生命科学関連特許情報

タイトル:特許公報(B2)_無機リン酸を高蓄積する植物およびその利用
出願番号:2007542821
年次:2013
IPC分類:C12N 15/09,A01H 5/00,C02F 3/32


特許情報キャッシュ

松井 啓祐 戸上 純一 JP 5213449 特許公報(B2) 20130308 2007542821 20061027 無機リン酸を高蓄積する植物およびその利用 サントリーホールディングス株式会社 309007911 小林 浩 100092783 鈴木 康仁 100104282 松井 啓祐 戸上 純一 JP 2005313225 20051027 20130619 C12N 15/09 20060101AFI20130530BHJP A01H 5/00 20060101ALI20130530BHJP C02F 3/32 20060101ALI20130530BHJP JPC12N15/00 AA01H5/00 AC02F3/32 C12N 1/00ー15/90 A01H 5/00 C02F 3/32 JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII) BIOSIS/MEDLINE/WPIDS(STN) GenBank/GeneSeq 国際公開第02/015675(WO,A1) 特開平09−056278(JP,A) Genes Dev.,2001年,Vol.15,p.2122-2133 J.Exp.Botany,2004年,Vol.55, No.396,p.285-293 農業電化,2003年,Vol.56, No.1,p.8-12 3 JP2006322038 20061027 WO2007049816 20070503 20 20090513 水落 登希子 本発明は、無機リン酸を高蓄積する植物体(例えば、ペチュニア、トレニア等)およびその利用に関する。特に、本発明は、リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を植物体に導入することを特徴とするリン酸を高蓄積する植物体の生産方法、その生産方法を用いて得られる植物体、および水質浄化におけるその植物体の利用に関する。 近年、環境意識の高まりと共に水質汚染が大きな問題となっており、河川や湖沼などの水圏における水質浄化の必要性が増している。水質汚染の主な原因としては、ダイオキシンや重金属などの毒性物質の混入やリンや窒素等の過剰な流入などがあげられる。 過剰量のリンや窒素は農地からの排水、家畜の糞尿、生活排水や工業排水などによりもたらされ、水圏の富栄養化を促し、アオコや赤潮などの発生の直接的原因となる藻類、微生物類などの一次生産者の増殖を招く。通常、一次生産者の制限要素になる元素は窒素かリンであるが、水中では窒素固定藻類は普通に存在し、また陸上からの流出水のために硝酸イオンは豊富なことが多い。このため、一次生産者の成長に対して一般的に制約的な元素はリンとなる。リンは大気から供給されることはなく、また多価の負の電荷をもったリン酸イオンは土壌中の鉱物粒子に強く結合しており、施肥していない土地からの流出水へリンが入ることは少ない(地球環境の化学、T.G.Spiro他著、学会出版センター、2000年)。逆に言えば、水中からリンを除去することにより効果的に一次生産者の増殖を抑制できることになる。 人間の日常の生産活動による湖沼、河川、海洋の富栄養化が問題になって久しいが、下水処理場などで通常行われている活性汚泥法による下水処理ではリンや窒素などの無機イオンがほとんど除去されず、富栄養化を改善できないのが現状である。 リンや窒素を水域から除去することは水質汚染を解決するために有効な手段であり、物理的な方法、化学的な方法、生物学的な方法などの様々な手法で、リンや窒素の除去を目的とした水質浄化が行われており、低コストで効率の高い方法が求められている(水質浄化マニュアル、本橋敬之助著、海文堂出版、2001年)。 物理的および化学的な方法(電解法、晶析法、凝集分離法など)は、除去効率の面では優位性が高いが、大仰な設備を必要とし、薬品の継続使用などでコストも高くなることが問題点となっている。また、生物学的方法については、活性汚泥法、フォストリップ法(活性汚泥法に凝集剤添加を組み合わせた手法)なども広く用いられているが、近年では浄化能力の向上とともにコストアップが問題となっている。 一方、ファイトレメディエーション(phytoremediation)と呼ばれる植物を用いた環境浄化法が、一般的に利用されるようになり、水質浄化に関しても植物を利用する試みが盛んに行われている。水質汚染の原因となるリンや窒素は植物に必須の栄養素であるので、植物はこれらの物質を積極的に根から吸収する。そこで、リンや窒素などの吸収力が比較的高く生育の旺盛なホテイアオイやヨシ等の水生植物を用いてファイトレメディエーションを試みた例が多く報告されている(水質浄化マニュアル、本橋敬之助著、海文堂出版、2001年)。しかしながら、ホテイアオイなどの水生植物は回収にコストがかかり管理が難しいことや生態系に影響を与えることなどが問題視されている(水質浄化マニュアル、本橋敬之助著、海文堂出版、2001年)。また、回収した植物バイオマスを有効利用することはほとんど出来ずに、バイオマスを廃棄するために余分なコストがかかってしまうことも大きな問題である。回収したバイオマスを直接肥料として利用できれば低コストな処理法と成り得るが、浄化に用いられる既存の植物の吸収能力には限界があり、リンや窒素の含有量が低いために肥料用途に用いることが出来ないのが現状である。 美観と浄化を両立させるために陸生花卉植物を用いた水上栽培装置なども開発されているが(例えば、特開平9−56278号公報)、開花後の植物バイオマスの処理法については現在のところ有効な手段はない。 また、食用野菜などを水質浄化に用い、回収した植物の有効利用を目指した例も知られているが、一般消費者に水質が汚染されている水圏で育てた野菜が容易に受け入れられるとは考えにくい。 リンが植物にどのように吸収・蓄積され、利用されるかについての研究は現在に至るまで行われてきている。リンは植物に必須の栄養素であり、リン酸はまず根から取り込まれ、導管に輸送された後、地上部に供給され利用される。リン酸は多くの生命現象に関わっており、リン脂質、ヌクレオチド、リン酸化タンパク質などに形を変え利用されるほか、細胞内では液胞に蓄積され、必要に応じて細胞質内に供給される。また、種子中ではより安定なイノシトール6リン酸(フィチン酸)の形態で蓄積されている。 植物が取り込めるリンの形態は、無機リン酸(以下、「リン酸」と呼ぶ)だけであり、その他の不溶性有機リン酸などは取り込むことができない。一般に、土壌中のリン酸濃度は低く、植物にとって欠乏状態であるので、植物は積極的にリン酸を取り込むシステムを発達させている。リン酸を根から植物内に取り込むための要となるタンパク質は細胞膜上に存在するリン酸トランスポーターである。シロイヌナズナでは、高親和性トランスポーター9種類と葉緑体局在性のトランスポーター1種類が知られている。高親和性で細胞膜局在性のあるリン酸トランスポーターPHT1をタバコの培養細胞で過剰発現させることにより、リン酸の取り込みが上昇し、細胞の生長速度が増加したことが報告されている(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94,7098−7102,1997)。しかしながら、オオムギの植物体でリン酸トランスポーターを過剰発現させた場合には、リン酸取り込みの増加は確認されないという報告があり(Func. Plant Biol. 31,141−148,2004)、単純にリン酸トランスポーター数が増加しただけでは、リン酸の取り込み量の増加につながらないと考えられる。また、9種類ある高親和性リン酸トランスポーターのうち、根で強く発現しているものは2種類であり、その他のトランスポーターは花器官などで発現が確認されており、植物内での輸送にもリン酸トランスポーターは機能していると考えられている(Plant Physiol. 130,221−233,2002)。植物内ではリン酸を有効利用するために古い葉から新しい葉へリン酸の受け渡しが行われるが、こうした現象にもトランスポーターが関わっていると考えられる。 トランスポーター以外にも、シロイヌナズナを用いた突然変異体の解析から、いくつかのリン酸関連遺伝子が同定されている(Trends Plant Sci. 9,548−555,2004)。根から吸収されたリン酸の多くは地上部へ導管を経由して輸送され、利用されるが、PHO1突然変異体では地上部への輸送が阻害される。これは吸収されたリン酸を根の細胞から導管へ輸送するためにPHO1タンパク質が機能していることを示している。また、pho2突然変異体はリン酸が地上部に過剰に蓄積する突然変異体で、PHO2遺伝子は根から地上部への輸送を制御するタンパク質をコードすると考えられている。このようにリン酸の植物内での輸送に関する遺伝子のいくつかは明らかになっているが、植物のリン酸取り込みの分子レベルの詳細は不明な点も多い。 また、植物はリン酸欠乏に対して様々な戦略で、より多くのリン酸を外界から取り込もうとしている(Annals Botany,94 323−332,2004)。リン酸の欠乏した状態を感知した植物は、クエン酸などの有機酸や酸性フォスファターゼを根から土壌に放出し、不溶性の有機リン酸を可溶性の無機リン酸に変換し吸収しようとする。リン酸欠乏になると根の形態も変化し、側根が増え、根毛が伸張し、より広範囲のリン酸を吸収できるようになる。また、リン酸の欠乏は植物内の代謝系にも影響を与え、光合成系の遺伝子発現が抑制されたり、アントシアニンの蓄積が増加したりすることなどが知られている。細胞内のヌクレアーゼやフォスファターゼ活性も上昇し、細胞内に存在するリンの再利用も行われる。 このようなリン酸欠乏に対する植物の反応は、リン酸の欠乏した状態を植物が感知して起こる一連の反応であり、この反応の制御因子および制御機構の解明が待たれているが、その知見はいまだ限られている。多くのリン酸関連遺伝子が同定されているが(Trends Plant Sci. 9,548−555,2004)、植物に導入することによってリン酸の吸収力が上がったという報告は、知られていない。特開平9−56278号公報地球環境の化学、T.G.Spiro他著、学会出版センター、2000年水質浄化マニュアル、本橋敬之助著、海文堂出版、2001年Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94,7098−7102,1997Func. Plant Biol. 31,141−148,2004Plant Physiol. 130,221−233,2002Trends Plant Sci. 9,548−555,2004Annals Botany,94 323−332,2004 上述のような状況下で、低コストで、効率の高い水質浄化方法が求められている。特に、浄化に用いる植物のリン蓄積能力を増大させる方法、およびリン蓄積能力が増大された植物が求められている。 本発明者らは、上記の課題に鑑み鋭意検討した結果、シロイヌナズナ由来のMyb様転写因子PHR1遺伝子を構成的発現プロモーターの下流に連結し、さらにターミネーターを付加して、同一のベクター上に配置した組換え発現ベクターを作製し、これをペチュニア、およびトレニアに導入することにより、リン酸を高蓄積する植物を作製することに成功し、本発明を完成させた。従って、本発明は、次のような植物体、その植物体の生産方法、その植物体の生産に使用する組換え発現ベクター、およびその植物体の利用法を提供する。(1)リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を発現するように形質転換された植物体。(2)上記リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子が、シロイヌナズナ由来のMyb様転写因子PHR1である、上記(1)に記載の植物体。(3)上記Myb様転写因子PHR1が、 (a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または (b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸からなり、リン酸飢餓応答遺伝子を活性化する機能を有するタンパク質である、上記(2)に記載の植物体。(4)上記リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子が、 (c)配列番号1に示される塩基配列のオープンリーディングフレームを含む遺伝子、または (d)配列番号1に示される塩基配列またはそのオープンリーディングフレームの塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、リン酸飢餓応答遺伝子を活性化する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子である、上記(1)に記載の植物体。(5)ペチュニア、トレニア、バーベナ、タバコ、バラ、インパチェンス、ベゴニア、またはニーレンベルギアである、上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の植物体。(6)リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を発現するように植物体を形質転換する工程を包含する植物体の生産方法。(7)上記リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターを上記植物体に導入することによって、上記植物体を形質転換する、上記(6)に記載の方法。(8)上記リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子が、シロイヌナズナ由来のMyb様転写因子PHR1である、上記(6)または(7)に記載の方法。(9)上記Myb様転写因子PHR1が、 (a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または (b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸からなり、リン酸飢餓応答遺伝子を活性化する機能を有するタンパク質である、上記(8)に記載の方法。(10)上記リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子が、 (c)配列番号1に示される塩基配列のオープンリーディングフレームを含む遺伝子、または (d)配列番号1に示される塩基配列またはそのオープンリーディングフレームの塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、リン酸飢餓応答遺伝子を活性化する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子である、上記(6)または(7)に記載の方法。(11)上記植物体が、ペチュニアである、上記(6)〜(10)のいずれか1項に記載の方法。(12)上記植物体が、トレニアである、上記(6)〜(10)のいずれか1項に記載の方法。(13)上記(6)〜(12)のいずれか1項に記載の方法によって生産される植物体。(14)リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターであって、植物体に導入したときに、上記転写因子をコードする遺伝子を発現することができるように構成された、ベクター。(15)上記リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子が、シロイヌナズナ由来のMyb様転写因子PHR1である、上記(14)に記載のベクター。(16)上記Myb様転写因子PHR1が、 (a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または (b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸からなり、リン酸飢餓応答遺伝子を活性化する機能を有するタンパク質である、上記(15)に記載のベクター。(17)上記リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子が、 (c)配列番号1に示される塩基配列のオープンリーディングフレームを含む遺伝子、または (d)配列番号1に示される塩基配列またはそのオープンリーディングフレームの塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、リン酸飢餓応答遺伝子を活性化する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子である、上記(14)に記載のベクター。(18)上記(1)〜(5)のいずれか、または上記(13)に記載の植物体の繁殖材料。(19)上記(1)〜(5)のいずれか、または上記(13)に記載の植物体を用いて水圏の余剰なリンを除去する工程を包含する、水質浄化法。(20)上記(14)〜(17)のいずれかのベクターを導入され、形質転換された、植物体へ再生可能な植物細胞。 本発明により、低コストで、効率の高い水質浄化方法が提供される。 本発明の方法により、遺伝子組換え技術を用いて植物のリン蓄積量を増加させることができる。本発明により、実用化に有利な水質浄化植物、およびその作製方法が提供される。 本発明のリン蓄積量の増大した植物を使用することにより水質の浄化能力とリン酸の再利用性の向上が実現し得る。 また、本発明の方法により、遺伝子導入によって園芸花卉植物のリン酸蓄積能を高め、美観と高浄化能を兼ね備えた植物による水質浄化も実現可能となる。 リンは、現在輸入量の80%以上が肥料として使用されているが、植物が吸収したリンは肥料として還元することが最も理にかなっている。本発明により植物当たりのリン蓄積量が増加すると、植物そのものをリン肥料として利用し得る。したがって、本発明のリン酸高蓄積植物体により、回収後のバイオマスを肥料化、さらにはリン抽出に有効利用することができる。本発明のリン酸高蓄積植物体の生産方法を用いて、既存のリン酸蓄積能の高い植物に遺伝子導入することによって、より多くのリン酸を蓄積できる植物の作製も可能になる。 以下、本発明を詳細に説明する。 植物がリン酸欠乏状態に陥ったときの制御因子の一つとして知られるのが、シロイヌナズナのPHR1遺伝子である。PHR1遺伝子はリン酸の欠乏した状態に応答してリン酸関連遺伝子の転写を活性化すると考えられている転写因子をコードしている(Gene Dev. 15,2122−2133,2001)。phr1突然変異体はアントシアニンの蓄積などのリン酸飢餓反応を示さなくなり、複数のリン酸関連遺伝子の転写が低下している。よって、PHR1遺伝子はリン酸飢餓反応の上流部に位置し、いくつかの遺伝子の転写活性を上げることによって、植物のリン酸の取り込み能を上昇させると考えられる。本発明者らは、このようなリン酸飢餓反応の制御因子を植物に導入し、植物のリン酸飢餓状態を維持することが出来れば、リン酸をより効率的に吸収する植物を作製できると考えた。そして実際に植物に導入した結果、リン酸の高蓄積を確認し、本発明を完成させるに至った。 すなわち、本発明は、リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を発現するように形質転換された、リン酸高蓄積植物体を提供する。 本明細書中、「リン酸飢餓反応」とは、植物にとってリン酸が欠乏した状態に置かれたときにその植物が示す、リン酸を必要量獲得するための一連の適応反応を指す。そのような適応反応の例としては、例えば、リン酸の欠乏した状態を感知した植物が、クエン酸などの有機酸や酸性フォスファターゼを根から土壌に放出し、不溶性の有機リン酸を可溶性の無機リン酸に変換し吸収しようとする反応が含まれる。リン酸欠乏になると根の形態も変化し、側根が増え、根毛が伸張し、より広範囲のリン酸を吸収できるようになる。また、リン酸の欠乏は植物内の代謝系にも影響を与え、光合成系の遺伝子発現が抑制されたり、アントシアニンの蓄積が増加したりすることなども知られている。細胞内のヌクレアーゼやフォスファターゼ活性も上昇し、細胞内に存在するリンの再利用も行われる。「リン酸飢餓反応」には、このようなリン酸の飢餓状態を植物が感知したときに起こる一連の反応が含まれるものとする。 本明細書中、「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子」とは、リン酸の欠乏した状態において植物がリン酸を体内に取り込み、蓄積する機構に関与するタンパク質をコードする遺伝子のことをいい、例えば、植物の細胞膜上に存在するリン酸トランスポーターをコードする遺伝子が「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子」に含まれる。例えば、シロイヌナズナにおける9種類の高親和性トランスポーター(例えば、PHT1)および1種類の葉緑体局在性トランスポーターなどが代表例として挙げられる。しかしながら、「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子」はこれらに限定されず、リン酸の欠乏した状態において遺伝子発現の増大または減少が確認される遺伝子は全て、本発明における「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子」に含まれる。なお、本明細書中、句(phrase)「リン酸飢餓応答遺伝子」は、句「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子」と同義のものとして使用される。 本明細書中、「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子」とは、上記「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子」の植物体内での転写を制御する因子のことを指す。「転写を制御する因子」には、転写を抑制または活性化する因子が含まれるが、本発明においては、主として転写を活性化する因子のことを指すものとする。しかしながら、リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写を抑制することによって、結果としてリン酸飢餓反応を進行させるように働く場合には、転写を抑制する因子も本明細書中で使用する「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子」に含まれるものとする。一般に「転写因子」はタンパク質複合体を形成して機能しているが、本発明においては、主として、タンパク質複合体の構成要素であるタンパク質またはペプチドを指すものとする。「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子」の代表的な例には、シロイヌナズナ由来のMyb様転写因子PHR1(配列番号2)が含まれるが、これに限定されず、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は複数個(例えば、1〜20個、1〜10個、1〜数個(例えば、6個))のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸からなり、リン酸飢餓応答遺伝子を活性化もしくは抑制する機能を有するタンパク質などもまた、本明細書中で使用する「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子」に含まれる。 本明細書中、「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子」とは、上記「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子」をコードする遺伝子を指す。「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子」の代表的な例としては、シロイヌナズナ由来のMyb様転写因子PHR1遺伝子(Genbank Accession No.AJ310799:配列番号1)が挙げられるが、これに限定されず、上記PHR1遺伝子の誘導体、例えば、(a)配列番号1に示される塩基配列のオープンリーディングフレーム(またはCDS)を含む遺伝子、または(b)配列番号1に示される塩基配列もしくはそのオープンリーディングフレームの塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、リン酸飢餓応答遺伝子を活性化もしくは抑制する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子もまた、「リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子」に含まれるものとする。 ハイブリダイゼーションは、公知の方法あるいはそれに準じる方法、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning Third Edition,J.Sambrook et al.,Cold Spring Harbor Lab. Press. 2001)に記載の方法などに従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行うことができる。「ストリンジェントな条件」とは、例えば、ナトリウム濃度が約19〜40mM、好ましくは約19〜20mMで、温度が約50〜70℃、好ましくは約60〜65℃の条件を示す。特に、ナトリウム濃度が約19mMで温度が約65℃の場合が最も好ましい。 本明細書中、「遺伝子を発現するように形質転換された」とは、遺伝子を一過性または安定的に発現するように形質転換されたことを意味するが、好ましくは、安定的に発現されるように形質転換されることを意味する。 植物の形質転換は、通常、所望の遺伝子を担持した発現用ベクターを植物に導入することによって遺伝子工学的に行われる。したがって、本発明はまた、別の態様において、リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターを提供する。 本発明のベクターは、通常、それらを導入すべき宿主の種類などに依存した適切なプロモーターおよびターミネーター等の発現制御領域および複製起点等を含有する。例えば、遺伝子を植物細胞内で発現させるためには、(1)植物細胞内で機能可能なプロモーター、(2)遺伝子、および(3)植物細胞内で機能可能なターミネーターを機能可能な形で有するDNA分子(発現カセット)を作製し、植物細胞に導入する。このようなDNA分子は、プロモーターに加え、転写をさらに増強するためのDNA配列、例えば、エンハンサー配列を含んでいてもよい。用いられるプロモーターとしては、植物細胞内で機能するものであれば特に制限はないが、例えば、35S(Shcell,J.S.,1987,Science,237:1176−1183)、Nos(Schell,J.S.,1987,Science,237:1176−1183)、rbcS(Benefy,P.N.およびN−H.Chua,1989,Science,244:174−181)、PR1a(Ohshima,M.ら、1990、Plant Cell,2:95−106)、ADH(Benefy,P.N.およびN−H.Chua,1989,Science,244:174−181)、patatin(Benefy,P.N.およびN−H.Chua,1989,Science,244:174−181)、Cab(Benefy,P.N.およびN−H.Chua,1989,Science,244:174−181)、)、およびPAL(Lian,X.ら、1989、Proc.Natl.Acad.Sci.USA,86:9284−9288)等が挙げられる。 上記のようなベクターの構築は、公知の制限酵素等を用いて、常法に従って行い得る。例えば、アグロバクテリウムを用いる場合には、pBI121などのバイナリーベクターを、パーティクルガンを用いる場合には、pUC19などの大腸菌ベクターを用いることができる。さらに、当該ベクターで形質転換された植物細胞を、例えば、抗生物質耐性遺伝子などのマーカー遺伝子を用いて選抜し、適切な植物ホルモン等の条件を用いて再分化させ、目的の遺伝子で形質転換された植物体を得ることができる。なお、本明細書中、用語「植物」と「植物体」とは、同義のものとして使用される。 植物細胞へのベクターの導入は、当業者に周知の種々の方法を用いて行うことができる。例えば、アグロバクテリウム・ツメファシエンスやアグロバクテリウム・リゾゲネスを利用した間接導入法(Heiei,Y.ら、Plant J.,6,271−282,1994、Takaiwa,F.ら、Plant Sci.111,39−49,1995)や、エレクトロポレーション法(Tada,Y.ら、Theor.Appl.Genet,80,475,1990)、ポリエチレングリコール法(Datta,S.K.ら、Plant Mol Biol.,20,619−629,1992)、パーティクルガン法(Christou,P.ら、Plant J. 2,275−281,1992、Fromm,M.E.,Bio/Technology,8,833−839,1990)などに代表される直接導入法を用いることが可能である。本発明において遺伝子導入を行う植物細胞としては、植物体に再生可能であれば特に制限がなく、例えば、懸濁培養細胞、カルス、プロトプラスト、葉の切片などを構成する細胞などが含まれる。したがって、本発明はまた、1つの態様において、本発明のリン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を発現するように形質転換され、かつ植物体に再生可能な植物細胞を提供する。 形質転換された植物細胞は、再生させることにより植物体を作出することができる。このようにして、形質転換したトランスジェニック植物が作製され得る。本発明のリン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を発現するように形質転換されたリン酸高蓄積植物体も、同様に作製することができる。 したがって、本発明はまた、別の態様において、リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を発現するように植物体を形質転換する工程を包含する、リン酸高蓄積植物体の生産方法を提供する。好ましくは、上記リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターを上記植物体に導入することによって、上記植物体が形質転換される。 本発明のベクターで形質転換するのに好ましい植物種としては、形質転換体取得が可能な植物種が挙げられる。このような植物種としては、例えば、ペチュニア、トレニア、バーベナ、タバコ、バラ、インパチェンス、ベゴニア、ニーレンベルギア、キク、カーネーション、キンギョソウ、シクラメン、ラン、ドルコギキョウ、フリージア、ガーベラ、グラジオラス、カスミソウ、カランコエ、ユリ、ペラルゴニウム、ゼラニウム、チューリップなどが挙げられる。とりわけ、ペチュニア、トレニア、バーベナ、タバコ、バラ、インパチェンス、ベゴニア、ニーレンベルギアが好ましい。このうち、植物の成長速度が大きく、体内中のリン濃度が高く、水中の幅広いリン酸濃度に適応して生育する植物種が望ましいが、それに限るものではない。 本発明のベクターを植物体に導入および発現することにより、リン酸が高蓄積された植物体に加えて、その繁殖材料(例えば、種子、後代、切花、塊根、塊茎、切穂など)から得た植物体もまた、本発明の技術的範囲に含まれる。 本発明は、さらに別の態様において、上記植物体を用いて水圏の余剰のリンを除去する工程を包含する、水質浄化法を提供する。 本明細書中で、「水圏の余剰なリン」とは、一次生産者と二次生産者のバランスが維持できる濃度以上のリンを指し、具体的には、アオコ・赤潮の発生が抑制される濃度以上のリンを指す。例えば、経済協力開発機構(OECD)の環境基準では全リン濃度によって湖の栄養状態が分類されており、0.01mg/l以下が貧栄養湖、0.035mg/l以上が富栄養湖である。リン以外の要因も関係するので一概には言えないが富栄養湖ではアオコなどが発生しやすい条件となっている。また、本明細書中、「水圏」とは、淡水域のことを意味し、代表的な例としては、湖沼、池、河川などが本明細書中でいう「水圏」に含まれる。 好ましくは、本発明の植物体は汚水の流れ込む貯水池、農業用ため池、公園の池のような余剰なリンの除去による水質浄化を必要とする場所に移植、栽培され、そこで水中に含まれる余剰のリンを吸収することによって環境(例えば、水圏、土壌など)からのリンの除去を行う。リンを高蓄積した植物のバイオマスは、その後回収され、好ましくは、肥料として使用される。肥料として使用するには、回収したバイオマスは、好ましくは、乾燥、粉砕による粉状化などの処理にかけられる。また、植物自体が高いリン酸蓄積を示していれば、無加工で農地や畑地にすき込み、直接肥料化することも可能である。このようにして、本発明の植物体によれば、水質浄化植物の大きな課題であった回収後のバイオマスを、肥料化して、または抽出されたリンという形で有効的に再利用することができる。 以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されない。 以下の実施例において、分子生物学的手法は特に断らない限り、WO96/25500あるいはMolecular Cloning(Sambrook et al. (1989) Cold Spring Harbour Laboratory Press)に記載されている方法に従った。実施例1.PHR1発現ベクターの構築 PHR1遺伝子は、TOPO―TAクローニングキット(インビトロジェン株式会社)を用い、解説書に従いpCR2.1ベクターにサブクローニングした。プライマーPHRf(5’−ATGGAGGCTCGTCCAGTTCAT−3’(配列番号3))とPHRr(5’−TCAATTATCGATTTTGGGACGC−3’(配列番号4))を用いたPCR反応で増幅した産物をサブクローニングし、pSPB1892とした。エンハンサー配列を繰り返したカリフラワーモザイクウィルス35S(El235S)プロモーターとノパリンシンターゼ(nos)ターミネーターを有するバイナリーベクターpSPB176をBamHIとSalIで切断し、pSPB176Aを得た。pSPB1892をBamHIとXhoIで切断し、得られたPHR1遺伝子断片をpSPB176Aに挿入し、pSPB1898を得た。 35Sプロモーターのエンハンサー配列とマノピンシンターゼプロモーターを連結した(Mac)プロモーターとマノピンシンターゼ(mas)ターミネーターを有するバイナリーベクターpSPB2311をSmaIで切断し、pSPB2311Aを得た。pSPB1892をEcoRIで切断し平滑化した断片をpSPB2311Aに挿入しpSPB2314を得た。 PHR1の転写活性化能を増強するために、単純ヒトヘルペスウイルスのVP16タンパク質の転写活性化領域とPHR1遺伝子を連結したキメラタンパク質発現用のベクターも作製した。プライマーBamPHRf(5’−AGCTGGATCCATGGAGGCTCGTCCAG−3’(配列番号5))とSpePHRr(5’−CAGTACTAGTATTATCGATTTTGGGA−3’(配列番号6))を用いたPCR反応で増幅した産物をBamHIとSpeIで切断したDNA断片Aと、プライマーSpeVP16f(5’−AGCTACTAGTGCCCCCCCGACCGATG−3’(配列番号7))とKpnVP16r(5’−CAGTGGTACCTTACCCACCGTACTCG−3’(配列番号8))を用いたPCR反応で増幅した産物をSpeIとKpnIで切断したDNA断片Bとを得た。BamHIおよびKpnIで切断したpSPB2311、DNA断片AおよびDNA断片Bで3点ライゲーションを行いPHR1タンパク質のC末端側に79アミノ酸残基からなるVP16由来のペプチドが連結したキメラタンパク質を発現するためのベクターpSPB2377を作製した。pSPB1898、pSPB2314およびpSPB2377上のPHR1遺伝子は、構成的プロモーターの制御下にある。実施例2.形質転換体の作製 引き続いて、公知の方法(Plant J. 5, 81, 1994)に基づいて、pSPB1898もしくはpSPB2314もしくはpSPB2377を用いてアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens Agl0株)を形質転換し、このpSPB1898もしくはpSPB2314もしくはpSPB2377を有する形質転換アグロバクテリウムをペチュニア(Petunia hybrida)、トレニア(Torenia hybrida)に感染させた。得られた組換え植物の葉から、RNeasyPlantminiKit(キアゲン)を用いてRNAを抽出し、定法に従ってRT−PCRにより導入した遺伝子が発現している系統を選択した。実施例3.形質転換体のリン酸蓄積量(1)リン酸濃度測定法 リン酸濃度の測定はAmesの方法(Methods Enzymol. 8,115−118, 1966)を一部改変しておこなった。葉を約100mgずつ計量しながらサンプリングし、振盪破砕用の2mlチューブに直径4mmのジルコニアビーズと共に封入し、−80℃で凍結した。凍結したサンプルを室温中に取り出し、チューブ中に1%(V/V)酢酸を500μl入れ、振盪破砕機(キアゲン)で6分間振盪破砕した。破砕後、卓上遠心機で15000rpmで5分間遠心し、上清500μlを得て、リン酸抽出液とした。このリン酸抽出液を10−100倍希釈で終量800μlとなるように、蒸留水で調製した。この溶液にリン酸測定用試薬(組成は後述)を160μl加えよく撹拌して10分間放置した。分光光度計でAbs880を測定し、標準溶液を用いて描いた検量線と比較することによりリン酸濃度を求めた。得られたリン酸濃度と計量したサンプルの重さから1gの葉に含まれるリン酸量を算出した。(リン酸測定試薬の組成)2.5M硫酸 10ml0.1Mアスコルビン酸 6ml0.27g/100ml 酒石酸アンチモニルカリウム 3ml8g/100ml モリブデン酸アンモニウム 6mlを混合して20mlの溶液とする。アスコルビン酸は要時調製。(2)形質転換トレニア、ペチュニアでのリン酸量 得られた形質転換体の葉から上記の方法に従ってリン酸濃度を測定し、新鮮重あたりのリン酸含有量を決定した。表1および図1に示すように、形質転換トレニアでは35Sプロモーターを用いたpSPB1898とMacプロモーターを用いたpSPB2314ともに、野生型に比べて約5倍多いリン酸の蓄積を示した。 トレニアと同様にペチュニア形質転換体においてもPHR1遺伝子導入株は野生型に比べて高いリン酸蓄積を示した(表2および図2)。ペチュニアではVP16の転写活性化部位を連結したPHR1を発現するpSPB2377を導入した形質転換体が最も高いリン酸の蓄積を示し、VP16の転写活性化部位がペチュニアでは有効に働くと考えられた。実施例4:水耕栽培における形質転換体のリン酸量(1)水耕トレニア新鮮重あたりのリン酸量 また、トレニアのpSPB1898形質転換体を用いて水耕栽培を行い、水耕栽培においてもリン酸吸収能力の上昇が見られるかどうかを確認した。リン酸濃度5mg/Lの水耕溶液中で約1ヶ月間水耕栽培したトレニアの葉をサンプリングし、リン酸濃度を測定した。表3および図3に見られるように形質転換体は野生型に比べて約3倍のリン酸蓄積量を示しており、水耕栽培に用いてもPHR1遺伝子による吸収能力の増加は確認できた。 水耕栽培したpSPB1898形質転換体の形態は野生型と差は見られず、一定期間培養後の植物重量も野生型との差は見られなかったことから、過剰に吸収されたリン酸は植物の生長には使われずに、リン酸のままで植物体内に蓄積していることが示唆された。また、PHR1の構成的発現が植物の生長に影響を与えないことも示唆された。(2)水耕トレニアの乾燥重量当たりのリン酸量 植物体全体でリン酸蓄積量が増加しているかどうかを確認するために、リン酸濃度5mg/Lで約2ヶ月間水耕栽培をおこなったトレニアのpSPB1898の地上部すべてを回収し、80℃で約2日間かけて乾燥させ、乾燥重量あたりのリン酸蓄積量を測定した(表4および図4)。野生型と形質転換体各3個体ずつを乾燥し、リン酸濃度を測定し、その平均値を出した。この結果、乾燥させたトレニアに関しても形質転換体は野生型に比べて約2.5倍と高いリン酸蓄積量を示すことがわかり、植物体全体でリン酸の蓄積量が増加していることを確認できた。 以上のようにPHR1遺伝子を植物に導入し過剰発現させることにより、植物のリン酸蓄積能を増強させることが出来ることが明らかになった。実施例5:水耕液からのリン酸吸収量 水耕液からのリン酸吸収量の差を明確にするために、以下の比較実験を行った。野生型トレニアもしくはPHR1導入形質転換トレニアを、プラスチック製コンテナ(23X23X11.5cm)内で発泡スチロールに穴を開けたものを支持体として浮かべ、脱イオン水に各種塩類を溶かした水耕溶液5リットルを用いて生育させた。水耕溶液のリン濃度は5mg/Lに設定した。各コンテナには4株の植物を用い、経日的に水耕溶液のサンプリングを行い、上述の方法によりリン酸濃度を測定した。また、葉からの蒸散や水面からの蒸発により水耕溶液の液量が減少するため、3日おきに脱イオン水を補充した。(水耕溶液の調整)10リットル中(リン濃度5mg/L) 1M KNO3 5ml 1M MgSO4 2ml 1M Ca(NO3)2 2ml 20mM Fe−EDTA 2.5ml 微量元素 1ml 1M KPO4バッファー(pH5.5) 1.61ml微量元素液組成(50ml中) 350mM H3BO3 10ml 140mM MnCl2 5ml 50mM CuSO4 500μl 100mM ZnSo4 500μl 20mM Na2MoO4 500μl 5M NaCl 100μl 10mM CoCl2 50μl 測定の結果、PHR1形質転換体は野生型に比べ、優れたリン吸収能力を有することが示された(表5および図5)。pSPB1898、pSPB2314どちらの形質転換体も培養開始後14日以内に溶液中のほぼ全てのリン酸を吸収し、高い吸収能を示した。また、ほとんど全てのリン酸を吸収していたことから、低濃度域においても積極的にリン酸を吸収していると考えられた。 4週間(2週間の試験2回分)培養した植物の葉のリン酸量を分析した結果は、実施例3および4におけるトレニアやペチュニアの結果と同じ傾向を示し、形質転換体がリン酸を多く蓄積していた(表6および図6)。また、図7は4週間水耕栽培後のトレニアの地上部を各株ごとに新鮮重を測定し、平均をとって比較したもので、形質転換体の方が野生型に比べ少し小さいが、大きな差ではないことがわかる。このことから、形質転換体では吸収したリン酸を自身の生長に利用するのではなく、蓄えて保持していると考えられた。 以上の結果から、PHR1遺伝子を導入した形質転換植物は、リン酸吸収能が増強され、植物を用いた水質浄化に適した形質を獲得したことが示された。実施例6:他の植物へのPHR1遺伝子導入 PHR1遺伝子によるリン酸吸収能の増大が他の植物でも見られるかどうかを確認するために、インパチェンス、ベゴニア、タバコ、バーベナ、ニーレンベルギア、バラにPHR1遺伝子を導入した。(インパチェンスおよびベゴニアへのPHR1遺伝子導入) インパチェンス(Impatiens walleriana)の形質転換は基本的にUS Patent 6,121,511に従い、品種グリッターレッド(サカタのタネ)とテンポピンク(タキイ種苗)を用いておこなった。ビトロ苗から切り出した茎頂、節、葉柄、葉片を前培養液体培地(1mg/L TDZ 添加MS培地)で5日間前培養後、前培養固形培地(0.05mg/L NAA, 6mg/L Zeatin, 0.3%ゲランガム 添加MS培地)に48時間静置した。その後、pSPB2314を導入したアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens Agl0株)を感染させ、選択培地上(0.05mg/L NAA, 6mg/L Zeatin, 100mg/L Kanamycin, 500mg/L Carbenicillin, 100mg/L Cefotaxime, 0.3%ゲランガム添加MS培地)で4−8週間培養しシュートを得た(表7)。葉片は容易に褐変してしまいシュートは得られなかった。茎頂および節では1つの外植片より多くのシュートが得られたが、偽陽性も多数含まれると考えられた。葉柄からのシュートは出現に時間がかかり、数も少ないが、最も確からしい。 ベゴニア(Begonia Semperflorens)の形質転換は品種アンバサダーホワイトとアンバサダースカーレット(サカタのタネ)を用いておこなった。ビトロ苗から葉片と葉柄を切り出し、pSPB2314を導入したアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens Agl0株)を感染させ、共存培養培地(0.5mg/L IAA, 0.1mg/L TDZ, 0.5% PVP, 2mg/L AgNO3, 200μM Acetosyringone, 0.3%ゲランガム添加MS培地)上で暗黒下3日間培養した。その後、前選択培地(1mg/L BAP, 1mg/L Zeatin, 0.1mg/L IAA, 500mg/L Timentin, 50μM Acetosyringone, 0.25%ゲランガム添加MS培地)で3−5日間、選択培地1(2mg/L TDZ, 0.1mg/L NAA, 100mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)で2週間、選択培地2(0.2mg/L BAP, 0.1mg/L NAA, 100mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)で2週間、選択培地3(100mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)で3週間連続して培養した。その間に形成されたシュートは直径5mm以上に成長したところで、周りの組織を削り取り、選択培地4(150mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)に移し、さらに2−3週間培養後、発根培地(100mg/L Kanamycin, 500mg/L Timentin, 0.4%寒天添加MS培地)に移し発根シュートを得た(表8)。(タバコ、バーベナ、ニーレンベルギアへのPHR1遺伝子導入) タバコ(Nicotiana tabacum)、バーベナ(Verbena hybrida)、ニーレンベルギア(Nierembergia sp.)の形質転換はそれぞれ公知の方法(Science 227, 1229,1985; Plant Cell Rep. 21, 459, 2003; Plant Biotech. 23, 19, 2006)に基づき行った。得られた植物体の遺伝子導入については、各植物体の葉よりDNAを抽出し、PHR1遺伝子をテンプレートとしたPCRにより確認した。タバコで11個体、バーベナで16個体、ニーレンベルギアで1個体のPHR1形質転換植物を取得した。(バラへのPHR1遺伝子導入) pSPB2314を有する形質転換アグロバクテリウムの菌液中に無菌苗の葉から誘導したバラ(Rosa hybrida)のカルスを5分間浸し、滅菌濾紙で余分な菌液を拭き取った後、継代用培地に移植し、2日間暗所で共存培養した。その後、カルベニシリンを400mg/l 加えたMS液体培地で洗浄し、継代用培地 にカナマイシン50mg/l とカルベニシリン200mg/lを加えた選抜・除菌用培地へ移植し、選抜培地上で生育阻害を受けず、正常に増殖する部分の移植と培養を繰り返し、カナマイシン耐性カルスを選抜した。カナマイシン耐性を示した形質転換カルスを、カナマイシン50mg/l、カルベニシリン 200mg/l を添加した再分化用の培地で培養することでカナマイシン耐性のシュート原基が得られており、バラでもPHR1形質転換植物が得られる見込みが高い。(形質転換タバコ、形質転換バーベナのリン酸吸収試験) MS培地で生育しているPHR1形質転換タバコの無菌苗より葉をサンプリングし、PHR1の発現量をRT−PCRにより確認した。その結果発現量の多い系統を選抜系統とし、該系統の無菌苗をMS培地で育苗したのち、葉の一部のサンプリングを行い、葉中のリン酸濃度を既述の方法により測定した。また、PHR1形質転換バーベナの鉢上げ個体からもタバコの場合と同様に葉をサンプリングし、PHR1の発現量をRT−PCRにより確認した。その結果発現量の多い系統を選抜系統とし、該系統の葉をサンプリングしたのち葉中のリン酸濃度を既述の方法により測定した。 その結果、形質転換タバコ、形質転換バーベナいずれの植物においても、野生型と比較して1.5倍程度のリン酸の蓄積が見られた(図8および図9)。 以上のことから、8植物種よりPHR1遺伝子を導入した形質転換植物を取得することができ、また4植物種のPHR1導入形質転換植物において、リン酸の蓄積能力が向上する結果が得られた。このことは、PHR1形質転換植物を様々な植物種で取得することが可能であり、またPHR1遺伝子は導入植物種を問わず、リン酸の蓄積に寄与できることを示している。 以上のように、本発明によるリン酸の高蓄積能を付与した形質転換植物を水質浄化に用いることで、水質浄化植物の大きな課題であった回収後のバイオマスを肥料化、さらには抽出されたリンという形で有効的に再利用することができるようになる。またこの技術を用いれば、既存のリン酸蓄積能の高い植物に遺伝子導入することによって、より多くのリン酸を蓄積できる植物の作製も可能になり、水質の浄化という課題に対して有効かつ二次汚染の少ない手法を提供できる。また、花卉園芸植物を遺伝子組換えのホストに用いることにより、美観面でも他の水質浄化手法にはないメリットを提供できる。本発明の形質転換トレニアの葉におけるリン酸蓄積量を示すグラフである。グラフの縦軸はリン酸量(mg/gFW)を示す。本発明の形質転換ペチュニアの葉におけるリン酸蓄積量を示すグラフである。グラフの縦軸はリン酸量(mg/gFW)を示す。本発明の水耕栽培した形質転換トレニアの葉におけるリン酸蓄積量を示すグラフである。グラフの縦軸はリン酸量(mg/gFW)を示す。本発明の水耕栽培した形質転換トレニアにおける地上部の乾燥重量あたりのリン酸蓄積量を示すグラフである。グラフの縦軸はリン酸量(mg/gDW)を示す。本発明の形質転換トレニアを培養した水耕液のリン酸濃度変化を経日的に示すグラフである。グラフの縦軸はリン酸濃度(mg/L)、横軸は水耕液交換からの日数を示す。本発明の水耕栽培した形質転換トレニアの葉におけるリン酸蓄積量を示すグラフである。グラフの縦軸はリン酸量(mg/gFW)を示す。本発明の水耕栽培した形質転換トレニアの地上部の新鮮重を示すグラフである。グラフの縦軸は重さ(g)を示す。本発明の形質転換タバコの葉におけるリン酸蓄積量を示すグラフである。グラフの縦軸はリン酸量(mg/gFW)を示す。本発明の形質転換バーベナの葉におけるリン酸蓄積量を示すグラフである。グラフの縦軸はリン酸量(mg/gFW)を示す。 シロイヌナズナ由来のMyb様転写因子PHR1をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターを導入することによって、その転写因子をコードする遺伝子を発現するように形質転換された植物体を用いて水圏の余剰なリンを除去する工程を包含する水質浄化法であって、前記転写因子が、 (a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、または (b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1〜20個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸からなり、リン酸飢餓応答遺伝子を活性化する機能を有するタンパク質である、前記方法。 前記リン酸飢餓反応に関与する遺伝子の転写因子をコードする遺伝子が、配列番号1に示される塩基配列のオープンリーディングフレームを含む遺伝子である、請求項1に記載の方法。 前記植物体がペチュニア、トレニア、バーベナ、タバコ、バラ、インパチェンス、ベゴニア、またはニーレンベルギアである、請求項1または2に記載の方法。


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