生命科学関連特許情報

タイトル:公開特許公報(A)_水トリー中のイオン分析方法
出願番号:2007209518
年次:2009
IPC分類:G01N 21/35


特許情報キャッシュ

藤田 学 中出 雅彦 藤村 義則 杉本 修 JP 2009042160 公開特許公報(A) 20090226 2007209518 20070810 水トリー中のイオン分析方法 東京電力株式会社 000003687 東京電設サービス株式会社 000220642 中山 光子 100115440 藤田 学 中出 雅彦 藤村 義則 杉本 修 G01N 21/35 20060101AFI20090130BHJP JPG01N21/35 Z 6 2 OL 15 2G059 2G059AA01 2G059BB20 2G059CC01 2G059DD02 2G059DD03 2G059EE01 2G059EE10 2G059EE11 2G059FF03 本発明は、電力ケーブルの絶縁体に発生した水トリー中のイオン分析方法に関する。 高電圧の電力ケーブル線路においては、布設及び保守管理の容易性等から、架橋ポリエチレン絶縁電力ケーブル(以下、CVケーブルという)が多用されているが、このケーブルには、水トリーによる絶縁劣化の問題がある。水トリーとは、ポリエチレンのような絶縁材料に、水が共存する状態で長時間にわたって交流電界にさらされた時に発生するもので、その形態は水で充填される余地のある樹枝状の微細な通路や空隙である。水トリーは単独で絶縁劣化に至ることはないが、電気トリーの発生点になる場合があり、この時点から絶縁破壊に至るまでは非常に短時間であるため、劣化の診断・予測が必要である。 水トリーの発生・進展要因の一つに、トリー内部のイオンの影響が考えられる。通常、水トリーによるCVケーブル絶縁破壊事故時の原因調査などに伴う水トリー調査では、ケーブル絶縁体をスライスし、メチレンブルー等の染色剤と一緒に絶縁体のスライスを煮沸することで水トリーを染色させ、光学顕微鏡により水トリーの有無、形状、大きさ並びにトリーの起点部の異物や突起の有無、大きさ等の測定を行う。その後、スライス中に埋没している水トリーの起点部の異物、突起やトリー部を、ミクロトーム等を用いて切削加工することによりスライスの表面に出し、走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)により元素分析を行い、異物の元素分析結果や水トリー部の元素分析結果からイオン種を推定している。 しかしながら、走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を用いた元素分析によるイオン種の推定では、以下のような問題点がある。即ち、測定対象のイオンが有機物の場合、元素分析の測定結果では炭素の有無しか分からないので、その結果からイオン種を特定することは不可能になる。つまり、元素分析からのイオン種の推定では無機イオンの特定のみとなってしまう。また、測定するには調査対象を試料表面に出す必要があるため、スライス中に埋没している水トリー部を測定するには、測定前にトリー部を表面に出す高度な切削加工技術と作業時間を要する試料前処理加工が必要になる。 一方、赤外線吸収スペクトルを用いた水トリー中のイオン分析法も提案されている。非特許文献1〜3には、水トリー部のイオン測定法として、ポリオレフィン中の水トリー部を測定して得られた赤外線吸収スペクトルに1580cm−1付近にピークがあると有機イオン、1140cm−1付近にピークがあると無機イオンが関係しているといった特定手法が報告されている。 また、非特許文献3〜4には、水トリー部のイオン以外の測定法としては、トリー部とトリー部の無いポリオレフィンの赤外線吸収スペクトルの差スペクトルから酸化生成物であるカルボニル基のピークを抽出し、そこから酸化劣化の進行度合を判断する手法や、3400cm−1、1640cm−1付近のピークから水トリー中の水分の存在状態を測定する手法が報告されている。電気学会技術報告 第674号“高分子絶縁材料におけるトリーイング劣化の基礎過程”1998年武藤、丸山“水トリーの化学的特性の検討”平成6年電気学会全国大会 No.399関井、井上他“水トリーの発生・進展−高分子高次構造の影響と化学的プロセス”電気学会研究会資料、放電、誘電・絶縁材料合同研究会、ED−00−64、DEI−00−69、2000年近藤、宮田“水トリー中水分の顕微IRによる評価”2001年電気学会、基礎・材料・共通部門大会 14−8 しかしながら、非特許文献2,3に報告されている水トリー部の赤外線吸収スペクトルからのイオン種の測定法では、あくまで有機か無機かの判断でしかなく、具体的なイオン種の推定は行われていない。また、ここに示されている赤外線吸収スペクトルだと大部分がポリオレフィンのピークとなり、イオンに関わるピークが埋没しているため、このスペクトルからイオン種を特定するのは困難である。 非特許文献4には、水トリー部の赤外線吸収スペクトルの3400cm−1、1640cm−1付近のピークから水トリー中の水分の存在状態を測定できることが示されているが、あくまで水分の測定である。さらに、水分そのもののピークは非常に感度が良く、なだらかなピークで出ることと、低波長領域のベースラインを上げてしまう性質があり、水中のイオンの赤外線吸収スペクトルを測定すると、水分ピークの影響でイオンピークを消してしまったり、左右にシフトさせてしまう可能性が考えられる。これにより、イオン本来のピークを得られないことにより、水分が存在している状況での赤外線吸収スペクトルからイオン種を推定することは困難であると言える。さらに、無機イオン(特に金属イオン)については、水中では電離し単独で存在しているため赤外線吸収スペクトルが測定できない。 さらに、光学顕微鏡による水トリーの観察の際は、メチレンブルー等を使用した煮沸作業によりトリー内に水分を浸入させて水トリー部を染色し、観察し易いようにしているため、水トリー観察後に赤外線吸収スペクトルを測定するには、水分の影響を除去する必要がある。 本発明は、前記従来の課題に鑑みてなされたものであり、電力ケーブルの絶縁体の水トリー中に存在しているイオン種や分布状況を、絶縁体中にトリーが埋没している状態でも特定することが可能で、手軽に精度良く短時間で分析することができる水トリー中のイオン分析方法を提供することを目的とする。 前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、水トリー部の水分を除去した後、水トリーが在る部分と無い部分の絶縁体の赤外線吸収スペクトルを測定し、両者の差スペクトルを標準スペクトルと比較することにより、従来の走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を用いた元素分析手法に比べて試料の前処理に時間や技術を要することなく、有機及び無機イオンを判別することができ、手軽に精度良くイオンの存在や種類、分布状況等を把握可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。 すなわち、本発明の水トリー中のイオン分析方法は、電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、スライスした絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、水トリーが在る絶縁体部分と水トリーが無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリーが在る絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルから水トリーが無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを差引き、求めた差スペクトルを標準スペクトルと比較することによりイオンの種類を特定することを特徴とする。 また、本発明の水トリー中のイオン分析方法は、電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、スライスした絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、水トリーを囲む領域について赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリー中の電解質が有する一定の赤外吸収帯における吸光度をマッピングすることにより電解質の分布状況を測定することを特徴とする。 本発明の水トリー中のイオン分析方法においては、電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、絶縁体に発生した水トリーを染色した後、染色後の絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、上記した方法によりイオンの種類を特定しても良いし、上記した方法により電解質の分布状況を測定しても良い。 本発明によれば、水トリーが存在する絶縁体スライスを真空乾燥し、水トリー中の水分を除去し、イオンを電解質としてトリー中に残した後に測定するので、測定時の水分の影響が無く、しかも電解質(化合物)として存在するため、無機イオンについても赤外線吸収スペクトルを測定することができる。 また、トリーが絶縁体に埋没している状態で測定するので、試料前処理加工が必要なくなることで大幅な測定時間(数時間程度)の短縮となり、高度な切削加工技術が不要となるので手軽に精度よく分析することができる。 さらに、赤外分光計を用いて、水トリーが在る絶縁体部分と無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを測定して両者の差スペクトルを求め、得られた電解質単独のスペクトルを標準スペクトルと比較するので、電解質の特定が容易である。また、特定された電解質について、一定の赤外吸収帯における吸光度をマッピングすることにより、水トリーの形状や大きさを把握することができる。 よって、従来の走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を用いた元素分析手法に比べて試料の前処理に時間や技術を要することなく、しかも、有機及び無機イオンを判別することができる。さらに、手軽に精度良くイオンの存在や種類、分布状況等を把握可能になるため、水トリーによるCVケーブルの絶縁破壊事故時の原因調査を迅速に行うことができるようになり、電力ケーブルの劣化の診断・予測及び水トリー対策の推進にも役立てることができる。 以下、本発明による水トリー中のイオン分析方法を詳細に説明する。現場にて高負荷で10〜20年運用された電力ケーブルは、水トリー劣化が起きる。実際のCVケーブル中の水トリーを光学顕微鏡で観察したときの画像の一例を、図1に示す。図中、1は水トリー、2は架橋ポリエチレン(絶縁体)、3は内部半導電層、4は外部半導電層である。水トリーは有色のものもあるが通常無色であり、大きさとしては大多数が100〜500μmである。 図2は、本発明による水トリー中のイオン分析方法の手順を示すフロー図である。本発明の水トリー中のイオン分析方法を適用する場合は、先ず、従来公知の方法を用いて電力ケーブルの絶縁体部をスライスする。従来のSEM−EDX法では、絶縁体を0.5〜0.7mm程度の厚さにスライスし、光学観察により水トリーの位置を確認した後、水トリーが絶縁体中に埋没している際には、水トリー部が表面上に出る状態まで絶縁体部を切削加工することが必要であったが、本発明の方法を適用する場合は、水トリーが絶縁体中に埋没していても良い。スライス時の絶縁体の厚みは特に限定されないが、赤外線が透過できる厚みでなければならないことから、通常、0.3mm〜0.7mmの厚さにスライスするのが良い。 次いで、スライスした絶縁体試料中の水トリーの存在を確認するため、従来公知の方法を用いて、試料を染色剤存在下に水中で煮沸して水トリーを染色させる。この際、染色剤として、染色性の良好なメチレンブルー等を用いる。染色された試料を取り出し、試料表面の水分等を除去した後、光学顕微鏡を用いて水トリーが存在すること及びその場所を確認する。ただし、水トリーには有色のものもあるため、染色は任意の操作である。また、染色しなくても例えば、光学顕微鏡を用いて異物や突起の周囲を無作為に測定したり、マッピング測定したりして電解質に起因する赤外線吸収の有無を確認することにより、水トリーの存在を確認することもできる。 次いで、水トリーの存在が確認できた絶縁体試料を用いて、トリーの赤外線吸収スペクトルを測定するが、水トリー部分はケーブルからのスライス後や煮沸後には多くの水分を含み、水分中にイオンが存在している。従って、このままの状態で測定すると、水分の吸収スペクトルが3400cm−1、1640cm−1付近に大きく出てしまうため、本来測定したいイオンの吸収スペクトルを消してしまうことになる。 本発明の分析方法では、水トリーの存在が確認された絶縁体試料を用い、これを真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、水トリーが在る絶縁体部分と水トリーが無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを測定して、水トリーが在る部分から無い部分の赤外線吸収スペクトルを差引いて両者の差スペクトルを求め、求めた差スペクトルを標準スペクトルと比較し、化合物名からイオンの種類を特定する。 ここで、本発明で対象とする電力ケーブルの絶縁体は架橋ポリエチレンが主となるが、無架橋ポリエチレンでも良い。架橋ポリエチレンは、耐熱性絶縁材料として公知の架橋ポリエチレンであれば特に限定はなく、例えば、放射線による照射架橋法、有機過酸化物による化学架橋法、活性シラン基グラフト化後に水処理架橋してなるシラン架橋法によるもの等を挙げることができる。 上記のように、本発明では、水トリーが存在する絶縁体を真空乾燥し、水トリー中の水分を除去することにより、水トリー中のイオンを、酢酸ナトリウム(CH3COONa)、酢酸カルシウム((CH3COO)2Ca)等や硫酸第1鉄(FeSO4)等の電解質としてトリー中に残すことに特徴がある。絶縁体中の水分と電解質は、互いの赤外線吸収帯域が重なることがあるため、水分が存在した状態では精度の高いイオンの特定をすることができなくなるが、本発明の方法によればトリー中には電解質のみが残るため、電解質が無機イオンの場合でも赤外線吸収スペクトルを測定することが可能になる。 本発明では、水トリーが存在する絶縁体を真空乾燥することが極めて重要であり、真空乾燥は、赤外線吸収スペクトルに実質的に水の影響が現れない程度に、十分に行う必要がある。乾燥温度は、水分除去が可能で、かつ絶縁体が溶融しない温度であることが好ましく、常温〜90℃の範囲が好ましい。乾燥温度が低すぎると水分除去が不十分となり易くなり、90℃を超えると絶縁体部を構成するポリエチレン(融点はポリエチレンの密度により100〜140℃と違ってくるが、最も低い融点約100℃のポリエチレンでも実際には約90℃から融解が始まる)の融解や熱劣化により、トリーに何らかの変化を及ぼす影響が考えられることから、分析精度が低下するおそれがある。乾燥時間は温度や試料によって異なるため限定されないが、トリー中の水分及び架橋分解残渣を十分除去するためには、10〜30時間行うことが好ましい。 次いで、真空乾燥させた絶縁体試料を、顕微フーリエ変換赤外分光計にセットし、顕微鏡によりトリーの位置を確認しながら、水トリーが在る部分と無い部分の赤外線吸収スペクトルを、常法により測定する(元データの取得)。赤外線吸収スペクトルの測定装置は、測定精度(得られる吸光度)が高く、しかも水トリー部分を正確に捕えつつ測定できるという点より、顕微フーリエ変換赤外分光計が好適である。なお、顕微フーリエ変換赤外分光計と同一又は類似の機能を有する他の測定装置を用いても良い。 次いで、水トリーが存在する絶縁体部分と水トリーが存在しない絶縁体部分について測定した赤外線吸収スペクトルを用いて、両者の差スペクトルを求める。差スペクトルは、コンピューター等に入力された元データをデータ処理することにより、求めることができる。このとき、オーバーフローを起こして差引けない部分は、直線を引く。差スペクトルを求めるので、測定時における大気中の水分の影響を無くすることができると共に、絶縁体部分に多少の経年劣化があった場合でも絶縁体の影響を極力無くすことができる。このようにして得られた赤外線吸収スペクトルは、水トリーの電解質部分のみの赤外線吸収スペクトルとなることから、標準スペクトルとの比較及び電解質の特定が容易である。 求められた差スペクトルを標準スペクトルと比較し、イオンの種類を特定する。標準スペクトルとして、市販のライブラリー及び蓄積された実験データ等を利用することができる。 また、図2に示すように、本発明の水トリー中のイオン分析方法は、水トリー中の電解質の分布状況を測定するものでもある。即ち、上述した方法によれば、イオン(電解質)を特定することができるので、電解質が有する吸収帯もわかる。従って、水トリーが存在する領域を確認した後、水トリーを囲む領域について、顕微フーリエ変換赤外分光計等を用いて赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリー中の電解質が有する一定の赤外吸光帯における吸光度をマッピングすることにより、電解質の分布状況を分析することができる。 以上の操作を実施することによって、水トリー中の電解質の特定及び電解質の分布状況を確認することができる。しかも、本発明の分析方法では、絶縁体部分の測定データを消去するので、絶縁体の種類(ポリマーの種類、架橋度、メーカー等)に関わらず適用することができる。 次に、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。 (実施例1) 水トリー部における水の影響を確認するため、約8〜9mm(W)×約8〜9mm(D)×約40mm(H)の架橋ポリエチレン(XLPE)のブロック中に水針電極を用いて模擬的に水トリーを発生させ、試験片とした。電解質は酢酸ナトリウムとした。この試験片をメチレンブルー水溶液中に入れ、95℃で15分間煮沸することにより、水トリー部を着色した。試験片を取り出し、試験片表面の付着水分を除去した後、光学顕微鏡を用いて水トリーの存在を確認した。 次に、水トリーの水分を除去するために試験片を真空恒温槽に入れ、10−2torr、70〜80℃の条件下で20時間真空乾燥した。乾燥前及び乾燥後の試験片の赤外線吸収スペクトルを、下記に示す顕微フーリエ変換赤外分光計(FT−IR)を用いて測定した。その結果を図3(乾燥前)及び図4(乾燥後)に示した。 (顕微フーリエ変換赤外分光計(顕微FT−IR))使用機器:Continuum赤外顕微鏡VI(赤外顕微鏡部)+Nicolet380(フーリエ変換赤外分光装置部)機器製造メーカー:サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)測定法:透過法検出器:MCT-A*(検出可能波数:11700〜750cm-1)測定倍率:150倍(対物鏡:15倍屈折率補正機能付カセグレン 接眼レンンズ:10倍)測定波数範囲:4000〜750cm-1S/N比:6000:1分解能:4cm-1積算回数:32回もしくは64回アパーチャサイズ(赤外光の当る面積):10μm×10μm〜100μm×100μm(測定試料サイズに合わせ調整) 図3から分かるように、乾燥前の水トリー部は水のスペクトルを含んでいるため、水を除去しない状態で赤外線吸収スペクトルを測定しても、測定したい水トリー部の電解質(酢酸ナトリウム)のピークを消してしまうおそれがあった。 一方、真空乾燥した試験片は、図4に示したように、水分のピーク(図中の矢印で示した部分を参照)が無くなることがわかる。トリーの無い絶縁体(ポリオレフィン)部と比較すると、図4拡大図から明らかなように、トリー中の電解質のピークをはっきりと確認することができた。また、乾燥前の水トリー部は、水分の影響で電解質のピークが左右にシフトしてしまっていた(図4中の点線で囲んだ部分を参照)。 図3及び図4の結果から、真空乾燥により水分が除去されること、イオンが電解質としてトリー部に残ること、及び、乾燥後に水トリー部の赤外線吸収スペクトルを測定すればピークがシフトする現象がなくなるため電解質のピークを正確に把握できることがわかった。よって、真空乾燥後に電解質の測定を行うことにより、水トリー部のイオン分析が可能なことが確認できた。 (実施例2) 水トリーにより絶縁破壊事故に至った実使用CVケーブルの絶縁体である架橋ポリエチレンから、厚さ約0.5mm〜0.7mmのシート状の試験片を切り出した。この試験片をメチレンブルー水溶液中に入れ、95℃で15分間煮沸することにより、水トリー部を着色した。試験片を取り出し、試験片表面の付着水分を除去した後、光学顕微鏡を用いて大小のトリーを選択した。 次に、各試験片の水分を除去するため、実施例1に準じて真空乾燥した。真空乾燥後の試験片について、顕微フーリエ変換赤外分光計を用いて、大小のトリーの赤外線吸収スペクトルを測定した。その結果を図5に示す。図5の結果から、通常事故調査等のトリーの調査としては十分な測定レベルと言える400μm(図5(a))、100μm(図5(b))程度のトリーからでも電解質(硫酸第1鉄)のピークを測定することができた。 さらに、図5に示した赤外線吸収スペクトルから、水トリーが無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを差引いて差スペクトルを作成し、硫酸第1鉄のスペクトルと比較した。その結果、図6に示したように、大小のトリーのいずれを用いた場合でも、同定するに十分な結果が得られることがわかった。 (実施例3) 走査型電子顕微鏡−エネルギー分散型蛍光X線分析装置(SEM−EDX)では特定不可能な有機物からなるイオンを含む物質の測定可否を確認するため、約8〜9mm(W)×約8〜9mm(D)×約40mm(H)の架橋ポリエチレン(XLPE)のブロック中に水針電極を用いて模擬的に水トリーを発生させ、試験片とした。電解質は、有機イオンと無機イオンからなる酢酸カルシウムとした。 真空乾燥した試験片について、水トリーが在る部分と無い部分の赤外線吸収スペクトルを、顕微フーリエ変換赤外分光計を用いて測定し、水トリーが在る部分の赤外線吸収スペクトルから水トリーが無い部分の赤外線吸収スペクトルを差引いて、差スペクトルを作成した。得られた差スペクトルを酢酸カルシウム粉末の赤外線吸収スペクトルと比較した。その結果、図7に示すように、2つのスペクトルはほぼ一致していることがわかった。 (実施例4) 水トリーの光学顕微鏡観察時には煮沸を行うことが多いが、この煮沸が水トリー中のイオンの状態や分布状況に与える影響について実験した。 試験片としては、実施例2で用いた試験片と同じCVケーブルの絶縁体にあった水トリーを用いた。煮沸前後の電解質の分布状況変化を観察するために、電解質に硫酸第1鉄が存在している水トリーについて、煮沸前後の硫酸第1鉄の分布状態を測定した。測定には顕微フーリエ変換赤外分光計を用いた(分解能8cm−1、積算回数10回とした他は、上記の測定条件に従った)。水トリーを囲むように、横約500μm×縦約300μmの領域について、赤外線吸収スペクトルを測定した後、波長1590cm−1における吸光度を吸光度の大きさ毎にマッピングし、電解質の分布状況を測定した。その結果を図8に示す(図の横軸及び縦軸は位置(μm)を表わしている)。 図8の結果から、煮沸前後で電解質の分布に大きな変化は無く、光学顕微鏡による水トリーの観察後に本発明による測定法を実施しても、問題ないことがわかった。 また、上記の水トリーの光学顕微鏡による画像を図9に示した。図8及び図9の結果から、マッピングにより水トリー中の電解質の分布状況を確認できること、及び、この分布は実際の水トリーの光学画像と良く一致していることがわかった。 (実施例5) 水トリーにより絶縁破壊事故に至った実使用CVケーブル4線路について、実施例1に準じて、イオンの定性分析を行った。定性分析法としては、実施例1と同様、差スペクトルにより電解質のスペクトルを抽出した後、市販されている標準スペクトルと比較分析した。また、得られた分析結果について、トリー起点の異物やトリー部についての元素分析結果との整合比較を行った。これらの結果を表1に示す。 表1の結果から、本発明の方法で測定した電解質(イオン)と、トリー部及び異物の元素は一致していることが分かった。また、一部のトリーに見られる酢酸イオンについては、元素分析では有機物のため判別が困難であったが、本発明の方法によれば判別可能であることがわかった。 以上説明した通り、本発明の分析方法は、従来の元素分析による測定法と比較して、無機及び有機イオンを問わない、試料の前処理加工に要する高度な加工技術が不要である、測定時間が大幅に短縮される(数時間から数分に短縮)といった利点を持った、簡易で精度の良い測定手法であると言える。また、元素分析との整合性もある。CVケーブル中の水トリーの光学顕微鏡写真の一例を示す図である。本発明の分析方法の手順を示す図である。乾燥前の水トリー部(電解質は酢酸ナトリウム)と水の赤外線吸収スペクトルである。乾燥前と乾燥後の水トリー部(電解質は酢酸ナトリウム)の赤外線吸収スペクトルである。400μmのトリーの赤外線吸収スペクトル(a)と、100μmのトリーの赤外線吸収スペクトル(b)である。図5の赤外線吸収スペクトルの差スペクトルと硫酸第1鉄の赤外線吸収スペクトルである(400μmのトリー(a)、100μmのトリー(b))。差スペクトルと酢酸カルシウムの赤外線吸収スペクトルである。顕微FT−IRを用いて測定した、水トリー中の電解質の煮沸前後の分布状況を示す図である。図8で測定した水トリーの光学画像である。符号の説明 1 水トリー 2 架橋ポリエチレン 3 内部半導電層 4 外部半導電層 電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、スライスした絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、水トリーが在る絶縁体部分と水トリーが無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリーが在る絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルから水トリーが無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを差引き、求めた差スペクトルを標準スペクトルと比較することによりイオンの種類を特定することを特徴とする水トリー中のイオン分析方法。 電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、スライスした絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、水トリーを囲む領域について赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリー中の電解質が有する一定の赤外吸収帯における吸光度をマッピングすることにより電解質の分布状況を測定することを特徴とする水トリー中のイオン分析方法。 電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、絶縁体に発生した水トリーを染色した後、染色後の絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去する、請求項1又は2に記載の水トリー中のイオン分析方法。 顕微フーリエ変換赤外分光計を用いて赤外線吸収スペクトルを測定する、請求項1〜3のいずれかに記載の水トリー中のイオン分析方法。 透過法を適用する、請求項1〜4のいずれかに記載の水トリー中のイオン分析方法。 絶縁体がポリエチレン又は架橋ポリエチレンである、請求項1〜5のいずれかに記載の水トリー中のイオン分析方法。 【課題】電力ケーブルの絶縁体の水トリー中に存在しているイオン種や分布状況を、絶縁体中にトリーが埋没している状態でも特定することが可能で、手軽に精度良く短時間で測定することができる水トリー中のイオン分析方法を提供する。【解決手段】電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、スライスした絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、水トリーが在る部分と無い部分の赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリーが在る部分から水トリーが無い部分を差引いて求めた差スペクトルを、標準スペクトルと比較することにより、水トリー中のイオンの種類を特定する。また、絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、水トリーを囲む領域の赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリー中の電解質が有する一定の赤外吸収帯における吸光度をマッピングすることにより電解質の分布状況を測定する。【選択図】図2


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特許公報(B2)_水トリー中のイオン分析方法

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タイトル:特許公報(B2)_水トリー中のイオン分析方法
出願番号:2007209518
年次:2012
IPC分類:G01N 21/35,G01R 31/12


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藤田 学 中出 雅彦 藤村 義則 杉本 修 JP 4956322 特許公報(B2) 20120323 2007209518 20070810 水トリー中のイオン分析方法 東京電力株式会社 000003687 東京電設サービス株式会社 000220642 中山 光子 100115440 藤田 学 中出 雅彦 藤村 義則 杉本 修 20120620 G01N 21/35 20060101AFI20120531BHJP G01R 31/12 20060101ALI20120531BHJP JPG01N21/35 ZG01R31/12 B G01N 21/17 − 21/61 G01R 31/08 − 31/20 G01M 11/00 − 11/08 G01N 1/00 − 1/44 G01N 17/00 − 19/10 G01N 33/00 − 33/46 H01B 7/00 − 9/06 JSTPlus(JDreamII) JST7580(JDreamII) 特開平7−244110(JP,A) 特開平1−100803(JP,A) 特開2004−309277(JP,A) 特許第3436792(JP,B2) 特開平4−306511(JP,A) 特開2005−156385(JP,A) 特開平8−240527(JP,A) 特開平10−206321(JP,A) 関井康雄 井上大輔 岡下稔 今博之 染矢啓,“水トリーの発生・進展−高分子高次構造の影響と化学的プロセス−”,電気学会研究会資料放電誘電・絶縁材料合同研究会,日本,社団法人電気学会,2000年 7月17日,ED−00−55〜65,p.55−60 武藤秀二 丸山義雄,“水トリーの化学的特性の検討”,電気学会全国大会講演論文集,日本,電気学会全国大会委員会,1994年 3月10日,平成6年、399,p.3−160〜3−161 近藤菜穂子、宮田裕之,“水トリー中水分の顕微IRによる評価”,電気学会基礎・材料・共通部門大会,日本,電気学会基礎・材料・共通部門大会委員会,2001年 9月21日,2001年、14−8,p.356 トリーイング劣化基礎過程調査専門委員会,“高分子絶縁材料におけるトリーイング劣化の基礎過程”,電気学会技術報告,日本,社団法人電気学会,1998年 4月15日,第674号(A部門),p.20−25、44−47 6 2009042160 20090226 15 20100315 遠藤 孝徳 本発明は、電力ケーブルの絶縁体に発生した水トリー中のイオン分析方法に関する。 高電圧の電力ケーブル線路においては、布設及び保守管理の容易性等から、架橋ポリエチレン絶縁電力ケーブル(以下、CVケーブルという)が多用されているが、このケーブルには、水トリーによる絶縁劣化の問題がある。水トリーとは、ポリエチレンのような絶縁材料に、水が共存する状態で長時間にわたって交流電界にさらされた時に発生するもので、その形態は水で充填される余地のある樹枝状の微細な通路や空隙である。水トリーは単独で絶縁劣化に至ることはないが、電気トリーの発生点になる場合があり、この時点から絶縁破壊に至るまでは非常に短時間であるため、劣化の診断・予測が必要である。 水トリーの発生・進展要因の一つに、トリー内部のイオンの影響が考えられる。通常、水トリーによるCVケーブル絶縁破壊事故時の原因調査などに伴う水トリー調査では、ケーブル絶縁体をスライスし、メチレンブルー等の染色剤と一緒に絶縁体のスライスを煮沸することで水トリーを染色させ、光学顕微鏡により水トリーの有無、形状、大きさ並びにトリーの起点部の異物や突起の有無、大きさ等の測定を行う。その後、スライス中に埋没している水トリーの起点部の異物、突起やトリー部を、ミクロトーム等を用いて切削加工することによりスライスの表面に出し、走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)により元素分析を行い、異物の元素分析結果や水トリー部の元素分析結果からイオン種を推定している。 しかしながら、走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を用いた元素分析によるイオン種の推定では、以下のような問題点がある。即ち、測定対象のイオンが有機物の場合、元素分析の測定結果では炭素の有無しか分からないので、その結果からイオン種を特定することは不可能になる。つまり、元素分析からのイオン種の推定では無機イオンの特定のみとなってしまう。また、測定するには調査対象を試料表面に出す必要があるため、スライス中に埋没している水トリー部を測定するには、測定前にトリー部を表面に出す高度な切削加工技術と作業時間を要する試料前処理加工が必要になる。 一方、赤外線吸収スペクトルを用いた水トリー中のイオン分析法も提案されている。非特許文献1〜3には、水トリー部のイオン測定法として、ポリオレフィン中の水トリー部を測定して得られた赤外線吸収スペクトルに1580cm−1付近にピークがあると有機イオン、1140cm−1付近にピークがあると無機イオンが関係しているといった特定手法が報告されている。 また、非特許文献3〜4には、水トリー部のイオン以外の測定法としては、トリー部とトリー部の無いポリオレフィンの赤外線吸収スペクトルの差スペクトルから酸化生成物であるカルボニル基のピークを抽出し、そこから酸化劣化の進行度合を判断する手法や、3400cm−1、1640cm−1付近のピークから水トリー中の水分の存在状態を測定する手法が報告されている。電気学会技術報告 第674号“高分子絶縁材料におけるトリーイング劣化の基礎過程”1998年武藤、丸山“水トリーの化学的特性の検討”平成6年電気学会全国大会 No.399関井、井上他“水トリーの発生・進展−高分子高次構造の影響と化学的プロセス”電気学会研究会資料、放電、誘電・絶縁材料合同研究会、ED−00−64、DEI−00−69、2000年近藤、宮田“水トリー中水分の顕微IRによる評価”2001年電気学会、基礎・材料・共通部門大会 14−8 しかしながら、非特許文献2,3に報告されている水トリー部の赤外線吸収スペクトルからのイオン種の測定法では、あくまで有機か無機かの判断でしかなく、具体的なイオン種の推定は行われていない。また、ここに示されている赤外線吸収スペクトルだと大部分がポリオレフィンのピークとなり、イオンに関わるピークが埋没しているため、このスペクトルからイオン種を特定するのは困難である。 非特許文献4には、水トリー部の赤外線吸収スペクトルの3400cm−1、1640cm−1付近のピークから水トリー中の水分の存在状態を測定できることが示されているが、あくまで水分の測定である。さらに、水分そのもののピークは非常に感度が良く、なだらかなピークで出ることと、低波長領域のベースラインを上げてしまう性質があり、水中のイオンの赤外線吸収スペクトルを測定すると、水分ピークの影響でイオンピークを消してしまったり、左右にシフトさせてしまう可能性が考えられる。これにより、イオン本来のピークを得られないことにより、水分が存在している状況での赤外線吸収スペクトルからイオン種を推定することは困難であると言える。さらに、無機イオン(特に金属イオン)については、水中では電離し単独で存在しているため赤外線吸収スペクトルが測定できない。 さらに、光学顕微鏡による水トリーの観察の際は、メチレンブルー等を使用した煮沸作業によりトリー内に水分を浸入させて水トリー部を染色し、観察し易いようにしているため、水トリー観察後に赤外線吸収スペクトルを測定するには、水分の影響を除去する必要がある。 本発明は、前記従来の課題に鑑みてなされたものであり、電力ケーブルの絶縁体の水トリー中に存在しているイオン種や分布状況を、絶縁体中にトリーが埋没している状態でも特定することが可能で、手軽に精度良く短時間で分析することができる水トリー中のイオン分析方法を提供することを目的とする。 前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、水トリー部の水分を除去した後、水トリーが在る部分と無い部分の絶縁体の赤外線吸収スペクトルを測定し、両者の差スペクトルを標準スペクトルと比較することにより、従来の走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を用いた元素分析手法に比べて試料の前処理に時間や技術を要することなく、有機及び無機イオンを判別することができ、手軽に精度良くイオンの存在や種類、分布状況等を把握可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。 すなわち、本発明の水トリー中のイオン分析方法は、電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、スライスした絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、真空乾燥させた絶縁体の水トリーが在る部分と水トリーが無い部分について赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリーが在る部分の赤外線吸収スペクトルから水トリーが無い部分の赤外線吸収スペクトルを差引き、求めた差スペクトルを標準スペクトルと比較することによりイオンの種類を特定することを特徴とする。 また、本発明の水トリー中のイオン分析方法は、電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、スライスした絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、真空乾燥させた絶縁体の水トリーを囲む領域について赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリー中の電解質が有する一定の赤外吸収帯における吸光度をマッピングすることにより電解質の分布状況を測定することを特徴とする。 本発明の水トリー中のイオン分析方法においては、電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、絶縁体に発生した水トリーを染色した後、染色後の絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、上記した方法によりイオンの種類を特定しても良いし、上記した方法により電解質の分布状況を測定しても良い。 本発明によれば、水トリーが存在する絶縁体スライスを真空乾燥し、水トリー中の水分を除去し、イオンを電解質としてトリー中に残した後に測定するので、測定時の水分の影響が無く、しかも電解質(化合物)として存在するため、無機イオンについても赤外線吸収スペクトルを測定することができる。 また、トリーが絶縁体に埋没している状態で測定するので、試料前処理加工が必要なくなることで大幅な測定時間(数時間程度)の短縮となり、高度な切削加工技術が不要となるので手軽に精度よく分析することができる。 さらに、赤外分光計を用いて、水トリーが在る絶縁体部分と無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを測定して両者の差スペクトルを求め、得られた電解質単独のスペクトルを標準スペクトルと比較するので、電解質の特定が容易である。また、特定された電解質について、一定の赤外吸収帯における吸光度をマッピングすることにより、水トリーの形状や大きさを把握することができる。 よって、従来の走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を用いた元素分析手法に比べて試料の前処理に時間や技術を要することなく、しかも、有機及び無機イオンを判別することができる。さらに、手軽に精度良くイオンの存在や種類、分布状況等を把握可能になるため、水トリーによるCVケーブルの絶縁破壊事故時の原因調査を迅速に行うことができるようになり、電力ケーブルの劣化の診断・予測及び水トリー対策の推進にも役立てることができる。 以下、本発明による水トリー中のイオン分析方法を詳細に説明する。現場にて高負荷で10〜20年運用された電力ケーブルは、水トリー劣化が起きる。実際のCVケーブル中の水トリーを光学顕微鏡で観察したときの画像の一例を、図1に示す。図中、1は水トリー、2は架橋ポリエチレン(絶縁体)、3は内部半導電層、4は外部半導電層である。水トリーは有色のものもあるが通常無色であり、大きさとしては大多数が100〜500μmである。 図2は、本発明による水トリー中のイオン分析方法の手順を示すフロー図である。本発明の水トリー中のイオン分析方法を適用する場合は、先ず、従来公知の方法を用いて電力ケーブルの絶縁体部をスライスする。従来のSEM−EDX法では、絶縁体を0.5〜0.7mm程度の厚さにスライスし、光学観察により水トリーの位置を確認した後、水トリーが絶縁体中に埋没している際には、水トリー部が表面上に出る状態まで絶縁体部を切削加工することが必要であったが、本発明の方法を適用する場合は、水トリーが絶縁体中に埋没していても良い。スライス時の絶縁体の厚みは特に限定されないが、赤外線が透過できる厚みでなければならないことから、通常、0.3mm〜0.7mmの厚さにスライスするのが良い。 次いで、スライスした絶縁体試料中の水トリーの存在を確認するため、従来公知の方法を用いて、試料を染色剤存在下に水中で煮沸して水トリーを染色させる。この際、染色剤として、染色性の良好なメチレンブルー等を用いる。染色された試料を取り出し、試料表面の水分等を除去した後、光学顕微鏡を用いて水トリーが存在すること及びその場所を確認する。ただし、水トリーには有色のものもあるため、染色は任意の操作である。また、染色しなくても例えば、光学顕微鏡を用いて異物や突起の周囲を無作為に測定したり、マッピング測定したりして電解質に起因する赤外線吸収の有無を確認することにより、水トリーの存在を確認することもできる。 次いで、水トリーの存在が確認できた絶縁体試料を用いて、トリーの赤外線吸収スペクトルを測定するが、水トリー部分はケーブルからのスライス後や煮沸後には多くの水分を含み、水分中にイオンが存在している。従って、このままの状態で測定すると、水分の吸収スペクトルが3400cm−1、1640cm−1付近に大きく出てしまうため、本来測定したいイオンの吸収スペクトルを消してしまうことになる。 本発明の分析方法では、水トリーの存在が確認された絶縁体試料を用い、これを真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、水トリーが在る絶縁体部分と水トリーが無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを測定して、水トリーが在る部分から無い部分の赤外線吸収スペクトルを差引いて両者の差スペクトルを求め、求めた差スペクトルを標準スペクトルと比較し、化合物名からイオンの種類を特定する。 ここで、本発明で対象とする電力ケーブルの絶縁体は架橋ポリエチレンが主となるが、無架橋ポリエチレンでも良い。架橋ポリエチレンは、耐熱性絶縁材料として公知の架橋ポリエチレンであれば特に限定はなく、例えば、放射線による照射架橋法、有機過酸化物による化学架橋法、活性シラン基グラフト化後に水処理架橋してなるシラン架橋法によるもの等を挙げることができる。 上記のように、本発明では、水トリーが存在する絶縁体を真空乾燥し、水トリー中の水分を除去することにより、水トリー中のイオンを、酢酸ナトリウム(CH3COONa)、酢酸カルシウム((CH3COO)2Ca)等や硫酸第1鉄(FeSO4)等の電解質としてトリー中に残すことに特徴がある。絶縁体中の水分と電解質は、互いの赤外線吸収帯域が重なることがあるため、水分が存在した状態では精度の高いイオンの特定をすることができなくなるが、本発明の方法によればトリー中には電解質のみが残るため、電解質が無機イオンの場合でも赤外線吸収スペクトルを測定することが可能になる。 本発明では、水トリーが存在する絶縁体を真空乾燥することが極めて重要であり、真空乾燥は、赤外線吸収スペクトルに実質的に水の影響が現れない程度に、十分に行う必要がある。乾燥温度は、水分除去が可能で、かつ絶縁体が溶融しない温度であることが好ましく、常温〜90℃の範囲が好ましい。乾燥温度が低すぎると水分除去が不十分となり易くなり、90℃を超えると絶縁体部を構成するポリエチレン(融点はポリエチレンの密度により100〜140℃と違ってくるが、最も低い融点約100℃のポリエチレンでも実際には約90℃から融解が始まる)の融解や熱劣化により、トリーに何らかの変化を及ぼす影響が考えられることから、分析精度が低下するおそれがある。乾燥時間は温度や試料によって異なるため限定されないが、トリー中の水分及び架橋分解残渣を十分除去するためには、10〜30時間行うことが好ましい。 次いで、真空乾燥させた絶縁体試料を、顕微フーリエ変換赤外分光計にセットし、顕微鏡によりトリーの位置を確認しながら、水トリーが在る部分と無い部分の赤外線吸収スペクトルを、常法により測定する(元データの取得)。赤外線吸収スペクトルの測定装置は、測定精度(得られる吸光度)が高く、しかも水トリー部分を正確に捕えつつ測定できるという点より、顕微フーリエ変換赤外分光計が好適である。なお、顕微フーリエ変換赤外分光計と同一又は類似の機能を有する他の測定装置を用いても良い。 次いで、水トリーが存在する絶縁体部分と水トリーが存在しない絶縁体部分について測定した赤外線吸収スペクトルを用いて、両者の差スペクトルを求める。差スペクトルは、コンピューター等に入力された元データをデータ処理することにより、求めることができる。このとき、オーバーフローを起こして差引けない部分は、直線を引く。差スペクトルを求めるので、測定時における大気中の水分の影響を無くすることができると共に、絶縁体部分に多少の経年劣化があった場合でも絶縁体の影響を極力無くすことができる。このようにして得られた赤外線吸収スペクトルは、水トリーの電解質部分のみの赤外線吸収スペクトルとなることから、標準スペクトルとの比較及び電解質の特定が容易である。 求められた差スペクトルを標準スペクトルと比較し、イオンの種類を特定する。標準スペクトルとして、市販のライブラリー及び蓄積された実験データ等を利用することができる。 また、図2に示すように、本発明の水トリー中のイオン分析方法は、水トリー中の電解質の分布状況を測定するものでもある。即ち、上述した方法によれば、イオン(電解質)を特定することができるので、電解質が有する吸収帯もわかる。従って、水トリーが存在する領域を確認した後、水トリーを囲む領域について、顕微フーリエ変換赤外分光計等を用いて赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリー中の電解質が有する一定の赤外吸光帯における吸光度をマッピングすることにより、電解質の分布状況を分析することができる。 以上の操作を実施することによって、水トリー中の電解質の特定及び電解質の分布状況を確認することができる。しかも、本発明の分析方法では、絶縁体部分の測定データを消去するので、絶縁体の種類(ポリマーの種類、架橋度、メーカー等)に関わらず適用することができる。 次に、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。 (実施例1) 水トリー部における水の影響を確認するため、約8〜9mm(W)×約8〜9mm(D)×約40mm(H)の架橋ポリエチレン(XLPE)のブロック中に水針電極を用いて模擬的に水トリーを発生させ、試験片とした。電解質は酢酸ナトリウムとした。この試験片をメチレンブルー水溶液中に入れ、95℃で15分間煮沸することにより、水トリー部を着色した。試験片を取り出し、試験片表面の付着水分を除去した後、光学顕微鏡を用いて水トリーの存在を確認した。 次に、水トリーの水分を除去するために試験片を真空恒温槽に入れ、10−2torr、70〜80℃の条件下で20時間真空乾燥した。乾燥前及び乾燥後の試験片の赤外線吸収スペクトルを、下記に示す顕微フーリエ変換赤外分光計(FT−IR)を用いて測定した。その結果を図3(乾燥前)及び図4(乾燥後)に示した。 (顕微フーリエ変換赤外分光計(顕微FT−IR))使用機器:Continuum赤外顕微鏡VI(赤外顕微鏡部)+Nicolet380(フーリエ変換赤外分光装置部)機器製造メーカー:サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)測定法:透過法検出器:MCT-A*(検出可能波数:11700〜750cm-1)測定倍率:150倍(対物鏡:15倍屈折率補正機能付カセグレン 接眼レンンズ:10倍)測定波数範囲:4000〜750cm-1S/N比:6000:1分解能:4cm-1積算回数:32回もしくは64回アパーチャサイズ(赤外光の当る面積):10μm×10μm〜100μm×100μm(測定試料サイズに合わせ調整) 図3から分かるように、乾燥前の水トリー部は水のスペクトルを含んでいるため、水を除去しない状態で赤外線吸収スペクトルを測定しても、測定したい水トリー部の電解質(酢酸ナトリウム)のピークを消してしまうおそれがあった。 一方、真空乾燥した試験片は、図4に示したように、水分のピーク(図中の矢印で示した部分を参照)が無くなることがわかる。トリーの無い絶縁体(ポリオレフィン)部と比較すると、図4拡大図から明らかなように、トリー中の電解質のピークをはっきりと確認することができた。また、乾燥前の水トリー部は、水分の影響で電解質のピークが左右にシフトしてしまっていた(図4中の点線で囲んだ部分を参照)。 図3及び図4の結果から、真空乾燥により水分が除去されること、イオンが電解質としてトリー部に残ること、及び、乾燥後に水トリー部の赤外線吸収スペクトルを測定すればピークがシフトする現象がなくなるため電解質のピークを正確に把握できることがわかった。よって、真空乾燥後に電解質の測定を行うことにより、水トリー部のイオン分析が可能なことが確認できた。 (実施例2) 水トリーにより絶縁破壊事故に至った実使用CVケーブルの絶縁体である架橋ポリエチレンから、厚さ約0.5mm〜0.7mmのシート状の試験片を切り出した。この試験片をメチレンブルー水溶液中に入れ、95℃で15分間煮沸することにより、水トリー部を着色した。試験片を取り出し、試験片表面の付着水分を除去した後、光学顕微鏡を用いて大小のトリーを選択した。 次に、各試験片の水分を除去するため、実施例1に準じて真空乾燥した。真空乾燥後の試験片について、顕微フーリエ変換赤外分光計を用いて、大小のトリーの赤外線吸収スペクトルを測定した。その結果を図5に示す。図5の結果から、通常事故調査等のトリーの調査としては十分な測定レベルと言える400μm(図5(a))、100μm(図5(b))程度のトリーからでも電解質(硫酸第1鉄)のピークを測定することができた。 さらに、図5に示した赤外線吸収スペクトルから、水トリーが無い絶縁体部分の赤外線吸収スペクトルを差引いて差スペクトルを作成し、硫酸第1鉄のスペクトルと比較した。その結果、図6に示したように、大小のトリーのいずれを用いた場合でも、同定するに十分な結果が得られることがわかった。 (実施例3) 走査型電子顕微鏡−エネルギー分散型蛍光X線分析装置(SEM−EDX)では特定不可能な有機物からなるイオンを含む物質の測定可否を確認するため、約8〜9mm(W)×約8〜9mm(D)×約40mm(H)の架橋ポリエチレン(XLPE)のブロック中に水針電極を用いて模擬的に水トリーを発生させ、試験片とした。電解質は、有機イオンと無機イオンからなる酢酸カルシウムとした。 真空乾燥した試験片について、水トリーが在る部分と無い部分の赤外線吸収スペクトルを、顕微フーリエ変換赤外分光計を用いて測定し、水トリーが在る部分の赤外線吸収スペクトルから水トリーが無い部分の赤外線吸収スペクトルを差引いて、差スペクトルを作成した。得られた差スペクトルを酢酸カルシウム粉末の赤外線吸収スペクトルと比較した。その結果、図7に示すように、2つのスペクトルはほぼ一致していることがわかった。 (実施例4) 水トリーの光学顕微鏡観察時には煮沸を行うことが多いが、この煮沸が水トリー中のイオンの状態や分布状況に与える影響について実験した。 試験片としては、実施例2で用いた試験片と同じCVケーブルの絶縁体にあった水トリーを用いた。煮沸前後の電解質の分布状況変化を観察するために、電解質に硫酸第1鉄が存在している水トリーについて、煮沸前後の硫酸第1鉄の分布状態を測定した。測定には顕微フーリエ変換赤外分光計を用いた(分解能8cm−1、積算回数10回とした他は、上記の測定条件に従った)。水トリーを囲むように、横約500μm×縦約300μmの領域について、赤外線吸収スペクトルを測定した後、波長1590cm−1における吸光度を吸光度の大きさ毎にマッピングし、電解質の分布状況を測定した。その結果を図8に示す(図の横軸及び縦軸は位置(μm)を表わしている)。 図8の結果から、煮沸前後で電解質の分布に大きな変化は無く、光学顕微鏡による水トリーの観察後に本発明による測定法を実施しても、問題ないことがわかった。 また、上記の水トリーの光学顕微鏡による画像を図9に示した。図8及び図9の結果から、マッピングにより水トリー中の電解質の分布状況を確認できること、及び、この分布は実際の水トリーの光学画像と良く一致していることがわかった。 (実施例5) 水トリーにより絶縁破壊事故に至った実使用CVケーブル4線路について、実施例1に準じて、イオンの定性分析を行った。定性分析法としては、実施例1と同様、差スペクトルにより電解質のスペクトルを抽出した後、市販されている標準スペクトルと比較分析した。また、得られた分析結果について、トリー起点の異物やトリー部についての元素分析結果との整合比較を行った。これらの結果を表1に示す。 表1の結果から、本発明の方法で測定した電解質(イオン)と、トリー部及び異物の元素は一致していることが分かった。また、一部のトリーに見られる酢酸イオンについては、元素分析では有機物のため判別が困難であったが、本発明の方法によれば判別可能であることがわかった。 以上説明した通り、本発明の分析方法は、従来の元素分析による測定法と比較して、無機及び有機イオンを問わない、試料の前処理加工に要する高度な加工技術が不要である、測定時間が大幅に短縮される(数時間から数分に短縮)といった利点を持った、簡易で精度の良い測定手法であると言える。また、元素分析との整合性もある。CVケーブル中の水トリーの光学顕微鏡写真の一例を示す図である。本発明の分析方法の手順を示す図である。乾燥前の水トリー部(電解質は酢酸ナトリウム)と水の赤外線吸収スペクトルである。乾燥前と乾燥後の水トリー部(電解質は酢酸ナトリウム)の赤外線吸収スペクトルである。400μmのトリーの赤外線吸収スペクトル(a)と、100μmのトリーの赤外線吸収スペクトル(b)である。図5の赤外線吸収スペクトルの差スペクトルと硫酸第1鉄の赤外線吸収スペクトルである(400μmのトリー(a)、100μmのトリー(b))。差スペクトルと酢酸カルシウムの赤外線吸収スペクトルである。顕微FT−IRを用いて測定した、水トリー中の電解質の煮沸前後の分布状況を示す図である。図8で測定した水トリーの光学画像である。符号の説明 1 水トリー 2 架橋ポリエチレン 3 内部半導電層 4 外部半導電層 電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、スライスした絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、真空乾燥させた絶縁体の水トリーが在る部分と水トリーが無い部分について赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリーが在る部分の赤外線吸収スペクトルから水トリーが無い部分の赤外線吸収スペクトルを差引き、求めた差スペクトルを標準スペクトルと比較することによりイオンの種類を特定することを特徴とする水トリー中のイオン分析方法。 電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、スライスした絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去した後、真空乾燥させた絶縁体の水トリーを囲む領域について赤外線吸収スペクトルを測定し、水トリー中の電解質が有する一定の赤外吸収帯における吸光度をマッピングすることにより電解質の分布状況を測定することを特徴とする水トリー中のイオン分析方法。 電力ケーブルの絶縁体部をスライスし、絶縁体に発生した水トリーを染色した後、染色後の絶縁体を真空乾燥して水トリー中の水分を除去する、請求項1又は2に記載の水トリー中のイオン分析方法。 顕微フーリエ変換赤外分光計を用いて赤外線吸収スペクトルを測定する、請求項1〜3のいずれかに記載の水トリー中のイオン分析方法。 透過法を適用する、請求項1〜4のいずれかに記載の水トリー中のイオン分析方法。 絶縁体がポリエチレン又は架橋ポリエチレンである、請求項1〜5のいずれかに記載の水トリー中のイオン分析方法。


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