タイトル: | 公開特許公報(A)_高純度リゾホスファチジルイノシトール及び糖脂質の製造方法 |
出願番号: | 2009291764 |
年次: | 2010 |
IPC分類: | C12P 7/64 |
濱口 展年 園 良治 ▲高▼ 行植 JP 2010063470 公開特許公報(A) 20100325 2009291764 20091224 高純度リゾホスファチジルイノシトール及び糖脂質の製造方法 辻製油株式会社 591193037 岩谷 龍 100077012 濱口 展年 園 良治 ▲高▼ 行植 C12P 7/64 20060101AFI20100226BHJP JPC12P7/64 2 2000197050 20000629 OL 12 4B064 4B064AD85 4B064CA21 4B064CB04 4B064CD15 4B064CD22 4B064DA01 4B064DA10 本発明は、高純度植物性リゾホスファチジルイノシトールの製造法に関するものであり、更に詳しくは他のリン脂質と混在している状況の下で、リゾホスファチジルイノシトールを高純度で得ることができる酵素反応を利用した当該化合物の製造法に関するものである。 リン脂質として知られている1,2−ジアシルグリセロリン脂質は、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸を主とする混合物として、大豆、小麦、大麦、トウモロコシ、ヒマワリ、ナタネ、落花生、綿実等に多量存在している。これらの中、レシチン(ホスファチジルコリン)は卵黄由来と植物由来の2種類に大別されるが、植物リン脂質のなかには、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸が大量に含まれていることが知られており、その利用が注目されている。リン脂質はそのままで利用されるだけではなく、リン脂質をリゾ化したリゾリン脂質例えば、植物由来のレシチンである大豆レシチンをリゾレシチンに変えて利用される。即ち、大豆レシチンに水を加えて加水分解酵素としてホスホリパーゼA1又はA2を作用させて、かかるリン脂質の脂肪酸部を分解し、2−モノアシルグリセロリン脂質、又は1−モノアシルグリセロリン脂質に改質したリゾレシチン変える。このような大豆リゾレシチンは、通常の大豆レシチンに比べ、乳化性、タンパク質やデンプンとの結合能、離型作用が優れていることから近年その需要が増している。 ところで、かかる大豆リゾレシチンの製造には、ブタ膵臓由来の酵素剤パンクレアチンに含まれるホスホリパーゼA2が使用されており、ノボ・ノルディスク社で商品化されたレシターゼ10Lが専ら用いられているけれど、この酵素はリン脂質の内、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸を加水分解するが、ホスファチジルイノシトールには作用しない。そのために大豆リン脂質をリゾ化した際に、ホスファチジルイノシトールが加水分解されていないことから、構成リン脂質中のホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンがリゾ化されたリゾリン脂質が主要部を占める大豆リゾリン脂質が提供され、利用されている現状にある。即ち、上記大豆リゾリン脂質の特性はこれら二種の主要リン脂質で特徴づけられ、特にホスファチジルコリンのリゾ体がこの特性発現に大きく関与することから、ホスファチジルコリン含量の高いリゾ型のリン脂質を止むを得ず利用しているのが現状である。 ホスファチジルイノシトールは、上記の如く植物リン脂質にのみ存在し、生体内で細胞の情報伝達に係り、そのリゾ体と共に生理作用で注目されている(J. E. Bleasdale, et al(eds), Inositol and Phosphoinositides, Humana Press, 1985)物質である。ホスファチジルイノシトールは又、稚アユや稚クルマエビの成長促進作用(金沢ら、Z. Angew. Ichthyol 1(4)165(1985), Acuacu Hure 50 39(1985))や加熱調理用油脂で風味や離型性で優れた作用(特開平4−330253号公報、特開平5−168404号公報)を示すことが報告されている。リゾホスファチジルイノシトールは抗カビ作用(特開平6−256366号公報)をもつことが報告されている。 前述の抗カビ作用を示すリゾホスファチジルイノシトールは、マボヤより抽出されたものであるが、植物リン脂質に多く存在するホスファチジルイノシトールやそのリゾ体には生理作用も含めて多くの有用な作用を持つものとされているにも拘らず、工業的に製造する方法が確立していないため、未だ実用的なレベルでの使用に十分な量のリゾホスファチジルイノシトールを提供することができず、従って開発が進められていないのが現状である。又植物リン脂質の中にはスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質等生理的に有用で、応用面が期待されている物質が混在して含まれているが、その分離法はクロロホルム、アセトンを用いたシリカゲルカラム分画法(特開平4−282317号公報)であり、工程的に煩雑であるから実用的な工業的製造方法としては採用しがたい方法である。 ここにおいて、本発明は、かかる事情を背景にして鋭意研究の結果、為されたものであって、その解決課題とするところは、植物リン脂質に多く含まれているホスファチジルイノシトールから、特にリゾホスファチジルイノシトールを高純度、高収率で得る方法を提供することにあり、又、植物リン脂質中に混在して含まれているリン脂質以外のスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質などを効率的に得る方法を提供することにある。 本発明者らは、アスペルギルス(Aspergillus)属の糸状菌、特にアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)又はアスペルギルス・オリゼ(Aspergillusoryzae)が生産するホスホリパーゼA1(三共株式会社で商品化されている)について、このホスホリパーゼA1の作用を鋭意研究した結果、当該酵素を植物リン脂質に作用させるとき、その中のホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸は加水分解を受けて、C1位、C2位共にアシル基の離脱を起こしたが、ホスファチジルイノシトールはリゾホスファチジルイノシトールで留まっていることを見いだした。本発明は斯かる知見に基づいてさらに検討を重ねて成されたものである。 ホスホリパーゼA1は、特開平6−062850号公報及び特開平7−031472号公報に記載の如く、グリセリンのC−2位のパルミトイル基を14Cで標識したものとC−1位及びC−2位のパルミトイル基を14Cで標識したL−α−ジパルミトイルホスファチジルコリンへの酵素反応に際し、C−1位とC−2位のパルミトイル基が14C標識されたホスファチジルコリンのみから標識されたパルミチン酸が遊離したので、この酵素がC−1位のアシル基のみに作用すると報告されている。 しかし、本発明者らがこの酵素を用いて大豆レシチンの酵素分解を行ったところ、反応時間と共にホスファチジルコリンの加水分解が進行し、リゾホスファチジルコリンになるが、さらに反応を続けると、加水分解が進み脂肪酸基が2個とも加水分解されたグリセロホスホリルコリンになることを見出したのである。ホスホリパーゼA2であるノボ・ノルディスク社のレシターゼ10Lの場合はリゾホスファチジルコリンがそれ以上分解されないのに対し、ホスホリパーゼA1による斯かる反応はホスファチジルコリンのみならず、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸でも同様に起こり、全てがグリセロ体にまで加水分解された。 この酵素はホスファチジルイノシトールに作用して、これを酵素分解することについては先に述べたが、ホスファチジルイノシトールに対する作用及びこれが加水分解を受けて生成するリゾホスファチジルイノシトールに対する作用について、酵素特異性が乏しいためか、基質の反応速度が遅いためか判然とはしないけれども、リゾホスファチジルイノシトールが反応時間の経過と共に他のリゾホスファチジルコリン、リゾホスファチジルエタノールアミンやリゾホスファチジン酸よりも多く反応系内に残り得るという予想外の現象を見出したのである。本発明者らは、以下に述べるところからみて、基質の反応速度が遅いためであると考えているが、斯かる状況下において、本発明者らは、リン脂質混合体をそのまま酵素分解することによりホスファチジルイノシトール、特にリゾホスファチジルイノシトールを効率よく製造することが出来ることを見出したのである。 尚、このように生じたリゾホスファチジルイノシトールについて、ホスホリパーゼA1との反応を進めると酵素分解し脂肪酸基が2個加水分解されたグリセロホスホリルイノシトールへと変わる。斯かる状況から、ホスホリパーゼA1がリン脂質の脂肪酸をすべて加水分解するホスホリパーゼBと同じ作用を示すことを見出したのである。ホスホリパーゼBがその起源により加水分解するリン脂質の種類に左右されるのに対し、この酵素は植物リン脂質の主要リン脂質をすべて加水分解することから、植物リン脂質中に含まれるスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質などの有用な物質を適宜な溶媒を選択することにより、容易に高濃度で得ることができる方法をも見いだしたことは本発明者らの本酵素に関する新規な知見であり、これによりスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質などを取り出す新規な方法を切り拓いたのである。 すなわち、本発明者らは、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン及びホスファチジン酸のジアシルグリセロリン脂質はホスホリパーゼA1の作用を受けて、反応時間の経過と共にそれぞれリゾホスファチジルイノシトール、リゾホスファチジルコリン、リゾホスファチジルエタノールアミン及びリゾホスファチジン酸のモノアシルグリセロリン脂質に加水分解されるのであるが、これらのモノアシルグリセロリン脂質はさらに当該酵素によって脱アシル化されてそれぞれのグリセロホスホリル体にまで加水分解されること、ジアシルグリセロリン脂質からモノアシルグリセロリン脂質への変換において、4種のリン脂質の中でホスファチジルイノシトールが最も遅いこと、リゾホスファチジルイノシトール以外の3種のモノアシルグリセロリン脂質はさらにグリセロホスホリル体への当該酵素によるさらなる加水分解が進行するから、リゾホスファチジルイノシトールの反応液中の含有量が他のモノアシルグリセロリン脂質の反応液中の含有量よりも多くなり得ること、リゾホスファチジルイノシトールは反応混合物中の他のモノアシルグリセロリン脂質が加水分解されたそれぞれのグリセロホスホリル体から容易に分離し得ること、そして全てのジアシルグリセロリン脂質がホスホリパーゼA1の作用によってモノアシルグリセロリン脂質を経て、それぞれのグリセロホスホリル体にまで加水分解されるとき、加水分解反応の出発原料物質(例えば大豆リン脂質)に、例えばスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質などの有用物質が含まれている場合、それから分離しにくいジアシルグリセロリン脂質、モノアシルグリセリン脂質がもはや反応混合物に実質的に存在しないから、反応混合物から容易に採取しうること等、数多くの新知見を得、さらに検討を重ねて本発明を完成するに至った。 すなわち、本発明は(1)含水植物リン脂質にアスペルギルス属の糸状菌が生産するホスホリパーゼA1を作用させることを特徴とする高純度リゾホスファチジルイノシトールの製造法、(2)前記ホスホリパーゼA1の作用時間を調節することによる前記(1)記載のリゾホスファチジルイノシトールを高収率で得る製造法、(3)含水植物リン脂質に前記ホスホリパーゼA1を長時間作用させスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質を得ることを特徴とするスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質の製造法、(4)前記ホスホリパーゼA1がアスペスギルス・ニガー(Aspergillus nigar)又はアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)が生産するホスホリパーゼA1のいずれかである前記(1)乃至前記(3)の何れかに記載の製造法、(5)含水植物リン脂質を分画し、ホスファチジルイノシトールを高濃度に含有したものを原料として用いる前記(1)又は(2)若しくは前記(4)の何れかに記載の製造法、(6)前記(1)乃至前記(5)のいずれかに記載の製造方法においてアルカリ水溶液、酸性水溶液又は緩衝液を加えて酵素の至適pHで反応を行うことを特徴とする前記(1)乃至前記(5)記載のいずれかに記載されている製造法、(7)(a)ホスファチジルイノシトールと(b)ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン及びホスファチジン酸から選ばれる1〜3種とを含む植物リン脂質混合物をリゾホスファチジルイノシトールの生成量がリゾホスファチジルコリン、リゾホスファチジルエタノールアミン及びリゾホスファチジン酸のいずれの生成量よりも多くなるまでホスホリパーゼA1で加水分解することを特徴とするリゾホスファチジルイノシトールの製造方法、及び(8)(c)植物リン脂質及び(d)スフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド及びグリセロ糖脂質の1種以上を含有する植物材料を植物リン脂質の実質的に全てをグリセロホスホリル体に変化するまでホスホリパーゼA1で加水分解し、反応液から上記(d)成分を採取することを特徴とするスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド及びグリセロ糖脂質の1種以上の製造方法、に関する。 含水植物リン脂質にアスペルギルス属の糸状菌が産出するホスホリパーゼA1を作用させることによって、有用なリゾホスファチジルイノシトールが高純度かつ高収率で製造できる。又、植物リン脂質中に混在してくるリン脂質以外の有用物質であるスフィンゴ糖脂質及びステリルグリコシドも工業的有利に製造することができることを見出した。PL−A1分解レシチンのTLC展開図である。ペースト状大豆レシチンの酵素反応推移を示す。 本発明方法で使用される原料物質は、含水植物リン脂質と称する。これは、植物由来であって、(a)ホスファチジルイノシトールと(b)ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン及びホスファチジン酸から選ばれる1種以上を含むものならどのようなものでもよく、所望により、さらにスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド及びグリセロ糖脂質の1〜3種を含んでいるものでもよい。これらは通常は水を含んでいるが、場合によっては水を含まなくともよく、それらを総称して本発明は含水植物リン脂質と称する。具体的には例えば、大豆、小麦、大麦、トウモロコシ、ヒマワリ、ナタネ、落花生、綿実等の植物又はその処理物で上記の化学成分を含むものが、便宜に使用される。最も好ましい原料はペースト状大豆リン脂質であるが、公知方法で容易に製造できる。 本発明で使用されるホスホリパーゼA1は公知の酵素であって、例えば特開平7−31472号公報の記載に従って容易に製造することが出来る。この酵素の好ましい条件はpH4.0〜5.0で温度約50℃乃至60℃程度であるから、反応条件をそのように設定するのが好ましい。pH値の調節には、自体公知の手段に従って、アルカリ水溶液(例えばNaOH水溶液)、酸性水溶液(例えば1N塩酸)を使用してよい。酵素による加水分解反応の反応時間は一概にはいえない。リゾホスファチジルイノシトールを選択的に製造する場合は、反応液中に、少なくとも反応混合物中のリゾホスファチジルイノシトールの含有量がリゾホスファチジルコリン、リゾホスファチジルエタノールアミン及びリゾホスファチジン酸の反応混液中の含有量よりも高くなるまで加水分解反応を行うのが好ましい。又、反応液からスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質の1種以上を採取する場合は、上記4種のジアシルグリセロリン脂質のいずれもがそれぞれ対応するモノアシルグリセロリン脂質を経由して対応するグリセロホスホリル体にまで加水分解されるまで加水分解反応を継続させるのが好ましい。反応終了後、自体公知の手段に従って、目的物を反応混合物から採取することが出来る。本発明の好ましい実施の態様を以下に説明する。%部は特にことわりのない限り、それぞれ重量%、重量部である。 ところで、かくの如き本発明に従う手法において、原料として用いられる植物リン脂質は、各種リン脂質の混合物のまま用いることができるが、植物リン脂質をエタノールで分画すると、ホスファチジルイノシトールがエタノールに溶けないことから、エタノール不溶部にホスファチジルイノシトールがほとんど全量残留することとなるので、このエタノール不溶部をリゾホスファチジルイノシトール製造の原料として用いることもでき好都合である。又、植物リン脂質をヘキサンに溶解し、水性エタノールで分画すると、水性エタノール区分に糖脂質類が残留することから(H.Pardun, Proceeding of the 2nd International Colloquimon Soya Lecithin, Brighton England, April 3(1982))、この画分をステリルグリコシド、糖脂質製造の原料として用いることもできる。いずれにせよ、取得する目的物質に応じて、前処理として、植物リン脂質を適宜分画し、使用することは反応後の後処理を簡便にすることになるので状況により適宜行われるところである。 本発明における酵素反応は、酵素と基質を水性媒体中又は湿潤状態で接触させることにより行われ、必要に応じて非イオン性有機溶媒(例えばジエチルエーテル、ジオキサンのようなエーテル類、ヘキサン、ベンゼン、トルエンのような炭化水素類、酢酸エチル、酢酸ブチルのようなエステル類等)共存下で行うことも可能である。又、水性又は湿潤体には、必要に応じて、酸、アルカリ又は緩衝液を加えてpH3.5乃至6.5に調整することが反応を促進することになる。本酵素の添加量は反応温度、反応時間、反応時のpH、基質の性状や品質、夾雑する物質、要求される効果の程度等により異なるが、好適には1,000ユニット/gの酵素を用いて、基質に対して0.05重量%乃至5重量%である。 本酵素の反応温度は10℃乃至70℃(好適には30℃乃至60℃)であり、反応に要する時間は、反応温度、pH、基質の種類により異なるが、通常1日乃至10日間である。反応の進行は日本油化学会編「基準油脂分析試験法4.3.3.1リン脂質組成(薄層クロマトグラフ法)」に従って主要なリン脂質組成の変化を辿ることで調べられるが、主要なリン脂質のリゾ体の変化はこの分析法で用いる薄層の展開溶媒条件〔一次展開−クロロホルム:メタノール:7モルのアンモニア水(130:60:8)、二次展開−クロロホルム:メタノール:酢酸:水(170:25:25:6)〕では不適合で各リン脂質のリゾ体の分離ができない。そこで本発明者らは種々展開溶媒を検討した結果、一次展開溶媒としてクロロホルム:メタノール:7モルのアンモニア水(130:70:8)、二次展開溶媒としてクロロホルム:メタノール:酢酸:ギ酸(50:30:4.5:6.5)を用いることにより各リン脂質のリゾ体が明確に分離することを見出し、各リン脂質のリゾ体の標品と比較することにより、その同定を行った。図1に各リン脂質のリゾ体の分離状況を示す。 ペースト状大豆リン脂質(リン脂質含量62%)の50%水溶液に三共株式会社製ホスホリパーゼA1(11,900ユニット/g)を0.08%添加し、50℃で反応した結果を図2に示す。各リン脂質の含有割合は、上述の日本油化学会編「基準油脂分析試験法」に従い測定したが、展開溶媒は上述の図1の条件に変更し測定した。その結果、溶液の酸価の上昇に従いホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸は若干の反応性の違いはあるものの、反応が進行して各リゾ体を与えるが各リゾ体を蓄積することなく、反応を続行すると、さらに分解し各リン脂質はそれぞれグリセロホスホリル体へと変化する。その結果、図1の原点部分のリン含量が大幅に上昇する。一方ホスファチジルイノシトールは分解が遅く、又リゾ体に変わったものの更なる加水分解も遅く、酸価77.4の時点ではリゾホスファチジルイノシトールが9.2%、即ちホスファチジルイノシトールと合わせると、もとの量の67%の量で得られ、且つ、この生成物中の原点部を除いたリン脂質中ではリゾホスファチジルイノシトールが69%を占める高純度のものになる。この結果は実施例で再度詳述するが、これにより高純度リゾホスファチジルイノシトールを得ることができることから、その有効な製造法であることが判然とし、製法として確立されたのである。 酵素反応が終了した後、約70℃乃至90℃程度で10分乃至2時間の加熱処理によって酵素の失活を行う。酵素の失活には加熱条件の他にpH処理、加圧処理等を単独で又は適宜組み合わせて用いても良い。酵素失活後アセトンによる脱脂、引き続きヘキサンと水性エタノールとの分画など通常良く用いられる分画方法により、ヘキサン部から該リゾホスファチジルイノシトールを高純度で得ることができる。 リゾホスファチジルイノシトールを得た前記の酵素反応を引き続き行い、溶液の酸価が90に達するまで反応を続行した。酸価77.4の時点において、リゾホスファチジルイノシトール以外に若干残っていたリン脂質やリゾリン脂質は悉く加水分解されて、グリセロホスホリル体にかわる。斯かる反応は、ホスホリパーゼBによる加水分解の場合と同様の結果を与えるものであるところ、ホスホリパーゼBが基質特異性を示すのに対し、本酵素即ち、ホスホリパーゼA1は何らの制限も受けないことから、植物リン脂質に混在してくるスフィンゴ糖脂質、ステリルグルコシド、グリセロ糖脂質等の有用な物質を取り出すときに、利用できる手法となることを見出した。 植物リン脂質中にはスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質等リン脂質以外の有用な物質が混在して含まれているが、これらの物を得るときの精製で困難なことはリゾ体を含むリン脂質の除去であった。そのため、スフィンゴ糖脂質の取得の場合に見られるように、クロマト法によるか、アルコール性苛性カリによる加水分解後、Folch分配を行い、ケイ酸カラムで分画する等の方法が採用されるが、これらの方法は研究室的には適しているものの、工業的な製造では到底採用できない方法であるから、ここに述べた方法がこれらにとって代わることができる。 本酵素が基質に制限を受けないホスホリパーゼBの作用を示すことはリン脂質に混在しているリン脂質以外の有用な物質を容易に得る方法を提供する。即ち本酵素による反応を極限に進めリン脂質の脂肪酸部を全て加水分解した後アセトン処理を行うと、該有用物質とリン脂質由来の各種グリセロホスホリル体が残留することになる。これらの混合物をエタノール、水性エタノールによる抽出、ヘキサン−水性エタノールによる分画等、通常用いられる方法を適用することにより、目的物質を得ることができるのである。実施例にコーンリン脂質に混在するスフィンゴ糖脂質であるセレブロシド、ステリルグリコシドを得る方法が記載されているが、この応用範囲はこのことにとどまらない。即ち植物リン脂質をヘキサン−水性エタノールで分画すると、水性エタノール部からグリセロ糖脂質部が得られるが、随伴するリン脂質体を本酵素で処理し、上述のようにグリセロホスホリル体にし、このものから適宜な溶媒抽出によりグリセロ糖脂質を得ることができるのである。 上述のように、本酵素がホスホリパーゼBの作用を持つことを見いだしたことは、植物リン脂質に混在して含まれているリン脂質以外の有用な物質を得る新規な方法を提供するのである。スフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質等は植物リン脂質の種類により含量が異なるので、取得せんとする目的物質に合わせて植物リン脂質の種類を選択するとよい。 以下に幾つかの実施例を示し、本発明をさらに具体的に詳しく記述することとするが、本発明がそのような実施例の記載によって何らの制限を受けることを意味するものではない。又、本発明には、以下の実施例の他にも、更には上記の具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良を加え得るものであることが理解されるべきである。 なお、以下の実施例における百分率は何れも重量基準で示されるものであり、さらにリン脂質及びそのリゾ化物の略号としてPC:ホスファチジルコリン、PE:ホスファチジルエタノールアミン、PI:ホスファチジルイノシトール、PA:ホスファチジン酸、LPC:リゾホスファチジルコリン、LPE:リゾホスファチジルエタノールアミン、LPI:リゾホスファチジルイノシトール、LPA:リゾホスファチジン酸を使用した。実施例1 ペースト状大豆リン脂質(リン脂質含量62%)300gに水を加え50%水溶液とし、三共株式会社製ホスホリパーゼA1(11,900ユニット/g)0.2gを加え50℃で攪拌し続け、酸価の上昇に伴う構成リン脂質の変化を辿った図2の数値を表1に示す。一方比較対照例としてホスホリパーゼA2(ノボ・ノルディスク社製、レシターゼ10L 11,000ユニット/ml)0.2mlを加え同様に反応した。結果を表1に示す。 表1から明らかなように反応が進行するにつれPC、PE、PAともそれぞれLPC、LPE、LPAに変化するが、この状態で蓄積することなく、さらに分解してグリセロホスホリル体へと変化する。それに伴いOR部のリン含量が増す。一方PIはLPIになる速度が他のリン脂質に比べ遅く、PI以外のリン脂質がほとんど分解した酸価77.4の時点(反応開始から120時間)で、PI及びLPIを合算したその量はもとの15.0%から10.0%となった。これは67%が残存していることを示すものであり、OR部以外のリン脂質画分中で占めるLPI含量は69%と高純度で残存していた。更に反応を続行し、酸価90.5(反応開始から180時間)に達すると代表的なリン脂質全てが分解してしまう。他方もう一種の酵素ホスホリパーゼA2ではPC、PE、PAがそれぞれLPC、LPE、LPAになるが、更に反応を続けてもこれらの量は減少せず、保持されていた。ここで特徴的なのはPIが反応の長時間化により若干の減少は認められるもののLPIがほとんど生成しなかったことである。 酸価77.4の反応物に1N−NaOH液を加え酸価45以下にした後、80℃で20分間酵素の不活性化を行った。乾燥後アセトン600mlで4回抽出して脱脂し、100.7gの固形物を得た。この固形物をヘキサン1Lに分散させ50%エタノール水1Lで分液し、ヘキサン層を乾固したところ17.9gの固形物を得た。このもののリン脂質組成(%)はLPI71.2、PI5.1、PC5.5、LPC9.5、OR7.7であり、高純度のLPIを得ることが出来た。実施例2 500gのペースト状大豆リン脂質(リン脂質含量62%)に2Lのエタノールを加え攪拌し、室温で放置後エタノール層を傾斜法で分離した後、残渣に対し2度同じ操作を繰り返した。エタノール層をすべて合わせ溶媒を留去し、エタノール可溶部175g(リン脂質含量51.0%)を、又残渣部からエタノール不溶部320g(リン脂質含量65.8%)を得た。エタノール不溶部320gに三共株式会社製ホスホリパーゼA1(11,900ユニット/g)0.25gを溶解した水20mlを加え50℃で攪拌を続け、実施例1と同様反応を行った。結果を表2に示す。 酸価72.2の時点(反応開始から110時間)で85℃、30分加熱し、酵素の失活を行い、ついで減圧乾燥後アセトン1.2Lで5回抽出し、粉末状の固形分130.7gを得た。1.3Lのへキサンに分散させ、1.3Lの50%エタノール水で分液し、ヘキサン層を減圧濃縮して60.5gの固形物を得た。このもののリン脂質組成(%)はLPI30.1、PI20.7、LPC5.5、PC2.1、LPE6.2、PE2.9、LPA2.1、PA1.8、OR10.5であった。このようにLPIとPIの含量が50%を越えかつ、LPIの含量の高いものを高収率で得ることができた。即ち実施例1では300gのペースト状大豆リン脂質(リン脂質含量62%、リン脂質として186g)からLPI高濃度のものを17.9g(出発原料であるリン脂質の9.6%)であるのに対し、エタノール不溶部320g(リン脂質含量65.8%、リン脂質として210.6g)の本実施例では出発原料であるリン脂質の28.7%に達する。実施例3 ペースト状のコーンリン脂質(リン脂質含量61.5%)300gに三共株式会社製ホスホリパーゼA1(11,900ユニット/g)0.1gを溶解した水20mlを加え、50℃で撹拌を続け、4日後にホスホリパーゼA1 0.1gを溶解した水20mlを追加した。酸価100に達した時点(反応開始から100時間)でTLC分析をしたところ、原点であるOR以外にリン脂質のスポットが見られなかった。85℃、30分加熱し酵素を失活させ、減圧濃縮した乾燥物を1.2Lのアセトンで5回抽出し、粉末状の脱脂物132gを得た。この粉末状の脱脂物を熱エタノール500mlで3回抽出し、熱エタノ−ル可溶物を5℃以下で放置後、濾過し沈殿物と濾液に分けた。濾液を濃縮乾燥して固形物28.4gを得た。このものをSilicagel 60を用い、クロロホルム:メタノール(80:20)で展開し50%硫酸で発色させたところ、Rf0、0.03、0.53、0.6、0.86、0.91の6スポットを与えた。 Rf0.53のスポットが牛脳由来のセレブロシド標品のそれと一致したので、この部分の固形物の一部をシリカゲルクロマトにかけ、クロロホルム、アセトンで順次溶出し、Rf0.53の相当部の化合物を純品で得ることができた。このものは(1)ニンヒドリン発色陰性で、IRで標品(β−D−ガラクトシルセラミド)と同じ吸収を与えた。(2)13C−NMRでスフィンゴ脂質部分に含まれる窒素と結合したメチン基の炭素、酸素と結合したメチレン基の炭素、水酸基が結合した二重結合に隣接するメチン基の炭素、アミドのカルボニル炭素のシグナルにおいて同一の値を示した。しかし標品とは構成糖が異なり、それがβ−D−グルコースであることを確認した。 上において得た固形物と標品セレブロシドの濃度を変えたものについて、TLCで展開し、50%硫酸で発色して、発色の強さをデンシトメトリー法で定量したところ、熱エタノールに可溶で冷エタノールにも可溶である部分から得た上記固形物中のセレブロシドの含量は5.1%であった。市販されている日本油脂株式会社の「ニッサンセラミド」のセレブロシド含量が3%台、オリザ油化株式会社の「オリザセラミド」のセレブロシド含量が同じく3%台であることに比べると、本発明で得られるものは濃度が高く、且つ製造法も簡便である。 前記濾液から得られた固形物中のRf0.6のスポットは標品のステリルグリコシドと一致し、上記と同様にしたデンシトメトリー法での分析では10%を占めた。一方冷エタノール不溶部からは3.8gの固形物が得られるが、上記と同じくTLC分析を行ったところ、Rf 0、0.03以外に0.6、0.86の2スポット計4スポットを与え、この中でもステリルグリコシドに相当するRf0.6のスポットが主要部を占めていたところ、デンシトメトリー法での分析では56.5%を占めた。PC:ホスファチジルコリンPE:ホスファチジルエタノールアミンPA:ホスファチジン酸PI:ホスファチジルイノシトールOR:薄層クロマトグラフ上の原点部LPC:リゾホスファチジルコリンLPE:リゾホスファチジルエタノールアミンLPA:リゾファチジン酸LPI:リゾホスファチジルイノシトール 含水植物リン脂質にアスペルギルス属の糸状菌が生産するホスホリパーゼA1を長時間作用させスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質を得ることを特徴とするスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質の製造法。 (c)植物リン脂質及び(d)スフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド及びグリセロ糖脂質の1種以上を含有する植物材料を植物リン脂質の実質的に全てをグリセロホスホリル体に変化するまでホスホリパーゼA1で加水分解し、反応液から上記(d)成分を採取することを特徴とするスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド及びグリセロ糖脂質の1種以上の製造方法。 【課題】植物リン脂質から高濃度リゾホスファチジルイノシトール及びリン脂質以外の有用物質を取得する方法。【解決手段】含水植物リン脂質を原料として用いこれにアスペルギルス(Aspergillus)属の糸状菌が生産するホスホリパーゼA1を作用させ、構成リン脂質の分解の差を利用して高純度リゾホスファチジルイノシトール及びリゾホスファチジルイノシトールに富むホスファチジルイノシトール画分を高純度、高収率で得る。又本酵素がホスホリパーゼBと同じ作用を示すことを利用して、リン脂質以外のスフィンゴ糖脂質、ステリルグリコシド、グリセロ糖脂質などの有用物質も工業的有利な簡便な方法で得る。【選択図】なし