タイトル: | 公開特許公報(A)_酵母の自然変異株分離法及び変異株酵母 |
出願番号: | 2010030669 |
年次: | 2011 |
IPC分類: | C12N 1/16 |
岩野 君夫 伊藤 俊彦 横山 直行 JP 2011160779 公開特許公報(A) 20110825 2010030669 20100215 酵母の自然変異株分離法及び変異株酵母 公立大学法人秋田県立大学 306024148 株式会社佐浦 397080081 松本 久紀 100097825 松本 紀一郎 100137925 水野 基樹 100158698 岩野 君夫 伊藤 俊彦 横山 直行 C12N 1/16 20060101AFI20110729BHJP JPC12N1/16 GC12N1/16 Z 8 OL 14 特許法第30条第1項適用申請有り 日本醸造学会 発行,「平成21年度 日本醸造学会大会講演要旨集」,平成21年 8月20日発行 4B065 4B065AA80X 4B065AC14 4B065BA23 4B065BC01 4B065CA06 4B065CA42 本発明は、酵母の自然変異株分離方法及び当該方法により得られた自然変異株酵母に関する。詳細には、親株の人為的変異操作を行うことなく優良特性を有する自然変異株酵母をスクリーニング・分離する方法、並びに、当該方法により得られる新規優良酵母に関する。 清酒、ビール、焼酎、ワインなどの酒類をはじめとして、酵母を用いて醸造・発酵により製造される食品は数多くある。これらの食品の品質は、用いる酵母の性質(特性)に影響されることが多く、より良い品質の製品を製造する目的のため、既存の酵母より優れた特性を有する優良酵母をスクリーニングする試みが一般的に行われている。 しかし、例えば清酒製造において現在使われている協会酵母6号(秋田県、新政)、7号(長野県、真澄)、9号(熊本県、香露)、1001号(茨城県、明利)、12号(宮城県、浦霞)などは、清酒製造場の醪から分離された酵母が主体である。これらの酵母は胞子形成能が脱落しているため、交配による遺伝子の組み換えは起こらず出芽により増殖することから優良形質が保存されると考えられている。このため、既存の協会酵母よりも優れた新しい酵母を育種するには交配育種では難しく、これまでは遺伝子組み換え、紫外線照射やEMSなどの薬品で強制的に変異を生じさせて人為的変異株をつくり、麹エキス寒天培地などを用いて純粋分離培養で単菌分離して選抜育種する方法が行われてきた。 この既存の育種技術は、人為的に変異を起こさせるため目的以外の変異が生じる可能性があり、また、変異株の中から優良酵母を選抜する方法が煩雑であるという問題点がある。つまり、選抜育種は多くの変異株の中からひとつだけを選び出す作業であり、選抜基準が最も重要であるが、これまでの選抜方法は糖類資化性、TTC法、β−アラニン法、セルレニン耐性、アミノ酸アナログなど各種の薬剤を用いた識別培養を実施して親株と異なる株を選抜し、最終的に試験醸造を実施して発酵特性と製成酒の官能評価により優良実用酵母を選抜する方法が行われている(非特許文献1)。 このように、人為的変異株をつくりその中から優良酵母を選抜するこれまでの方法は、選抜基準が明確でないため多大な労力と時間を要する欠点を持っている。このため、例えば清酒酵母においては、協会酵母の中で醪から分離した株以外の優良酵母はアルコール耐性酵母のK11、セルレニン耐性酵母のK1601、K1701、K1801などごく僅かである。 一方、本発明者らは、清酒の官能評価と化学成分との関係を研究した結果、フーゼルアルコール(n−プロパノール、i−ブタノール、i−アミルアルコール)、芳香族アルコール(チロソール、β−フェニルエタノール、トリプトフォール)が清酒の味に大きく関係していることを明らかにした(非特許文献2、3)。フーゼルアルコールは清酒の味の「きれいさ、かるさ」に関係し、n−プロパノールは400ppm以上、i−ブタノールは100ppm以上、i−アミルアルコールは50ppm以上の濃度で官能評価が徐々に悪くなる。芳香族アルコールは清酒の後味の「苦味、渋味、雑味」に関係し、清酒に多量に含まれると官能評価が低下することが確認された。以上より、清酒の品質向上にはフーゼルアルコール、芳香族アルコールの低減が重要であることを見出した。 清酒醪では、酵母は増殖の窒素源として主にアミノ酸を資化する。種々のアミノ酸のアミノ基を使い必要なタンパク質を合成する。脱アミノされた化合物は脱炭酸反応、還元反応を経て元のアミノ酸より炭素数がひとつ少ないアルコールとなり菌体外に放出されることが知られている(非特許文献4)。 このような背景技術の中で、人為的変異株を作成することなく、簡便かつ効率的に保存菌株の中からフーゼルアルコール、芳香族アルコールの生成量が低減した自然変異株酵母を取得できる方法の開発が、特に清酒などの酒類製造業界から強く望まれていた。清酒酵母研究会編 改訂清酒酵母の研究、217−219頁(1980)日本醸造協会誌、100(9)、639−649(2005)日本醸造協会誌、103(7)、562−569(2008)(財)日本醸造協会編 醸造物の成分、21−27頁、平成11年 本発明は、主課題として、人為的に変異株を作成することなく簡便かつ効率的に保存菌株の中に混在するフーゼルアルコール、芳香族アルコールの生成量が低減した自然変異株酵母を単離する技術を提供することを目的とする。さらに、従課題として、その中から発酵特性と製成酒の品質がより良い優良酵母を分離する技術を提供することを目的とする。 上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究を行い、20種類のアミノ酸のうちでどのアミノ酸がフーゼルアルコール、芳香族アルコールの生成に関係しているか調べたところ、バリンからi−ブタノール、ロイシンおよびイソロイシンからi−アミルアルコール、チロシンからチロソール、フェニルアラニンからβ−フェニルエタノール、トリプトファンからトリプトフォールが生成することを確認した。この知見から、これらのアミノ酸資化量の少ない酵母を育種すれば清酒醸造におけるフーゼルアルコール、芳香族アルコールの生成量を低減できると考えるに至った。 そして、窒素源としてこれらのアミノ酸を単独で含む平板培地(最小栄養平板培地)で酵母が増殖できるかどうか調べたところ、全てのアミノ酸を含む完全培地の場合は2〜3日で増殖し大きさが均一なコロニーを形成するが、特定アミノ酸を単独の窒素源とした最小栄養平板培地の場合は増殖が遅く、4〜12日間の長時間を要するが増殖はしてくること、大小さまざまなコロニーが形成されることを知った。これは、最小栄養平板培地の場合は酵母細胞毎の増殖力に差が生じてコロニーの大きさとして現れたことを示すものであり、コロニーの大きさの異なる株を釣菌することにより自然変異株を容易に分離できることを見出し、本発明に至った。 すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。(1)バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンから選ばれる1種のアミノ酸を単一の窒素源とする最小栄養平板培地で4〜12日間(好ましくは5〜10日間)人為的な変異処理を行っていない親株酵母を培養し、形成されたコロニーのうち、当該酵母を全てのアミノ酸を含む完全培地で培養したときに形成されるコロニーより小さいものを選択して取得すること、を特徴とする当該アミノ酸低資化性の自然変異株酵母を分離する方法。(2)(1)に記載の方法により得られた自然変異株酵母から、コハク酸生成量が親株より少ないものを更に選択すること、を特徴とする自然変異株酵母の分離方法。(3)(1)又は(2)に記載の方法により得られた自然変異株酵母から、アラニン及び/又はグルタミン酸生成量が親株より多いものを更に選択すること、を特徴とする自然変異株酵母の分離方法。(4)酵母が清酒酵母である(1)〜(3)のいずれか1項に記載の方法。(5)(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法により得られた、フーゼルアルコール及び/又は芳香族アルコールの生成量が親株より少なく(一例としては清酒中のフーゼルアルコールが550ppm未満、芳香族アルコールが70ppm未満等)、及び/又は、コハク酸生成量が親株より少なくアラニン及びグルタミン酸生成量が親株より多いこと、を特徴とするサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する自然変異株酵母。(6)清酒酵母、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)IYAPU−1(NITE AP−885)。(7)清酒酵母、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)IYAPU−2(NITE AP−886)。(8)清酒酵母、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)IYAPU−3(NITE AP−887)。 本発明によれば、平板培養の段階で目的の自然変異株だけを容易に識別して分離できる。これは、薬剤を用いた識別培養等を実施していた従来技術に比べると格段の効率である。さらに、従来、協会酵母は胞子形成能が脱落しているため優良形質が変わらず保存菌株は均一であると考えられてきたが、本発明において協会酵母も保存培養中に自然変異が生じて長年の間に自然変異株の集合体になり優良形質が変化していることが確認され、本発明によれば、この協会酵母の保存菌株に僅かに含まれる自然変異株を簡便かつ効率的に識別分離できる。分離した33株の酵母について、芳香族アミノ酸資化量と芳香族アルコール生成量との相関を示したグラフである。左側は、チロシン資化量とチロソール生成量の相関を、右側は、フェニルアラニン資化量とβ−フェニルエタノール生成量の相関を示す。 本発明は、親株の人為的変異操作を行うことなく優良特性を有する自然変異株酵母をスクリーニング・分離する方法等に関するものであり、醸造食品等に用いられている酵母全般に広く適用できるものであるが、以下、清酒酵母Saccharomyces cerevisiaeを例として詳述する。 まず、本発明においては、優良清酒酵母スクリーニングの親株として協会酵母等をそのまま用いる。酵母は、生存競争のためや増殖力を高めるために置かれた環境の栄養条件によって自然変異を起こすと考えられる。協会酵母は各地の清酒製造場において自然変異株が主に増殖した醪から分離された経緯を考慮すると、実際の醪において自然変異が生じていることも予想される。しかしながら、麹エキス寒天培地、YM培地(酵母エキス、ペプトン、グルコース)などの完全栄養培地を用いるこれまでの分離培養では親株、変異株ともほぼ同じ大きさコロニーになるため保存菌株のなかに変異株が混在していることは見出せなかった。 本発明では、保存菌株中の自然変異株酵母を単離するため、まず選択培地として、炭素源をグルコース、窒素源を単一のアミノ酸、微量栄養素としてDifco社製品のイーストナイトロゲンベース w/o アミノ酸&硫安、寒天で構成する最小栄養平板培地を用いる。アミノ酸は20種類存在するが、プロリンなど酵母が資化しないアミノ酸を除いた他のアミノ酸を単独で用いることにより、酵母菌株ごとの増殖力に差が生じる。 本発明の目的はフーゼルアルコール、芳香族アルコールの生成量の少ない酵母の選抜育種であることから、i−ブタノールに変換されるバリン、i−アミルアルコールに変換されるロイシン、β−フェニルエタノールに変換されるフェニルアラニンを唯一の窒素源とする最小栄養平板培地が優れている。 選抜方法としては、人為的な変異処理を行っていない(そのままの状態の)上述の親株酵母を、4〜12日間(好ましくは5〜10日間)上述の選択培地で培養し、形成されたコロニーのうち当該酵母を全てのアミノ酸を含む完全培地で培養したときに形成されるコロニーより小さいもの(一例としては、コロニーの直径が2mm未満、好ましくは1mm以下のもの)を選択して取得する。このとき、なるべく小さいコロニーを選択するのが好ましい。目的のコロニーは、殺菌した竹串で釣菌し、麹エキス培地などに植菌して拡大培養することで大量に得られる。 さらに本発明においては、清酒の品質に影響を与える成分であるコハク酸、アラニン、グルタミン酸生成量により、更なる選抜を行うことができる。コハク酸は、本発明者らの最近の研究から、含有量が多い清酒はエグ味が感じられ官能評価が低下することがわかった成分である。また、アラニンとグルタミン酸は、アラニンの甘味とグルタミン酸の酸味の調和が清酒の「ふくらみ、旨味」を構成し、酵母が醪の後半で生成するアミノ酸である。そして、アラニンは純米酒に最も多く、グルタミン酸は2番目に多く含まれるアミノ酸である。この2つのアミノ酸は製成酒中に一定の比率(好ましくはアラニン/グルタミン酸比で1.1〜2.2、更に好ましくは1.4〜1.65)で存在するのが好適であり、さらには、製成酒中のコハク酸濃度とアラニン、グルタミン酸濃度は負の相関関係があることが本発明により見出されている。 この選抜方法は、選択培地(最小栄養平板培地)で取得した菌株を麹エキス培地などに植菌して拡大培養し、その培養液をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析などの定法によりコハク酸、アラニン、グルタミン酸のうち少なくとも1種以上の含有量を計測し、親株のそれと比較する方法が例示される。また、取得した菌株を用いて清酒を製造し、清酒中のデータを親株のものと比較して選抜しても良い。なお、この選抜は親株との比較で行うものであるが、協会酵母を親株とした場合の一例として、コハク酸は清酒中で600ppm以下、好ましくは500ppm以下を選抜基準とすることができ、アラニン及びグルタミン酸は清酒中で総量として550ppm以上、好ましくは600〜1000ppmの範囲を選抜基準とすることができる。 本発明では、上述のような手法で目的とする優良清酒酵母を取得することができる。一例として挙げると、協会酵母K601、K1001、K1501を親株として、それぞれ優良自然変異株を取得するのに成功し、K601から取得した株をIYAPU−1、K1001から取得した株をIYAPU−2、K1501から取得した株をIYAPU−3と命名し、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターにそれぞれNITE AP−885、NITE AP−886、NITE AP−887として受領された。 本発明により得られる優良清酒酵母の主な菌学的性質は、親株を人為的に変異処理するものではないため、選択培地に用いた窒素源のアミノ酸の資化性、コハク酸の生成量などごく一部を除き親株と同一である。したがって、例えば協会酵母を親株とした場合には、本発明によって得られる自然変異株酵母は、胞子形成しない点やその炭素源資化性、発酵性など基本的には親株協会酵母の性質がそのまま保存されている。 協会酵母を親株として、本発明により取得した自然変異株の主な菌学的性質を例示すると、以下の通りである。なお、炭素源資化性と発酵性は酵母様真菌同定キット(アピCオキサノグラム)を使い19種類の糖類について調べた。(a)YM液体培地で生育させたときの菌の形態 (1)栄養細胞の大きさ:長径10ミクロン程度。 (2)栄養細胞の形状:球形からやや卵形。 (3)増殖の形式:出芽。(b)胞子形成の有無 胞子形成しない。(c)生理学的・化学分類学的性質 (1)最適生育条件(pH):5〜6。 (2)生育の範囲(pH):3〜6。 (3)硝酸塩の資化:なし。 (4)脂肪の分解:なし。 (5)尿素の分解:なし。 (6)ゼラチンの液化:なし。 (7)カロチノイドの生成:なし。 (8)顕著な有機酸の生成:コハク酸生成が少ない。 (9)デンプン様物質の生成:特にみあたらない。 (10)ビタミンの要求性:特にない。 (11)炭素源資化性:グルコース、マルトース、シュークロースを資化する。 (12)炭素源発酵性:グルコース、シュークロースを発酵する。 本発明の最小栄養平板培地による自然変異株酵母の分離法は、特殊な培養設備や試薬などを必要とせず、容易に実施することが可能である。そして、分離した自然変異株酵母は、親株酵母と全く同様に用いることができ、例えば清酒酵母においては、清酒製造に必要な親株由来の形質も維持しているため非常に好適である。 以下、本発明の実施例について清酒酵母を例として述べるが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。(清酒酵母によるアミノ酸からの高級アルコールの生成) 麹エキス液体培地を用いて、清酒酵母による高級アルコールの生成を調べた。対照を麹エキス液体培地とし、これに20種類のアミノ酸をそれぞれ単独に100ppm添加したアミノ酸補填培地を用いて、同じ協会901号酵母を植えて30℃、3日間培養した。培養終了後に0.45μのフィルターで培養液をろ過して酵母菌体を除き、培養液中の高級アルコールの生成をガスクロマトグラフ装置でヘッドスペース法を用いて調べた(日本醸造協会誌、96(11)、789−795(2001)に記載の方法を参照)。 結果は表1に示したが、対照に比べて高級アルコールが多量に生成したのは、培地にバリン、ロイシン、イソロイシンを添加したもののみであり、バリンからi−ブタノール(i−BuOH)、ロイシンとイソロイシンからi−アミルアルコール(i−AmOH)が生成した。この結果から、清酒のi−ブタノール、i−アミルアルコール濃度を低減するにはバリン、ロイシン、イソロイシンの資化量の少ない変異株酵母を用いれば実現することが見出された。(清酒酵母によるアミノ酸からの芳香族アルコールの生成) 麹エキス液体培地を用いて、清酒酵母による芳香族アルコールの生成を調べた。発明者らが分離した33株の酵母を麹エキス液体培地に植えて、30℃、3日間培養した。培養終了後に0.45μのフィルターで培養液をろ過して酵母菌体を除き、培養液中の芳香族アルコールの生成を逆相クロマトグラフィーを用いたHPLC法で調べた(非特許文献3に記載の方法を参照)。 結果は図1に示したが、培養中の酵母によるチロシン資化量とチロソール生成量、フェニルアラニン資化量とβ−フェニルアラニン生成量について比例関係が認められた。この結果から、清酒のチロソール、β−フェニルエタノール濃度を低減するにはチロシン、フェニルアラニンの資化量の少ない変異株酵母を用いれば実現することが見出された。(バリン、ロイシン、フェニルアラニンをそれぞれ唯一の窒素源とする最小栄養平板培地による自然変異株の分離) 最小栄養平板培地の調製は、Difco社製品のイーストナイトロゲンベース w/o アミノ酸&硫安を170mg、各アミノ酸を単独に100mgとり、これらを蒸留水20mlに加熱熱溶解し0.45μのフィルターで無菌ろ過した(A液)。次に、寒天を2g、グルコースを2gとり、これらを蒸留水80mlに溶解しオートクレーブ殺菌した(B液)。B液が熱いうちにA液を混合し、無菌シャーレ1枚に約20ml流し込み最小栄養培地プレートを5枚作成した。本培地はアミノ酸濃度1,000ppm、グルコース濃度2%となる。アミノ酸としてバリン、ロイシン、フェニルアラニンを用いた。 麹エキス培地で培養保存されている協会酵母K−901を100μlとり、無菌水を用いて104倍に希釈して約1,000個/mlの濃度とし、希釈液100μlを最小栄養培地プレートに均一に塗布して植菌した。そして、30℃で5〜10日間培養し、コロニーが適当な大きさに達した時に培養終了とした。この条件で約50〜100個の大小のコロニーが形成された。 釣菌は殺菌した竹串で行い、コロニーが協会酵母K−901を全てのアミノ酸を含む完全培地で培養したときに形成されるコロニーより特に小さいもの10個を釣菌し、麹エキス培地3mlに植菌した。これを30℃で3日間拡大培養した。釣菌株の保存は、15%グリセリン溶液1mlに拡大培養液200μlを懸濁してマイナス85℃の冷凍庫で保存した。釣菌株のフーゼルアルコール、芳香族アルコール生成量の比較は、更に麹エキス培地10mlで拡大培養し、0.45μのフィルターで酵母菌体を除いた培養液を用いて行った。実施例1、2と同様に、フーゼルアルコールはガスクロマトグラフィーを用いたヘッドスペース法により分析し、芳香族アルコールはHPLCを用いた方法により分析した。 バリンを唯一の窒素源とした最小栄養平板培地による結果を表2に、同じくロイシンの結果を表3、フェニルアラニンの結果を表4に示した。表から明らかなように、釣菌した10個の株はフーゼルアルコール、芳香族アルコール生成量に大きな違いがあり、最大/最小の数値から明らかなように釣菌した10株の間には1.4〜4.7倍の大きな違いが観察された。この結果はアミノ酸を単独に唯一の窒素源とした最小栄養平板培地を用いればこれまで存在が知られていなかった保存菌株の中の自然変異株を容易に効率的に分離できることを示すものである。 (優良清酒酵母の選抜) フェニルアラニンを唯一の窒素源とする最小栄養平板培地を用いて、協会酵母K601、K701、K901、K1001、K1401、K1501からそれぞれ親株よりも優れた自然変異株の分離を行った。選抜基準としては上述のフーゼルアルコール、芳香族アルコールの他に有機酸としてコハク酸、呈味性アミノ酸としてアラニン、グルタミン酸を加えた。 まず最小栄養培地の平板培地で培養し、各酵母からコロニーの大きさの小さい10株を釣菌した。次に麹エキス培地で培養した培養液を分析し、選抜基準であるフーゼルアルコール、芳香族アルコール、コハク酸、アラニン、グルタミン酸を比較し10株から5株を選抜した。なお、有機酸量、アミノ酸量の分析は定法に従った。この選抜した5株と親株を加えて総米100gの小仕込試験を実施し10℃、30日間の発酵を行い製成酒を得た。製成酒の化学分析と官能評価を行い、最も総合評価の高かった分離株を優良酵母として選択した。 表5〜表8は、親株とそれから分離選抜した最も総合評価の高かった優良自然変異株(IYAPU−1〜6)を比べたものである。製成酒の官能評価は表5に示したが、分離選抜した酵母は親株に比べて総合評価が大幅に向上した。その理由を化学成分で比べてみると、表6から明らかなようにコハク酸は各酵母とも親株より大幅に減少している。本発明者らは、コハク酸含有量は550ppm以下(好ましくは500ppm以下)が望ましいと考えているが、選抜株はほぼ満足できる数値であった。さらに、ほとんどの選抜株において、親株より総有機酸量も低減していた。 また、フーゼルアルコール(n−プロパノール、i−ブタノール、i−アミルアルコール)生成量は表7に示したように親株よりかなり減少していた。表7には示していないが、フェニルアラニンで選抜した株であることからもわかるとおりβ−フェニルエタノール生成量も親株より減少していた。更に、選抜株は酢酸エチルが大幅に減少しており、これが官能評価においてエステル臭の低減し総合評価に大きく貢献していると思われる。なお、K901から分離選抜したIYAPU−5、K1001から分離選抜したIYAPU−2は、吟醸香の成分であるカプロン酸エチルが大幅に向上していた。 さらには、表8に示したように、呈味性アミノ酸であるアラニン、グルタミン酸の総量についても、各変異株は親株より生成量が向上していた。これによって、官能評価(特に清酒の呈味性)の向上に大きく貢献していることがわかった。なお、その他の呈味性アミノ酸として、アルギニン及びアスパラギン酸についても、全ての変異株で親株より生成量が増加傾向にあった。 本発明は、清酒製造に用いられている協会酵母からそれに含まれる自然変異株を分離する技術と分離選抜した酵母に関するものであるが、遺伝子組み換え、紫外線照射、薬品処理など全く人為的な変異を加えていないため極めて自然であり、当業界の要望に応えるものである。 さらに本発明は、清酒酵母以外の酒類酵母(ビール酵母、焼酎酵母、ワイン酵母等)やその他食品に用いられている酵母(パン酵母等)についても、同様にフーゼルアルコール、芳香族アルコールの生成量の少ない優良酵母、呈味性アミノ酸生成量の多い優良酵母などの分離に用いることができる。そして、得られた酵母を用いることで、香りや呈味の良い酒類等を製造することができる。 本発明を要約すれば、以下の通りである。 本発明は、簡便かつ効率的に保存菌株の中に混在するフーゼルアルコール、芳香族アルコールの生成量が低減した自然変異株酵母を単離する技術を提供し、さらには、その中から発酵特性と製成酒の品質がより良い優良酵母を分離する技術を提供することを目的とする。 そして、窒素源として単一のアミノ酸を加えた最小栄養培地の平板プレートを用いて酵母を培養し、形成されたコロニーのうち、当該酵母を全てのアミノ酸を含む完全培地で培養したときに形成されるコロニーより小さいものを選択して取得する。さらに、コハク酸などの有機酸生成量やアラニン、グルタミン酸などの呈味性アミノ酸生成量を基準として選択することもできる。このようにして取得した優良酵母を使用して製造した酒類は、香りや呈味に優れたものとなり、例えば清酒においては、苦味、渋味、雑味、エグ味が非常に少なく、エステル臭が少なくかるい風味であり、且つふくらみ、旨味のある呈味性に優れた清酒が得られる。さらには、上述の寄託手続が進められている株を清酒製造に用いた場合、原料米の精白歩合が高くても(例えば50%以上でも)大吟醸のような香味、呈味が良好な清酒を製造できる。 本発明において寄託手続が進められている微生物の受領番号を下記に示す。(1)サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)IYAPU−1(NITE AP−885)。(2)サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)IYAPU−2(NITE AP−886)。(3)サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)IYAPU−3(NITE AP−887)。 バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンから選ばれる1種のアミノ酸を単一の窒素源とする最小栄養平板培地で4〜12日間酵母を培養し、形成されたコロニーのうち、当該酵母を全てのアミノ酸を含む完全培地で培養したときに形成されるコロニーより小さいものを選択して取得すること、を特徴とする当該アミノ酸低資化性の自然変異株酵母を分離する方法。 請求項1に記載の方法により得られた自然変異株酵母から、コハク酸生成量が親株より少ないものを更に選択すること、を特徴とする自然変異株酵母の分離方法。 請求項1又は2に記載の方法により得られた自然変異株酵母から、アラニン及び/又はグルタミン酸生成量が親株より多いものを更に選択すること、を特徴とする自然変異株酵母の分離方法。 酵母が清酒酵母である請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。 請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法により得られた、フーゼルアルコール及び/又は芳香族アルコールの生成量が親株より少なく、及び/又は、コハク酸生成量が親株より少なくアラニン及びグルタミン酸生成量が親株より多いこと、を特徴とするサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する自然変異株酵母。 清酒酵母、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)IYAPU−1(NITE AP−885)。 清酒酵母、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)IYAPU−2(NITE AP−886)。 清酒酵母、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)IYAPU−3(NITE AP−887)。 【課題】簡便かつ効率的に保存菌株の中に混在するフーゼルアルコール、芳香族アルコールの生成量が低減した自然変異株酵母を単離する技術を提供し、さらには、その中から発酵特性と製成酒の品質がより良い優良酵母を分離する技術を提供する。【解決手段】窒素源として単一のアミノ酸を加えた最小栄養培地の平板プレートを用いて酵母を培養し、形成されたコロニーのうち、当該酵母を全てのアミノ酸を含む完全培地で培養したときに形成されるコロニーより小さいものを選択して取得する。さらに、コハク酸生成量や呈味性アミノ酸生成量を基準として選択することもできる。【選択図】なし