タイトル: | 特許公報(B2)_酵素の除去方法および該方法を用いるリン脂質の塩基転移または加水分解方法 |
出願番号: | 2006511336 |
年次: | 2011 |
IPC分類: | C12P 9/00,C12N 9/16 |
劉 暁麗 谷脇 成幸 JP 4650746 特許公報(B2) 20101224 2006511336 20050318 酵素の除去方法および該方法を用いるリン脂質の塩基転移または加水分解方法 ナガセケムテックス株式会社 000214250 進藤 卓也 100163647 劉 暁麗 谷脇 成幸 JP 2004078714 20040318 20110316 C12P 9/00 20060101AFI20110224BHJP C12N 9/16 20060101ALI20110224BHJP JPC12P9/00C12N9/16 D C12P 9/00 C12N 9/16 CAPlus(STN) JSTPlus(STN) 特開2002−193982(JP,A) 特開2003−93086(JP,A) 特開昭63−233750(JP,A) 特開2004−24133(JP,A) 特開平7−222592(JP,A) 特開昭62−262998(JP,A) 7 JP2005005631 20050318 WO2005090587 20050929 21 20080314 吉田 知美 本発明は、リン脂質の改質または合成リン脂質の製造に用いられる酵素を反応液から分離・除去する方法、およびこの方法を用いる、リン脂質の塩基転移方法(すなわち、塩基交換方法)およびリン脂質の加水分解方法に関する。 リン脂質の加水分解または塩基交換反応は、一般に、酵素の存在下、適切な溶媒中で行われる。これらの反応では、通常、加熱などにより酵素を失活させ、反応を停止させる。例えば、特開平2−273536号公報には、ホスファチジン酸誘導体をリパーゼまたはホスホリパーゼA2(以下、PLA2という)で処理して部分加水分解することによりリゾホスホリピドを製造する方法が開示されている。この方法では、適当な時期に反応混合物を加熱して酵素を失活させ、反応を打ち切る。特開2001−186898号公報には、アシルグリセロリン脂質とセリンとの間でホスホリパーゼD(以下、PLDという)を用いてホスファチジル基交換反応を行い、ホスファチジルセリンを製造する方法が開示されている。この方法では、反応後、例えば、加熱やアルコール変性などの処理で酵素を失活させる。特開2003−319793号公報には、PLDを用いたアシルグリセロリン脂質のホスファチジル基交換反応が開示されている。この反応では、上記交換反応後、加熱などの処理によりPLDを失活させる。 しかし、特開昭63−233750号公報によれば、ホスホリパーゼは耐熱性が強いので、例えば、95℃で30分程度加熱処理されても十分には失活しない。ホスホリパーゼが十分に失活していないために、例えば、リン脂質に共存する油脂などが加水分解されて異臭が発生するなどの、品質的な問題が生じるおそれがある。さらに、当該文献には、加熱の温度を100℃以上、例えば、約120℃で失活させた場合には、リン脂質あるいはホスホリパーゼの処理で生じた遊離脂肪酸の劣化を引き起こしやすいという問題があると記載されている。このような問題を解決すべく、特開昭63−233750号公報には、リン脂質を含有する原料をホスホリパーゼで処理した後、該ホスホリパーゼをプロテアーゼで処理し、次いで該プロテアーゼを加熱失活させる方法が開示されている。 さらに、特開2003−93086号公報には、蛋白質、ペプチド、酵素などがアレルギーの原因となり得ることが示唆されている。さらにこの公報には、特開昭63−233750号公報に記載されている方法では、分解生成物であるペプチドおよびプロテアーゼがそのまま残存することになり、アレルギーを引き起こすなど、安全性に問題があることは明らかであると記載されている。このような問題を解決すべく、特開2003−93086号公報には、リン脂質を含有する原料をホスホリパーゼにて処理し、次いでプロテアーゼにて処理し、次いで、蛋白質、ペプチド、および酵素を除去する方法が開示されている。蛋白質などを除去する方法としては、濾過助剤を用いた濾過、吸着剤を用いた処理などが例示されている。使用済の吸着剤は、濾過助剤を用いた濾過により除去することができると記載されている。この方法は、蛋白質などは除去できるものの、反応後の濾過、吸着などの処理が必要となるため、工程が複雑化するという問題点がある。 また、特開2002−193982号公報には、極性有機溶媒を酵素反応液に添加し、水抽出によって有機溶媒中のホスファチジルセリン溶液から親水性不純物、蛋白質および無機塩を除去する方法が開示されている。この方法により、ホスファチジルセリン溶液中のPLDの活性が検出限界(0.1IU/g)以下になることが記載されているが、当該溶液中の蛋白含有量については、全く記載されていない。 本発明者らは、酵素を用いるリン脂質の加水分解反応または塩基交換反応において、上述の種々の方法を用いて、実際に酵素失活の検討を行った。しかし、いずれの方法においても、酵素活性は低下するものの、満足な結果は得られないことがわかった(以下の比較例1〜7を参照)。 そこで、本発明者らは、酵素反応液から残存酵素活性をさらに効率よく除去する方法について鋭意検討を重ねた結果、酵素で反応させた液(以下、酵素反応液という)を、無機金属塩を含有する、水と有機溶媒との混合溶媒で洗浄することにより、酵素反応液中で残存酵素活性を効率よく除去させるとともに、蛋白含有量を減らすことができることを見出し、本発明を完成するに至った。 本発明は、リン脂質の加水分解反応または塩基交換反応に用いた酵素反応液から酵素を除去する方法を提供し、該方法は、無機金属塩を含有する、水と有機溶媒との混合溶媒で該酵素反応液を処理し、該酵素を除去する工程を含む。 本発明はまた、リン脂質と、アルコール類、糖類、およびヒドロキシ基を有する環状化合物からなる群より選択されるアルコール性水酸基を有する化合物とを、リン脂質中の塩基を該化合物に転移し得る酵素の存在下で反応させて、酵素反応液を得る工程、および、無機金属塩を含有する、水と有機溶媒との混合溶媒で該酵素反応液を処理し、該酵素を除去する工程を含む、リン脂質の塩基交換方法を提供する。 さらに、本発明は、水の存在下、リン脂質と、リン脂質を加水分解し得る酵素とを反応させて酵素反応液を得る工程、および、無機金属塩を含有する、水と有機溶媒との混合溶媒で該酵素反応液を処理し、該酵素を除去する工程を含む、リン脂質の加水分解方法を提供する。 一つの実施態様では、上記無機金属塩は、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、および硫酸マグネシウムからなる群より選択される少なくとも一つの金属塩である。 別の実施態様では、上記有機溶媒は極性溶媒である。 また、別の実施態様では、上記極性有機溶媒は、アセトン、エタノール、メタノール、イソプロパノール、およびグリセロールからなる群より選択される少なくとも一つの溶媒である。 さらに、異なる実施態様では、上記混合溶媒は、30〜70容量%の水と70〜30容量%の有機溶媒とを含有し、該混合溶媒中に5〜25質量/容量%の上記無機金属塩を含有する。 以下、まず、酵素によるリン脂質の塩基交換方法および加水分解方法について説明し、次いで、これらの酵素反応液から酵素を除去する方法について、説明する。 A.酵素によるリン脂質の塩基交換方法 本発明のリン脂質の塩基交換方法は、リン脂質と、アルコール類、糖類、およびヒドロキシ基を有する環状化合物からなる群より選択される受容体アルコールとを、リン脂質の塩基を該アルコール化合物に転移し得る酵素の存在下で反応させ、酵素反応液を得る工程、および、無機金属塩を含有する、水と有機溶媒との混合溶媒で該酵素反応液を処理し、該酵素を除去する工程を含む。ここでは、まず、塩基交換反応により酵素反応液を得る工程について、説明する。 A-1 原料リン脂質 本発明に用いられるリン脂質(原料リン脂質)としては、特に制限はなく、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルグリセロール(PG)などが挙げられる。 原料リン脂質としては、このような精製された化合物のほかに、これらの化合物を含む卵黄リン脂質、大豆リン脂質、菜種リン脂質、魚介類リン脂質などが用いられる。例えば、卵黄リン脂質には、PCが73.0%、PEが15.0%、およびPIが0.6%含まれている。また、大豆リン脂質にはPCが38.2%、PEが17.3%、PIが16.0%含まれている(いずれも、新食品機能素材の開発、太田明監修、シーエムシー社、1996年)。従って、これらの化合物を含有する天然物由来のリン脂質は、出発材料として有用である。 このような卵黄リン脂質、大豆リン脂質、菜種リン脂質、魚介類リン脂質などは、高度に精製されたものでなくともよい。例えば、リン脂質以外にタンパク質、脂質、多糖、塩などの成分を含有している粗抽出物あるいは粗精製物を出発原料とする場合であっても、これらの成分が酵素反応を阻害しない量で含まれている限り、原料リン脂質として用いられる。また、化学的にあるいは酵素学的に合成されたPCやPEなども原料リン脂質として用いることができる。 A-2 アルコール性水酸基を有する化合物 本発明に用いられるアルコール性水酸基を有する化合物は、リン脂質の塩基転移においてアシルグリセロリン脂質のホスファチジル基などの塩基部位の受容体として用いられる。アルコール性水酸基を有する化合物としては、アルコール類、糖類、およびヒドロキシ基を有する環状化合物などが挙げられる。 アルコール類としては、一価のアルコール、多価アルコール(二価アルコールおよび三価アルコールを含む。ポリオール類ともいう)、含窒素アルコールなどが含まれる。一価のアルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノールなどが挙げられ、そして多価アルコールとしては、グルセロール、エチレングリコール、プロピレングリコールなどが挙げられる。アスコルビン酸もアルコール類に含まれる。含窒素アルコールとしては、例えば、セリンなどのアミノ酸、1−アミノ−2−プロパノ−ルなどが挙げられる。 糖類としては、グルコースなどの単糖類、スクロースなどの二糖類を始めとするオリゴ糖、N−アセチル−D−グルコサミンなどが含まれる。さらに、リボースあるいはデオキシリボースなどの糖を有する、アデノシン、グアノシン、イノシン、キサントシン、デオキシアデノシン、デオキシグアノシンなどのヌクレオシドなどが挙げられる。 ヒドロキシ基を有する環状化合物としては、例えば、麹酸、アルブチンなどが挙げられる。 A-3 酵素 本発明のリン脂質の塩基転移方法に用いる酵素としては、PLDなどが挙げられる。 PLDとしては、植物に由来するPLD、例えば、キャベツやピーナッツに由来するPLDが挙げられる。また、ストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物に由来するPLDが挙げられる。中でも、ストレプトマイセス・シナモネウム(Streptomyces cinnamoneum)が生産するPLDが好適に用いられる。この微生物が生産するPLDは、分子量約54,000であり、至適pHは約5〜6、至適温度は約40〜60℃である(Chiaki Ogmoら、J.Biol.Chem.、125巻、263−269頁(1999))。 また、PLDの生産株の生産性を向上させた変異株自体、および上記微生物から単離したPLD遺伝子を同種または異種の宿主に導入してPLDの生産性を向上させた組換え微生物自体、ならびにそれらに由来するPLDも、本発明に用いられる。 A-4 塩基交換反応 塩基交換反応は、原料リン脂質とアルコール性水酸基を有する化合物(以下、受容体アルコールということがある)とを、塩基転移活性を有する酵素(PLD)の存在下で反応させることにより行われる。 原料リン脂質と受容体アルコールとのモル比は、特に制限はなく、原料リン脂質および受容体アルコールの種類に応じて適宜決定すればよい。一般的には、受容体アルコール/原料リン脂質(モル比)は、0.001〜200程度であることが好ましい。例えば、PEの場合、受容体アルコール/PE(モル比)は、一般には、0.01〜100であることが好ましい。 塩基交換反応において、酵素の使用量には、特に制限はなく、原料リン脂質、受容体、および酵素の種類に応じて、決定すればよい。例えば、PLDの場合、PE1gに対し、20〜8000単位の範囲で使用することができる。なお、その酵素活性の1単位は、95%大豆由来PC(Phosphatide Extract, Soybean (Granules) Avanti Polar Lipid Inc.社製)を基質とし、基質濃度0.16%の40mM酢酸緩衝液(pH5.5、1mMのCaCl2、0.3%のTriton X−100を含む)中で37℃にて反応させた場合、1分間に1μmolのコリンを遊離する酵素量である。 塩基交換反応には、水系溶媒、有機溶媒、および水系溶媒と有機溶媒との混合溶媒を反応用溶媒として用いることができる。反応用水系溶媒とは、水および/または水性の緩衝液をいう。水としては、イオン交換水、精製水、または蒸留水を用いることが好ましいが、水道水も使用できる。水性の緩衝液としては、例えば、pH4〜6の酢酸緩衝液、pH7〜8のリン酸緩衝液などが好ましく用いられる。反応用有機溶媒としては、n-ヘプタン、n-ヘキサン、石油エーテル等の脂肪族炭化水素;シクロペンタン、シクロヘキサン等の環状脂肪族炭化水素;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;四塩化炭素、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素類が挙げられる。反応用有機溶媒は、単独で用いてもよく、あるいは2種以上を混合して用いてもよい。これらの反応用水系溶媒や反応用有機溶媒に、さらに塩基交換反応を促進させる溶媒、例えば、アセトンなどと併用してもよい。 水系溶媒と有機溶媒との混合溶媒を反応に用いる場合、混合比は、使用する有機溶媒の種類に応じて適宜選択することができる。混合比率に特に制限はないが、一般的には、副反応であるリン脂質の塩基(ホスファチジル基)の加水分解反応を抑制し、目的の塩基(ホスファチジル基)交換反応を効率的に行うためには、反応系内の水系溶媒の含量を10容量%以下で行うことが好ましい。 上記酵素反応に使用するリン脂質の量は、反応溶媒の容量に基づいて、好ましくは1〜50%(w/v)、さらに好ましくは5〜30%(w/v)である。リン脂質の量が50%(w/v)を超えると、原料リン脂質を溶解した溶液の粘度が高くなって反応効率の低下を招く場合があり、逆に1%(w/v)未満では、一度に処理し得るリン脂質の量がごく少量となり、処理効率が悪くなる。 塩基交換反応の温度は、10〜70℃が好ましく、25〜50℃がより好ましい。反応の所要時間は、酵素量や反応温度により変動するが、概ね0.5〜48時間である。本発明の方法では、リン脂質の分散性を考慮し、また、反応用混合溶媒が水層と有機溶媒層との2相系である場合の混合性を考慮して、適宜撹拌、振とうなどの分散手段を施すことが好ましい。 上記反応により、リン脂質の塩基交換が行われ、受容体アルコールの種類に対応したリン脂質が生産される。例えば、アルコールとしてグリセロールを用いた場合には、ホスファチジルグリセロール(PG)が生産され、セリンを用いた場合には、ホスファチジルセリン(PS)が生産される。 次いで、この酵素反応液から酵素を除去し、反応生成物を精製するが、酵素を除去する工程については、「D.酵素反応液からの酵素除去方法」で説明する。 B.酵素によるリン脂質の加水分解方法 本発明のリン脂質の加水分解方法は、水の存在下、リン脂質と、リン脂質を加水分解し得る酵素とを反応させて酵素反応液を得る工程、および、無機金属塩を含有する、水と有機溶媒との混合溶媒で該酵素反応液を処理し、該酵素を除去する工程を含む。ここでは、まず、加水分解により酵素反応液を得る工程について説明する。 B-1 原料リン脂質 加水分解に用いられる原料のリン脂質は、上記A-1に記載したリン脂質が用いられる。 B-2 酵素 リン脂質の加水分解に用いられる酵素は、リン脂質の脂肪酸部位および/または塩基部位を加水分解し得る酵素であれば、特に制限はない。このような酵素としては、リパーゼ、ホスホリパーゼA1(以下PLA1)、PLA2、ホスホリパーゼB(以下PLB)、ホスホリパーゼC(以下PLC)、PLD、スフィンゴミエナーゼなどが挙げられる。 PLDとしては、上記A-3に記載したPLDが用いられる。 PLA2としては、動物に由来するPLA2(例えば、豚膵臓由来のPLA2)が挙げられる。また、微生物に由来するPLA2(例えば、ストレプトマイセス属に属する微生物のPLA2)などが挙げられる。 PLA1、PLB、PLC、およびリパーゼとしては、微生物に由来するリパーゼ、例えば、アスペルギルス属(Aspergillus)、ストレプトマイセス(Streptomyces)属などに属する微生物に由来するホスホリパーゼおよびリパーゼが挙げられる。 さらに、上記酵素の生産株の生産性を向上させた変異株自体、および上記微生物から単離した酵素の遺伝子を同種または異種の宿主に導入してこの酵素の生産性を向上させた組換え微生物自体、ならびにそれらに由来する酵素も、本発明に使用することができる。 B-3 加水分解反応 加水分解反応は、原料リン脂質に、水の存在下、加水分解酵素を作用させることによって行われる。リン脂質の加水分解反応におけるリン脂質と水とのモル比については、特に制限はない。リン脂質1モルに対して、0.01〜100倍モルの水を用いるのが適切である。 加水分解反応において、酵素の使用量には、特に制限はなく、原料リン脂質および酵素の種類に応じて適宜決定すればよい。例えば、PLDの場合は、上記A-4と同様、例えば、PE1gに対し、20〜8000単位の範囲で使用することができる。 PLA2の場合、例えば、PE1gに対し、20〜8000単位の範囲で使用することができる。PLA2の1単位は、大豆由来ペーストレシチン(P−3644 Sigma PC含量40%)を基質とし、基質濃度1.25%の25mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0、2.5mMのCaCl2、0.002%のTriton X−100を含む)中で37℃にて反応させた場合、1分間に1μmolの脂肪酸を遊離する酵素量である。 リパーゼの場合、PE1gに対し、20〜50000単位の範囲で使用することができる。リパーゼの1単位は、オリーブ油と2%PVAとマッキルベン酸緩衝液(pH7.0)を容量比2:3:1で混合・乳化させたものを基質とし、基質4mlに対し、リパーゼ希釈液1ml混和し、37℃で60分間反応させた場合、オレイン酸1μmolに相当する酸を遊離させる酵素量である。 加水分解反応に使用される反応溶媒としては、上記A-4の塩基転移反応に記載したものと同じ水系溶媒、あるいは水系溶媒と有機溶媒との混合溶媒を用いることができる。リン脂質の水への溶解性を考慮すると、水系溶媒と有機溶媒との混合溶媒が好ましく用いられる。なお、水系溶媒として、pH7〜9のトリス−塩酸緩衝液なども好ましく用いられる。 水系溶媒と有機溶媒との混合溶媒を用いる場合、混合比は、使用する有機溶媒の種類に応じて適宜選択することができる。水系溶媒と有機溶媒との容量比には特に制限はないが、反応系内の水系溶媒の含量を10容量%以上にすることが、加水分解反応を促進する上で好ましい。 上記酵素反応に使用するリン脂質の量は、反応溶媒の容量に基づいて、好ましくは1〜50%(w/v)、さらに好ましくは5〜30%(w/v)である。リン脂質の量が50%(w/v)を超えると、原料リン脂質を溶解した溶液の粘度が高くなって反応効率の低下を招く場合があり、逆に1%(w/v)未満では、一度に処理し得るリン脂質の量はごく少量となり、処理効率が悪くなる。 加水分解反応の温度は、使用する酵素の物理化学的性質によって異なる。例えば動物由来のPLA2の場合、10〜70℃が好ましく、25〜50℃がより好ましい。反応の所要時間は、目的の反応や酵素量および反応温度により変動するが、概ね0.5〜48時間である。本発明の方法では、リン脂質の分散性を考慮し、また、水系溶媒と有機溶媒との混合溶媒を用いる場合は水系溶媒と有機溶媒との混合性を考慮して、適宜攪拌、振とうなどの分散手段を施すことが好ましい。 上記反応により、リン脂質の加水分解が行われ、ホスファチジルコリン(PC)からリゾホスファチジルコリン(LPC)が、ホスファチジルエタノールアミン(PE)からリゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)が、あるいはPCまたはPEからホスファチジン酸(PA)が生産される。 次いで、この酵素反応液から酵素を除去し、反応生成物を精製する。この酵素を除去する工程については、以下の「D.酵素反応液からの酵素除去方法」で説明する。 C.酵素除去前の酵素反応液の処理 上記A.塩基交換方法またはB.加水分解方法において得られた酵素反応液は、(1)有機溶媒を含む系または(2)水系のいずれかである。それぞれの系において、酵素除去前の酵素反応液の処理について、以下に記載する。 (1)有機溶媒を含む系 酵素反応液が有機溶媒のみの系である場合、そのまま酵素除去を行ってもよい。 酵素反応液が有機溶媒と水系溶媒との混合溶媒系である場合、有機溶媒と水系溶媒とが分離する場合は、水系溶媒を除去しておくことが好ましい。しかし、有機溶媒と水系溶媒との分離が悪い場合、または有機溶媒と水系溶媒とが乳化状態になっている場合は、水系溶媒を除去することなく、そのまま酵素除去を行ってもよい。 (2)水系 酵素反応液が水系である場合、抽出用有機溶媒を添加して、溶媒分画し、分画した水系溶媒を除去しておくことが好ましい。ここで、抽出用有機溶媒は、上記A−4に記載の反応用有機溶媒として列挙した有機溶媒を用いることができる。しかし、この場合も、抽出用有機溶媒と水系溶媒との分離が悪い場合、または抽出用有機溶媒と水系溶媒とが乳化状態になっている場合は、水系溶媒を除去することなく、そのまま酵素除去を行ってもよい。 D.酵素反応液からの酵素除去方法 上記C.で得られた酵素反応液から酵素を除去する方法は、無機金属塩を含有する、水と有機溶媒との混合溶媒(以下、単に洗浄用混合溶媒という)で、酵素反応液を処理して、酵素を除去する工程を含む。 上記C.で得られた酵素反応液には、酵素、原料リン脂質、反応生成物、および、水系溶媒および/または有機溶媒が含まれている。本発明の特徴は、これらの酵素反応液を、無機金属塩を含有する、水と有機溶媒との混合溶媒で処理することにより、酵素を除去する点にある。 D-1 無機金属塩 本発明に用いられる無機金属塩としては、一価の金属の無機塩、二価の金属の無機塩あるいは多価の金属の無機塩が挙げられる。 一価の無機金属塩としては、アルカリ金属の無機塩、無機アンモニア塩などが好ましく用いられる。アルカリ金属としては、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、およびリチウム(Li)が好ましく用いられ、ナトリウムが最も好ましい。アルカリ金属あるいはアンモニアと塩を形成する無機化合物としては、塩酸、硫酸、炭酸などが好ましく用いられる。一価の無機金属塩としては、例えば、塩化ナトリウム(NaCl)、硫酸ナトリウム(Na2SO4)、塩化カリウム(KCl)、硫酸カリウム(K2SO4)などが好ましく用いられる。 二価あるいはさらに多価の無機金属塩としては、アルカリ土類金属などが用いられる。好ましくは、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)などが用いられ、これらの無機金属塩としては、例えば、塩化マグネシウム(MgCl2)、硫酸マグネシウム(MgSO4)、塩化カルシウム(CaCl2)、硫酸カルシウム(CaSO4)などが用いられる。 無機金属塩は、単独で用いてもよく、または2種以上を組み合わせて用いてもよい。 D-2 洗浄用有機溶媒 酵素の除去に用いられる有機溶媒(洗浄用有機溶媒)は、極性を有していれば特に制限はない。アルコール(特に低級アルコール)、アセトンなどが好ましく用いられる。低級アルコールとしては、炭素数1〜7のアルコールが用いられ、特に、メタノール、エタノール、イソプロパノールおよびグリセロールが好ましく用いられる。 有機溶媒は、単独で用いてもよく、または2種以上を組み合わせて用いてもよい。 D-3 無機金属塩を含む、水と有機溶媒との混合溶媒(洗浄用混合溶媒) 一般には、水と有機溶媒とは、容量比で1:9〜9:1の割合で、好ましくは3:7〜7:3の割合で、より好ましくは4:6〜6:4の割合で混合される。 無機金属塩は、この混合溶媒中に、3〜25質量/容量%(以下、w/v%)、好ましくは5〜20w/v%、さらに好ましくは5〜10w/v%含まれる。 なお、この洗浄用混合溶媒の作成方法に特に制限はない。例えば、適切な濃度の無機金属塩水溶液を予め調製し、適切な量の有機溶媒と混合して調製してもよい。あるいは、水と有機溶媒との混合溶媒に適切な量の無機金属塩を添加してもよい。具体的には、例えば、アセトンと15w/v%のNaClを含む水溶液との1:1(v/v)混合溶液(7.5w/v%のNaClを含有する50v/v%アセトン−水混合溶媒)などが挙げられる。同様に、7.5w/v%NaClを含有する50v/v%エタノール−水混合溶媒、7.5w/v%NaClを含有する50v/v%イソプロパノール−水混合溶媒、7.5w/v%NaClを含む50v/v%メタノール−水混合溶媒などが例示される。これらは、単なる例示であることはいうまでもない。 D-4 酵素反応液の処理 酵素反応液の処理とは、上記C.で得られた酵素反応液を洗浄用混合溶媒で洗浄することを意味する。洗浄は、この酵素反応液と洗浄用混合溶媒とを十分に混合した後に、静置あるいは遠心分離によって、洗浄用混合溶媒を分離・除去することにより行われる。 洗浄用混合溶媒は、上記C.で得られた酵素反応液の容積の1/10以上の割合で添加することができる。処理効率を考慮すると、用いる洗浄用混合溶媒の量は、酵素反応液の容積の3/10〜3/1(v/v)であることが好ましく、より好ましくは、5/10〜1/1(v/v)である。 洗浄後、リン脂質を含有する有機溶媒相を回収する。必要に応じて、洗浄用混合溶媒による処理を繰り返してもよい。 なお、酵素反応物の洗浄用混合溶媒による処理は、上記のような予め調製した混合溶媒を酵素反応物に添加する方法の他に、無機金属塩、水、および有機溶媒を、上記所定の添加量となるように酵素反応物に直接添加する方法もある。これらの成分の添加順序に特に制限はない。あるいは、所定量の無機金属塩を含有する水溶液と有機溶媒とを、酵素反応物に加えてもよい。すなわち、最終的に、酵素反応物中に、上記所定量の混合溶媒が含まれるようにすればよい。 また、酵素反応液自体に洗浄用混合溶媒の組成となる上記の無機金属塩、水、または極性溶媒が含まれている場合、それを洗浄用混合溶媒の構成物として利用してもよい。 この洗浄によって得られたリン脂質を含有する有機溶媒相に、洗浄用混合溶媒の組成である無機金属塩が含まれている場合は、水および極性有機溶媒の混合液でさらに洗浄することにより、容易にこの無機金属塩を除去することが可能である。 E.反応生成物の回収 上記D.で得られたリン脂質を含有する有機溶媒相から、目的生成物は、当業者が通常行う手段により回収される。例えば、反応生成物を溶解し得る有機溶媒による抽出、次いで有機溶媒の減圧下除去などの手段により回収され、必要に応じて、精製される。得られる生成物は、反応に使用した酵素を全く含んでいないか、または酵素含量が極めて低いため、安定に保存される。 以下に、実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されることはない。 <分析の方法> (反応の確認) 以下の調製例において、反応の進行は、以下の方法で確認した。反応液の一部を取り、全溶媒を減圧下にて留去し、乾燥物をクロロホルム:アセトニトリル=7:3に溶解し、生成物のPSおよびPA、LPAを下記の条件の高速液体クロマトグラフ法(以下、HPLC法という)にて検出した。 使用カラム:GL Sciences製 Unisil Q NH2 (内径4.6mm×25cm) 移動相:アセトニトリル:メタノール:10mMリン酸二水素アンモニウム=619:291:90(v/v/v) 流速:1.3ml/min カラム温度:37℃ 検出:UV 205nm (酵素活性の定義および測定法) 以下の調製例および検討例で使用した酵素活性は、それぞれ下記のとおり定義した。また、残存酵素活性は、リン脂質の一部を取り、全溶媒を減圧下にて留去して、得られたレシチンを下記の方法で測定し、レシチン1g当りの活性として表示した。 ・ホスホリパーゼD(PLD): 95%大豆由来ホスファチジルコリン(PC)(Phosphatide Extract, Soybean (Granules), Avanti Polar Lipid Inc.製)を基質とし、基質濃度0.16質量%の40mM酢酸緩衝液(pH5.5、1mMのCaCl2、0.3%のTriton X−100を含む)中で37℃にて反応させ、酵素活性を測定した。酵素活性は、1分間に1μmolのコリンを遊離する酵素量を1Uとする。 ・ホスホリパーゼA2(PLA2): 大豆由来ペーストレシチン(P−3644 Sigma PC含量40%)を基質とし、基質濃度1.25wt%の25mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0、2.5mMのCaCl2、0.002%のTriton X−100を含む)中で37℃にて反応させた。1分間に1μmolの脂肪酸を遊離する酵素量を1Uとする。 ・リパーゼ: オリーブ油と2%PVAとマッキルベン酸緩衝液(pH7.0)とを容量比2:3:1で混合・乳化させたものを基質とし、基質4mlに対し、リパーゼ希釈液1mlを混和し、37℃で60分間反応させた。オレイン酸1μmolに相当する酸を遊離させる酵素量を1Uとする。 ・プロテアーゼ: 0.6% ミルクカゼイン(pH7.5、0.04Mリン酸緩衝液)5mlに1mlの酵素液を加え、30℃にて10分間反応させた。1分間に1μgのチロシンに相当するフォリン発色をTCA可溶性成分として遊離する活性を1Uとする。 (残存タンパク質の定量) リン脂質画分を、減圧下で溶媒除去した後、クロロホルムに溶解させ、遠心分離して、タンパク質をクロロホルム不溶物として回収した。回収したタンパク質はさらに数回、クロロホルムで洗浄した後、減圧下でクロロホルムを除去して、タンパク質定量に供した。タンパクの定量は、Protein Quantification Kit-Wide Range(Dojindo Molecular Technologies, Inc.)を使用し、牛血清アルブミンを標品として定量した。 <反応液の調製> (調製例1:塩基交換反応した酵素反応液の調製) ヘキサン/アセトン/0.2M酢酸緩衝液(pH4.0)を78/14/8(容量比)の割合で混合した2相系の混合溶媒に、レシチン(SLP−PIパウダー:辻製油製)およびセリンを、レシチン:セリン=1:7〜10(重量比)となるように溶解し、PLD(PLDナガセ(ナガセケムテックス社製))を添加して、30℃にて攪拌しながら5時間反応させて、ホスファチジルセリン(PS)を生成した。なお、反応の進行は、上記のHPLC法で確認した。 反応終了後、静置して有機溶媒相と水相の二相に分離し、PSを含有する有機溶媒を回収した。以下、このPSを含有する有機溶媒をリン脂質画分Iという。 (調製例2:加水分解反応した酵素反応液の調製−1) 0.2M酢酸緩衝液(pH5.5)にレシチン(Ultralec P:ADM社製)を5〜25%になるように分散し、PLD(PLDナガセ(ナガセケムテックス社製))を添加して、50℃にて攪拌しながら16時間反応させて、ホスファチジン酸(PA)を生成した。以下、このPAを含有する水系溶媒をリン脂質画分IIという。なお、反応の進行は、上記のHPLC法で確認した。 (調製例3:加水分解反応した酵素反応液の調製−2) 上記調製例2で得たリン脂質画分IIの一部をとり、ヘプタン:アセトン=1:2(v/v)の混合溶媒をこのリン脂質画分の2容量倍添加し、攪拌した後、水系溶媒を除去して、PAを含有する有機溶媒相を回収した。以下、このPAを含有する有機溶媒相をリン脂質画分IIIという。 (調製例4:加水分解反応した酵素反応液の調製−3) 上記調製例3で得たリン脂質画分IIIに、水系溶媒として0.1M Tris−HCl(pH8.0 40mM CaCl2を含む)を加え、PLA2(PLA2ナガセ(ナガセケムテックス社製))を添加して、30℃にて攪拌しながら16時間反応させて、リゾホスファチジン酸(LPA)を生成した。なお、反応の進行は、上記のHPLC法で確認した。反応終了後、静置して水系溶媒を分離し、LPAを含有する有機溶媒相を回収した。以下、このLPAを含有する有機溶媒相をリン脂質画分IVという。 (調製例5:加水分解反応した酵素反応液の調製−4) 上記調製例3で得たリン脂質画分IIIに、水系溶媒として0.1M Tris−HCl(pH8.0、40mM CaCl2を含む)を加え、リパーゼ(リリパーゼA−10(ナガセケムテックス社製))を添加して、30℃にて攪拌しながら16時間反応させて、LPAを生成した。なお、反応の進行は、上記のHPLC法で確認した。反応終了後、静置して水系溶媒を分離し、LPAを含有する有機溶媒相を回収した。以下、このLPAを含有する有機溶媒相をリン脂質画分Vという。 (調製例6:プロテアーゼ処理した酵素反応液の調製) 生成物PAおよび酵素PLDを含むリン脂質画分IIに、プロテアーゼ(商品名:ビオプラーゼコンク(ナガセケムテックス社製)をレシチン1g当り20U添加し、60℃で1時間攪拌した後、PAを含有する水系溶媒を回収した。以下、このPAを含有する水系溶媒をリン脂質画分VIという。 各リン脂質画分(I〜VI)における残存PLD活性および残存PLA2活性は、レシチン1g当りに、10〜60Uであった。以後、上記のリン脂質画分I〜VIを使用して、以下の比較例・検討例を実施した。 <従来手法による酵素失活の検討> (比較例1:加熱処理によるPLDの除去の検討) 上記調製例1で得たリン脂質画分Iを表1に記載の温度で、15時間加熱処理し、PLDの残存活性を測定した。なお、PLDの残存活性は、上記の方法で測定した。表1に結果を示す。 表1の結果から、15時間の加熱処理によって、PLD活性は低下したが、活性の半分以上が残存していることがわかる。このことから、PLDは、レシチン存在下では熱に対して非常に安定になると推測された。さらに、加熱により、PSの酸価および過酸化物価が上昇し、生成したPSが熱により分解を受けていることがわかった。従って、加熱処理は、有効なPLD失活の手段とはなり得ないことがわかった。 (比較例2:プロテアーゼ処理によるPLDの除去の検討−1) 表2に記載の種々のプロテアーゼを、レシチン1g当り20Uの割合でリン脂質画分Iに加え、60℃にて1時間攪拌しながら反応させて、残存PLD活性を上記の方法で測定した。結果を表2に示す。 表2の結果から、プロテアーゼ処理を有機溶媒中で行った場合、PLDの活性がほとんど低下しないことがわかった。 (比較例3:プロテアーゼ処理によるPLDの除去の検討−2) 上記比較例2のプロテアーゼ処理は有機溶媒中で行ったため、プロテアーゼによるPLDタンパク質の加水分解反応が進行しなかったと考えられる。そのため、リン脂質画分Iの一部をとり、減圧下で有機溶媒を除去した後、水に分散させて、プロテアーゼによる処理(プロテアーゼ添加量:レシチン1g当り5U、60℃、1時間)を再度行った。結果を表3に示す。使用したプロテアーゼの活性は、上記の方法で測定した。 この条件におけるプロテアーゼ処理においても、PLDの失活は約半分程度であり、十分なPLDの失活効果が得られないことが明らかになった。 (比較例4:アセトン処理によるPLDの除去の検討) リン脂質画分Iに、アセトンを添加してPLDを変性・凝集させて、濾過した後、残存PLD活性を測定した。結果を表4に示す。 表4の結果からわかるように、アセトン処理によっても、PLD活性が若干低下するに留まった。アセトンの量を増加すると、PLDが低下する傾向にあった。しかし、アセトンをリン脂質画分Iの容量の6/10量以上添加すると、原料レシチンが沈殿するため、好ましくない。また、一般的に酵素そのものはアセトンなどの有機溶媒への耐性が低いが、この結果からはレシチン存在下でPLDの溶剤耐性が高くなることが推測された。 (比較例5:NaCl水溶液洗浄によるPLDの除去の検討) リン脂質画分Iを、NaCl水溶液で洗浄した後、残存PLD活性を測定した。NaCl水溶液の濃度および使用量、ならびに結果を表5に示す。なお、洗浄とは、リン脂質画分Iに、NaCl水溶液を加え、充分に混合するよう攪拌した後、遠心分離や静置にて水相を分離および除去することをいう。以下の検討例においても、洗浄は同様の操作で行った。 次に、15w/v%NaCl水溶液(以下、単に15%NaClということがある)のpHを変えて洗浄を行って、残存PLD活性を測定した。15%NaClの使用量は、リン脂質画分Iの1/10(v/v)であった。結果を表6に示す。 さらに、15%NaClでの洗浄回数を増加させた場合についても、残存PLD活性を測定した。使用量は、リン脂質画分Iの1/10(v/v)であった。結果を表7に示す。 表5〜7の結果から、NaCl水溶液による洗浄では、PLD活性を約半分の量まで低下させることができた。しかし、pHを変えても、また洗浄回数を増加しても、顕著なPLD除去効果はみられなかった。 (比較例6:吸着剤によるPLDの除去の検討) リン脂質画分Iに吸着剤を加えて処理した後、残存PLD活性を測定した。表8に記載の吸着剤を、リン脂質画分I1ml当り0.1g加え、室温で1時間接触させ、濾過により吸着剤を除去した。また、比較のために、15%(w/v)NaClをリン脂質画分Iの1/10(v/v)使用してリン脂質画分Iの洗浄も同時に実施した。結果を表8に示す。なお、表8におけるNaCl水溶液洗浄+硫酸マグネシウムまたはNaCl水溶液洗浄+活性白土は、リン脂質画分Iをリン脂質画分Iの1/10(v/v)量の15%NaClで洗浄した後に、硫酸マグネシウムまたは活性白土を用いて吸着処理を行ったことを意味する。 表8の結果では、吸着剤処理においても、PLDの活性の顕著な低下はみられず、15%NaCl洗浄と同程度であった。活性白土処理では、PLD活性が約25%程度まで低下し、NaCl洗浄よりも効果があると考えられる。しかし、NaCl洗浄と活性白土処理とを併用しても、さらなるPLDの活性の低下はみられなかった。 (比較例7:含水有機溶媒洗浄によるPLDの除去の検討) リン脂質画分Iを、表9に記載の極性有機溶媒と水との混合溶媒を用いて洗浄した後、残存PLD活性を測定した。洗浄に用いた混合溶媒量は、リン脂質画分Iの6/10(v/v)であった。なお、比較のために、15%(w/v)NaClをリン脂質画分Iの1/10(v/v)使用したリン脂質画分Iの洗浄も同時に実施した。結果を表9に示す。 67%アセトン、67%イソプロパノール、67%エタノールおよび67%メタノールによる洗浄では、NaCl洗浄よりも効果があったが、PLDの活性の充分な低下はみられなかった。 以上の比較例1〜7の結果のとおり、従来の方法ではPLDの充分な失活が非常に困難であることが確認された。そこで、以下の検討例により、この問題を解決すべく、新規な酵素活性除去法について記載する。 <新規手法の開発> (検討例1:洗浄処理の組み合わせ) リン脂質画分Iを、表10に記載の溶媒の組み合わせにより洗浄した後、残存PLD活性を測定した。洗浄に用いた溶媒量は、リン脂質画分Iの6/10(v/v)であった。結果を表10に示す。 表10の結果からわかるように、15%のNaCl水溶液と極性溶媒とを等量混合した溶媒(7.5%NaCl含有50%アセトンまたはイソプロパノールまたはエタノールまたはメタノールまたはグリセリン)で洗浄した場合、PLDが検出限度以下になった。これに対して、NaCl洗浄後に含水アセトンまたは含水エタノールで洗浄した場合は、PLD活性は33%〜40%にまで低下したに過ぎなかった。この結果から、無機金属塩を含む、水と有機溶媒の混合溶媒による洗浄が、PLDの除去に有効であることがわかった。なお、PLDの検出限度はレシチン1g当り0.01Uであった。 (検討例2:NaCl以外の金属塩によるPLDの除去の検討) リン脂質画分IをNaCl以外の金属塩を含む50%アセトンにより洗浄した後、残存PLD活性を測定した。洗浄に用いた溶媒量は、リン脂質画分Iの6/10(v/v)であった。結果を表11に示す。 表11の結果は、NaClの代わりに、無機金属塩としてNa2SO4、KCl、CaCl2、およびMgSO4を用いても、NaClと同様に、PLDを除去し得ることを示している。 (検討例3:無機金属塩を含む含水極性溶媒による洗浄の最適化) 上記検討例の結果に基づき、極性溶媒濃度、無機金属塩濃度、およびリン脂質画分Iに対する使用量について、最適な処理条件を検討した。本検討では極性溶媒としてはアセトンを使用し、無機金属塩として、NaClを使用した。結果を表12に示す。 表12の結果では、洗浄に使用する混合溶媒の量が増加するに従って、残存PLD活性が低くなった。また、リン脂質画分I容量の6/10(v/v)量の混合溶媒で洗浄した場合は、NaCl濃度が高いほど残存酵素の除去効率がよく、同じ塩濃度である場合、アセトン濃度が高い方が残存酵素の除去効率がよくなった。 (検討例4:残存タンパク質の確認) リン脂質画分Iをその容量の6/10(v/v)量の混合溶媒7.5%NaCl含50%アセトンでの洗浄を1〜3回繰り返した後、リン脂質画分I中の残存タンパク質量を測定した。なお、タンパク質の定量は前記に記載の方法で行った。結果を表13に示す。 表13に示した通り、無機金属塩を含む含水有機溶媒による洗浄を1〜3回繰り返し実施することによって、タンパク質が検出限度以下になることが確認できた。このことは、単に残存酵素によるリン脂質の変性を防ぐだけではなく、アレルギー性低減についても有用であることを意味する。 以上の検討例1〜4の結果のとおり、新規に開発した無機金属塩を含む含水極性溶媒による洗浄方法は、残存PLD活性を効率よくの除去できること、およびタンパク質を検出限度以下まで低減できることから、残存PLD活性の除去および精製に有効な手段であることが確認された。 <加水分解反応およびその他酵素への応用> (検討例5:加水分解反応酵素液からの残存酵素活性除去の検討) リン脂質画分IIおよびIIIには、生成物PAと酵素PLDとが含まれている。リン脂質画分IVには、生成物LPAと酵素PLDおよびPLA2が含まれている。リン脂質画分Vには、生成物LPAと酵素PLDおよびリパーゼが含まれている。さらに、リン脂質画分VI中には生成物PAとPLDおよびプロテアーゼが含まれている。そこで、これらのリン脂質の加水分解物から、生成物を精製する方法、すなわち、生成物に残存する酵素を除去する方法を検討した。参考のために、塩基交換反応により得られたリン脂質画分Iも使用した。 リン脂質画分IおよびIII〜Vの6/10(V/V)の15w/v%NaClを含む50%アセトンを添加して、上記検討例3と同様に洗浄処理した。なお、リン脂質画分IIおよびVIは、PAを含有する水系溶媒であるため、リン脂質画分の容量の7.5%(w/v)NaClおよび2倍量(v/v)のアセトンおよび等量(v/v)のヘプタンをそれぞれ個別に添加し、攪拌することで検討例3と同様の処理を行い、PAの抽出と洗浄を同時に行った。なお、PLD、PLA2、リパーゼ、およびプロテアーゼの各残存活性は、上記の方法で測定した。結果を表14に示す。 表14の結果は、すべての酵素が、すべての反応形態(塩基交換反応もしくは加水分解)およびすべての反応系(有機溶媒を用いた反応または水系反応)において、NaClを含む含水アセトンでの洗浄処理により、検出限界以下になったことを示す。なお、用いた酵素の検出限界は、それぞれレシチン1g当り、PLDが0.01U、PLA2が20.1U、リパーゼが1U、およびプロテアーゼが1Uであった。このことから、リン脂質の加水分解反応で得られる酵素反応液からの残存酵素活性の除去やそれらの酵素の失活を目的にプロテアーゼを加えた酵素反応液にも、塩基交換酵素反応液と同様に、本発明の方法が使用できることがわかった。特に、リン脂質画分IIやVIについてもPLDが検出限度以下であったことから、水系溶媒からの抽出と洗浄とが同時に行い得ることを示し、さらに、洗浄用混合溶媒を構成する物質を個別に添加して、混合することが有効であることを示す。このことは、酵素反応液中に、洗浄用混合溶媒を構成する有機溶媒、水、または無機金属塩が含まれる場合は、これらを洗浄溶媒組成と考え、必要な量の有機溶媒、水、および無機金属塩の不足分を添加・攪拌して検討例3と同様の処理を行うことにより、PLDを始めとするリン脂質の塩基交換あるいは加水分解に用いた酵素あるいはこれらの酵素の失活に用いた酵素活性を除去できることを示している。 以上の検討結果から、本発明の方法は、酵素の種類に関わりなく利用できる。また、本発明の方法は、塩基交換反応および加水分解反応のいずれにも適用可能であり、反応系が有機溶媒を含んでいる系であるか、含んでいない系(水系)であるかにかかわらず、適用可能であることがわかった。本発明の方法は、上述のような種々の反応系から酵素を含む蛋白質などの不純物を除去することができるため、酵素の除去方法およびリン脂質の精製方法として汎用性の高い方法であると考えられる。 本発明によれば、酵素を用いたリン脂質の塩基交換反応あるいは加水分解反応において、酵素反応液および反応生成物に含まれる酵素および蛋白質を、加熱などの方法を用いずに、簡単に除去できる。そのため、アレルギーを引き起こす可能性が低減し、高い品質が維持され、かつ保存安定性に優れた各種リン脂質が容易に製造される。このような高品質のリン脂質は食品用途をはじめ各種産業分野において使用できる。 リン脂質の加水分解反応または塩基交換反応に用いた酵素反応液から酵素を除去する方法であって、無機金属塩、水、および有機溶媒で該酵素反応液を処理し、該酵素を除去する工程を含む、方法。 リン脂質と、アルコール類、糖類、およびヒドロキシ基を有する環状化合物からなる群より選択されるアルコール性水酸基を有する化合物とを、リン脂質中の塩基を該化合物に転移し得る酵素の存在下で反応させて、酵素反応液を得る工程、および、無機金属塩、水、および有機溶媒で該酵素反応液を処理し、該酵素を除去する工程を含む、リン脂質の塩基交換方法。 水の存在下、リン脂質と、リン脂質を加水分解し得る酵素とを反応させて酵素反応液を得る工程、および、無機金属塩、水、および有機溶媒で該酵素反応液を処理し、該酵素を除去する工程を含む、リン脂質の加水分解方法。 前記無機金属塩が、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、および硫酸マグネシウムからなる群より選択される少なくとも一つの金属塩である、請求項1から3のいずれかの項に記載の方法。 前記有機溶媒が極性溶媒である、請求項1から4のいずれかの項に記載の方法。 前記極性有機溶媒が、アセトン、エタノール、メタノール、イソプロパノール、およびグリセロールからなる群より選択される少なくとも一つの溶媒である、請求項5に記載の方法。 水と有機溶媒とが、容量比で3:7〜7:3の割合で混合され、無機金属塩が、該水と有機溶媒との混合溶媒中に3〜25質量/容量%含有される、請求項1から6のいずれかの項に記載の方法。