生命科学関連特許情報

タイトル:公開特許公報(A)_遺伝子ターゲティングに伴うランダムインテグレーションを抑える方法
出願番号:2006132662
年次:2007
IPC分類:C12N 15/09,C12N 1/15,C12N 1/19,C12N 5/10


特許情報キャッシュ

井上 弘一 鈴木 啓一郎 石橋 和真 安藤 良徳 高倉 千裕 二宮 祐子 JP 2007300857 公開特許公報(A) 20071122 2006132662 20060511 遺伝子ターゲティングに伴うランダムインテグレーションを抑える方法 国立大学法人埼玉大学 504190548 奥原 康司 100137512 井上 弘一 鈴木 啓一郎 石橋 和真 安藤 良徳 高倉 千裕 二宮 祐子 C12N 15/09 20060101AFI20071026BHJP C12N 1/15 20060101ALI20071026BHJP C12N 1/19 20060101ALI20071026BHJP C12N 5/10 20060101ALI20071026BHJP JPC12N15/00 AC12N1/15C12N1/19C12N5/00 A 17 OL 33 4B024 4B065 4B024AA20 4B024CA01 4B024CA09 4B024CA11 4B024CA20 4B024DA01 4B024DA02 4B024DA11 4B024EA04 4B024FA11 4B024GA11 4B024HA11 4B065AA57 4B065AA57X 4B065AA60 4B065AA60X 4B065AA89 4B065AA89X 4B065AA90 4B065AA90X 4B065AA90Y 4B065AB01 4B065AC20 4B065BA01 4B065CA44 4B065CA53 本発明は、遺伝子ターゲティング技術に関する。より詳細には、遺伝子ターゲティングに伴うランダムインテグレーションを排除する細胞の作製方法、及びその方法によって取得された細胞に関する。さらに、該細胞を用いた遺伝子ターゲティングを行う方法に関する。 DNAの組換えは、細胞の様々な状況で生じる現象であるが、例えば、外来DNAが何らかの原因で細胞内に侵入して染色体DNAに組み込まれる際、あるいは、染色体DNAに切断などの傷害が発生したときにも誘導されることが知られている。 組換えのメカニズムについては、DNA修復に関する精力的な研究によって、これまで多くのことが明らかにされてきた。DNA二重鎖切断(DSB;double strand break)は、最も有害なDNA傷害の1つであるが、このDSBの修復において、2つの主要な組換え経路が機能していることが明らかにされている(Harber, JE,Trends Genetics 16:259 2000)。その1つは、DNAの相同配列間の組換え(相同組換え)(HR;homologous recombination)に依存する経路であり、他方は、DNAの相同性を利用することなく、DNAストランド末端の直接的なライゲーションによりDSBを再結合させる(非相同末端結合)(NHEJ;non−homologous end joining)経路である。 相同組換えの過程に働く因子として、Rad51、Rad52、Rad54、RPAなどが報告されており(Dudas及びChovanec,Mutat Res.566:131−67 2004)、一方、非相同末端結合に関与する因子には、DNA依存性プロテインキナーゼ触媒サブユニット(DNA−PKcs)であるKu70−Ku80ヘテロダイマー、DNAリガーゼIII(以下、遺伝子をLIG3、タンパク質をLig3pと記載する)、DNAリガーゼIV(以下、遺伝子をLIG4、タンパク質をLig4pと記載する)−Xrcc4p複合体などが知られている(Critchlowら,Curr Biol.7:588−598 1997;Hefferin及びTomkinson, DNA Repair 4:639−648 2005;Wangら, Cancer Res. 65:4020−4030 2005)。 出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)では、二重鎖切断の修復に、主として相同組換えが用いられており、相同組換えにより誘導される遺伝子ターゲティングの効率も極めて高い。これに対し、出芽酵母以外の真核生物では、二重鎖切断修復を行うにあたり、非相同末端結合が優先的に用いられると考えられている。そのため、出芽酵母以外の生物に対して遺伝子ターゲティングを試みると、たとえ長い相同配列を用いたとしても、外来DNAがゲノム上にランダムにインテグレートすることになる。 従って、出芽酵母以外の真核生物における遺伝子ターゲティング効率は非常に低いものとなっていた。 このように、多くの生物種において遺伝子ターゲティング効率は依然として低いままではあるが、ヒトにおいて遺伝子ターゲティング効率を上げることは、疾患の遺伝子治療の成功率を上げるためにも、非常に重要な課題の一つとなっている。遺伝子治療の分野において、様々な工夫が施されたベクターが数多く開発されてはいるが、これらのベクターもその多くは生体内に導入されるとゲノム上にランダムにインテグレーションされてしまう。その結果、不幸にもインテグレートされた部位が、プロトオンコジーンなどの第二の疾患誘発遺伝子の近傍である場合には、癌等の疾患が発症する危険も生じ得る(Baumら,Hum Gene Ther. 17:253−263,2006)。従って、遺伝子治療の分野において、ランダムインテグレーションを排除した正確な遺伝子ターゲティング技術を開発することは、最重要課題の一つとなっている。 高等真核生物の組換え機構を解明する上で、遺伝学的アプローチが容易に行えることなどから、分裂酵母の他、真菌、例えば、糸状菌(カビ類)などがモデル生物として多く用いられてきた。遺伝学的な情報の蓄積という点からは、出芽酵母も有力なツールになり得るが、上述したように、出芽酵母における組換えは、ほとんど相同組換え経路によって行われていることから、ランダムインテグレーションの抑制などを研究する上ではあまり適した生物とは言えない。 これまでに出芽酵母を用いた遺伝子ターゲティングの研究結果として、出芽酵母のYKU70及びYKU80の破壊株における相同組換え率の上昇を報告したものがあるが、上述のごとく、出芽酵母における相同組換え率は元来非常に高い効率で行われているなど、他の真核生物の組換え機構とは異なるものであることから、真核生物一般に適用できるような遺伝子ターゲティング効率上昇のための手がかりとはなり得ないものであった(特許文献1)。 また、哺乳動物細胞においても、組換え機構に関する研究は盛んに行われており、非相同末端結合に関与する因子、例えば、KUタンパク質、DNAリガーゼIV及びDNAリガーゼIIIの作用機序などが明らかにされつつある。KUタンパク質やDNAリガーゼIVの活性を阻害又は抑制すると非相同的組換えによって行われるDNA修復が抑えられ、代わって、相同組換えによる修復が主要経路として機能することが、ここ数年の間に明らかにされている(非特許文献1〜3)。また、DANリガーゼIIIについては、DNAリガーゼIVを欠損したマウス由来の線維芽細胞において維持されている非相同末端結合活性が、DNAリガーゼIII活性を抑制することで顕著に低下することが報告されており、このことから、DNAリガーゼIIIも非相同末端結合におけるリガーゼとして機能していることが強く示唆されている(非特許文献5)。しかし、これらの知見はあくまでも内在性のDNA間における組換え機構に関するものであり、外来DNAと内在性のDNA間における組換え、つまり、遺伝子ターゲティング機構に関するものではなかった。遺伝子ターゲティングにおける、KUタンパク質の関与について検討した結果も報告されてはいるが、それはネガティブなものであり(例えば、非特許文献1)、未だ、遺伝子ターゲティングを制御する機構について明確で統一的な見解は示されていない。 モデル生物としての糸状菌の中では、ニューロスポラ属、アスペルギルス属などは広く用いられている。これまでに、ニューロスポラ・クラッサのmus−51及びmus−52が、出芽酵母のYKU70及びYKU80と相同であること、これらの遺伝子の破壊株では遺伝子ターゲティング効率がほぼ100%になる(野生型では約20%程度)ことが、本願発明の発明者らによって報告されている(特許文献2、特許文献3、非特許文献4)。本知見は、mus−51及びmus−52遺伝子破壊株を外来遺伝子の導入細胞として用いれば、ゲノム改変を容易に行うことを意味するものであり、組換え技術の発展に重要な手がかりを与えるものであった。Pierceら,Genes Dev., 2001;15:3237−3242Allenら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA., 2002;99:3758−3763Allenら,Mol.Cancer.Res., 2003;1:913−920Ninomiyaら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA., 2004;101:12248−12253Wangら, Cancer Res. 65:4020−4030 2005WO02/52026特開2005−237316WO2005/083090 ニューロスポラ・クラッサのmus−51及びmus−52遺伝子の破壊株では遺伝子ターゲティング効率がほぼ100%になるとの上記知見は大変意義深いものであるが、ランダムインテグレーションを極力排除し、より正確なターゲティングを実現するとの課題が未だ残されていた。 本発明者は、上記事情に鑑み、真核細胞における遺伝子ターゲティングを確実にするべく鋭意研究を行った結果、非非相同末端結合に特有のDNAリガーゼであると考えられているDNAリガーゼIVの機能を喪失もしくは機能低下させた細胞株では、遺伝子ターゲティングに伴うランダムインテグレーションを排除できることを見出した。 よって、本発明は、真核細胞における遺伝子ターゲティングに伴うランダムインテグレーションを排除し、より精度の高いターゲティング方法を提供することを目的とする。 さらに、本発明は、上記方法を用いて作出された細胞を提供することを目的とする。 本発明を完成させる過程において、外来DNAがランダムにゲノム上にインテグレートされる経路には、KU遺伝子に依存する経路と依存しない経路の2つが存在することが明らかとなった。そして、これら2つの経路には、非相同末端結合に関与するリガーゼの1つであるMUS53(LIG4のホモログ)が必要であることから、MUS53をはじめとする非相同末端結合に関与するリガーゼの機能を調節することで、外来DNAのランダムインテグレーションを効果的に抑制し得る可能性が示唆された。 上記知見に基づき本発明は以下の(1)〜(16)として開示される。 (1)本発明の第1の態様は、「外来DNAを細胞内の目的のゲノム領域に導入する場合において、該細胞内に内在しDNA修復過程に機能するDNAリガーゼをコードする遺伝子、及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の機能低下もしくは機能喪失を誘導し、該目的のゲノム領域以外への該外来DNAのランダムなインテグレーションを排除する細胞の作製方法」である。(2)本発明の第2の態様は、「前記機能低下もしくは機能喪失が、前記DNAリガーゼをコードする遺伝子及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の配列中に突然変異又は欠失を導入することで達成されることを特徴とする上記(1)に記載の方法」である。(3)本発明の第3の態様は、「前記機能低下もしくは機能喪失が、前記DNAリガーゼをコードする遺伝子及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の全体を破壊することで達成されることを特徴とする上記(1)に記載の方法」である。(4)本発明の第4の態様は、「外来DNAを細胞内の目的のゲノム領域に導入する場合において、該細胞内に内在しDNA修復過程に機能するDNAリガーゼ、及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質の活性抑制もしくは活性喪失を誘導し、該目的のゲノム領域以外への該外来DNAのランダムなインテグレーションを排除する細胞の作製方法」である。(5)本発明の第5の態様は、「前記DNAリガーゼがDNAリガーゼIVであることを特徴とする上記(1)乃至(4)に記載の方法」である。(6)本発明の第6の態様は、「前記DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質がXrcc4pであることを特徴とする上記(1)乃至(4)に記載の方法」である。(7)本発明の第7の態様は、「前記DNAリガーゼがDNAリガーゼIIIであることを特徴とする上記(1)乃至(4)に記載の方法」である。(8)本発明の第8の態様は、「前記細胞が真核細胞であることを特徴とする上記(1)乃至(7)のいずれかに記載の方法」である。(9)本発明の第9の態様は、「前記真核細胞が、少なくとも動物細胞、植物細胞、真菌細胞からなる群から選択される細胞であることを特徴とする上記(8)に記載の方法」である。(10)本発明の第10の態様は、「前記真菌がキノコであることを特徴とする上記(9)に記載の方法」である。(11)本発明の第11の態様は、「前記真菌が糸状菌(カビ)であることを特徴とする上記(9)に記載の方法」である。(12)本発明の第12の態様は、「前記糸状菌が、ニューロスポラ属、アスペルギルス属、ペニシリウム属、フザリウム属、トリコデルマ属又はムコール属のいずれかに属するものであることを特徴とする上記(11)に記載の方法」である。(13)本発明の第13の態様は、「前記ニューロスポラ属に属する糸状菌が、少なくともニューロスポラ・クラッサ、ニューロスポラ・シトフィラ、ニューロスポラ・テトラスペルマ、ニューロスポラ・インターメディア、ニューロスポラ・ディスクレータからなる群から選択されることを特徴とする上記(12)に記載の方法」である。(14)本発明の第14の態様は、「前記アスペルギルス属に属する糸状菌が、少なくともアスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・パラシティク、アスペルギルス・フラバス、アスペルギルス・ノミウス、アスペルギルス・フミガタス、アスペルギルス・ニジュランス、アスペルギルス・ニガー、 アスペルギルス・アワモリ、アスペルギルス・カワチからなる群から選択されることを特徴とする上記(12)に記載の方法」である。(15)本発明の第15の態様は、「上記(1)乃至(14)のいずれかに記載の方法で作製された細胞」である。(16)本発明の第16の態様は、「上記(15)に記載の細胞に外来DNAを導入し遺伝子ターゲティングを行う方法」である。(17)本発明の第17の態様は、「前記外来DNAの遺伝子ターゲティングに使用する相同性配列の長さが、100bp〜300bpである上記(16)に記載の方法」である。 本発明により、外来DNAの遺伝子ターゲティングを行うにあたり、ランダムインテグレーションを排除した精度の高い遺伝子導入を行うことができる。 本発明により、特定の遺伝子の付加、置換などを正確かつ容易に行うことができるため、多方面において有用な遺伝子改変技術を提供することができる。 本発明により、産業上有用な微生物の作出、動植物の育種、医療分野における治療又は遺伝子治療剤などの各分野において、新しい技術を開発する上での有効ツールとなり得る。 本発明の実施態様の1つは、外来DNAを細胞内の目的のゲノム領域に導入する場合において、該細胞内に内在しDNA修復過程に機能するDNAリガーゼをコードする遺伝子、及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の機能低下もしくは機能喪失を誘導し、該目的のゲノム領域以外への該外来DNAのランダムなインテグレーションを排除する細胞の作製方法に関するものである。 ここで「DNAリガーゼ」とは、DNA鎖連結反応を触媒する酵素のことで、特に、DNA修復機構において機能するものが好ましく、例えば、DNAリガーゼIII、DNAリガーゼIVなどが好ましく、特に、DNAリガーゼIVが好ましい。また、DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質とは、例えば、DNAリガーゼIVと複合体を形成するXRCC4(X−ray repair cross complementing protein4)が好ましい。 ここで、「LIG4」とは、DNAリガーゼIVをコードする遺伝子のことで、配列番号1、3、5又は7で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドのみならず、配列番号1、3、5又は7で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAと高ストリンジェント条件下でハイブリダイズし、かつ、非相同的末端結合におけるDNAリガーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを有するものも含まれる。 また、「XRCC4」とは、XRCC4をコードする遺伝子のことで、配列番号9又は11で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドのみならず、配列番号9又は11で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAと高ストリンジェント条件下でハイブリダイズし、かつ、Lig4pと複合体を形成して非相同的末端結合におけるDNAリガーゼ活性に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを有するものも含まれる。 さらに、「LIG3」とは、DNAリガーゼIVをコードする遺伝子のことで、配列番号13又は15で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドのみならず、配列番号13又は15で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAと高ストリンジェント条件下でハイブリダイズし、かつ、非相同的末端結合におけるDNAリガーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを有するものも含まれる。 なお、本明細書に記載される「遺伝子」には、コード領域の他、該遺伝子のエクソン、イントロンのみならず、プロモーター、エンハンサーなどの転写調節領域を含んでもよい。 配列番号1、3、5、7、9、11、13又は15で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAと高ストリンジェント条件下でハイブリダイズできるポリヌクレオチドの塩基配列としては、配列番号1、3、5、7、9、11、13又は15で表わされる塩基配列と好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%,81%,82%,83%,84%,85%,86%,87%,88%,89%,90%,91%,92%,93%,94%,95%,96%,97%,98%,最も好ましくは約99%の核酸配列相同性を有する塩基配列を含有するポリヌクレオチド等が挙げられる。 ここで、ストリンジェントな条件とは、当業者によって容易に決定されるハイブリダイゼーション条件のことで、一般的にプローブ長、洗浄温度、及び塩濃度に依存する経験的な計算値によって導き出される条件である。一般に、プローブが長くなると適切なアニーリングのための温度が高くなり、プローブが短くなると温度は低くなる。ハイブリッド形成は、一般的に、相補鎖がその融点に近いから又はそれより低い環境に存在する場合における、変性DNAの再アニールする能力に依存する。具体的には、例えば、低ストリンジェントな条件として、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄段階において、37℃〜42℃の温度条件下、0.1×SSC、0.1%SDS溶液中で洗浄することなどが上げられる。また、高ストリンジェントな条件として、例えば、洗浄段階において、65℃、5×SSCおよび0.1%SDS中で洗浄することなどが挙げられる。ストリンジェントな条件をより高くすることにより、相同性の高いポリヌクレオチドを得ることができる。 DNAリガーゼをコードする遺伝子、該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子に機能低下又は機能喪失を導入するために、対象とする細胞に由来するDNAリガーゼをコードする遺伝子、該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子を同定する必要がある。 目的の遺伝子配列が公知でない場合は、公知の他の種、例えば、ヒトなどの遺伝子配列(配列番号1、9、13)を基にして、対象細胞のcDNAライブラリーなどに対してスクリーニングを行う。スクリーニングの方法としては、核酸ハイブリダイゼーション及びクローニングに関する技術分野において周知の方法を用いて、低い、中程度又は高いストリンジェントな条件下におけるハイブリダイゼーションにより得ることができる。 さらに、対象とする細胞由来のORFのデータベースが存在する場合には、該データベースに対してBLASTサーチ等を行い既知の遺伝子に対するホモログを同定することも可能である。この場合、検索された配列に基づいて該当する遺伝子全体を増幅するために適当なPCR用のプライマーを作製し、得られたPCR産物を適当なクローニング用のベクターに挿入することによって、目的の遺伝子をクローン化することも可能である。 同定された遺伝子は適当なクローニング用ベクター(例えば、pUC19など)にサブクローニングして配列確認を行う。 細胞に内在するDNAリガーゼをコードする遺伝子、該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の機能低下又は機能喪失させるために、該遺伝子機能を改変することができる。遺伝子の機能を改変する方法としては、限定はしないが、例えば、内在する目的遺伝子に突然変異を導入する方法、目的遺伝子全体を破壊する方法、RNA干渉(RNAi)を利用する方法、目的遺伝子に対するアンチセンスを細胞内に導入する方法等、当業者にとって周知の方法が使用可能である。好ましくは、目的遺伝子に突然変異を導入する方法、目的遺伝子全体を破壊する方法又はRNA干渉(RNAi)を利用する方法であり、より好ましくは、目的遺伝子全体を破壊する方法又はRNA干渉(RNAi)を利用する方法であり、最も好ましくは、目的遺伝子全体を破壊する方法である。 遺伝子全体を破壊する方法にはクローン化した標的遺伝子(破壊の対象である遺伝子)の必須領域DNA配列(破壊すべき領域)にマーカー遺伝子を挿入したDNAを細胞に形質転換する方法がある。細胞内に導入された該DNAは、標的遺伝子の両隣接配列を介した相同組換えを誘発するため、染色体上の標的遺伝子をマーカー遺伝子で置換することができ、その結果、標的遺伝子を破壊することができる。 また、遺伝子機能を喪失させるために、RNA干渉(RNAi)を利用することができる。この場合、目的遺伝子によってコードされるタンパク質の機能ドメインに関する塩基配列をもとに、短いRNA二本鎖もしくは該RNAを産生するベクターを細胞内に導入することで、目的遺伝子の機能低下または機能喪失をもたらすことができる。 さらに、インビトロおいて突然変異を導入する方法としては、部位特異的突然変異導入法、及びPCR突然変異導入法などの当該技術分野において既知の方法を用いて行うことができる。部位特異的突然変異導入法(Carter,Biochem J.,1986;237:1−7;Zoller及びSmith,Methods.Enzymol.,1987;154:329−350)、カセット突然変異導入法、限定的選択突然変異導入法(Wells及びPowers.,1985;34:315−23)または他の既知の技術は、目的の遺伝子に変異を導入するために調製され、クローン化されたDNA上で実施することができる(Ausbelら,Current Protocols in molecular biology.,1987;John Wiley&Sons,New York;Sambrookら,Molecular cloning:A laboratory manual.2nded.,1989;Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Habor,NY)。 目的遺伝子に突然変異を導入することで機能改変を行う場合、該遺伝子がコードするタンパク質の活性を欠失させるように変異を導入すること、該タンパク質と他のタンパク質が相互作用を行うのに必要な部位に変異を導入し該相互作用を消失させるような変異を導入することなどが望ましい。 上記突然変異を条件突然変異、例えば、温度感受性突然変異となるように導入すれば、所望の条件下でのみ遺伝子ターゲティングに伴うランダムインテグレーションを排除することができる。 本発明の他の実施態様は、外来DNAを細胞内の目的のゲノム領域に導入する場合において、該細胞内に内在しDNA修復過程に機能するDNAリガーゼ、及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質の活性抑制もしくは活性喪失を誘導し、該目的のゲノム領域以外への該外来DNAのランダムなインテグレーションを排除する細胞の作製方法である。 本発明における「Lig4p」とは、「LIG4」によってコードされるタンパク質のことで、配列番号2、4、6、又は8で表されるアミノ酸配列と同一又は実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質である。ここで、「実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質」とは、配列番号2、4、6、又は8で表わされるアミノ酸配列と約20%以上、好ましくは約30%、40%、50%、60%、70%以上、より好ましくは約80%,81%,82%,83%,84%,85%,86%,87%,88%,89%,90%,91%,92%,93%,94%,95%,96%,97%,98%,最も好ましくは約99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、非相同的末端結合におけるDNAリガーゼ活性を有するタンパク質のことである。 あるいは、配列番号2、4、6、又は8表わされるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質とは、配列番号2、4、6、又は8で表わされるアミノ酸配列中の1又は数個(好ましくは、1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜5個)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、非相同的末端結合におけるDNAリガーゼ活性を有するタンパク質のことである。 本発明における「Xrcc4p」とは、「XRCC4」によってコードされるタンパク質のことで、配列番号10又は12で表されるアミノ酸配列と同一又は実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質である。ここで、「実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質」とは、配列番号9又は11で表わされるアミノ酸配列と約20%以上、好ましくは約30%、40%、50%、60%、70%以上、より好ましくは約80%,81%,82%,83%,84%,85%,86%,87%,88%,89%,90%,91%,92%,93%,94%,95%,96%,97%,98%,最も好ましくは約99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、Lig4pと複合体を形成して非相同末端結合におけるDNAリガーゼ活性に関与するタンパク質のことである。 あるいは、配列番号10又は12表わされるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質とは、配列番号10又は12で表わされるアミノ酸配列中の1又は数個(好ましくは、1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜5個)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、Lig4pと複合体を形成して非相同末端結合におけるDNAリガーゼ活性に関与するタンパク質のことである。 さらに、本発明における「Lig3p」とは、「LIG3」によってコードされるタンパク質のことで、配列番号14又は16で表されるアミノ酸配列と同一又は実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質である。ここで、「実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質」とは、配列番号14又は16で表わされるアミノ酸配列と約20%以上、好ましくは約30%、40%、50%、60%、70%以上、より好ましくは約80%,81%,82%,83%,84%,85%,86%,87%,88%,89%,90%,91%,92%,93%,94%,95%,96%,97%,98%,最も好ましくは約99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、非相同的末端結合におけるDNAリガーゼ活性を有するタンパク質のことである。 あるいは、配列番号14又は16表わされるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列からなるタンパク質とは、配列番号14又は16で表わされるアミノ酸配列中の1又は数個(好ましくは、1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜5個)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、非相同的末端結合におけるDNAリガーゼ活性を有するタンパク質のことである。 細胞に内在するDNAリガーゼ、該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質の活性抑制又は活性喪失させるためには、上述の「DNAリガーゼをコードする遺伝子、該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の機能低下又は機能喪失」させるために使用可能な方法の他に、当業者において周知の方法であって、DNAリガーゼ、該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質の活性を低下又は喪失させる方法であれば如何なる方法も使用することができる。限定はしないが、例えば、目的タンパク質の活性を低下又は喪失させる抗体を目的の細胞内へ導入する方法、目的タンパク質の不活性型(ドミナントネガティブ)を目的の細胞内へ導入するか又は目的の細胞内で発現させる方法、目的タンパク質の活性を阻害する低分子のインヒビターを目的の細胞内へ導入する方法などを挙げることができる。 抗体や目的タンパク質の不活性型を細胞内へ導入するためには、例えば、細胞膜透過性ペプチドを抗体、目的タンパク質の不活性型に連結して細胞内へ導入してもよく、又は市販のキットを使用することもできる。 目的タンパク質の不活性型を細胞内で発現させるためには、当業者の通常の技術常識に従って容易に行うことができる。目的の細胞に応じて、発現ベクター(目的の細胞に応じたプロモーターなど、発現誘導に必要な構成要素を備えているもの)を選択して、適切な培養条件下にて目的タンパク質の不活性型を発現させることができる。 さらに、DNAリガーゼ又は該DNAリガーゼ複合体を形成するタンパク質の活性抑制又は活性喪失を誘導するために、各々の複合体中の相手方(例えば、Lig4pの活性を抑制又は喪失させる場合にはXrcc4pが相当する)の機能を抑制又は喪失することによっても達成することができる。 上記抗体や目的タンパク質の不活性型の細胞内への導入又は発現は、特定の時点で導入又は発現させることにより、遺伝子ターゲティングに伴うランダムインテグレーションの発生を特定の時点で排除することができる。 本発明で用いられる細胞は、一般に、真核細胞であれば組織由来の細胞であっても、株化培養細胞であってもよく、限定はしないが、相同組換え率の低い、動物細胞、植物細胞、真菌細胞などが適している。 動物細胞としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ブタ、ウマ、ニワトリ、ヒツジ、ネコ、イヌなどの哺乳類細胞の他、鳥類、は虫類、両生類などの細胞であっても使用可能である。 また、植物細胞としては、例えば、イネ、ダイズ、コムギ、オオムギ、ライムギ、綿花、トウモロコシ、イモ、ピーナッツ、アラビドプシスが適している。 さらに、遺伝子操作が比較的容易な真菌類なども使用可能であり、キノコ、糸状菌(カビ)が使用可能である。使用可能なキノコとしては、例えば、しめじ、椎茸、エノキタケ、ヒトヨタケ、木材不朽菌などを挙げることができる。また、使用可能な糸状菌(カビ)としては、ニューロスポラ属、アスペルギルス属、ペニシリウム属、フザリウム属、トリコデルマ属またはムコール属などを挙げることができる。中でも好適な糸状菌としては、ニューロスポラ属に含まれるニューロスポラ・クラッサ、ニューロスポラ・シトフィラ、ニューロスポラ・テトラスペルマ、ニューロスポラ・インターメディア、ニューロスポラ・ディスクレータなど、また、アスペルギルス属に含まれるアスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・パラシティク、アスペルギルス・フラバス、アスアスペルギルス・ノミウス、アスペルギルス・フミガタス、アスペルギルス・ニジュランス、ペルギルス・ニガー、アスペルギルス・アワモリ、アスペルギルス・カワチなどが好適に使用可能である。 本発明により、遺伝子ターゲティングに伴う外来DNAのランダムなインテグレーションを排除することができる。 本発明の方法を用いて実現されるランダムインテグレーションの排除は、野生型の細胞におけるランダムインテグレーションの頻度と比較して、例えば、30%以下、より好ましくは20%、19%、18%、17%、16%、15%、14%、13%、12%、11%、10%、9%、8%、7%、6%、5%、4%、3%、2%、1%以下であり、最も好ましくは、0%である。 さらに本発明の実施態様のには、本発明の方法により作製された細胞に外来DNAを導入し遺伝子ターゲティングを行う方法が含まれる。ゲノム上の目的の遺伝子領域に外来のDNAを導入する場合、外来DNAの5’末端及び3’末端に各々隣接して、目的遺伝子領域のDNAの一部の配列からなる「相同配列」を配置させる必要がある。この相同配列の長さは当業者の通常の知識に基づいて決定することができるが、好ましくは、1000bp以下、より好ましくは20bp〜1000bp、さらに好ましくは100bp〜300bp、最も好ましくは、100bp〜200bpである。 外来DNAの細胞内への導入方法は、当該技術分野において周知の方法であれば使用可能であるが、例えば、スフェロプラスト法、電気ショック法(エレクトロポレーション法)、リン酸カルシウム法、カチオン性脂質による方法などが利用可能であるが、電気ショック法(エレクトロポレーション法)がもっとも好ましい。以下に実施例を示すが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。ニューロスポラ1.実験材料 表1に、本実施例で用いたニューロスポラ株を示す。74−OR31−16A(De Serresら,Mutation Ressearch 71:53−65 1980)およびC1−T10−28a(研究室のストック)を野生株として用いた。大腸菌DH−1およびXL−1Blueはプラスミドの増幅に用いた(Sambrookら,Molecular cloning:A laboratory manual.2nded.,1989;Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Habor,NY)。プラスミドpUC19及びpCB1003は新しいベクターの構築に用いた。2.方法 2−1.ニューロスポラにおける遺伝子研究法 遺伝子解析はDavisおよびde Serres(Davisおよびde Serres,Methods Enzymol.17:79−143 1970)の記載に従って行った。 2−2.PCR法 PCR増幅はExpandTM High−Fidelity PCR system (Roche Diagnositics Corp.,Switzerland)を用いて指示書に従って行った。 2−3.Hygr遺伝子によるニューロスポラ・クラッサのLIG4ホモログ遺伝子(以下、ncLIG4と記述する)の置換を行うためのプラスミドの構築。 ハイグロマイシン耐性遺伝子HygrによるncLIG4の置換方法を図1に示す。ニューロスポラLIG4を74−OR31−16Aのゲノムをテンプレートに用いてPCR−1により増幅した。(PCRの条件:94℃2分後、94℃15秒、58℃30秒、68℃4分のサイクルを10回、さらに94℃2分の後、94℃15秒、58℃30秒、68℃4分(1サイクルごとに68℃の時間を5秒ずつ増やしていく)を20サイクル、さらに68℃7分、その後4℃で保存)。PCR−1のプライマー(p−1)5’CCAACTACCTTCCTGGTGACCCTG3’(配列番号17) (p−2)5’ACAGTCGCCTTGAGCGTGGTGACT3’(配列番号18) このPCR産物のncLIG4遺伝子外の両側をHindIIIで切断したncLIG4を含む直鎖上DNA断片を、同じくHindIIIで処理したpUC19にライゲーションした(図1、pUC19−LIG4)。その後、このプラスミドをEcoRVで処理し、ncLIG4内の1.2 kbpを切り出して、その領域にpCB1003由来のHygr(HpaI処理)をライゲーションした(図1、pUC19−LIG4::Hygr)。最後にこのプラスミドを再びHindIIIで処理することにより、形質転換用DNA断片を得た。 2−4.電気ショック法(エレクトロポレーション法) 分生子懸濁液は1Mソルビトール中2.0×109濃度で調製した。形質転換用DNA断片 5μlを分生子懸濁液100μlと混合し、氷上にて5分間インキュベートした。混合液をエレクトロポレーター(BTX Electro Cell Mnipulation 600 Genetronics Inc.)により電気ショックをかけた。(電気ショックの条件:チャージ電圧1.5V、最高電圧/計時モード2.5kV/抵抗、計時キャパシタンス50μF、計時抵抗R6(186オーム))。 2−5.ncLIG4の置換 電気ショック後、1.2%スクロースを含有するVogels’最小培地1mlを加え、30℃で2時間インキュベートした。この200μlをハイグロマイシン(500μg/ml)を含む寒天培地に塗り広げた。ハイグロマイシン耐性のコロニーを単離し、標的遺伝子座において置換が生じているかどうかをPCR−2で検討した。また、その株がホモカリオンであるかどうかについてもPCR−3で確認した。ホモカリオンになった株について、余分なHygr遺伝子コピーが含まれていないかどうかをサザンブロット法により確認した。PCR−2のプライマー(p−1)5’CCAACTACCTTCCTGGTGACCCTG3’(配列番号17)(p−3)5’CATTGACTGGAGCGAGGCGATGTT3’(配列番号19)PCR−3のプライマー(p−1)5’CCAACTACCTTCCTGGTGACCCTG3’(配列番号17)(p−4)5’TGTGTGATGCTGGCGGCCTTGACC3’(配列番号20)2−6.変異原感受性 ブレオマイシン(BLM)及びメチルメタンスルホン酸塩(MMS)に対する感受性について既刊の文献の記載に従って行った(Inoue及びIshii,Mutat.Res.,1984;125:185−194)。3.結果 3−1.ncLIG4の置換実験 ヒトLIG4に対するニューロスポラ・クラッサのホモログを見つけるために、ニューロスポラゲノムデータベース(http://www.broad.mit.edu/annotation/fungi/neurospora_crassa_7/index.html)に対してサーチを行った。検索された候補遺伝子を仮にncLIG4と名付けた。ncLIG4遺伝子は1046アミノ酸をコードする。図2には、ヒトLIG4とncLIG4のアミノ酸配列の比較を示す。ヒトLig4pとncLig4pは25%の相同性、38%の類似性を有していた(出芽酵母Lig4p(scLIG4)とncLig4pは26%の相同性、41%の相同性)。ncLIG4の増幅を74−OR31−16AのゲノムをテンプレートとしてPCRで増幅した。その後の形質転換用DNAの作成は、上記2.方法で示した通りに行った。この形質転換用DNAを野生型ニューロスポラ・クラッサに導入し、ハイグロマイシン耐性コロニーを単離した。約20の形質転換体からゲノムを抽出し、ncLIG4がHygrによって置換されているかどうかをPCRによって確認した。このときのPCRプライマーは、図1に示されるように、一方をncLIG4の外側に、他方をHygrの内側に設定した。ハイグロマイシン耐性コロニーの約10%がncLIG4の位置にHygrを有していた。この内の1つの形質転換体を野生株と掛け戻し交雑を行い、ncLIG4::Hygrを保持する株を両交配型について獲得し、ncLIG4変異株として用いた(KZM6222AおよびKAM6224a)。これらの株は、栄養生長およびホモ接合交雑増殖は正常であるが、僅かにBLMとMMSに対して感受性があった(図3)。 3−2.野生株、ncLIG4、ncKU80変異株におけるmtr遺伝子のターゲッティング 染色体IV上のmtr遺伝子を置換実験の標的に選んだ。mtr遺伝子に欠損を持つ変異体は、アミノ酸アナログであるp−フルオロフェニルアラニン(PFP)に耐性を示す。ターゲッティングベクターは、mtrORFをビアラフォス耐性遺伝子barに置換することによって構築した。bar遺伝子の両側に50bp、100bp、300bp、500bp、1kbp、2kbpのmtr遺伝子との相同配列を持たせた直鎖状DNA断片をターゲッティングに用いた。これらのDNA断片を異なる遺伝的バックグラウンドを持つ株にエレクトロポレーション法により導入した。ビアラフォス(200μg/ml)に耐性を持つ形質転換体を単離し、それらがPFP(20μg/ml)に耐性であるかどうか検討した。形質転換が相同組換えによるものであれば、その形質転換体はビアラフォスとPFPに対して耐性となるはずである。よって、ビアラフォス耐性形質転換体数に対するPFP耐性形質転換体数の割合を遺伝子ターゲッティング効率(%)として測定することができる。相同配列長が2kbpのとき、遺伝子ターゲッティング効率は野生株では約23%であるのに対して、ncLIG4変異株とncKU80変異株では100%であった。また、相同配列長が100bp〜1kbpにおいて、遺伝子ターゲッティング効率はncLIG4変異株では全て100%であったのに対して、ncKU80変異株では相同配列長が短くなるにつれて減少し、相同配列長が100bpのときには、数%程度であった(図4)。 この結果から、野生株に比較してKU80変異株では、遺伝子ターゲティング効率が高く、ランダムインテグレーションがかなり抑制されているが、相同配列が短くなるに従って、ランダムインテグレーションの割合が増大していることが分かる。これに対して、ncLIG4を欠損させた変異株では、短い相同配列を用いた場合においても遺伝子ターゲティング効率が常に100%であり、ランダムインテグレーションが有効に排除されていることが明らかとなった。アスペルギルスI.麹菌のLIG4ホモログ遺伝子破壊株の作製1.実験材料 1−1.試薬 試薬は特に断りのない限り、和光純薬 (株) の特級試薬を用いた。各種制限酵素、修飾酵素類は、宝酒造、ロシュ、TOYOBO、New England Biolabs のものを適宜用い、添付されたプロトコルに従い反応させた。 1−2.菌株 LIG4ホモログ遺伝子の単離用の麹菌株としてはAspergillus oryzae(アスペルギルス・オリゼ) RIB40、破壊用の麹菌宿主にはAspergillus oryzae NS4(niaD,sC)を用いた。組換えプラスミドの取得には、Escherichia coli DH5α(supE44,ΔlacU169,hsdR17,recA1,girA96,thi−1,relA1)を用いた。破壊用プラスミド作製には、Saccharomyces cerevisiae BY4741(MATa,his3Δ,leu2Δ,met15Δ,ura3Δ)を用いた。 1−3.培地(i)LB培地(pH7.0);1%Bacto tryptone、0.5%Bacto yeast extract、0.5%NaCl(ii)LB+Amp培地(pH7.0);LB培地にアンピシリンを終濃度50mg/lとなるように加えた。さらに、プレートの場合は、1.5%の寒天を加えた。(iii)YPD培地;0.5%Bacto yeast extract、 1%Bacto peptone、 1%Glucose(iv)最小(Czapek−Dox;CD)培地;70mM(NH4)2SO4、7mM KCl、11mM KH2PO4、2mM MgSO4、1%Glucose、0.8%NaCl、0.2mM Methionineさらに、プレートの場合は 1.5%の寒天を加えた。形質転換の際は、Methionineを添加しないものを用いた。(v)CDP培地;最小培地に、1%Bacto peptoneを加えた。(vi)1000×trace element;3.6mM FeSO4、30.7mM ZeSO4、1.6mM KH2PO4、0.7mM MnSO4、0.3mM Na2B4O7、0.04mM(NH4)6Mo7O24・4H2O(vii)酵母用最小培地(SD)培地;2%Glucose、0.67%yeast nitrogen base w/o amino acid(viii)SD+his,leu,met培地;SD培地に、Histidine、Leucine、Methionineを加えた。2.方法 2−1.大腸菌の形質転換 大腸菌のコンピテントセル作製および形質転換操作は、Hanahanの方法に従って行った。すなわち、−80℃で保存していた大腸菌のコンピテント細胞を融解し、エッペンドルフチューブ(1.5ml)に100μl移し、プラスミドを加えた。氷中に30分放置し、42℃でのヒートショックを30秒間行った。氷水中で2分間冷却し、LB培地を0.9ml加えて、37℃で1時間振盪培養した後、LB+Amp培地プレートにまき、37℃で一晩培養した。 2−2.アルカリ法によるプラスミドDNAの調製(大量調製) 大腸菌のコロニーを滅菌した爪楊枝で1コロニーずつ拾い上げ、50mlのファルコンチューブでLB+Amp培地20mlに植菌し、37℃で一晩振盪培養した。3500rpmで10分間遠心し、沈殿にGTE溶液(50mM グルコース、10mM EDTA、25mM Tris−HCl、pH 8.0)200μlを加えてボルテックスミキサーで撹拌し、1.5mlのエッペンドルフチューブに移した。これに、NaOH−SDS溶液(0.2N NaOH、1%SDS)400μlを加え混合し、氷中で5分間放置後、酢酸カリウム溶液(5M 酢酸カリウム 60ml、氷酢酸 11.5ml、H2O 28.5ml)300μlを加えて混合し、更に5分間以上氷中に放置した。これを 15000rpmで10分間遠心した後、上清等量のイソプロパノールを加えて15000rpmで10分間遠心し、粗DNAの沈殿を得た。これを400μlのTE緩衝液(10mM Tris−HCl、1mM EDTA、pH 8.0)に溶解し、4μlのRNase A(1mg/ml)を加え、37℃で30分間インキュベートし、反応させた。その後、フェノール・クロロホルム(フェノール:クロロホルム:イソアミルアルコールを体積比 25:24:1で混合)抽出を行い、クロロホルム・イソアミルアルコール(クロロホルム:イソアミルアルコール 体積比 24:1)処理後、エタノール沈殿でプラスミドを得、40μlのTE緩衝液に溶解した。得られたプラスミドDNAは、適切な制限酵素で処理後、アガロースゲル電気泳動を行い、目的のプラスミドであることを確認した。 2−3.目的DNA断片の回収 目的とするDNA断片は、制限酵素処理後アガロースゲル電気泳動により分離し、GENECLEANTM Kit(Bio101)に添付されたプロトコルに従って精製した。 2−4.麹菌のゲノムDNAの調製 麹菌株を100mlのYPD、又はCDP培地で30℃、約30時間振盪培養し、ガラスフィルターを用いて集菌後、蒸留水で洗浄した。ペーパータオルでよく脱水した菌体を液体窒素下において乳鉢で粉砕した。粉砕した菌体を0.4mlのTE緩衝液に懸濁し、0.4mlの溶菌溶液(5mM EDTA、1%SDS)を加えた。これに等量のフェノール・クロロホルムを加え、遠心分離後水層を分離した。2.5倍量のエタノールを加え、遠心分離後沈殿を500μlのTE緩衝液に溶解した。そこに、50μgのRNaseAを加え、37℃で30分保持し、2回のフェノール・クロロホルム抽出の後、クロロホルム・イソアミルアルコール処理し、2.5倍量のエタノールを加え遠心分離によりゲノムDNAの沈殿を得た。 2−5.PCR法によるDNA断片の増幅 オリゴヌクレオチドプライマーの合成は、日本遺伝子研究所(株)、オペロン バイオテクノロジー(株)、シグマ アルドリッチ ジャパン(株)に委託した。 DNAポリメラーゼには、Ex−Taq(TaKaRa)を用いて、添付されたプロトコルに従って行った。すなわち、5UのEx−Taqポリメラーゼ、1/10vol.のEx−Taq buffer、200mMのdNTPsmix、1mMのセンス及びアンチセンスプライマー、鋳型となるゲノムDNAを混合し、サーマルサイクラーTP240(TaKaRa)で、95℃ 30秒、(Tm−5〜10)℃ 30秒、72℃ 60秒/1kbを30サイクル繰り返した。 2−6.酵母の形質転換操作 5 mlのYPD培地で酵母を30℃で一晩振盪培養した前培養液を新しいYPD培地10mlにO.D600が0.4になるように加え、30℃で4時間振盪培養した。2500rpm,2分間遠心分離し、上清を除き、菌体を沈殿として得、1 mlの滅菌水に懸濁しエッペンドルフチューブに移した。5000rpm,1分間遠心分離し、上清を除いた。そこにPEG(50% w/v)240μl、1M 酢酸リチウム溶液36μl、一本鎖DNA(2.0 mg/ml)25μl、DNA溶液50μlを加えてボルテックスミキサーで懸濁した。それを30℃に30分間静置した後、42℃で20分間ヒートショックを与えた。5000rpm,1分間遠心分離し、上清を除き、菌体を回収した。回収した菌体を100μlの滅菌水に懸濁させ、選択培地上にまき、30℃で2−3日培養した。 2−7.酵母からのDNAの回収 5mlの選択培地で酵母を30℃で一晩振盪培養し、2000rpm,5分間遠心分離により集菌し上清を除いた。10mlの滅菌水で洗浄し、2000rpm,5分間遠心分離して上清を除き、菌体を回収した。回収した菌体を300μlの破砕用バッファー(100mM NaCl、10mM Tris−HCl、1mM EDTA、2%TritonX−100、pH8.0)に懸濁し、エッペンドルフチューブに移した。そこに適量のガラスビーズを加えた。300μlのフェノール・クロロホルムを加え、ボルテックスミキサーで2分30秒激しく撹拌した後、15000rpm、5分間遠心分離し水層を回収した。回収した水層に再び300μl のフェノール・クロロホルムを加え、ボルテックスミキサーで激しく撹拌した後、15000 rpm、10分間遠心分離し水層を回収した。回収した水層に30μlの3M酢酸ナトリウム溶液と2.5倍量のエタノールを加え、15000rpm,20分間遠心分離し、DNAを沈殿として得た。 2−8.麹菌の形質転換操作 YPD培地又はCDP培地50mlに、白金耳を用いて適量のA.oryzae NS4株の分生子を植菌し、30℃で約30時間振盪培養し、菌体を滅菌したガラスフィルター(3G1)でろ過して集め、滅菌水で数回洗浄した後、滅菌したスパーテルでよく脱水した。菌体をプロトプラスト化液(10mg/ml Yatalase、5mg/ml Cellulase Onozuka R−10、0.8M NaCl、10mM Phosphate buffer,pH 6.0)に懸濁して、120rpm,30℃で3時間振盪し、プロトプラストを作製した。Miracloth(Calbiochem)でろ過し、ろ液を2000rpm,5分遠心してプロトプラストを沈殿として回収した。回収したプロトプラストを0.8M NaClで2回洗浄し、2000rpm,5分遠心して沈殿させ回収した。プロトプラスト数を検鏡にて計測し、2×108個/mlとなるように Sol.I(0.6 M KCl、10 mM CaCl2、10mM Tris−HCl,pH8.0)に懸濁した後、Sol.I の0.2倍量の Sol.II(40% w/v PEG 4000、50mM CaCl2、50mM Tris−HCl,pH8.0)を加えよく混合した。 これを、0.2mlに分注し、適当な制限酵素により直鎖状にした10μl(1mg/ml)のプラスミドDNAを加え、よく混合し、氷中に30分間放置した。これに1mlのSol.IIを加え、室温で15−20分間放置した後10mlのSol.Iを加えて2000rpm,5分間遠心した。上清を除き、沈殿したプロトプラストを200μlのSol.Iに懸濁して、0.8M NaClを加えた最小培地上にのせ、その上に45℃に温めた同組成の軟寒天培地(0.6% 寒天)を重層した。 30℃にて3−10日静置培養し、旺盛な生育を示すコロニーを選び、分生子を白金耳で同組成の培地に植え継いだ。 2−9.コロニー PCRによる形質転換体の確認 滅菌済み爪楊枝にて400μlのYPD培地が入ったエッペンドルフチューブに分生子を植菌した。30℃で40−50時間培養し、培養液を除いたチューブに菌体と等量のガラスビーズをいれ、−80℃で3時間以上静置し菌体を凍結させた。凍結した菌体の入ったチューブを室温で5分間ボルテックスミキサーにて撹拌し、5分間−80℃に放置した。これを2回繰り返し、菌体を破砕した。そのチューブに400μlの溶菌溶液を加え、15分間放置した。その後、400μlのフェノール・クロロホルムを加え穏やかに撹拌し、15000rpm,5分間遠心分離し、水層を回収した。この水層に40μlの3M 酢酸ナトリウム溶液を加え、2.5倍量のエタノールを加えて、−20℃で20分間静置し、15000rpm,20分遠心分離しゲノムDNAを沈殿として回収した。回収したDNAは乾燥後50μlのTE緩衝液に溶解し、0.5μgのRNase Aを加えて37℃で30分間以上放置した。このDNA溶液1μlをテンプレートとしてPCR反応に用いた。 2−10.サザンブロット解析 ゲノムDNAを、各5μg、適当な制限酵素で切断し、アガロースゲルで電気泳動して分画した後、ナイロンメンブラン(Hybond N+;Amersham)へ0.4N NaOHによりアルカリトランスファーし、2×SSC (0.03M クエン酸ナトリウム、0.3M NaCl)で洗浄した。そして、ECL 検出キット(ECL DilectTM;Amersham)によりペルオキシダーゼ標識したDNA断片をプローブとして検出を行った。プローブの標識は、回収した0.2μgのDNAを含む、20μlの溶液を10分間煮沸して熱変性させ、それに等量のDNA標識試薬を加え混合し、更に等量のグルタルアルデヒド溶液を加え、37℃で10分間インキュベートした。 メンブランを0.25ml/cm2のhybridization buffer(5% ブロッキング試薬、0.5M NaCl)で42℃ 1時間プレハイブリダイゼーションを行い、標識したプローブを加えて42℃で16−20時間ハイブリダイゼーションを行った。ハイブリダイズ後、42℃に保温したwash buffer(6M Urea、0.4% SDS、0.5×SSC)で2回洗浄し、更に2×SSCで2回洗浄した後、キット添付の発光試薬を加えて検出を行った。 2−11.形質転換体の純化操作 コロニーPCRによって目的のバンドが検出された形質転換体は、サザンブロッティングにより、プラスミドの導入部位とコピー数を調べ、目的の遺伝子破壊が行われた株を選択した。得られた株から胞子懸濁液を作製し、単核化フィルター(MILLIPORE 5.0μm 孔)を用いて単核化を行い、得られたコロニーについてコロニーPCRによりホモカリオンとなった目的の遺伝子破壊株を選択した。3.結果 3−1.ligD破壊株作製用プラスミドベクターの構築 酵母及びヒトのLIG4タンパク質とホモロジーの高いタンパク質をコードしている遺伝子を麹菌ゲノム解析情報から探索した結果、“AO090120000322”(旧“AO070311000119”)として同定された遺伝子が見出された。本遺伝子は、A.oryzae RIB40のchromosome 5のスーパーコンティグSC113(遺伝学研究所のデータベースDDBJの登録番号AP007166)に含まれており、コードされるタンパク質はDDBJの登録番号BAE62914(配列番号8)として登録されている。なお、本タンパク質と酵母とヒトのLIG4タンパク質との相同性を図5に示した。そこで、この遺伝子を麹菌のLIG4ホモログ遺伝子と考えてligDと命名し、この遺伝子を遺伝子置換法により破壊するために、ligD破壊用ベクターを構築した。破壊用ベクターは、PCRと酵母の高い相同組換え能力を利用して作製した(図6)。 まず、PCRによりligDORFの5’−末端領域1kbと、3’−側下流領域1kbのDNA断片を得た。PCRに用いたプライマーは酵母・大腸菌シャトルベクターであるpYES2及び硫酸塩資化マーカーであるsCと相同配列をリンカーとして持つものを用いた。これにより両端にpYES2及びsCと相同部位をもつDNA断片を得た。 すなわち、ligDの上流領域を増幅させる際のプライマーセットは、pYES2マルチクローニングサイト内の29merとligDORFの開始コドンを含む5’−末端領域の配列 20merからなる計49merのプライマー1(下に記したP−1AO)及び、ligDの開始コドンから1kb下流の配列20merと、sCORFの上流配列29merからなる計49merのプライマー2(P−2AO)を用いた。また、開始コドンを制限酵素 AatIIサイトに変換した。(P−1AO)5’TATTAAGCTTGGTACCGAGCTCGGATCCAATAAGACGTCGATTCTGACG3’(配列番号21)(P−2AO)5’GCCATATTTTGGATTTTTATATCCAAGATCCATATGAAGCTGCATACGC3’(配列番号22) また、ligD下流領域を増幅させる際のプライマーセットは、sCの3’側配列29merと、ligDORF外の下流領域20merからなる計49merのプライマー3(P−3AO)及びプライマー3に用いたligDの領域よりもさらに1kb下流の20merとpYES2マルチクローニングサイト内の29merからなる計49merのぷらいまー4(P−4AO)を用いた。(P−3AO)5’CATACGGGCAGCTATTGCCAAGAGAAGCTCCATGGGCCTAACCCAAATC3’(配列番号23)(P−4AO)5’CGCCAGTGTGATGGATATCTGCAGAATTCTCCCATCTTCAGCTGCGGAC3’(配列番号24) ligDの上流領域及び下流領域を増幅する際のPCR反応は、共にA.oryzae RIB40株のゲノムDNAをテンプレートとして、95℃2分処理した後に、1:95℃30秒、2:52℃30秒、3:72℃1分、の反応過程を30サイクル行い、その後72℃で7分間反応させた。反応産物についてアガロースゲル電気泳動を行い、1kbのバンドが検出されることにより、それぞれの断片が増幅されたことを確認した。 一方、pYES2をEcoRI及びBamHIで処理し、直鎖状にしたpYES2断片を得た。 また、選択マーカーsCをもつプラスミドであるpUSCをBamHIおよびPstIで処理し、sCマーカーを切り出した。 PCRによって得たligDの上流領域の断片と下流領域の断片、及び制限酵素処理により取得したpYES2断片とsCマーカー断片の4つのDNA断片を用いてS.cerevisiae BY4741株の形質転換を行い、酵母内での相同組換えを利用することでligD 破壊用プラスミドベクターを構築した(図7)。得られた酵母の形質転換体から相同組換えによって構築されたプラスミドDNAを回収し、そのDNAを用いて大腸菌の形質転換を行ってligD破壊用プラスミドベクターを大量に調製した。 3−2.ligD遺伝子破壊株の作製 ligD遺伝子を置換破壊法によって破壊する目的で、上で調製したプラスミドをBamHI、NotIで処理し、ligD破壊用断片を切り出し、A.oryzae NS4株に形質転換を行った。NS4株はプロトプラスト化の前培養をYPD培地で行い、形質転換体の選択培地にはNS4株用のCD培地からメチオニンを抜いたものを用いた。その結果、sCマーカー導入によって選択培地に旺盛に生育してくる形質転換体を26株取得した。 3−3.コロニーPCRによるligD破壊の確認 取得した26株の形質転換体の中からコロニーPCRによりligD破壊株をスクリーニングした。ligD遺伝子破壊の確認のために用いたプライマーセット1は、ligD破壊用断片に含まれている配列よりもさらに上流の染色体上の配列30mer(P−5AO)、およびligD破壊用断片のsCマーカー内の配列30mer(P−6AO)を用いて、破壊された場合に1.4kbの断片が増幅されるように設計した(図8(B))。(P−5AO)5’CCGGGTGAAGTCAATTTATCTTATCGTTGC3’(配列番号25)(P−6AO)5’GCCGGCCTGGATTCAGAGTGGGGGGCTACG3’(配列番号26) また、破壊株に野生型のligDが残っていない(つまりホモカリオンとなっている)ことを確認するために、ligDORF内部の配列30merのプライマー(P−7AO) を設計した。P−5AOとP−7AOからなるプライマー2を用いることで、野生型のligDが残っていた場合には1.5kbの断片が増幅されることになる(図8(A))。(P−7AO)5’GAGTACGGGTTTCTCTGTTCGGATAGTGCG3’(配列番号27) PCR反応は、95℃2分処理した後に、1:95℃30秒、2:60℃30秒、3:72℃90秒、の反応過程を30サイクル行い、その後72℃で7分間反応させた。反応産物についてアガロースゲル電気泳動を行い、目的の大きさのバンドが検出されるかどうかでligD破壊の有無を調べた。得られた形質転換体についてコロニーPCRを行うことでligD破壊の確認を行った結果、形質転換体26株より5株のligD破壊候補株を選抜した。これらの株は、形質転換体として取得した直後では、ヘテロカリオンの状態になっており、野生型のligDが残っていたことから、このうちの1株について純化を行った。単核の分生子を濃縮することにより純化を行い、PCRによって最終的に得られた株には野生型のligDが残っていないことを確認した(図9)。 3−4.サザンブロット解析によるligD破壊の確認 PCRによって選抜されたligD破壊候補株はサザンブロット解析により、ligD破壊と染色体上に導入された破壊用断片の置換部位およびコピー数を調べた。 サザンブロット解析は、SpeIとSalIで完全消化したゲノムDNAに対し、ligD破壊用ベクターをMscIとNotIで処理し、ligDORF 下流領域を切り出してプローブとした。サザン解析を行った結果、野生株では 5.5kbの位置に1バンドが検出されるが、ligD破壊株ではこのバンドが消失しており、新たに2.7kbの位置に1バンドが検出された。このことから、1コピーのプラスミドが染色体上のligD部位に導入され、野生型のligDが残っていないことが確認された(図10)。 3−5.ligD破壊株の表現型の観察 3−5−1.菌糸成長・分生子形成 完全培地プレートに親株であるNS4株及びligD破壊株の分生子を2×103個植菌し、30℃にて3日間静置培養し、菌糸成長、分生子形成について観察した。しかし、野生株と比較して差は見られなかった(図11)。 3−5−2.生育速度 50 mlのYPD培地にNS4株及びligD破壊株の分生子を1×106個植菌した。30℃、24時間及び48時間振盪培養した後、集菌し菌体を乾燥させ、乾燥重量を測定することで生育速度の差を比較した。しかし、生育速度についても野生株と比べ特に差は見られなかった(図12)。 3−5−3.Ethyl methane sulfonate(EMS)への応答 ニューロスポラ・クラッサにおけるKU破壊株では、MMSやEMSなどのDNA二重鎖切断を引き起こすような薬剤に対して感受性が上昇する。そこで、ligD破壊株についても、各種濃度のEMSを含むCDプレート培地における生育を野生株と比較した。0%、0.1%、0.2%、0.3%のEMSを含むCDプレート培地にNS4株及びligD破壊株の分生子を2×103個植菌し、30℃にて3日間静置培養しEMSへの応答を調べた結果、野生株も破壊株もEMS濃度の上昇とともに生育が悪くなるが、両者の感受性に差は見られなかった(図13)。II.麹菌ligD破壊株を宿主とした相同組換え効率の検定1.方法および結果 1−1.ligD破壊株を宿主として用いたprtR破壊 ligD破壊株のターゲティング効率について検証するため、ligD破壊株を宿主としてA.oryzae(アスペルギルス・オリゼ)のプロテアーゼの生産に関わる転写因子遺伝子であるprtR破壊を行い、その遺伝子破壊効率を求めた。 prtR破壊は、プラスミドpRTDR/ptrATAXを用いて遺伝子置換法により遺伝子破壊を行った(図14)。pRTDR/ptrATAXをSpeI及びXhoIで処理して、prtRのORFより上流の配列1kbと下流の配列1kbの内部に選択マーカーとして麹菌のピリチアミン耐性遺伝子(ptrA)を挿入した断片を直鎖状にして、prtR破壊のための形質転換に使用した。 形質転換の宿主としてligD破壊株及び対照としてligD破壊株の親株であるNS4株を用いた。また、プロトプラスト作製の前培養にはligD破壊株、NS4株ともにCDP 培地を用いた。選択培地としてCD+ピリチアミン培地(CD培地に終濃度0.1μg/mlとなるようにピリチアミンを添加)を用いた。 形質転換の結果、ligD破壊株からは55株、NS4株からは60株のピリチアミン耐性を示す形質転換体が取得できた。 1−2.コロニーPCRによるprtR破壊の確認とターゲッティング効率の測定 ligD破壊株およびNS4株を宿主として得られた形質転換体について、それぞれコロニーPCRを行うことにより、prtR破壊の有無を確認した。プライマーセットとしては、prtR破壊用断片に含まれている配列よりさらに上流の染色体上の配列をセンスプライマー(P−8AO)とし、prtR破壊用断片中のptrAマーカー内部の配列をアンチセンスプライマー(P−9AO)としたものを用いて、PCRにより1.3kbの断片が増幅するように設計した(図15)。(P−8AO)5’TACAGTGGTTCCGCTTTCGT3’(配列番号28)(P−9AO)5’GAGTCAACGTGATAAGGGCA3’(配列番号29) PCR反応は、95℃2分処理した後に、1:95℃30秒、2:60℃30秒、3:72℃ 90秒、の反応過程を30サイクル行い、その後72℃で7分間反応させた。反応産物についてアガロースゲル電気泳動を行い、目的の大きさのバンドが検出されるかどうかでprtR破壊の有無を確認した(図16)。また、同時に同じゲノムをテンプレートとしてligD破壊株ではligD破壊確認のPCRを、NS4株では野生型ligD残存確認のPCRを行うことにより、コロニーPCRに問題がないことを確認した。 コロニーPCRを行うことにより、形質転換体のうち染色体上のprtR部位にターゲティングされてprtR遺伝子が破壊された株の割合を求めたところ、ligD破壊株を宿主に用いた場合は、ターゲティング効率が96.4%と100%に近い値であった。同条件で行った NS4株の場合のターゲティング効率は8.3%であり、ligD破壊株におけるターゲティング効率はNS4株と比較して10倍以上も上昇することが示された(表2)。この結果から、ligD破壊株は相同組換え効率がきわめて高くなっており、遺伝子破壊などの宿主として非常に有用であることが示された。なお、本実験では選択マーカーとして麹菌のピリチアミン耐性遺伝子(ptrA)を用いているため、相同組換え効率が高くなった場合には破壊を目的としたprtR部位ではなく、染色体の別の位置にあるptrA部位に相同的に組み込まれる可能性もあることから、ligD破壊株でprtR部位にターゲティングされなかった3.6%の株ではptrA部位に相同的に挿入されている可能性がある。 本発明により、遺伝子ターゲティングに伴うランダムなインテグレーションを効果的に排除することが可能となるため、より精度の高い遺伝子改変技術を提供することができる。その結果、特定の遺伝子を確実に導入し、該遺伝子を所望の細胞の中で安定に発現させることができる。また、特定の遺伝子を確実に破壊することも可能となることから、微生物を用いた食品加工の分野などにおける、有用株の作出を容易に達成することができるようになる。 また、本発明により、物質生産を阻害する遺伝子や、細胞毒素生産系に関与する遺伝子など、産業上利用可能な生物にとって不利益を及ぼす遺伝子の除去を容易に行うことができる。 さらに、本発明により提供される方法を高等動植物に応用することにより、動植物の品種改良はもとより、医療分野における創薬および遺伝子治療においても新たな技術の提供が期待できる。Hygrを用いて、ニューロスポラ・クラッサのLIG4を破壊する手順を示す。ヒトLIG4、ニューロスポラ・クラッサのLIG4及び出芽酵母のLIG4のアミノ酸配列の比較を示す。Hygr遺伝子による置換株の変異源感受性を示す。野生株、KU80変異株及びncLIG4変異株を用いた遺伝子ターゲティング効率を比較したグラフを示す。Aは各変異株における形質転換頻度を示し、Bは遺伝子ターゲティング効率を示す。ヒトLIG4、アスペルギルス・オリゼのLIG4ホモログであるligD及び出芽酵母のLIG4のアミノ酸配列の比較を示す。酵母を用いたligD破壊用プラスミドの調製過程の概略図を示す。ligD破壊用プラスミドの構成を示す。コロニーPCRによるligD破壊の確認用プライマーの位置関係を示す。PCRによるligD破壊の確認結果を示す。野生株及びligD破壊株のサザンブロット解析の結果を示す。野生株及びligD破壊株の菌糸成長・分生子形成を比較した結果を示す。YPD液体培地で、24時間及び4時間培養し、菌体を回収して乾燥重量を測定した結果を示す。野生株及びligD破壊株のEMSに対する感受性を調べた結果を示す。ターゲティング効率検定に用いたprtR破壊用ベクターの構成を示す。prtR破壊の概要と破壊確認用プライマーセットの位置関係を示す。PCRによるΔprtR破壊株(prtR部位への挿入)の確認結果を示す。 外来DNAを細胞内の目的のゲノム領域に導入する場合において、該細胞内に内在しDNA修復過程に機能するDNAリガーゼをコードする遺伝子、及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の機能低下もしくは機能喪失を誘導し、該目的のゲノム領域以外への該外来DNAのランダムなインテグレーションを排除する細胞の作製方法。 前記機能低下もしくは機能喪失が、前記DNAリガーゼをコードする遺伝子及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の配列中に突然変異又は欠失を導入することで達成されることを特徴とする請求項1に記載の方法。 前記機能低下もしくは機能喪失が、前記DNAリガーゼをコードする遺伝子及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の全体を破壊することで達成されることを特徴とする請求項1に記載の方法。 外来DNAを細胞内の目的のゲノム領域に導入する場合において、該細胞内に内在しDNA修復過程に機能するDNAリガーゼ、及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質の活性抑制もしくは活性喪失を誘導し、該目的のゲノム領域以外への該外来DNAのランダムなインテグレーションを排除する細胞の作製方法。 前記DNAリガーゼがDNAリガーゼIVであることを特徴とする請求項1乃至4に記載の方法。 前記DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質がXrcc4pであることを特徴とする請求項1乃至4に記載の方法。 前記DNAリガーゼがDNAリガーゼIIIであることを特徴とする請求項1乃至4に記載の方法。 前記細胞が真核細胞であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の方法。 前記真核細胞が、少なくとも動物細胞、植物細胞、真菌細胞からなる群から選択される細胞であることを特徴とする請求項8に記載の方法。 前記真菌がキノコであることを特徴とする請求項9に記載の方法。 前記真菌が糸状菌(カビ)であることを特徴とする請求項9に記載の方法。 前記糸状菌が、ニューロスポラ属、アスペルギルス属、ペニシリウム属、フザリウム属、トリコデルマ属又はムコール属のいずれかに属するものであることを特徴とする請求項11に記載の方法。 前記ニューロスポラ属に属する糸状菌が、少なくともニューロスポラ・クラッサ、ニューロスポラ・シトフィラ、ニューロスポラ・テトラスペルマ、ニューロスポラ・インターメディア、ニューロスポラ・ディスクレータからなる群から選択されることを特徴とする請求項12に記載の方法。 前記アスペルギルス属に属する糸状菌が、少なくともアスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・パラシティク、アスペルギルス・フラバス、アスペルギルス・ノミウス、アスペルギルス・フミガタス、アスペルギルス・ニジュランス、アスペルギルス・ニガー、 アスペルギルス・アワモリ、アスペルギルス・カワチからなる群から選択されることを特徴とする請求項12に記載の方法。 請求項1乃至14のいずれかに記載の方法で作製された細胞。 請求項15に記載の細胞に外来DNAを導入し遺伝子ターゲティングを行う方法。 前記外来DNAの遺伝子ターゲティングに使用する相同性配列の長さが、100bp〜300bpである請求項16に記載の方法。 【課題】遺伝子ターゲティングに伴うランダムインテグレーションを排除する細胞の作製方法、及びその方法によって取得された細胞、該細胞を用いた遺伝子ターゲティングを行う方法の提供。【解決手段】遺伝子ターゲティングを行う細胞内に存在するDNA修復過程に機能するDNAリガーゼ遺伝子及び/又は該DNAリガーゼと複合体を形成するタンパク質をコードする遺伝子の機能を抑制又は喪失させ、ターゲティングの対象となるDNA断片のランダムインテグレーションを効果的に抑制する。【選択図】なし配列表


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