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タイトル:特許公報(B2)_低濁性醤油乳酸菌の分離用培地、同培地を用いる低濁性醤油乳酸菌の分離法及び同乳酸菌を用いる清澄度の高い醤油の製造法
出願番号:2001272018
年次:2007
IPC分類:C12N 1/20,A23L 1/238,C12N 1/00


特許情報キャッシュ

馬渕清人 JP 3957132 特許公報(B2) 20070518 2001272018 20010907 低濁性醤油乳酸菌の分離用培地、同培地を用いる低濁性醤油乳酸菌の分離法及び同乳酸菌を用いる清澄度の高い醤油の製造法 キッコーマン株式会社 000004477 馬渕清人 20070815 C12N 1/20 20060101AFI20070726BHJP A23L 1/238 20060101ALI20070726BHJP C12N 1/00 20060101ALI20070726BHJP JPC12N1/20 AA23L1/238 AC12N1/00 T C12N 1/20 A23L 1/238 JSTPlus(JDream2) 特開2000−245443(JP,A) 特開昭60−114186(JP,A) 特開平07−123977(JP,A) 香川県発酵食品試験場報告,1986年,Vol.79,pp.1-6 5 2003079363 20030318 23 20040921 新留 豊 【0001】【発明が属する技術分野】本発明は、野生の乳酸菌の中から、乳酸発酵力は旺盛で、低pH環境下での生存能が低く、かつ細胞表面の親水性度が高く(疎水性度が低く)、しかも麹菌由来の酵素群により分解され易い性質を有する低濁性醤油乳酸菌を非常に簡単に、しかも確実に得るための培地、並びに、同培地を用いる低濁性醤油乳酸菌の分離法に関する。また本発明は、予め選択された、または特に育種した、性質の優秀な醤油乳酸菌を人為的に、醤油麹および/または諸味に添加し、仕込工程における乳酸発酵を安定して行わせる醤油醸造法において、該醤油乳酸菌として上記「低濁性醤油乳酸菌」を用い、清澄度の高い醤油を容易に得る方法に関する。【0002】【従来の技術】醤油の清澄度は、食用に供した際に、「見ため」という特徴を通じて、味覚に影響を及ぼす、醤油の重要な要素のひとつである。図9は、醤油の濁度が、醤油の色調に及ぼす影響を調べたものであるが、濁度の低い、すなわち清澄度の高い醤油ほど、色度が高く、また色調が明るいことが判る。醤油を濁らせて清澄度を低下させる原因としては、古くは、醤油の製麹工程において混入する、バチルス(Bacillus)属細菌、スタフィロコッカス(Staphylococcus)属細菌およびミクロコッカス(Micrococcus)属細菌などの、いわゆる雑細菌の細胞かすに関する報告(北原成之ら、J.Ferment.Technol.,47(1),1〜7 (1969))があるが、最近では醤油製造工程の衛生管理体制が大幅に改善され、このような雑細菌の混入による醤油の清澄度低下の事例は著しく減少している。また、近年では、種々の食添用清澄化剤や濾過処理機器の類が開発され、市販されているため、製成工程におけるこれらの手法や機器の使用により、醤油の清澄度を比較的容易に改善することが可能になった。しかしながら、このような手法や機器による醤油の清澄化には限界があるのも事実であり、圧搾工程後の生醤油の清澄度を安定的に維持させることは、これらの手法や機器を用いないという点からも、より安価な清澄度の高い醤油を製造するために重要であるといえる。また、昨今では、醤油の清澄度に対する消費者の要求もより高く、厳密なものへと変化しており、科学的な根拠に裏打ちされた清澄度の高い生醤油の醸造法の確立というものが非常に求められている。【0003】また最近、予め選択された、または特に育種した、性質の優秀な醤油乳酸菌を人為的に、醤油麹および/または諸味に添加し、仕込工程における乳酸発酵を安定して行わせる醤油醸造法において、該醤油乳酸菌として、凝集性の高い醤油乳酸菌を用い、清澄度の高い醤油を得ることが知られている(植木達朗、大場和徳、野田義治、平成10年度(1998年)日本生物工学会大会、講演要旨、1028「醤油諸味から分離した耐塩性乳酸菌の凝集」及び特開2000−245443参照)。しかしながら、低pH環境下での生存能が低く、かつ細胞表面の親水性度が高く(疎水性度が低く)、しかも麹菌由来の酵素群により分解され易い性質を有する低濁性醤油乳酸菌が、醤油の仕込工程において添加使用された場合に、どのような醤油が得られるか、特に清澄度の高い醤油を得ることについては全く知られていない。また、そのような乳酸菌を得る培地、およびその培地を用いて低濁性醤油乳酸菌株を得ることも知られていない。【0004】【発明が解決しようとする課題】本発明は、種々の食添用清澄化剤の使用や、高性能の濾過処理機器の類を用いることなく、醸造工程を工夫して、醤油の清澄度を高める、すなわち醤油中の濁度を低下させ、見ためにもきれいで、食欲をそそる醤油を安定的かつ安価に市場に供給することを目的とする。【0005】【課題を解決するための手段】 本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、ついに本発明を完成した。すなわち本発明は、0.5%(W/V)安息香酸ナトリウムを含む0.1M燐酸カリウム緩衝液(pH7.0)と醤油麹とを均一に混合した後、濾過して得られた麹粗抽出液からなる低濁性醤油乳酸菌の分離用培地である。また本発明は、0.2〜0.25%(W/V)の塩化コバルトを含み、食塩を含まない寒天培地からなる低濁性醤油乳酸菌の分離用培地である。また本発明は、0.12%(W/V)以上のネオマイシン(650U/mg)を含む寒天培地からなる低濁性醤油乳酸菌の分離用培地である。また本発明は、下記(1)〜(5)の手段を単独又は組合わせることを特徴とする低濁性醤油乳酸菌の分離法である。 (1)長さ160mm、内径約15mmの試験管に、8〜12%(W/V)塩化ナトリウムを含む液体培地10mlを入れ、これに被検菌を接種し、30℃で48時間静置培養し、上層部4〜6mlを液面を揺らさぬようにして静かに採取し、均一に攪拌後600nmおける吸光度(イ)を測定し、また、採取した上層部全量を元に戻して培養液全体を均一に攪拌後600nmにおける吸光度(ロ)を測定し、(イ×100)/ロを算出し、その値が30以上である菌株を分離する。 (2)0.5%(W/V)安息香酸ナトリウムを含む0.1M燐酸カリウム緩衝液(pH7.0)と醤油麹とを均一に混合した後、濾過して得られた無菌の醤油麹粗抽出液に、被検菌を懸濁して、600nmにおける吸光度を0.5に調整した後、30℃で7日間、100rpmの条件で振盪しながら放置し、再び600nmにおける吸光度(ハ)を測定して、(0.5−ハ)×100/0.5を算出し、その値が15以上である菌株を分離する。 (3)被検菌を、0.2〜0.25%(W/V)の塩化コバルトを含み、食塩を含まない寒天培地に接種、培養し、生育する菌株を分離する。 (4)被検菌を、0.12%(W/V)以上のネオマイシン(力価650U/mg)を含む寒天培地に接種、培養し、生育する菌株を分離する。 (5)基礎培養基に、アスパラギン酸、アルギニン、チロシン、ヒスチジン又はフェニルアラニンを0.2〜1.0%(W/V)加えて殺菌し、これに被検菌を接種培養し、分解生成物の有無を観察し、いずれのアミノ酸も分解性を有しない菌株を分離する。 そしてまた本発明は、予め選択された、または特に育種した、性質の優秀な醤油乳酸菌を人為的に、醤油麹および/または諸味に添加し、仕込工程における乳酸発酵を安定して行わせる醤油醸造法において、該醤油乳酸菌として、上記の方法で分離された低濁性醤油乳酸菌を用いることを特徴とする清澄度の高い醤油の製造法である。【0006】【発明の実施の形態】本発明者は、市販濃口醤油(濃口丸大豆醤油)計97種類や本出願人が醸造した濃口生醤油(濃口丸大豆醤油を含む)、淡口生醤油に含まれる濁度成分を遠心分離法により回収し、顕微鏡による形態観察および成分分析法を通して、その主たる成分のひとつが醤油乳酸菌(球菌)の細胞かすであることを知った(図1参照)。すなわち、本発明者は、生醤油の混濁化物質を遠心分離法(15000rpm.×10min.)により沈殿分離させ、顕微鏡で観察してみると、図1のような球状の微生物細胞であることを知った。醤油乳酸菌は、醤油諸味の仕込み工程において乳酸菌醗酵をになう重要な微生物であり、分類学的にはテトラゲノコッカス ハロフィルス(Tetragenococcus halophilus)の1属1種に包括されているが、内田の報告によると、菌株により、各種糖質の資化性(K.Uchida,J.Gen.Appl.Microbiol.,28,215 (1982))やアミノ酸の分解性(たとえば、アルギニン分解性に関しては、内田金治ら、平成4年度日本農芸化学会大会講演要旨集、p336 (1992))、種々の化学物質や物理的環境条件に対する耐性能などはかなり異なっていることが判明している。このような菌株の性質のなかには、たとえば糖の資化性やアミノ酸の分解性などのように、それらの菌株を用いて醤油を醸造した場合に、その醤油の性質に影響を及ぼすものも少なくない。本発明者は、醤油諸味から分離された種々の醤油乳酸菌株を種乳酸菌株(表1)として、小規模での醤油醸造試験(仕込み期間は6ヵ月)をおこなってみたところ、同じ醤油麹を用いて同じ品温管理を行なったにも関わらず、圧搾後の生醤油の濁度はさまざまな値(ppm.)を示すことを知った(表2)。【0007】【表1】【0008】【表2】【0009】また本発明者は、醤油諸味から分離したさまざまな醤油乳酸菌株を用いて醤油醸造試験をおこなってみたところ、同じ麹を用いたにも関わらず、それぞれの諸味液汁の濁度はさまざまで、しかも醤油の濁度がその仕込み工程における乳酸醗酵の程度と密接に関係にあること(図2参照)を知った。さらにまた、平成8年度及び9年度の全国各地で市販されていた濃口醤油97品の乳酸濃度と濁度の関係を調べたところ、図3に示すように、醤油の濁度は0ppmから80ppmくらいまでと、製品によってさまざまであったが、濁度の高い市販醤油にはその濁度の程度に相対して乳酸濃度が高いことを知った。なお、図3の結果において、乳酸濃度が高い市販醤油が必ずしも濁度も高いとは言えないのは、仕込み工程以降の製成工程における各種清澄化剤の施用や濾過処理の適用によるものと思われる。これらのことから、本発明者は、醤油乳酸菌株は低pH環境下における生存能が、その菌株ごとに大きく異なっており、この性質は特に主要な醗酵過程を終了してpHが低下した後熟過程(熟成過程)の諸味中において異なり、この菌株の性質が、結果的に醤油の濁度に影響を及ぼすことを知った。【0010】仕込み工程においては、麹菌の生産したプロテアーゼなどの分解酵素群が諸味中の種々の成分の分解を進め、醤油の重要な呈味成分の生成に関与するが、このような乳酸醗酵の役割を終えて不要となった醤油乳酸菌の細胞の分解にも関与する。しかしながら、この酵素による分解反応に際しては、醤油乳酸菌の細胞の生死が重要であり、生細胞は分解に対する耐性を示すのに対して、死細胞はすみやかに分解されるという、分解効率の差を示すことを、今回の研究を通じて知った。【0011】また、本発明者は細胞表面の親水性度(または疎水性度)も菌株ごとで大きく異なっており、親水性度の低い(または疎水性度の高い)菌株の細胞は、恐らくは凝集しやすく、これらの分解酵素群の作用を受けにくいという性質を示すことを知った。【0012】これらの知見より、低pH環境下での生存能が低く、かつ細胞表面の親水性度が高く(または疎水性度が低く)、かつ麹菌由来の分解酵素群により分解されやすい醤油乳酸菌株は、主たる醗酵を終えて後熟過程にはいった諸味中ではすみやかに死滅して、死細胞は酵素によってすみやかに分解されるため、その溶液画分である醤油に細胞の未分解かすが移行する割合が低く、その結果として醤油の濁度は低くなるはずであり、逆に低pH環境下での生存能が高く、細胞表面の親水性度が低く(または疎水性度が高く)、かつ麹菌由来の分解酵素群による分解を受けにくい醤油乳酸菌株の細胞は、主たる醗酵を終えて後熟過程にはいった諸味中でも生存し続け、酵素による分解を受けないために、未分解かすとして醤油中へ移行し、醤油の清澄度を低下させることが予想される。さらに、この醤油乳酸菌株の細胞の分解を司る分解酵素群は、製麹工程において麹菌が生産するものであるが、麹菌によるこれらの分解酵素群の生産性が低下するような事態が発生すると、後熟工程における醤油乳酸菌株の細胞の分解性はより低下し、その結果として醤油の清澄度を著しく低下させ、場合によっては製品としての価値を著しく損なわせることもあり得る。【0013】そこで、本発明では、低pH環境下での生存性の低さを確認するための簡便な「分離識別試験1」、麹菌由来の分解酵素群による分解の受けやすさを評価するための簡便な「分離識別試験2」、乳酸醗酵力の強さなどを間接的に評価するための簡便な「分離識別試験3」を考案し、これらを組み合わせることにより、乳酸醗酵能力は旺盛だが、低pH環境下での生存性が低く、細胞表面の親水性度が高く、麹菌由来の分解酵素による分解作用を受けやすいという性質を持つために、その菌株を用いて醤油を醸造すると、熟成過程において醤油乳酸菌株が早期に死滅し、麹菌由来の分解酵素の作用を受けて速やかに分解されるために、圧搾後の液汁画分への醤油乳酸菌の細胞の未分解かすの移行が少なく、結果的に清澄度の高い醤油をつくることができる、そのような醤油乳酸菌株(これを以下「低濁性醤油乳酸菌株」と呼ぶ)の分離識別法(図4)と、このような性質を持つ低濁性醤油乳酸菌株を用いた、清澄度の高い醤油の醸造法を提案する。【0014】低pH環境下における細菌の生存性は、その細菌の細胞膜に存在し、細胞内外のプロトン(H+)濃度調節に関わる膜結合型ATPアーゼ(membrane−bound ATP ase)の活性と密接な関係にあり、しかも本酵素活性の強さは菌株によって大きく異なり、活性の弱い細菌株は低pH環境下における生存性が低く、逆に活性の強い細菌株は低pH環境下における生存性も高いことが既に知られており(G.R.Bender et al.,Infect.Immun.,53(2),331 (1986))、ネオマイシン(neomycin)などのアミノグリコシド系抗生物質はこの細胞内外のプロトン濃度の勾配(プロトン駆動力)に伴って細胞内に取り込まれた後に生育阻害作用を示すことから、種々の細菌株のこのような抗生物質の耐性能の強弱を調べることにより、その細菌が持つ膜結合型ATPアーゼの活性の強弱を評価することができる、すなわち高い耐性能を示す細菌株は膜結合型ATPアーゼ活性が弱く、低pH環境下における生存能が低く、逆に耐性能が弱い細菌株は膜結合型ATPアーゼ活性が強く、ゆえに低pH環境下における生存能は低いことが判っている(A.Yokota et al.,Biosci.Biotech.Biochem.,59(10),2004 (1995))。【0015】本発明の「分離識別試験1」は、この知見を応用した、醤油乳酸菌株のネオマイシン耐性能を調べることを介して、その低pH環境下における生存性を簡便に評価する方法であり、上記の醤油乳酸菌株のネオマイシン耐性能を調べてみたところ、耐性能は菌株ごとにさまざまであり、しか小規模の醤油醸造試験において醤油の濁度が高い傾向を示した醤油乳酸菌株は概してネオマイシン耐性能が低く、逆に醤油の濁度が低い傾向を示した醤油乳酸菌株は概してネオマイシン耐性能が高いという傾向を示し、本法の有効性が確認された(表2)。【0016】本法を用いて分離した、0.12%(W/V)ネオマイシン耐性を示す乳酸菌株S−16株と0.45%(W/V)ネオマイシン感受性を示す乳酸菌株S−2株との、1%(W/V)グルコース、1%(W/V)ポリペプトン[日本製薬製]、0.4%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、0.3%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.2%(W/V)燐酸一水素二カリウム、0.1%(W/V)チオグリコール酸ナトリウム、3.3%(W/V)酢酸ナトリウム、10%(W/V)塩化ナトリウムから構成される培地を用いたさまざまなpH環境下における生存性を比較してみたところ、pH=7.0条件下での増殖能には顕著な差異は認められず、またpH=4.0条件下においては共に速やかに死滅するという現象が観察されたが、pH=5.0条件下においては、S−16株が速やかに死滅してゆくのに対して、S−2株の死滅速度はS−16株に較べて明らかに緩やかで、低pH環境下における生存能の高さを示した(表3)。【0017】【表3】【0018】ちなみに、醤油乳酸菌株は、菌株ごとによってL−アルギニンをアルギニンデイミナーゼ経路(Arginine deiminase(EC.3.5.3.6.) pathway)を通して、シトルリン(Citrulline)を経て L−オルニチン(L−Ornithine) へと変換する機能の有無、すなわちアルギニン分解能の有無、アスパラギン酸デカルボキシラーゼ(Aspartate decarboxylase(EC.4.1.1.12))作用によってアスパラギン酸をアラニンへと変換する機能の有無、すなわちアスパラギン酸分解能の有無、チロシンデカルボキシラーゼ(Tyrosine decarboxylase)(EC.4.1.1.25)作用によってチロシンをチラミン(Tyramine)へと変換する機能の有無、すなわちチロシン分解性の有無、ヒスチジンデカルボキシラーゼ(Histidine decarboxylase)(EC.4.1.1.22)作用によってヒスチジンをヒスタミン(Histamine)へと変換する機能の有無、すなわちヒスチジン分解性の有無などが異なり、結果的にアミノ酸分解能の多様性を有することが知られており(内田金治ら、醸協誌、77、740(1982))、中でもチロシンやヒスチジンの分解性を有する菌株が醤油中で増殖すると、チラミンやヒスタミンなどの、いわゆる「生体アミン」を生成したり、またアルギニン分解能を有する菌株が醤油諸味中で増殖し、しかも醤油乳酸菌ファージに感染した場合には、醤油乳酸菌細胞の溶菌現象に伴ってその代謝中間体であるシトルリンが放出され、これが火入れ工程においてエタノールと化学反応を起こして、カルバミン酸エチルを生成させてしまう事が内田らによって報告されている(飯塚ら、調味科学、20(5)、17(1973)(内田金治ら、平成4年度日本農芸化学会大会要旨集、p336 (1992))。【0019】このような種々のアミノ酸の分解性の有無に従った醤油乳酸菌株の群分類と、これらの菌株を用いて醸造した生醤油の濁度との関係を調べたところ、アスパラギン酸分解性を有する菌株やアルギニン分解性を有する菌株に比べて、これらのアミノ酸分解性を持たない菌株を用いて醸造した生醤油の濁度は、低い傾向を示すことを見出した(図5参照)。【0020】乳酸菌におけるアスパラギン酸の取込みとアスパラギン酸デカルボキシラーゼによるアラニンへの変換に関しては、Lactobacillus属細菌M3株を用いたK.Abeらの報告(J.Biol.Chem.,271(6),3079〜3084(1996))があるが、この報告によると、細胞外のアスパラギン酸は、まず最初は、膜貫通型蛋白質AspTを介して、細胞内OH1−の排出を伴いながら細胞内へと取込まれ、アスパラギン酸デカルボキシラーゼ作用により、アスパラギン酸1分子に対して、細胞内のプロトン(H+)1分子を消費することを介してアラニンへと変換されるが、その後このアスパラギン酸の取込み様式は代謝産物であるアラニンの細胞外への排出を伴う「アスパラギン酸/アラニンアンチポーター」方式へと変化し、この取込みの際に生ずる電位差を利用してADPからATPを生産する。すなわち、アスパラギン酸分解性菌株のアスパラギン酸デカルボシキラーゼ反応は、細胞内外に電位差を形成させる形で基質(アスパラギン酸)を取込み、しかも細胞内のプロトン(H+)を消費する形で働くため、プロトン濃度勾配の形成を助長するものと見られ、このことは低pH環境下での細胞の生存性を高めることを意味する。さらには、本酵素が酸性アミノであるアスパラギン酸を中性アミノ酸であるアラニンに変換する作用を触媒することから、アミノ酸濃度の高い醤油諸味では相当のpH上昇をももたらすことから、このようなアスパラギン酸分解性醤油乳酸菌株が醤油諸味中で乳酸発酵に寄与した場合、同時にアスパラギン酸の分解反応を引き起こす結果、乳酸発酵に伴う醤油諸味のpH低下が起こりにくく、しかも後熟過程におけるpHが下がった醤油諸味中でもより長期に活動し、生存することができるようになり、このことが結果的に生醤油の濁度を高めさせることとなる。このことは、チロシンやヒスチジンの分解性に関与するチロシンデカルボキシラーゼや、ヒスチジンデカルボキシラーゼを有する菌株についても同様である。また、アルギニンの分解性に関わるアルギニンデイミナーゼ経路に関しては、アンモニアを生成する反応であるために、醤油諸味中での乳酸発酵に伴う細胞外pHの低下を抑制する結果、諸味中で他の醤油乳酸菌株に比べてより長く生存し続けることができることが予想される。これらの事実から、プロトン濃度勾配の形成に関与するアスパラギン酸分解性やチロシン分解性、ヒスチジン分解性を有さず、かつアルギニン分解性も持たない、すなわちアミノ酸分解性を持たない醤油乳酸菌株は、後熟過程における醤油諸味のような低pH環境下での生存性が弱く、アミノ酸分解による乳酸発酵に伴うpH低下の中和も起きないために、速やかに死滅する結果として、生醤油を濁らせにくいものと考えられる。【0021】更に、このような醤油乳酸菌株のアスパラギン酸分解性を司るアスパラギン酸デカルボキシラーゼの構造遺伝子は、プラスミドとして核外に位置し、3μg/ml臭化エチジウム及び5%(W/V)塩化ナトリウムを加えたMRS培地[DIFCO社製]に接種し、30℃で4日間培養するか、あるいは臭化エチジウムを用いずとも、0〜5%(W/V)程度の、塩化ナトリウムしか含まない、いわゆる低塩培地中で同条件にて培養するだけで、このプラスミドを脱落したキュアリング株を容易に、かつ高頻度に取得することができることが既に報告されていること(T.Higuchi et al.,Biosci.Biotechnol.Biochem.,62(8),1601〜1603(1998))から、醤油諸味から分離した、アスパラギン酸分解性のみを有し、チロシン及びヒスチジン、アルギニン分解性は持たない醤油乳酸菌株を一度低塩培地に接種するという処理を施してプラスミドを脱落させ、アスパラギン酸分解性を欠落させることにより、その醤油乳酸菌株の他の醸造特性には影響を与えることなく、その菌株を用いて醸造した際の醤油の濁度のみを低減化させることも可能である。ちなみに、本発明において示した、低pH環境下における菌株の生存性を評価するための寒天培地はナトリウム濃度が低く、ここでいうところの低塩培地に相当するため、本寒天培地で1.2mg/mlネオマイシン耐性を観察した後、培地上に形成された耐性菌株のコロニーを釣り上げれば、接種前にはアスパラギン酸分解性を有していた菌株であったとしても、アスパラギン酸分解性を欠落した菌株を高頻度に取得することが可能であるということも確認された。【0022】さて醤油諸味から分離した、さまざまなアミノ酸分解性を有する醤油乳酸菌株76株について、ネオマイシン耐性能を調べてみたところ、アルギニン分解能を有する菌株は分解能を持たない菌株に較べてネオマイシンにより感受的であり、アスパラギン酸分解能を有する菌株は分解能を持たない菌株に較べてネオマイシンにより耐性である事から、本法で規定した0.12%(W/V)濃度のネオマイシンに耐性を示す菌株は、そのほとんどがアルギニン分解能を持たない菌株となる事も判明した(図5参照)。すなわち、本法を用いて分離される醤油乳酸菌菌株には、アルギニン分解能を有さず、ゆえにシトルリンの生成が起こらない優良菌株が多い事も確認された。【0023】醤油乳酸菌のアミノ酸分解性とそれらの菌株を用いて醸造した生醤油の濁度を測定した。結果を図6に示す。【0024】また、乳酸醗酵の役割を果たし終えた後の醤油乳酸菌の細胞は、諸味中に含まれる、麹菌由来の各種分解酵素群の作用により分解されるものと思われるが、麹と0.5%(W/V)安息香酸ナトリウムを含む0.1M燐酸カリウム緩衝液を混合した後に濾紙濾過する事によって調製した、麹菌由来の各種分解酵素群を含む「麹粗抽出液」による各種醤油乳酸菌株の細胞の分解性を調べてみたところ、その分解性も菌株によってさまざまに異なり、すなわち分解しやすい醤油乳酸菌株と分解しにくい醤油乳酸菌株とが存在するが、分解しやすい醤油乳酸菌株を用いて醸造した醤油の濁度は低く、分解しにくい醤油乳酸菌株を用いて醸造した醤油の濁度は高くなる事が確認された。すなわち、すなわち、0.5%(W/V)安息香酸ナトリウムを含む0.1M燐酸カリウム緩衝液(pH7.0)と醤油麹とを均一に混合した後、濾過して得られた無菌の醤油麹粗抽出液に、被検菌を懸濁して、600nmにおける吸光度を0.5に調整した後、30℃で7日間、100rpmの条件で振盪しながら放置し、再び600nmにおける吸光度(ハ)を測定して、(0.5- ハ )×100/ 0.5を算出し、その値が15以上、特に25以上の菌株が、清澄な生醤油を得るのに適していることが判る(表4参照)。【0025】【表4】【0026】更に、本試験に供する菌株を8〜18%(W/V)塩化ナトリウムを含む液体培地にて前培養(静置培養)した際に、培地中での増殖に伴う細胞沈降性が高く、培養液の上部が澄むという性質を示す菌株(たとえばS−2株)と、これとは逆に沈降性が低いために、培養液の上部にまで細胞が懸濁した状態となる菌株(たとえばS−16株、N−4株)とが存在し(図10参照)、前者、すなわち細胞沈降性の高い菌株を用いて醸造した醤油の濁度は高く、これに対して後者、すなわち細胞沈降性の低い菌株を用いて醸造した醤油の濁度は概して低い事も確認された。すなわち、長さ約160mm、内径約15mmの試験管に、10%(W/V)塩化ナトリウムを含む液体培地(例えば、下記Aの培地組成参照)10mlを入れ、これに被検菌を接種し、30℃で48時間静置培養し、上層部4〜6mlを液面を揺らさぬようにして静かに採取し、均一に攪拌後600nmにおける吸光度(イ)を測定し、また、採取した上層部全量を元に戻して培養液全体を均一に攪拌後600nmにおける吸光度(ロ)を測定し、(イ×100)/ロを算出し、その値が30以上である菌株(例えばS−16株は43、N−4株は65の値を示す)が、清澄な生醤油を得るのに適していることが判明した(表5参照)(図10のN−4株が濁濁状態にある)。A.培地組成1%(%は断りない限り、いずれもW/V)グルコース、0.4%酵母エキス、1%ポリペプトン、0.3%燐酸二水素カリウム、0.2%燐酸一水素カリウム、3.0%酢酸ナトリウム、0.1%チオグリコール酸ナトリウム、10%塩化ナトリウム、pH7.2。【0027】【表5】【0028】上記値が30未満である菌株(S−2株は3の値を示す)(図10のS−2株が透明状態にある)(細胞沈降性の高い菌株)は細胞表面が疎水的で細胞どうしが凝集しやすいために、麹菌由来の各種分解酵素の作用を受けにくく、また凝集した場合には、酵素作用を受ける細胞当たりの表面積が小さく、清澄度の高い生醤油は得にくくなる。【0029】10%塩化ナトリウム添加液体培地におけるさまざまな醤油乳酸菌の増殖と細胞沈降性を測定した。結果を図7に示す。【0030】18%塩化ナトリウム添加液体培地におけるさまざまな醤油乳酸菌の増殖と細胞沈降性を測定した。結果を図8に示す。【0031】図7及び図8の結果から、液体培地に含まれる塩化ナトリウムの濃度は、8〜12%、特に約10%が好ましく、13%以上では、培地自体の比重が大きくなるために、同じ醤油乳酸菌の細胞であっても、細胞が沈降しにくくなる、すなわち菌株の差異に基づいた細胞沈降性の差異を目視にて見極めにくくなる傾向がある。【0032】 本発明では、このような知見を基に、低pH環境下における醤油乳酸菌株の生存性を評価し、分離取得するための方法として、下記(1)〜(5)の手段を単独又は組合わせることを特徴とする低濁性醤油乳酸菌の分離法を提供する。 (1)長さ160mm、内径約15mmの試験管に、8〜12%(W/V)塩化ナトリウムを含む液体培地10mlを入れ、これに被検菌を接種し、30℃で48時間静置培養し、上層部4〜6mlを液面を揺らさぬようにして静かに採取し、均一に攪拌後600nmおける吸光度(イ)を測定し、また、採取した上層部全量を元に戻して培養液全体を均一に攪拌後600nmにおける吸光度(ロ)を測定し、(イ×100)/ロを算出し、その値が30以上である菌株を分離する。 (2)0.5%(W/V)安息香酸ナトリウムを含む0.1M燐酸カリウム緩衝液(pH7.0)と醤油麹とを均一に混合した後、濾過して得られた無菌の醤油麹粗抽出液に、被検菌を懸濁して、600nmにおける吸光度を0.5に調整した後、30℃で7日間、100rpmの条件で振盪しながら放置し、再び600nmにおける吸光度(ハ)を測定して、(0.5−ハ)×100/0.5を算出し、その値が15以上である菌株を分離する。 (3)被検菌を、0.2〜0.25%(W/V)の塩化コバルトを含み、食塩を含まない寒天培地に接種、培養し、生育する菌株を分離する。 (4)被検菌を、0.12%(W/V)以上のネオマイシン(力価650U/mg)を含む寒天培地に接種、培養し、生育する菌株を分離する。 (5)基礎培養基に、アスパラギン酸、アルギニン、チロシン、ヒスチジン又はフェニルアラニンを0.2〜1.0%(W/V)加えて殺菌し、これに被検菌を接種培養し、分解生成物の有無を観察し、いずれのアミノ酸も分解性を有しない菌株を分離する。【0033】具体的には、ネオマイシン耐性能の差異を利用する方法、すなわち「分離識別試験1」が挙げられる。また、アスパラギン酸、アルギニン、チロシン、ヒスチジン又はフェニルアラニンのアミノ酸の分解性の有無を評価するための方法として、「分離識別試験2」が挙げられる。また、細胞の分解性を評価するための方法として、8〜12%(W/V)塩化ナトリウムを含む液体培地中で静置培養した際の、増殖に伴う細胞沈降性の差異を利用する方法と、醤油麹菌の生産する分解酵素群溶液(麹粗抽出液)を利用する方法、すなわち「分離識別試験3」および防腐性の高い分解酵素群溶液を調製する方法、さらには細胞の生育能や醗酵能の高さを間接的に評価する方法、すなわち「分離識別試験4」、あるいはこれらを組み合わせて使用することにより、目的とする低pH環境となる後熟過程でより早期に死滅して、さらに麹菌由来の分解酵素群の作用を受けて、すみやかに分解される醤油乳酸菌株を、簡便かつ迅速に分離識別する。【0034】図4は、以下の4つの手順(分離識別試験1+分離識別試験2+分離識別試験3+分離識別試験4)を組合わせ低濁性醤油乳酸菌株を分離識別法を示す。【0035】分離識別試験1(0.12%(W/V)ネオマイシンを含む寒天培地を用いたネオマイシン耐性能評価試験による低濁性醤油乳酸菌株の分離識別試験)1.0gグルコース、1.0gポリペプトン[極東化学社製]、0.4g酵母エキス[DIFCO製]、0.3g燐酸二水素カリウム、0.2g燐酸一水素二カリウム、0.1gチオグリコール酸ナトリウム、3.3g酢酸ナトリウム、1.2〜1.5g寒天[和光純薬社製]を加え、蒸留水に溶かして、これに水酸化ナトリウム水溶液を加え、溶液のpHを7.0に調整した後に全量を95mlにし、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間加熱殺菌する。一方、2.4%(W/V)のネオマイシン硫酸塩[ナカライテスク社製試薬で、力価は650U/mg]水溶液5mlを準備し、これをワットマン社製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化する。加熱殺菌の済んだ寒天溶液95mlを46±2℃にまで冷却した後、無菌条件下でネオマイシン硫酸塩水溶液5mlを加え、よくかき混ぜてから、その10mlずつを無菌シャーレに分注して、寒天培地を作製する(0.12%(W/V)ネオマイシン硫酸塩を含む寒天培地)。1.0gグルコース、1.0gポリペプトン[極東化学社製]、0.4g酵母エキス[DIFCO製]、0.3g燐酸二水素カリウム、0.2g燐酸一水素二カリウム、0.1gチオグリコール酸ナトリウム、3.3g酢酸ナトリウムを蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH=7.0に調整した後に全量を100mlとし、加圧加熱殺菌器で殺菌した液体培地(ネオマイシン硫酸塩を含まない)5〜10ml中で培養して、増殖活性を安定化させた供試菌株を、この0.12%(W/V)ネオマイシン硫酸塩を含む寒天培地の表面に塗抹して、30℃条件下で7日間嫌気培養する。本培地上で生育して、菌集落を形成した菌株のみを低濁性醤油乳酸菌株と評価して、次の分離識別試験2に供する。【0036】分離識別試験2(アスパラギン分解性、アルギニン分解性、チロシン分解性、ヒスチジン分解性の有無を指標とした低濁性醤油乳酸菌株の分離識別試験)2.0gグルコース、1.0gポリペプトン[日本製薬社製]、0.3g酵母エキス[DIFCO社製]、0.05〜0.2g燐酸水素二カリウム、3.3g酢酸ナトリウム、0.1gチオグリコール酸ナトリウム、5g塩化ナトリウムを蒸留水に溶かして、水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH=7.2に調整した後に全量を100mlにして、加圧加熱殺菌器で、121℃、15分間殺菌した液体培地5〜10ml中に、試験に供する醤油乳酸菌株を接種して、30℃条件下で2日間培養する。0.1〜0.2gグルコース、0.5g肉エキス[DIFCO製]、0.5g酵母エキス[DIFCO製]、0.5gポリペプトン[日本製薬社製]、0.1gチオグリコール酸ナトリウム、15g塩化ナトリウム、0.0005gピリドキシン塩酸塩を蒸留水に溶かし、0.6%(W/V)ブロモクレゾールパープルを溶かしたエタノール溶液1mlを加え、更にこれに2.0gのL―アスパラギン酸ナトリウム一水和物を溶かし、水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.2に調整した後に全量を100mlにして、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌した液体培地(以下、アスパラギン酸培地と称する)、1.0gのL―アルギニン塩酸塩を溶かし、水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.2に調整した後に全量を100mlにし、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌した液体培地(以下、アルギニン培地と称する)、1.0gのL−ヒスチジン塩酸塩一水和物を溶かし、水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.2に調整した後に全量を100mlにして、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌した液体培地(以下、ヒスチジン培地と称する)の、計3種類の培地を作製し、この3種類の培地の培地にて培養した菌株の培養液を接種し、30℃条件下で3〜7日間培養しながら、菌株の増殖に伴う培地の濁濁の程度と培地の黄変(菌株未接種の培地の色調はいずれも紫色で、それぞれの培地中で増殖しながらそれぞれのアミノ酸を分解すると、培地が黄色に変色する)を観察する。アスパラギン酸培地、アルギニン培地、ヒスチジン培地の計3種類のいずれかの培地についても黄変が観察されない菌株を選択する。更に、1.0gグルコース、0.3g酵母エキス[DIFCO社製]、1.0gポリペプトン[日本製薬社製]、1.0g燐酸一水素二カリウム、0.1gチオグリコール酸ナトリウム、15g塩化ナトリウム、2.2g寒天を蒸留水に溶かして、水酸化ナトリウム水溶液でpH=7.2に調整してから、全量を100mlにした後に加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌してから、45〜50℃まで冷却する。あらかじめ擂り鉢などを使って粒子を細かくすりつぶし、更に乾熱殺菌器で130℃、3時間殺菌しておいた0.2〜0.3gのL−チロシンを、無菌条件下でこの殺菌済みの培地に加え、よく混合しながら、10mlづつ殺菌済みのシャーレに分注して固める(以下、チロシン培地と称する)。上記3種類の培地のいずれにおいても黄変が認められなかった菌株をこのチロシン培地に接種し、30℃条件下で7〜14日間兼気培養し、このチロシン培地上に形成されたコロニーのうち、コロニー周辺部に透明帯が形成されていないものを低濁性醤油乳酸菌として取得する。【0037】分離識別試験3(醤油麹粗抽出液を用いた醤油乳酸菌細胞の消化試験による低濁性醤油乳酸菌株の分離識別試験)蒸した大豆500gおよび炒った小麦500gを混ぜ合わせ、そこに醤油麹菌(アスペルギルス オリゼ(Aspergillus oryzae))を接種して、2〜4日間加湿培養してつくった醤油麹1kgに、0.5%(W/V)安息香酸ナトリウムを含む0.1Mの燐酸カリウム緩衝液(pH=7.0)1Lを加えてよくかき混ぜ、30℃に保温した状態で1〜2時間放置した後、東洋濾紙社製K濾紙(ADVANTEC−TOYO、No.2)を用いて濾過をおこない、濾液をさらにローター回転数15000rpm、4℃冷却条件下で約10分間遠心分離して、その上澄液を回収する(これを以後「醤油麹粗抽出液」と呼ぶ)。醤油麹粗抽出液は、さらにワットマン社製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて、除菌濾過をおこない、無菌化する。試験に供する醤油乳酸菌株は、まず1%(W/V)グルコース、1%ポリペプトン[日本製薬製]、0.4%酵母エキス[DIFCO製]、0.3%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.2%(W/V)燐酸一水素二カリウム、0.1%(W/V)チオグリコール酸ナトリウム、3.3%(W/V)酢酸ナトリウム、10%(W/V)塩化ナトリウムから構成される液体培地(pH=7.0)中で、30℃、4〜7日間静置した後、培養液の上部が透明に澄んだ菌株、すなわち細胞沈降性の高い菌株は除き、培養液の上部までが細胞の懸濁によって濁った状態を示す菌株、すなわち細胞沈降性の低い菌株のみを、1.0%(W/V)グルコース、0.3%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、10%(V/V)濃口生醤油か ら構成され、最終濃度が15%になるように塩化ナトリウムを加えた液体培地(殺菌後のpH=7.0)中で、30℃、7日間静置培養した後、ローター回転数7000〜10000rpm、4℃冷却条件下で10分間遠心分離して菌体を回収、これを10%塩化ナトリウム水溶液中に撹拌しては、同条件にて遠心分離することにより菌体をよく洗浄する。このようにして準備した供試菌株の菌体を無菌条件下で、先の除菌処理した醤油麹粗抽出液に懸濁して、分光光度計での600nmの吸光度が0.5となるように、醤油麹粗抽出液に懸濁する菌体量を調節する。このようにして調製した、600nmの吸光度が0.5を示すように醤油乳酸菌株の菌体を懸濁した醤油麹粗抽出液10mlを37℃に保温した状態で無菌的に7日間振盪(100〜200rpm.)し、その後再び分光光度計を用いて600nmの吸光度(A)を測定し、これをもとに7日間の吸光度の減少率、すなわち(0.5−A)/0.5を算出、この値が15以上である菌株を次なる分離識別試験3の供試菌株とする。複数回の評価試験をおこなう場合には、第二回目以降の供試菌株のなかに、既に初回の試験で評価してある菌株1〜2種類を加えて試験をおこなうことにより、試験に供する醤油麹やその粗抽出液の成分誤差に起因する試験結果の誤差を小さくすることができる。【0038】分離識別試験4(0.2〜0.25%(W/V)塩化コバルトを含む無塩寒天培地を用いた塩化コバルト耐性能評価試験による低濁性醤油乳酸菌株の分離識別試験)1.0gグルコース、1.0gポリペプトン[極東化学社製]、0.4g酵母エキス[DIFCO製]、0.3g燐酸二水素カリウム、0.2g燐酸一水素二カリウム、0.1gチオグリコール酸ナトリウム、3.3g酢酸ナトリウム、1.2〜1.5g寒天[和光純薬社製]を蒸留水に溶かして、水酸化ナトリウム水溶液を加え、溶液のpHを7.0に調整した後に全量を95mlとし、加圧加熱殺菌器で、121℃、15分間殺菌する。一方、4〜5%(W/V)塩化コバルト(CoCl2・6H2O)水溶液を準備し、これをワットマン社製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化する。加熱殺菌の済んだ寒天溶液95mlを46±2℃にまで冷却した後、これに無菌条件下で塩化コバルト水溶液5mlを加え、よくかき混ぜてから、その10mlずつをシャーレに分注して、寒天培地を作製する(0.2〜0.25%(W/V)塩化コバルトを含む寒天培地)。1.0gグルコース、1.0gポリペプトン[極東化学社製]、0.4g酵母エキス[DIFCO製]、0.3g燐酸二水素カリウム、0.2g燐酸一水素二カリウム、0.1gチオグリコール酸ナトリウム、3.3g酢酸ナトリウムを蒸留水に溶かして、水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH=7.0に調整し、全量を100mlに調整、加圧加熱殺菌器を用いて殺菌した液体培地(塩化コバルトを含まない液体培地)5〜10ml中で培養して、増殖活性を安定化させた供試菌株を、この0.2〜0.25%(W/V)塩化コバルトを含む寒天培地の表面に塗抹して、30℃条件下で、7日間嫌気培養する。本培地上で生育して、菌集落を形成した菌株のみを低濁性醤油乳酸菌株と評価する。【0039】実施例1(本法により低濁性醤油乳酸菌株と評価された醤油乳酸菌株と、それ以外の醤油乳酸菌株を用いた醤油醸造試験)天然仕込みの醤油諸味から分離した醤油乳酸菌群の中から、上記の分離識別試験1、2、3を経て選択された低濁性醤油乳酸菌株2株(S−16株及びN−4株)と、同試験2及び同試験3の寒天培地上で生育せず、菌集落の形成が観察されなかった醤油乳酸菌株1株(S−2株)を用いた小規模の醤油仕込み試験をおこなった。諸味の調製は、関根らの方法(醤研、13、149 (1987))に従った。それぞれの醤油乳酸菌株は、1.0%(W/V)グルコース、0.3%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、10%濃口生醤油から構成され、調製後の最終濃度が15%になるように塩化ナトリウムを加えた液体培地(殺菌後のpH=7.0)中で、30℃、7日間静置培養した培養液を用い、諸味への接種量は接種後の諸味中の菌数が105cfu/gになるように調 節した。醤油乳酸菌株による醤油の濁りを観察しやすいように、仕込み期間は80日間とし、諸味の品温管理も仕込み直後より7日目までの間を15℃、8日目より14日目までの間を20℃、15日目より20日目までの間を25℃とし、21日目に諸味のpHが5.0になったのを確認したうえで醤油主醗酵酵母(チゴサッカロマイセス ルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii))の培養液を、接種後の諸味中の菌数が105cf u/gになるように接種するか(表5の中の「処理1」)、あるいは市販の99%以上未変性エタノールを、添加後の諸味中の濃度が3%になるように添加して(表5の中の「処理2」)、その後は70日目まで30℃で、さらに71日目より80日目まで25℃とした。このようにして80日間仕込んだ諸味を東洋濾紙社製の濾紙(ADVANTEC−TOYO、No.2)で濾過して、濾液を回収し、それぞれの濁度を濁度計で測定した。結果を表6に示す。【0040】【表6】【0041】表6に示すとおり、S−2株、S−16株およびN−4株はいずれも、諸味中でほぼ同程度の生育を示したが、S−16株およびN−4株で醸造した諸味の濾液の濁度は、醤油主醗酵酵母液を加えた「処理1」では、S−2株で醸造した諸味の濾液に較べて低い値を示した。また、21日目に酵母のかわりにエタノールを添加した諸味(表6の中の「処理2」)では後熟過程(本試験における40日目以降)の諸味中でのS−2株、S−16株、N−4株の生存性に差異は認められず、S−2株、S−16株、N−4株それぞれの諸味の濾液の濁度にも差異は認められず、このことからも、先に記したとおり、後熟過程の諸味中での醤油乳酸菌株の生存性が醤油の濁度と密接に関係していることがわかる。ゆえに、本発明を用いて、使用する醤油乳酸菌株を選択することはきわめて有意義である。【0042】【発明の効果】本発明によれば野生の乳酸菌の中から、乳酸発酵力は旺盛で、低pH環境下での生存能が低く、かつ細胞表面の親水性度が高く(疎水性度が低く)、しかも麹菌由来の酵素群により分解され易い性質を有する低濁性醤油乳酸菌を非常に簡単に、しかも確実に得ることができる。また、上記低濁性醤油乳酸菌を野生の乳酸菌の中から非常に簡単にしかも確実に分離できる培地を提供することができる。さらにまた本発明は、予め選択された、または特に育種した、性質の優秀な醤油乳酸菌を人為的に、醤油麹および/または諸味に添加し、仕込工程における乳酸発酵を安定して行わせる醤油醸造法において、該醤油乳酸菌として上記「低濁性醤油乳酸菌」を用い、仕込み工程以降の製成工程における各種清澄化剤の施用や濾過処理をすることなく、清澄度の高い醤油を容易に得ることができる。【図面の簡単な説明】【図1】生醤油中の混濁物質を遠心分離して得られたものの顕微鏡による画像を示す図。【図2】醤油諸味から単離したさまざまな醤油乳酸菌株を用いて仕込んだ醤油諸味の仕込後3カ月目における諸味液汁の濁度と乳酸濃度との関係を示す図。【図3】全国各地の市販濃口醤油製品の乳酸濃度と濁度の関係を示す図。【図4】低濁性醤油乳酸菌株の分離識別法を示す図。【図5】さまざまなアミノ酸分解性を有する醤油乳酸菌株のネオマイシン耐性を示す図。【図6】醤油乳酸菌株のアミノ酸分解性とそれらの菌株を用いて醸造した生醤油の濁度の関係を示す図。【図7】10%塩化ナトリウム添加液体培地におけるさまざまな醤油乳酸菌株の増殖と細胞沈降性の関係を示す図。【図8】18%塩化ナトリウム添加液体培地におけるさまざまな醤油乳酸菌株の増殖と細胞沈降性の関係を示す図。【図9】醤油の濁度が醤油の色調に及ぼす影響を示す図。【図10】従来の醤油乳酸菌株と本発明により分離された醤油乳酸菌の液体培養液の透明度を示す図。 0.5%(W/V)安息香酸ナトリウムを含む0.1M燐酸カリウム緩衝液(pH7.0)と醤油麹とを均一に混合した後、濾過して得られた麹粗抽出液からなる低濁性醤油乳酸菌の分離用培地。 0.2〜0.25%(W/V)の塩化コバルトを含み、食塩を含まない寒天培地からなる低濁性醤油乳酸菌の分離用培地。 0.12%(W/V)以上のネオマイシン(650U/mg)を含む寒天培地からなる低濁性醤油乳酸菌の分離用培地。 下記(1)〜(5)の手段を単独又は組合わせることを特徴とする低濁性醤油乳酸菌の分離法。 (1)長さ160mm、内径約15mmの試験管に、8〜12%(W/V)塩化ナトリウムを含む液体培地10mlを入れ、これに被検菌を接種し、30℃で48時間静置培養し、上層部4〜6mlを液面を揺らさぬようにして静かに採取し、均一に攪拌後600nmおける吸光度(イ)を測定し、また、採取した上層部全量を元に戻して培養液全体を均一に攪拌後600nmにおける吸光度(ロ)を測定し、(イ×100)/ロを算出し、その値が30以上である菌株を分離する。 (2)0.5%(W/V)安息香酸ナトリウムを含む0.1M燐酸カリウム緩衝液(pH7.0)と醤油麹とを均一に混合した後、濾過して得られた無菌の醤油麹粗抽出液に、被検菌を懸濁して、600nmにおける吸光度を0.5に調整した後、30℃で7日間、100rpmの条件で振盪しながら放置し、再び600nmにおける吸光度(ハ)を測定して、(0.5−ハ)×100/0.5を算出し、その値が15以上である菌株を分離する。 (3)被検菌を、0.2〜0.25%(W/V)の塩化コバルトを含み、食塩を含まない寒天培地に接種、培養し、生育する菌株を分離する。 (4)被検菌を、0.12%(W/V)以上のネオマイシン(力価650U/mg)を含む寒天培地に接種、培養し、生育する菌株を分離する。 (5)基礎培養基に、アスパラギン酸、アルギニン、チロシン、ヒスチジン又はフェニルアラニンを0.2〜1.0%(W/V)加えて殺菌し、これに被検菌を接種培養し、分解生成物の有無を観察し、いずれのアミノ酸も分解性を有しない菌株を分離する。 予め選択された、または特に育種した、性質の優秀な醤油乳酸菌を人為的に、醤油麹および/または諸味に添加し、仕込工程における乳酸発酵を安定して行わせる醤油醸造法において、該醤油乳酸菌として、上記請求項4で得られた低濁性醤油乳酸菌を用いることを特徴とする清澄度の高い醤油の製造法。


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