タイトル: | 特許公報(B2)_アンモニア低発生性納豆菌、該納豆菌を用いた納豆の製造方法及び納豆 |
出願番号: | 2009501259 |
年次: | 2011 |
IPC分類: | C12N 1/20,C12N 1/21,C12N 15/09,A23L 1/20 |
加田 茂樹 藪崎 正広 JP 4657366 特許公報(B2) 20110107 2009501259 20080226 アンモニア低発生性納豆菌、該納豆菌を用いた納豆の製造方法及び納豆 株式会社ミツカングループ本社 398065531 松本 久紀 100097825 加田 茂樹 藪崎 正広 JP 2007047703 20070227 20110323 C12N 1/20 20060101AFI20110303BHJP C12N 1/21 20060101ALI20110303BHJP C12N 15/09 20060101ALI20110303BHJP A23L 1/20 20060101ALI20110303BHJP JPC12N1/20 AC12N1/21C12N15/00 AA23L1/20 109Z C12N 1/00- 1/38 C12N 15/00-15/90 A23L 1/20 JSTPlus(JDreamII) PubMed BIOSIS/MEDLINE/BIOENG(STN) CA/CONFSCI/SCISEARCH(STN) WPIDS(STN) 特開平06−269281(JP,A) 特開平08−154616(JP,A) 特開平08−275772(JP,A) J. Bacteriol.,1998年,vol. 180,6298-6305 古口久美子 他,納豆菌の育種に関する研究(第2報) 納豆菌の改良と高付加価値納豆菌の育種,栃木県工業試験研究機関研究集録,1995年,Vol.1994,p.170-173 J. Bacteriol.,1997年,vol. 197,3371-3372 7 FERM BP-10784 FERM BP-10947 JP2008053336 20080226 WO2008105432 20080904 22 20100705 中村 正展 本発明は納豆のアンモニア臭の原因物質たるアンモニアの発生量が低いアンモニア低発生性納豆菌とその開発方法ならびにその菌を用いたアンモニア臭の少ない納豆の生産に関する。さらに詳しくは、ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性が低減されたアンモニア低発生性納豆菌の開発方法と、その菌ならびにその菌を用いて生産されるアンモニア臭の少ない納豆に関する。 納豆は大豆を原料に納豆菌による発酵を行って生産され、納豆菌がつくる粘質物と共に、その特有の臭いに特徴のある食品である。 納豆中には、ピラジン類、アセトイン、ジアセチル、酢酸、プロピオン酸、短鎖分岐脂肪酸(イソ酪酸、イソ吉草酸、2メチル酪酸)、アンモニアなどを中心とした種々の揮発性成分が含有されていることが知られているが(例えば、非特許文献1参照)、これらの内のピラジン類、ジアセチルなどは、納豆好きの消費者に好まれるいわゆる納豆臭の主成分であるといわれている。 その一方で、いわゆるアンモニア臭やムレ臭は代表的な不快臭であるといわれており、なるべくこれらの不快臭の原因となる物質の濃度の低い納豆を開発することができれば、納豆の品質を向上させることができると期待できる。特にアンモニア臭は腐敗と結びつけられやすい香りであり、納豆の鮮度を推し量る目安となるため、高品質の納豆を生産する上でアンモニア臭を低減することは極めて重要な課題である。実際、ヒトが感じるアンモニア臭の閾値濃度は個人差があって一概に規定できないが、ほぼ40ppm未満であり、100ppmを越えると猛烈なアンモニア臭を感じる。従って、少なくとも40ppm未満には低減する必要がある。 納豆のアンモニア臭は特に夏場に発生しやすいことが知られている。夏場の気温は30〜35℃に達するため、流通過程において温度管理の行き届かない条件に納豆製品が放置されると、納豆菌により納豆が再発酵しアンモニア臭を発生させると考えられる。また、納豆製品はその輸送過程においてダンボールに多数詰め込まれており、熱放散が困難な状態になっているため、再発酵による発酵熱がさらにアンモニアの発生を加速させる一因となる。ダンボールに詰められた状態での納豆製品が35℃に放置された場合、実際の納豆の温度は7〜8時間後には40℃に達し、さらにアンモニア臭が多量に発生する。 これまで開発されてきた、大豆に蕎麦粉、小麦胚芽、大麦などを添加して納豆を生産する方法(例えば、特許文献1参照)では再発酵を抑制できないことから、アンモニア低減効果としては不十分であり、上記のような納豆製品の流通過程において発生するアンモニア臭を低減するには、アンモニアを発生させない納豆菌自体を開発することが求められていた。 このような観点から、発酵中や保存中にアンモニアをあまり発生しないように改良した納豆菌を開発し、その納豆菌を使用して納豆を生産しようとする試みが多くなされてきた。その殆どは納豆菌が本来保有するプロテアーゼ活性を低下させた納豆菌を開発して納豆を生産する方法(例えば、特許文献2及び特許文献3参照)であった。しかし、これらのアンモニア低減効果は4℃、あるいは25〜30℃における緩やかなアンモニア発生条件に限定されたものであり、上記の流通過程を想定した条件ではアンモニアを低減する効果が十分ではなく、さらなる納豆菌の改良が必要とされていた。 すなわち、夏場の気温を想定した35℃以上の過酷な条件で納豆製品が流通する過程においても、再発酵により発生するアンモニアを40ppm未満に抑制し、アンモニア臭を低減しうる納豆菌を開発することが求められていた。日本食品工業学会誌、31巻、p.587〜595、1984年特開昭56−154964公報特開平6−269281号公報特開平8−275772号公報 本発明は、35℃以上の過酷な条件での納豆製品の流通過程において、急速かつ多量に発生するアンモニア臭を40ppm未満に低減しうる納豆菌を育種、開発し、またその納豆菌を用いて納豆を生産することにより、鮮度が保持され、再発酵を起こさない納豆の生産方法を提供することを目的とするものである。 納豆のアンモニアは、大豆に含まれる多種類の窒素化合物が納豆菌により資化される際に発生すると考えられる。しかし大豆には非常に多種類の窒素化合物が含まれることから、納豆において納豆菌が発生させるアンモニアの原因となる主要な窒素化合物を特定することは極めて困難であった。 本発明者らは、納豆菌がどのような窒素化合物を資化した際に多量のアンモニアを生成するかについて鋭意検討を重ねた結果、納豆菌の尿素及びプロリンの資化能が低下した場合においてアンモニアの発生量が低下することを見出し、そして納豆菌の尿素及びプロリンの資化能を低下させることにより、再発酵時のアンモニア臭を効率よく低減させることが可能であることを確認して本発明を完成した。 さらに、納豆菌の尿素及びプロリンの資化には、それぞれウレアーゼ及びグルタミン酸脱水素酵素が関与すると推定されることから、これらの酵素活性を低下させることによってもアンモニアの発生量を低下させることが可能になることが期待された。 しかし、従来から納豆菌はその菌学的性質としてウレアーゼ活性が検出されないとされており、納豆菌にはウレアーゼ活性が無いものと考えられてきた。事実、納豆菌のウレアーゼ活性を、菌学的性質の同定の際に汎用されている市販キット(例えば、Api10S(日本ビューメリックス社製))によって測定したところ、ウレアーゼ活性が検出されなかった。 しかし、納豆菌細胞を破砕してウレアーゼ活性を測定すると有意なウレアーゼ活性が検出されたことから、納豆菌がウレアーゼ活性を欠いていることには疑問が持たれた。すなわち、納豆菌はウレアーゼ活性を保持しているが、検出方法によっては活性が検出されない場合があると考えられる。 菌学的性質の同定の際に用いられる市販キット、特に上記のApi10S(日本ビューメリックス社製)は嫌気条件下でウレアーゼ活性を検出する仕組みであるため、好気性細菌である納豆菌のウレアーゼ活性が正しく検出されなかったものと推察される。すなわち、納豆菌は尿素を資化することができ、その際にはウレアーゼが作用しているものと考えられる結果が得られた。 以上のことから、納豆菌の尿素資化能を低下させてアンモニアの発生量を低下させるにはウレアーゼ活性を低下させることが有効であり、このような納豆菌を開発することが納豆のアンモニア臭を低減する有効な手段であると考えられる。 一方、納豆菌はウレアーゼ以外に、非常に多種類のアンモニア発生酵素、例えばグルタミン酸脱水素酵素、アスパラギン酸アンモニアリアーゼ、グルタミナーゼ、アスパラギナーゼ、セリンデヒドラターゼ、ヒスチジンアンモニアリアーゼ、シスタチオニン−γ−リアーゼ、5,10−メチレンテトラヒドロ葉酸合成酵素、アデノシンデアミナーゼ、グアニンデアミナーゼ、シチジンデアミナーゼ、β−ウレイドプロピオナーゼ、アデノシンモノリン酸デアミナーゼなどを持ち、さらにはこれらの酵素が培養の条件によってその存在量や活性を大きく変化させるため、納豆において納豆菌が発生させるアンモニアの原因となる主要な酵素を類推することは極めて困難である。 しかし、本発明者らは、上記の如くプロリンの資化能を低下させることが有効であることが確認されたことに注目し、多種類存在するアンモニア発生酵素のうち、ウレアーゼに加えて、プロリン資化に関与する酵素の一つであるグルタミン酸脱水素酵素の活性を低下させた場合において、再発酵時のアンモニア臭を最も効率よく低減させることが可能であることも新たに発見した。 そこで、アンモニア発生能の低下した納豆菌を開発するために、まず変異処理により変異を導入することにより納豆菌の尿素及びプロリンの資化能を低下させる方法により、目的の納豆菌を開発することができた。 さらに、納豆菌のウレアーゼ遺伝子ならびにグルタミン酸脱水素酵素遺伝子を欠損させて、ウレアーゼ及びグルタミン酸脱水素酵素の活性を失活させることにより目的の納豆菌を開発できることも見出し、本発明を完成した。 すなわち、本発明は以下の(1)〜(10)に記載のとおりである。 (1)尿素資化能及びプロリンの資化能が低下したことを特徴とする納豆菌。 (2)単一窒素源として尿素を含む改変SP培地からの尿素資化率が15%以下に低下し、及び、単一炭素源及び単一窒素源としてプロリンを含むTSS培地からのプロリン資化率が5%以下に低下したことを特徴とする上記(1)に記載の納豆菌。 (3)ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性が低下したことを特徴とする、上記(1)又は(2)に記載の納豆菌。 (4)ウレアーゼ活性が40ユニット/mg蛋白質以下及びグルタミン酸脱水素酵素活性が140ユニット/mg蛋白質以下であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の納豆菌。 (5)ウレアーゼ遺伝子及びグルタミン酸脱水素酵素遺伝子の機能を低下ないし欠損させたことを特徴とする上記(4)に記載の納豆菌。 (6)バチルス・サチルスlap1811(Bacillus subtilis lap1811)株(FERM BP−10947)であることを特徴とする上記(1)又は(2)のいずれかに記載の納豆菌。 (7)バチルス・サチルスAML3(Bacillus subtilis AML3)株(FERM BP−10784)であることを特徴とする上記(5)に記載の納豆菌。 (8)上記(1)〜(7)のいずれかに記載の納豆菌を用いて製造されたことを特徴とする納豆。 (9)再発酵によるアンモニア臭の発生が抑制されたことを特徴とする上記(8)に記載の納豆。 (10)35℃においてもアンモニア濃度が40ppm未満であることを特徴とする上記(8)に記載の納豆。 本発明により、納豆の不快臭のひとつであるアンモニア臭の原因物質であるアンモニアの発生量が非常に低い納豆菌を育種開発する方法が提供され、その方法により開発されたアンモニア低発生性納豆菌を用いて納豆を生産することにより、再発酵によるアンモニア濃度が非常に低くアンモニア臭が著しく少ない納豆が製造可能となる。 以下、本発明を詳細に説明する。 本発明で育種改良に用いる元の納豆菌には特に制限はないが、通常納豆工業で使用されている発酵能力に優れた納豆菌や、自然界から分離取得された納豆菌、およびさらに改良を重ねた、優れた納豆菌を用いるのが望ましい。 納豆菌は、枯草菌バチルス・サチリス(Bacillus subtilis)に分類されているが、粘質物(糸引物質)などの納豆としての特徴をつくり出すことができ、納豆発酵での主体をなす細菌であって、また生育にビオチンを要求するとされるなどの特性を有していることなどから、バチルス・ナットウ(Bacillus natto)として分類されたり、枯草菌の変種としてBacillus subtilis var. nattoあるいはBacillus subtilis(natto)などと、枯草菌と区別して分類する場合もある。 納豆菌としては、Bacillus natto IFO3009株、Bacillus subtilis IFO3335株、同IFO3336株、同IFO3936株、同IFO13169株などがあるほか、各種の納豆菌が広く使用できる。 具体的には、市販納豆から分離したO−2株や該株の形質転換効率向上性変異株であるr22株(例えば、特開2000−224982号公報参照)が挙げられ、また市販の納豆種菌である高橋菌(T3株、東京農業大学菌株保存室)や宮城野菌(宮城野納豆製作所)など各種の納豆菌が適宜使用可能である。 本発明は、上記の納豆菌を元にして、尿素及びプロリンの資化能を低下させた納豆菌を育種することにより、再発酵によるアンモニアを発生しない納豆菌を取得するものである。このような場合の育種の方法のひとつとしては、変異処理により納豆菌の尿素及びプロリンの資化能を低下させる方法がある。 納豆菌の変異処理の方法は、従来実施されている方法が採用可能であり、例えば、ニトロソグアニジン(NTG)やエチルメタンスルホン酸(EMS)等による薬剤処理法や、γ線や紫外線等を用いる方法などによって変異させる方法などが利用可能である。 また、遺伝子組換え技術を用いて尿素及びプロリンの資化性に関与する遺伝子を欠損させる方法なども有効である。 尿素の資化能の低下は、尿素のみを単一窒素源として含む合成培地における生育の有無により判別できる。すなわち、硫酸アンモニウムを窒素源として含んでいる培地では生育できるが、尿素のみを単一窒素源として含んでいる培地では生育できない株をレプリカによって選抜すればよい。 また、プロリンの資化能の低下は、プロリンを単一炭素源及び単一窒素源として含む培地における生育の有無により判別できる。すなわち、硫酸アンモニウムを窒素源として含んでいる培地では生育できるが、プロリンを単一炭素源及び窒素源として含んでいる培地では生育しない株をレプリカによって選抜すればよい。 さらに、尿素及びプロリンの資化能の低下は、尿素やプロリンを含有する合成培地を用いて納豆菌を培養し、その際に、合成培地中から納豆菌によって消費される尿素やプロリンの量を測定することによって測定することができる。 尿素の資化率は以下の方法によって測定される。 すなわち、納豆菌を、硫酸アンモニウムに代えて尿素を添加した改変SP培地(組成:グルコース0.35重量/容量%、硫酸マグネシウム七水和物0.014重量/容量%、リン酸水素二カリウム0.42重量/容量%、リン酸二水素カリウム0.18重量/容量%、クエン酸ナトリウム−水和物0.03重量/容量%、グルタミン酸ナトリウム−水和物0.003重量/容量%、ビオチン0.00003重量/容量%、尿素0.06重量/容量%)に植菌し、37℃で終夜培養した後、培地中に残存した尿素量をアミノ酸分析計を用いて測定し、培養開始時の尿素量から残存した尿素量を差し引いて得られた尿素量を資化された尿素量として、尿素の資化率を測定することができる。 また、プロリンの資化率は、上記尿素の資化率の測定の場合に用いる培地を、グルコース及び硫酸アンモニウムに代えてプロリンを添加したTSS培地(組成:硫酸マグネシウム七水和物0.02重量/容量%、リン酸水素二カリウム0.0435重量/容量%、2−アミノ2−ヒドロキシメチル1,3−プロパンジオール0.6057重量/容量%、クエン酸ナトリウム−水和物0.004重量/容量%、ビオチン0.00001重量/容量%、塩化鉄(III)六水和物0.004重量/容量%、プロリン0.2重量/容量%)とする以外は、同様の方法によって測定することができる。 また、尿素及びプロリンの測定方法は以下のごときである。 すなわち、培養液をアミノ酸自動分析用クエン酸リチウム緩衝液(0.25M、和光純薬社製)で5倍に希釈し、0.22μmフィルターでろ過してから、積層カラムを用いてアミノ酸自動分析計(日本電子社製、JCL−500V/W)にて測定することができる。 さらに、本発明では、ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性を低下させた納豆菌を育種することによっても、再発酵によるアンモニアを発生しない納豆菌を取得することができる。 このような場合の育種方法のひとつとしては、ウレアーゼ遺伝子及びグルタミン酸脱水素酵素遺伝子を遺伝子組換えにより遺伝子を欠損させ、これら酵素の活性を低下させる方法がある。 納豆菌のウレアーゼは3つのサブユニットから構成されており、隣り合う3つの遺伝子(ureA及びureB及びureC)にコードされている。ウレアーゼ活性は、これらのいずれかを欠損することで失活させることが可能である。一方、グルタミン酸脱水素酵素遺伝子としては、rocG及びgudBの2つが存在しており、これらの遺伝子産物であるグルタミン酸脱水素酵素は個別に活性を保持している。このため、片方の遺伝子のみを欠損させたとしても、その欠損をもう一方が補うことからグルタミン酸脱水素酵素活性を十分に低下させることはできないため、グルタミン酸脱水素酵素活性を十分に低下させるためにはrocG及びgudBの両方を欠損させることが必要となる。すなわち、ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性失活株を取得するには、ureA又はureB又はureCのいずれかと、rocG及びgudBを欠損させればよく、その組合せや欠損の順序は問わない。 また、このような遺伝子組換え法を納豆菌で利用するには、納豆菌への遺伝子導入のための形質転換系が必要であるが、本発明では、形質転換能が向上した納豆菌を利用した実用的なレベルの形質転換系を利用して該遺伝子破壊用DNAを納豆菌に効率良く導入し、目的の遺伝子欠損株を育種することが出来たのである。 また、納豆菌の遺伝子組換え系の一つとしては、ファージベクターを利用した形質導入法(例えば、アプライド・アンド・エンバイロメンタル・マイクロバイオロジー(Appl. Environ. Microbiol.)、63巻、p.4087〜4089、1997年参照)が既に開発されており、本発明ではこの方法も利用される。 また、例えばpUC19などの多コピー数プラスミドベクターに対して当該ウレアーゼ遺伝子(ureA又はureB又はureC)、またはグルタミン酸脱水素酵素遺伝子(rocG及びgudB)に薬剤耐性遺伝子を挿入した遺伝子破壊用プラスミドを適当な制限酵素により直線化した後、既存のコンピテンス形質転換法(例えば、フェムス・マイクロバイオロジカル・レター(FEMS Microbiol. Lett.)、236巻、p.13〜20、2004年参照)を利用して納豆菌に導入して相同組換えを行わせ、当該ウレアーゼ遺伝子及びグルタミン酸脱水素酵素遺伝子を失活させることにより、ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性を低下させる方法も有効である。 また、変異処理により、上記のウレアーゼ遺伝子やグルタミン酸脱水素酵素遺伝子を変異させることによっても、ウレアーゼ活性やグルタミン酸脱水素酵素活性を低下させることが可能である。 さらに、本発明においては、ウレアーゼ遺伝子及びグルタミン酸脱水素酵素遺伝子の上流域にあるプロモーター領域を、遺伝子組換えや変異処理などによって発現を低下させることも有効である。 なお、上記のような変異処理や遺伝子組換え技術以外によっても、すなわち、既に資化能が低下していたり、目的遺伝子の発現が抑制され、酵素活性が低下している納豆菌を自然界から選抜するいわゆるスクリーニング法などの従来から実施されているような他の方法によっても育種が可能である。 このようにして開発された納豆菌の納豆生産への利用は、従来から実施されている方法を採用すれば良く、何ら制限がない。 例えば、納豆は丸大豆を原料として製造されたいわゆる丸大豆納豆が一般的であるが、一部には予め挽割った大豆を原料とする挽割り納豆もある。 丸大豆納豆の製造方法は、一般に原料である丸大豆を冷水に十数時間浸漬した後、蒸煮釜で加圧蒸気を用いて加圧蒸煮(1.5〜2Kg/cm2・128〜133℃)して得られた蒸煮大豆に対して、高温状態(70〜100℃)で納豆菌を接種し混合した後、所定の容器に充填してから発酵室に搬入して比較的高温度(40〜55℃程度)で所定時間(12〜48時間程度)発酵させた後、5℃前後、例えば4〜6℃で冷蔵熟成(12〜72時間程度)して完成させるのが一般的である。 また、挽割り納豆の場合は、予め挽割った大豆を水に浸漬する以外は、通常の丸大豆納豆の場合と同様の方法で製造される。 このような従来の納豆の製造方法において、本発明では発酵工程で用いる納豆菌を、前記方法によって育種改良した尿素及びプロリン資化能が低下した納豆菌や、ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性が低下した納豆菌などのアンモニア低発生性納豆菌に代えて使用することによって製造される。 このようにしてアンモニア低発生性納豆菌を用いて生産した納豆と、従来から利用されている通常の納豆菌を用いた納豆とを35〜40℃で再発酵させてアンモニア臭を比較すると、アンモニア低発生性納豆菌で製造した納豆は、アンモニアを閾値以下にしか含有しておらず、いわゆるアンモニア臭がほとんどないことが確認される。 なお、ヒトがアンモニア臭を感ずる閾値の濃度は、個人差があり一概には決められないが、一般のパネラーを用いてアンモニア臭を感じる濃度を調査した場合に40ppm未満でアンモニア臭を感じない結果が得られたことから、40ppm以下、おおむね40ppm未満であった。従って、納豆中のアンモニア濃度を40ppm未満とすることが好ましい。 納豆中のアンモニア濃度を40ppm未満とするためには、本発明では通常の納豆菌に比べて有意に尿素及びプロリンの資化能が低下した納豆菌が必要となるため、通常菌に比べて尿素資化率及びプロリン資化率が元株の2分の1程度以下であるような納豆菌を開発する必要がある。 本発明は、上記目的を達成するためになされたものであり、本発明によれば、例えば実施例1に記載したように、変異処理によって尿素及びプロリンの資化能の低下した新規納豆菌の育種に成功したものであって、その一つをバチルス・サチルスlap1811(Bacillus subtilis lap1811)株と命名し、これを独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国〒305−8566茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に、2008年1月29日付けで、国際寄託した。その受託番号は、FERM BP−10947である。 本発明によってはじめて育種された新規納豆菌は、その尿素資化率が9.4%に低下しており、かつ、プロリン資化率は0.8%に低下していて、その尿素資化能及びプロリン資化能が十分低下しており、その結果アンモニア生産性は9ppm程度であった。しかし、アンモニア臭を感知できる閾値は40ppm程度であることから、このような濃度までアンモニアが発生しても良いことから、例えば、尿素資化率が15%以下及びプロリン資化率が5%以下であればよい。 そして、このような新規納豆菌を使用することにより、アンモニア濃度が40ppm以下、例えば40ppm未満の納豆を製造することが可能となり、例えば17ppmのものが得られている(実施例)ことから、20ppm未満のものも充分可能である。したがって本発明によれば、アンモニア濃度が16〜40ppm、17〜40ppm、17〜20ppmといった各種の低アンモニア納豆を製造することが可能となるのである。 また、納豆中のアンモニア濃度を40ppm未満とするためには、本発明では通常の納豆菌に比べて有意にウレアーゼ活性及びグルタミン脱水素酵素活性が低下した納豆菌が必要となるため、通常菌に比べてウレアーゼ活性及びグルタミン脱水素酵素活性が3分の1程度以下となるような納豆菌を開発することによっても可能である。 本発明は、上記目的を達成するためになされたものであり、本発明によれば、例えば実施例2に記載したように、遺伝子組換え技術によってウレアーゼ遺伝子及びグルタミン酸脱水素酵素遺伝子を欠損させて、ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性が失活した新規納豆菌の育種に成功したものであって、その一つをバチルス・サチルスAML3(Bacillus subtilis AML3)株と命名し、これを独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国〒305−8566茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に、2007年2月19日付けで国際寄託した。その受託番号は、FERM BP−10784である。 本発明によってはじめて育種された新規納豆菌は、そのウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性が検出されないのものである。しかし、アンモニア臭を感知できる閾値は40ppm程度であることから、このような濃度までアンモニアが発生しても良いことから、例えば、ウレアーゼ活性が40ユニット/mg蛋白質未満及びグルタミン酸脱水素酵素活性が140ユニット/mg蛋白質未満であればよい。 そして、このような新規納豆菌を使用することにより、アンモニア濃度が40ppm以下、例えば40ppm未満の納豆を製造することが可能となり、例えば17ppmのものが得られている(実施例)ことから、20ppm未満のものも充分可能である。したがって本発明によれば、アンモニア濃度が16〜40ppm、17〜40ppm、17〜20ppmといった各種の低アンモニア納豆を製造することが可能となるのである。 なお、本発明におけるアンモニア濃度とは、以下の方法によって測定された値であると定義できる。すなわち、まず納豆検体約30gをシャーレに取り、直径18cm、厚さ4mmの円盤状すりガラス上に置いた後、該納豆を置いたすりガラス上に、図1に示す容積2.5Lのベルジャーと呼ばれるドーム型のガラス製密閉器具を置く。なお、ベルジャーとすりガラスの接触面にはワセリンを塗布し気密性を保持したうえで、20℃にて30分間アンモニアを揮発させた後、ベルジャー内のアンモニアをアンモニア用気体検知管(ガステック社製)を通じて100ml、1分間吸引してアンモニア濃度を測定する。 以下に、実施例等を挙げて本発明を具体的に説明する。(実施例1)(1)使用菌株等 納豆菌N64株を用いた。納豆菌N64株は、市販納豆から分離された親株O−2株のムレ臭を低下させた変異株であり、親株O−2株をニトロソグアニジン(NTG)を用いて化学変異処理することにより取得された株である(例えば、特開2000−354493号公報参照)。 培地は、表1に示すNB培地や、表2に示す改変SP培地(改変Spizizen培地)及び表3に示すTSS培地等を用いた。なお、固体培地には寒天1.5重量/容量%を添加した。 (表1) ―――――――――――――――――――― 成 分 濃 度 (重量/容量%) ―――――――――――――――――――― 肉エキス 1 ポリペプトン 1 塩化ナトリウム 0.5 ―――――――――――――――――――― (表2) ――――――――――――――――――――――――― 成 分 濃 度(重量/容量%) ――――――――――――――――――――――――― グルコース 0.35 硫酸マグネシウム七水和物 0.014 リン酸水素二カリウム 0.42 リン酸二水素カリウム 0.18 クエン酸ナトリウム一水和物 0.03 グルタミン酸ナトリウム一水和物 0.003 ビオチン 0.00003 硫酸アンモニウム 0.06 ――――――――――――――――――――――――― (表3)――――――――――――――――――――――――――――――――― 成 分 濃 度(重量/容量%)――――――――――――――――――――――――――――――――― グルコース 0.5 硫酸マグネシウム七水和物 0.02 リン酸水素二カリウム 0.0435 2−アミノ2−ヒドロキシメチル1,3−プロパンジオール 0.6057 クエン酸ナトリウム一水和物 0.004 ビオチン 0.00001 塩化鉄(III)六水和物 0.004 硫酸アンモニウム 0.2―――――――――――――――――――――――――――――――――(2)尿素及びプロリン資化能低下納豆菌の調製 i)尿素資化能の低下 納豆菌をNB培地に白金耳で植菌し、一晩37℃で振とう培養した後、遠心分離して50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7)で洗浄した。 約107CFU/mlの濃度の洗浄菌体に、終濃度160μg/mlとなるようにN−メチル−N’−ニトロ−ニトロソグアニジン(NTG)を添加し、60分間振とうして、変異処理を行った。この時の生存率は2%前後であった。 上記のようにして変異処理した菌体をNB培地で洗浄して形質を発現させ、その後、50mMナトリウム緩衝液(pH7)で洗浄し、固体NB培地に塗抹した。出現したコロニーを固体改変SP培地、及び硫酸アンモニウムに代えて尿素を添加した固体改変SP培地に移植し、37℃で2日培養した後、尿素を添加した固体改変SP培地で生育せず、固体SP培地で生育するコロニーを尿素資化能低下株であると判定し、合計18株取得した。得られた18株の尿素資化能低下株の胞子液と元株であるN64株の胞子液を調製し、該胞子液を用いて、常法通り納豆を作製した。 すなわち、浸漬した大豆を水切りし、1.8kg/cm2で18分間加圧蒸煮した。蒸煮した大豆1gあたり1,000〜4,000個の胞子を植菌し、40gずつPSPトレーに入れ、薄い被膜で表面を覆い、蓋をした後に、バッチ式納豆発酵室へ入れ、室温42℃及び高湿度下で発酵を行った。発酵終了後、4℃にて24時間熟成させ、その後に納豆としての品質を評価した。 用いた尿素資化能低下株18株のうち、納豆としての品質を満たした3株(lap5株、lap8株及びlap18株)の納豆について、納豆のアンモニア臭を測定した。4℃にて生産された納豆製品を通常の輸送形態と同様に梱包し、35℃にて放置した場合、納豆の品温は8時間かけて35℃に達し、その後40℃に到達する。そこで、35℃にて8時間、さらに40℃に4時間、合計12時間放置したそれぞれの納豆検体約30gをシャーレに取り、直径18cm、厚さ4mmの円盤状のすりガラスの上に置いた。 納豆を置いたすりガラス上に、図1に示したガラス製の容積が2.5リットルのベルジャーと呼ばれる鈴型の密閉器具を置いた。この際、すりガラスとベルジャーの接触面にはワセリンを塗布し、気密性を保持した。室温にて30分間放置し、アンモニアを十分揮発させた後、ベルジャー上部に取り付けた吸引チューブを通じて、ベルジャー内の揮発アンモニア量をアンモニア検知管にて測定した。表4(揮発アンモニアの定量)に結果を示す。 (表4) ――――――――――――――――――― 納豆菌 アンモニア濃度(ppm) ――――――――――――――――――― N64株 140 lap5株 110 lap8株 94 lap18株 64 ――――――――――――――――――― 以上の結果、3株の尿素資化能低下株は、いずれもアンモニア生産性が元株であるN64株よりも低減していることが確認されたが、最も低減したlap18株においても64ppmであり、アンモニア臭の閾値である40ppm未満までには低減しておらず、さらに改良が必要であると判断された。 ii)プロリン資化能の低下 そこで、さらに揮発アンモニアを低減するために、最もアンモニア低減効果の大きかった尿素資化能が低下したlap18株を次の親株として、N64株を用いて変異処理を実施した場合と同様に変異処理を実施した。 変異処理した菌体をNB培地で洗浄して形質を発現させ、その後に50mMナトリウム緩衝液(pH7)で洗浄し、固体NB培地に塗抹した。出現したコロニーを固体TSS培地、及びグルコース及び硫酸アンモニウムに代えてプロリンを添加したTSS培地に移植し、37℃で2日培養した後、プロリンを添加した固体TSS培地で生育せず、固体TSS培地で生育するコロニーを、尿素資化能の低下に加え、プロリン資化能も低下した株であると判定し、合計11株取得した。 得られた11株の尿素資化能及びプロリン資化能が低下した株の胞子液、元株であるN64株の胞子液、及び尿素資化能だけが低下したlap18株の胞子液を調製し、該胞子液を用いて、常法通り納豆を作製した。用いた尿素及びプロリン資化能低下株18株のうち、納豆としての品質を満たした3株(lap183株、lap184株及びlap1811株)の納豆について、尿素資化能低下株を用いて作成した際と同様に納豆のアンモニア臭を測定した。表5(揮発アンモニアの定量)に結果を示す。 (表5) ――――――――――――――――――――― 納豆菌 アンモニア濃度(ppm) ――――――――――――――――――――― N64株 140 lap18株 60 lap183株 21 lap184株 35 lap1811株 9 ――――――――――――――――――――― 以上の結果、3株の尿素及びプロリン資化能低下株は、いずれもアンモニア生産性が元株であるN64株よりも低減していることは勿論、アンモニア濃度は9〜35ppmであり、アンモニア臭の閾値である40ppm未満に低減していた。 特にlap1811株を用いて製造した納豆には、対照としたN64株及び尿素資化能が低下したlap1811株を用いて製造した納豆に比べて、揮発アンモニアの量は最も低減された。なお、lap1811株を用いて製造した納豆の品質は、専門のパネラーによる官能検査の結果、外観、糸引きの強さ、ともに、N64株を用いて作製した対照と同等のものであった。さらに、香りに関しては、アンモニア臭がほとんど感じられなかった。 lap1811株を、受託機関、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国〒305−8566茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に国際寄託した(受領日:2008年1月29日)。その受託番号は、FERM BP−10947である。 iii)菌学的性質 バシラス・サチリス(Bacillus subtilis)lap1811株(FERM BP−10947)の菌学的性質は次のとおりである。菌学的性質(a)形態<栄養細胞> 形状 :稈菌 大きさ :2〜3×1μm 運動性 :+ 胞子形成能 :+ グラム染色性 :+<胞子> 形状 :楕円形 大きさ :1.4〜1.6×0.8μm(b)培養的性質<標準寒天平板培養> 形状 :環状 表面 :皺がある 隆起状態 :隆起なし 色調 :不透明、乳白色 光沢 :無 周辺部 :ひだ状<液体培養> 表面の生育 :菌膜形成 混濁 :あり(c)生理学的性質 脱窒反応 :+ インドールの生成 :− 硫化水素の生成 :− クエン酸塩の利用 :+ 酸素要求性 :好気性 炭素源の資化性 (1)グルコース :+ (2)ラクトース :+ (3)アラビノース :+ (4)シュクロース :+ (5)グルタミン酸 :− (6)グルタミン :− (7)アルギニン :− (8)プロリン :− 酸素の要求性 :+ プロテアーゼ活性 :+ 最少培地での生育 :+ ビオチン要求性 :+ さらにN64株及びlap1811株を硫酸アンモニウムに代えて尿素を添加したSP培地及び硫酸アンモニウムに代えてプロリンを添加したTSS培地にて終夜培養し、培地中の尿素及びプロリンをアミノ酸分析計にて測定して、尿素資化率を測定した。 すなわち、培養液をアミノ酸自動分析用クエン酸リチウム緩衝液(0.25M、和光純薬社製)で5倍に希釈し、0.22μmフィルターでろ過してから、積層カラムを用いてアミノ酸自動分析計(日本電子社製、JCL−500V/W)にて測定した。 その結果、lap1811株ではN64株に比べて培地中に尿素及びプロリンが資化されずに残存していることが判明した。尿素またはプロリンが終夜培養によって資化された割合を資化率として表6に示した。 (表6) ――――――――――――――――――――――――――――― 納豆菌 尿素資化率(%) プロリン資化率(%) ――――――――――――――――――――――――――――― N64株 39 10.1 lap1811株 9.4 0.8 ――――――――――――――――――――――――――――― 以上の結果、lap1811株は、対照としたN64株に比べて尿素及びプロリンの資化率が低下しており、尿素資化率は9.4%であり、プロリン資化率は0.8%との結果が得られた。前述のごとく、lap1811株のアンモニア生産性は9ppmであり、アンモニア臭の閾値である40ppm未満を達成するには元株であるN64株の1/2以下の資化率に低下していることが確認された。(実施例2)(1)使用菌株等 納豆菌r22株は、市販納豆から分離された親株O−2株の形質転換能を高めた変異株であり、親株O−2株をニトロソグアニジン(NTG)を用いて化学変異処理することにより取得された株である(例えば、特開2000−224982号公報参照)。 大腸菌JM109、大腸菌ベクターpT7Blue、pUC19は宝酒造社製を用いた。 培地は、納豆試験法(例えば、「納豆試験法」、光琳出版、p.85−97、1990年参照)に記載の肉汁培地、胞子形成培地、Spizizenらの形質転換培地等を用いた。ただし、必要な場合は、エリスロマイシン(0.5μg/ml)、スペクチノマイシン(100μg/ml)、テトラサイクリン(10μg/ml)を添加した。 エリスロマイシン耐性遺伝子(GenBank ACCNo.V01278)及びスペクチノマイシン耐性遺伝子(GenBank ACCNo.X02588)はそれぞれ、pUC19のマルチクローニングサイトBamHI−XbaI間にクローニングしたものを用いた。テトラサイクリン耐性遺伝子は、宝酒造社製大腸菌−枯草菌シャトルベクターpHY300PLKからPCRにより増幅して用いた。(2)ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性の欠損株の調製 以下の方法により、ウレアーゼ遺伝子ureC、グルタミン酸脱水素酵素遺伝子rocG及びgudBのそれぞれを欠損させるベクターを構築し、適当な制限酵素で直線化した後、納豆菌に導入してコンピテンス法により相同組換えを起こさせて、ureC、rocG、gudBの順に欠損させ、ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性の欠損株を作製した。 i)ベクター構築 (A)ウレアーゼ遺伝子ureCを欠損させるためには、ureCの構造遺伝子部分にテトラサイクリン耐性遺伝子を挿入した、図2のようなureC欠損用ベクターを構築した。ureCの構造遺伝子を含む上流及び下流を増幅するために、GenBankに登録されているBacillus subtilis subsp. subtilis str.168株の塩基配列(登録番号NC000964)を基に、5’−TGAAACTGACACCAGTTGAACAAG−3’(配列表の配列番号1(図5)に記載)及び5’−TTATTCCGCTTCGCTTACCACTGTG−3’(配列表の配列番号2(図6)に記載)の2種のオリゴDNAを調製した。 これらをプライマーとして、またr22株の全DNAを鋳型に用いて、常法どおりPCRを行い、ureCの構造遺伝子を含む上流及び下流を含むように増幅した。この増幅したDNAをクローニングベクターpT7Blueにクローニングした後、ureC構造遺伝子中にあるSacII部位にテトラサイクリン耐性遺伝子を挿入することにより、図2に示すureC欠損用ベクターを得た。 なお、挿入に用いたテトラサイクリン耐性遺伝子は、以下のように調製した。テトラサイクリン耐性遺伝子を増幅するように、GenBankに登録されている塩基配列(登録番号D00946)を基に、5’−TCCCCGCGGCTGTTATAAAAAAAGGATCAA−3’(配列表の配列番号3(図7)に記載)及び5’−TCCCCGCGGTATTATTGCAATGTGGAATTG−3’(配列表の配列番号4(図8)に記載)の2種のオリゴDNAを調製し、これらプライマーを用いて、大腸菌−枯草菌シャトルベクターpHY300PLKPCRを鋳型にし、PCRにより増幅した。増幅したDNAの末端をSacIIにより消化し、ureC構造遺伝子中のSacII部位に挿入した。 同様にして。ureA欠損用ベクター、ureB欠損用ベクターも構築することができた。 (B)次に、グルタミン酸脱水素酵素遺伝子rocGを欠損させるために、染色体上のrocGをエリスロマイシン耐性遺伝子カセットと置換するような、図3に示すrocG欠損用ベクターを構築した。 rocGの構造遺伝子の上流を増幅するために、GenBankに登録されているBacillus subtilis subsp.subtilis str.168の塩基配列(登録番号NC000964)を基に、5’−GAGCTCAATATGTTCATATCAGCACG−3’(配列表の配列番号5(図9)に記載)及び5’−GGATCCCTTTTTCACCTCATTGTTTT−3’(配列表の配列番号6(図10)に記載)の2種のオリゴDNAを調製した。これらをプライマーとして用い、また、r22株の全DNAを鋳型に用いて、常法どおりPCRを行い、rocGの上流を含むように増幅した。rocGの構造遺伝子の下流についても、GenBankに登録されているBacillus subtilis subsp. subtilis str.168株の塩基配列(登録番号NC000964)を基に、5’−TCTAGATTTGAGAAGCCTCCGCAAAA−3’(配列表の配列番号7(図11)に記載)及び5’−GCATGCATAAGGATAGCTCGTGATCA−3’を(配列表の配列番号8(図12)に記載)の2種のオリゴDNAを調製した。上流と同様にr22株の全DNAを鋳型に用いて常法どおりPCRを行い、rocGの下流を含むように増幅した。 これらの増幅したDNAをクローニングベクターpT7Blueにクローニングした後、上流部分についてはSacI及びBamHIにより、下流部分についてはXbaI及びSphIによりそれぞれ消化した後、アガロース電気泳動によりそれぞれ短いほうの断片を回収した。これら末端が制限酵素により消化された上流部分及び下流部分を、あらかじめエリスロマイシン耐性遺伝子(GenBank登録番号V01278)がpUC19のBamHI/XbaI部位にクローニングされたベクターに順に挿入することにより、図3に示すrocG欠損用ベクターを得た。 (C)さらに、グルタミン酸脱水素酵素遺伝子gudBを欠損させるために、染色体上gudBをスペクチノマイシン耐性遺伝子で置換するような、図4に示すgudB欠損用ベクターを構築した。 gudBの構造遺伝子の上流を増幅するために、GenBankに登録されているBacillus subtilis subsp.subtilis str.168株の塩基配列(登録番号NC000964)を基に5’−GCATGCATGGAATCCTTATGGAATCAG−3’(配列表の配列番号9(図13)に記載)及び5’−TCTAGACCGGTGTTTCGATCGGCTGCC−3’(配列表の配列番号10(図14)に記載)の2種のオリゴDNAを調製した。これらをプライマーとして用い、また、r22株の全DNAを鋳型に用いて、常法どおりPCRを行い、gudBの上流を含むように増幅した。 gudBの構造遺伝子の下流についても、GenBankに登録されているBacillus subtilis subsp. subtilis str.168株の塩基配列(GenBank登録番号NC000964)5’−GGATCCCTTCGCGTTTTAGAGGCTGG−3’(配列表の配列番号11(図15)に記載)及び5’−GGTACCTAATCGATCCTTTGGACTTC−3’を(配列表の配列番号12(図16)に記載)の2種のオリゴDNAを調製した。上流と同様にr22株の全DNAを鋳型に用いて常法どおりPCRを行い、gudBの下流を含むように増幅した。 これらの増幅したDNAをクローニングベクターpT7Blueにクローニングした後、上流部分についてはXbaI及びSphIにより、下流部分についてはKpnI及びBamHIによりそれぞれ消化した後、アガロース電気泳動によりそれぞれ短いほうの断片を回収した。これら末端が制限酵素により消化された上流部分及び下流部分を、あらかじめスペクチノマイシン耐性遺伝子(GenBank登録番号X02588)がpUC19のBamHI/XbaI部位にクローニングされたベクターに順に挿入することにより、図4に示すgudB欠損用ベクターを得た。 ii)形質転換 大腸菌JM109を宿主として用いて調製したureC欠損用ベクターをScaIにより直線化し、コンピテンス法によりr22株を形質転換した。形質転換株の選択は、テトラサイクリン耐性を指標に行った。多数得られた形質転換株のうち8株からゲノムDNAを回収して遺伝子が欠損していることを確認し、そのうちの1株をAML1株と命名した。 次に、大腸菌JM109を宿主として用いて調製したrocG欠損用ベクターをScaIにより直線化し、コンピテンス法によりAML1株を形質転換した。形質転換株の選択は、エリスロマイシン耐性を指標に行った。多数得られた形質転換株のうち10株からゲノムDNAを回収して遺伝子が欠損していることを確認し、そのうちの1株をAML2株と命名した。 さらに、大腸菌JM109を宿主として用いて調製したgudB欠損用ベクターをScaIにより直線化し、コンピテンス法によりAML2株を形質転換した。形質転換株の選択は、スペクチノマイシン耐性を指標に行った。得られた形質転換株1株からゲノムDNAを回収して遺伝子が欠損していることを確認し、AML3株と命名した。 AML3株を、受託機関、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国〒305−8566茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に国際寄託した(受領日:2007年2月19日)。その受託番号は、FERM BP−10784である。 iii)菌学的性質 バシラス・サチリス(Bacillus subtilis)AML3株(FERM BP−10784)の菌学的性質は次のとおりである。菌学的性質(a)形態<栄養細胞> 形状 :稈菌 大きさ :2〜3×1μm 運動性 :+ 胞子形成能 :+ グラム染色性 :+<胞子> 形状 :楕円形 大きさ :1.4〜1.6×0.8μm(b)培養的性質<標準寒天平板培養> 形状 :環状 表面 :皺がある 隆起状態 :隆起なし 色調 :不透明、乳白色 光沢 :無 周辺部 :ひだ状<液体培養> 表面の生育 :菌膜形成 混濁 :あり(c)生理学的性質 脱窒反応 :+ インドールの生成 :− 硫化水素の生成 :− クエン酸塩の利用 :+ 酸素要求性 :好気性炭素源の資化性(1)グルコース :+(2)ラクトース :+(3)アラビノース :+(4)シュクロース :+(5)グルタミン酸 :−(6)グルタミン :−(7)アルギニン :−(8)プロリン :− 酸素の要求性 :+ プロテアーゼ活性 :+ 最少培地での生育 :+ ビオチン要求性 :+ iv)ウレアーゼの酵素活性 納豆菌r22株およびAML3株を、100mlのBSS最少培地(1.4% K2HPO4、0.6% KH2PO4、0.02% MgSO4・7H2O、1mg/l MnSO4、1mg/l FeCl2、0.5% グルタミン酸ナトリウムを含む)を入れた坂口フラスコ中で、37℃で振とう培養した。 濁度が0.3から0.6程度の対数増殖期の納豆菌を常法により集菌して凍結融解後、1mlの50mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5、150mM NaCl、1mM EDTA、0.1mM ジチオスレイトールを含む)に懸濁し、200μg/mlリゾチームにて37℃10分処理後、超音波にて60秒間破砕し、粗酵素液として用いた。 酵素活性は、常法(例えば、「ジャーナル・オブ・バクテリオロジー(Journal of Bacteriology)」、173巻、p.23〜27、1991年参照)に従って測定した。表7(ウレアーゼの酵素活性)に結果を示す。 (表7) ――――――――――――――――――――― 発酵菌株 酵素活性(U/mg蛋白) ――――――――――――――――――――― r22株 120 AML3株 検出されず ――――――――――――――――――――― 対照としたr22株では、高い活性が検出されたのに対し、AML3株では活性が検出されず、AML3株がウレアーゼ失活株となっている事が確認された。 v)グルタミン酸脱水素酵素の酵素活性 納豆菌r22株およびAML3株を、30mlのDS培地(0.8% Nutrient Broth、0.1% KCl、0.025% MgSO4・7H2O、1mM Ca(NO3)2、10μM MnCl2・4H2O、1μM FeSO4・7H2Oを含む)を入れた坂口フラスコ中で、37℃で振とう培養した。 濁度が0.6から0.8程度の対数増殖期の納豆菌を常法により集菌し、3mlの破砕緩衝液(50mM Tris−HCl(pH7.5)、20% グリセロール、100mM NaCl、1mM EDTA、1mM フェニルメチルスルホニルフロリドを含む)に懸濁後、超音波にて60秒間破砕し、粗酵素液として用いた。 酵素活性は、常法(例えば、「ジャーナル・オブ・バクテリオロジー(Journal of Bacteriology)」、180巻、p.6298〜6305、1998年参照)に従って測定した。表8(グルタミン酸脱水素酵素活性)に結果を示す。 (表8) ―――――――――――――――――――― 納豆菌 酵素活性(U/mg蛋白) ―――――――――――――――――――― r22株 415 AML3株 検出されず ―――――――――――――――――――― 対照としたr22株ではグルタミン酸脱水素酵素の高い活性が検出されたのに対し、AML3株では、該活性が検出されず、AML3株はウレアーゼ活性が欠損しており、さらにグルタミン酸脱水素酵素活性も欠損している事が確認された。(3)納豆製造 納豆のアンモニア臭は、気相に存在するアンモニアによるものであるから、揮発したアンモニアの量を測定することが望ましい。このため、納豆から発生する気体のアンモニア量を測定した。 4℃にて生産された納豆製品を通常の輸送形態と同様に梱包し、35℃にて放置した場合、納豆の品温は8時間かけて35℃に達し、その後40℃に到達する。 そこで、r22株、ウレアーゼ活性が欠損しているAML1株、ウレアーゼ活性及びグルタミン酸脱水素酵素活性が欠損したAML3株を用いて、常法に従って納豆を製造後、24時間5℃での熟成工程を経て、35℃にて8時間、さらに40℃に4時間、合計12時間放置したそれぞれの納豆検体約30gをシャーレに取り、直径18cm、厚さ4mmの円盤状のすりガラスの上に置いた。 納豆を置いたすりガラス上に、ガラス製の容積が2.5リットルのベルジャーと呼ばれる鈴型の密閉器具を置いた。この際、すりガラスとベルジャーの接触面にはワセリンを塗布し、気密性を保持した。室温にて30分間放置し、アンモニアを十分揮発させた後、ベルジャー上部に取り付けた吸引チューブを通じて、ベルジャー内の揮発アンモニア量をアンモニア検知管にて測定した。表9(揮発アンモニアの定量)に結果を示す。 (表9) ――――――――――――――――――――― 納豆菌 アンモニア濃度(ppm) ――――――――――――――――――――― r22株 130 AML1株 44 AML3株 17 ――――――――――――――――――――― AML3株を用いて製造した納豆には、対照としたr22株及びウレアーゼ活性が欠損したAML1株を用いて製造した納豆に比べて、揮発アンモニアの量は著しく低減され、納豆の香りに敏感なパネラーの閾値である20ppm以下にまで低減された。 なお、AML3株を用いて製造した納豆の品質は、専門のパネラーによる官能検査の結果、外観、糸引きの強さ、ともに、r22株を用いて作製した対照と同等のものであった。さらに、香りに関しては、アンモニア臭がほとんど感じられなかった。 さらに、r22株及びAML3株を、実施例1と同様にして、硫酸アンモニウムに代えて尿素を添加した改変SP培地及び硫酸アンモニウムに代えてプロリンを添加したTSS培地にて終夜培養し、培地中の尿素及びプロリンをアミノ酸分析計にて測定したところ、AML3株ではr22株に比べて培地中に尿素及びプロリンが資化されずに残存していることが判明した。尿素またはプロリンが終夜培養によって資化された割合を資化率として表10に示す。 (表10) ――――――――――――――――――――――――――― 納豆菌 尿素資化率(%) プロリン資化率(%) ――――――――――――――――――――――――――― r22株 29 12 AML3株 5.4 4.2 ――――――――――――――――――――――――――― 以上の結果、AML3株は、対照としたr22株に比べて尿素及びプロリンの資化率が低下しており、尿素資化率は5.4%であり、プロリン資化率は4.2%との結果が得られた。前述のごとく、AML3株のアンモニア生産性は17ppmであり、アンモニア臭の閾値である40ppm未満を達成するには十分な、元株であるr22株の約1/2以下の資化率に低下していることが確認された。本発明のアンモニア濃度測定時に用いるベルジャーの概略を示す図である。ウレアーゼ遺伝子ureC欠損用ベクター構築の概略を示す。グルタミン酸脱水素酵素遺伝子rocG欠損用ベクター構築の概略を示す。グルタミン酸脱水素酵素遺伝子gudB欠損用ベクター構築の概略を示す。配列番号1で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号2で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号3で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号4で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号5で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号6で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号7で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号8で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号9で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号10で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号11で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。配列番号12で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。 ウレアーゼ遺伝子及びグルタミン酸脱水素酵素遺伝子を遺伝子破壊することにより、これらの遺伝子の機能を低下ないし欠損させ、単一窒素源として尿素を含む改変SP培地からの尿素資化率が15%以下に低下し、及び、単一炭素源及び単一窒素源としてプロリンを含むTSS培地からのプロリン資化率が5%以下に低下したことを特徴とするアンモニア低発生性納豆菌。 ウレアーゼ活性が40ユニット/mg蛋白質以下及びグルタミン酸脱水素酵素活性が140ユニット/mg蛋白質以下であることを特徴とする請求項1に記載の納豆菌。 尿素資化能及びプロリン資化能が低下した納豆菌、バチルス・サチルスlap1811(Bacillus subtilis lap1811)株(FERM BP−10947)。 ウレアーゼ遺伝子及びグルタミン酸脱水素酵素遺伝子を遺伝子破壊することにより、これらの遺伝子の機能を欠損させた納豆菌、バチルス・サチルスAML3(Bacillus subtilis AML3)株(FERM BP−10784)。 請求項1〜請求項4のいずれかに記載の納豆菌を用いて製造されたことを特徴とする納豆。 再発酵によるアンモニア臭の発生が抑制されたことを特徴とする請求項5に記載の納豆。 35℃においてもアンモニア濃度が40ppm未満であることを特徴とする請求項5に記載の納豆。配列表