タイトル: | 公開特許公報(A)_材料表面のタンパク質吸着特性の制御方法 |
出願番号: | 2011012717 |
年次: | 2012 |
IPC分類: | G01N 33/543,G01N 33/53,G01N 37/00 |
山添 泰宗 JP 2012154715 公開特許公報(A) 20120816 2011012717 20110125 材料表面のタンパク質吸着特性の制御方法 独立行政法人産業技術総合研究所 301021533 山添 泰宗 G01N 33/543 20060101AFI20120720BHJP G01N 33/53 20060101ALI20120720BHJP G01N 37/00 20060101ALI20120720BHJP JPG01N33/543 525UG01N33/543 525WG01N33/53 DG01N37/00 101G01N37/00 102 8 OL 14 本発明は、基板表面又はマイクロ流路壁面のタンパク質の吸着特性の制御方法及び当該方法を利用して作製されたプロテインチップ又はマイクロ流路に関する。 基板上に複数種のDNAを並べたDNAチップが既に商品化され、迅速かつ網羅的な解析が可能なツールとして広く普及している。次のターゲットとして、複数種のタンパク質を基板上に並べたプロテインチップの普及が考えられている。生体内では、タンパク質、核酸、糖などの生体分子が相互作用することによって、様々な生命活動を営んでおり、プロテインチップを利用すれば、タンパク質とこれら生体分子との相互作用を網羅的に解析することが可能である。また、様々な抗体を配列した抗体チップを利用すれば、体液中に含まれる疾患に関連する分子(バイオマーカー)を検出し、病気の診断を行うこともできる。 プロテインチップを作製するためには、基板上の特定の位置にアレイ状にタンパク質を並べて固定化する必要があるため、基板表面とタンパク質との強い吸着性は重要である。一方で、プロテインチップを用いた評価においては、チップ上に固定化しておいたタンパク質と他のタンパク質などとの相互作用(特異的な吸着)を観察するため、チップ上のタンパク質を固定化していない領域への評価対象のタンパク質の非特異的な吸着は、正確な解析を妨げ、測定感度の低下をまねく。よって、プロテインチップ作製における基盤技術は、タンパク質の吸着・非吸着を制御し、特定の位置にのみタンパク質を吸着させ、その他の領域においてはタンパク質等の生体分子の非特異的な吸着を抑制する技術であり、幾つかの手法が既に特許出願されている。特許文献1では、アルブミンやヒアルロン酸等を正に帯電した基板上に吸着させることで、タンパク質非吸着表面を調整した後、マイクロ電極により生成させた活性化学種を利用して、特定の領域の吸着アルブミンやヒアルロン酸を取り除くことで、その領域のみをタンパク質が吸着する領域に変換している。特許文献2、3においては、タンパク質の非特異的な吸着を抑制し、かつ、目的のタンパク質を固定することが可能な官能基を有するプロテインチップ作製に適した基板として、プラズマ重合されたサイクロ核酸とエチレンダイアミンやポリアリルアミンなどのアミノ基含有ポリマーとポリエチレングリコール(PEG)を表面に導入した基板を作製している。また、特許文献4においては、自己組織化単分子膜を利用して金基板上の特定領域にペプチドを固定化し、その周囲の領域の非特異的吸着をPEG鎖を利用して抑制している。しかしながら、これら従来の方法においては、実施するためにマイクロ電極、プラズマ装置、UV照射装置などの特別な装置や金基板などの材料を必要とし、また、タンパク質の吸着をどの程度抑制するのか定量的な数字が示されておらずその効果が不明確である。WO2005/111630特開2007−183271号公報特開2010−8378号公報特開2006−226828号公報特開2008−174714号公報特開2009−131240号公報特開2009−131241号公報 本発明は、アルブミンを原料として作製した架橋アルブミンフィルムを利用することで、基板上やマイクロ流路壁面におけるタンパク質の吸着性を効果的に制御することを目的とする。本発明における効果的な吸着性の制御とは以下の3つの要素から成る。(a)タンパク質の吸着を著しく抑制する(吸着抑制)、(b)より多くのタンパク質を吸着させる(吸着促進)、(c)タンパク質非吸着性の性質を簡便に吸着性の性質に変換する(吸着特性の変換)。更に、このフィルムの性質を利用して所望の領域に特定のタンパク質を配置することでプロテインチップを提供することを目的とする。 本発明者らは以前、架橋処理を行ったアルブミンの溶液を基板表面にコーティングして細胞非接着性の架橋アルブミンフィルム基板を作製し、その表面の一部を正電荷ポリマー溶液に暴露するなどの方法により細胞接着性に変換することで、細胞を基板上の所望の位置に配置するための手法を確立している(特許文献5〜7)。 本発明者らは、タンパク質の基板上への吸着性を制御する方法を検討する過程で、「タンパク質の非吸着性表面」と「細胞の非接着性表面」との間に相関関係があることに思い至った。すなわち、基板上への細胞の接着のメカニズムは、培養液中に含まれるフィブロネクチンやビトロネクチンなどの細胞接着性タンパク質と呼ばれるタンパクがまず基板に吸着し、その後、細胞接着性タンパク質中の特定のアミノ酸配列(細胞接着配列)を細胞が認識して、細胞接着性タンパク質の上に細胞が接着すると考えられている。このようなメカニズムで基板上への細胞接着が起こるので、「細胞の非接着表面」がそのまま「タンパク質の非吸着表面」となる可能性があり、反対に「細胞接着表面」が「タンパク質吸着表面」となる可能性があると発想した。しかしながら、細胞が接着するためには、ある閾値以上の細胞接着性タンパク質が基板上に吸着している必要があるので、「細胞非接着性表面」といっても、閾値を超えない範囲の量のタンパク質の吸着は許容されることになるから、必ずしも「タンパク質非吸着性」というわけではない。しかし、タンパク質の非特異的な吸着がプロテインチップを用いた測定の正確な解析を妨げ、感度の低下をまねくことや、微小なマイクロ流路内の環境下では、体積に対する表面の割合が大きくなり、流路壁面の特性がより強調されることを考慮すると、「タンパク質が全く吸着しない」といえるほどの「タンパク質非吸着性表面」を作製する必要がある。 このような従来の技術常識を踏まえると、本発明者らが以前開発した基板表面に「細胞非接着性領域」と「細胞接着性領域」を作製することができる表面特性制御方法を、そのまま「タンパク質非吸着領域」と「タンパク質吸着領域」の作製のために利用した場合、タンパク質吸着領域と非吸着領域を厳格に制御できるか否かについては、発明者等自身が半信半疑で実験を行った。 しかし、実際タンパク質に対して、細胞を基板上の所望の位置に配置するための架橋アルブミンフィルムを用いる手法を適用したところ、驚くべきことに、架橋処理を行ったアルブミンの溶液を基板表面にコーティングした架橋アルブミンフィルム基板は、タンパク質の吸着を著しく抑制し、「タンパク質が全く吸着しない」といえるほどの「タンパク質非吸着性」となり、また、反対にその表面の一部を正電荷ポリマー溶液に暴露することにより、著量のタンパク質が吸着する表面に変換できることを見出した。そして、このタンパク質の吸着特性を制御できる架橋アルブミンフィルムを利用することで、所望の位置にタンパク質を配列させることができた。 本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。〔1〕 架橋アルブミンフィルムをコーティングした基板表面において、その所望の1部領域をタンパク変性条件下に暴露することによりアルブミンを変性させることで、タンパク質非吸着性表面をタンパク質吸着性表面に変換し、当該領域に対して標的タンパク質を吸着させることを特徴とする、標的タンパク質の基板表面への配置方法。〔2〕 前記タンパク変性条件が、ポリエチレンイミン溶液による暴露である、前記〔1〕に記載の配置方法。〔3〕 前記基板表面が、マイクロ流路の内側表面を構成するものであることを特徴とする、前記〔1〕又は〔2〕に記載の方法。〔4〕 架橋アルブミンフィルムをコーティングした基板表面の所望の1部領域の複数箇所がタンパク変性条件下に暴露されてタンパク質吸着性に変換されており、当該タンパク質吸着性に変換された領域は、それぞれの位置に同一の又は異なる標的タンパク質を吸着させ配置させるための領域であることを特徴とする、プロテインアレイ用基板。〔5〕 前記〔4〕に記載のプロテインアレイ用基板において、タンパク質吸着性に変換された領域のそれぞれの箇所に同一の又は異なる標的タンパク質が吸着され配置されていることを特徴とする、プロテインアレイ。〔6〕 内部壁面が架橋アルブミンフィルムによりコーティングされているマイクロ流路において、その内側表面の所望の1部領域が、タンパク変性条件下に暴露されたことでタンパク質吸着性に変換されており、当該タンパク質吸着性に変換された領域は、標的タンパク質を吸着されるための領域であることを特徴とする、マイクロ流路。〔7〕 前記〔6〕に記載のマイクロ流路において、タンパク質吸着性に変換された領域に標的タンパク質が吸着されていることを特徴とする、マイクロ流路。〔8〕 前記〔7〕に記載のマイクロ流路に対し、吸着されている標的タンパク質との相互作用が期待される被検物質を含む溶液を送液することによる、標的タンパク質と被検物質との相互作用の測定方法。 本発明により、基板表面やマイクロ流路壁面のタンパク質の吸着特性を制御することができ、基板表面や流路壁面の非特異的吸着防止及びタンパク質固定化、並びにプロテインチップの作製において有用である。本発明の方法では、架橋アルブミンフィルムの作製においても、また当該フィルムのタンパク質吸着特性の変換操作においても、特別な装置や材料を必要とせず、手順も簡便である。本発明においては、「より多くのタンパク質の吸着」、及び、「タンパク質吸着の著しい抑制」の両面を実現できることから、チップ上へのタンパク質の固定化量増大に伴うシグナルの増加、及び、チップ上のタンパク質を固定化していない領域への評価対象となるタンパク質の非特異的吸着抑制によるノイズの低減、の両方の効果によってシグナル/ノイズ比(S/N比)が高くなり、プロテインチップの検出感度向上が期待できる。各種基板表面へのFBSの吸着量の経時的変化各種基板表面へのFBSの1時間後の吸着量架橋アルブミンフィルム基板表面の正電荷ポリマー処理によるFBS吸着量の変化架橋アルブミンフィルム基板表面へのアルブミンの吸着性の制御マイクロ流路壁面への抗体吸着性の比較マイクロ流路壁面への抗体吸着量の定量的比較インクジェットプリンターによる架橋アルブミンフィルム基板表面へのタンパク質の配置1.本発明の「架橋アルブミンフィルム基板」について 本発明において「架橋アルブミンフィルム基板」というとき、天然のアルブミンをポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理した後、水分保持可能な可塑剤を加えた架橋アルブミンの溶液を基板にキャストすることで、基板表面に水不溶性で透明な架橋アルブミンフィルムを形成させた基板を指す。天然のアルブミンには他のタンパク質が吸着しない性質があるが、当該架橋アルブミンフィルムは、水不溶性で透明なフィルムを形成し、アルブミン本来のタンパク質の非吸着性という性質を保持している。 本発明において「アルブミン」とは、血清アルブミンを意味する。また、血清アルブミンは血清中のみならず、肺、心臓、腸、皮膚、筋肉や涙、汗、唾液、胃液、腹水などにも存在する事が知られており、血清由来のアルブミンに限定されない。 本発明に用いられる架橋剤は、架橋反応後に親水性が付与される架橋剤のうちでも、特に複数のエポキシ基を有する架橋剤であるポリエポキシ化合物からなる架橋剤であり、たとえば、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル等を用いることができる。中でも、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル(n=1〜8)、すなわちエチレングリコール繰り返し単位(n)が1〜8である場合のポリエチレングリコールジグリシジルエーテルが好ましい。nが増大するほど疎水的になるため、nが9以上の場合は、水分保持用の可塑剤を添加してもなお脆く、良好なしなやかさを保持したフィルムは作製できない。 また、本発明における可塑剤としては、水分保持可能なものであれば何でもよいが、親水性に優れたものが望ましい。特に、グリセリン、糖類、ポリエチレングリコールなどの高分子化合物等が好ましい。 本発明におけるアルブミンフィルムをコートする基板としては、アルブミンと架橋剤の反応液をキャストできる平面状表面を有する支持体をいう。基板材料としては、平滑な表面をもつよう成型され得る固体材料であればいずれでもよく、例えば、ガラス、石英、プラスチック、金属などが挙げられるがそれらに限定されない。 また、その形状としては、平面上表面があればよく、平板上に限定されることなく、流路のようなものであってもよい。医療機器などの基材表面、人工透析機、人工心肺などの内側表面をタンパク質非吸着性にするために、本発明の架橋アルブミンフィルムコーティングを施すことができる。また、後述のようにマイクロ流路デバイスの内側表面をタンパク質非吸着性とした後に、その一部をタンパク質吸着性領域として、被検タンパク質を吸着させることが可能となった。2.本発明の基板表面の架橋アルブミンフィルム層の「タンパク質吸着性」への変換方法(1) 本発明においては、基板表面の架橋アルブミンフィルム層は「タンパク質非吸着性」という性質を有しているので、架橋アルブミンフィルム基板上に、標的タンパク質を配置するためには、配置すべき箇所に対応する基板の全部又は一部を、「タンパク質吸着性」の性質に変換する必要がある。 そのための変換方法としては、本発明者らの以前の文献(特許文献5〜7)中でも詳細に述べた細胞接着性に変換する技術がそのまま転用できる。具体的には、UV光などの光照射、加熱処理などの通常のタンパク変性処理や、タンパク変性剤などのアルブミンフィルムをタンパク質吸着性へと変換し得る化学薬品溶液への曝露などがある。ここで、用いる化学薬品溶液としては、タンパク質非吸着性を有するアルブミンフィルムをタンパク質吸着性へと変換し得るものであればどのようなものでもよく、例えば、グルタルアルデヒド、ホルムアルデヒドなどの架橋剤溶液、グアニジン塩酸塩、尿素などのタンパク質の変性を促す溶液、ジメチルスルホキシドなどの有機溶媒の他、正電荷を有する高分子化合物溶液などが挙げられ、それらを組み合わせた混合溶液として用いることもできる。ここで、正電荷を有する高分子化合物としては、合成物や天然物のほか、正電荷を有する官能基を、共有結合を介して導入したり、イオン結合を介して正電荷を担持させるなどの手段により正電荷を付加したタンパク質、多糖類、脂質、合成ポリマーなど、正電荷を有していればどのような物質でもよい。典型的には、ポリエチレンイミン、ポリオルニチン、ポリリジン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミンなどが挙げられる。その際、用いる正電荷を有する高分子化合物の濃度は、用いる高分子化合物の分子量、電荷量によって異なるため一概には言えないが、例えば数平均分子量60kDaのポリエチレンイミン(PEI)の場合、10mg/ml〜100μg/mlの濃度で用いることが好ましく、他の高分子化合物の場合もこれと同程度の電荷を有する濃度が好ましい。(2) タンパク質非吸着性を有する架橋アルブミンフィルムの特定の領域のみをタンパク質吸着性に変換する方法としては、以下の方法がある。(2−1) UV照射など光によって変換する場合には、特定の部分のみ光が通過するようにデザインされたマスクを介して光照射を行なうなどの方法で照射部を限定することにより、特定の領域のみをタンパク質吸着性に変換できる。(2−2) また、特定の領域を化学薬品溶液の曝露によってタンパク質吸着性に変換する場合には、タンパク質非吸着性の性質を保持しておきたい領域にシリコンゴムなどの密着性のよいものを吸着させ、液との接触を防ぐ工夫をしておくことで特定の領域のみが液に曝露され、その領域をタンパク質吸着性へと変換することができる。(2−3) マイクロ流路を用いた場合には、流路全面を架橋アルブミンフィルムでコーティングした後、特定の領域にのみ層流の状態で化学薬品溶液を送液することで、その領域をタンパク質吸着性に変換することが可能である。 本発明者らは、最近マイクロ流路デバイスの内部表面を架橋アルブミンフィルムで覆った後、その一部の領域に化学薬品溶液を送液することで流路内の所望の位置に細胞を配置し、癌細胞などへの各種薬剤の感受性試験を行う手法を開発した。また、マイクロ流路のデザインを工夫して薬剤の濃度勾配を作り出し、種々の濃度に対する細胞応答を一度に観察することも可能にしており、これらの結果に基づいて出願を行っている(特願2010−062025)。この方法もまた、本願発明のタンパク質吸着性制御技術に転用可能であり、具体的には、マイクロ流路デバイスの内部表面を架橋アルブミンフィルムで覆ってタンパク質非吸着性とした後に、所望の一部領域に化学薬品溶液を送液することで、タンパク質吸着性に変換し、次いで特定の被検タンパク質を送液してこのタンパク質吸着領域に吸着させておく。当該被検タンパク質との相互作用を確認したい物質を送液して、その反応性を観察できるが、反応性を濃度勾配的に観察する必要がある場合には、マイクロ流路デバイスの濃度勾配形成能を利用することで、吸着させる側のタンパク質を、または吸着タンパク質との相互作用を観察したい物質のいずれも濃度勾配を持たすことができるから、タンパク質−タンパク質相互作用(典型的には、抗原抗体反応、リガンドレセプター反応など)はもちろんのこと、タンパク質−薬剤相互作用をそれぞれの成分の各種濃度条件で同時に観察することが簡便にできる。(2−4) 更に、インクジェット噴射機を利用して、タンパク質非吸着性の性質を有する架橋アルブミンフィルムの特定の位置にのみ化学薬品の液滴を滴下し、その領域をタンパク質吸着性に変換することも可能である。このようなインクジェット噴射機を搭載したインクジェットプリンターを用いることで、簡単にプロテインマイクロアレイを製造することが可能である。具体的には、本発明者らが以前開発したインクジェット印刷技術を利用した細胞のパターニング技術(特許文献6など)が利用できる。3.本発明において標的となるタンパク質について 本発明において「タンパク質吸着性」及び「タンパク質非吸着性」という時のタンパク質とは、天然由来の精製されたポリペプチド若しくは合成ポリペプチドやタンパク質を指す。 本願発明の架橋アルブミンフィルムのタンパク質吸着性制御技術は、典型的にはプロテインチップに適用することが考えられる。プロテインチップ作製時には、特定の位置にのみタンパク質を吸着させ、その周囲の領域への吸着は抑制したいので、吸着を促進させたいタンパク質、及び、吸着を抑制したいタンパク質としては、プロテインチップ上に並べるタンパク質、すなわち、抗体、病気のマーカーとなるタンパク質、各種サイトカイン類などの生理活性タンパク質などが挙げられる。 また、プロテインチップに評価対象のタンパク質溶液を加えて、プロテインチップ上に固定化されているタンパク質と溶液中のタンパク質との相互作用(特異的な吸着)を評価する際、チップ上のタンパク質を固定化していない領域に評価対象となる溶液中のタンパク質が非特異的に吸着すれば、正確な解析が妨げられ、測定感度の低下をまねくことになる。よって、評価対象となるタンパク質は、吸着を抑制したいタンパク質である。 プロテインチップ作製以外の使用目的において、架橋アルブミンフィルムを利用してマイクロ流路壁面のタンパク質の吸着挙動を制御する場合、流路壁面への吸着を促進させたいタンパク質として、酵素や細胞外マトリックスなどが挙げられる。タンパク質含有溶液を細いマイクロ流路に送液した際、流路表面にタンパク質が多数吸着し、液詰まりを引き起こす。これらタンパク質の流路壁面への吸着を抑制できれば、この問題を解決できる。被検対象となるタンパク質としては、血液、唾液、尿に含まれるタンパク質が挙げられる。例えば、血液等の体液を採取し、それを微小なマイクロ流路に流して体液中に病気に特徴的な物質が含まれているかどうかを検査して病気の診断を行うことが考えられているが、流路壁面にタンパク質が吸着すると流路の詰まりを引き起こし検査ができないので、流路壁面に関しては、全てのタンパク質の吸着を抑制することが求められる。 以下、実施例を挙げて説明するが、本発明はこれに限定されない。 なお、本発明で引用した先行文献の記載内容は、本明細書の記載内容として参照されるものとする。(実施例1)各種基板表面へのFBSの吸着挙動 水晶発振子マイクロバランス(Quarts Crystal Microbalance:QCM、BioLab社製)を利用して、種々の表面へのFBSの吸着挙動を評価した。QCMは、一定の振動数で振動している水晶振動子の電極表面に物質が付着するとその質量に応じて振動数が減少する性質を利用して微量な質量変化を計測する装置である。ウシ血清アルブミン(SIGMA社製)とエチレングリコールジグリシジルエーテル(Wako社製)をそれぞれ3%と215mMの濃度で20mlのpH7.4のリン酸緩衝液(PBS)に溶解し、24時間、室温にて攪拌する事により架橋反応を行った。室温にて透析を行う事により未反応のエチレングリコールジグリシジルエーテルを除き、可塑剤としてグリセリンを143μl加えた後、PBSを用いて溶液量を30mlにメスアップした。このようにして作製した混合溶液をQCMセンサーチップ表面(表面の材質は金)に加え、室温にて一晩放置することにより、センサー表面を架橋アルブミンフィルムでコーティングした(以下、架橋アルブミンフィルム基板)。また、比較対象として、1mg/mlの天然のアルブミンをQCMセンサーチップに加え、物理的にアルブミンをセンサー表面に吸着させたサンプル(以下、アルブミン吸着基板)、4mM a-mercaptoethyl-w-methoxy-polyoxyethylene(SUNBRIGHT ME-020SH,Mn=2000,NOF Corporation)/水:エタノール混合液[1:6(vol:vol)]をQCMセンサーチップに加え、室温にて6時間静置することで、ポリエチレングリコール鎖をセンサーチップ表面に導入したサンプル(以下、PEG基板)、何も処理していないセンサーチップ(以下、金基板)を用いた。 これら様々なコーティングが施されたセンサーチップをQCM装置にセットし、QCM装置使用説明書の操作手順に従い、2%牛胎児血清(FBS)を添加して、各種基板表面へのFBSの吸着挙動を検証した。図1に吸着挙動の結果を示す。縦軸は周波数変化量を示しており、より多くの物質が基板表面に吸着するほど周波数が減少する。横軸は時間を示しており、図1より吸着挙動の経時変化が分かる。金基板上には数分以内に多くのFBSが吸着した。一方、架橋アルブミンフィルム基板やPEG基板上には、ほとんどFBSの吸着が見られなかった。アルブミン吸着基板においては、架橋アルブミンフィルム基板よりも多くのFBSの吸着が見られた。これは、アルブミン吸着基板では、基板上に物理吸着しているアルブミンとFBS中に含まれる物質との間で吸着交換が起こり、基板上に吸着させておいたアルブミンが基板表面から剥がれたためであると考えられる。架橋アルブミンフィルムでは、アルブミン分子が架橋により互いに共有結合で連結されているので、吸着交換は起こらず基板上に安定してアルブミンが存在し、FBSの吸着を効果的に抑制している。 FBSを添加して1時間後のFBSの吸着量(ng/cm2)を図2に示す。水晶振動子の振動数の減少量から吸着したFBSの重量を算出することで求めた架橋アルブミンフィルム基板上へのFBSの吸着量は、35ng/cm2であり、従来、タンパク質の吸着を抑制するための手法として広く用いられ、特許文献1や3においても利用されているPEG基板(50.7ng/cm2)やアルブミン吸着基板(176.6ng/cm2)よりも更にFBSの吸着を抑制することができた。なお、FBSはタンパク質以外の生体分子(糖、脂質など)も含んでいるので、厳密な意味ではタンパク質の吸着のみでなく、これら他の生体分子の吸着も抑制していると考えられる。(実施例2)架橋アルブミンフィルム基板表面へのFBSの吸着挙動 実施例1に記載の方法により作製した架橋アルブミンフィルム基板に、10μg/mlのポリエチレンイミン(PEI、SIGMA社製、数平均分子量60kDa)溶液を加え、室温にて5分、15分、1時間、または、5時間曝露した。その後、各サンプル上へのFBSの吸着挙動をQCM装置を用いて観察した。図3にFBSを添加して1時間後のFBSの吸着量(ng/cm2)を示す。PEIに曝露しない場合には、実施例1において示したようにFBSの吸着が著しく抑制される(35ng/cm2)が、PEI溶液に短時間曝露するだけで劇的にFBSが吸着するように変換でき、15分間曝露した場合には、曝露無しの場合の63.7倍の2232ng/cm2のFBSの吸着が見られた。また、PEI溶液への曝露時間を変化させた結果、15分以上でほぼ変わらずPEI溶液への曝露時間は15分で十分であることが分かった。(実施例3)架橋アルブミンフィルム基板表面へのアルブミンの吸着性の制御 実施例1と同様の方法でQCMセンサー表面を架橋アルブミンフィルムでコーティングした架橋アルブミンフィルム基板を作製した。また、このようにして作製した架橋アルブミンフィルム基板に10μg/ml PEI溶液を加え、室温にて15分曝露した(以下、架橋アルブミンフィルム+PEI基板)。比較対象として、何も処理していないセンサーチップ(以下、金基板)とポリエチレングリコール鎖をセンサーチップ表面に導入したサンプル(以下、PEG基板)を用いた。 これら種々のセンサーチップをQCM装置にセットし、1mg/ml牛血清アルブミンを添加して、各種チップ表面へのアルブミンの吸着挙動を検証した。アルブミンを添加して1時間後のアルブミンの吸着量(ng/cm2)を図4に示す。 架橋アルブミンフィルム基板上へのアルブミンの吸着はほとんど見られず(8.6ng/cm2)、PEG基板(15.5ng/cm2)よりも効果的にアルブミンの吸着を抑制した。一方、PEI溶液に曝露した架橋アルブミンフィルム+PEI基板においては劇的に吸着挙動が変化し、1738.6ng/cm2のアルブミンが吸着した。この吸着量は、金基板(310.8ng/cm2)に比べて非常に多く、架橋アルブミンフィルムを利用することで、基板上へのタンパク質吸着の抑制、及び、促進を効果的に制御できることが分かった。(実施例4)架橋アルブミンフィルムコート流路壁面へのタンパク質吸着の制御 実施例1に記載の方法により作製した架橋アルブミンの溶液を、環状ポリオレフィン製マイクロ流路(住友ベークライト社製、幅:300μm、高さ:100μm、長さ:60mm)内に送液し、室温にて20分静置後、ミリQ水で洗浄し、一晩放置することにより、流路の壁面を架橋アルブミンフィルムでコーティングした(以下、架橋アルブミンフィルム流路)。また、このようにして作製した架橋アルブミンフィルムコート流路内に10μg/ml PEI溶液を送液し、室温にて15分静置した(以下、架橋アルブミンフィルム+PEI流路)。比較対象として、1mg/mlの天然のアルブミンを流路内に送液して、室温にて30分静置することで流路壁面にアルブミンを吸着させたサンプル(以下、アルブミン吸着流路)、及び、何もコーティングしていないサンプル(以下、無処理流路)を用いた。 これら各流路内へ500μg/ml蛍光ラベル化抗体(Cy3ラベル化IgG、Jackson社製)を送液し、室温にて30分静置した後、PBSで洗浄し、蛍光顕微鏡で観察した結果を図5に示す。抗体は蛍光でラベルされているので、流路壁面に多くの抗体が吸着するほどより強い蛍光が観察される。 また、定量的に判断するため、図5の蛍光画像を元に輝度値を算出し、各サンプルの比較をまとめた結果を図6に示す。架橋アルブミンフィルム流路では蛍光はほとんど検出されず、架橋アルブミンフィルムは流路壁面への抗体の吸着を著しく抑制していることが分かる。流路壁面へのタンパク吸着を抑制する方法として、従来アルブミンを吸着させることが行われている(本実験のアルブミン吸着流路に相当)が、架橋アルブミンフィルムを用いた場合には、アルブミン吸着よりも抗体の吸着を効果的に抑制することができた。一方、架橋アルブミンフィルム+PEI流路では、架橋アルブミンフィルム流路と比べて抗体の吸着挙動が劇的に変化し、より多くの抗体が流路壁面に吸着した。架橋アルブミンフィルム+PEI流路では、無処理流路に比べて非常に多くの抗体の吸着が見られた。このように、架橋アルブミンフィルムを利用することで、流路壁面へのタンパク質吸着の著しい抑制、及び、より多くのタンパク質吸着の促進の両面を効果的に制御できることが分かった。(実施例5)インクジェット印刷技術を利用した架橋アルブミンフィルム表面へのタンパク質の配置 実施例1に記載の方法により作製した架橋アルブミンの溶液を、ガラス基板上に加えてクリーンベンチ内にて一晩風乾することにより、ガラス基板上に架橋アルブミンフィルムを形成させた。この架橋アルブミンフィルムコーティングガラス基板上にインクジェットプリンター(商品名;PIXUS iP4300,キャノン社製)のインクタンクに100μg/mlのPEI溶液を充填した改造型プリンターを用いて、8フォントの大きさで「ABC」の文字をポリエチレンイミン溶液の液滴で印刷した。PBSで3回洗浄した後、基板全体を200μg/ml蛍光ラベル化抗体(Cy3ラベル化IgG)溶液に室温にて1時間曝露した。図7に示すように、ポリエチレンイミン溶液を滴下した部分のみに蛍光が観察され、その部分にのみ抗体が吸着していることが分かった。このように、架橋アルブミンフィルムとインクジェット印刷技術を利用することで任意の位置に簡便に抗体等のタンパク質を配置することができる。 架橋アルブミンフィルムをコーティングした基板表面において、その所望の1部領域をタンパク変性条件下に暴露することによりアルブミンを変性させることで、タンパク質非吸着性表面をタンパク質吸着性表面に変換し、当該領域に対して標的タンパク質を吸着させることを特徴とする、標的タンパク質の基板表面への配置方法。 前記タンパク変性条件が、ポリエチレンイミン溶液による暴露である、請求項1に記載の配置方法。 前記基板表面が、マイクロ流路の内側表面を構成するものであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。 架橋アルブミンフィルムをコーティングした基板表面の所望の1部領域の複数箇所がタンパク変性条件下に暴露されてタンパク質吸着性に変換されており、当該タンパク質吸着性に変換された領域は、それぞれの位置に同一の又は異なる標的タンパク質を吸着させ配置させるための領域であることを特徴とする、プロテインアレイ用基板。 請求項4に記載のプロテインアレイ用基板において、タンパク質吸着性に変換された領域のそれぞれの箇所に同一の又は異なる標的タンパク質が吸着され配置されていることを特徴とする、プロテインアレイ。 内部壁面が架橋アルブミンフィルムによりコーティングされているマイクロ流路において、その内側表面の所望の1部領域が、タンパク変性条件下に暴露されたことでタンパク質吸着性に変換されており、当該タンパク質吸着性に変換された領域は、標的タンパク質を吸着されるための領域であることを特徴とする、マイクロ流路。 請求項6に記載のマイクロ流路において、タンパク質吸着性に変換された領域に標的タンパク質が吸着されていることを特徴とする、マイクロ流路。 請求項7に記載のマイクロ流路に対し、吸着されている標的タンパク質との相互作用が期待される被検物質を含む溶液を送液することによる、標的タンパク質と被検物質との相互作用の測定方法。 【課題】 本発明は、基板表面や流路壁面へのタンパク質の吸着性を効果的に制御することを目的とする。また、非特異的なタンパク質吸着がきわめて少なく、標的タンパク質が高密度に吸着できるマイクロアレイ用基板を提供することを目的とする。【解決手段】 本発明は、本発明者らが細胞非接着性基板として以前開発した架橋アルブミンフィルムコーティング基板をタンパク質の非特異的吸着のない基板として利用し、かつ当該基板表面を細胞接着性に変換する技術を、標的タンパク質を所望の位置に吸着させるための技術として利用したことを特徴とする。そのことで、標的タンパク質吸着領域と、非吸着領域との境界領域がきわめてシャープなマイクロアレイ基板が提供できた。【選択図】なし