タイトル: | 特許公報(B2)_微生物輸送用培地 |
出願番号: | 1994266529 |
年次: | 2005 |
IPC分類: | 7,C12N1/20 |
小林 ▲いん▼▲てつ▼ 河原 弘規 JP 3687859 特許公報(B2) 20050617 1994266529 19941031 微生物輸送用培地 小林 ▲いん▼▲てつ▼ 594179867 河原 弘規 594179878 清水 初志 100102978 橋本 一憲 100108774 小林 ▲いん▼▲てつ▼ 河原 弘規 20050824 7 C12N1/20 C12N1/20 C12R1:01 JP C12N1/20 A C12N1/20 A C12R1:01 7 C12N 1/00/1/38 C12Q 1/00-3/00 C12M 1/00-3/10 特開平05−260955(JP,A) 特開平05−227992(JP,A) 特開平05−041975(JP,A) 特開平07−303477(JP,A) Antimicrob Agents Chemother (1979), Vol.16(4), p.452-7 J Clin Microbiol (1983), Vol.17(6), p.1163-5. FEMS Microbiology Letters(15 October 1994), Vol.123(1-2), p.37-42 9 1996126495 19960521 16 20010926 佐久 敬 【0001】【産業上の利用分野】本発明は、微生物を含有するサンプルを輸送するための微生物輸送用培地に関する。【0002】【従来の技術】[微生物輸送用培地]病原細菌をはじめとする微生物の分析を行うためには、固有の設備が必要である。ところが現状では、このような設備を備えていないために、サンプル採取と同時に分析を行えないことも多い。このため、微生物を含むであろうサンプルは、固有の設備を備えた検査施設に輸送する必要がある。微生物輸送用培地(以下、単に「輸送培地」という)は、この微生物の輸送を行うための培地である。サンプルとして採取されるものの中には、咽頭粘液、髄液、喀痰、胆汁、関節液、胃液、帯下、尿、糞便、気管支洗浄液、耳漏、あるいは患者組織等の生体材料が含まれるが、これらは採取後ただちに輸送培地に移され、その状態で固有施設に輸送される。【0003】サンプル中の特定の微生物群が輸送中に増殖すると他の微生物群の分離を妨げる可能性があるため、輸送培地には一般に、サンプル中に存在する微生物の状態(フローラ)をそのまま維持することが要求される。現在一般に利用されている輸送培地には、ハンクス液やキャリー・ブレア培地等がある。キャリー・ブレア培地は、チオグリコール酸ナトリウム、リン酸1水素ナトリウム、および塩化ナトリウム等を含む培地で、栄養源は持たず緩衝液に近い組成となっている。キャリー・ブレア培地は、各種微生物サンプルの輸送に汎用されている。【0004】ここで、輸送培地本来の目的からすれば、採取時の状態をそのまま維持するのが好ましいようにも見える。どのような微生物を分析するのかが予測できないのであれば、特定の微生物の増殖も減少も生じないようにしておくことが大切である。これは、分析対象となる微生物が輸送中に減少すれば検出率低下を招くのはもちろん、混在する他の微生物群が増殖してフローラが崩れても検出率の低下につながるためである。なお、ここでいう「検出率」とは、採取時のサンプル中に存在している「分析対象となる微生物」を検出することができる可能性を意味する。しかし、分析対象となる微生物が予めはっきりしている場合には、当該分析対象となる微生物の生存のみを心掛けた方が良い結果を期待できる。【0005】例えば、以下に示すHelicobacter pylori (ヘリコバクター・ピロリ;以下、単に「HP」とする)は、分析対象となる微生物の中でも輸送の困難な細菌として知られている。実際に、従来の輸送培地を使用した場合には、輸送中に死滅あるいは著しい減少などが起こる場合があった。ところが、HPについても、その生存のみを目的とする専用の輸送培地を用意すれば、確実な輸送を期待できる可能性がある。【0006】[Helicobacter pylori (ヘリコバクター・ピロリ)]輸送困難な細菌であるとされている上述のHP(Helicobacter pylori ;ヘリコバクター・ピロリ)は、次のような特徴を持つ細菌である。【0007】・胃粘膜組織から分離された微好気性細菌(Lancet i:1273-1275;1983)・分類学上は、グラム陰性らせん状桿菌・Campylobacter 属に分類されていた時期もあったが、現在はHelicobacterとされている(Int.J.Syst.Bacteriol.39:397-405,1989)・胃潰瘍や胃炎等の胃疾患との関連が強く示唆されている (Microbiol.Immunol.31:603-614,1987)HPの検出は、胃をはじめとするこれらの上部消化器系疾患の診断や治療経過の観察にあたって重要な情報を与えるものと考えられている。そしてこれら上部消化器系疾患との関連について更に多くの情報を蓄積することを目的として、多くのサンプルが検査施設へ輸送されている。微好気性細菌であるHPは、微好気的培養のための設備を要求する上、比較的長時間にわたって培養しなければならないためにベッドサイドでの分析が困難で、検査施設へ輸送して分析するのが一般的である。ところが、HPは輸送が困難な細菌であるため、サンプルを検査施設へ確実に輸送するための技術は検出率に大きな影響を与える。【0008】[HPの輸送]従来の一般的な輸送培地であるキャリー・ブレア培地では、通常の細菌の場合には数日間にわたって細菌フローラを維持するものの、HPに用いた場合は十分な検出率を得ることはできなかった。実際、輸送時間に反比例して、検出率の低下が観察される。【0009】他方、ハンクス液を用いたHP含有サンプルの輸送も行われている。ハンクス液は緩衝剤を中心とする組成を有し、4〜5時間にわたる生存を可能にする。しかし、これによれば、単にブイヨン中に保存した場合(この場合には2時間程度の輸送しかできない)と比較すれば輸送時間が延長されたことにはなるものの、この4〜5時間という時間は依然として十分な輸送時間とはいい難い。この他にも、生理食塩水やグルコース水溶液(J.Clin.Pathol.38,1127-1131;1985) を用いた例もあるが、HPの輸送培地としては十分な性能を示さない。【0010】キャリー・ブレア培地やハンクス液のような栄養素を含まない輸送用培地に対して、窒素源や炭素源を含んだ培地によるHPの輸送も試みられている。HPの分析を目的としてチオグリコレート培地(液体または半流動)に胃粘膜組織を保存し、輸送を試みた報告(Annals of Tropical Medicine and Parasitology Vol.87.No.5,483-486;1993) がそれである。チオグリコレート培地は栄養素に富む培地で、嫌気性細菌から好気性細菌を含むいずれの増殖にも適する培地とされているが、本発明者らの追試によれば、HPに用いた場合には必ずしも十分な検出率を得られず、保存時間に比例した検出率の低下が観察されている。【0011】HPの輸送が困難なのは、胃粘膜には腸内細菌をはじめとする多くの微生物が存在しており、単なる栄養培地では特定の微生物の増殖を招くため、結果としてフローラが破壊され、HPの検出率低下につながるからであると推測される。また、チオグリコレート培地では、HPの生存に必要な生存維持成分が不足している可能性もある。【0012】HPを選択的に増殖することを目的として、シクロデキストリンやメチルセルロース等と共に各種の抗菌剤を組み合わせた培地の利用(J.Clin.Microbiol.31:160-162,1993 、あるいは特開平5-260955号) も知られている。この培地の抗菌剤には、バンコマイシン、トリメトプリム、ポリミキシンBが使われている。しかしながら、この培地はあくまでHPの選択的な増殖が目的であって、輸送を目的とするものではない。【0013】【発明が解決しようとする課題】以上の説明から明らかなように、従来の輸送培地では、輸送が困難な微生物に対しては十分に機能しなかったという問題があった。例えば、分析対象となる微生物の中でも輸送の困難な細菌として知られている上述のHP(Helicobacter pylori )などに従来の輸送培地を使用した場合には、輸送中に死滅あるいは著しい減少などが生じてしまっていた。【0014】本発明は以上のような課題に鑑みなされたものであり、その目的は、従来の輸送培地では輸送が困難であった微生物に対しても確実な輸送を行うことができる新規な輸送用培地を提供することにある。【0015】【課題を解決するための手段及び作用】以上のような課題を解決すべく本発明者らが鋭意研究を行った結果、ある微生物に対しての選択培地を構成する抗菌剤を使用して輸送培地を作製することが適切であることを突き止め、本発明を完成するに至った。【0016】[輸送用培地]まず、本発明は、従来輸送が困難であった微生物にも確実な輸送が行える輸送用培地を提供する。【0017】 即ち、本発明は、輸送しようとする微生物が耐性を有する抗菌剤と、支持剤としてヘミンおよびメナジオンとを含む微生物輸送用培地であり(請求項1)、請求項1記載の微生物輸送用培地において半流動性であることを特徴とする微生物輸送用培地である(請求項2)。【0018】 請求項4に係る輸送用培地は、抗菌剤としてバンコマイシン(vancomycin)、トリメトプリム(trimethoprim)、ポリミキシンB(polymixin B) 、ナリジクス酸(nalidixic acid)の少なくとも1種類を添加するが、HPの検出率の向上のためには全ての抗菌剤の併用が好ましい。各抗菌剤の使用量は後に実施例として例示するが、これらの抗菌剤は、培地を滅菌後、無菌的に添加する。【0019】本発明に係る抗菌剤を加えた培地は、液体、半流動、固形のいずれの形態であってもよく、輸送・分析の目的となる微生物の生存や分離操作に適した任意の形態を採用することができる。例えば液体であれば、輸送中に固形サンプルから微生物を洗い出しておけるので、分離用培地への接種が容易となる。反面、液体中でサンプルが自由に移動するので、空気との接触状態を一定に保つことが困難で、微好気的(或いは嫌気的)輸送が求められるときには不向きである。固形培地では、サンプルを固定することができるが、たとえ培地中にサンプルを埋めこんだとしても亀裂を生じるので、空気の進入を許し、微好気的(或いは嫌気的)輸送を行うのは困難である。【0020】これに対して半流動培地では、培地中にサンプルを埋めこんだ後に自然に包み込まれることとなるため、培地中にサンプルを固定することができると同時に、空気との接触状態も容易に制御することができる。しかも、培地表面からの距離によって好気的環境、微好気的環境、そして嫌気的環境を自由に選択することができる。従って、例えば微好気性菌であるHPを輸送するのなら、微好気的環境を与える位置(微好気性環境部位)にサンプルを埋めこめばよい。【0021】なお、各環境の酸素濃度と半流動培地(ゲル化剤として0.3〜0.5%w/vの寒天を使用)における位置は、それぞれ一般に、好気的環境は酸素濃度20% (培地表面付近、大気と同じ)、微好気的環境は酸素濃度3-10% (培地表面から2cm 付近)、そして嫌気的環境は酸素不在(培地表面から2cm 以上)とされている。もちろん、培地中において各環境を与える位置は培地組成にも左右される。即ち、ゲル化剤の物理的性状や化学的な組成等により好気的な環境になり易い培地では、より深い位置でなければ微好気的環境を得ることができない。HPについて培養環境を更に詳細に例示すれば、CO2 ;7-12% 、N2 またはH2 ;0-85% 、O2 ;5-6%というような環境が知られており(Manual of Clinical Microbiology 5th edition p407,1991;American Society for Microbiology )、既に例示したような組成の半流動培地では、培地表面から1cm 付近が輸送に好適な環境(即ち、HP輸送に好適な微好気性環境部位)となる。【0022】{半流動培地}半流動培地とは、固形培地に比べて寒天などの固形成分の含有量が低く、ある程度の流動性を保持している培地の名称である。半流動培地とするには、寒天やゼラチン等のゲル化剤を利用するのが一般的で、これらは輸送温度において必要なゲル強度を維持する条件で用いられる。なお、寒天の場合、固形培地では1〜2%w/vで用いるが、半流動培地では0.3〜0.5%w/vが一般的である。この濃度で寒天を加えれば、室温のもとで容器の転倒などでは培地の形状が崩れず、かつ必要な流動性を維持した状態とすることが可能である。【0023】本発明に係る輸送用培地は、検出対象である微生物の確実な輸送を目的とするものであるため、最終的に微生物の分離を行うための分離用培地にサンプルを接種するまで目的の微生物の死滅を防ぎ、生存を長期にわたって維持する性能が期待される。従って、必ずしも微生物の生育は要求されず、またコロニーの形成も必要条件ではない。コロニーの形成を必要としないので、培地の性状も、固形培地の他に、微好気性菌や嫌気性菌の生存に有利な半流動培地を採用することができる。【0024】 {支持剤} より高い検出率の実現を目的として、前記抗菌剤に加えて、目的の菌の成育をサポートする支持剤を添加する。HPの場合には、前記抗菌剤に加え、支持剤としてヘミンおよびメナジオンを添加する。【0025】ここで、ヘミン(hemin) はヘモグロビンを構成する鉄キレートであり、一方、メナジオン(menadione) はビタミンK3の別名である。これらはいずれも、従来から培地の栄養補助に用いられている(しかしながら、いずれも微生物の生育支持を目的とするもので、輸送を目的とするものではない)。これらを添加するときにも、やはり滅菌後に濾過滅菌等の操作により無菌的に添加する。この場合に、抗菌剤、ヘミン、そしてメナジオンを必要な最終濃度を得られるように濃縮液としておき、同時に濾過滅菌によって添加すると、培地の調製が容易になる。【0026】本発明の輸送用培地は、特にHPを含むサンプルの輸送に有用である。HPを含むサンプルの代表的なものは、胃の生検試料(胃粘膜を切り取ったサンプル)である。胃粘膜を本発明に係る培地に入れれば、特に温度管理などに注意しなくても、室温で48時間以上にわたって高い検出率を維持できる。このとき、生検試料を、半流動培地の微好気的環境を与える表面から1cm 付近(微好気的環境部位)に埋め込めば、容易に微好気的環境で輸送することができる。なお、輸送中の温度を低温(例えば、4℃以下)に維持すれば、更に長時間にわたって高い検出率を示す。【0027】 {他の添加物} 抗菌剤、そしてヘミンおよびメナジオン以外には、目的とする微生物に合わせて必要な成分を添加することができる。たとえばHPに対して有効な成分としては、ヒツジ、ヤギ、ウシ、あるいはウマのような動物の血液、または血清等を挙げることができる。血液や血清を加えるときには、5〜20%v/vの範囲で加えるとよい。【0028】{基礎になる培地成分}これらの補助成分を加える基礎になる培地成分としては、一般の増菌を目的とした培地の組成を利用するとよい。具体的には、例えばHPの輸送を目的とするときには、基礎成分としてチオグリコレート培地、ブレイン・ハートインフュージョン・ブイヨン培地、ハート・ブイヨン培地、トリプトソイ・ブイヨン培地、ブドウ糖・ブイヨン培地、チオグリコール酸培地II、ABCMブイヨン、およびブルセラ・ブイヨン培地等の増菌を目的とした培地が挙げられる。これらの基礎培地成分には、動物血液、動物血清等を加えることもできる。動物の血液成分は特にHPの輸送にあたって良い成績につながる。動物としては、ウシ、ウマ、ヒツジ、あるいはヤギ等が有用である。ブイヨン培地は、0.2〜0.5%の寒天を加えることで半流動培地とすることができる。これらの培地のうち、特に好ましいものについて具体的な組成を以下に示す。【0029】【表1】『チオグリコレート培地(BBL社製)』 [組成(1L中)] トリプチケースペプトン 17.00g フェイトンペプトン 3.00g ブドウ糖 6.00g 塩化ナトリウム 2.50g チオグリコール酸ナトリウム 0.50g 寒天 0.70g L−シスチン 0.25g 亜硫酸ナトリウム 0.10g(pH7.0)【表2】『チオグリコレート培地“栄研”(栄研化学製、商品名)』 [組成(1L中)] 酵母エキス 5g トリプトン 15g ブドウ糖 5g L−シスチン 0.5g チオグリコール酸ナトリウム 0.5g 塩化ナトリウム 2.50g レサズリン 0.001g 寒天 0.8g(pH7.1±)【表3】『チオグリコール酸培地II“栄研”(栄研化学製、商品名)』 [組成(1L中)] 酵母エキス 5g トリプトン 15g ブドウ糖 5g L−シスチン 0.5g チオグリコール酸ナトリウム 0.5g 塩化ナトリウム 2.50g(pH7.1±)【表4】『ブレインハートインフュージョン培地“栄研”(栄研化学製、商品名)』 [組成(1L中)] コウシ脳浸出液 200g ウシ心臓浸出液 250g ペプトン 10g ブドウ糖 2g 塩化ナトリウム 5g リン酸一水素ナトリウム 2.5g (pH7.4±) [微生物の輸送] 本発明は、前記輸送用培地を用いた微生物の輸送方法をも提供する(請求項5〜7)。本発明に係る微生物輸送用培地は、輸送しようとする微生物が耐性を有する抗菌剤を含むため、輸送しようとする微生物以外の微生物の増殖が抑制され、目的となる微生物だけが培地中で安定して生存、あるいは増殖する。抗菌剤としてバンコマイシン、トリメトプリム、ポリミキシンB、ナリジクス酸のいずれか一つ、あるいはそれらの任意の組み合わせを含む場合には、HP以外の微生物の増殖が抑制され、HPだけが培地中で増殖する。【0030】このように本発明では、培地に含まれている所定の抗菌剤により、検出対象となる微生物以外の微生物の増殖による検出率の低下が防止される。目的微生物以外の微生物の極端な増殖は、目的微生物の検出率の低下につながるので、輸送用培地におけるこのような抗菌剤の作用が重要である。輸送培地はフローラの維持を目的とするものが多く、抗菌剤を含有させた例は無い。【0031】支持剤は、検出対象となる微生物の生存率を向上させる作用を持つ。所定の抗菌剤によって目的以外の微生物が増殖しないようにしてもなお生存率の低下が観察される株であっても、支持剤の添加によって高い生存率を維持できる。検出対象となる微生物がHPであった場合には、HPの生存率を向上させる作用を有するヘミンとメナジオンが支持剤として使用される。前記の抗菌剤(バンコマイシン、トリメトプリム、ポリミキシンB、ナリジクス酸)によってHP以外の微生物の増殖を抑えてもなお生存率の低下が観察される株であっても、ヘミンやメナジオンを添加することにより高い生存率を維持できる。一般にヘミンやメナジオンは嫌気性細菌の生育を支持するといわれているが、輸送中のHPの生存率の向上に寄与することは新しい知見である。【0032】本発明の輸送培地、あるいは輸送方法は、抗菌剤を含まない分離用培地との組み合わせによって、従来に無い高い検出率を実現する。このように従来の輸送〜分離作業とは全く逆の順序で抗菌剤を利用したことにより、本発明では非常に高い検出率を実現している。【0033】[微生物の分離方法]本発明は、前記輸送用培地を用いたHP等の微生物分離方法をも提供する(請求項12〜14)。【0034】{選択と分離}従来は、抗菌剤の存在しない環境で輸送した後に、選択剤を加えた培地に接種して分離培養を行って検出するという操作が一般的であった。【0035】ところが、本発明ではあえてこの操作を逆転し、抗菌剤存在下で輸送を行い、これを抗菌剤を含まない培地に接種することで高い検出率を実現している。このため、本発明に係る輸送用培地によってサンプルを輸送した場合には、選択剤を含まない培地に接種することができ(即ち、本発明に係る輸送用培地を使用した場合には、選択培地の使用が不要となる)、同時に、これにより高い検出率でHPを検出することができる。本発明の微生物分離方法における選択剤を含まない培地としては、検出対象となる微生物に対して十分な発育支持能を備えた培地を用意する。HPを検出対象とするのであれば、チョコレート寒天培地、血液寒天培地、およびスキロー培地等を例示することができる。分離培養を行うには、ブイヨンよりも寒天培地上でコロニーを形成させる方が有利である。【0036】また、微生物の分析にあたっては、1つの細胞に由来する一群の微生物細胞(単離株)を得なければならない。このような目的で用いるのが分離用培地である。また、分離用培地には、分離しようとする微生物の十分な生育を支持することが第一に求められ、単に死滅しない培地であるというだけでは十分ではない。また、一般にはコロニーを形成させる必要のあることから固形培地が用いられる。そして更に、効率を高めるために、通常は選択培地と分離用培地が兼用されていた。ところが、輸送培地として本発明によるものを用いると、選択培地の使用が排除できることから、本発明における分離用培地とは、純粋に、最終的に微生物を単離することを目的として用いられる培地ということになる。【0037】{サンプルの輸送}輸送されたサンプルが、たとえば胃生検材料のような固形試料であればホモジナイズした後に寒天培地に接種する。なお、HPのような微好気性細菌を分離を目的とするときには、ホモジナイズも窒素雰囲気下で行う等の配慮が必要である。更に、分離用培地による培養も微好気的状態で行わなければならない。【0038】 本発明は、前記抗菌剤を添加した輸送用培地で微生物含有サンプルを輸送するときに、ヘミンおよびメナジオンを添加することにより輸送中の微生物の生存率を向上させる方法を提供する。この生存率向上方法はHPを輸送するときには、特に大きな効果を示す。例えば、従来のキャンピロバクター選択培地によく用いられていた各種抗菌剤入りの培地をそのままHPの輸送に使うと、株によっては短時間で生存率が低下することがあるが、このような株についてもヘミンおよびメナジオンを加えておけば生存率が向上し、高い検出率につなげることが可能である。【0039】【実施例】以下、本発明の好適な実施例について説明する。【0040】[材料と方法]{HP培地}H.pylori輸送用培地(HP培地:本発明に係る輸送用培地)はチオグリコレート培地をベースに馬血清、ヘミン、メナジオン及び選択剤を加えた半流動の高層培地である。【0041】以下に、HP培地の組成を示す。【0042】【表5】{測定}輸送培地として、HP培地の他に、ボルタジャーム ピロリ(bioMerieux社;商品名)、TCSポーター(クリニカルサプライ;商品名)、キャリーブレア培地(日水製薬)を用いてそれぞれの比較を行った。【0043】胃潰瘍患者の胃粘膜から初代分離したH.pyloriを3mm平方の濾紙に106 CFUしみ込ませ、上記4種の各輸送培地にそれぞれ接種した。HP培地は培地上部より1cmの位置(即ち、微好気的環境部位)に接種した。各培地とも室温(約20℃)及び4℃で96時間保存し、経時的に採取し、培養した。また実際の患者より内視鏡で隣接した部位から2検体を採取し、一方は速やかに培養を行い、もう一方はHP培地に接種後、4℃で輸送し、培養を行った。輸送に要した時間は約36〜48時間である。分離培地はコロンビア羊血液寒天培地(BBL)及び変法スキロー培地(自家製)を用い、微好気条件下で35℃、4〜7日間培養を行った。【0044】[結果]図1及び図2には、各培地を用いて4℃及び室温条件(20℃)における試験菌の保持能力を比較した結果が示されている。保持能力は、経時的に採取された濾紙の生菌数の変化として検討している。【0045】図1より、キャリー・ブレア培地と比較すると、低温条件では各培地の保持能力は優れているということが分かる。しかしながら、図1及び図2から明らかなように、両条件において、いずれもHP培地のH.pyloriの保持能力が最も高かった。例えば、HP培地は、4℃では36時間まで、20℃では12時間まで生菌数の減少は全くみられなかった。また、両条件共に、HP培地、ボルタジャームピロリ、TCSポーターの順となり、キャリーブレア培地がH.pyloriの輸送培地としては不十分なことが示された。特に、HP培地は4℃では72時間もの間、生菌数が安定しており、低温輸送を行えば、確実なH.pyloriの輸送を行えるということが分かる。【0046】表6には、実際に潰瘍部より採取した臨床材料をHP培地で輸送後及び臨床材料の採取直後に培養した際のH.pyloriの培養成績を比較した結果が示されている。【0047】【表6】18検体の内、採取直後及び輸送後にいずれも11検体からH.pyloriを検出した。採取直後(−)輸送後(+)その逆も各一例ずつ認められたが、その他は全て培養結果が一致した。輸送培地ではしばしば基礎実験で得られた保持能力が、実際の患者試料の輸送条件では反映されないことがある。その理由としては、調製した菌液にはない生体の防御因子が関与することが考えられる。【0048】しかしながら、今回得られたHP培地を用いた輸送後の成績は、ベッドサイドで実施した成績とほとんど一致している。特に、室温より4℃における保持能力が優れている点は既報の他菌種の報告と同様である。通常栄養要求性の厳しい微好気性菌のHaemophilus influenzae、Neisseria gonorrhoeae 等は輸送培地中で速やかに減少するといわれている(草野朱美、手塚孝一、森節子、松島康道、大窪度、小林いんてつ、池田文昭、西田実、五島瑳智子:各種の病原細菌の輸送条件に関する検討−市販の輸送培地中の生菌数の消長について−.臨床と微生物,12:459−463,1985 Appelbaum,P. C., Spangler,S. K., Crist, R., & Crist, A. E. Jr.: Surviral of Bacteria in Difco Culture Swab and Marion Culturette II Transport Systems. J. Clin. Microbiol., 26:136−138, 1988.)。しかし、HP培地は4℃で72時間まで安定に維持するため、H.pyloriの輸送には非常に適した培地であると考えられる。【0049】次に、表6と同じ実験を行って結果を定量的に求めた。即ち、実際に東京都内の病院で潰瘍部から採取した臨床材料(表6とは別の材料)を2分し、一方は直ちにホモジネイト処理してコロンビア羊血液寒天培地に接種し定量した。他方はHP培地中で4℃で24時間、または48時間保存後に、同じ処理によりHPを定量した。定量は、組織1.0mg あたりのH.pylori生菌数を測定することにより行った。【0050】表6に示した定性的な結果と同じように、HP培地の輸送性能は定量的に見ても優れていることが表7から明らかである。すなわち表7では、ベッドサイドで速やかに検査した結果とHP培地中で24時間(または48時間)輸送後の結果を比較しても菌量の減少がほとんど無く、安定に維持されていることがわかる。従って、本発明によりHP培地は、定量的に菌量を追跡するという厳密な条件の下で評価した場合であっても、優れた輸送能力を示すということができる。【0051】【表7】[ヘミン・メナジオンの添加]次に、HP培地の組成の検討を行い、ヘミン・メナジオンの添加によるH.pyloriの発育・支持力の変化を調べた。具体的には、ヘミン・メナジオンを含む培地と含まない培地とを作製し、菌の成育状況を検討した。以下の表に、検討に使用した培地の組成を示す。【0052】【表8】上記の2種類の検討培地に使用した菌株は、次の通りである。【0053】標準株として、H.pylori ATCC 43504 、H.pylori ATCC 43579 、及びH.pylori ATCC 43629 の3株。臨床分離株であるH.pylori CI No.1、H.pylori CI No.2、及びH.pylori CI No.3の3株。なお、この他にも、S.aureus ATCC 25923 、E.coli. ATCC 25922 、及びP.aeruginosa ATCC 27853 を検討培地に接種した。【0054】菌接種は、次のように行った。▲1▼コロンビア羊血液寒天培地に純培養した菌苔を、滅菌生食にかきとり、約106 CFU/mlに調製した。▲2▼0.5mlを培地1及び2に接種し、35℃でH.pyloriは微好気的に、その他の菌種は好気的に培養した。▲3▼H.pyloriの発育の程度を肉眼的観察を行い、−,+ ,++,+++ の4段階で判定した。【0055】組成検討の結果を下表に示す。【0056】【表9】以上のように、ヘミン・メナジオン含有培地での発育は、不含培地に比較して同等か、やや優れていることが分かる。【0057】[他の微生物と培地の組合せ]本発明に係る輸送用培地は、HP輸送用に限られるものではない。例えば、上記したHP培地により、キャンピロバクター属細菌(Campylobacter )を輸送することもできる。また、微生物とその微生物が耐性を有する抗菌剤の組合せとしては、他にも、例えばヘモフィルス・インフルエンザ(Hemophilus influenzae )とバシトラシン(bacitracin)の組合せなどが考えられる。なお、この組合せの場合には、次のような基礎培地にバシトラシン(16500U/L)を加え、咽頭粘液サンプルをこの中に保存・輸送する。【0058】【表10】トリプトン 10gソイペプトン 5gアザミノ酸 5gブドウ糖 10g塩化ナトリウム 5g以上説明したように、従来の輸送用培地では高い検出率を期待できなかったHPでも、本発明の輸送用培地によれば極めて高い検出率を実現できる。特にヘミンおよびメナジオンを組み合わせたときには、長時間にわたって高い検出率が維持される。しかも、この高い検出率は、室温での輸送においても十分に確認できている。従って、本発明によれば、温度管理が困難な輸送中の生存率低下を効果的に抑制し、ハードな環境でも目的とする微生物を確実に輸送することができることがわかる。また、もし低温環境を維持した輸送が可能ならば、従来の輸送技術をはるかに越えるきわめて優秀な輸送性能が得られるということもわかる。【0059】【発明の効果】以上説明したように、本発明に係る輸送用培地によれば、目的とする微生物を、通常の輸送に必要な時間以上に生存させておくことができる。従って、本発明に係る輸送用培地を用いて輸送を行った場合には、目的とする微生物を確実に輸送することができる。【0060】また、本発明によれば、特にH.pyloriを高い検出率で検出することができる輸送用培地を提供でき、更に、H.pyloriを高い検出率で検出することができる分離方法を提供できる。【図面の簡単な説明】【図1】HP培地、ボルタジャーム ピロリ(bioMerieux社)、TCSポーター(クリニカルサプライ)、キャリーブレア培地(日水製薬)の各培地を用いて4℃における試験菌の保持能力を比較した結果を示す図である。【図2】HP培地、ボルタジャーム ピロリ(bioMerieux社)、TCSポーター(クリニカルサプライ)、キャリーブレア培地(日水製薬)の各培地を用いて室温条件(20℃)における試験菌の保持能力を比較した結果を示す図である。 Helicobacter pyloriが耐性を有する抗菌剤と、支持剤としてヘミンおよびメナジオンとを含むHelicobacter pylori輸送用培地。 半流動培地であることを特徴とする請求項1記載のHelicobacter pylori輸送用培地。 抗菌剤がバンコマイシン、トリメトプリム、ポリミキシンB、およびナリジクス酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1又は2記載のHelicobacter pylori輸送用培地。 バンコマイシン、トリメトプリム、ポリミキシンB、およびナリジクス酸と、ヘミンおよびメナジオンとを含む、半流動性のHelicobacter pylori輸送用培地。 請求項1〜4いずれか記載の輸送用培地によってHelicobacter pylori含有サンプルを輸送するHelicobacter pyloriの輸送方法。 微好気性条件下で輸送を行う請求項5記載の輸送方法。 Helicobacter pylori分析用サンプルを半流動性の培地中の微好気性環境部位に埋めこんで輸送を行う請求項6記載の輸送方法。 請求項1〜4いずれか記載の輸送用培地によってHelicobacter pylori含有サンプルを輸送し、次いでこのHelicobacter pylori含有サンプルに由来するHelicobacter pyloriを微生物分離用培地に接種するHelicobacter pyloriの分離方法。 請求項4記載の輸送用培地によってHelicobacter pylori含有サンプルを輸送し、次いでこのHelicobacter pylori含有サンプルに由来するHelicobacter pyloriを微生物分離用培地に接種するHelicobacter pyloriの分離方法。