれ発現させたOR2W1、OR5K1、OR5P3、及びOR8H1に対して、300μMスカトール刺激下で121種類の試験物質(100μM)を適用し、嗅覚受容体のスカトール応答を抑制するアンタゴニストの探索を行った。 試験物質による受容体応答の阻害率は、以下のとおり算出した。スカトール単独での匂い刺激により誘導されたホタルルシフェラーゼ由来の発光値(X)を、同じ受容体を導入しスカトール刺激を行わなかった細胞での発光値(Y)で引き算し、スカトール単独刺激による受容体活性(X−Y)を求めた。同様に、スカトールと試験物質との混合物での刺激による発光値(Z)を、スカトール刺激を行わない細胞での発光値(Y)で引き算し、試験物質添加時の受容体活性(Z−Y)を求めた。以下の計算式により、スカトール単独刺激による受容体活性(X−Y)に対する試験物質添加時の受容体活性(Z−Y)の低下率を算出し、試験物質による受容体応答阻害率を求めた。測定では、独立した実験を二連で複数回行い、各回の実験の平均値を得た。 阻害率(%)={1−(Z−Y)/(X−Y)}×100 結果、表2に示すように、OR8H1では43種類、OR5K1では38種類、OR5P3では42種類、OR2W1では42種類のアンタゴニストが見出された。実施例5 悪臭抑制能の官能評価試験 実施例4で同定したアンタゴニストの悪臭抑制能を、官能試験によって確認した。 ガラス瓶(柏洋硝子No.11、容量110ml)に綿球を入れ、悪臭としてプロピレングリコールで100000倍に希釈したスカトール、及び試験物質を綿球に20μl滴下した。ガラス瓶を一晩室温で静置し、匂い分子をガラス瓶中に十分揮発させた。官能評価試験はパネラー4名で行い、悪臭を単独で滴下した場合の匂いの強さを5とし、試験物質を混合した場合の悪臭の強さを0から10(0.5刻み)の20段階で評価した。 用いた試験物質は、以下のとおりである: 1−(2,3,4,7,8,8a−ヘキサヒドロ−3,6,8,8−テトラメチル−1H−3a,7−メタノアズレン−5−イル)−エタノン(アセチルセドレン); エチル 2−tert−ブチルシクロヘキシルカルボネート(フロラマット(登録商標)); オキサシクロヘキサデカン−2−オン(ペンタライド); (Z)−シクロヘプタデカ−9−エン−1−オン(シベトン); ドデカヒドロ−3a,6,6,9a−テトラメチル−ナフト[2.1−b]フラン(アンブロキサン(登録商標)); 1−(5,5−ジメチル−シクロヘキセン−1−イル)−4−ペンテン−1−オン(ダイナスコン(登録商標)); p−tert−ブチルシクロヘキサノール; γ−ウンデカラクトン; β−メチル−3−(1−メチルエチル)ベンゼンプロパナール(フロルヒドラール(登録商標)); 3,7−ジメチル−1−オクタノール(テトラヒドロゲラニオール); 1−(2,2−ジメチル−6−メチレンシクロヘキシル)−1−ペンテン−3−オン(γ−メチルヨノン); 3,7,11−トリメチル−1,6,10−ドデカトリエン−3−オール(ネロリドール); 3,7−ジメチル−6−オクテン−1−イルアセテート(シトロネリルアセテート) 8−シクロヘキサデカン−1−オン(グロバノン);及び、 トリシクロデセニルアセテート。 結果を図4に示す。OR2W1、OR5K1、OR5P3又はOR8H1に対するアンタゴニストの存在下でスカトール臭が抑制されることが明らかとなった。実施例6 悪臭抑制効果の特異性 実施例4で同定した受容体応答阻害活性を有する試験物質による悪臭抑制の特異性を調べるため、スカトールと構造の異なる悪臭であるヘキサン酸を用いて、同様の官能試験を行った。実験では、悪臭としてプロピレングリコールで100倍に希釈したヘキサン酸を用い、試験物質としてプロピレングリコールで100倍に希釈したメチルジヒドロジャスモネートを用いた。 試験の結果、メチルジヒドロジャスモネートによってスカトール臭は抑制された一方、ヘキサン酸の匂いは抑制されなかった(図5)。従って、アンタゴニストによる悪臭抑制効果は匂い特異的であることが示された。 以下の工程を含む悪臭抑制剤の探索方法: OR5P3、OR2W1、OR5K1及びOR8H1から選択される嗅覚受容体のいずれか1種に試験物質及び悪臭の原因物質を添加する工程; 当該悪臭の原因物質に対する当該嗅覚受容体の応答を測定する工程; 測定された応答に基づいて当該嗅覚受容体の応答を抑制する試験物質を同定する工程; 当該同定された試験物質を、悪臭抑制剤として選択する工程。 前記悪臭がスカトール臭又はインドール臭である請求項1記載の方法。 前記嗅覚受容体がOR5P3、OR5K1及びOR8H1から選択される請求項1又は2記載の方法。 前記嗅覚受容体が、天然に嗅覚受容体を発現する細胞上又は嗅覚受容体を発現するように遺伝的に操作された組換え細胞上に発現された嗅覚受容体である、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。 試験物質を添加しない嗅覚受容体の応答を測定する工程をさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。 前記試験物質を添加しない嗅覚受容体の応答に対して、試験物質を添加された嗅覚受容体の応答が80%以下に抑制されていれば、当該試験物質を悪臭抑制剤として選択する、請求項5記載の方法。 前記受容体の応答を測定する工程が、レポータージーンアッセイによって行われる、請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。 【課題】嗅覚受容体の応答を指標として悪臭抑制剤を探索する方法の提供。【解決手段】以下の工程を含む悪臭抑制剤の探索方法:OR5P3、OR5K1、OR2W1及びOR8H1から選択される嗅覚受容体のいずれか1種に試験物質及び悪臭の原因物質を添加する工程;当該悪臭の原因物質に対する当該嗅覚受容体の応答を測定する工程;測定された応答に基づいて当該嗅覚受容体の応答を抑制する試験物質を同定する工程;当該同定された試験物質を、悪臭抑制剤として選択する工程。【選択図】図4配列表