タイトル: | 特許公報(B2)_人工滑液 |
出願番号: | 2001185561 |
年次: | 2007 |
IPC分類: | A61K 38/00,A61K 9/08,A61K 31/728,A61K 47/24,A61P 19/02 |
岡田 勝蔵 石田 和義 伏見 羽置 JP 3871302 特許公報(B2) 20061027 2001185561 20010619 人工滑液 株式会社山梨ティー・エル・オー 800000079 川北 喜十郎 100099793 岡田 勝蔵 石田 和義 伏見 羽置 20070124 A61K 38/00 20060101AFI20070104BHJP A61K 9/08 20060101ALI20070104BHJP A61K 31/728 20060101ALI20070104BHJP A61K 47/24 20060101ALI20070104BHJP A61P 19/02 20060101ALI20070104BHJP JPA61K37/02A61K9/08A61K31/728A61K47/24A61P19/02 A61K 38/17 A61K 9/08 A61K 31/728 A61K 47/24 A61P 19/02 WPI BIOSIS(STN) CAplus(STN) EMBASE(STN) MEDLINE(STN) 5 2002371007 20021226 14 20030522 瀬下 浩一 【0001】【発明の属する技術分野】本発明は、生体関節の潤滑に用いられる人工滑液に関し、特に発ガン性が低く且つ関節の摩耗を抑制することができる人工滑液に関する。【0002】【従来の技術】生体関節は体重の数倍に及ぶ変動荷重を1日5000回以上も繰り返しうけながら、約70年にわたって交換しなくても機能するといった、人工物では為し得ないような性能を備えている。その潤滑機構は滑液と呼ばれる天然の潤滑液に変動荷重が加わることによって、スクイズ流体潤滑膜が生じ、摩擦面の直接接触を防ぎ良好な潤滑状態を保っている。このような潤滑機構によって生体関節は摩耗を軽減しているのである。摩耗を軽減させることは、潤滑の目的の一つである。人工関節における潤滑機構は次のようなものが挙げられる。【0003】(1) 流体潤滑(fluid film lubrication):摩擦面間に表面粗さに比べて十分に厚い流体膜を形成し、流体の圧力によって摩擦面間を完全に分離する潤滑状態。(2) 境界潤滑(boundary lubrication):摩擦面間に単分子または数分子層程度の吸着分子膜(境界膜)を形成し、この吸着膜を隔てて行われる潤滑状態。(3) 混合潤滑(mixed Lubrication):境界潤滑、流体潤滑、乾燥摩擦が共存する様な実際に観察される境界潤滑状態。【0004】以上3種類の潤滑機構が人工関節において考えられているが、生体関節は大部分で流体潤滑によって支配されている。しかし現在の人工関節は、種類によっては流体潤滑を行うものが難しく、境界潤滑や混合潤滑を前提としている物が多い。生体関節における摩擦係数が0.005〜0.01であるのに対して、境界潤滑や混合潤滑を前提とする人工関節は摩擦係数が0.05以上と生体関節の5倍から10倍の値を取る。この様に摩擦面の直接接触もしくは直接接触に近い潤滑状態を取る人工関節においては、接触部の摩耗が起こりやすく、これは非常に切実な問題である。【0005】また、摩耗は次の4つの基本形態が挙げられる。(1) 凝着摩耗(adhesive wear):摩擦面の真実接触面積を構成する凝着部のせん断や破壊に起因する摩耗。(2) アブレシブ摩耗(abrasive wear):摩擦面の一方が硬い場合や摩擦面間に硬い異物が介在する場合に生じる切削作用による摩耗。(3) 腐食摩耗(corrosive wear):摩擦面と雰囲気中の反応性が高い成分などとの化学反応による腐食と摩擦の機械的作用が併存することによって生じる摩耗。(4) 疲れ摩耗(fatigue wear):ピッチングやフレーキングなどの転がりつかれによる摩耗。【0006】実際の摩耗現象の多くは一つの摩耗形態によって引き起こされることは少なく、複数の摩耗形態の組み合わせによって生じると考えられる。人工関節の摩耗も幾つかの摩耗形態の組み合わせによって生じているものと考えられる。【0007】流体潤滑、境界潤滑、混合潤滑これら全てにおいて、摩擦面間の滑液の介在によって潤滑が成立している。人工関節の摩耗を低減させるためには、滑液の性質を無視することはできない。生体関節においては、滑液および軟骨マトリックスは共通してヒアルロン酸や蛋白質成分、脂質成分を含んでいる。関節軟骨の最表層には輝板(lamina splendens)が存在することが報告されており、発生学的にも滑液(関節液)と関節軟骨はヒアルロン酸の豊富な層を介して連続的な構造を有すると考えられている。また電子顕微鏡による輝板の観察から、輝板はコラーゲン組織に乏しいが、著しく高濃度のヒアルロン酸が蜂巣状構造をなして存在し、高濃度のヒアルロン酸は軟骨第一層の50〜100μmの深さにまで及んでいるとの報告もある。滑液と摩擦面が共通する成分を有すること、つまり軟骨と滑液の境界が明確ではなく連続的であることが、境界潤滑及び混合潤滑下の生体関節における非常に優れた摩擦摩耗特性の一因となっていると考えられている。さらに生体関節の低い摩擦係数からも判断すれば、滑液は極めて優秀な潤滑剤であるといえる。生体内の滑液は無色あるいは淡黄色を呈する粘調、透明な液で、その役割は滑液(剤)であり、関節軟骨の栄養源である。【0008】【発明が解決しようとする課題】従来、変形性関節症や、慢性関節リウマチなどの関節疾患や、関節の創傷に対して、ヒアルロン酸ナトリウム含有の生理食塩水を関節内注射する処置が行われてきた。ヒアルロン酸ナトリウムは前述のように生体関節内に含まれており、関節の潤滑剤として機能するからである。【0009】深刻な機能障害を引き起こした関節では、人工関節置換術による機能回復法が広く適用されている。この場合、障害の程度によって、股関節においては大腿骨の骨頭部のみを人工骨頭に、または骨盤の臼蓋部のみをソケットと呼ばれる人工物に置き換えることがある。このときに人工関節用ソケットの材料として超高分子量ポリエチレン(以下、UHMWPEと略す)が広く用いられている。しかし、臼蓋部のみ、もしくは股関節の骨頭部のみを人工物に置換した場合、良好な潤滑が得られない場合は臼蓋部または骨頭部の負担が大きくなる事になる。さらに臼蓋部・骨頭部の両方を人工物に置き換えた場合では、主としてソケット部から摩耗粉が大量に発生し、生体に対して有害な結果をもたらす事もある。このため、潤滑性能の向上・改善を目的として、人工関節においてもヒアルロン酸ナトリウム水溶液の投与が行われている。ヒアルロン酸ナトリウムは水中でクラスタを形成し、このクラスタの抵抗によりヒアルロン酸ナトリウム水溶液は粘性を持つ。【0010】しかしながら、ヒアルロン酸ナトリウムの過剰な投与は発ガン性があることが検討されており、一般にその使用回数に制限がある。このため、患者の生体関節及び人工関節のいずれにおいてもヒアルロン酸ナトリウムに代わる新たな関節用の滑液が要望されている。【0011】本発明の目的は、前記従来技術の問題を解決するためになされたものであり、その目的は、ヒアルロン酸ナトリウムに代わる新規な人工滑液を提供することにある。また、本発明は、関節の軟骨の摩耗及び縦振動を低減することができる人工滑液を提供することにある。【0012】【課題を解決するための手段】本発明に従えば、ジパルミトイルホスファチジルコリン及びフィブロネクチンを含む人工滑液が提供される。本発明者は、本願発明とは別の研究活動を通じて、関節の疲労による疾患の原因が関節を構成する軟骨同士の、あるいは人工関節摺動部の縦振動に起因することを見出しており、この縦振動を低減することができる人工滑液成分としてリン脂質の一種であるジパルミトイルホスファチジルコリン(以下、「DPPC」と略する)とフィブロネクチン(以下、「FN」と略する)の組み合わせが極めて有効であることを見出した。図1の概念図に示すように、関節内でDPPCとFNはともに関節の軟骨表面に皮膜を形成しており、関節の滑液中のヒアルロン酸ナトリウム(以下、HAと略する)のクラスタはそれらの皮膜間に挟み込まれるように存在している。このような構造により、関節の動作時に軟骨表面を十分に保護し、軟骨同士が接触または摺動する際に生じる縦振動を著しく低減するものと考えられる。この際、特に、DPPCは、軟骨表面に脂質二分子層を形成して安定したすべりをもたらし、一方、FNは軟骨細胞を強化する作用により軟骨表面の荒れを長期間に渡って防止すると考えられ、それらの相乗効果により縦振動が著しく低減されていると考えられる。この結果、関節に生じる疾患を予防するとともに関節に疾患を持つ患者の痛みを和らげることができる。本発明の人工潤液を用いることにより、従来、使用回数に制限があったHAを使用する必要がなくなり、HAの使用に基づく患者の発ガン性を回避することができる。なお、本発明の人工潤液は、さらにHAを含んでもよく、この場合、DPPCとFNを含有するためにHAの使用量を最小限に抑えることができる。【0013】本発明の滑液は、典型的には生理食塩水中にDPPCとFNを溶解して含む。滑液中、DPPCは0.001〜0.1重量%の含有量で含まれ得る。また、滑液中、フィブロネクチンは0.001〜0.05重量%の含有量で含まれ得る。【0014】【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。【0015】本発明の滑液は、以下に示すようなDPPC、FN及びHAを生理食塩水に所定の割合で添加して溶解することにより調製することができる。以下、個々の添加剤等について説明する。【0016】[ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)]DPPC(Dipalmitoyl phosphatidilcholine)はジパルミトイルレシチン(Dipalmitoyl lecithin)とも呼ばれ、リン脂質(ホスホリピド)の一つである。DPPCは、図2に示したように、グリセロールの1位及び2位が飽和脂肪酸であるパルミチン酸(CH3(CH2)14COOH)によりエステル化されている。DPPCはリン脂質の中でも極めて表面活性物質としての働きが強い。この働きにより、エネルギー的に安定な球形に近い形を取ろうとする細胞を扁平な形に保っている。本発明の滑液を人体の関節に注入することにより、図1に示したように関節の表面にDPPCの脂質二分子膜が形成され、この膜が低摩擦を実現すると考えられる。本発明の滑液中、DPPCは、0.001〜0.1重量%の含有量で含ませることができる。特に、防振性及び耐摩耗性に優れるという観点から0.01〜0.1重量%が好ましい。【0017】[フィブロネクチン(FN)]FN(Fibronectin)は動物の細胞表面、結合組織、血液中などに存在する分子量約46万の糖蛋白である。FNは、コラーゲン、フィブリン、フィブリノーゲンなどと結合する部位を有する。FNは、図1に示すように関節の軟骨の表面に付着して糖蛋白に特有の境界潤滑作用をもたらすと考えられる。このため、滑液中でDPPCとともに関節軟骨の摩耗及び振動を低減すると考えられる。本発明の滑液中、FNは、0.001〜0.05重量%の含有量で含ませることができる。特に、防振性及び耐摩耗性に優れるという観点から0.01〜0.05重量%が好ましい。【0018】[ヒアルロン酸ナトリウム(HA)]HA(Hyaluronic Acid sodium salt)は、図3に示すような構造を有し、分子量が80〜240万程度であり、主に慢性関節疾患(変形性関節症、リウマチ性関節症など)の患者の関節に対して潤滑性能の向上、改善を目的として用いられている。HAはグリコサミノグリカンとして七つに分類される多糖類の一つである。他のグリコサミノグリカンとは異なり硫酸基をもたず、自らがバックボーンとなってその側鎖に他のグリコサミノグリカンを結合させ、巨大なプロテオグリカン複合体を形成していることが多い。HAは、動物諸組織、特に間充組織に広く分布し、硝子体、水様液、臍の緒、滑液、ロク膜液、皮膚、鶏の鶏冠などに多く存在している。また、HAは無定形固体、吸湿性という物理的性質をもっており、高分子多塩基性酸で酸または塩として水に溶け、水和して相互にミセルをつくり、きわめて粘調な溶液となり、流動複屈折を示す。また、金属イオンなどの存在でゲルをつくりやすい。粘度は製法によって異なり、また電解質の存在によって大きく変化し、pH3以下では沈殿する。さらにHAの生物学的性質は、動物組織においては遊離酸および塩としてゲル状をなして細胞間、および繊維間を埋めており、これらを結合する接合物質と考えられる。また、その高度な粘調性は細菌の侵入、毒物の浸透を防ぐ上に重要で、これらの点で植物におけるペクチン質に相当する。【0019】上記のようにHAは生体関節の滑液中に元来存在しているが、本発明の滑液中にHAを0.0〜0.1重量%の含有量で含ませることができる。この場合、本発明の滑液はFN及びDPPCを含有するために、HAの使用量を著しく減らすことができる。【0020】[超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)]人工関節のソケットには、分子量が数百万の超高分子量ポリエチレン(UHMWPE:Ultra High Molecular Weight Polyethylene)が用いられる。UHMWPEは、耐摩耗性、耐衝撃性や耐化学薬品性などに優れた結晶性の高性能熱可塑性材料で、融点が140℃前後と低く、射出成形がやや困難であるなどの難点があるものの、室温付近での比較的低速度でのすべりにおいては最も摩耗が少ない材料の一つである。特に強靭で耐衝撃性があるので、アブレシブ摩耗に対しても強い特性をもっている。UHMWPEはPTFEと同様に、分子の構造が直線的で分子間の結合力も比較的小さく、摺動によって表面に分子配向層を生じやすく、それが固体潤滑剤的役割を果たすために低い摩擦摩耗を示すと考えられる。そのためUHMWPEは人工関節の摺動部分に多く用いられている。【0021】実施例(1)試料の調製滑液の試料として、DPPC、FN及びHAを、それぞれ、図4及び5に示した割合で生理食塩水に溶解することにより全容量2mlの試料を44個調製した。【0022】HAとして、改良D.A.Swann法により鶏冠から分離、精製して凍結乾燥させたHA(H603:東京化成工業株式会社製)を使用した。このHAは、外観は白色綿状であり、分子量60〜80万である(粘度法で測定)。比旋光度[α]20D=約−60°(C=0.1、H2O)。このHAからは、ニンヒドリン反応を通じて蛋白質及びアミノ酸の存在は検出されなかった。また、赤外吸収スペクトル分析からコンドロイチン硫酸が存在していないことがわかった。【0023】DPPCとして、関東化学株式会社の純度99.9%(薄層クロマトグラフィー法により測定した純度)のDPPCを使用した。また、FNとして、シグマアルドリッチジャパン株式会社の純度95%(高速液体クロマトグラフィー法により測定した純度)、蛋白含有量約70%のFNを使用した。【0024】生理食塩水は中国大塚製薬有限公司製で、組成は1000ml中の塩化ナトリウムが9gであり、比重は1.006、pHは約6.4であった。また電解質組成は、Na+とCl−ともに154mEq/Lであった。【0025】(2)縦振動及び摩耗量測定実験上記のように調製した44個の滑液試料について、以下のようにして縦振動測定実験に供した。この試験において、人工関節のソケットとして超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)製ソケットと、骨頭としての豚股関節骨頭を用いた。UHMWPE(UH900)は直径40mm、厚さ4mmのソケットに加工した。このUHMWPE(UH900)の機械的性質を図6の表に示す。【0026】実験で使用した往復動型摩擦摩耗試験装置の概略図を図7に示す。この試験装置を用いて、往復すべり摩擦摩耗実験を行ない、縦振動と摩耗量を測定した。摩耗実験を行なう場合の運動形式は様々な種類が挙げられるが、今回の実験は関節の摩擦摩耗実験であるため、実際の関節運動にごく近い形式にするため、一方向の往復すべり運動を行なう摩擦の形式を取り入れた。【0027】本装置では、前述のように加工したUHMWPEソケット7は、滑液の試料6を充填した容器9の底部に固定され、容器9は水平方向に往復運動を行なう往復台8に連結されている。支柱10の先端に取り付けられた豚股関節骨頭5はソケット7に接するように配置されている。荷重1は支柱10を介して豚股関節骨頭5に加えられる。豚股関節骨頭5を保持している支柱10の上下方向が無拘束であるため、ソケット5を連結する台を往復運動することで、豚股関節骨頭5とソケット7間にすべり摩擦を行なわせることができる。非接触のレーザー変位計2を使用して支柱10の変位を測定して、豚股関節骨頭5とソケット6の両者の総変位を総摩耗量とした。この方法では骨頭−ソケット間の平均摩耗深さ、つまり骨頭とソケットの平均摩耗深さの和を直接求めることができる。使用したレーザー変位計2の最小分解能は0.0001mm、応答時間は1msである。また、支柱10に垂直方向に取り付けた歪ゲージ3で支柱系の縦振動を測定することができ、測定された振動信号をFFT(不図示)で周波数ごとに解析することができる。【0028】上記のような装置を用いて以下のようにして実験を行った。まず、UHMWPEソケット7の表面をアセトンで洗浄し、十分に乾燥させた。豚股関節骨頭5とソケット7を図7の実験装置に取り付け、容器9内に滑液の試料を注ぎ、荷重1として200Nをかけた。往復台8をすべり速度4cm/秒で往復運動させて、すべり摩擦を与えた。一往復のすべり距離は2cmであった(往復周期1.8往復/秒)。摺動実験の総時間は4時間とし、総摩耗量を求めるために、30分毎に摺動面に対して垂直方向の変位を1分間測定した。ここでは、骨頭の上下運動によって支柱の高さが変動するので平均を求め、実験開始時の平均変位と4時間後の平均変位との差を総摩耗量と定義して用いた。縦振動の測定は総摩耗量の測定時に対応して行った。なお、実験装置の雰囲気温度は約30℃に維持した。【0029】(3)縦振動測定結果振動の測定は、FFTによる周波数分析により0〜100Hzの周波数における縦振動変位を観測した。図8は、生理食塩水に0.001wt%のDPPCを溶解した滑液の実験で得られた縦振動変位の主成分周波数の波形を一例として示す。約0.25Hz及び約80Hzの2つの主成分周波数が見られる。固有振動数の計算により、約0.25Hzのピークは板ばねの固有振動数であり、約80Hzのピークは支柱に固有の固有(共振)周波数である。支柱の振動が摩耗に影響を及ぼすと考えられるので、支柱の固有周波数である80Hz近傍のピーク(の振動振幅)を観測することで豚股関節骨頭5とソケット7間の相対的な縦振動の大きさを検討した。【0030】図9〜19に実験結果を示す。縦振動振幅の大きさとして、生理食塩水だけを含む滑液の振動振幅に対する各滑液試料の振動振幅(比較基準)の比(縦振動変位比)を用いた。なお、比較基準及び各試料の振動振幅は、前述のように複数の振幅測定データの平均値を用いている。図9は、HAを添加しない(HA:0.0wt%)場合のDPPC及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。図9より、DPPC単独の場合(FN:0.0wt%)では、縦振動量変位比が0.8〜0.95の範囲であり、それでも生理食塩水だけを含む滑液の振動振幅(縦振動変位比1.0)よりもわずかに低い振動振幅であることがわかる。そして、FNの濃度の上昇に対して縦振動量変位比が急勾配で且つ1次元的に低下することがわかる。そして、FN濃度が0.046wt%ではDPPC濃度にかかわらず、縦振動量変位比は0.1程度の値に低下することがわかる。一方、DPPC濃度の変化に対して縦振動量変位比はあまり変化しない。従って、HAを含まないDPPC/FN滑液においては、縦振動量変位比はFNの濃度に大きく依存することがわかる。【0031】図10〜12は、HAをそれぞれ0.1wt%、0.3wt%及び0.5wt%の一定値にしたときのDPPC及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。図10及び11より、HAが0.1wt%及び0.3wt%の場合には、いずれも図9の場合と同様にFNの濃度上昇に伴って縦振動量変位比が低下することがわかる。また、図12により、HAが0.5wt%である場合には、DPPC及びFNのいずれかが存在する場合には、縦振動量変位比は概ね0.3以下に抑えられていることがわかる。【0032】図13は、FNを添加しない(FN:0.0wt%)場合のHA及びDPPC濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。全体的には、HAの濃度の上昇に伴って縦振動量変位比が低下することがわかる。一方で、DPPC濃度の変化に対して縦振動量変位比は比較的変化しないことがわかる。また、HAが0.2wt%以上では縦振動量が有効に抑制されていることがわかる。図13の結果と図9の結果を比べると、DPPCを含む滑液においてFNがHAに代替することができることが分かる。また、このことは、FNを、それぞれ、0.02wt%及び0.046wt%の一定値にしたときのHA及びDPPC濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示す図14及び15を図13と対比させて見ることによっても分かる。特に、図15では図9の結果と同様にFNが比較的高濃度(0.046wt%)含まれていれば、HAの量に拘わらず0.1〜0.2程度の極めて低い縦振動量変位比が達成されていることがわかる。しかも、HAを単独で用いた場合に得られる縦振動量変位比を達成するためのFNの変化量は、HAの変化量に比べて一桁小さいことに注目すべきである。【0033】図16〜19は、DPPCを、それぞれ、0.0wt%、0.001wt%、0.01wt%及び0.1wt%の一定値にしたときのHA及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。図16と図17〜19の結果を比較すれば、概して、DPPC/HA/FNの3成分が存在する場合には、HA/FNの2成分あるいは1成分だけの場合に比べて縦振動量変位比を例えば0.3以下に低下させ得る組成範囲が拡大していることがわかる。また、図17〜19の結果より、DPPC/HA/FNの3成分が存在する場合には、各成分の濃度が高いほど縦振動量変位比を低下させることができることがわかる。これは図1に示したように細分化されたHAクラスタの摩擦面間における介在と、骨頭表面におけるDPPCの脂質二分子膜の形成と、さらにFNによる軟骨細胞の強化に基づく軟骨表面の荒れ防止作用との相乗効果によるものと考えられる。【0034】(4)摩耗量測定結果図20は、DPPCを添加しない(DPPC:0.000wt%)場合のHA及びFN濃度の変化に対する摩耗量(mm)の関係を示すグラフである。このグラフより、HA単独の場合(HA:0.5wt%、FN:0.0wt%)には摩耗量は0.35mmに達することがわかる。図21は、HAを添加しない(HA:0.0wt%)場合のDPPC及びFN濃度の変化に対する摩耗量(mm)の関係を示すグラフである。FN/DPPCの組み合わせであれば、その混合割合に拘わらず、摩耗量は図20のHA単独の場合(HA:0.5wt%、FN:0.0wt%)に比べて低いことがわかる。【0035】以上のことより、滑液をFN/DPPCから構成した場合には、HA単独の場合に比べて縦振動及び摩耗をいずれも低減することができることがわかる。さらに、滑液をFN/DPPC/HAから構成した場合には摩耗を一層抑制することができることもわかる。【0036】【発明の効果】本発明のFN/DPPCから構成された滑液は、従来のHAからなる滑液に比べて関節の動作の際に生じる生体関節軟骨の縦振動を有効に抑制することができるために、関節疾患の治療及び予防に極めて有効となる。また、UHMWPEソケットを用いた人工関節にも本発明は極めて有用である。本発明の滑液ではHAを使用しないかあるいはその使用量を低減することができるので滑液の注入による発ガン率を著しく低下させることができる。【図面の簡単な説明】【図1】図1は、本発明の滑液中のDPPC、FN及びHAの機能を説明するための模式図である。【図2】図2は、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)の構造式である。【図3】図3は、ヒアルロン酸ナトリウム(HA)の構造式である。【図4】図4は、実施例で調製した試料の組成を示す表である。【図5】図5は、実施例で調製した試料の組成を示す表である。【図6】図6は、実施例で使用したUHMWPEの機械的特性を示す表である。【図7】図7は、実施例における試験に用いた装置の概念図である。【図8】図8は、生理食塩水に0.001wt%のDPPCを溶解した滑液の実験で得られた縦振動変位をFFT解析した結果を示すチャートである。【図9】図9は、HAを添加しない(HA:0.0wt%)場合のDPPC及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図10】図10は、HAを0.1wt%にしたときのDPPC及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図11】図11は、HAを0.3wt%にしたときのDPPC及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図12】図12は、HAを0.5wt%にしたときのDPPC及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図13】図13は、FNを添加しない(FN:0.0wt%)場合のHA及びDPPC濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図14】図14は、FN濃度が0.02wt%の場合のHA及びDPPC濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図15】図15は、FN濃度が0.046wt%の場合のHA及びDPPC濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図16】図16は、DPPCを含まないときのHA及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図17】図17は、DPPCを0.001wt%にしたときのHA及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図18】図18は、DPPCを0.01wt%にしたときのHA及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図19】図19は、DPPCを0.1wt%にしたときのHA及びFN濃度の変化に対する縦振動量変位比の関係を示すグラフである。【図20】図20は、DPPCを含まないときのHA及びFN濃度の変化に対する摩耗量の関係を示すグラフである。【図21】図21は、HAを含まないときのDPPC及びFN濃度の変化に対する摩耗量の関係を示すグラフである。【符号の説明】1 荷重2 レーザー変位計3 歪ゲージ5 豚股関節骨頭6 ソケット8 往復台 フィブロネクチン及びジパルミトイルホスファチジルコリンを含む生体関節用の人工滑液。 フィブロネクチンを人工滑液中0.001〜0.05重量%含む請求項1に記載の人工滑液。 ジパルミトイルホスファチジルコリンを0.001〜0.1重量%含む請求項1に記載の人工滑液。 さらに、ヒアルロン酸ナトリウムを含む請求項1〜3のいずれか一項に記載の人工滑液。 上記ジパルミトイルホスファチジルコリン0.001〜0.1重量%、フィブロネクチン0.001〜0.05重量%及びヒアルロン酸ナトリウム0.0〜0.1重量%を生理食塩水中に溶解して含む請求項2に記載の人工滑液。